『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第22話 「プラチナチケット」






舞台の稽古を開始してから数日経ったある日の放課後。
今日は衣装の仮縫いという事で、稽古はまだ始まっておらず、全員が揃うのを待っていた。
その合間にも、台本に目を通したりしていたが。
美由希がふと台本から目を上げ、恭也に尋ねる。

「そう言えば、恭ちゃん。学園祭の入場チケット、どうする?」

「どうするとは?」

「うん、かーさんになのはでしょ、それに晶とレン。後、那美さんにも送ろうかと思って」

「送るのか?」

恭也は少し驚いたような顔をしつつ続ける。

「第一、かーさんは仕事だろう」

「そうなんだけど…。昨日、かーさんから電話があったんだよ。
 何処からか、学園祭の事を聞きつけて、チケットを送って来てって」

「来る気なのか、あの人は!?」

恭也は頭を抱えつつ、桃子ならやりかねないと考え直す。

「来るのか……。まさか、俺たちが劇に出る事は」

「あははは〜。言っちゃった。
 そもそも、学園祭の事を知ったのは、私がなのはに恭ちゃんが劇をやるって話したからだと思うんだけど……」

「そうか、お前が話したのか」

恭也は逃げようとする美由希の頭を素早く引き寄せると、美由希専用お仕置き技、頭を両手の拳骨でグリグリを喰らわす。

「いたっ! きょ、恭ちゃん、地味に痛いよ!」

「痛くしないとお仕置きにならんだろうが」

「痛い、痛い。うぅ〜、うちの兄は苛めっ子〜」

「ほう、まだ余裕があるみたいだな」

「わっわっわ。ちょっとタンマ! いや、本当に痛いって!
 だ、第一、私はかーさんには言ってないよ。かーさんに言ったのは、なのはだよ〜」

「そのなのはに言ったのはお前だろうが。つまり、お前が悪い」

「ご、ごめん、って、い、痛い、や、止めて〜」

じゃれ合っているような二人を見て、祐巳たちは苦笑を漏らすが、誰も止めない。
こんな二人を初めて見る祐麒たちも、兄妹のスキンシップと思って無視する事に決めたらしい。
それから、充分に美由希にお仕置きをした恭也は、その手を離して美由希を自由にする。
やっと解放された美由希は、恭也の拳骨が当てられていた個所を何度も擦りつつ、話を再開させる。

「それで、私と恭ちゃんとでチケットが10枚あるでしょう。
 で、私が那美さんを呼ぶ以上、忍さんにも話をしておいた方が良いと思うんだけど」

恭也としては、出来れば知り合いなどを呼びたくはない。
勿論、自分が出る劇を見られたくないというのもあるが、それ以上に、今は護衛の仕事中だからだ。
下手に自分の知人が近くにいると、それらを人質に取られる事もあるだろう。
そんな恭也の懸念を美由希も考えており、どうするのか恭也に尋ねたのだった。

「もし、これでチケットを送らなかったら、どうなると思う」

「うーん、当日、ここまで乗り込んできて、校内放送?」

実際、事情を説明すれば、渋々ながらも納得してくれるだろうが、
それを口にする訳にもいかず、二人はごく普通に会話を進めていく。

「そうだな。美沙斗さんにも送っておくか」

「忙しくないかな?」

「さあ、それは分からないが、一応、送るだけ送っておいた方が良いだろう」

「うーんと、じゃあ、全部で…八枚かな」

「いや、九枚だな」

「九枚?」

「ああ。リスティさんの分だ。あの人の事だ、間違いなく、聞きつけているはずだからな」

「それはそうかも。あ、じゃあ、真雪さんの分もいるかな…」

「いや、大丈夫だろう。仕事の方が忙しいと耕介さんが言ってたから」

「じゃあ、フィリス先生は?」

「それこそ、無理だろう」

「それもそうだね。じゃあ、九枚だね。
 でも、よくリスティさんを呼ぶ気になったね」

「呼ばないほうが恐ろしいからな」

「あ、あははは……」

美由希も思いついたのか、どこか引き攣った笑みを浮かべる。
と、二人の会話を聞いていた乃梨子が、恭也たちに話し掛ける。

「あのー、もし余るようでしたら、頂けませんか」

「別に構いませんけれど…」

「良かった〜。これで一枚は新たに確保できます」

恭也の返答に、乃梨子はほっと胸を撫で下ろし、事情を説明する。

「実は、前の中学校の友達が急に学園祭に来たいと言い出して、チケットが足りなかったんです」

「後、何枚必要なんですか」

「いえ、後はまた他の子たちに頼んでみますから」

恭也の申し出をやんわりと断わる乃梨子に、珍しく可南子が話し掛ける。

「四枚で良ければ、差し上げますけど」

「え、でも、それじゃあ、可南子さんは…」

「私の所は、母に送るだけだから。最も、来れるかどうか」

言いながら、可南子は鞄を漁ってチケットを取り出すと、テーブルの上に置く。
それを小林たちが眩しそうに見詰める。

「プラチナチケットを五枚も!」

恭也たちから貰ったチケットを持つ乃梨子に、小林たちの視線が注ぐ。
その所為かどうか、乃梨子はすぐさまチケットを鞄に仕舞うのだった。



暫らく本読みをしていると、扉がノックされ、次いで手芸部の子たちが顔を出す。

「ごきげんよう、皆さま。衣装の方が完成しましたので、お持ちしました。
 後はこれを着ていただいて、サイズを合わせますので」

部長の後から、幾つもの荷物を持った部員たちが現われる。

「ありがとう。それじゃあ、早速衣装合わせをしましょうか。
 そういう訳だから、恭也さんと花寺の方々は一旦、部屋の外にお願いします」

祥子の言葉に頷くと、恭也たちは部屋の外へと出て待つ。

「恭也さん、台詞の方は覚えましたか」

「いや、まだですよ」

祐麒の言葉に、恭也は首を振る。

「そう言う祐麒さんの方は」

「俺もまだです」

苦笑しつつ祐麒も頭を振る。

「ふふーん、私はもう殆ど覚えたもんね」

対し、アリスは少し自慢気に告げる。
恭也と祐麒は視線を合わせと苦笑を漏らす。

「しかし、祐麒さんは身内が相手だとやりにくいでしょう」

「ええ、全く。同じ身内相手なら、俺も敵対する役の方が気分的に楽ですよ」

「所で、お二人は何をしようとなさっているんですか?」

恭也の言葉に、その背後にいた小林と高田が動きを止める。

「え、え〜〜っと」

「あ、あはははは」

「お前ら、まさかとは思うが、覗き…」

「ち、違うぞ!」

「そうだ、小林の言う通り。そんなつもりはこれっぽちもない」

祐麒の言葉に慌てて二人は否定するが、こっそりと部屋の扉へと近づいていたんでは疑われても仕方がないというもの。
現に、祐麒を始め、恭也、アリスも二人を疑わしげに見る。

「お、俺たちはただ、中の様子を盗み聞こうと」

「そうそう。決して、覗こうとはしてない!」

「大して変わらないだろうが!」

「わ、悪かったって。そんなに大声を出すなよ」

「お前の愛しいお姉さんには手を出さないから」

「誰が!」

「冗談だろうが。そんなに剥きになるなよ」

怒鳴る祐麒に二人は肩を竦めると、あっさりとその場から離れる。
二人の様子から、単に祐麒をからかうためだけの行動だったと悟り、恭也とアリスは顔を見合わせて肩を竦める。
一方、からかわれたと悟った祐麒は声を上げようと息を大きく吸い込み、二人はそれに備えて耳を押さえる。
と、その一瞬の静寂に、部屋の中の声が洩れ聞こえてくる。

「はぁー。美由希さんって着痩せする方なんですね」

「そ、そんな事は…」

「うぅー、悔しいけど、私より……」

思わず聞こえてきた声に、恭也たちは顔を赤くさせると、その場から少し離れる。
気を取り直すように咳払いなどする。

「そ、そうだ」

気まずくなりそうな空気を察し、高田が声を上げる。
そのあからさまな態度に、しかし、誰も何も言わない。

「恭也さんの妹さんが学園祭に来られるんですよね。美由希さんとは別の」

「はい、そのようですが…」

「その妹さんは今、幾つですか。彼氏とかはいます」

「妹は小学四年ですが…」

「え、そうなんですか」

「あはははー。流石相手が小学生じゃーな」

がっくりと肩を落とす高田の背中をバンバンと叩きながら、小林が可笑しそうに笑う。

「うるせー」

そんな小林に、高田は元気なく返す。
そこへ、部屋から令が顔を出して恭也たちを招き入れる。
部屋へと入った恭也たちの目の前には、豪華なドレスを纏う祐巳たちの姿があった。
祐巳、志摩子、由乃は姫の衣装らしくドレスを纏い、
美由希、乃梨子、可南子は騎士らしくズボンにマントという出で立ちで、男役をする瞳子の衣装も中世の貴族らしい装いをしていた。

「あの、恭也さん、どうですか」

志摩子はスカートの裾を少しだけ持ち上げ、恥ずかしそうに上目使いで恭也を見る。

「ええ、皆さん綺麗ですよ」

母、桃子の日々の特訓により、この程度は答えられるようになっていた恭也だった。
そこへ、手芸部の一人が話し出す。

「由乃さんはまだ、もう一着あるから、そっちにも着替えてもらわないとね」

戦場に立つ姫という役の由乃は、ドレスとは別にもう一つ、騎士のような衣装もあるのだった。
頷く由乃の横で、祐巳は落ち着き無さそうに体をソワソワさせる。
そんな祐巳を見て、祐麒はため息を吐く。

「はぁー。完全に引き立て役だな、祐巳」

「言われなくても、そんな事分かってるわよ」

同じくため息を吐き出しつつ、答える祐巳に、恭也が笑みを見せる。

「そんな事ないですよ。祐巳さんもとても綺麗ですよ」

「あ、ありがとうございます」

その言葉に、祐巳は顔を赤くさせて俯く。
そして、少し離れて所では、そんな恭也に鋭い視線を投げる可南子がいた。
勿論、恭也はその視線に気付いていたが、気付かない不利をして、そっと祐巳から離れる。
すると、その視線も幾分和らいだものになる。
この後、由乃のもう一つの衣装合わせをするため、再び恭也たちは部屋の外へと出され、その後、恭也たちの衣装合わせが行われる。
シャツ一枚となった祐麒たちに対し、恭也は制服の上着だけを脱ぎ、カッター一枚になると、その上から衣装を合わせる。

「全部脱いでから着て貰わないと、正確なサイズが合わせられないんですが…」

「いえ、俺はこれで構いませんから」

「でも…」

「お願いします」

恭也に間近で頼まれ、その生徒はそのまま頷くと、仮縫いを始める。
一通りの作業が終ると、衣装を着たままだった美由希たちと一緒に並ぶ。
それぞれの姫に仕える騎士三組。
その姿に手芸部たちから感嘆の声が零れる。

「うーん、益々やる気が出てくるわ!
 このまま、一気に仕上げるわよ!」

部長の気合の入った言葉に、部員たちも力強く頷くのだった。





  ◇ ◇ ◇





仮縫いの後、稽古をして帰路へと着く。
周囲に注意しつつ、恭也は全く敵の動きがない事を不思議に思っていた。
それは美由希も同じらしく、恭也に目で尋ねる。

(何もないのなら、それはそれで良い)

(うん、それはそうだね。でも…)

(ああ。あそこまで大胆な脅迫状を置いた以上、絶対に仕掛けてくるだろうな。
 まあ、そう簡単に仕掛けても来ないだろうが)

(言うなら、嵐の前って所だね)

(ああ。だからといって、気を抜くなよ)

最後は無言で頷き、美由希は周囲に視線を飛ばす。
と、その目がある所で止まる。

「恭ちゃん、あれって…」

美由希が指差す先では、一人の少女が立ち往生していた。
手元のメモらしきものに目を落としては、周囲をきょろきょろと見渡す。
そして、ようやく歩き出そうとして、見事にこけた。
それを見て、恭也は頭を押さえつつ、その少女に近づく。

「ふぇぇ〜。痛い……」

涙目になりつつ、その少女は地面に座り込む。
と、そこへ手が差し伸べられる。

「大丈夫ですか、悠花さん」

「ああー、貴方はあの時の! また、恥ずかしい所を…」

赤くなりつつ、悠花は恭也の手を取る。
恭也は悠花を立たせると、今日はどうしたのか尋ねる。

「うぅー、実は友人とこの近くまで来てたんですけど、はぐれちゃって…。
 一応、こういう時の為に地図を描いてもらってたんですけど…。これがあっちだから……」

その地図を覗き込み、恭也はため息を零す。

「これはあっちではなくて、そっちですよ」

悠花が指していた方向と90度違う方向を指して教える。

「うぅー、すいません……」

「いえ、それではぐれた時とかの待ち合わせは何処に?」

「あ、はい」

その場所を言おうとして、悠花は突然、声を上げる。

「あ、あ、あーー」

「ど、どうしました」

「あ、すいません。その友人がいたので、私はこれで」

「そうですか、それは良かったですね」

「はい! 二度もありがとうございます」

「いえ、大した事はしてませんから」

「そんな事はないですよ。誰も知り合いがいない所で迷って、とても心細かったんですから。
 そんな時に声を掛けてくれたんですよ」

悠花の言葉に恭也は照れつつ、告げる。

「それよりも、早くその人を追いかけないといけないのでは」

「ああー! そうでした。ああ、もうあんな遠くにぃぃ。
 そ、それじゃあ、失礼します」

急いでいるのに律儀に頭を下げると、悠花は人込みへと駆けて行く。
その背中を見遣りつつ、恭也は苦笑を浮かべるのだった。

「あの子、また迷ってたの」

「ああ、そうみたいだな。何もない所で転んだり、迷子になったり…。
 まるで、誰かさんみたいだな」

「誰の事だろうね〜」

「さあな。誰の事だろうな。それよりも行くぞ」

「あ、うん」

美由希に声を掛け、少し離れた所で待っていた祥子たちの元へと戻るのだった。





つづく




<あとがき>

ふぅ〜。悠花とのちょっとした再会。
美姫 「で、次は?」
うむ、次は一気に……。
駄目だ! これ以上はまだ言えない!
美姫 「言わなくても良いから、さっさと書いてね♪」
……はい。
美姫 「さて、そろそろ敵さんの計画も動くのかしら?」
それはまだ言えないって。
さーて、次回もさっさと書き上げよう〜(希望)
美姫 「最後の括弧の中が気になるんだけど…」
って言うか、括弧の中まで読むな!
美姫 「はいはい。それじゃあ、次回でね〜」
あっさり流すなよ!





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