『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』
第21話 「稽古開始」
「そうです。ここで一旦、手首を返して…」
恭也は昌光の動きを注意しつつ、昌光へと斬り掛かる朋光に動きを教える。
「あ、昌光さんはその状態で。それで、朋光さんがこう来たら、そのまま振り下ろしてください。
お互いの剣がぶつかるように」
二人は恭也に言われたとおりに腕を動かし、お互いの武器をぶつからせる。
「はい、大体はこんな感じですね」
「うん、中々面白いんだな」
「同じく」
手に持った棒をぶらぶらとさせながら二人は恭也へと向って言う。
気を抜くと、どちらが昌光で朋光か分からなくなるため、基本的に二人には舞台上では左右入れ替わらないようになっている。
一応、衣装で違いが分かるようにはするらしいが、こうして稽古をしている時にはそうもいかず、
二人の決闘するシーンを指導している恭也は間違えて教えないように、常に両方から目を離さないようにしているのだった。
部屋のほぼ反対側では、美由希が乃梨子、由乃、可南子に同じような事をしていた。
一区切り着いた所で、恭也はとりあえず二人だけで練習をしてもらう事にし、次いで志摩子の元へと向う。
志摩子は恭也が近づくと、台本から顔を上げる。
「お疲れ様です。どうですか、薬師寺さんたちの決闘のシーンの方は」
「まあ、この調子なら、何とかなるんじゃないかな」
「それじゃあ、台詞合わせをしましょうか」
「ああ」
二人は台本を開き、台詞を読み合う。
その二人の近くでは、祐巳と祐麒が同じように台本を読み合っていた。
「シオンさま……」
「クリスティー…」
二人は顔を見合わせると、肩を小さく震わせる。
「……っく、ぷっぷぷ……。ゆ、祐麒、笑わないでよ」
「そ、そう言う祐巳こそ」
お互いに必死に笑いを堪えるが、遂に我慢できずに吹き出す。
どちらが先だったのか、兎も角、一旦、片方が笑い出すと、つられてもう一方も笑い出す。
「だ、駄目〜。く、苦しい」
「はーはー。だ、大体、祐巳と恋人の役というのが問題ありすぎなんだよ」
「それは、私だって同じよ。でも、仕方ないじゃない。
本当はこの二人兄妹なんだもの。この中で兄妹なのは、私たちしかいないし」
「恭也さんたちもそうだろう」
「じゃあ、祐麒が代わりにクラヴィスするの?」
「……遠慮する」
「でしょう」
言いながら、二人は顔を見合わせると、盛大なため息を吐くのだった。
それから暫らくして、扉が開くと祥子と令が姿を見せる。
「皆さん、お疲れ様」
「とりあえず、少し休憩してね」
その言葉に、全員が思い思いに一休みする。
そんな全員を一通り見渡した後、祥子は口を開く。
「さて、戦いの場面はどう? 大体の流れは覚えれた?」
その言葉にそのシーンを行うものが曖昧な頷きを返す。
それを見ても、祥子は特に何も言わず、
「まあ、いきなり出来るとは思ってないから良いわよ。
ただ、本番までにはちゃんと出来るようにして下さいね」
しっかりと釘を刺すことは忘れない。
そこへ、アリスが手を上げる。
「はいはいはーい。祥子さま、少し良いですか」
祥子は目だけでアリスに先を促がす。
「殆どの人が闘うシーンを持っているんだけれど、
やっぱり一番のメインは最後のクラヴィスとベルスヴォードの決闘シーンだと思うの。
でも、その役の二人が全然、練習出来ていないみたいなんだけれど。
確かに、恭也さんと美由希さんは皆の指導をしてるから、どうしても自分の練習は後回しになると思うんだけれど、
このままだと、二人の練習が出来ないんじゃ…」
アリスの言葉に、数人もそれに気付き頷く。
所が、祥子はアリスに向って笑みを見せると、
「それなら問題ないわ。そもそも、台本にもあるように、この決闘シーンに関しては、完全にお二人に任せているんですもの」
「つまり、ぶっつけ本番って訳」
祥子の後に続き、令も笑いながらそう言う。
「でも、それで大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ」
笑顔でそう言切る祥子を見て、誰もそれ以上は何も言わなかった。
「と、そうそう。もうすぐ手芸部の子たちが来て、皆の衣装の寸法合わせを行うから」
令の言葉に全員が返事をすると、また稽古へと戻っていく。
祥子と令も、すぐに他の準備に取り掛かる。
慌しく作業を進めているうちに、いつの間にか結構な時間が経ち、一階からの声で全員が動きを止める。
「どうやら、手芸部の人たちが来たみたいね」
「それでは、私が出迎えに行ってきます」
真っ先に乃梨子がそう言い、部屋を出て行く。
乃梨子が手芸部を連れて戻って来ると、祥子が指示を出す。
「男性の方には、一階で寸法を測ってもらいますから」
その言葉に、手芸部の一人が前に進み出る。
「それでは、男性の方は私が測らさせて頂きますので」
途端、他の部員たちからも声が上がる。
「部長、ずるいですよ。私もそっちが良いです」
「私も」
数人が男性を測りたいと言い出す。
それを聞きながら、祥子はその部長に声を掛ける。
「それじゃあ、ここに来ている方を半分に分けて、手分けしてくださる。
その方が、時間も早く済むし」
「はい。それじゃあ…」
部長は数人を選ぶと、部屋を出る。
「それでは、男性の方はこちらへ」
そう言って、先に一階へと降りていく。
その途中、部員にだけ聞こえる声で囁く。
「ただし、恭也さまを測るのは私がするからね」
「それは卑怯です」
「そうですよ、ここは公平にじゃんけんで…」
「部長権限です」
「職権乱用だー」
そんな事を話しながら、手芸部員たちは一階の物置へと来る。
その後から少し遅れる形で、恭也たちも現われる。
「仕方ないわね。こうなったら、他の方たちを手早く済まして、皆で恭也さまを測るという事で良いわね」
部長の妥協案に、全員が頷くと笑みを浮かべ、入って来た祐麒たちの寸法を測っていく。
恭也は背筋に寒いものを感じつつも、大人しく自分の番を待つ。
やがて、恭也を除く全員が終ると、手芸部員三人が一斉に恭也の寸法を測り出す。
「えっと、何故、三人で…」
「この方が早いからですよ。すいません、少し腕を伸ばしたまま上げてもらえますか」
この言葉に納得し、言われた通りに腕を上げると、その生徒は腕の長さを測っていく。
何故か、恭也の胸に背中を当てるような感じで。
遠目に後ろから見ると、恭也がその女子生徒の後ろから抱き込んでいるようにも見えるそれに、他の部員が小さく舌打ちする。
「それじゃあ、私は肩幅を測らせてもらいますね」
そう口にすると、手芸部の部長は後ろから恭也に抱きつくように身体を密着させる。
そんな二人を恨めし気に眺めていた残る一人は、何か思いついたように恭也の傍へと寄ると、
恭也の腕を測っている生徒と恭也の間に体を滑り込ませ、恭也の腰に腕を回す。
「それじゃあ、私はウェストを…」
そう呟いた部員に対し、二人が微かに顔を顰める。
一方の恭也は、部員にされるがままに大人しく寸法を測られている。
そんな恭也たちを眺めつつ、高田が祐麒にそっと声を掛ける。
「あれって、ただの寸法合わせじゃないよな」
その言葉に祐麒が答えるよりも先に、小林が先に答える。
「それはそうだろうよ。俺達の時は、普通に測っていたんだから」
「そうだよね。あれって、相手が恭也さんだからだと思うな」
「アリスの言うとおりだと思うけど、多分、恭也さんは本当に寸法合わせだと思っているみたいだけどな」
祐麒の指摘に、改めてそちらを見れば、確かに恭也は困惑しつつも、彼女たちにされるがままとなっており、
その顔は時折、不思議そうな表情をするものの、彼女たちの言葉を疑っている節は全くなかった。
「……えーっと、この場合、純粋な人という評価で良いのかな?」
「違うわよ、コッシー」
「だから、アリス、コッシーと呼ぶなよな。何度、言えば分かるんだ」
「え〜、だって、可愛いのに。ねえ、ユキチ」
アリスに話を振られた祐麒は、頬を掻きつつ、
「男が男に言われて喜ぶ呼び名じゃないと思うけどな」
「女に言われても嫌だ」
祐麒の言葉に、本人である小林は更に言う。
それに不満そうな顔をしつつ、アリスはそれを流して続ける。
「恭也さんったら、あの子達の向ける好意に全く気付いていないんだもの。
普通、あそこまであからさまだと気付くと思うけどな」
アリスの指摘に頷く一同。
「でも、ハーレム状態だな。俺も一度でいいから、あんな風になってみたいよ」
「男子校じゃ無理だって、タマ」
「……アリス、俺も前々から言ってると思うんだが、人の名前を変に略して呼ぶな!
俺は猫じゃないんだぞ」
「ぶ〜、可愛いのに……」
「いや、高田の体格で可愛いと逆に怖いと思うんだが……」
祐麒の呟きに頷く小林に高田。
しかし、アリスはそんな事を気にせずに言う。
「だって、ユキチや私、先輩だけがあだ名だと二人が可愛そうなんだもの。
だから、私が付けてあげたのに」
「だから、付けること自体は問題ないんだって」
「ただ、そのあだ名だけは止めてくれと…」
苦情を言う二人の声を聞き流し、アリスは未だに寸法を測っている恭也へと視線を向ける。
「うーん、恭也さんにも、あだ名付けようかな〜」
その呟きを耳にして、三人は同時に注意する。
「「「それだけは止めておけ」」」
どこか疲れた顔をして戻って来た恭也たちは、念のため扉をノックして返事を待つ。
中からの返答を受けてから、再び部屋へと戻ると、祥子たちの寸法を測っていた部員たちが部長へと話し掛ける。
「こちらは終わりました」
「ご苦労様。それじゃあ、早速衣装の寸法を直しましょう」
部長の言葉に頷くと、部員たちは出口へと向かう。
そこで、部屋の中へと振り返り、一斉に礼をする。
「それでは、私たちは衣装作りに戻りますので。
後日、衣装合わせをして頂いて、細かいサイズの調整を行いますので、その時はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそお願いするわ」
祥子の言葉に頷くと、手芸部は薔薇の館を後にするのだった。
◇ ◇ ◇
「くっくっく。中々良い計画じゃないか」
暗闇の中、フェドートは一人悦に入った笑みを浮かべる。
「アンタもそう思わないかい、コラードさんよ」
「別に。俺は、俺の目的の為に、この計画を実行するまでだ」
「ああ、そうかい。好きにしてくれ。俺は俺で、目的があることだしな。
それにしても、粋な計らいだぜ」
本当に嬉しそうに海を浮かべるフェドートを一瞥すると、コラードは部屋を出て行く。
そんな事にも気付かず、フェドートは計画を頭の中に描きつつ、懐の銃を愛しそうに撫でる。
「楽しみだな。本当に、楽しみだ。この日が来るのが待ち遠しいぜ。
くっくっくっく」
フェドートの笑みは、誰にも聞かれることなく、壁へと吸い込まれていった。
つづく
<あとがき>
日常が進行する裏で、着々と敵も準備を整えていく…。
美姫 「文化祭の稽古も始まったわね」
おう。こちらの方も着々と進んで行く〜。
美姫 「さて、次回はどうなるのかしら」
それは次回のお楽しみということで〜。
美姫 「次回まで一時のさよ〜なら〜」