『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第18話 「六神翔」






明かりを必要最低限しか灯していない薄暗い通路。
非常口を知らせる緑色のランプが闇の中、ただ静かに存在を主張しているかのように。
そんな薄暗く静けさ漂う中を、一際大きな足音が響く。
断続的に、しかし途切れることなく響く足音は一人分。
響く早さなどから考えるに、どうやら走ってるらしい。

「はっはっはっは」

息も荒く走っているのは、白衣を着た一人の男だった。
男は背後を気にしつつ、一度も振り返ることなく走り抜けていく。
一度でも止まれば、疲労した身体が再び走り出すことはないと分かっているが故か。
必死で息を吐き、吸い込みながらも足だけは前へ、一歩でも先へとばかりに進む。
背後から来る者から、少しでも遠くへ。
とある町にあるそこそこに大きな病院の通路を、男はただ走る。
助けを呼ぼうと部屋を一度覗いて見たものの、何故か夜勤の看護士や患者も含め、全員が深い眠りへと入っている。
電話で助けを呼ぶ暇もなく、男は追撃者に迫られ、今こうして出口に向かって、普段運動しない身体を必死に動かしている。

「な、何故だ。お、俺が何をした…」

息を乱しながらも、そう悪態を付く。
いや、実際は何か言葉を発していないと、この静寂の中、発狂しかねないのだろう。

(くそっ、くそっ、くそ! 警備員たちは一体何をしているんだ!
 こんな時のために、あいつ等は雇われているんだろうが!)

胸中で思いつく限りの罵詈雑言を浴びせつつ、男は階段を飛び降りるように駆け下りていく。
それまで必死な様子だった顔に、微かだが安堵が見られる。
男は全ての階段を降りるきり、一階へと辿り着いたのだ。
後は、外にでるだけ。そうすれば、助かる。
希望を見出した男は、疲れた身体に鞭打ち、最後の一走りを始める。
正面玄関へと続く広い受付を横切ろうとし、そこで、今まで一度も止めなかった身体を止めた。

「ひっ!ひ、ひぃぃぃ」

男はまともな言葉を発することも出来ず、ただ息が漏れたようなか細い悲鳴のような声を上げ、その場にへたり込む。
その男の視線の先、そこにはぼんやりと顔だけが浮かんでいた。
いや、よく目を凝らしてみれば、男は首から下を真っ黒な服で包み込んでいるだけだった。
男はゆっくりと、倒れた白衣の男、おそらく医者であろう男に近づいてくる。
微かに灯っっている薄暗い明かりの中、男の全身が暗闇から現れる。

「鬼ごっこはお終いですか」

男はこの場には似合わないほどの笑みを浮かべ、そっと声を出す。
静かで小さな声は、しかし妙にはっきりと医者の元へと届く。
その問いかけに医者は答えることもせず、座り込んだまま、手だけを必死に動かして、男から遠ざかろうとする。
そんな医者の様子を何の感情も写すことなく見下ろしながら、

「さて、鬼ごっこが終わったのなら、お祈りの時間ですよ」

男は首から下げていたものをそっと取り出す。
光を反射させたソレを両手に掲げると、男はどこまでも澄んだ口調で続ける。

「No temptation except what all people experience has laid hold of you.
 (あなたがたの会った試練で世の常でないものはない)
 God will not permit you to be tempted beyond your ability but will,
 (神はあなたがたを耐えられないような試練に会わせる事はないばかりか、)
 at the time of temptation,provide a way out,so that you will be able to stand it.
 (試練と同時に、それに絶えられるように、逃れる道も備えてくださるのである)」

男はそこで一旦言葉を区切り、医者を見下ろす。
医者は何を言われたのか分からないのか、ただ男を見上げていた。
男は微笑を浮かべると、

「つまり、今のこの試練を乗り越えることは必ず出来ます。
 しかし、それと同時に逃げ道も用意してありますから、逃げたければ逃げなさい。
 そういう意味ですね。尤も、私はそれが真実とはほど遠いと思い知らされましたが……」

一瞬だけ、男──神父の顔に翳りが見えるが医者はその事には気付かず、ただ少しでも離れようと床を這う。
その医者を一瞥した後、神父はそっと男の背後を指差してみせる。

「先程言ったとおり、逃げ道は用意されています」

医者が男の指差す先を見る。
あちらは裏口となっており、緊急時の出入り口などに使われる扉があった。
医者はそれを思い出すや否や、身体を起こして走り出す。
その背中に向かって、神父は短く呟く。

「主よ あわれみたまえ…」

神父はそっと床を蹴ると、足音も立てず医者の背を追う。

「今、彼はその身を横たえ、眠りにつきます……」

あっという間に医者の背後に追いつくと、その襟首を掴んで引き倒す。

「がっ!」

強かに背中を打ちつけ、医者は肺の空気を全て吐き出し咳き込む。
が、すぐ頭上に神父の姿を認め、命乞いを始める。
そんな医者の言葉など聞こえていないかのように、神父は静かに右腕を振り上げ、左手で十字を切る。

「天なる主に彼が魂をお預けします。
 もし、目覚める前に死が訪れるなら、主よ、彼が魂をお召し下さい」

右腕をためらいなく医者の眉間へと打ち下ろす。
医者は目を見開き、そのまま動かなくなる。
それを見届けると、神父はゆっくりと腕を戻す。
その右手には、細い針のようなものが握られていた。
暫く医者を見下ろした後、神父は静かにその場を立ち去る。
と、その背後にいつの間にか一つの影が浮かび上がる。
それを別段驚きもせず、神父はただその人物の名を口にする。

「……海透(かいと)くんですか」

海透と呼ばれた男は、背中の中ほどまである髪を首元で無造作に一つにまとめて背中へと流し、ただ黙って神父の背中を見詰める。
その身を包むのは、こちらもまた黒一色。
ただ神父と違い、それは聖職者の服などではなく、単に黒の長袖シャツに黒のズボンというラフな格好だが。
一つ違和感を覚えるとしたら、その腰に差した昔ながらの凶器、刀だろう。
それを二本携えて、闇と同化するように立っている。
海透が足元に転がっている死体を見ていると知った神父は、口を開く。

「ああ、彼は天に召されました。どうやら、目覚める目に死が訪れたようですね。
 尤も、私が訪れさせたと言うべきでしょうが。まあ、それも当然でしょう。
 その男はね、裏で金を貰って資産家たちを優先的に診ていたんですよ。
 大した病気でもない金持ちと、すぐにでも治療を受けなければ死んでしまうかも知れない一般の者。
 それを秤にかけ、お金を取ったんですよ。まあ、別段おかしい事でもないのでしょうけどね。
 私はこれまでにも、何度もそういったのを見てきましたし」

「興味ない」

神父の言葉に対し、透はにべもなくそれだけを答える。
それに害した様子も見せず、神父はただそうでしょうねとだけ呟いて頷く。

「それで、一体何の用でしょうか」

「父さんから伝言だ。今すぐに戻って来いと」

それだけを告げると、透は背を向けて歩き出す。
さも用件はもう済んだとばかりに。
そんな透の様子に苦笑いを浮かべつつ、

「そうですか。やっと六神翔全員が揃ったということですか」

そう一人ごちると、神父もまたその場を立ち去るのだった。





  ◇ ◇ ◇





朝のM駅前。
通勤、通学で人のごった返す中を、恭也たちは歩いていた。
と、恭也はそんな少し早足で歩く人々の中にあって、目立っている少女を見つける。
服装自体はどこにでもあるような淡い色の服にスカートと、別段目立ったところはない。
絶世の美女とまではいかないものの、顔立ちは整っており、充分に可愛らしい部類に入るだろう。
その少女をじっと見詰める恭也の視線に美由希が真っ先に気付き、面白くなさそうに唇を尖らせつつ言う。

「ふ〜ん、恭ちゃんはああいった子が好みなんだ。そうなんだ。
 でも、今は仕事中だよ。そんなに他の事ばかり気にしててもいいの?」

何処か棘のあるような美由希の発言に、祥子たちも反応してそちらへと視線を転じる。
口々に何か呟く祥子たちを眺めながら、恭也はとりあえず美由希にチョップを打ち下ろす。

「な、何するのよ〜」

涙目になりながらも抗議をしてくる美由希に、恭也は憮然と告げる。

「お前が変な事を言うからだ。ただ、あの少女が困っているようだったんでな」

恭也はそれだけを言うと、その少女の方へと歩いて行く。
恭也に言われて改めて少女を眺めてみれば、年の頃は美由希と同じぐらいだろう少女は、道行く人に声を掛けようとするも、
何やら躊躇っては俯き、意を決して再度声を掛けようとしては、また俯くといった事を繰り返していた。
恭也が近づいて行く中、その少女はやっと一人のサラリーマン風の男へと声を掛けようと一歩を踏み出すが、
何故かバランスを崩し、そのまま倒れる。

「う、うぅぅぅ。またやっちゃった〜」

しょっちゅうこけているのか、少女は地面に座り込んだまま、そんな事を呟く。
そんな少女の前に、手が差し伸べられる。

「大丈夫ですか?」

最初、少女はそれが自分へと向けられているとは気付かず、ただその手をじっと見ていた。

「もしかして、何処か打ちましたか」

反応のない少女に、恭也は不安になって更に声を掛ける。
そこにきて、ようやっと少女はこの声と手が自分に向けられていると気付き、慌てて頭を下げる。

「い、いいえ、何処も打ってません。ご心配をお掛けしまして、ごめんなさい!」

まるで地面に額を擦りつけんばかりに謝る少女に、周りからの視線が恭也へと向う。

(……ふむ。確かに事情を知らないものが見れば、俺が何かを因縁でもつけたように見えるんだろうな)

冷静に分析し終えた恭也は、冷静に分析している場合ではないと気付き、慌てて少女の腕を掴んで立ち上がらせる。

「と、とりあえず立ち上がってください。えっと、本当にどこも怪我はないですか?」

「はい! 身体だけは丈夫ですから。それに、こんなのはしょっちゅうで、慣れてますから」

笑顔で答える少女に、慣れる前にこけないようにならないものかと言いたかったが、それをぐっと堪える。

「そうですか」

「はい。本当にありがとうございました」

「いえ、大した事はしてませんので」

そこで恭也は、少女の手に擦り傷を見つける。

「ちょっと、すいません」

恭也は一言断わると、少女の左手をそっと掴む。

「あっ!」

少女は驚いたような顔で、小さく声を上げるが、次いで恭也がハンカチでそっと傷口を押さえたのを見て、また慌て出す。

「あ、あぁぁぁ。だ、大丈夫ですよ、これぐらいの怪我。唾でも付けておけばすぐに治りますから。
 そ、それよりも、ハンカチが汚れてしまいます!」

「駄目ですよ。もし、変な菌とかが入ったらどうするんですか。
 それに、ハンカチなら気にしないで下さい」

「で、でも…」

申し訳なさそうにする少女に、恭也は逆に自分が悪い事をしたような気分を味わいつつ、言う。

「そのハンカチは差し上げますから。ですから、気にしないで下さい」

「で、でもでも」

「それよりも、道にでも迷われたんですから。先程から、何か尋ねようとされてましたけれど」

恭也は話題を変えようと、そもそも自分が少女に近づいた理由を思い出して尋ねる。
それを受け、少女はそうでしたと一つ頷く。

「はい、実は道に迷ってしまって…。
 それで、人に尋ねようとしたんですけれど、私って人見知りするから、知らない人に中々声を掛けられなくって…。
 って、あれ? それなのに、あなたとは普通に話せてますね」

そう言って笑う少女に、恭也はどう反応していいのか一瞬だけ悩むが、そうですねと笑みで返す。

「えへへへ」

何が楽しいのか、少女は更に笑みを深めると、

「うわー、初対面の人とこんなにお話できたのって、初めてですよ」

今にもその場で飛び跳ねそうな感じで喜びを見せる。
その少女を落ち着かせ、改めて尋ねる。

「で、目的地はどこですか?」

「ああ、そうでした。えっと……」

ポケットをゴソゴソと探り、そこに何もないと分かると、今度は逆に手を入れる。
どちらにもないと分かると、鞄の中を探し出す。

「えっと、えっと。住所を書いたメモを入れてたはずなんだけどな……。
 ど、どうしよう、なくしちゃったよ〜」

メモが見つからず、途端に涙目になった少女に恭也は優しく話し掛ける。

「誰かに電話して聞く事は出来ないんですか?」

「無闇に電話するなと言われてまして…。あ、でも駅まで行けば、兄が迎えに来てくれることになってるんです」

「駅ですか? 何という駅ですか」

「えっと…」

少女は首を左右に捻りながら、その駅名を思い出そうとする。
必死さが伝わってくる中、やっと少女はその駅名を思い出して告げる。

「そうでした。それで、その駅に行く為に電車に乗ろうと思ってたんです。
 で、ここから一番近い駅が何処か聞こうと思って……」

真顔で言う少女に、恭也は自分の後ろを指差して見せる。

「ここから一番近い駅は、すぐ目の前ですよ」

「えっ!? あ、ああ、ほん、本当ですね。
 あ、あぁぁぁ、ご、ごめんなさい!」

少女は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしつつ、頭を何度も下げる。
このままでは埒があかないと思った恭也は、それを止めると、

「いいえ、そんな気にするような事ではないですよ。
 それに、謝られるような事はされてませんし」

「ありがとうございます」

「それよりも、お兄さんが待ってられるのでしたら、急いだ方が良いのでは」

「ああ、そうですね。では、これで失礼します。
 あ、そうだ。お礼に何も差し上げる事は出来ませんけれど、良かったらこれを」

そう言って少女は前に垂らしていた髪を括っていた二つのうち、一つのリボンを解くと恭也に渡す。

「えっと……」

困っている恭也に構わず、少女は続ける。

「ハンカチの代わりに差し上げます。それでは、これで」

そう言って少女は恭也の返事も待たずに走り出す。
その身体が人込みに消えて行く中、ふいに振り返ると、両手を口に当てて、

「言い忘れてましたー! 私の名前は悠花(ゆか)って言います。
 それでは、本当にありがとうございましたー!」

そう言って頭を深く下げた後、少女は大きく手を振って、もう一度駆け出す。
その背中はすぐに人込みで見えなくなったが、恭也は何となく悠花の去った方をぼんやりと見詰めていた。

「で、俺にリボンをどうしろと……」

手にした黒いリボンを持て余しつつ、そう呟く。
美由希たちの所へと戻りながら、恭也は自分が名乗っていなかった事を思い出したが、既に後の祭り。
まあ、もう会う事もないだろうと、少し珍しい少女との出会いに笑みを浮かべる。
そこへ、

「恭ちゃん〜、仕事中にナンパ?」

などとほざいた妹がその後、拳骨を喰らうのはまあ、いつもの事と言えば、いつもの事だろう。

「兄が虐める……」

「覚えのない事を言ったお前が悪い。あれはただ、道に迷っていたらしかったから、助けただけだ」

「うぅ、そんなのは分かってるよ〜」

怨めしそうに兄を見詰める美由希に、恭也は手に持っていたリボンを見せると、

「そうだ。お前が使うか?」

その言葉に、美由希は首を振ると、

「駄目だよ、恭ちゃん。女の子から貰った物を、妹に上げたりしたら」

「いや、貰ったというか、勝手に渡されたと…」

「い・い・か・ら。あの子が恭ちゃんに、って上げたんだから、それはやっぱり恭ちゃんが持っていたほうが良いと思うよ」

「む、それもそうだな」

美由希の言葉に頷くと、恭也はそのリボンを鞄へと仕舞いこむのだった。





  ◇ ◇ ◇





時間は少し進み、何処にあるとも知れない屋敷の一つ。
広間らしき場所に複数の人影があった。
それぞれに、ソファーへと腰掛けるもの。
立ったまま、背中を壁へと凭れさせているものと、様々な格好でただ誰かを待っている。
やがて、奥の部屋へと続く扉が開き、中から一人の男が姿を見せる。
男は部屋に入ると、少し右足を引き摺りながら、広間の奥まった所に置かれてある席へと腰を降ろす。
その傍らには、一人の少年が付き添うようにそっと立つ。

「皆の者、よく来てくれた」

広間にいる者たちを見渡し、席へと座った男が口を開く。
その言葉に耳を傾けつつ、他の者は一切の言葉を発しない。

「やっと、六神翔全員が揃ったな」

その言葉に、一人の男が口を開く。

「これでやっと、次の段階に進めるって訳だ」

先日、目の前に座る男と何やら二人で話していた男だ。
しかし、席に座った男は、それを片手で制する。

「まあ、そう急くな」

「おいおい。天羽のおっさん、それはないだろう。
 アンタが言ったんだろうが。全員が揃うまでだって。それとも、何か?
 今更、臆病風にでも吹かれたか?
 昔はかなりの腕だったらしいが、今じゃあ利き腕、利き足がその様はしょうがねーかー?」

嘲笑するように言った瞬間、天羽の隣に立っていた少年から鋭い殺気が迸る。

「父さんを愚弄する気か」

その静かだが、まるで針のように研ぎ澄まされた殺気に、男は声をなくし、立ち尽くす。
静かにこちらを見つめてくる男の瞳は、こちらを見据えているようで、それでいて何処も見ていないような、
何処までも澄んだ、まるで光さえも吸い込むように澄んでいた。
少年に睨まれた男は、まるで喉元に凶器を突きつけられたかのように、呼吸さえも困難な様子でただ額からつっと、汗を滴らせる。
このままの状態が後少しでも続けば、男の何かが壊れ、すぐにでも少年に飛び掛るだろう。
そんな緊張の中、静かに天羽が少年の前に手を翳す。

「よい、海透。お前は少し感情的になりすぎる所があるぞ。注意しなさい」

「はい」

天羽に制され、海透は短く返事をすると、殺気を引っ込めて腕を組んで立ち尽くす。
海透から解放された男は、苦笑いを浮かべると、

「それで、急くなとはどういう事だ?
 俺はアンタが言うように全員が揃うまで待ったんだぜ」

「分かっておる。だが、色々と準備は必要だからな。
 そんなに急がなくても、お主の獲物は逃げたりはせん。
 他の者にも、あの女への手出しはさせんさ、フェドート」

「へっ、だったら、もう少しぐらいは我慢してやるさ」

フェドートと呼ばれた男は、そう言うとソファーへと乱暴に座り込み、それっきり口を閉ざす。

「さて、最初の準備に関しては、コラードさん、あなたに頼みたいのですが」

「俺か。まあ、良いさ。俺は雇われの身だからな。やれと言われれば、やるさ。
 ただし……」

「分かっておる。例の件は任せておけ。間違いなく、果たしてみせよう」

「ならば良い。で、俺は何をしたら良いんだ」

「詳しい事は、後で説明する。今回は、まあお互いの顔見せといった所じゃな」

「うちの六神翔と、フェドート、コラードさんは初めてじゃろうからな。
 お互いに顔を知っておかなければ、仲間かどうかも分からんだろう」

「へへ、確かにな。しっかし、驚いたな」

口の端を上げつつ、フェドートは壁に凭れて立つ女性へと視線を転じる。

「最近、てっきり裏の世界で名前を聞かねーと思ったら、こんな所にいるんだからな。
 血塗れの魔女さんよ」

20代後半ぐらいだと思わせるその女性は、腰まで伸ばしたプラチナブロンドに、メリハリのある身体を包み込むのは、
胸元の開いた、まるでパーティドレスを思わせるような服に、肘より上までを覆う手袋していた。
だというのに、その下半身を包むのは、ふわりと裾の広がったスカートなどではなく、動きやすさを重視したズボンだった。
靴も踵の低い普通の靴で、何より目を引くのが、腰に差されている刀だった。
普通の刀よりも長いそれを、柄を左腰の後ろから覗かせ、背中を斜めに横切るように吊るしている。
長い刀身のため、右肩から少し鞘に包まれた刀の先端が覗いている。
あまりにもミスマッチな組み合わせながら、その美貌と相俟って、どこか幻想的なものを感じさせた。
女は閉じていた目を開き、その切れ長でやや釣り上がっているために冷たい印象を何処となく与える瞳に力を込める。

「二度と、その名で私の事を呼ぶな。次に呼べば、命の保証はしないよ」

フェドートへと冷たく言い放つ。
言われたフェドートは、怒り出すかと思われたが、大人しく頷く。

「わ、分かったよ。俺が悪かった。でも、それじゃあ何て呼んだら良いんだ?」

「お前が私を呼ぶ必要などない」

「そういう訳にもいかないだろう。一応、仲間なんだからさ」

フェドートの言葉に天羽が軽く頷く。
それを受け、女は仕方が無さそうに言う。

「リノア・マーライトだ。マーライトと呼べ」

「へいへい。マーライトね。分かったよ」

フェドートは肩を竦めると、他の連中を見渡す。
言いたいことが分かったのか、ソファーに腰掛けていた一人の男が口を開いた。

「初めまして。私の事は架雅人(かがひと)と呼んでください。見ての通り、神父です」

架雅人の言葉に続き、その横のソファーで寝そべっていた男が身体を起こす。
その男の大きさに、フェドートは僅かに声を詰まらせる。
今まで寝そべっていた時には大して気にもしなかったが、こうして座るだけでその存在感が増す。
それほどまでに、目の前の男は大きかった。
身長は2メートルと少しといった所か、その身をタンクトップ一枚で包み込んでいるが、
はちきれんばかりの筋肉は、タンクトップの下からもその存在を主張している。
それに見合うほどに腕も足も共に太く、鍛え上げられており、全力で殴られただけでただじゃすまないと実感させられる。
そんな人物がゆっくりと口を開いた。

「俺はアンゼルム・ユーディット。好きなように呼んでくれ」

「あ、ああ、よろしく。架雅人にユーディット」

そう言って二人と握手を交わすフェドートの後ろから、もう一人の男が話し掛ける。

「俺は拓海・ヴェルナンデスだ。得意武器はこれだ」

そう言って手を懐へと入れ、すぐさま取り出す。
その速さはとても早く、フェドートは目で追うのがやっとだった。
そして、気がつけば、その喉元に刃物が突きつけられていた。

「た、短剣か…」

喉を引き付かせつつ、何とか答えるフェドートの目の前で、男は指を2、3度振る。

「ちっちっち。よく見な」

言われて、視線だけを下へと落とすと、短剣と思われたものは銃に取り付けられた刃だった。

「じゅ、銃剣……?」

「そう言う事だ。俺の武器はこいつだ」

そう言うと拓海は銃を懐へと仕舞いこむ。

「で、あっちにいるのはもう知っているとは思うが、天羽海透(あもうかいと)、俺たち六神翔の長って訳だ」

先程、フェドートに殺気を向けた少年を指差す。
複雑そうな顔をしているフェドートに、アンゼルムが話し掛ける。

「海透は間違いなく、この中では一番強いだろうな。
 へへへ。早くやり合える日が来ないかね」

その言葉に、フェドートがアンゼルムを見る。

「ああ、俺が六神翔に所属しているのは、より強い奴と戦いたいからなんだよ。
 今回の件が終れば、ボスのお許しもあって、海透とやれるからな。なあ、ボス」

そう言って尋ねてくるアンゼルムに、海透の横に座っていた天羽宗司も頷き返す。

「本当は、他の人たちもやってみたいんだが、皆、首を縦に振ってくれなくてな」

「当たり前だ。そんなくだらん事に時間を費やせるか。
 俺たちは、皆、それぞれの目的があってこうして集まっているだけなんだから。
 そんなにやりたいなら、あの嬢ちゃんとでもやれよ」

「う〜ん。確かに、あの子も海透と同じぐらいに強いんだけれどね。
 何て言うか、性格がなー」

その言葉に、フェドートは六神翔なのに5人しか紹介されていない事に気付く。

「そう言えば、もう一人は? それが、今ユーディットが言ってた奴なのか。
 それに、性格って…」

「ああ、後の一人はもうすぐ来ますよ。大方、お茶の準備にでも手間取っているのでしょう」

架雅人はそう行って微笑すると、続ける。

「心配はいりませんよ。性格はとても大人しくて良い子ですから」

そこで一旦言葉を区切ると、幾分か声のトーンを落とす。

「ただし、戦闘時以外はね。
 ああ、大丈夫ですよ、そんなに怖がらなくても。別に私たちは敵対する事はないのですから。
 普段のあの子は、本当にとても優しくて良い子ですよ。まあ、少しドジな所もありますけど」

「ふふふふ。あれを少しって言うのかしらね」

それまで黙っていたリノアが、架雅人の言葉に、可笑しそうに笑い声を上げる。
それを受け、架雅人は少し困ったような笑みを見せると、

「まあ、それもまたあの子の個性ですから」

と、そこへ、扉がノックされ、一人の少女が現われる。

「す、すいません、遅くなりました。あの、お茶を用意しましたので宜しかったら」

そう言いながらワゴンを押して現われた少女を指差し、フェドートが彼女が最後の一人かと尋ねる。
それに架雅人は頷いて答える。
フェドートが信じられないものを見るような目で見詰める中、件の少女は部屋の中ほどまで進んでくると、
何もない所に、何故か足を取られて転ぶ。
前へと転んだため、ワゴンが少女に押される形となって、物凄いスピードでフェドートへと向かって来る。
咄嗟の事に、茫然とそれを見ていたフェドートだったが、そこに乗っているのが熱いお茶だったと気付き、慌てる。
ワゴンがぶつかる寸前、架雅人が立ち上がってワゴンを受け止める。
少女の方へと視線を向ければ、いつの間に移動したのかリノアが、地面へと激突する前に片手で少女を抱きかかえていた。

「大丈夫?」

「あ、はい。慣れてますから」

「そう、なら良いけどね。本当に気を付けなさいよ」

「はい。リノアさん、ありがとうございます」

元の壁の位置まで歩いて行くその背中に、少女は頭を下げ、リノアは背中越しに手を振って答える。
未だに茫然と信じられないものを見るような目つきで少女を見詰めていたフェドートに、
架雅人は苦笑しながら少女が運んできたお茶を手渡す。

「まあ、信じられないのも無理はないかと思いますけれどね。
 彼女こそ、尤も人を見かけで判断してはいけないという事の見本ですよ。
 ああ見えても彼女、この中で海透くんを除けば、一番強いんですから」

何となく手渡されたカップを受け取りつつ、それこそ信じられないと言う顔でまじまじと見詰めてくるフェドートに、
架雅人は笑みを一つ見せると、少女に声を掛ける。

「私たちは既に自己紹介を終えましたから、後はあなただけですよ」

「あ、はい!」

そう言われ、少女は背筋を伸ばすと、フェドートとこちらもまた茫然としているコラードに微笑みながら挨拶をする。

「私、悠花って言います。宜しくお願いしますね」

深々と頭を下げる少女の前に垂れた髪は、右側がしっかりと黒いリボンで括られているのにも関わらず、
左側には何もなく、そのまま垂れ下がっていた。





つづく




<あとがき>

フッフッフ。
やっと敵さんのお目見え〜。
美姫 「良いの、こんなに早く出して」
ふふふ。大丈夫。
まだまだ隠された秘密はあるしね。
美姫 「そう言えば、敵の目的もまだ不明ね」
そう言う事だよ。
さて、怪しい雰囲気を出した所で…。
美姫 「次回はやっと日常に戻るのね」
……それでは、また次回。
美姫 「ちょっと、ちゃんと答えてからにしなさいよ〜!」





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