『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第20話 「花寺生徒会との対面」






放課後の薔薇の館。
普段なら、時間の過ごし方はそれぞれだが、今回は殆どの者がその手に台本を持っている。
薔薇の館に着いてから、殆どの者が口を開かず、ただ台本をじっと見詰めていた。
そんな中、台本の代わりに湯気を立て、いい香りを辺りに靡かせるティーカップを持つ者が二人。
既に台詞を覚えてしまった二人は、他の者の邪魔にならないよう、テーブルの端でお茶を楽しむ。
と、祥子は持っていたカップをソーサーに戻し、時計を見る。

「そろそろ、花寺の方々が見えられる頃ね」

「そうね、もうそんな時間だわ」

祥子の言葉に頷く令と目を合わせると、祥子は祐巳へと声を掛ける。

「祐巳、悪いけれど、校門の所まで祐麒さんたちを迎えに行ってもらえるかしら」

「はい、今すぐ」

「あの、それでしたら、私が」

立ち上がろうとした祐巳を止めるように、乃梨子が遠慮がちに名乗り出る。
しかし、祐巳はそれに首を振ると、

「良いよ。私が行って来るから。乃梨子ちゃんは座ってて」

乃梨子にそう告げると、祐巳は勢いよく立ち上がり、少し早足で扉へと向う。
その背中に祥子が、

「祐巳、そんなに慌てなくても良いからね」

「はい、分かってます」

本当に分かっているのか疑わしい早足で、祐巳はビスケットの扉を潜り抜けて行った。

「本当に分かってるのかしら」

「まあ、大丈夫でしょう」

祥子の呟きに、令は苦笑を浮かべるのだった。





  ◇ ◇ ◇





それから少しして、薔薇の館に祐巳が戻って来る。
その後ろには、数人の男性が続く。

「って、リリアンに男がいる!?」

少し体格の良い男が入るなり上げた声に、その後ろから眼鏡を掛けた男が追い越すように中へと入ってきて、
これまた恭也を見て声を上げる。

「ほ、本当だ」

「ああー、本当に男の人だ。一体、どうして?」

その後ろから、今度は一瞬女性かと見間違うような少年が入ってくるなり口を開く。
騒ぐ三人の後ろから、のっそりという感じで入って来たのは、
身長が2メートル近くあるどっしりとした体格で、顔がそっくりな二人の生徒だった。
彼らは無言のまま、騒ぐ三人の横を通り抜け、祥子たちに挨拶をすると、勧められた席に腰を降ろす。
未だに騒いでいる三人を嗜めるように最後に部屋に入って来た人物は、どこか祐巳と似た顔立ちをしていた。

「こら、おまえ達、騒がしいぞ。皆さん、どうもすいません。
 うちの連中がお騒がせしまして。それと、お久し振りです。うちの文化祭では大変、お世話になりました」

そう言って頭を下げる少年──祐巳の弟、祐麒に、祥子が笑みを湛えつつ応じる。

「いえ、こちらこそ微力ながらお手伝いが出来て良かったです。
 今度は、こちらが宜しくお願いしますね」

代表者同士の挨拶も済み、とりあえず全員が席に着くが、先程騒いでいた三人はよっぽど恭也が気になるのか、
ちらちらと恭也へと視線を向ける。

「ねえ、ユキチ。ユキチは祐巳さんから何か聞いてないの?」

少女と間違うかのような容姿をした少年──有栖川が隣に座る祐麒へと小声で尋ねる。
それに対し、祐麒は一つ頷くと、

「ああ、聞いてる。何でも、他校からの視察らしい」

「へぇ〜、リリアンって、そんなのもやってるんだ。
 でも、視察とはいえ、男の子がいてもいいのかな?」

「そこまでは知らないよ。第一、そういった事は、先生とかが決めるんだろう」

「それもそっか」

二人の内緒話が終るのを待っていた訳ではないだろうが、丁度、二人の会話の切れ目で、祥子が話し掛ける。

「山百合会と花寺の生徒会の皆さんとは既に面識がありますけれど、初対面の方が数人いますので、改めて紹介させて頂きますね」

そう告げると、祥子は恭也へと視線を送る。
今、一番、注目を浴びている人物から紹介しろという事らしい。

「高町恭也です。本来の在学高は風芽丘ですが、リリアンへの視察の為に、数日間ですがお世話になっています。
 山百合会の方たちとは知り合いだったので、今回、手伝いする事になりました」

言い終えると、ほぼ反対側に座っている美由希へと視線を飛ばす。

「高町美由希です。先程、紹介の挨拶をした高町恭也の妹で、同じく視察でこちらに伺いました。
 同じような理由で、私もお手伝いすることになりました。宜しくお願いします」

「松平瞳子です。今回、山百合会のお手伝いをさせて頂ける事になりました。
 紅薔薇さまの遠縁にあたります」

「細川可南子です」

美由希に続き、瞳子、可南子と挨拶をしていくが、可南子は名前を言っただけで押し黙る。
まだ何かあると待っていた花寺の面々だったが、どうやら終わりらしいと気付くと、端から自己紹介を始める。

「三年、薬師寺昌光」

「同じく、薬師寺朋光」

どうやら双子らしい二人の簡潔な挨拶に続き、その隣にすわる祐麒が話し出す。

「福沢祐麒です。一応、生徒会長をしてます。後、そこにいる福沢祐巳の弟になります」

「有栖川です。アリスって呼んでください」

「高田鉄(まがね)です。趣味は体作りです」

そう言って高田は筋肉を誇示するようにポージングしてみせる。
それに多少引き攣る面々を見て、その隣の眼鏡を掛けた少年が、高田がこれ以上何か言う前に自己紹介を始める。

「自分は小林正念(まさむね)です。得意科目は数学です」

「以上が花寺の生徒会です。初めての方、これからよろしくお願いします」

最後にそう祐麒が締め括る。

「さて、紹介も済んだことだし、早速、準備の方に取り掛かりましょう。
 慌しいけれど、時間も少ない事ですし。祐麒さんたちには、祐巳から台本が渡っていると思うのですが」

祥子の言葉に、花寺の全員が頷く。

「そう。なら、何をするのかは今更言う必要もないですね。
 とりあえず、今日は台本の読み合わせを行おうと思うのだけれど、台詞を覚えた人はいます?」

この言葉に誰も手を上げる者はいなかった。

「そうですね。結構、皆さんに台詞がありますから、仕方がないですね。
 とりあえず、最初の練習としては本読みする形になりますが、幾つかのシーンでは決闘するシーンなどもあるので、
 こちらは実際に動きつつやっていきますので。
 それでは、早速始めましょうか」

祥子の言葉に一斉に頷くと、本読みを始めるのだった。



一通り最後まで本読みを終え、とりあえず休憩を挟む。

「はぁー」

ため息を零す恭也に、アリスが興味深そうに尋ねる。

「ねえねえ、リリアンって面白い?」

「面白い、とは?」

「うーん。男の子の目から見て、楽しいかなって。
 私、女の子だったら、絶対にここに通っていたと思うから」

「どうだろうな。ただ、皆さん親切でいい人たちばかりではあるかな」

「うんうん」

恭也の話す内容を、楽しそうにアリスは聞く。
そんな二人に志摩子がお茶を差し出す。

「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「ありがとう、志摩子さん」

「いいえ、どういたしまして」

そう言って、恭也の隣へと腰掛ける。
志摩子を間に挟む形で、アリスは恭也へと話し掛ける。

「あーあ、良いな〜、視察か〜。うちも視察やらないかな。そしたら、真っ先に立候補するのに…」

「俺は別に立候補した訳ではないんですけどね」

「そうなの?」

「ああ。まあ、その辺はよく分かりませんが…」

「それもそうだね。
 そう言えば、山百合会の人たちじゃなくて、手伝いの人が主役をするなんて、今までになかった事なんじゃないのかな?」

そんなアリスの言葉に、祥子が笑みを浮かべつつ答える。

「あら、別にそんな事はないわよ。だって、今回のお芝居は、祐巳、由乃ちゃん、志摩子の三人も主役ですから。
 それに、恭也さんが主役をすると聞いて、うちの生徒たちも喜んでる事だし」

「そう言えば、祥子さま」

「なあに、志摩子」

「今まで気付かなかったのですけど、今回のお芝居はかなり長くなると思うんですけれど…」

「ああ、それなら問題ないわよ。今回は、かなりの時間があるから」

「そうなんですか」

「あら、言ってなかったかしら?」

祥子は志摩子たちに尋ねつつ、確認するように令を見る。

「……そう言えば、私は言った記憶がないね。祥子は?」

「私もないわね。てっきり令が言ってるかと…」

「いや、私は祥子が言ってるもんだと…」

「令ちゃん、そんな事は良いからどれぐらいの時間なのか教えてよ。
 30分程度じゃ、このお芝居終らないわよ。だって、普通に通して読むだけで1時間近くも掛かってるんだから。
 実際は、これにお芝居や戦闘シーンなんかが入って、場面転換なんかもあるんだから」

「分かったから、少しは落ち着いて」

「今回のお芝居の時間は、約1時間半よ」

「それは長くないか」

祥子の言葉に、恭也が疲れたような声で言う。

「仕方がないじゃない。それぐらいないと出来ないんだもの」

拗ねたように言う祥子だったが、すぐに可笑しそうに笑うと、

「何てね。本当は、時間が余っていたのよ。
 それで、その時間をどうするのか先生方と話して、うちが貰って訳よ」

「初めは、時間がもう少し欲しい所がないか聞こうと思ったんだけど、丁度良いから、このお芝居をしようって事になったよ」

令が付け足すように説明する。

「なるほどね。じゃないと、こんなに長いのは無理だよね」

その説明に、アリスは一人うんうんと頷き、祐巳たちを見る。

「どうせなら、私もお姫様やりたかったな〜」

「何なら、変わる?」

あまりの台詞の多さに辟易していた祐巳が、疲れたような顔でそう告げるが、アリスは首を振って断わる。

「駄目よ。祐巳さんの役は祐巳さんとユキチがいてこそなんだから」

「あら、アリスはよく分かっているじゃない。
 そうなのよ。このクリスティーとシオンは、祐巳と祐麒さんという似た姉弟がいてこそなのよ」

「ええ、分かります。流石は祥子さま」

嬉しそうに盛り上がる二人をそれぞれ見遣りつつ、祐巳と祐麒の福沢姉弟は目を合わせて疲れたように息を吐き出す。
一頻り盛り上がった後、祥子は姿勢を正して全員に告げる。

「さて、それじゃあ時間も惜しい事だし、そろそろ練習を再開しましょう」

暫しの休憩を挟み、再び本読みを始める。
これから、文化祭へと向けて忙しさが増していく事になる。
その最初の一歩とも言うべき、本読みは結構遅くまで続いた。





つづく




<あとがき>

とりあえず、文化祭へと向けて忙しくなる前。
美姫 「花寺の面々との顔合わせね」
そう言う事だ。
さて、次回から文化祭の準備が本格的に動き出すぞ〜。
美姫 「そして、裏では敵が…」
まあ、当分、敵さんには大人しくしてもらって。
美姫 「本当に」
ふっ、予定はいつだって未定だよ。
美姫 「いや、まあ、言うと思ったけどね」
と、兎に角、次回!
美姫 「それでは、次回で〜」





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