『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第27話 「チケットは今……」






今日も今日とて、学園祭に向けての劇の稽古が行われているここ、薔薇の館。
今も可南子と恭也が台詞を言いながら立ち回っている。
祥子は腕を組みつつ、じっと二人の演技を見詰める。
特に、前回に比べ、格段と良くなった可南子の演技に、祥子は満足そうな笑みを見せる。

「素晴らしいわ、可南子ちゃん。ほとんど完璧じゃない。
 ちゃんと感情も入っているし」

「そ、そうですか」

祥子の言葉に、可南子は照れたのか、少し俯きつつそう返す。
そんな可南子を眺めつつ、祥子は一つ手を叩いて全員の注意を自分へと向けるさせると、発破を掛けるように口を開く。

「それじゃあ、次のシーンの練習に移るわよ。時間がないのだから、皆、頑張って頂戴」

それに応えつつ、次のシーンの練習へと入る。
恭也、可南子と入れ替わり、今度は美由希と祐巳が前へと出る。
芝居をする二人を何となく眺めつつ、恭也は昨夜のことを思い返すのだった。





  ◇ ◇ ◇





南川から連絡を受けた恭也は、その内容を祥子たちへと話す。
それを聞いた祥子たちは、一様に沈んだ顔になる。
重苦しい沈黙が続く中、ゆっくりと祥子がその沈黙を破る。

「つまり、黒幕が誰なのか分からなくなったという事ですね」

「ああ、そういう事だ。すまん」

「別に恭也さんが謝られることではありませんよ」

恭也の言葉に、志摩子がそう言って柔らかい笑みを浮かべて見せる。
他の面々も、その通りだと頷いてみせる。

「そうそう。恭也さんは、ちゃんと私たちを守ってくれてるんだから。
 そんなに気にしなくても良いわよ」

「由乃の言う通りですよ」

「つまる所、今までと同じ状況という事なんですから。
 良くも悪くもなってませんし。いいえ、相手の数が減った分、少しとはいえ、良くなったと思いますし」

令に続き、乃梨子もそう言って微笑んでみせる。
それに頷きつつ、今後の対策を考える事にする。
しかし、結局は今まで通りという事となった。
一番良いのは、外に出歩かない事なのだが、学園祭が近づいた今、山百合会のメンバーが揃って不在という訳にもいかない。
かといって、他の者たちに事情を説明できるはずもなく、結局は現状維持という訳である。
そんな事を話している中、祐巳は先程からずっと俯いたままだった。
それに気付いた祥子が、そっと祐巳へと声を掛ける。

「祐巳、どうかしたの」

「いえ、別に何でもありません」

そう言って微笑んで見せるが、それは誰が見ても嘘だと分かるようなものだった。
祥子はため息を一つ吐くと、祐巳を真っ直ぐに見詰める。

「嘘を仰い。貴女のその顔の、どこが何もない顔なのよ。
 嘘を吐くのなら、その百面相を治してからにしなさい」

「うぅー。別にこれは病気ではないですし、治せるものなら、私も治したいですよ」

そう呟く祐巳だったが、その顔はどこかいつもよりも元気がないように感じられ、
祥子が心配そうに「本当にどうしたの」と再度、尋ねる。
それに観念したのか、祐巳はゆっくりと肩の力を抜くと、

「ただ、幾ら襲ってきた人たちとは言っても、仲間の手で、というのが可哀相だな、って思っただけです」

「そう」

祥子はそれっきり口を噤むと、そっと祐巳の手を取る。
その手の温かさに、祐巳は心を落ち着かせる。
そんな祐巳を見詰めながら、時折、祥子を羨ましそうに眺める可南子に、美由希が声を掛ける。

「そういう訳だから、可南子ちゃん。
 どれぐらいの期間になるか分からないけれど、当分はここで生活してね。
 後、一人では絶対に出歩かない事。
 学園内は大丈夫だと思うけれど、私か恭ちゃんからはあまり離れないようにしてね。
 少し窮屈かもしれないけれど、お願いね」

「はい、分かりました。こちらこそ、お願いします」

軽く頭を下げる可南子に、美由希は力強く頷いて見せる。
会話が落ち着いたのを見計らい、今度は恭也が美由希へと声を掛ける。

「所で、美由希」

「何、恭ちゃん」

「学園祭のチケット、もう届いただろうか」

「うん、今日中に届いてると思うよ」

「そうか」

(まあ、リスティさんと美沙斗さんには聞きたいことや頼みたい事があるから、来てくれる分には構わないんだが……)

勿論、桃子たちとはあまり接触はしないつもりだが、それでも自分の芝居を見られると考えると、恭也は気が重くなる。
そんな恭也の心中を察するものの、掛ける言葉もなく美由希はただ苦笑を浮かべるだけだった。





  ◇ ◇ ◇





時間を少し遡り、海鳴では美由希の予想通り、チケットがそれぞれの元へと届けられていた。
高町家では、昼休憩に戻って来ていた桃子が真っ先にそれを発見し、
次いで、学校から帰ってきた学生組みがテーブルの上に置かれていたそれに気付く。

「師匠が劇を演るなんて、今後ないかもしれないからな」

「せやな。こんな機会、みすみす逃す訳にはいきませんな〜」

珍しく二人は笑みを見せ合うと、ゆっくりと頷く。
その後ろから、なのはがそれを目にする。

「あ、お姉ちゃん、送ってくれたんだ」

「あ、なのちゃん、お帰り〜」

「お帰り、なのちゃん」

「うん、ただいま」

二人に挨拶を返しつつ、なのはは目の前のチケットを一枚手に取る。

「良かった。お兄ちゃんが嫌がって、送ってくれないかと思ってたから」

「「あ、あははは」」

妙に説得力のある言葉に、晶とレンはただ笑うだけだった。



月村邸では、帰宅した忍を迎えに出たノエルが、手に封筒を持って現われる。

「忍お嬢さま、恭也様からこちらが届いています」

「ありがとう、ノエル」

ノエルから封筒を受け取り、封を開けながら忍は部屋へと向う。
その背を見送り、ノエルは主人の為のお茶を淹れる為にキッチンへと向う。
紅茶にお茶菓子を用意したノエルは、忍の部屋までそれを運ぶ。
軽く部屋をノックし、曖昧な返事が返ってくると、「失礼します」と短く言ってから部屋へと入る。
忍はクッションに腰を降ろしつつ、ノエルに一枚のチケットらしきものを差し出す。

「これは?」

突然、出し出されたそれに疑問を口に出すノエルに、忍が笑みを浮かべて答える。

「これはね、学園祭のチケット。そっちがノエルの分で、こっちが私の分みたいね」

「学園祭、ですか? 忍お嬢様の分のチケットまであるという事は、忍お嬢様の大学ではありませんよね。
 ですが、風芽丘の学園祭は九月に終ったと思うのですが」

「うんうん、あれは面白かったね」

忍は二ヶ月ほど前の出来事を思い出し、少し笑みを深める。
そんな忍に、ノエルは益々怪訝な顔つきになる。

「でしたら、これは……?」

「それは、東京にある女子校の学園祭のチケットよ。
 巷では、中々手に入らないプレミアチケットとして有名らしいわよ」

「それを何故、忍お嬢様が」

「ふっふっふ。実は、これを送ってきたのが恭也って訳。
 まあ、正確には美由希ちゃんなんだけどね。
 ほら、半年以上前、今年の二月頃に、恭也が仕事で東京に行ったの覚えてる?」

忍の問い掛けに、ノエルは「はい」と頷く。

「その護衛対象のお嬢様が通っている学園って訳よ。
 で、またそこに仕事で行ってるらしいんだけど、そこの学園祭の劇に成行き上、出ることになったらしいよ。
 これは、その学園祭のチケットって訳。勿論、ノエルも行くでしょう」

忍の言葉に、しかしノエルは思案顔になって俯く。
やがて、顔を上げたノエルが尋ねる。

「ですが、私たちがお邪魔しては、恭也様のお仕事の邪魔にならないでしょうか」

「あー、それもそうか。でも、本当に駄目だったら、そう言うと思うんだよね。
 それを言ってこないで、こうしてチケットを送ってきたって事は、別に良いって事じゃないのかな。
 まあ、出来るだけ仕事の邪魔はしないようにするし。
 だから、ノエルも行こうよ」

それでもまだ渋るノエルに、忍はがっくりと肩を落として見せる。

「そっか、ノエルは行かないのか。じゃあ、私一人だけで行こうっと。
 多分、なのはちゃんたちも行くだろうから、一緒に行こうっと。
 折角、恭也が劇をするなんて珍しい…、ううん、今後、あり得ないような事なのになー」

「……分かりました。私もご一緒させて頂きます」

ノエルがそう答えた瞬間、忍は顔を上げる。

「うんうん。そう言うと思ったわよ。なんだかんだ言っても、ノエルも恭也に会いたいもんね」

「し、忍お嬢さま、あまりからかわないでください」

珍しく狼狽えるノエルを、忍は楽しそうに眺めるのだった。



さざなみ寮では帰宅した那美の目の前にリスティが現われ、何も言わずにいきなり封筒を投げて寄越す。
それを慌てて受け取りながら、文句を言おうと口を開きかける那美だったが、
続くリスティの言葉に声を無くして、口をパクパクさせる。

「恭也からのラブレターだぞ」

壊れたロボットのように、ずっと立ったまま口だけを動かす那美に、リスティは呆れたように声を掛ける。

「那美、いい加減、中を見たらどうだ」

「で、でも……」

言いつつ、那美は封筒の封を開けようとして、既に開けられている事に気付くと、リスティを見る。

「リスティさん、勝手に開けましたね」

「うん、開けたよ」

悪びれもせずに言い放つリスティに、珍しくきつい眼差しで見る。

「おお〜、こわ、こわっ」

そんな那美の視線を流しつつ、リスティは軽く肩を竦めて見せた後、指を立ててその封筒を指差す。

「よーく、見てみな、那美。その宛て先には、神咲那美様の他にも、僕の名前があるだろう」

「あれ、本当だ。な、何で」

言われて確認した那美は、混乱したように宛て先とリスティを見比べ、やがて大きな声を上げる。

「ああー! か、からかいましたね、リスティさん!」

「……ちょっと反応が遅すぎるよ、那美」

呆れたように肩を竦めつつ、リスティは封筒の中身を見るように促がす。
那美は促がされ、入っていた一枚の手紙とチケットを取り出す。
手紙の内容は、美由希の字で、仕事先の学園祭のチケットを送る事や、恭也と美由希が劇に出ることなどが簡単に書かれていた。
そして最後に、恭也の字で、自分たちとの接触を出来る限り避けるように書かれてあった。

「まあ、そういう事だ。あいつ等も仕事で行ってるんであって、遊びじゃないんだ。
 ただ、まあ桃子さんたちに送る上で、義理堅く私たちにもこうしてチケットを送ってきたって訳。
 行くなとは言わないけれど、そこに書いてあるように、接触は出来る限り避ける事。
 良いかい、下手に接触すると、恭也たちの仕事の邪魔になるって事を忘れるんじゃないよ」

リスティの言葉に、那美は頷きつつも、頭の中では何の劇で、二人が何の役をするのかで一杯だった。
そんな分かりやすい那美の様子に苦笑を浮かべつつ、リスティはそっとポケットに仕舞いこんだ手紙を握る。
その手紙は同じ封筒の中に入ってあったものだが、その表面にリスティへと書かれていて、
内容は、今回の事件の今までの経緯と、学園祭の時に会う手筈についてだった。

(今回は、かなり厄介そうだね、恭也)

胸中の思いを顔には出さず、傍に居る那美を横目で伺う。
同時に、那美よりも先に封筒を開けることが出来て良かったと胸を撫で下ろしつつ、
未だに想像で一人にやけている那美を置いて、リスティは部屋へと戻るのだった。



一方、こちらは客足が減り、少し暇となった喫茶翠屋の奥。
客も入ってこない場所では、一番偉いはずの店長が、従業員の一人に頭を下げていた。

「お願い、松っちゃん」

「何を考えてるんですか。店長にして、この店のメイン調理人が日曜日に留守にするなんて」

「いや、正確には、土曜の夕方からなんだけど」

「余計に悪いじゃないですか」

「だ、だって、あの恭也が劇に出るなんて、この先あるかどうか。
 ううん、絶対にないに決まってるのよ。こんな楽し…、じゃなかった、晴れ舞台を母親の私が見ないでどうするのよ」

必死になって言ってくる桃子に、松尾も少し心が揺らぐが、心を鬼にして首を振る。

「店はどうするんですか」

「日持ちするものに関しては、前日に全て用意しておくから。お願い〜」

「…美由希ちゃんの文化祭の時も同じような事を言ってた記憶があるんですが」

「いや〜ん、気のせいよ、気のせい。松ちゃん、桃子さんの一生のお願い!」

「桃子さんの一生は何度あるんですか!」

一度大声を出した後、松尾はゆっくりと息を吐き出す。

「分かりました。その間は私とバイトの子達だけで何とかしますから」

「本当!?」

「ええ。その代わり、後で話を聞かせてくださいね」

「勿論よ。松っちゃん、感謝してるわ」

「はいはい。それよりも、仕事に戻りましょう」

「それもそうね」

楽しそうに鼻歌を歌いつつ、仕事に戻る桃子を眺めながら、仕方がないかと松尾は呟くのだった。





つづく




<あとがき>

日常に戻ってきました。
美姫 「他のキャラたちも登場ね」
おう。まあ、実際に学園祭で恭也たちと会うかどうかは分からないがな。
美姫 「まあ、恭也たちは仕事中だもんね」
うんうん、そういう事だよ。
美沙斗よとリスティとは会う予定だけどね。
美姫 「さて、次回はどんな話になるのかしらね」
ふっふっふ。次回はいよいよ学園祭!
美姫 「本当に!?」
……前日の話。
美姫 「前日なの?」
ひょっとしたら、2、3日前かもしれないが、兎も角、学園祭前日の予定だ。
美姫 「へ〜、で、どんなお話なの」
それは、次回までのお楽しみに〜。
美姫 「それじゃあ、さっさと書いてよ」
わ、分かってるから、首を締めるな!
美姫 「あ、ごめん、つい」
ついって、お前な……。
美姫 「まあまあ。過ぎた事を何時までも言わないの」
そんな簡単に流していい事でもないような。
美姫 「はいはい。良いから、良いから。それじゃあ、また次回でね〜。ごきげんよう」
……うぅ〜、仕方がない。
また次回で。ではでは〜。





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