『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第29話 「恭也と一年生たちと」






爆弾を見つけた恭也は、南川たちに後の処理を任せて薔薇の館へと戻る。
薔薇の館には、恭也を除く全員が既に揃っていて、稽古が始まっていた。
恭也が出て来ないシーンの練習をしていたのか、今は美由希と祐巳が動いている。
それを眺めつつ、恭也は邪魔にならないようにそっと扉を閉めると、そのまま近くの壁に背を預けて二人の芝居を見詰める。
既に前日という事もあり、二人は淀みなく台詞を言っている。
何となしに眺めつつも、恭也の頭の中は先程の件で一杯だった。
今回の敵の目的が、あまりにも不明確過ぎるのだ。
それなのに、簡単に先の二人を捨て駒として使ったり、誰にも気付かれずに学園内に忍び込んで爆弾を仕掛けたりと、
やる事はかなり大掛かりな事をしている。
そもそも、祥子たちに危害を加えるのが目的ならば、爆弾を仕掛けた事を秘密にしておけば良いのだし、
仮に、それを自らの手で行いから、爆弾を使用しなかったと言うのなら、
先の爆弾は祥子たちの身柄と交換する上で、良い交換条件にもなったはずだ。
それらを考えてみても、敵の考えが全く読めない。
その事に、多少の不安を感じつつも、自分に出来ることをするしかないかと気持ちを切り替える。
そんな恭也の横に、いつの間にか可南子が近づいて来ており、小さな声で話し掛ける。

「あの、先程の……」

「ああ、あれなら、表にいる処理班の人に渡して来ましたから、もう大丈夫ですよ」

「そうですか」

恭也の言葉に、可南子はほっと胸を撫で下ろす。
可南子はその場を立ち去らず、まだ何処かぎこちなくではあるが、恭也へと話し掛ける。
恭也も、その程度の事は気にならず、可南子と他愛もない話をする。
どれぐらいそうしていたのか、そんな二人の元へと瞳子がやって来る。

「随分と親しくなられたみたいですわね」

開口一番、皮肉を言う瞳子に対し、可南子は澄ました顔で答える。

「険悪になるよりも、よっぽど良いでしょう」

「ふーん。それは、祐巳さまに言われたからかしら」

「別に、祐巳さまは関係ないわ」

無言で睨み合う二人の間で、恭也はどうしたもんかと悩む。
と、数人がこちらに気付いて見ていたので、助けを求めようとするが、一斉に視線を逸らされる。
その間も、二人は小さな火花を散らす。
そんな二人の様子に今、気付いた乃梨子は、仕方が無さそうに肩を竦めると可南子へと話し掛ける。

「もうすぐ、可南子さんの出番だよ」

「そうですね。それじゃあ、私は出番ですので」

恭也にそう言うと、瞳子を完全に無視してその場を離れる。
その背中を親の敵でも見るように睨みつけつつ、小さくアッカンベーとする瞳子に、乃梨子はあきれたような視線を投げる。
そんな乃梨子の視線に気付き、瞳子は何よと不満そうに言う。
私に当たらないで欲しいな、と思いつつも、乃梨子は首を小さく振る。

「どうして、瞳子はそうして可南子さんに、すぐに突っかかるかな」

「別に、そんな事をしているつもりはありませんわ」

「そうは見えないんだけど。第一、喧嘩になるのが分かっているのなら、話し掛けなければ良いのに」

「別に喧嘩をしようと思って話し掛けている訳ではないんです。
 ただ、あの人と話していると、つい喧嘩腰になってしまうんです」

「ふーん。って事は、瞳子は仲良くしたいと思ってるんだ」

乃梨子の台詞に、瞳子は眉を跳ね上げると、少しオーバーに手を横へと払う。

「まさか。そんな事、あるはずないでしょう。
 第一、あの人といったら……」

そこから、瞳子は可南子に対する不満を口にし始める。
最初こそちゃんと聞いて相槌を打っていた乃梨子だったが、遂にはやれやれと言わんばかりに肩を竦め、話の殆どを聞き流す。
すると、瞳子は聞いてますのと乃梨子にきつめの視線を向けてくるが、それにおざなりに聞いてますよと答えると、
それに満足したのか、瞳子は更に続けようとする。
そこへ、ずっと瞳子と乃梨子に挟まれる形で立っていた恭也が口を差し込む。

「瞳子さん、とりあえず落ち着いて」

「あ、はい。すいません、私とした事が、つい興奮してしまいまして」

恭也の言葉に我に返った瞳子は頭を下げるが、それを気にしていないと告げた後、

「お二人は仲が良いんですね」

その二人というのが、乃梨子との事を指しているのではなく、可南子との事だと分かり、瞳子は嫌そうな顔で首を何度も横へと振る。

「とんでもないですわ。私が、誰と仲が良いと言うんですか。
 勘違いも甚だしいですわ」

「そうですか? しかし、言いたいことを言い合えているみたいでしたから」

恭也の言葉に、乃梨子もうんうんと頷く。

「確かに、可南子さんの事になると、瞳子は我を忘れる時があるもんね。
 つまり、それぐらい素の瞳子が出ているって事だし」

「それではまるで、素の私はいつも怒っているみたいではないですか」

「そう言う意味じゃないんだけどね」

瞳子の言葉に苦笑いを見せつつ、乃梨子はそう答えるが、肝心の瞳子は聞いておらず、今度は恭也へと食って掛かっていた。

「一体、どこをどう見たら、私をあの女が仲が良いなどと仰られるんですか」

「いや、うちの妹分二人が、似たような事をいつもしているので、てっきりお二人もそうかと…。
 その、お二人の雰囲気が何処か、その二人と似ていたような気がしたので」

「それは、恭也さまの勘違いというものですわ」

二人に背を向けつつ、腕を組んでしきりに頷く瞳子を見遣りつつ、
恭也と乃梨子は顔を見合わせてお互いに肩を竦めるような仕草をしようとして、
瞳子が急に振り返ったものだから、途中でその動きが止まる。
一方、振り返った瞳子は何かを言おうとするが、急に動きを止めたような二人に不審な目を向ける。

「お二人して、何をなさっていたのですか」

「別に、何でもないよ瞳子」

「ええ、何でもないですよ瞳子さん」

揃って似たような事を言う二人に、瞳子は更に不審そうな目を向けるが、それよりも言おうとした事が先決とばかりに口を開く。

「大体ですね、私とあの人とでは根本的な所で相性が合わないんですよ、きっと。
 本能部分で、天敵に違いないんです」

話している間にヒートアップした瞳子は、身振り手振りまで交えて力説する。
その眼中には二人の姿はなく、ここにはいない誰かに話し掛けているようでもある。
瞳子は少し上を向くと、何処か遠くを見るような目で芝居がかった動作をしながら続ける。

「私が月なら、差し詰めあの人はスッポンです。
 もう生まれる前からの天敵、いえ、前世、その前と天敵だったに違いないんです!」

そんな瞳子から少しだけ距離を開けつつ、恭也と乃梨子は小声で言葉を交わす。

「月とすっぽんは意味が違うと思うのですが。
 この場合、コブラとマングースとかじゃないでしょうか」

「俺もそうだと思いますよ。それにしても、前世とはまたスケールの大きな話に発展しましたね」

「ああ、あれぐらいはいつもの事ですよ」

「あの芝居じみた動きもですか」

「まあ、瞳子は女優ですから。尤も、いつもはもう少し押さえ気味だと思いますけど」

二人してこそこそと話していたのを聞きつけたのか、いや、二人が自分を注視していないと分かったのだろう、
瞳子は二人へとキッと視線を飛ばすと、よく通る声で告げる。

「お二人とも聞いてますの!」

瞳子の剣幕に圧されつつ、恭也と乃梨子は揃って頷く。

「勿論、聞いてますよ」

「うんうん、聞いてたよ」

「嘘仰い! 二人して、先程から、お二人でこそこそとお話をしてらっしゃったようですけれど」

「そ、そんな事はないですよ」

「そうそう。と、瞳子の言う通りだなー、って恭也さんと言ってただけだよ」

胡散臭げに二人を睥睨した後、瞳子は大仰に一つ頷く。

「乃梨子さんにも、やっと分かりましたのね、私の言う事が」

偉そうに頷く瞳子の後ろに、可南子が戻って来て告げる。

「何を訳の分からない事を言ってるの」

「いきなり、何ですの貴女は!」

「五月蝿いわよ。それよりも、あなたの出番よ。さっさと行ったら」

そう言って、可南子は芝居をしている個所を指差す。
そこでは、今も通し稽古が行われており、可南子の言う通り、もうすぐ瞳子の出番だった。

「わ、分かってますわよ!」

「どうだか」

その言葉を売り言葉と受け取った瞳子は、更に言い募ろうと可南子へと近づく。
一方の可南子も、負けじとと上から瞳子を見下ろす。

「大体、何ですの上から人を見下すように」

「あーら、ごめんなさい。でも、見下しているんじゃなくて、単に身長差で上から見下ろす形になっているだけよ」

「本当にうどの大木なんですから」

「それはごめんなさいね。でも、貴女のバネよりは、ましかと思うけれど」

「バ、バネですって!」

可南子の言葉に、瞳子の目付きがきつくなる。

「髪の事を仰るのなら、貴女の方こそ、その長い髪はどうなのよ」

「別に私のはただ長いだけだもの。貴女みたいな、そんな変な髪形じゃないわよ」

お互いに加熱していく中、恭也は二人を止めようと壁から背を離すが、それよりも先に乃梨子が動く。

「ほら、二人ともその辺にしたらどう。
 瞳子は、もうすぐ出番でしょう。ほら、瞳子が行かないと、稽古が中断しちゃうわよ。
 可南子さんも、少し落ち着いて」

二人を仲裁しながら、乃梨子は何故自分がこんな事を、と思いつつ周りを見る。
皆、芝居の方に集中している為か、こちらには気付いていない、いや、気付かない振りをしている者が数名。
そちらへと一度だけ視線を投げつつ、乃梨子は二人の間へと入る。
乃梨子に言われ、二人は渋々と離れるが、すれ違いざまにお互いに一瞬だけ目を合わせ、すぐにそっぽを向く。
そんな様子を呆れたように眺めていた乃梨子に、恭也がお見事と言わんばかりに小さく手を叩いて見せる。
それに軽く答えつつ、乃梨子は今しがた出番の終った志摩子の元へと向う。
何となしにその姿を目で追う恭也の横に、再び可南子が戻ってくる。

「お騒がせしました」

いきなりそう言う可南子に、しかし、恭也は首を振って短く答える。。

「いえ…」

瞳子に対して言った事と同じ事を言いそうになり、恭也は続く言葉を飲み込む。

(ここで、また二人の仲が良いなんて言ったら…)

黙った恭也を不審に思う事もなく、可南子はすこしもじもじしながら恭也へと話し掛ける。

「あ、あの、恭也さんもやっぱり、背の高い女性は変だと思いますか」

どうも、かなり気にしているらしい様子の可南子に、恭也は首を振って答える。

「そんな事はないですよ」

「本当に?」

「ええ」

恭也がしっかりと頷くのを見て、可南子はほっとした様子を見せる。

「あ、今の質問に別に変な意味合いとかはないですからね。
 ただ……、そ、そう、祐巳さまにも背が高いと言われた事があってですね。
 そ、それで……」

少し慌てたように言う可南子に、変な意味合いが分からず、恭也は首を傾げる。
そんな恭也を見て、可南子はつい堪えきれずに微笑を浮かべる。
恭也の方は、何故笑われたのが分からず、またしても首を傾げ、それを見た可南子がまたも笑みを浮かべる。
可南子が笑みを見せつつも、何か言いたそうにしているのに気付き、恭也は先程の会話からそれを予測して口を開く。

「髪も長くてとても綺麗ですよ」

恭也の台詞を聞き、可南子は少し赤くなりつつ俯き加減になって、小さく礼を言う。
その様子を見て、自分の答えが間違っていたのかと不安になるが、
可南子が別段、気を悪くした様子もなかったので、胸を撫で下ろす。
練習風景を眺めていると、瞳子の出番も終わり、今度は他の者が台詞を言い始める。
それを見て、

「それじゃあ、そろそろ俺の出番みたいなので」

「あ、はい」

そろそろ自分の出番に差し掛かっていたので、可南子との会話を止めて、そちらへと進む。
恭也が傍まで近寄ってくると、腕を組んで全員の芝居を見ていた祥子が恭也へと視線を向ける。
その顔に笑みを浮かべながら、小さな声で話し掛ける。

「随分と、可南子ちゃんと仲良くなったみたいね」

「まあ、普通に話してくれるようにはなったかな。
 でも、時折、まだぎこちないみたいだけどな」

「まあ、それ自体は別に悪い事ではないんだけどね。
 それにしても、急な態度の変わり様だったわね。
 前から努力はしているみたいだったけれど。あの襲撃騒ぎから急に変わったものね」

「一応、俺は命の恩人らしいからな。
 可南子さんも命の恩人に対しては、そう突っ慳貪な態度は取れないと言ってたからな」

「まあ、別に良いんだけれどね」

何処か含みのある言い方をする祥子に、恭也が何か尋ねようとするよりも先に、祥子が続ける。

「それよりも、ほら、恭也さんの出番よ」

祥子に促がされ、恭也は芝居を始める。
これが終ったら、祥子に尋ねようと思いつつ、終る頃にはすっかり忘れているのだった。

ラストシーンまでの通し稽古が終ると、令が大きく一つ手を叩く。

「はい、お疲れ様。後は本番だけだけれど、祥子、どう?」

「ええ、問題ないわ。後は、恭也さんと美由希さんの対決シーンだけね」

「それはぶっつけ本番だから、つまり、練習はこれでお終いで良いって事よね」

確認する令に、祥子は頷く。
途端、全員からほっと力が抜ける雰囲気が伝わってくる。
そんな全員を見渡し、祥子が全員へと声を掛ける。

「皆さん、本当にお疲れ様でした。
 でも、まだ本番が終ったわけではありませんので、まだ気を抜かないで下さいね。
 この調子で、明日の本番も頑張りましょう」

祥子の言葉に、全員がしっかりと頷き、明日の本番へと向け、身を引き締めるのだった。





つづく




<あとがき>

ふふふ、まだ前日〜。
美姫 「今回は、一年生トリオと恭也ね」
おう。
よし、これで次回こそは本当に学園祭の…。
美姫 「やっと学園祭当日なのね」
前日の夜だったりしてな。
美姫 「あ、アンタね〜、まだ引っ張る気!」
じょ、冗談だ、多分。
美姫 「多分って何よ、多分って」
ま、待て待て待て。落ち着け〜。
美姫 「私はいたって冷静よ」
ほ、本当かよ。と、とりあえず、今のところは学園祭当日の予定だから。
美姫 「ったく、もう」
と、とりあえず、また次回で〜。
美姫 「では、ごきげんよう」





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