『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第24話 「可南子と父親」






本番まで後数日と迫った放課後、恭也たちは舞台を使っての通し稽古をしていた。

「ちょっと待って」

その途中のあるシーンで、祥子が待ったを掛ける。
その声に、全員が動きを止めると舞台下に立つ祥子へと視線を向ける。
祥子は丸めた台本を手にしたまま腕を組む。

「可南子ちゃん、そこはもっと感情を込めて」

「……感情と言われましても」

「貴女の演じる女騎士ヴィラーネは、クラヴィスに淡い気持ちを抱いてるの。
 だけど、それを言えずに胸にしまっていて、顔を合わせればついついきついことを言ってしまうのよ。
 そこを上手い事演じて頂戴」

「……はい」

何か言いたそうにしつつも、可南子は小さく頷く。

「まあ、良いわ。とりあえず、そこにばかり時間を掛けてられないから、次に行きましょう。
 舞台の使用時間もあと少しだし」

時計をちらりと見た後にそう言うと、祥子は次の指示を出す。

「じゃあ、次はファディオスとシオンのシーンから……」

言われた瞳子と祐麒が舞台中央へと進み出るのを眺めつつ、祐巳は可南子へと近づくと声を掛ける。

「可南子ちゃん、気にしたら駄目だよ。私なんて、まだ全部台詞覚えきれてないんだし…」

祥子が聞けば、ただでは済まないような事を言いつつ、何とか可南子を慰めようとする祐巳。
しかし、可南子は祐巳を見ると、

「別に落ち込んでいる訳ではありません。
 ただ、祥子さまの仰るような感情を出すなんて、私には無理です!
 前に祐巳さまに言われたから、少しは頑張っているつもりです。
 でも、こればっかりはいきなり言われましても…」

その言葉に祐巳は口を紡ぐ。
確かに、あの日以来、必要以上に恭也を嫌悪する事もなく、必要最低限の会話はするようにはなった。
それでも、本当に少しだが。
可南子が努力している事が分かるだけに、祐巳は何とも言えず、少しだけ話を変える。

「でも、恭也さんに対しては、前よりもましになったね」

「ええ。確かに、祐巳さまの仰るとおり、悪い人ではないみたいですから。
 ただ、やっぱり男は信用できません。父がそうであったように」

「えっ! 可南子ちゃんのお父さん? ひょっとして、男嫌いなのは、お父さんの…」

「この話はここまでにしましょう祐巳さま。
 祐巳さまとの約束ですから、もう少しだけ私も頑張ってみますから」

「う、うん」

少し強い口調で言われ、祐巳は頷くしか出来なかった。
それでも何かを言いたそうにしている祐巳に、その何かを言わせる前に、可南子は祐巳から離れて行く。
その背中を見ながら、祐巳はふと思うのだった。

(恭也さんには、ある程度、普通に接する事が出来るようになっただけでも大した進歩かな。
 最も、他の男性には相変わらずなんだけどね…)

それでも、他の男性にも恭也と同じように接しようとしているのを分かっている祐巳は、それを口に出す事はなかった。
その後、最後まで稽古を通し終えると、丁度、交代の時間となる。
次に使用するクラブの人たちと交代し、恭也たちは薔薇の館へと戻る。

その途中、祐麒が祐巳に話し掛ける。

「なあ、祐巳。最後の恭也さんと美由希さんの対決シーンは飛ばしたけれど、本当に良いのか?」

「前に祥子さまが言ってたでしょう。このシーンに関しては、完全に恭也さんと美由希さんに任せてあるって」

「それは聞いたよ。だけど、本当に本番ぶっつけでするとは思わなかったから、一応、確認しておこうと思ったんだよ」

「まあ、その辺は大丈夫だよ、きっと」

少し前を歩く二人の背中を眺めつつ、祐巳がそう口にすると、祐麒も頷きで返す。

「そうだよな。祐巳よりもよっぽどしっかりしてるし」

うんうんと頷く祐麒を半眼で睨みつつ、祐巳はふと祐麒に尋ねてみた。

「ねえ、祐麒。例えば、女嫌いになった理由に自分のお母さんが関係してる場合って、どんな理由があると思う」

「それって、例え話じゃないだろう」

「えっ!? ど、どうして」

祐巳のその態度に、祐麒は呆れつつ、やっぱりなと零すと、集団から少し離れて歩く可南子の方へと視線を向ける。

「何の関係もなしに、祐巳がそんな例え話なんかする訳ないからな。
 彼女に関係あるんだろう」

「う、うん。でも、詳しくは知らないけどね」

「だったら、本人に直接聞けば?」

「そうなんだけど。うーん、これは私が勝手に心配しているだけだからね。
 可南子ちゃんの方から話してくれるまでは、私からは聞かないって決めたから」

「だからって、あれこれ推測しても仕方がないだろうし、逆にその方が無粋なんじゃないか」

祐麒の言葉に祐巳は俯きつつ、幾分落ち込んだ声で言う。

「それも分かってる。でも、力になれることなら、なってあげたいから。
 可南子ちゃんを文化祭が終わるまでという期限付きとはいえ、山百合会に引き込んだのは、私だからね。
 例え、それがお節介と思われても、やっぱり、少しでも手助けしてあげたいって思うの」

祐麒は俯く祐巳の横顔を無言で暫く見詰めた後、再び前を向く。

「祐巳も成長してるんだな」

「何よ、それって、どういう意味?」

「そのまんまの意味だよ。別に悪い意味じゃないって」

「うー、弟に言われるような言葉じゃない気がするんだけど……」

「だから、そんなに気にするなっての」

まだ不満そうにしている祐巳に対し、祐麒はそっと口を開く。

「別に、何かしようとしなくても良いんじゃないか。
 祐巳は、いつものように祐巳らしく行動してれば良いんだよ、きっと。
 それに、どうせ考えた所で、実際、その場になると、パニクって全部忘れるんだから」

「それはそうかもしれないけど……」

「まあ、それはそれで祐巳らしいけど……」

「ちょっと、それは幾らなんでも酷いんじゃない?」

「そうか。まあ、要はそんなに考えずに、いつもの祐巳で良いって事だよ」

そう言って祐麒は姉の頭を軽く小突くように押す。
そこに少し温かなものを感じ、微かに頬を緩ませるも、すぐに祐麒の言葉を反芻して祐麒を少し睨むように見遣る。

「それって、普段、私が何も考えずに行動しているみたいじゃない」

「違ったのか?」

本気で驚いたような顔をする祐麒に、祐巳は大げさに肩を落として溜め息を吐き出す。

「冗談だってば、冗談」

「嘘だ〜。さっきの顔は本気だった〜」

「んな訳ないとも言えなくもない事もない」

祐麒の言葉に、祐巳は頭の中で暫し考え込み、結局、混乱する。
そんな祐巳の頭に手を置くと、

「まあ、そんなに難しく考える必要はないって。
 祐巳は、祐巳の思うようにやってみれば良いんだよ。もし、困ったことがあれば、きっと周りの人たちが助けてくれるだろう。
 俺だって、生徒会長なんてやってるけど、それは周りが助けてくれてるからなんだし。
 だから、何もかも一人でやる必要はないと思うけどな。
 それに、俺だって、その、少しぐらいは助けてやれると思うし」

最後の方の言葉は、凄く小さく、祐麒も明後日の方を見ていたが、
祐巳にはしっかりと聞こえ、同時に祐麒の真っ赤になった耳が視界に映る。
それに笑みを零しつつ、祐巳は礼を言うのだった。





  ◇ ◇ ◇





その後、薔薇の館へと戻った一向は、そこでも稽古をする。
しかし、またも同じ所で祥子から待ったが掛かる。

「どうも、ここがね……」

祥子の言葉にも、可南子は何も言わずにただじっと立ち尽くす。

「可南子ちゃん、もう少し何とかならないかしら」

「……努力はしてみます」

可南子は俯きながら、そう答える。

「もう日にちもないのだから、しっかりと結果を出してね」

「そんな事、言われなくても分かっています!」

それまで黙っていた可南子は、遂に癇癪を起こすと、少し気まずそうな顔をする。

「すいません。少し頭を冷やしてきます」

そう言うと、可南子は薔薇の館を飛び出して行く。
その背中を眺めつつ、祥子も失敗したという顔をし、そっと息を吐き出す。
そんな祥子の手を祐巳がそっと握り、

「きっと大丈夫ですよ。可南子ちゃんも少し冷静になったら、さっきの言葉が嫌味じゃないって気付くはずですから」

「祐巳……」

祐巳の手を握り返す祥子の肩を、恭也が軽く叩くと、その耳元に素早く声を掛ける。

「万が一の事もあるから、俺も行ってくる」

「お願い」

祥子の言葉に頷きつつ、恭也は可南子の後を追って、薔薇の館を出るのだった。
薔薇の館を出て、辺りを見渡すと、既に可南子の姿はその周辺にはなかった。
裏門へと続く道の先に、微かに見えた深い色の制服に、恭也はそちらへと少し駆け足で向う。
暫らくそのまま駆けていると、すぐに前方に可南子らしき影を見詰め、恭也はある程度の距離を開け、その後ろを付いて行く。
可南子は背後の恭也に気付かず、そのままリリアンの敷地外へと出ようとしていた。
稽古をしている間に、かなりの時間が経っていたらしく、辺りは薄暗い上に、他の生徒もいなかった為、
可南子を見失う事なく、恭也は難なく付いて行く。
と、可南子が敷地を出ようと裏門に差し掛かった所、門の陰から一人の男が姿を現す。
それを見た恭也は、すぐさま速度を上げて可南子の元へと向う。
一方、突然現われた男に少し驚いたものの、可南子はその横を通り過ぎようとする。
しかし、男はその行く手を阻むように体を動かすと、その外見とは裏腹に流暢な日本語で話し出す。

「細川さんですね」

可南子は不気味なものを感じて、男から数歩後退りつつ、その言葉に頷く。
それを見て、男は本当に嬉しそうに、それでいて何処か狂喜じみた笑みを浮かべる。

「はぁー、はっは。やっと、やっとこの時が来たぜーー。
 会いたかったぜー」

「あ、貴方は一体、誰なんですか」

怯えつつも気丈に可南子は言い返す。
それを可笑しそうに眺めながら、男は慇懃に一礼して見せる。

「はーっはっは。こいつは失礼をば。
 私の名前はフェドートと申します。これで宜しいですか」

何処までも人を喰った言い方をするフェドートに、可南子は眉を顰めつつ、睨み返す。
その視線に心地良さそうに目を細めつつ、フェドートは懐へと手を伸ばし、黒い物体を取り出す。
その動きがあまりにも自然かつ、流れるような動作だった為、可南子は最初それが何なのか分からなかった。
しかし、フェドートが威嚇するように足元へと撃った一発により、
それが日本では普通の人間がまず目にする事のない物、銃だと理解する。
途端、可南子は足だけでなく体を震わせ、目の前の男を恐怖混じりの視線で見詰める。

「くっくっく。そう、その顔だよ。その恐怖に引き攣った顔。
 たまらないぜ〜。くっくっく、くっくはぁっはははははは。まだだ!
 もっと、もっと俺を楽しませてくれよ! その恐怖に満ちた顔、最高だぜ〜。
 さて、次は苦痛にのたうち回る声を聞かせてくれー!」

狂ったように叫びつつ、フェドートはその銃口を可南子の足へと向ける。
今度は威嚇ではなく、撃たれると分かった可南子だったが、恐怖に竦む足は全くと言って言いほど動かず、ただ震えるだけだった。
逃げる事も出来ず、かと言って立ち向かう事も出来ず、ただ男の姿を見ないように目を瞑る。
その様子が、フェドートにはたまらなく嬉しかったらしく、愉悦を浮かべ、殊更ゆっくりと可南子の足に狙いを付ける。

「くっくっく。とびっきり良い声で鳴いてくれよ」

フェドートの指が引き金を引き、可南子の悲鳴が上がる。
可南子は次いで来るであろう激痛に耐えるように、更に目をきつく閉じ、歯を食いしばる。
しかし、予想した痛みは全くなく、可南子は恐る恐る目を開ける。
その目の前にあったのは、さっきまで一緒に稽古をしていた男で、ここ最近で見慣れてきた顔だった。
何故、そのような事態になっているのか分からず、可南子は不思議そうに恭也の顔を眺める。
混乱気味の頭で、現在の状況を見る。
どうやら、恭也に抱かれているようだと理解すると、可南子はそこから逃れようと暴れようとする。
しかし、それよりも先に、恭也が話し掛ける。

「大丈夫でしたか。とりあえず、大人しくしてください」

そう告げると、恭也は今まで見せた事がないような鋭い眼差しをある方へと向ける。
それにつられるように、可南子もそちらへと視線を向け、そこに銃口から微かな煙が立ち昇る銃を手にしたフェドートを見つける。
今さっきまでの現状を思い出し、可南子は恭也の腕の中で震え出す。
そんな可南子をそっと抱き寄せ、その耳元に安心させるように声を掛ける。

「もう大丈夫ですから。落ち着いて」

その落ち着いた声に、未だに震えは止まらないものの、何故か安堵した気持ちになる。
尤も、後ろにいるであろうフェドートの存在を気にし、可南子自身はその事には気付いていないが。

「立てますか」

恭也の言葉に、可南子は首を横に振りそうになるが、何とか頷くと、恭也の腕から抜け出て立ち上がる。
そんな可南子を背後に庇いつつ、恭也はフェドートと対峙する。
フェドートは突如現われた恭也に舌打ちしつつ、肩を竦める。

「確か、視察に来ていた転入生だったか。全く、運のない奴だな。
 こんな時に来なければ、死なずにすんだって言うのに」

フェドートはそう言うと、恭也へと銃を向ける。
銃口を前にしても、恭也は動じずに話し掛ける。

「一つ聞きたい」

「あっ? 何だ、冥土の土産話でも欲しいのか。良いぜ、言ってみな」

自分の優勢を確信してフェドートは恭也に言葉を促がす。

「お前の狙いは祥子たちではなかったのか?」

「はあぁ? ああ、確かに連中の狙いは見目麗しき薔薇だ。
 しかし、俺の狙いは端からソイツさ」

そう言ってフェドートは、恭也の背後にいる可南子を銃で指す。
その男の動きに、可南子は怯え、恭也の背中にしがみ付くようにその身を隠す。
普通に立てば、可南子の方が恭也よりも身長が少し高いのだが、今はその身を恐怖に縮め、恭也の背中に隠れている。
そんな様子を楽しそうに眺めつつ、フェドートは続ける。

「俺は、元々ソイツを条件に連中に手を貸していたに過ぎないからな」

「何故、彼女を狙う」

「知れた事。俺がここまで落ちた原因の娘に他ならないからさ。
 少し、昔話をしてやろう」

そう言ってフェドートは淡々と語り出す。

「まあ、見たら分かる通り、俺は殺しを生業として生きてきた。
 そして、今までそいつをしくじった事もなく、まあ、多少は名も通ってた。
 所がだ!」

男はそれまでの淡々とした口調と打って変わり、急に声を荒げると、忌々しげに可南子へと視線を向ける。
恭也の背に隠れ、男の方を見ていない可南子だったが、突然の大声に身を震わせ、恭也の背を掴む手に力が篭る。
恭也の背に隠れてもなお、男の殺意の篭った視線を感じるのか、その手は、いや、全身は細かく震えている。
そんな事にも構わず、男は続ける。

「所が、五年ほど前、俺は初めて失敗した。ただの失敗じゃねえ。
 依頼主が企んでいた事全てが明るみになり、その依頼主は捕まるは、
 俺は俺で逃げるのに精一杯で、報酬の金も置いていっちまうは!
 おまけに、そこまでのドジをしてしまったせいで、それ以来、依頼は来なくなる始末!
 今、思い出してもムカツクぜ!」

フェドートは腹立ち気にアスファルトを踏み鳴らす。

「でだ! その時、俺の邪魔をしやがったのが、無名の極普通SPと来たもんだ。
 俺は無事に逃げた後、そのSPに付いて調べまわった。
 そして、やっと奴の事に関して調べ終えた頃には、ソイツはもうこの世にいねえときたもんだ。
 笑えるぜ。必死になって情報を集めたってのによ。しかも、その死因が俺とのやりとりがって言うじゃねーか。
 そんな事で、俺の味わった苦汁が晴れる訳ねーだろう!」

男は肩で荒く呼吸を繰り返し、少し落ち着いてから再度、口を開く。

「そんな訳で、あの男の代わりを探す事にしたって訳だ。
 で、それがあの男、細川の娘って訳だ。丁度、良いだろう。
 俺をこんな目に合わせた男の娘を、俺が殺す。あいつも草葉の陰で泣いて悔しがるってもんだろう。
 勿論、簡単に殺しやしねーよ。
 そうだな…、まずは両手足の腱を切って、動けなくなってから身体のあちこちを刻んでやるよ。
 熱湯を口から流し込むというのも良いかもな。一層、焼けた鉄串をアソコに突き立てて、公園にでも放置してやるか。
 いや、その前に公衆の面前で平気な面して、ケツを振るような牝豚にするのも面白いかもな。
 しかし、正気は保っていてもらわねーと、最後の腸を引き摺り出す時の楽しみが減るし…。
 なあ、お前はどう思う?」

男は平然と、目の前の恭也へとそんな事を投げ掛ける。
そんなフェドートに静かな怒りを燃やしつつも、恭也は今までの会話で引っ掛かった事を尋ねる。

「お前は今、連中といったな。犯人は複数いるという事か」

恭也の言葉に、フェドートは明らかにしまったという顔をして見せた後、

「さあな。それより、貴様こそ、何者だ? どうして、脅迫の件を知っていやがる」

「それは、祥子たちから聞いていたからだ。それよりも、連中というのは」

「ちっ! しつこいガキだな。ガキはガキらしく、大人しくしてやがれ!
 くそっ! 俺もコラードみたいに表に回っていれば良かったぜ。
 いやいやいや、裏の方にいたから、こうして細川の娘に会えたんだしな」

「表……? つまり、貴様と合わせて二人いるって事だな」

「その通りさ。コラードは表側で待ち伏せしているぜ。
 もし、その女どもが帰ったんなら、今頃はコラードの奴に、どんな目に合わされているかな」

フェドートの言葉に、恭也はただ呟くように言う。

「今、ここに来ているのは二人だそうだ。一人は俺の目の前にいる。
 表の方にも一人いるらしいから、そっちは頼む」

「ああー! 誰と話してるんだ、お前?
 それとも、恐怖のあまりに頭がいかれたか?」

そんなフェドートの言葉にも構わず、恭也はなおも続ける。

「ああ、こっちは問題ない。それじゃあ、後でな」

そこまで言うと、恭也は上着の内側から携帯電話を取り出し、通話を切る。

「貴様! いつの間に!」

「お前が昔話をたらたらと話している間にな」

「……俺をこけにしやがって! ただで済むと思うなよ。殺してやる!」

言うが否や、フェドートが発砲する。
しかし、それよりも早く恭也は可南子を抱え、その場を離れていた。
弾丸が地面を抉る。
恭也はそれに目もくれず、フェドートから離れると、可南子を木の陰へと降ろす。

「暫らく、ここで大人しくしていて下さい」

唇まで真っ青にした可南子は、震えたまま首を小さく横に振る。

「な、何で、私がこんな目に。あの人のせいで……。
 仕事と言って、殆ど家にいなかったくせに、帰ってきた時には、小さな箱になってるし。
 その後、母さんと私がどれぐらい苦労したと思ってるのよ!
 なのに、今になって、また父さんの所為で、こんな目に……」

目の端に涙さえ浮かべ、可南子は恭也の服の裾をきつく握る。
最早、恐怖から逃れる為に愚痴を言っているのか、単に父に対する今まで言えなかった不満を口にしているのか、
それさえも、可南子本人にも分からなくなっていた。
そんな可南子を優しく抱き締めると、

「言いたい事や、言えなかった事があるのなら、後で俺で良ければ聞きますから。
 今は、ここで大人しくしてて下さい」

恭也の言葉に、可南子は弱々しくも頷くと、ゆっくりとその手を離す。
可南子の手が離れると、恭也はすぐにその場から飛び出し、フェドートへと向う。
掛けながら、背中に忍ばせておいた小太刀を一刀、腰側から引き抜く。
それに驚いたのはフェドートだった。
ただの学生と思っていた恭也の予想外の反応に続き、今度は逃げるどころか自分に向かってくるのである。
しかも、その手に普通の学生なら決して持っていないようなものを手にして。
その姿が、数日前の悠花と重なり、フェドートは憎々しげに引き金を引く。

「っざけてんじゃねーぞ。このガキがぁ! 剣が銃に敵う訳ないだろうが!」

それは恭也に対して言った言葉だったのか、兎も角フェドートは叫びながら銃を撃つ。
銃声が一つに聞こえる程の早撃ちで、三発撃ち出す。
しかし、その早撃ちよりも早く、恭也は既に銃の射線上から体をずらしていた。
フェドートは向かって来る恭也にもう一発撃ちつつ、空いた左手を懐へと差し込み、もう一丁、銃を取り出す。
左右の銃を交互に撃ちながら、恭也との距離を取る。
しかし、恭也はそのこと如くを避けて行く。

「冗談じゃねーぞ! そんな古い武器に二度も負けてたまるか!」

弾の尽きた銃を投げ捨て、今度は後ろ腰へと手を伸ばす。
新たな銃を取り出すと、また懲りずに発砲するのだった。





  ◇ ◇ ◇





時間は少し遡り、美由希が恭也からの電話を受け取った頃。
美由希は一言、断りを入れてから薔薇の館を出る。

「もしもし。恭ちゃん、どうしたの?」

しかし、恭也からの返答はなく、聞こえてくるのは、微かにくぐもった声だけ。
首を傾げつつ、それでも耳を澄ます美由希の耳に先程よりも聞き取りやすく、また耳に馴染んだ声が聞こえてくる。

「今、ここに来ているのは二人だそうだ。一人は俺の目の前にいる。
 表の方にも一人いるらしいから、そっちは頼む」

「うん、分かったよ。そっちは大丈夫?」

そう返した美由希の言葉に、恭也が返事をする。
それを最後に通話が切られる。
美由希は携帯電話を仕舞い込むと、表門へと向う。
少しでも早くと走り出す。
門を潜りながら、周りに誰もいない事を確認する。
門を出た所で立ち止まり、周りを見渡すと、少し離れたところに一台の車を見つける。
不審な事に、ナンバープレートがなく、その上、窓もこちらからは中が見難いようになっている。
美由希がじっと見ていることに気付いたのか、車のドアが開き、一人の男が降りてくる。

「貴方は誰ですか」

「そういうお前こそ誰だ? 何故、こちらをじっと見ていた」

「そんなに怪しげな車があったら、普通は怪しいと思いますけど」

「……確かにな」

男は美由希の言葉に皮肉な笑みを見せる。

「さて、どうしたもんか。見た所、写真の人物ではなさそうだし……」

「写真? それって、祥子さんたちの写真ですか」

「ほう。という事は、事情を知る者か」

男は感心したような声を零すと、暫らく考え込む。
やがて、美由希をじっと見詰めると、

「ならば、お前を人質にして、お嬢様方を誘き出す事にするか。
 本来ならば、無関係の者に手を出したくはなかったんだがな。
 まあ、恨むなら、お嬢さまたちと関係を持った自分を怨め」

男は言うや、一挙動で銃を取り出して発砲する。
しかし、美由希もそれを簡単に喰らう事はなく、回避行動に移っていた。
それに驚きの声を短く出しつつ、男──コラードはまたも発砲する。
美由希は小太刀を引き抜きつつ、コラードへと飛針を投げる。
迫り来る飛針を銃で撃ち落しつつ、男は美由希の動きに驚いたような声を出す。

「今のは……。
 貴様、あのガキの関係者か何かか!?」

「あのガキ……?」

美由希が不審そうな声を出すのに構わず、コラードは言い放つ。

「そうだ! 過去、俺の邪魔をしやがった、あのガキ、恭也とか言う男のだ!」

「恭ちゃん!?」

意外な所で聞いた名前に、美由希は思わず驚きの声を上げ、それを聞いたコラードは嬉しそうな笑みを見せる。

「くっくっく。そうか、やはりあの男の関係者か。ついてるぜ。
 こんなにも早く、あの男の情報が手に入るなんてな。
 わざわざ、あいつらに協力しただけの事はあるって訳だ。
 本来なら、あいつらに協力の報酬として、恭也って奴に関する事を調べてもらうはずだったんだが、
 ここであの男の関係者に出会えるとはな。良いぞ、良いぞ。
 あいつらの言う、お嬢さんたちは後回しだ。まず、貴様に用ができたからな。
 察するに、お前はあの男の弟子か何かみたいだしな。お前を倒して、あいつよりも俺の方が上だと証明してやる」

何処か常軌を逸したようなコラードに、美由希は薄ら寒いものを感じつつも慎重にコラードの出方を伺う。

「本当はあの男とすぐにでもやりたいたんだが、仕方あるまい。
 あの男が何処にいるのかすら分からないんだからな。
 だから、代わりにお前をズタボロにして、あの小僧の怒り狂う様でも見せてもらうか。
 いや、待てよ。あの小僧の前でお前を犯すという手もあるな。よく見りゃぁ、中々いい女だしな。
 その為にも、お前にはあの男の事を喋ってもらうぞ」

コラードは舌なめずりをしながら、美由希の全身を舐めるように見渡す。
背筋に悪寒が走るのを感じつつも、美由希はただ黙って男を睨み付ける。
それが気に入らなかったのか、男は激昂すると、突然、美由希に襲い掛かるのだった。





  ◇ ◇ ◇





リリアンから離れたとある薄暗い場所。
ここに今、二つの影があった。
片足を引き摺った男が、もう一人の男の元へと近づくと声を掛ける。

「どうだ、海透」

話し掛ける男に、海透は目の前の何かから目を離さずに答える。

「ああ、ばっちりだよ、父さん」

「そうか、ならばその瞬眼でしっかりと見極めるが良い」

宗司はそう告げると、海透の邪魔にならないように、少し離れた場所で見守る。
それにただ沈黙を持って答える海透は、やはり目の前の何かから一時も目を離すことはなかった。





つづく




<あとがき>

ふぉっふぉっふぉ。
遂に敵が動き出したぞ。
美姫 「やっとね。でも、文化祭前に来ちゃったわね」
はっはっは。この後も色々あるんだよ。
美姫 「とりあえず、二人が宗司に協力していた理由がやっと分かったわね」
おう。さて、次回はバトル予定!?
美姫 「予定も何も、ここまで来たら、バトルでしょう」
多分……。
美姫 「いや、多分って」
兎も角、また次回で!
美姫 「次回もすぐに出来上がる予定なのよね」
まあ、予定だけならな。
美姫 「ちょっと、どういう事よ!」
ではでは〜。
美姫 「あ、こら、ちょっとー」





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