『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第30話 「学園祭の朝」






よく晴れ渡った日曜日。
普段は厳かな雰囲気を漂わせるリリアン女学園の門も、今日ばかりは少し違っていた。
遠くの校舎からはざわめきが聞こえ、何処となく空気全体がざわついている。
空気だけではなく、門の様子も少しいつもと違っており、長い机が二つに数脚のパイプ椅子が並べられていた。
そう、今日はリリアン女学園の学園祭当日である。



各教室で行われる朝のHRの間も、教室中がどことなく浮ついた感じに包まれており、
教師も呆れながらも簡単な注意だけをすると、早々HRを切り上げる。
と同時に、生徒たちは席を立つと、すぐさま準備を始める。
九時から入場が始まるので、それまでに全ての準備を終えないといけないのだ。
残り三十分もない時間を争うように、生徒たちは忙しなく動き出す。
と言っても、昨日の時点で殆どの準備は済んでいるので、今からやるのは本当に簡単な準備とチェック程度だったが。
それはここ、二年松組にしても同じ事で、、祐巳たちはHRが終るや、すぐさま教室を出る。
祐巳たちのクラスは二年藤組と一緒に縁日の屋台をする事になっており、場所も校舎の中ではなく、中庭となっていた。
昨日のうちに、屋台なども出来上がっており、後は各自が持っていけるような小物を運ぶだけだった。
祐巳たちが廊下へと出ると、丁度、藤組の生徒たちもHRが終ったらしく、ぞろぞろと廊下へと出てきていた。
その中から、一際目立つ人物を見つけると、祐巳と由乃はそちらへと向う。

「志摩子さんたちも今からだよね。良かったら、一緒に行こう」

祐巳の言葉に、志摩子と美由希は揃って応じると、四人揃って廊下を歩いて行く。

「そう言えば、乃梨子ちゃんたちは何をするの」

中庭へと向いながら、由乃が何となしに尋ねてみる。

「甘味処よ」

「喫茶店とは、また違うんだよね」

祐巳の呟きに、志摩子はええと頷いて簡単に説明をする。

「お団子とかあんみつを扱うみたいよ。
 そう言えば、コーヒーや紅茶、軽食は令さまの所がされるんじゃなかったかしら」


「うん、そうみたい。令ちゃん、楽しそうにクッキー作ってたし。
 味見したけど、美味しかったよ」

「そう言えば、昨日、キッチンで何かしてたね」

「そうなのよ。足りなくなったら、家庭科室を借りて作る予定らしいけれど、ある程度は準備していくんだって」

「令さまの手作りクッキーか」

令のお菓子の腕を知っている祐巳は、その味を想像して頬を緩ませる。
それを苦笑しつつ見遣りながら、由乃は肩を竦める。

「まあ、私としては、普通の喫茶店になって良かったって所かな」

「どういう事?」

「始めは、令ちゃんが体育祭の時の衣装で接客するつもりだったらしいのよ」

「体育祭の時の衣装って……、あの?」

「そうよ。あのカナリアよ」

「あら、それは楽しそうね」

「楽しそうじゃないわよ、志摩子さん。あんな姉の姿を見る妹の立場も分かって〜!」

そう言って泣きつく真似をする由乃だったが、祐巳はそんなに酷かったかなと首を捻る。
そんな事を口に出せば、だったら、祥子さまがあんな姿したらどう思う、とか言われそうなので黙っているが。
それにしても、由乃さん、今日は朝からテンションが高いなー、とか考えていると、
どうやらテンションが高いのは由乃さんだけでないらしい。
周りをよくよく見渡せば、流石に由乃さんほどではないにしても、皆どこか浮かれている感じが見られる。
かく言う祐巳も、どこか浮かれているのを感じ、苦笑とも取れる曖昧な笑みを浮かべる。
と、そこへお馴染みのシャッター音にフラッシュが光る。
言わずとも分かる登場の仕方に、祐巳たちは一斉にそちらへと振り向くと、そこにはやはりと言うか、
カメラを構えた蔦子が片手を振っていた。

「とりあえず、今日の一発目という事で。白薔薇に抱き付く黄薔薇の蕾と、それを見て苦笑している紅薔薇の蕾の絵、しっかりと」

「やっぱり、今日もカメラは離さないんだね」

「それはそうよ、、祐巳さん。
 寧ろ、今日カメラを手放す方が、可笑しいでしょう」

「それもそうかも…」

「まあ、今日はたくさんシャッターチャンスがあると思うけどね。
 やっぱり、最初に祐巳さんを撮らないとね」

「変な所ばかり撮られている私としては、あまり喜べないんですけど……」

「別に変な所じゃないでしょう。とても良いシーンばかりよ」

「そりゃあ、蔦子さんは撮られる方じゃないから」

「あははは。ぼやかない、ぼやかない。っと、真美さんが呼んでるみたいだから、また後でね」

ブツブツと言っている祐巳に軽く手を振ると、蔦子は真美の所へと向う。
その背中を諦めたように見詰めつつ、下駄箱まで来た四人は靴に履き替える。
一旦、外へと出て、校舎を回る形で中庭へと向う。

「そう言えば、恭ちゃんと祥子さんのクラスって何をするのか知ってます?」

「私は知らないわね。由乃さんに祐巳さんはどう?」

「そう言えば、私も聞いてなかったな。ここはやっぱり、妹である祐巳さんに聞くのが一番よね。
 ……って、もしかして」

祐巳の方を見た由乃だったが、祐巳の困ったような悩んでいるような顔を見て、一つの結論に達する。
それを立証するかのように、祐巳は一つ頷くと、俯いたまま言う。

「私も聞いてない」

「あ、あははは。げ、劇の稽古とかで色々と忙しかったんだから、仕方ないですよ。
 ほら、私も恭ちゃんに聞きそびれてたわけだし」

「あ、別に落ち込んでいる訳じゃないですよ」

「あ、そうなんですか」

「そうですよ」

「そうそう。こんな事で落ち込んでたら、祥子さまの妹なんて出来ないわよね」

「わ、私はそこまで言ってないよ」

「あははは、冗談よ、冗談。もう、祐巳さんったらそんなに慌てて」

楽しそうに笑う由乃に軽く唇を尖らせて抗議しつつ、祐巳たちは中庭へと辿り着く。
この中庭一体をロープで仕切り、入り口らしき所には縁日村と書かれた看板が立てかけられていた。
その中は、その名の通り、縁日の屋台に並んでいそうな店が数件あり、お客さんたちは自分たちの好きな店を訪れるという訳である。
中では、祐巳たちよりも先に着いていた生徒たちが既に準備を始めており、祐巳たちも慌ててのその手伝いに入る。



同じ頃、三年松組では、他のクラスの生徒たちと同じようにHRが終るなり準備に取り掛かる。
そんな中、恭也はただ一人、思案顔でじっと座っていた。

「恭也さん、難しい顔をして、どうかしたの」

「いや、別に何でもない。ただ、これから母たちが来るのかと思うと、頭が……」

「ふふふ。一度会ったことがあるけれど、素敵なお母さまだったじゃない」

何を思い出したのか、楽しそうに笑う祥子を、恭也は一度見た後、軽く頭を数度振って、己を鼓舞してから立ち上がる。

「最早、こんな所で悩んでいても仕方がない。さっさと準備するか」

「そうよ。今更、チケットを返すようになんて言えないでしょうしね。
 特に、なのはちゃんが悲しむものね」

「む、確かに、なのはが悲しむかもしれないが、何故、なのはだけを強調する」

「別に意味はないわよ。ただ、恭也さんはなのはちゃんにはとても甘いからよ」

「そんな事はない」

恭也の言葉に、祥子は可笑しそうに笑うと、そういう事にしておくわと言って、肩に掛かっていた髪を後ろへと流す。
そのからかいを多分に含んだ言葉に、恭也は少し憮然としつつ、祥子の頭を乱暴に撫で付ける。

「きゃっ」

突然の事に小さく悲鳴を上げる祥子に構わず、恭也は髪をかき乱すように乱暴に撫でた後、その手をやっと離す。
恭也の手が離れた瞬間、祥子は急ぎ手で髪を梳く。

「もう、何をするんですか」

拗ねたように見上げてくる祥子から顔を背け、聞こえない振りをしながら準備の手伝いをする恭也。

「都合の悪い時に、聞こえない振りをするのは止めて下さい」

「分かったから、背中を抓るのは止めてくれないか」

「本当に反省してますか」

「ああ、してるから」

「そうですね、では許してあげます。その代わり、罰として何かご馳走して貰おうかしら」

「それぐらいなら、別に構わないさ。だから、さっさと準備を始めよう」

「そうね。さっさとしないと、もうすぐ入場が始まってしまわ」

恭也と祥子は、さっさと準備を始めようと動き出す。
それを見て、今までのやり取りを珍しそうに茫然と眺めていた他のクラスメイトたちも一斉に動きだす。



一年椿組も、既に準備に入っており、机を並べてテーブルクロスを引いたり、
一階の教室を確保しており、外にも椅子を並べて、外でも食べれるようにするための準備を行っている。
カトリックの中にあって、そこだけが純和風の佇まいを作り上げていく。

「可南子さん、そんな所で大きな図体を持て余しているのなら、中から長椅子を持って来てくださらないですか」

「あら、ごめんなさいね。でも、小さいと私が手に持っているコレが目に入らないのかしら。
 私は今、この机を運んでいる所なんですけれど。
 それに、長椅子を一人で運ぶなんて、とてもではないですけど、無理ですわ。
 尤も、どこかの誰かさんみたいに、元気だけはあり待っている人なら可能なのかもしれませんけど。
 ただ、その人を基準に考えられてるんでしたら、止めて頂きたいですわね」

「どこかの誰かさんっていうのは、もしかして私の事かしら?」

「あら、そんな事は一言も言ってないわよ。それとも、自覚でもおありで?」

「わざとらしい。明らかに私の事を言っているじゃありませんか」

「それこそ、自意識過剰というものですよ」

教室の入り口で始まった口論に、クラスメイトたちはまたかと頭を抱える。
いつもなら、放っておくのだが、今は場合が場合である。
入場時間まで刻一刻と迫っている今、教室に二つある出入り口の一つを潰しているため、出入りするには二人のいる所しかなく、
こんな事をしている場合ではないのだ。
困った実行委員の一人は、仕方なさそうに肩を竦めると、近くにいた乃梨子の肩に手を置く。

「乃梨子さん、あの二人をお願い」

「私が?」

ちょっと嫌そうに顔を顰める乃梨子だったが、教室にいた生徒全員が縋るような目で見ているのを見て、
仕方がなさそうに二人へと近づく。
乃梨子が近づいたのにも気付かないほど、白熱している二人を眺めつつ、
この二人を仲裁する私の身にもなって欲しいもんだと胸のうちでしみじみと思う。
いつの間にか、二人の仲裁が私の役になっているような……。
もしかしたら、これから先もずっとこんな役をしていかないといけなかったりして…。
嫌な予感を感じつつも、乃梨子は頭を振ると、二人の間に割って入る。
途端、クラス中から小さなどよめきと、期待に満ちた視線が注がれる。
それに悪態をつきそうになるのを堪え、乃梨子は瞳子たちに声を掛ける。

「二人とも、いい加減にしてよね。喧嘩するのは勝手だけれど、時と場所を考えてよ。
 昨日のうちに、殆どの準備は済ませたといっても、うちのクラスは外も使うから、外の準備はまだ終ってないんだからね。
 外以外にも、色々とやる事があって、時間は幾らあったって問題ないんだから。
 分かったら、さっさと準備に戻る」

乃梨子に言われ、瞳子と可南子は同時に顔を背け合うとそれぞれの作業へと戻る。
そんな二人に向って、乃梨子がついでとばかりに話をする。

「それが終ったら、二人で協力して長椅子を出しておいてね。
 私も、こっちの作業が終ったら手伝うから。分かっているとは思うけれど、くれぐれも喧嘩しないでよ」

乃梨子は言うだけ言うと、さっさと作業へと戻る。
そんな乃梨子を見遣り、二人は仕方が無さそうに頷く。
それらのやり取りを意味もなくぼうっと見ていたクラスメイトたちに、乃梨子は声を掛ける。

「ほら、皆もぼやぼやとしないで」

その声に、皆はぞろぞろと動き始めるのだった。



三年菊組では、令を中心に昨夜のうちに作っておいたクッキーやケーキが一箇所へと集められる。
それらを眺めつつ、令が呟く。

「とりあえず、これだけあれば大丈夫だと思うけれど」

「家庭科室の鍵、借りてきたわよ」

そこへ、生徒の一人が教室へと戻ってくる。

「ええ、ありがとう。これで、無くなっても材料がある限りは補充が出来るわね」

令の言葉に全員が頷くと、実行委員の一人が声を出す。

「それじゃあ、お店の方の準備をする人と家庭科室の方で準備をする人に分かれて、早速、取り掛かりましょう」

その声を皮切りに、それぞれが作業に取り掛かる。
こちらは、比較的問題なくスムーズに進んでいた。





つづく




<あとがき>

いよいよ始まった学園祭〜。
美姫 「この後、どうなるのか」
とりあえず、祭りの雰囲気を出したいな。
出せるかな。
美姫 「まあ、無理ね」
グスグス。分かっているけれど、そうはっきり言うなよ。
虚しくなるだろう。
美姫 「はいはい。馬鹿は良いから、さっさと次を書いてよ」
分かってるよ。
それじゃあ、また次回で〜。
美姫 「ごきげんよう」





ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ