『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第19話 「邃」






「隊長、こちらも制圧完了しました」

「ああ、ご苦労さま。それじゃあ、撤収の準備をして」

美沙斗の言葉に短い返答を返すと、男はその場を去って行く。
それを見送りながら、美沙斗はほっと肩の力を抜く。
そこへ、別行動をしていた弓華がやって来る。

「美沙斗、何とか終わりましたね」

「ああ、思ったよりも抵抗が少なくてよかったよ。
 そっちの方はどうだった?」

「こちらも大した被害はでていません」

「そう、それは何よりだ」

「所で、捕らえた者の中の一人が、少し面白い事を言ってたんですけれど…」

「一体、何だい」

美沙斗の問い掛けに弓華は少し声のトーンを落として答える。

「美沙斗は、邃(すい)を知っていますか」

「ああ。10年ほど前に出来た組織だったね」

「ええ、そうです。とてもおかしな組織です」

頷きつつ答える弓華に、こちらも頷きつつ返す。

「ああ。いつの間にか出来上がった組織にして、何の行動も起こさない組織。
 ただ、そこにあるだけで、組織のボスもどれだけの人数がいるのかも全く不明のまま。
 数年前に、自分たちの勢力を拡大しようとしたとある組織が、邃を傘下に取り込もうと動いたらしいけれど、逆にその組織は壊滅。
 その事から見ても、かなりの手練れがいるはず。しかし、何をするでもない組織。
 そのお陰で、誰も手を出さずに放っておかれている所だろう。それがどうかしたのかい?」

「はい。どうやら、ここ最近になって、邃に動きがあったようです」

「ほう。すると、今まで何もしなかったのは、その為の準備でもしていたって事かい?
 それにしては、長い準備期間だが…」

「さあ、そこまでは分かりません。ただ、邃に何かしらの動きがあったという事しか分かってません」

弓華はそこで言葉を区切り、一息入れると、

「それともう一つ。血塗れの魔女に関して、美沙斗はどれぐらい知っていますか」

弓華から出た言葉に、美沙斗は珍しく顔を顰めながらも答える。

「血塗れの魔女か。彼女はこちら側では有名だからね。知らないはずがないよ。
 彼女はどちらかと言えば、私たち側の人間だろう」

「ええ。テロリストや主だった組織を単独で潰していた女剣士。
 しかも、その標的となった9割近くが龍、もしくは、龍に関りのある所ばかりです。
 一度、私も彼女を始末するように言われたことがありましたけれど、残念ながら居場所すら掴めませんでした。
 でも、龍の構成員なら、全員が言われていることです。血塗れの魔女を見つけたら、何としても殺せと」

「それで、その魔女がどうかしたのかい?」

「あ、はい。まだ未確認の情報なのですが、どうやら日本へと向かったらしいです」

「日本に…?」

「はい。今までの彼女の行動からして、龍に関係のないところは襲わないと思うんです。
 しかし、今日本には…」

「ああ。龍に関係するモノは何もないはずだけどね」

弓華の言葉に、美沙斗は思案顔となる。
そんな美沙斗に、弓華が更に続ける。

「それと、血塗れの魔女は、最後に二年程前に姿を見られたのが最後で、それ以降は見たものもいません。
 死んだという噂も立った程ですけれど…。
 単に何も行動しなかったとしても、龍ですらその動きを掴めなかったとなると、何処かに匿われていたの可能性もあります」

「まさか、それが邃だとでも?」

「いえ、そこまでは分かりません。
 ただ、邃に関してはおかしな組織というだけでなく、その情報力に関しても様々な噂があるんです。
 情報に関してはとてつもない程の力を持っていると。
 あくまでも噂ですので、真偽の程は分かりませんけれど。
 しかし、もし噂が本当なのでしたら、龍の情報部ともやり合えるとも言われている邃の情報力は甘く見れません」

「……急に動きを見せた邃に、今まで存在が消えていた血塗れの魔女か。
 偶然と言えば、言えるかもしれないけれど…」

「はい」

美沙斗の言わんとしている所を察し、弓華も小さく頷く。
二人して暫く考え込むが、弓華は何か思い出したのか、再び口を開く。

「それともう一つ未確認の情報が…」

「それが、いい情報なのを祈るよ」

冗談めかして言う美沙斗に、弓華は申し訳なさそうな顔をする。

「すいません。そういう訳にもいかないんですよ」

「ああ、分かってるよ。言ってみただけだ。で、それはどんな?」

「はい。ツインエッジが、これまた日本にいるという情報です」

弓華の言葉に、美沙斗は驚愕の顔を見せる。

「あのツインエッジが……」

「はい。詳細は全くの不明。ただし、彼、もしくは彼女が起こした事件の数々はそれこそ両手の指以上。
 ただ分かっているのは、獲物が鋭い刃物であるということと、その存在が囁かれ始めたのがここ二年の間というのみ」

「まさか、ツインエッジも邃と何らかの関係が…」

「それも分かりません。もし、関係があるとするのならば、何故、今日本へと向かったのか」

それっきり二人は無言のまま立ち尽くす。
どのぐいらいそうしていたのか、やがて、美沙斗が最初に口を開いた。

「どっちにしても、ここで考えていても仕方がないさ。
 何かあれば、私たちが動く事になるかもしれないからね。
 とりあえず、今は帰還して、ゆっくりと体を休めよう」

「はい、そうですね」

二人は頷き合うと、その場を後にするのだった。





  ◇ ◇ ◇





広い広間の中で、フェドートは目の前の出来事を呆然と眺めている。
この状況を理解しているつもりではいるのだが、脳内で処理しきれていないと言うか、理解したくないのだろう。
そんなフェドートの内心の葛藤も知らず、悠花は下げていた頭を上げるが、目の前のフェドートは固まったように動かない。
それに首を傾げる悠花に、フェドートは震える指先を突き付け、背後に座る宗司に怒鳴る。

「ちょっと、待て! こいつが本当に最後の一人なのか!?」

喚くフェドートと、何も言わないが同じようなことを考えていると分かるコラード二人に、宗司は答える。

「そうだ。最後の一人にして、ここにおる海透を除けば間違いなくこの中で最も強い」

「おいおい、冗談はよしてくれよ。ははは、このお譲ちゃんが強いだって?
 ……ふざけるなよ!」

フェドートの激昂する声に、驚き首を竦める悠花を見て、フェドートは益々腹を立てる。

「今まで黙って従ってきたが、ソレに対する返答がコレか!? いい加減にしてくれよ!
 俺は、あの女を…。その為に、お前たちに力を貸す約束をしたんだぞ」

大声を上げるフェドートに対し、宗司はあくまでも静かに淡々と告げる。

「そこまで言うのなら、実際にやり合ってみると良い」

「はっ! 面白い。そこまで言うのなら、やってやろう。だが、俺が勝ったら、俺の好きにさせてもらうぞ。
 勿論、力は貸してもらうからな」

「良かろう。ただし、負ければ、今後はわしの言うとおりに動いてもらう」

「ああ、いいぜ」

男はしてやったりと言うように、その顔をにやりと歪ませる。
そして、悠花へと振り返ると、

「それじゃあ、やろうか」

野生の獣を思わせるような笑みでそう告げる。
それに対し、悠花は身を縮こまらせ、

「や、止めましょうよ」

小さな声で呟く悠花に、宗司が話しかける。

「悠花。ここでお前が勝負を放棄したり、負けたりすると、わしの今までの計画が全て台無しになってしまうんだよ。
 そうなると、わしはとても困るんだ」

「お父様が困る……?」

宗司が頷くのを見て、悠花は決意したように頷く。

「分かりました。本当は嫌だけれど、お父様が困るのならやります。
 あ、でもその前に武器を取ってきますから、少し待っててください」

そう言うと、悠花は踵を返して部屋から出て行く。
それを見遣りつつ、フェドートは呆れたような声を上げる。

「おいおい。本当に大丈夫かよ。普段から、武器ぐらい持っているもんだろう」

「許してやってくれ。悠花はあまり人を傷付けたがらんのでな。
 普段は、武器を所持してないんだよ。それと、常日頃から持ち歩けるような物でもないしの」

宗司がそう言っている間に、再び扉が開き、刀を手にした悠花が現れる。
普通の刀よりは若干短い感じもするが、それを二本腰に差す。
それから、徐に目を閉じると、口をもごもごと動かす。

「天を舞うは羽の如く 振るうは双つの剣
 自在にニ刀を振るわば、それ即ち、天羽双剣流の剣士
 天羽の剣士、人に在らず 修羅なり
 天にて神を斬り 黄泉にて魔を斬り 地においては人を斬る
 我 人に在らず 修羅なり」

言い終えると、そっと眼を開ける。
途端、その目で見られただけなのにも関わらず、フェドートは恐怖から身構える。

「なっ!」

自分でもその反応が信じられないといった感じで、注意深く目の前の悠花へと視線を向ける。
そこに居るのは、間違いなく先程と同じ少女。
にも関わらず、違う人物がそこにいるような印象を受ける。
実際、目の前で変わる所を見ていなければ、別人と思ったかもしれない。
それ程までに、目の前に立つ少女と先刻の少女の印象、その身に纏う空気のようなものが一変していた。
悠花は、そんなフェドートを気にするでもなく、感情の灯らない冷えた瞳でフェドートを見つめると、
これまた感情を一切感じさせない、抑揚のない口調で声を掛ける。

「行きますよ」

その言葉に、フェドートはナイフを引き抜き、咄嗟に眼前に構えて悠花を見る。

「……!」

驚きの声を上げる暇もなく、フェドートは眼前へと迫り来る悠花へとナイフを突き出す。
10メートルあまりの距離を、悠花はフェドートがナイフへと視線を落としている間に詰めて来た。
そして、フェドートが突き出したナイフを、その瞳ではっきりと捉え、その身を沈める。
その速さはまさに神業と呼ぶほどのもので、横から見ている者は兎も角、すぐ目の前でそれを見せられたフェドートには、
急に悠花が消えたように写っただろう。
実際、フェドートは突然姿が消えた悠花に驚きの表情を浮かべる。
しかし、フェドートも咄嗟に分からないながらも、後ろへと跳んでいる。
そのまま止まらず、更に床を蹴って後退する。
悠花は沈めた身を起こしつつ、その動作をそのまま前方への跳躍へと繋げる。
まるで、一枚の羽のように、その身が軽やかに空を滑るように舞う。
あっと言う間に、再び距離を詰めた悠花は腰に差したままの刀へと手を伸ばす。
フェドートは舌打ちをしつつ、さらに後ろへと跳び退きながら、最も手に馴染んだ愛用の銃を取り出す。
しかし、フェドートが着地と同時に銃を悠花に向けるよりも早く、悠花はフェドートの後ろへと回り込むと、抜刀する。
後ろへと振り返ることも出来ないまま、着地したフェドートはさっきまで悠花がいたであろう場所へと銃口を向けて、その動きを止める。
フェドートの背中には、刀の切っ先が触れる感触、そして、前へと回された刀はぎりぎりの隙間をもって喉元に。
フェドートは、己の唾を飲む音をやけに大きく聞きながら、両手を上げて降参の意を示す。
それを受けても、悠花は全く動かず、表情すら変化しない。
顔もそのままに、目だけで宗司に問う。
宗司はゆっくりと頷くと、

「悠花、そこまでで良い。フェドートも、納得してくれただろう」

宗司の言葉に、悠花はやっと刀を鞘へと納める。
喉元と背中の刀を除けられ、ほっと肩から力を抜いたフェドートに、宗司が声を掛ける。

「それでは、わしの言うとおりに動いてもらうぞ」

「ああ、分かったよ」

「安心しろ。あの女はお前のものだ」

宗司の言葉にフェドートはただ頷きつつ、先程まで刀を突き付けられていた喉を、そっと撫でる。
恐ろしいものでも見るかのように、悠花へと振り返ると、そこには…。

「だ、大丈夫ですか? ど、何処も怪我してませんよね」

先程までとは打って変わった、最初に入ってきたのと同じ雰囲気となった悠花が心配そうな顔でフェドートを見ていた。
それに呆気を取られつつ、フェドートは枯れたような声で呟く。

「お、お前、本当にさっきの奴と同一人物か……」

「え? あ、はい、そうですけれど……」

フェドートの問いかけに、少しびっくりしながら身を引きつつ、返事をする。
そこへ、架雅人が声を掛ける。

「まあ、初めて見る人は皆、驚かれますから仕方がないですけれど、彼女はちゃんと同じ人物ですよ。
 ただ、悠花ちゃんはちょっと人見知りが激しくて優しい子なので、人を傷付けるのを極端に嫌うんですよ。
 勿論、争い事もね。だから、彼女は戦うときは自分に暗示を掛けて、云わば、剣士としての仮人格を創り上げるんです。
 そちらの性格は、まあ実際に見たとおりですよ。殆ど感情の変化もなく、人すら簡単に斬りますよ」

架雅人の言葉に続けるように、リノアが言う。

「でも、どちらも同じ悠花だから、記憶は共有してる訳さ。
 その所為で、戦いが終わった後の悠花は……。
 まあ、そんな事はアンタにはどうでも良いか」

少しだけ哀しそうな顔を見せるも、すぐに元の表情に戻ると、リノアはそれっきり口を噤む。
フェドートもどうでも良いのか、特に問いただすこともしない。
一通り、場が落ち着いた頃を見計らい、宗司が全員に声を掛ける。

「さて、それでは準備に取り掛かるとするか。
 六神翔はとりあえずは待機、コラードさんは先程言ったとおり、頼みたいことがあるので、後で部屋まで来てくれ。
 フェドートもそれまでは待機しておいてくれ。なに、準備が整い次第すぐに動いてもらう事になる。
 そんなに待たせないさ」

宗司の言葉に、フェドートは大人しく頷くと、ソファーへと腰掛ける。

「ああ、その言葉に期待してるよ」

部屋を出て行く宗司に、フェドートは力なく手を振って見送ると、
未だに信じられないものを見るように、そっと悠花を見るのだった。





  ◇ ◇ ◇





昼休みの薔薇の館。
昼食を取り終えた恭也たちは、それぞれに台本を手にしていた。

「姫、さあ手を…」

台本の内容を小さく口に出しつつ、必死に覚えていた恭也は、小さく顔を顰める。

「これを俺が言うのか」

どこかげんなりとした様子で呟いた言葉を、隣に腰掛けた志摩子はしっかりと聞いていた。

「ええ、そうですよ」

「何と言うか……」

性に合わないとでも言いたそうな恭也に、志摩子は微笑みつつ言う。

「恭也さんなら大丈夫ですよ」

「いや、覚えるのは吝かではないのだが…」

「それとも、私が姫の役では気に入りませんか」

「いや、そんな事はない。志摩子が姫役というのは、似合っていると思うぞ」

そのやり取りを聞いていた由乃が、恭也へと声を掛ける。

「じゃあ、私はどうですか?」

「ええ、由乃さんも似合ってますよ。勿論、祐巳さんも」

真顔でさらりと言ってのける恭也に、全員が苦笑めいたものを浮かべ、言われた三人は少し頬を染める。

「恭也さんって、たまに下心とか全くなく、そう言う事を平然と口にするわね」

「ああ、それは私も思う。まあ、本人はその辺、無自覚みたいだけれど」

祥子の言葉に、令も頷きつつ恭也へと視線を向けるが、恭也は既に再び台本へと目を落としていた。

「今日は花寺の人たちが見えられますから。
 恭也さんたちは初めて会うことになるのよね」

「ああ、そう言えば、そうだな」

「今日は顔見せの後、軽く台本合わせを行いますから」

「ああ、分かった」

恭也は短く返事を返し、再び台本へと視線を向ける。
もう台詞を覚えた祥子と令だけが、のんびりと食後の小休憩を楽しむ中、出番の多い他の者たちは必死に台詞を頭へと叩き込んでいた。
嵐の前の静けさか、祥子たちは変わることのない日常を過ごしていく。
だが、その裏側では、少しずつだが、確実にその魔の手が迫ってきているのだった。





つづく




<あとがき>

さて、敵のお話はひとまずここまで。
美姫 「次回からはまた日常ね」
イエス!
遂に登場、花寺の面々〜。
美姫 「果たして、書く事が出来るのかしら?」
あはははは〜。
と、とりあえず、次回は日常に戻るということで。
美姫 「おおー、珍しく断言ね」
なはははは〜。それでは、次回〜。
美姫 「まったね〜」





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