『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第13話 「前薔薇さま襲撃」






「そうだったわね。まず、末の姫に仕える騎士クラヴィスを…」

祥子はそこで言葉を区切ると、恭也をじっと見詰める。
恭也は不思議そうに見詰め返すが、それが数秒続くとやっと理解したのか、驚いた声を上げる。

「まさか、俺か!」

「ええ、お願いね」

祥子はそう言ってにっこりと微笑んで反論を封じると、次いで美由希へと視線を向ける。

「えっ、え」

戸惑いつつも見詰め返して来る美由希に対し、祥子は役名を告げる。

「美由希さんには、クラヴィスのライバルで二の姫に仕える騎士ペルスヴォードをお願いしますね」

にっこりと笑みを浮かべながら言われ、美由希は思わず頷いてしまう。
それから慌てたように、何かを言おうとするが、それを遮るように祥子が令に言う。

「良かったわ。お二人がすんなりと協力してくださるようで。
 もし、断わられたら時間もない事だし、どうしようかと思ったわ」

「うん、本当に良かった。ん?
 美由希ちゃん、どうかした?」

「い、いえ、何でもないです」

令に聞かれたものの、美由希は大人しく引き下がる。
それを満足そうに眺めた後、祥子は次の配役を口にする。

「それで、一の姫に仕える騎士バーシスを乃梨子ちゃんお願いね」

「はい…」

最早、先程の会話の流れで断わる事が出来ない事を悟っている面々は、大人しく頷くしか出来ない。
そんな事を気にも止めず、祥子は次々と配役を上げていく。

「それで、一の姫アナーシャは由乃ちゃんに、二の姫クリスティーは祐巳に、末の姫シルフィーヌは志摩子にお願い」

「はぁー。演目内容を聞いてから、何となくそんな予想はしてたのよね」

「私も多分、こうなるんじゃないかって思った。
 このお話って、三人の騎士と三人の姫の誰かは必ず出てるのよね……」

「まあ、偶に出番のないシーンもあるみたいだけれど」

「でも、それって少ないんだよね」

由乃がこれみよがしにため息を吐きながら言った言葉に、祐巳も同じように頷き、そこから二人は話し込む。
一方で、同じように名前を呼ばれた志摩子はどこか茫然としたような面持ちで、心ここにあらずといった感じだった。
それに気付き、乃梨子が気遣わしげに声を掛ける。

「どうかしたの、お姉さま」

「え、ううん、別になんでもないのよ」

そう言う割には、どこかいつもと違うような雰囲気を受けるのだが、
本人が何でもないと言っているので、乃梨子はとりあえず納得しておく事にする。
一通り騒ぎが静まるのを見計らい、祥子が声をあげる。

「そろそろ、続きを良いかしら」

祥子の言葉に、全員が口を紡ぎ頷くと、続きを促がす。

「瞳子ちゃんには、貴族のファディオスを、そして、可南子ちゃんには女騎士団長ヴィラーネをやってもらうわ」

「はい!任せてください」

「…………」

祥子の言葉に、胸を張って答える瞳子と逆に、可南子は何も言わずにただ黙っている。
それを了承と受け取り、祥子は祐巳を見る。

「それで、祐麒さんに言っておいて欲しいのだけれど、祐麒さんには双子の王子シオンをお願いね」

「やっぱり。祐巳さんが二の姫って言われたから、多分そうじゃないかと思ったのよね」

「でも、祐麒さんと祐巳さんでしたら、確かにそっくりですものね」

「流石は祥子さまです」

由乃、志摩子、乃梨子は口々にそう言うが、祐巳としてはいまいち何とも言えない心境だった。
そんな中、恭也が祥子に尋ねる。

「祥子、どうして王子がいるんだ?そもそも、王子がいないから、王がこんな事を考えたんでは?」

「恭也さんはナイツ・オブ・ナイトを知らないんですか?」

「ああ」

恭也は頷き、周りを見渡す。
どうやら他の反応を見る限り、自分以外は知っているようだった。

「そうですね。詳しい事は後で台本を渡しますから、それを読んでもらうとして。
 二の姫の双子の王子は、生まれてすぐに殺されるんです。
 王室には生まれた子供が双子だった場合、後に生まれた方は忌み子として殺すという決まりがあって。
 ただ、それを命じられた家臣はこっそりと家へと連れて帰って、自分の子供として育てるのよ」

「なるほど」

納得のいった恭也に、瞳子が付け加えるように言う。

「その秘密を知った私演じるファディオスは、それを利用して色々と画策するんです。
 言うならば、影の支配者といった所ですね。
 こんな大役を仰せつかったからには、完璧に演じて見せますわ」

声高らかに言う瞳子の勢いに少し押されつつ、

「が、頑張って下さい」

「勿論ですわ。当然、他の皆さんも頑張って頂きますわよ。ほほほほほ」

瞳子の高笑いを聞き、恭也は本当にそうやって笑う者がいるんだと感心したように瞳子を見詰める。
そんな恭也を見て、恭也の考えている事が分かった乃梨子は、少し前の自分と同じだなと親しみ深く恭也を見る。
その視線に気付いた恭也と乃梨子の目が合うと、乃梨子は肩を軽く竦めて首を横に振る。
どうやら放っておけという事らしいと気付いた恭也は、苦笑しつつもそっとしておく事にする。
ひとしきり笑って満足したのか、瞳子は笑い声を収める。
すると、まるでそれを見計らったかのように扉がノックされる。

「はい、どうぞ」

祥子の返答を聞いてから、2、3秒して扉がゆっくりと開かれる。
そこから姿を現したのは、祐巳たち二年生や祥子たち三年生には懐かしい顔だった。

「何か楽しそうだね」

その顔に笑みを貼り付けて入って来たのは、前白薔薇さまこと、佐藤聖だった。
その後に続き、同じように笑みを浮かべて蓉子が入ってくる。

「本当に賑やかだわ。そこまで笑い声が聞こえていたわよ」

「薔薇の館も良い方向へと変わったって事かしら?」

その蓉子の横から顔を出した江利子が、蓉子に尋ねるように言う。
それに対し、蓉子は何も言わずに首を軽くだけ傾げる。

「お姉さま、一体どうなさったんですか」

「志摩子〜、久し振り」

「あ、はい。お久し振りです。それで、本日は…」

聖につられて挨拶をした後、志摩子は再び同じ質問をする。
適当に空いている席に座りつつ、聖は答える。

「うん、恭也くんに会いにね」

「俺にですか?」

「そっ」

急に出てきた自分の名前に多少驚きつつも尋ねる恭也に、聖は短く答える。

「美由希ちゃんも来てたんだね。久し振り」

「あ、はい。お久し振りです」

聖の言葉に、美由希は慌てたように挨拶する。
それに片手を振って軽く返しつつ、聖は一同を見渡す。
そんな聖の横にいつの間にか座っていた蓉子が口を開く。

「とりあえず、初対面の方もいる事だし、簡単に自己紹介といきましょうか」

まるで自分がここでの主であるかのような佇まいは、しかし、誰も、初対面の者も含め、何ら違和感を感じなかった。
尤も、本人は普段通りにしているだけで、何も変わった事などはしていないのだが。
全員が押し黙り、蓉子が話し出すのをじっと待つ。
それにやっと気付いたのか、蓉子が祥子に声を掛ける。

「祥子。私たちはもうここの住人ではないのだから。今は、貴女が薔薇さまでしょう。
 ほら、私たちを紹介して頂戴」

「あ、はい」

蓉子に言われ、祥子は順に蓉子たち三人を紹介していく。
尤も、この場で完全な初対面は一年生だけだったため、すぐにお互いの紹介も済む。

「さて、それで今年の文化祭は何を見せてくれるのかな?」

「それは本番までのお楽しみですわ、聖さま」

「それは残念」

祥子の言葉に、聖はわざとらしく肩を竦めて見せる。
そんなやり取りを黙って見詰めていた蓉子が、急に真剣な顔になると祥子へと話し掛ける。

「それで、祥子。恭也がここにいるのは、また視察で?」

またの所を少しだけ強調して尋ねる。
瞳子や可南子は気付かなかったかもしれないが、祥子たちは本当は何を聞いているのかを悟り、頷く。

「ええ、また視察だそうです」

「今度は美由希ちゃんも一緒なのね」

頷き返答する祥子に、今度は江利子が言う。

「ええ。今度の視察は二人の方が良いらしいんです」

「そう。まあ、その件は今は良いとするわ。今日、祥子のお宅にお邪魔しても良いかしら?」

「勿論、歓迎致しますわお姉さま」

蓉子の言葉に祥子は何処か嬉しそうに答える。
それを祥子の横で感じ、祐巳は少し焼きもちを焼く一方で、自分もそれを喜んでいたりする。
何とも複雑な妹心だった。
祥子はその件に関しては、今はここまでと宣言した通り、違う事を口に出す。

「もしかして、恭也や美由希ちゃんも劇に出るのかしら?」

「はい。協力してくれるそうです」

「そう。でも、恭也が劇に出るのなら、脇役よりもやっぱり主役で使いたいわよね」

「勿論です。恭也さんには当然、主役のクラヴィスをしてもらいますよ」

蓉子の言葉に祥子は頷きつつ答える。
その祥子の言葉を聞き、蓉子は少し考える素振りを見せる。

「でも、そうなると祐巳ちゃんの出番を楽しみにしているおばあちゃんとしては、少し残念ね」

「それも大丈夫です。祐巳たちにも、たっぷりと出番はありますから」

「そう。それは楽しみだわ」

「一層の事、私たちも何かの役で出る?」

「それは面白そうね」

楽しそうに発した聖の言葉に、面白い事大好きな江利子が真っ先に飛びつき、祥子たちはただ驚く。

「それは、幾ら何でも…」

「卒業なさったお姉さま方が出られるのは流石に…」

祥子と令は流石にまずいという顔をする。

「暫らく来ないうちに、祥子たち、冷たくなって……」

「お、お姉さま、別に私たちは意地悪をしている訳ではなくてですね」

蓉子の言葉に、祥子が慌てたように言う。
そこへ、聖が声を掛ける。

「それじゃあ、どんなつもりなのかな?」

「ですから、卒業なされたお姉さま方に参加して頂く事が」

「私たちが良いって言ってるのにね」

祥子の言葉尻を捕まえ、江利子が言う。

「そういう訳には…」

江利子の言葉に、令は何とか反撃を試みるが、

「令。私がやりたいって言ってるのよ」

あっさりとその一言で令は大人しくなる。
すっぽんの江利子の異名を思い出したのだろう。
令は祥子にどうすると目で訴える。
それを受け、祥子は一つ頷くと小声で話す。

「大丈夫よ。何の劇をするのかは知らないはずだから。
 幾ら何でも、配役後に割り込んでは来ないでしょう」

「本当にそう思う?」

そう尋ねられ、祥子は咄嗟に頷く事が出来なかった。
この人たちは、例え前日であろうとやりかねないと思ったのだろう。
その上、自分たちは完璧にこなすのだ、きっと。
一瞬、そんな事を思いはしたが、何とか頭を振ると頷く。

「大丈夫よ、きっと」

そんな祥子たちの思いを知ってかどうか、蓉子たちは話を進める。

「だったら、どんな役が良いかしら」

「一層の事、私たちで三人の姫をやる?」

「それも良いわね〜」

「だとしたら、蓉子は知略に長けた二の姫よね」

「あら、それなら聖は気性の荒い一の姫かしら」

二人の言い合いを受け、江利子は嬉しそうに呟く。

「だったら、私は末の姫って事よね」

「「それはないわ」」

一斉に否定され、剥れてみせる江利子。
久し振りに会ったのに、それを感じさせない程、昔と同じような会話が出来る事を嬉しく感じつつ、それを楽しむ三人。
しかし、それを見ていた祥子が声を上げてそれを中断させる。

「お姉さま、どうして何をするのか知っているんですか」

そんな祥子に対し、蓉子はいつもの如く、落ち着き払った物腰で笑みを浮かべて答える。

「何故って、それは貴女が言ったからじゃない」

「私が?いつですか」

「恭也が出るなら、脇役よりも主役よねと話した時に、貴女が同意しながら、主役のクラヴィスって言ったのよ。
 勿論、それだけでナイツ・オブ・ナイトとは決められなかったけれど、その後に祐巳ちゃんについて聞いたでしょう。
 そしたら、祐巳ちゃんたちにもたくさん出番があるって言うんですもの」

「あそこであんな風に言ったら、祐巳ちゃんたちも当然、主役級って事になるよね」

蓉子の言葉に聖も補足するように説明する。
それに頷き、蓉子は頷く。

「だから、ナイツ・オブ・ナイトかと思ったんだけれど。
 どうやら、当たりだったみたいね」

この言葉に、祥子は自分が鎌を掛けられたと理解する。

「まだまだね、祥子」

そんな祥子に気付き、蓉子は笑みを浮かべたまま言う。
拗ねたようにそっぽを向く祥子に、蓉子は優しく声を掛ける。

「そんなに剥れないの。ちょっとした冗談じゃない。
 あまりにも立派になっちゃったから、少し寂しく感じたのよ。
 貴女の事を一番理解しているのは私だと思っていたけれど、今じゃ祐巳ちゃんたちしか知らない貴女もあるのを知って、
 少しだけ祐巳ちゃんたちに嫉妬したのよ。
 それで、貴女の考えている事はちゃんと分かっているわよ、って少しだけ見せたかったのかもね」

「お姉さま。勿論、祐巳たちしか知らない私というのもあるでしょうけれど、逆にお姉さましか知らない私もあるんですよ。
 それに、今の私がこうしていられるのもお姉さまのお陰ですから。
 いつまで経ってもお姉さまは私のお姉さまですから」

「ありがとう。それじゃあ、劇の方も頑張ってね。
 そして、私たちがいない間に、貴女たちがどれだけ成長したのかを見せて頂戴」

「はい」

蓉子の言葉に笑顔で返す祥子を見ながら、祐巳は改めて蓉子に尊敬の念を抱くのだった。





つづく




<あとがき>

やっと前薔薇さまたちが話しに絡み始めたよ。
美姫 「本当にやっとよね」
前回は、最後の方にちょっとしか出てこなかったからね。
美姫 「さて、前薔薇さまも出た所で、さくさくと次回に行こうね♪」
……それでは、また次回〜!
美姫 「また、このパターン!?





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