『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第16話 「恭也と美由希」






聖たちがじゃれている間も、一人黙々と図書館から借りてきた本を読んでいた美由希は、丁度、一冊読み終えて顔を上げる。
軽く背伸びをして、少し凝った肩を軽く回す。
それから、ふと気付いたように祥子へと話し掛ける。

「そう言えば、劇でするナイツ・オブ・ナイトって、映画版ですか?それとも、原作版」

「それは内容が違うのか?」

美由希の言葉に、祥子が答えるよりも先に恭也が尋ねる。
それに頷きつつ、美由希は簡単に説明する。

「うん、違うよ。
 映画版だと、その、バーツへとガルバディーンのそういった感じのツーショットシーンがあったりするんだけど、
 原作では、純粋に二人は親友になるって話なの」

「ほう。って事は、これは原作版か」

「ええ、そうよ」

恭也の問い掛けに、祥子はさも当然と頷く。

「あ、あははは。そうだよね、流石に文化祭の劇でそんなのはないですよね。
 それに、キリスト教ではそういうのはタブーですし」

美由希は笑って誤魔化すように言い、台本を捲る。
その指が、最後の方で止まる。

「あのー、ここの空白部分は?」

そのページには、約5分という文字と、最後の行に『勝者:クラヴィス』と書かれているのみで、他には何もなかった。

「そこは恭也さん演じるクラヴィスと美由希さん演じるペルスヴォードの最後の対決シーンですね。
 そのシーンに関しては、お二人にお任せします。大体、五分ほど後にクラヴィスが勝つようにお願いします」

祥子の言葉に、美由希は何か言いたそうに恭也へと視線を向けるが、恭也は首を小さく振り、諦めろと呟く。
まあ、御神の剣を見せるわけではないし、と渋々ながら納得した美由希に、祥子が笑みを見せる。

「本当にお二人が来て下さって助かりましたわ。
 私たちだけでは、このシーンをどうするのかと悩んだままだったでしょうし。
 かと言って、このシーンは結構大事なので、外す訳にもいかないでしょう」

「そうそう。最初は仕方がないから、私と祥子でやろうかって話も出てたぐらいなんだよね」

祥子の言葉に、何とか姉と妹を振り切った令が答える。
それを横で聞いていた祐巳は、騎士姿のお姉さまか〜と妄想の世界へと旅立ちそうな所を、由乃によって現実に戻される。

「そう言えば祐巳さん、祐麒さんに伝えた?」

「あっ!そうだった。お姉さま、少し電話をお借りします」

「ええ。場所は知ってるわよね」

「はい!それでは、少し行って来ます」

祐巳は元気良くそう答えると、部屋を出て行く。
その祐巳の後ろ姿を苦笑しながら見送り、祥子は由乃たちに声を掛ける。

「それじゃあ、皆も一度台本に目を通して頂戴。
 そして、出来る限り早く覚えてしまってね」

にっこりと微笑みつつ、とんでもない事をさらりと言う祥子だった。
結局、この日は皆、夕食までと夕食後の少しの時間も台本を読んでいた。







その日の夜、恭也と美由希は鍛練のために庭へと出ていた。

「うーん。やっぱり、これだけ広いと中々なれないね」

「まあな」

それだけを答えると、恭也はそっと小太刀を構える。
それを見て、美由希も同じように小太刀を構えると、静かに闘気を解放していく。
静かな庭に、風が舞う音だけがやけに大きく響く。
そんな中、二人は鍛練を始めるのだった。



「は、は、はー」

何十回目にもなる打ち合いの後、美由希は恭也から大きく距離を開けると何とか呼吸を落ち着かせようと努力する。
そんな美由希に恭也が声を掛ける。

「はー。……今日はここまでにしておこう」

恭也はそう言うと、タオルを美由希に放り投げ、自分も汗を拭う。

「はー、はー。はい、ありがとうございました」

そのまま地面に座り込む美由希の横に同じように腰を降ろしつつ、恭也の視線は美由希が先程まで使っていた小太刀に注がれる。

「すっかり龍鱗にも慣れたみたいだな」

「え、あ、うん」

恭也の言葉に美由希は頷くと、片足を腕で抱き、その膝に顔を置く。
視界の中で横に映る恭也の顔に向って、美由希は嬉しそうに語る。

「もうすっかり手に馴染んだ感じがするよ。
 でも、あれからもう結構な時間が経ったんだね」

「ああ。香港での鍛練の後だったからな」

「恭ちゃんの膝も完治したしね」

「ああ、本当にありがたい事だ。フィリス先生には本当に感謝だな」

「後は、那美さんとそのお姉さんの薫さん、そして十六夜さんにだね」

「ああ」

恭也はそう呟くと、そっと天を仰ぎ見る。
恭也が今、何を思っているのか理解しながら、美由希はその横顔を飽きる事無くずっと見詰める。





  ◇ ◇ ◇





あの事件が原因での入院生活も無事に終わり、4月も後半に入っていたそんなある日。
恭也は膝の定期検診に病院へと赴いていた。
膝の検診も終わり、いつもの様にお茶をご馳走になりつつ、軽い世間話をしている時、不意にフィリスが真面目な顔になる。

「恭也さん、その膝を完治させたいですか?」

その言葉の意味に気付くのに、恭也は多少の時間が掛かった。
そして、その意味が完全に理解できると、普段の彼からは想像も出来ないほど珍しく勢い込んで言う。

「完治できるんですか!?」

恭也はフィリスの肩を掴みつつ、勢い込んで尋ねる。
肩を掴まれたフィリスは、その痛みよりも間近にある恭也の顔に注意がいっており、顔を赤くしつつ頷く。

「あ、す、すいません。大丈夫ですか」

「ええ、大丈夫ですよ」

自分がフィリスの肩を強く握っている事に気付き、恭也は慌てて離しながら謝る。
それに笑顔で答えつつ、フィリスは続ける。

「それで、話は戻りますけれど…、恭也くんの膝は手術する事で治せます。
 ただし、術後の2ヶ月ばかりはリハビリも必要でしょうし、当然激しい運動なんて出来ませんけど」

どうしますと聞かれた恭也は、その提案に一も二もなく頷く。
こうして、恭也の膝の手術が行われる事となった。
更に運の良い事に、那美とさざなみを訪れていた薫の協力もあり、
手術前と手術後の長期に渡って治癒の術を掛けてもらった事もあり、予想よりも早く完治したのであった。
勿論、事情を知らないフィリス以外の医者は、恭也の懸命なリハビリの成果だと思っているが。
兎も角、右膝の完治した恭也は、右膝を庇う癖を修正し、剣士として更に力を付けた。

「うぅ〜。恭ちゃんが鍛練できない間にその差を縮めようと思ったのに、縮まる所か開いた感じがする」

とは、美由希が恭也が完治した後の最初の鍛練後に零した言葉だったりする。

追い付きそうだった背中が更に遠ざかった事により、美由希も更に鍛練を積むようになり、
恭也もそれに負けないように、自身と美由希の鍛練に力を入れる。
その結果、二人は更にその腕に磨きを掛けるのだった。
そして、夏休みに入って2、3日した頃、香港にいる美沙斗から二人に連絡が入る。
香港での実戦を想定した鍛練に参加しないかという誘いだった。
最近、自分たち以外と実戦形式の鍛練をしていない二人は、この話にすぐさま飛びつき、翌日には機上の人となっていた。
勿論、それだけではなく、美沙斗に鍛練をしてもらうという考えもあって。
こうして二人は香港の地に降り立つのだった。





  ◇ ◇ ◇





「恭也、美由希、ここだよ」

空港のロビーで二人を出迎えたのは、美由希の実の母にして、現存する御神の剣士の一人美沙斗だった。

「お久し振りです、美沙斗さん」

「久し振りだね、母さん」

「ああ。恭也は膝が治ったそうだね」

「ええ」

「それは、手合わせが楽しみだよ。美由希の方はどうだい?あれから腕を上げた?」

「うーん、どうだろう。多分、上がっているとは思うけど…」

悩む美由希の頭に手を置き、恭也が代わりに答える。

「かなり腕を上げてきていますよ。俺もうかうかしてられません」

「そうか」

「そ、そんな事ないよ。まだ恭ちゃんには敵わないし…。
 膝が完治してからの恭ちゃんは、私から見ても凄く強くなってるし」

謙遜する美由希の頭をクシャクシャと照れ隠しも込めて撫でつつ、恭也は歩き出す。
その背中を美沙斗も追い、その後を美由希がくしゃくしゃになった髪を整えつつ追いかけるのだった。
翌日、恭也と美由希は廃ビルの一つへと来ていた。
この辺り一体は全て廃棄されたビルばかりで、撤去すのにも色々な問題が絡んでいて撤去できないでいた。
そこを、香港警防隊が買い取り、訓練用に使っているらしい。
付近には、銃の手入れをしている者たちが大勢いており、その中を美沙斗は二人を先導して歩いて行く。

「美沙斗さん、彼らは香港警防隊の方たちですか」

「いいや。彼らは、うちと訓練をしたいと言ってきたとある特殊部隊だよ。
 普段は、凶悪な犯人やテロリスト鎮圧を主にしている者たちさ。
 うちはお互いに訓練をしようとしても、中々他の部隊が一緒に暇している時ってのがないから、
 たまにこうして外の部隊と訓練をしているって訳さ」

そう説明しながら、美沙斗は幾つかのテントが立ち並ぶ中、一つのテントへと足を向ける。

「お待たせしました」

「いや、こちらもまだ準備中だから」

そう言って美沙斗に答えたのは、がっしりとした体を深い緑色の服で包み込んだ中年の男性だった。

「前回よりも少し多いですね」

「ああ。前回は君の所の第四部隊に見事にしてやられたからな。
 今回はざっと50人ほどだよ。君の方は前回と同じか?」

そう尋ね返す男に、美沙斗はいやと首を振って見せると、後ろにいた恭也と美由希を紹介する。

「今回は、この二人でお相手させて頂きます」

「はっ?ははは、君がそんな冗談を言うとは思わなかったよ。
 それで、実際の所はどうなんだね」

「いえ、本当にこの二人です」

男は美沙斗をじっと見詰め、その言葉に嘘がないと分かると大仰に肩を竦めて見せる。

「何だ?今回はその新人の度胸試しでもしようってのか?
 確かに、警防隊に入るにしちゃあ若そうだが…」

「ジャック。見た目で判断すると、大変な事になるよ」

男──ジャックの言葉を遮るように、美沙斗は微かに微笑みながら言う。
それを受け、ジャックはじっと美沙斗を見る。

「美沙斗がそこまで言うのなら、間違いはないんだろう。
 こっちは遠慮なくやらせてもらうさ。
 訓練とは言っても、当たれば下手をすれば骨ぐらいは折れるが構わないんだな」

「ああ、構わないよ。尤も、当たれば、だけどね」

そこへ、一人の男がジャックの元へやって来る。

「そうか、分かった。……さて、こちらの準備は出来たが」

「こちらも構わないよ。恭也、美由希良いね」

美沙斗の言葉に二人は頷く。

「ルールは簡単だ。どちらかが全滅するまで。
 君たちが先にあのビルへと入って、それから5分後にこちらが突入する形となる。
 何か質問は?」

ジャックの言葉に恭也が手を上げる。

「一つだけ。そちらが全滅したかどうかはどうやって判断すれば?」

「ありえないとは思うが、もし、そう言う事になったら、こちらから君たちに呼びかけるよ。
 美沙斗から無線機は貰っているだろう」

その言葉に頷く恭也に、ジャックは他に質問はないか尋ねる。
それに首を振って答えると、恭也と美由希はビルへと入って行く。

「ねえ、恭ちゃんどうするの」

「向こうは50人もいるんだ。一斉に同じ場所からの突入はないだろう。
 だったら、こちらも別々に行動する」

不安そうな顔を見せる美由希に、恭也は優しく声を掛ける。

「大丈夫だ。普段の鍛練と対して変わらない。落ち着いてやれば、問題ない」

「うん」

恭也の言葉に美由希は頷く。

「相手は銃だからな。如何に間合いを詰めるかだが、ここは遮蔽物が多い。
 こういった地形は俺たちの方が有利だ。絶対に焦ったりしない事だ」

もう一度頷く美由希と分かれ、恭也は裏口へと歩いて行く。
美由希は逆に上へと登ると、三階で足を止め、階段脇の壁に背を預けて目を閉じる。
そして、長いような短いような5分が経過した。

(正面から20、裏口に10。後の20はまだ外……)

美由希はビルに入ってくる気配を感じ取りながら、その数を数える。
裏に周った者たちは恭也に任せ、自分は正面から来た者を倒す方法を考える。
20人のうち、五人は一階のフロアに残り、残りが二階へと上がって来る。
同じように、二階に五人が残り。
恐らく、五人ずつで一階毎に見て周るつもりなのだろう。
ならば、と美由希は物音を立てずに四階へと登っていく。

(相手の方からわざわざ人数を減らしてくれてるんだから、無理に一度に大勢と戦わなくても良いよね)

美由希はそう考えると、四階の階段すぐの部屋へと身を隠す。
そして、慎重に相手が近づくのを気配を殺して待つ。
五人全員が階段を登りきり、慎重に歩を進める。
まず最初に美由希の隠れたこの部屋を調べるつもりなのだろう。
一人がは扉のない出入り口の陰に身を隠す。
そして、一人は万が一の為に少し離れて待機すると、
合図と同時に二人が部屋に飛び込み、二人がそれぞれ援護するようにすぐさまその背後へと立ち…。
その瞬間、美由希は飛び込んできた二人を左右それぞれの小太刀で打ちつける。
上から落ちるように降りてきた美由希に意表を付かれ、飛び込んだ二人は抵抗らしい抵抗も出来ないまま昏倒する。
ようやく目の前の美由希が倒すべき相手だと悟った背後の二人は、しかし銃を向けるのが遅すぎた。
二人が美由希に照準を合わせるよりも早く、美由希はその懐へと潜り込み、一人に肘鉄を食らわす。
鳩尾に綺麗に入ったソレに、身体を少し浮かせる男に更に蹴りを入れつつ、美由希はもう一人の男の腕を掴むと、
少し離れたところに立つ男と自分の間にその身体を滑り込ませる。
離れた所にいた男は、仲間の身体で隠れてしまった美由希に発砲する事が出来ずに舌を打ち鳴らす。
その隙に、美由希はその男をそちらへと突き放す。
自分に向って突き飛ばされた仲間を撃つ訳にもいかず、その男は銃身を少し下げる。
それを確認した瞬間、美由希は突き飛ばした男のすぐ横を駆け抜ける。
同時に、その男に斬撃を喰らわせる事も忘れない。
突然、仲間の陰から飛び出してきた美由希に、男はチャンスとばかりに銃を向けるが、僅かに下に向けていたため、
美由希を捉えるのに時間が僅かに発生する。
時間にして、一秒にも満たない時間だったが、美由希にはそれで充分だった。
美由希は男の銃を持つ手を小太刀で叩き付け、男が苦悶の声を上げるよりも早く、もう一刀で首筋に一撃を与える。
これによって意識を刈り取られた男は、そのまま廊下に倒れ込む。

(これで五人)

そのまま美由希は三階へと向う。
三階でも、部屋を一つ一つ確認していく男たちの姿があった。
折りしも、丁度、部屋へと飛び込むところだった。
男たちが部屋に飛び込むと同時に、美由希は階段の物陰から静かに飛び出す。
男たちに向う途中で、部屋には入らずに待機していた一人の男が美由希に気付き、銃を向け発砲する。
それを美由希は走りながら躱すと、そのまま距離を詰めていく。
男の銃声に、部屋にいた四人の男たちも姿を現す。
そこへ、美由希は飛針三本を、別々の男へと投げる。
それは狙い外さず、男たちに突き刺さる。
くぐもった声を上げつつ、男たちの動きが鈍る。
飛針を喰らっていない二人が美由希へと銃を向けるが、美由希は鋼糸を放ち、最初から外にいた男の腕を絡めとる。
銃を構えていたもう一人の男との射線上に、その男もってくるとその男の腹を蹴りつける。
前屈みになった所を、男の太腿に足を掛け、上へと跳ぶ。
同時に男の顎を膝で蹴り上げつつ、後ろへと倒れていく男の肩を蹴って更に上へと跳躍する。
その頃には、残る四人は銃を構えており、美由希の動きに合わせて銃身を移動させる。
しかし、美由希は照準を合わされないように、天井を蹴って床へと降り立つと、すぐさま男たちの中へと飛び込む。
先頭に立つ男の顎を柄で殴り上げ、右の回し蹴りで男を左側に立っていた別の男の方へと蹴り飛ばす。
左側に立っていた男は、壁と飛んできた男に挟まれ、頭を痛打して意識を失う。
その間にも美由希は止まる事無く、残る二人に対して小太刀を振るう。
一人はすぐさま倒されるが、残った一人は、すぐさまライフル銃を構え、美由希の小太刀を受け止める。
しかし、男の動きはそこまでだった。
美由希は受け止められた小太刀に力を込めて押す。
それに対抗するように男が力を込めた所で、美由希は力を完全に抜き、身体を半身捻る。
急な出来事に、男の身体は完全に前のめりとなり、横へと避けていた美由希に無防備な姿を曝す。
そこへ、首筋に美由希の小太刀で吸い込まれると、男はそのまま地面へと倒れ伏すのだった。

(これで10人。今の銃声で、下の人たちがこっちに来ている)

美由希は気配を探ると、男たちが登ってくる階段とは別の階段を使って下へと降りる。
二階は三階と違って、まだ手を付けられていなかったのか、部屋として区切られておらず、ただ柱だけが乱雑していた。
一つの柱に背を付け、美由希は目を閉じると再び気配を探る。

(ここにいた人たちは、今階段を登っている所…。一階にいた人たちは…)

一階にいた男たちは、今しがた美由希が降りてきた側の階段を登って来るようだった。
美由希は柱からそっと離れると、そちらへと向う。
ここで、美由希は下へと行かず、上へと登ると二階と三階の間の踊り場で足を止めると、鋼糸階段の手すりに括り付ける。
目を閉じ、タイミングを計る。

(今!)

美由希は床を力一杯蹴ると、後方──窓の方へと飛び出す。
ビルの外へと飛び出した美由希は、鋼糸を握る手に力を込め、そのまま地面へと落下するのを防ぐと、
一階と二階の間の踊り場へと向って飛び込む。
二階へと向う途中の階段にいた男たちは、窓を突き破り突然現われた美由希に、驚きながらも咄嗟に態勢を整える事が出来ない。
その隙に美由希は二人を倒し、残る三人が銃を撃つと同時に階段を踏み蹴り、一階へと続く階段に飛び移る。
男たちが慌てて階段を下りる音を背後に聞きつつ、美由希は振り返りもせずに一階の廊下へと走り出す。

(これでビル内にいるのは、恭ちゃんの所に向った10人を除けば八人)

気配を探れば、裏口へと向った10人は既に倒されたようだった。

(これで、本当にビル内にいるのは八人)

美由希は背後から迫ってくる三つの気配に足を止める。
一階も二階と同じような構造になっており、こちらも隠れられるような部屋はない代わりに、身を隠す柱などが多くあった。
その一つに身を隠しながら、美由希は影に紛れるように移動する。
一切の音を立てず、美由希は男たちへと近づく。
美由希は足元に落ちていた瓦礫の一つを拾うと、離れた所へと放り投げる。
それが孤を描き、地面へと落ちると音を立てる。
と、同時に暗闇の中にマズルフラッシュが起こり、瓦礫の落ちた辺りを無数の弾丸が襲う。

(うわぁ〜。訓練用とは言っても、当たったら痛そう…)

実際に当たれば、痛いで済むようなものでもないのだが、美由希はそんな事を考えつつ、行動を起こす。
男たちは、別々の柱の影に身を潜ませ、瓦礫の落ちた個所へと近づいて行く。
先程の攻撃が美由希に当たっていない事は分かっているが、音のした辺りを探るべく行動していた。
左右に分かれて移動する前の二人を援護するように、後の一人は二人から少し離れて付いて行く。
何度目かになる移動の後、今までと同じように柱へと背を預けた瞬間、今までとは違う事が起こった。
突如、上から糸状の物が落ちてきて男の首に纏わりついたのだ。
男は助けを呼ぶ事も出来ないまま、その手にした銃を取り落とし、締め上げられて意識を失う。
天井から鋼糸によって男の意識を奪った美由希は、静かに地面に降りると、男の落とした銃を拾い上げる。
そして、銃が落ちた音でこちらに向かってくる男二人のうち、右側の男にその銃を投げつける。
男が怯んだ一瞬の隙に、美由希は柱の陰から飛び出し、柱と柱の間を縫うように縦横無尽に走りながら男たちに近づく。
男たちは美由希の武器が刀と知り、近づかせないように銃を撃つが、柱の影から影へと移動する美由希に掠る事すらしない。
その間に美由希は距離を詰めと、一人の懐に潜り込む。
身体を起こしながら、捻るように小太刀の柄で胸を強打する。
倒れる男の横を通り抜けざま、その首筋にもう一撃喰らわすと、美由希は残る一人に迫る。
男が撃つ銃弾を動き回りながら躱し、美由希は男の鼻っ面に峰を当てて男を打ち倒す。

「ふぅ〜」

そんな美由希の背後から、恭也がやって来る。

「中々良い動きだな」

「あ、恭ちゃん」

恭也に褒められ、嬉しそうに頬を緩ませつつ振り替える。

「さて、表で待機していた連中もどうやら突入してくるようだな」

「うん」

「……この地形を利用して、攪乱しつつ各個撃破が一番楽そうだな」

「流石に正面から20人に挑むのはしんどいからね」

出来ないではなく、疲れるという辺り美由希も大したものである。
そんな美由希に苦笑しつつ、恭也は一応注意しておく。

「油断だけは決してするなよ」

「うん、分かっているよ。今までは、相手もこっちの事を見縊っていたかもしれないけど…」

「ああ、流石に半数を叩きのめされては、相手も本気になるだろうからな」

上にいた五人が下へと降りてきて、入り口付近で他の者たちと合流したのを感じつつ、恭也と美由希は少し離れた柱へと身を隠す。
そして、たった二人による特殊部隊の殲滅が幕を開ける。





  ◇ ◇ ◇





少し時間は遡り、美由希と恭也が合流する少し前。

「おい、返事をしろ!おい!」

ジャックは先行させた部隊から連絡がない事に苛立ちながらも無線機に呼び掛ける。
暫らく呼びかけていると、返事が返ってくる。

「こちらチームCです」

「チームC、二階を担当していたチームだな。現状はどうなっている?」

「そ、それが、突入した者たちのうち、私たち以外からは連絡がありません。
 それと、三階にてチームDを確認しました。全員倒されています」

「なっ!」

この言葉にジャックは驚きつつ、美沙斗の方へと振り向く。
対する美沙斗は、言っただろうと言わんばかりにただ笑みを浮かべる。

「くっ。連絡の取れない奴らは、既に倒されたと思え。
 お前たちはすぐに一階へと戻って、待機させていた連中と合流しろ。
 皆、聞いていただろう。相手を子供と思って侮るな。
 気を引き締めていけ!では、突入!」

ジャックはそれだけを言うと、パイプ椅子へと腰掛ける。
やや乱暴な動きに、パイプ椅子が抗議するように小さな音を立てる。

「あの子たちは一体、何者なんだ。たった二人だけで先行させた連中を倒すなんて。
 そんな芸当は君ぐらいしか出来ないと思っていたが…」

「ふふふ。だから、言ったじゃないですか。
 見た目で判断すると、大変な事になると」

「ああ、確かにな…」

「それに、ジャックの言う芸当は私以外にも出来る者はいますよ。
 そういった連中が集まっているのが、うちですから」

「……確かにな。香港警防隊、最強にして最悪の法の守護者。
 悪を裁くためなら、法すら破る。その警防隊の隊長クラスなら、これぐらいはやってのけるだろうな」

ジャックは苦笑しつつ、そう零す。
それに対して美沙斗は何も言わずにただ、じっと座っているだけだった。
それからどれぐらいの時が流れたか、恭也から美沙斗へと連絡が入る。

「……ああ、恭也か。終ったのかい?……うん、うん、そうか、分かったよ」

美沙斗は無線を切ると、ジャックへと向き直る。

「今、連絡が入った。先程突入した連中を全て倒したそうだ。
 で、そちらの部隊が全滅したのかどうかの確認だが…」

「ちょっと待ってくれ!全員倒しただと。この短時間で!?」

ジャックは驚いた顔をしつつ、無線機へと飛びつくと、部隊へと連絡を取る。
しかし、誰一人としてジャックに返答するものはいなかった。
暫らく無線機に向ったまま動きを止めていたジャックだったが、ふっと肩から力を抜くと、そのまま椅子に座り込む。

「ああ、どうやら本当に全員やられたらしいな」

「そうか。なら、訓練はここまでだな」

「ああ」

ジャックの返答を受け、美沙斗は恭也たちに連絡を入れる。
それから数分後、恭也と美由希は美沙斗の元へと戻ってくる。

「お疲れさま」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

美沙斗の差し出したドリンクを受け取りつつ礼を言うと、恭也はジャックへと向き直る。

「お陰様で今日はとても良い訓練が出来ました。ありがとうございます」

恭也に倣い、美由希も頭を下げる。
そんな恭也たちに微笑を浮かべてジャックは答える。

「ああ、こちらこそ良い訓練になった。
 特にあいつ等にとってはな。あいつ等も見かけだけで判断する愚かさを身をもって知っただろう。
 それじゃあ、撤収の準備があるから、私はこれで。良かったら、また訓練してやってくれ」

「機会があれば、こちらこそお願いします」

挨拶を交わすと、ジャックは向こうの方で固まっている集団の元へと行く。
その背中を見送ってから、恭也たちもその場を去るのだった。





つづく




<あとがき>

今回は恭也と美由希メインでお送りします〜。
美姫 「過去の回想って所?」
そういう事。この香港での出来事が後に大きく関わってくる事に…。
美姫 「本当に?」
…………えっと、次回も恭也と美由希メインです。
話的には、この続きになります。
美姫 「おーい。ねえ、本当に関係してくるの?」
えっと、次回の話には関係してくる…。
美姫 「それって当たり前なんじゃ。今回のと次回のって、言うならば前編後編だもん」
あ、あはははは〜。
美姫 「はぁ〜。本編全体で見たら、関係してこないのね」
そ、そんな事はないぞ。
ここで大事なのは、恭也の膝の完治。そして、次回のとある部分。
美姫 「ああー、美由希の皆伝ね」
うわ〜〜ん、言うなよ〜。
何のために、恭也たちを香港に行かせたと思ってるんだ!
美姫 「美沙斗から龍鱗を受け取るためでしょう」
だから、言うなよー!
しくしく、ぐすぐす。えっえっえ……。
美姫 「あ〜、ごめんごめん。私が悪かったってば…。
ほら、飴玉あげるから……」
うぅぅ〜〜、馬鹿にするな〜〜。
美姫 「言いながらも、ちゃっかり飴は取るのね」
当たり前だ〜。シクシク。
美姫 「はいはい、いい加減に泣き止みましょうね〜」
グスグス。だ、誰のせいだと思ってるんだ〜。
美姫 「はいはい。……あー、何か面倒臭くなってきたわね。……!
浩、次回予告!」

次回予告!
香港で警防隊との訓練を繰り返す日々。
何故か急に訓練が激しくなる事に疑問を感じつつも、日々それをこなしていく美由希。
そこへ恭也から驚愕の事態を伝えられる。
迫る皆伝に焦る美由希。
そして、皆伝を控えた美由希は、美沙斗に呼び出されるのだった。
果たして、無事に皆伝する事が出来るのか。
次回、マリアさまはとらいあんぐる2nd、第17話「皆伝の儀」
近日公開予定、乞うご期待!
美姫 「急に元気になり過ぎ……。
えっと、同じく次回予想。
大風呂敷を広げて予告したまでは良かったが、いかせん所詮は浩。
見事に玉砕。思うままに執筆が進まず、近日どころか時は刻一刻と無情にも流れていく…。
近日後悔、物凄く期待!」
わはっはは。お前、何不吉な予想をしてるんじゃ〜!
美姫 「冗談よ、冗談。浩が頑張れば問題ないでしょう」
うっ!た、確かに。
美姫 「はいはい。それじゃあ、続きを書きましょうね〜」
……何か上手い事騙されているような気が…。
美姫 「気のせいよ、気のせい〜♪さっさと書こうね〜♪ネタを忘れる前に」
わ、分かってるよ。
美姫 「それじゃあ、皆さん、まったね〜」





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