『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第26話 「前哨戦、その後……」






コラードとフェドートが南川に連れて行かれた後、恭也たちは薔薇の館へと戻る。
薔薇の館へと戻った可南子を、祥子たちは何事もなかったかのように迎え入れた。
しかし、結構な時間が経っていた事もあり、今日の練習はここまでとなり、花寺の生徒や瞳子が帰る支度をする中、
山百合会のメンバーは、まだする事があるからと、そのまま席に着いたままだった。
とりあえず、祐巳だけは花寺の生徒を送るため、校門まで一緒に向かうので、席を立っていたが。
こうして、薔薇の館に祐巳を除いた山百合会のメンバーと恭也、美由希、可南子だけとなると、早速、可南子が口を開く。

「それで、皆さんが狙われていると言うのは、どういうことなんですか」

いきなり用件を切り出した可南子に、祥子たちが驚く。
それもそうだろう。祥子たちは、恭也から少し話があるとしか聞いていなかったのだから。
それが、まさかこんな話だとは思ってもいなかったのだろう。
祥子は目で恭也に、可南子に事情を話したのか尋ねるが、それに恭也は首を振って否定する。
自分は話していないと。
祥子も、その可能性はないと分かっていたが、念のために尋ねたのだった。
どう誤魔化そうか考えてる祥子に、恭也が先程、可南子が飛び出してからの経緯を説明する。
それに納得した祥子は、隠すだけ無駄と悟ったのか、素直に脅迫の件を認める。

「そうね、脅迫があったのは確かよ。ただ、本当に狙われているのかどうかは分からない、いいえ、分からなかったけれど。
 どうやら、悪戯ではなかったみたいね」

祥子の言葉に、恭也は一つ頷く。

「ああ。現に、こうして襲撃があったからな。
 まあ、犯人の目的も、黒幕もすぐに分かるだろう。あの二人を取り調べれば」

「そうね、早く解決する事を願うわ」

「問題は、黒幕がどう動くかだが……」

恭也の言葉に、由乃が声を上げる。

「どう動くというのは?」

「つまり、今回の襲撃が失敗に終わったと知った時、襲撃者であるあの二人から自分たちの身元がばれるとしたらです。
 その場合、警察の手が伸びる前に、多少の無理はしてでも、当初の目的である祥子たちを襲いに来るのか、
 それとも、何処かに逃げるのか、ということです」

「どっちにしても、その犯人が捕まるまでは油断はできないわね」

令の呟いた言葉に、恭也は頷く。

「まあ、それも後少しだと思いますけどね。二人のうち、一人は確実に主犯に関して知っている口振りでしたから」

「ですから、皆さんはいつも通りに過ごしていて下さい。後の事は、警察と私たちに任せて」

恭也の後に続き、美由希がそう話し、皆を落ち着かせる。
それに祥子たちが頷き返した所へ、可南子が再度、問い掛ける。

「脅迫があった事は分かりましたけれど、それと恭也さんたちがどう関係しているんですか」

「どう、とは? 恭也さんたちはこの学園に視察に来ていて、たまたまその人たちに会っただけよ。
 脅迫のことを知っていたのは、前から知り合いだったから、ちょっと相談しただけで」

「ええ、そうですよ。先程も言ったように、俺は父から色々と教わっていたので、あの場面で役に立っただけですよ」

祥子と恭也の息の合った言葉に、しかし、可南子は首を振る。

「だったら、どうして美由希さまは自分たちに任せてと仰ったんですか!」

可南子の指摘に、恭也が美由希を少し睨み、美由希は困ったように引き攣った笑みを浮かべる。

「あ、あれは、言葉のあやというか……」

「言葉のあやですか」

美由希の言葉に、可南子はじっと美由希を見詰める。
いや、最早、睨むと言っても良いだろう。
それでも何とか、美由希は平静を装ってみせる。
変に緊迫した空気が流れる中、可南子は遂に諦めたように息を吐き出す。
その様子を見て、一同も知らずに入っていた肩の力を抜く。
と、そこへ、花寺の生徒たちを送り終えた祐巳が帰ってくる。
まるで見計らったかのようなそのタイミングに、祥子たちは思わず一斉に祐巳の方を見て、次いで苦笑を浮かべる。
そんな皆の様子に首を傾げつつ、ふいに可南子と目が合う。
可南子は、これをチャンスと見たのか、らしくない笑みを浮かべる。
それとは逆に、その可南子の意図に気付いた祥子たちが、明らかにしまったと言う顔になる。

「あのー、可南子ちゃん。どうして、そんなに勝ち誇ったような顔をしてるのかな〜?」

「いいえ、そんな事はりませんよ、祐巳さま。
 私はただ、祐巳さまの為にも真実を知りたいだけなんですから」

ふふふと怪しげに笑いながら、祐巳へと近づく可南子。
その迫力に気圧され、後退るが、すぐに後ろの扉へとぶつかり、その動きが止まる。

「祐巳さま、そんなに怖がらないでください。
 別に、とって食ようとしている訳ではないんですから」

怖がる祐巳の肩に手を置き、可南子は自分の隣の席へと座らせる。
二人が席に着いたのを見て、祥子たちは諦めたように天を仰ぐもの、額を押さえる者と、反応はそれぞれまちまちだが、
一様に諦めたような顔つきになる。
そんな祥子たちを不思議そうに見遣る祐巳に、可南子がこれ以上はないと言わんばかりの極上な笑みを浮かべる。

「さて、それじゃ話してもらいましょうか、祐巳さま」

「えっと、話すって何を?」

本当に不思議そうに尋ねる祐巳に、可南子が答える。

「恭也さんと美由希さまの正体と言いますか、その本当の目的をですよ」

にっこりと最後に笑みを見せ、そう尋ねてくる可南子に、祐巳は心底驚いた顔をして声を上げる。

「ど、どどど、どうしてそれを!?」

「やっぱり、視察なんかじゃなかったんですね」

「あっ!」

やっぱりという顔の可南子に、しまったと言う顔を見せる祐巳。
そして、やっぱり一秒と持たなかったか、という顔をする山百合の面々。
片や、既に諦めて開き直ったかのような恭也と美由希。
それぞれの反応を示しつつ、薔薇の館は暫しの沈黙に包まれるのだった。
結局、前回の件と合わせ、簡単な説明をする事となる。

「一年程前にも同じような事が起こったんですよ」

「ただ、あの時は祐巳たちは関係なく、狙われていたのは私だったんだけれど。
 その時は、うちの父たちが進めていたプロジェクトを阻止するのが目的だったみたいね。
 それで、祖父の元へと脅迫状が届いたのよ。
 内容は陳腐なもので、プロジェクトを中止しないと私の身の安全が保証できないといったようなものだったみたいね。
 それで、祖父が手を尽くして、その道のプロの方、それもかなり腕の立つ方を探したのよ。
 そして、それが恭也さんだった訳。
 始めは、内緒で護衛をしていてくれたみたいだったのだけれど、まあ、それが私たちの知るところとなったという訳」

「何故、恭也さんだったんですか。その、こう言っては失礼ですが、とてもそうは見えません」

失礼と断わりつつも、可南子はきっぱりと告げる。
それに苦笑をしつつ、恭也が答える。

「それは、俺が護衛の仕事をたまにしていたからですよ。
 元々、俺に仕事を持ってくる人が警察の協力者で、捜査の手伝いのような事をしている方なんです。
 その方と俺が知り合いで、知り合ってからは護衛の仕事をよく受けては俺に回してたんですよ。
 そして、その方が警察の上層部の方とも知り合いだったため、その上層部と知り合いである祥子の祖父に話がいったんですよ。
 だから、祥子の祖父も、最初から俺を見て雇ったという訳ではないんですよ」

「という事は、恭也さんは実はかなり高齢の方なんですか」

可南子が恐る恐る尋ねた言葉に、祥子たちが揃って笑い出す。

「俺は今、大学二年ですよ。で、こっちの美由希が本当は高三で、祥子たちと同い年です」」

「そうなんですか。でも、まだ学生なのに、そんな仕事を」

「まあ、美由希は今回は手伝いという形ですから。
 俺は小さい頃から父と一緒にあちこちを周っていましたし、実際に父の仕事場に一緒に行った事もありますから。
 多少の事は分かってましたし、最初の方は知り合いの方と一緒に仕事をしてましたから」

「兎に角、そういった訳で、私たちと恭也さんは知り合ったのよ。
 それで、今度の脅迫事件が起こったという訳」

「それで、恭也さんに連絡をされたという事ですか」

「ええ。前回同様、視察という事にしてね」

祥子の言葉に、可南子は納得したように頷く。

「大体の事は分かりました。それじゃあ、もう大丈夫なんですよね。
 祐巳さまが狙われるという事は」

「そうですね。さっきの二人が素直に吐いてくれれば。
 まあ、それでも黒幕がちゃんと捕まるまでは、油断できませんが」

それでも、幾分か安心したように胸を撫で下ろす可南子に、祥子が言う。

「可南子ちゃん、分かっているとは思うけれど、この事は」

「はい、分かっています。誰にも言いません」

可南子の言葉を聞き、とりあえず問題はないと安堵の息を零す。

「すっかり話し込んでしまったわね。そろそろ帰りましょう」

祥子の言葉に誰も異論などなく、程なくして帰り支度を終える。
二階から一階へと向う階段の途中で、可南子が足を滑らせ、転がり落ちそうになる。
それをたまたま横にいた恭也が腕を取って支え、何とか滑り落ちずに済む。

「大丈夫ですか」

「ええ、ありがとうございます」

素直に礼を言う可南子に、祐巳が驚いたような声を上げる。

「可南子ちゃん、どうしたの!?」

「あの、祐巳さま。どうしたの、とは」

「いや、だって、可南子ちゃんの事だから、大丈夫に決まってますとか言うかと」

「出来る限り普通に接するように、と仰ったのは祐巳さまではありませんか」

「そうなんだけれど、まだ慣れていないみたいだったし。それに、何か急に態度が変わったような気もするし……」

「流石の私も、命の恩人に対してまで、そんな酷い事はしませんよ」

幾分か憮然とした感じで告げる可南子に、祐巳が首を傾げる。

「命の恩人?」

襲撃者が二人いて、それを撃退したとしか聞いていなかった祐巳たちは揃って恭也を見上げる。

「簡単に言えば、襲ってきた奴の一人が可南子さんの前にいたという話ですよ」

可南子の父親に関する事は言わず、恭也はそれだけを口にする。
それに納得したのか、祥子たちもそれ以上は問いただして来なかった。
そんな恭也の気遣いに、可南子がそっと小さくありがとうと言葉にする。
それに微笑みを返しながら、まだ掴んでいた手を離す。
一同が薔薇の館を出て校門へと向って歩いている間、恭也はずっと考え事をしていた。
祥子たちが揃ってマリア像の前で祈るのを眺めつつ、恭也は先程掴んだ可南子の腕が細かく震えていたのに気付いていた。
やはり、まだフェドートに襲われた恐怖が抜けきっていないのだろう。
まあ、仕方がないといえば、仕方がない事だが。
そんな事を思いつつ、全員が目を開けて歩き出したのを見て、恭也が可南子へと話し掛ける。

「可南子さんは今、一人暮らしなんですか」

「え、ええ、そうですけど、それが何か」

恭也の意図が分からず、尋ね返してくる可南子を一先ず置いて、恭也は祥子へと話し掛ける。

「祥子、念のために可南子さんも同じ所に居てもらった方が良い」

「……確かに、そうね。多分、大丈夫だとは思うけれど、万が一という事もあるし」

「ああ。犯人は可南子さんの事を知っているみたいだったしな」

「そうなの!?」

その言葉に驚く一同に、恭也は頷く。
それを受け、祐巳が口を開く。

「あ、じゃあ、瞳子ちゃんや花寺の人たちも……」

「いや、それは大丈夫ですよ。可南子さんのことしか知らない様子でしたから」

「あ、そうなんだ」

既にここに居ない者たちへの安否を心配した祐巳だったが、その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
こうして話は決まり、可南子も小笠原家へと滞在する事になる。
しかし、この内容を理解できていなかった可南子が、当然のように疑問をぶつける。

「あの、一体、どういう事なんでしょうか」

「ああ、言ってませんでしたね。護衛の都合上、ここにいる皆さんには、祥子の家に滞在してもらっているんですよ。
 それで、万が一の事も考えて、可南子さんにも来てもらおうと思いまして」

「で、でも、狙われているのは、祐巳さまたちじゃ……」

「ええ、そうです。ですが、先程の襲撃者の件もありますから」

そう言われ、またも恐怖を思い出したのか、自らの腕を強く抱き締めるように握る。
そんな可南子を安心させるように、恭也がそっと肩に手を置く。

「大丈夫ですよ。そういった事がないように、祥子の家へと来てもらうんですから」

「えっと……。そ、それじゃあ、お邪魔します」

可南子はそう言って祥子へと頭を下げる。

「ええ、どうぞ自分の家だと思って、ゆっくりと寛いでね」

「そうと決まったら、早速、可南子ちゃんの荷物を取りに行かないとね」

「行くって、私の住んでいる所にですか、祐巳さま」

「そうだよ。だって、色々と持ってくるものあるでしょう」

「え、ええ」

「じゃあ、決まりだね」

笑顔でそう言った祐巳の言葉に、可南子はただ頷くしか出来なかった。





  ◇ ◇ ◇





あの後、可南子の荷物を取りに行き、ようやく小笠原邸へと戻ってきた一向は、各自与えられた部屋へと戻り着替えを済ませる。
祥子は可南子に家の案内をすると、一つの部屋を可南子へと宛がう。
可南子が着替え終わる事、その扉が小さくノックされ、る。
可南子が扉を少しだけ開けてみると、そこには着替えた恭也が立っていた。

「ちょっと良いですか」

「あ、はい、どうぞ」

可南子はそう言うと、半歩ばかり体をずらし、恭也を部屋へと招き入れる。

「それで、どういったご用件でしょうか」

「いや、大した事ではないんですが……」

恭也はそう言って、可南子をじっと見詰められる。
じっと見詰められ、熱くなる頬を誤魔化すように、可南子はぶっきらぼうに言う。

「よ、用がないのでしたら、失礼しても宜しいでしょうか。
 皆さんがリビングで待っていますので」

「ええ、そうですね」

そんな可南子の様子に苦笑しつつ、恭也は頷く。

「あまり無理はしなくても良いですから。何かあれば、俺か美由希に言って下さい。
 あんな連中に襲われて、そう簡単に平静でいられないでしょうから」

図星だったのか、可南子は一瞬だけ体を硬直させるが、すぐに普段通りに振舞う。

「もう大丈夫ですから。私の父もそういった仕事をしていたので、こういった事にも慣れてますから」

明らかに嘘と分かる言葉だったが、恭也は何も言わなかった。
代わりに、

「そうですか。でしたら、失礼しました。
 まあ、ここに居る限り、絶対とは言えませんが、出来る限り安全は保障しますから」

「……ありがとうございます」

殆ど蚊の泣くような小さな声だったが、それでも恭也には届いたらしく、恭也も軽く答える。
そんな落ち着いた恭也の雰囲気に、可南子は遂尋ねてしまう。

「恭也さんは、怖くないんですか」

可南子の言葉に、恭也は少し考え、それからゆっくりと答える。

「そうですね。怖くないと言えば嘘になりますかね。
 まあ、人よりも少し、その辺の感覚は麻痺しているのかも知れませんが、怖いと思う時もありますよ。
 でも、それ以上に守りたいと思うんですよ。そしたら、恐怖なんか忘れてますね。
 いや、本当は心の奥底では感じているのかもしれないけれど、無理に押し込めているのかも。
 ただ、恐怖を感じている暇がないのは確かですから。
 そんな暇があれば、少しでも敵の行動を予測し、可能な限り、事前のうちに潰そうと考えますから」

一旦、言葉を区切ると、まるで噛み締めるようにその言葉を聞いている可南子を見て、更に続ける。

「俺たちがやっている事は、どんなに取り繕ってみても、如何に相手を早く倒すかですから。
 その傷付ける力で、誰かを守ろうと努力してるんです。
 俺たちが怖がっていたら、守れるものも守れませんからね」

最後にそう言った恭也に、可南子が尋ねる。

「それで例え自分の命を失う事になってもですか」

恭也に問い掛けながら、それでいて、それはまるで違う人物へと問い掛けているようだった。
その違う人物というのが誰なのか、それは恭也にもすぐに分かった。
しかし、恭也はその人物ではないので、彼女の望む答えを出せるかどうかも分からない。
だから、ただ自分の思った事を口にする。

「そうです。ただ、初めから自分の命と引き換えにしようとは思ってませんよ。
 それで、その守られた子が責任を感じては意味がないですし、待っている人たちもいますから。
 ただ、それでもどうしようもない場合、その覚悟はしてるつもりです。
 尤も、いざそういう事になったら、本当に自分の命を投げ出すかは分かりませんけどね」

そう言って笑う恭也の顔を見ながら、可南子は納得したように頷く。
ただ、最後の言葉だけは納得していなかったが。
少しの間とはいえ、祐巳に言われてから普通に接しようとしてきた可南子には、
目の前の人物が、本当にそういう事態になったら、躊躇わないと分かったから。

「でも、どうして、そこまでするんですか」

困らせる為ではなく、単に本当に気になったから尋ねた可南子に、恭也は苦笑しつつ、それでも答える。

「簡単に言えば、そういった父の背中をずっと見てきたからですかね。
 だから、特に疑問もなく、同じような道に進むと考えてましたし。
 父がその関係で亡くなった時も、それでも、やっぱり、止めようとは思わなかったですね。
 あの大きな背中に追いつきたい、追い越したいと、ずっと思ってましたから。
 笑顔を浮かべたまま、何でもない事のように色んな人を守る父さんのようになりたいって」

そう言って照れたように頬を掻くと、

「後は、ただの自己満足ですね」

そう呟き、不意に真顔になったかと思うと、その目にも力が篭る。

「相手の事情も何も関係ない、ただ俺が守りたいと思った人たちを守る」

強い意志を秘めた言葉に、可南子は瞬きも忘れて恭也の顔を注視する。
と、その視線に気付いたのか、更に照れたような顔つきになると、

「そういった俺の我侭ですよ」

と、冗談っぽく言って締め括った。

「それよりも、そろそろ皆さんも揃ってる頃でしょうから、俺たちも行きましょう」

そう言って背を向けた恭也の服の裾を、可南子がぎゅっと掴む。

「ごめんなさい。少しだけ、少しだけこうさせてください」

そう呟く可南子に、恭也は何も言わずに足を止めて、背後で震える可南子に気付かない振りをし続けていた。
その震えが、亡き可南子の父に関するものなのか、それとも、襲撃の恐怖からのものなのか。
それは恭也には分からないが、ただ、少しでも早く日常に戻れる事を祈るばかりだった。





  ◇ ◇ ◇





その夜、夕食を終えた恭也の元に、南川からの連絡が入った。
リビングを出て、誰もいない所で話し始める。
背後に気配を感じたが、それが美由希のものだと分かると、構わずに話し始める。

「毒ですか」

恭也の呟いた言葉に、美由希は驚きつつ、その電話へと集中する。
微かに洩れ聞こえてくる声から、大体の事情を察した美由希は、
電話を終えてもまだ、耳に受話器を付けたままの恭也の背中を見詰める。
やがて、ゆっくりと手を下ろした恭也に、そっと話し掛ける。

「大体の事は分かったと思うが、あの二人が死んだ」

「うん。何か許せないよね。あんな人たちだったけど、仲間だと思ってた人に殺されるなんて、考えてもいなかっただろうし」

「ああ。同情は出来ないが、それでも、な」

「……この事、祥子さんには」

「ああ、言った方が良いだろうな。可南子さんの問題もあるし」

「だよね」

二人は少し重い足取りでリビングへと戻る。
その恭也の背中に美由希が声を掛ける

「今度の相手は、この前以上なのかな」

「さあな。それは分からん。ただ、その可能性も大いにある」

恭也は足を止めると、美由希へと向き直る。

「不安か、美由希」

「うん」

「大丈夫だ。油断は駄目だが、もう少し自信を持て。
 お前は確実に、あの時よりも成長してるんだから」

恭也のたったそれだけの言葉に、美由希は少し安堵したのか、顔つきが少し変わる。

「私たちがしっかりしないとね。信じてくれてる祥子さんたちを守るためにも。
 そして、それが私の剣を振るう理由だから」

美由希の言葉に、恭也は一つ頷くと、口を開く。

「ああ、そうだな」

「うん、もう大丈夫だよ。御神は守る為の剣だもの。
 人に誇れるような技ではないけれど、これで大事な人たちを守れるんだから。
 その為にも、これぐらいの事で、不安がってたら駄目だよね」

美由希の言葉に、恭也はかつて美由希に言った言葉を口にする。

「人に誇る必要も、人から褒められる事もない。
 それが御神の剣。
 常に闇にその身を置き、光の下に身を置く人々を守る。
 進む道が屍山血河であろうと、止まる訳にはいかない。
 それが、俺たち御神の剣を振るう者だから」

その言葉を恭也から聞き、それ以降、事ある毎に己に言い聞かせていた美由希は、静かに、だが力強く頷くのだった。





つづく




<あとがき>

はぁ〜。とりあえず、一区切り。
さて、次回はいよいよ間近に迫った文化祭。
美姫 「いきなり日常に戻るのね」
おう! 多分! 予定! 希望!
美姫 「……さーて、どうやって突っ込んで欲しいのかしら?」
じょ、冗談だよ。
まあ、日常に戻る予定ではあるが、それが一話全部がそうかというと分からないって事で。
美姫 「なる程ね。で、どうなるの?」
いや、だから分からないって。
美姫 「ふ〜ん。つまり、行き当たりばったりって訳ね」
そうとも言うような、言わないような。
と、とりあえず、また次回で!
美姫 「ごきげんよう」





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