『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』
第32話 「対面の学園祭」
中庭へと着いた恭也たちは、祥子の元へとやって来ていた。
嫌に目立つ集団に、祥子たちもすぐに気付き、桃子たちに軽く会釈する。
そんな祥子たちに桃子は軽く手を振り返しつつ、傍まで行く。
「祐巳さん、こんにちは」
「こんにちは、なのはちゃん」
早速、再会を喜ぶ二人に触発されるように、桃子たちも再会の挨拶を交わす。
流石に、この場所だと他の方の迷惑になるだろうという事で、少し屋台から離れた場所へと移る。
祐巳と由乃も、少しの間だけ代わりを頼むと、恭也たちと一緒に移動する。
そこで改めて、初対面の者たちを紹介していく。
「初めまして。水野蓉子と申します」
「こちらこそ。私は月村忍です」
どことなくぎこちなさを残したまま、お互いの紹介が済むと、一瞬の沈黙が辺りを包み込む。
「それで、かーさんたちはこれからどうするんだ」
そんな空気をものともせず、いや、全く気付かず、恭也が桃子へと話し掛ける。
それに内心ほっとしつつ、桃子は思案顔なる。
「うーん、どうしようか。全く考えてなかったわね。
とりあえず、あんたと美由希の所を周る予定だったし」
「そうか。なら、暫らくはここで良いんだな」
「そうね。ここなら、色んなものがあるし」
桃子の言葉を聞くやいなや、皆バラバラに行動を始める。
「さっきからソースのいい匂いがしてたんだよな。それじゃあ早速、焼きソバでも」
「うちはたこ焼きや」
そう言いながら、晶とレンは真っ先に屋台へと向って行く。
喧嘩しない二人に、ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべるなのはの手を取って、祐巳と由乃が自分たちの屋台へと連れて行く。
「じゃあ、なのはちゃんに私から良いものを上げるね」
「ありがとうございます」
「あー、なのはちゃん、可愛い。こんな子がいたら、すぐに妹にするのに」
「由乃さん、落ち着いて……」
由乃の言葉に苦笑する祐巳に、
「それじゃあ、美由希。案内してくれるかい」
「うん、母さん」
親子で屋台を見て周る美由希。
「桃子さん、僕らは僕らで見て回る事にしよう」
「そうね。何か面白いものでもあるかしら」
「うーん、縁日の屋台だからね。僕は一回、型抜きというのをやってみたいんだけど、あるかな?」
「どうでしょうね。一通り、見てみましょうか」
そんな会話をしつつ離れて行く友人たちを見送り、恭也はさて自分はどうしようかと考えようとするが、
未だ、何処にも行っていない者たちがいることに気付く。
「で、忍たちは行かないのか」
「うーん、恭也は今、暇なんでしょう」
「いや、暇というか。まあ、店番はしていないが」
「だったら、恭也、案内して」
忍の言葉に、それは名案とばかりに蓉子も手を打つ。
「そうね。私も恭也に案内して欲しいわね」
「しかし…」
恭也という部分を少しだけ強調して言う蓉子を鋭く一瞥しつつ、忍は恭也の肩にしな垂れかかるようにしながら言う。
「内縁の妻である忍ちゃんを放っておくって言うの」
その言葉に、空気が一瞬だけ固まったような気がしたが、すぐに気のせいかと思い直しつつ、恭也は否定の言葉を口にする。
「忍、変な事を言うんじゃない」
「え〜、ケチ〜」
「いや、ケチとかそういう問題ではないだろう」
「良いじゃない、案内ぐらいしてくれても」
「案内と言われても、俺だってここに何があるのか知らないだぞ」
「だったら、一緒に周ろう」
これ以上言っても無駄だと悟ったのか、恭也は諦めたように頷く。
「そう言えば、志摩子と美由希は店番じゃなかったのか」
「あ、そう言えば。残念ですけど、私は店番に戻りますね」
志摩子は残念そうにそう言うと、屋台へと戻る。
その背中に、聖が声を掛ける。
「志摩子の店番が終わるまで、ここら辺を見て周ってるから、安心して店番してなさい」
聖の言葉に頷きつつ、志摩子は店番に戻るのだった。
それを見送った後、恭也たちも屋台を見るために移動を始める。
集団で歩く中、ノエルが恭也の背後にそっと回ると、恭也にしか聞こえない声で囁く。
「本当に宜しかったんですか。その、お仕事の方は……」
「ああ。まあ、色々あって、今日一日は安全らしい。
まあ、そうは言っても、用心はしているがな」
「そうですか。恭也さまがそれで良いと仰られるのでしたら、私からは何も言う事はありません」
「ああ。ありがとうな、ノエル」
「いえ」
こそこそと話していた恭也に面白くなさそうな目を向ける者が数人いたが、口にだしては何も言わない。
そこへ、美由希と一緒に何処かへと行ったはずの美沙斗が戻ってくる。
「どうかしたんですか、美沙斗さん」
「いや、美由希が暫らく店番だったという事を忘れていたらしくてね」
あの馬鹿はと言いたそうな表情を浮かべる恭也に、美沙斗は苦笑しつつ続ける。
「それで、桃子さんたちと一緒しようと思ってね」
「そうでしたか。かーさんたちなら、あっちの方へと行きましたよ」
「ああ、ありがとう」
美沙斗は一つ礼を言うと、そちらへと向う。
それから幾つかの屋台を周るうちに、次第に打ち解けたのか、色んな会話が交わされる。
しかし、専ら話題に上がるのは恭也の事で、お互いに知っている恭也の行動を教え合っているようだった。
それを聞かされる恭也としては、正直、この場を今すぐにでも離れたい所だったが、そういう訳にもいかず、
多少の恥ずかしい思いをしつつも、何とか堪え続ける。
「それじゃあ、恭也さんは授業中、殆ど眠ってられるんですか」
「そうみたいですよ。私も学年が違うので詳しくは知りませんけど、同じクラスの忍さんや赤星さんから聞く限りでは」
那美から話を聞いていた乃梨子は、今現在、同じクラスになっている祥子へと視線を向ける。
その意味を理解し、祥子は首を軽く振って答える。
「私が知っている限りでは、一度も居眠りはしていなかったわよ」
その答えに一番驚いたのは、他ならぬ恭也と常に机を並べていた忍だった。
「嘘! そんなのありえないわ」
「いや、待て。流石の俺も、お前が驚くのだけは納得がいかん」
「あ、あはははは〜」
「忍お嬢さま……。以前、さくらさ……」
笑って誤魔化す忍に、ノエルは知らず呆れたような呟きを零す。
さくらに注意された事を持ち出される前に、忍は思いついたよう声を上げ、少し迷ってその視線を一年生たちに向ける。
「あー! え〜っと……。そうそう、よく初対面でこの無愛想な男を怖がらなかったわね」
「お前、よりにもよって、話を逸らすのにそんなそんな逸らしかたをするか」
呆れる恭也を見遣りつつ、乃梨子たちも何と言って良いのか分からずにただ苦笑いで誤魔化す。
「そう言えば、誰かさんは最初から恭也さまの事を敵視してらしたようですけどね」
横目で可南子を見遣り、わざとらしい笑みを浮かべる瞳子に、しかし、可南子は静かに頷く。
「そうですね。最初は女子校に男性がいるという事で、かなり酷い態度を取ったかもしれませんね。
でも、今は多少とはいえ、恭也さんの人柄が分かりましたから」
その答えに、むっ、と面白く無さそうに眉根を寄せて可南子を睨む瞳子。
そんな瞳子を、殊更上から見下ろすようにしながら、可南子がふっと余裕の笑みを見せる。
まさに一色触発という事態に、何処かのんびりとした声が届く。
「あれ〜、可南子ちゃん、いつから恭也さまじゃなくて、恭也さんになったの?」
にやにやと笑いながら、聖が可南子の後ろに来ていた。
聖に言われ、可南子は慌てたようにオロオロし、顔を俯かせる。
他のものは、聖に言われて初めてそれに気付いたようで、そう言えばといった顔をしていた。
その中には恭也自身も含まれており、それをこっそりと見つつ、可南子は頬を少しだけ赤くして更に俯く。
ただ、忍たちは何の事か分からず、ただ不思議そうにしていたが。
流石に可哀相に思ったのか、蓉子が聖を嗜める。
「ほら、聖。そんなに虐めないの」
「え〜、別にいじめてる訳じゃないんだけどな。
単に、疑問に思っただけで」
そう言いながらも、これ以上の追求を止める聖。
他の者たちも、特に気にした風もなく、また普通に話しに戻る。
そんな中、可南子一人が、未だに俯いたままだった。
「えっと、可南子さん」
恭也の呼びかけに、一瞬だけ肩をびくりと震わせ、恐る恐るといった感じで顔を上げ、恭也の顔を見るが、
まともに見れないのか、視線があちこちへと彷徨う。
「そ、その、別に意識していた訳ではなくて。
わ、私も言われて気付いたと言いますか。いえ、言われる前にも気付いていたんですけど、その、何も仰られなかったから……」
「とりあえず落ち着いてください。別に怒ってなんかいませんし。
別に、どう呼んでもらっても構いませんから」
「あ、ありがとうございます」
消え入りそうな声で言う可南子を促がして、恭也も皆の後を追う。
そこでは、またしても恭也の話をしており、しかも、今回は中々失礼な事を言っているようだった。
「やっぱり、蓉子さんもそう思いますよね」
「ええ、そう思うわよ。幾ら何でも、恭也は鈍すぎるわ」
「いや、そんな事はない、と思うんだが……」
ないと言った時点で、瞳子以外の者に一斉に首を横に振られて否定され、言葉尻が小さくなっていく。
「それは、多少は鈍いかもしれんが、それでも、常に周囲に危険がないか注意を払っているつもりだが」
「恭也さん、そういった答えが出てくる辺りが鈍いと言ってるんですよ、お姉さまは」
「おーおー、祥子も言うわね」
「本当の事ですから」
聖の言葉に、祥子はきっぱりと告げる。
しかし、その意味が分かっていない恭也は、頷く皆とは違い、一人首を傾げている。
それを楽しそうに、しかし何処か苦笑のような諦めたようなものを浮かべて眺める一同に、恭也は益々首を傾げるのだった。
美由希たちの店番も終わり、恭也たちは揃って中庭の一角から外へと出る。
これから何処へ行くのかと言う事になり、真っ先に桃子が口を開く。
「次は恭也のクラスを見てみたいんだけど」
その桃子の言葉に、由乃がそう言えばを話し出す。
「私たち、パンフレットをまだ見てないんだけれど、祥子さまのクラスは何をしてるんですか」
由乃の言葉に祥子がすぐに答える。
「私たちのクラスは、フリーマーケットのようなものよ」
「フリーマーケット?」
祥子の口から出るとは思ってもいなかったような単語を聞き、祐巳が怪訝そうに尋ね返す。
そこへ、恭也が説明するように話し始める。
「色んな物や、後は、皆で作った小物を売ってるんですよ。
メインは、こっちの方なんですけどね。
ただ、一人ひとつは何かを持ってくる事になってたので、フリーマーケットと言ったんですよ」
恭也の説明に頷く祐巳だったが、それを眺めながら、恭也が苦笑しつつ続ける。
「まあ、本当にフリーマーケットのようになってますけど。
皆さん、色々と持って来てたみたいで」
「所で、恭也さんも何か作られたんですか」
志摩子の問い掛けに、しかし、恭也は首を振る。
「いや、俺は何も作ってない。というより、作り方も分からんしな」
「あははは。それはそうだよね。恭ちゃんが女性が身に着けるようなものを作ってたら、逆に怖いよ」
「た、確かに、それは笑えるわね。恭也が一人、部屋の中で黙々と作業しているような光景……。
くっくっく」
必死に笑いを堪える忍の目の端には、微かに涙が盛り上がっており、
それをそっと指で拭いつつ、片手はずっと口へと当てられている。
「忍、無理してないで、笑った方が良いんではないか」
「そ、そうかな。くっ、で、でも、何か悪いし……」
言いながらも、忍は笑いを堪えているのがはっきりと分かるような態度である。
そんな忍を呆れたように見詰めた後、
「俺自身も似合わんのは分かってる。それよりも、お前はどんな想像をしたんだ」
「あ、あはははは〜。もう駄目。いや、大した想像じゃないんだけどね。ぷっ……くっくくく。
た、ただ、出来上がった髪飾りとかを、じ、自分で……、試している、と、所とか、くくくく。あ、駄目。
言ってたら、また想像して、あ、あははははは。
し、しかも、薄暗い部屋の中で、し、深夜にひっそりと、つ、作っては、じ、自分で試している姿とかを、そ、想像したら…」
あまりにも酷い忍の想像に、恭也は顔を顰め、他のものも想像したのか、笑い出しそうになるのを堪えている。
とりあえず、恭也は手近にあった忍の頭を軽く叩くと、さっさと歩いて行く。
後ろで忍が何やら文句を言っているのが聞こえたような気もしたが、聞こえない振りをする。
「それで、恭也さんは何を出したんですか」
乃梨子の問い掛けに、恭也は何処か自信の色を浮かべて答える。
「盆栽ですよ。この間、祥子と一緒に買い物に行った時に、良いのがあったので」
絶句している忍たちを除き、恭也は一人うんうんと唸っている。
当然、それを知っている祥子は驚く事はしなかったが、ただ黙っている。
「豆盆栽という分類の、掌にも乗るぐらいの小さなものですが、中々良いものです」
皆が黙っているのを不審に思った恭也をフォローするかのように、祐巳が声を上げる。
「え、えっと、お姉さまも恭也さんも、この間の買い物ってそれだったんですね。
でも、わざわざ買いに行ったんですか」
「だって、一人一つは何かを持ってこないといけないって言われたんだから、仕方がないじゃない」
「ええ。ですから、この間、祥子と買い物に行ったんですよ」
「いえ、そうじゃなくてですね。フリーマーケットというのは、いらなくなったものを……。
はぁ〜、別に良いですけど」
説明を諦めた祐巳に、祥子は何か言いたそうしていたが、結局何も言わずに押し黙り、
逆に口を開いたのは乃梨子が先だった。
先程の恭也の盆栽発言に、一人驚かなかった乃梨子は、
「そういえば恭也さん。盆栽の事を教えて下さいと言ってたの覚えてますか」
「ええ、覚えてますよ。まだ残っているようでしたら、是非どうぞ」
「ええ、それぐらい小さいのなら、部屋に置いておけますし」
乃梨子が嬉しそうに笑みを見せるのを後ろから見ながら、祐巳は一人、
「乃梨子ちゃんの趣味がどんどん渋くなっていく」とか考えていた。
恭也たちのクラスへとやって来た桃子たちは、並べられた物を見て周る。
そんな中、ここでもなのはは人気者のようで、クラスメイトたちは可愛らしい小さなお客さんへと持っていたお菓子などを上げる。
「えっと、ありがとうございます」
「いいの、いいの。いやー、恭也さんの妹さん、可愛い」
「ねえねえ、恭也さん。持って帰ったら駄目?」
目を輝かせてはしゃぐ彼女たちに、恭也は苦笑いを浮かべる。
と、売り残っていた盆栽を見つけた乃梨子が、それを手にして会計しているのを見つけ、そちらへと向う。
「まだ売れてなかったんですね」
「ええ、そうみたいですね。お陰で、こうして無事に買えました。
これから、色々と勉強していきます。分からない事があったら、教えて下さいね」
本当に嬉しそうに言う乃梨子に、恭也もまた嬉しそうに頷く。
そんな二人を眺めながら、江利子が羨ましそうに言う。
「良いわね、聖の所は。あんなに面白い子が孫だなんて」
「んー、まあね。でも、面白いで言うなら、江利子の所も、蓉子の所もじゃない」
「確かに、面白い孫ばっかりよね。由乃ちゃんには、是非ともあの子に負けないような子を見つけてもらわないとね」
「私は可愛い子が良いな」
二人して好き勝手言う二人に、蓉子は頭を抱える。
「貴女たちね。二人の好みで、祐巳ちゃんや由乃ちゃんに妹を作らせる気」
「ちょっとした冗談じゃない」
「そうそう。ただ、私たちの希望を言っただけよ」
ちっとも変わらない二人に、苦笑にも似た笑みを浮かべつつ、それが嫌でない事に、自分も変わっていないと実感しつつ、
蓉子は二人の肩を軽く叩く。
「はいはい、私が悪者ですよ、どうせ」
「あははは、拗ねない、拗ねない」
「そうそう。蓉子あっての私たちだって、ちゃんと分かってるわよ」
「どうせ、その後に、これからもフォロー宜しくとか続けるつもりなんでしょう」
「あ、やっぱし分かった」
「どうして、ばれたのかしら?」
「貴女たちねー」
悪びれもせず、笑みさえ浮かべて言い切る親友に、呆れたように言いつつも、蓉子の顔にも笑みが浮んでいた。
粗方見て周った後、廊下へと再び集まると、今度は桃子たちもそれぞれ自分たちの行きたい所へ行く事になり、解散する事となる。
「それじゃあ、桃子さんはちょっとこれが気になるから」
「なのはちゃん、一緒に見て周ろうか」
「はい」
それぞれに行きたい場所へと向う面々を眺めつつ、恭也は一息吐く。
そこへ、自分のクラスへと戻ったはずの可南子が戻って来る。
「どうかしたのですか?」
「うちのクラスは甘味処をやっていて、良かったら来て下さい。
その、助けてもらったお礼をしたいので」
「いや、別にお礼を貰うほどのことでは…」
「良いんです! 私がしたいだけなんですから」
「分かりました。それでは、伺います」
「そうですか。では、お待ちしてますね」
嬉しそうに告げると、可南子は一人、来た道を戻ろうとする。
その背中へと恭也が声を掛け、
「これから行くので、一緒に行きましょう」
それを聞いた可南子は、少しだけ迷ったが、結局は頷き、肩を並べて歩く。
一年椿組へと着くと、可南子は恭也を外の席へと案内してすぐに奥へと向う。
少しして戻ってきた可南子は、エプロンを着け、手にはメニューらしきものを持っていた。
「こちらがメニューとなっております」
恭也は団子と抹茶を頼み、可南子がそれを奥へと伝えに行く。
その可南子と入れ違いになるように、可南子と同じクラスだろう、同じようなエプロンをした女の子がやって来る。
「恭也さま、ごきげんよう」
「は、はあ」
「この間は本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げた少女を見て、ようやく恭也は目の前の少女が誰だったのかを思い出す。
「ああ、あの時の」
「はい。先日は、重い荷物を運んで頂きまして」
「いや、別に大した事はしてないから」
「ですけど、あの時のお礼を」
「いや、本当に良いから」
恭也がそう言うと、その少女は少し残念そうな顔をしたものの、引き下がる。
と、その少女を呼ぶ声が聞こえ、少女は恭也に一礼すると中へと戻って行く。
それと入れ違いに、可南子が戻って来て、恭也の注文した品を置く。
さっきとは変わり、何処か不機嫌そうな顔をした可南子に不思議そうな表情になる恭也に向って、
「恭也さん、先程の子と何やら楽しそうに話していたみたいですけど」
「別に話というほどの話でもないんだが。単に、お礼を言われただけだ」
「お礼…? ああ、あの事ですか」
思い当たる節があった可南子は、それで納得する。
そんな可南子に、恭也が声を掛ける。
「所で、注文したのよりも多いんだが」
「お礼をすると言ったじゃないですか」
「そうか。なら、ありがたく頂くとしよう」
「ええ、どうぞ。それじゃあ、私はこれから店番ですので」
「ああ、頑張って」
中へと戻る可南子を送り出し、恭也は一人湯呑みを手にする。
それなりに混雑しているようで、忙しそうに歩き周る生徒たちの姿を見ながら、恭也は団子を一口、口へと放り込む。
その生徒の中に、よく見知った顔を見つける。
乃梨子の方も恭也に気付いたらしく、こちらへと向かって来る。
「乃梨子さんも、今から店番ですか」
「ええ、そうなんです。後、お姉さまをお連れして」
乃梨子の後ろにいた志摩子が、恭也の横を指差す。
「隣、良いですか」
「ええ、どうぞ」
恭也の隣へと腰を降ろした志摩子に、乃梨子は注文を聞くと、すぐに中へと戻る。
その背中を微笑ましそうに見遣りつつ、口を開く。
「いよいよ、後数時間後には本番ですね」
「ああ。流石にまだ緊張はしないがな」
「台詞もちゃんと覚えてますし、大丈夫ですよ」
「まあ、失敗しないように頑張るしかないんだが……。
はー、気が重い」
そんな事を言う恭也を、志摩子は笑みを浮かべたまま見詰める。
「頑張って下さいね」
「何を人事みたいに。その芝居には志摩子も出るんだぞ」
「そう言えば、そうでしたね」
今、思い出したと言わんばかりの口調に、恭也は知らず笑みを浮かべる。
そこへ、乃梨子が品を持ってくる。
「お待たせ、お姉さま。ちょっと忙しくなってきたので、これで。ごめんなさい」
謝りながら、急いで中へと向う乃梨子を見送り、志摩子はそっとお茶を飲む。
「志摩子は和菓子も好きなのか」
「ええ、好きですよ」
そう言うと、志摩子は優雅な手付きで和菓子を一口サイズに切ると、それを口へと運ぶ。
何となしにその一部始終を眺めていた恭也の視線に気付き、志摩子は少し照れ臭そうに頬を染める。
「そ、その、何か付いてますか」
「いや、すまない。ただ、あまりにも綺麗な動作だったんで、少し見惚れてた」
恭也の言葉に、更に照れつつ、志摩子は誤魔化すようにお茶を飲む。
同じく、恭也もお茶を手にして、それを口へと運ぶ。
暫らく無言が続くが、お互いに落ち着いたのか、また何事もなかったかのように会話を始める。
ポンポンと次から次へと言葉を投げ合うような感じではなく、ゆっくりとした感じで言葉を交わしあう二人の周囲は、
ゆったりとした空気が感じられる程で、何となく人目を惹いていた。
この後、乃梨子の店番が終るまで待つという志摩子と別れ、恭也は一人ぶらぶらと歩いて行く。
その後も、色々と周ったり、その行った先で知人とあったりしながら一通り見終わった恭也は、
店番の時間少し前に、三年松組へと戻って来ていた。
同じように戻ってきた祥子と一緒に、店番をしながら色々と話をしているうちに、店番の時間も過ぎ、
演劇部の劇が始まっているという事で、急いで向う祥子に付いて行く。
祥子たちが付く頃には、始まってから少しだけ経っていた。
後ろの空いている席に座り、最後まで見る。
幕が閉じた後も、盛大な拍手が鳴り響く中、恭也と祥子は立ち上がる。
前の方にいた蓉子たちがそんな二人に気付き、こちらへとやって来る。
次の番まで、約三十分ほどの休憩を挟むため、他に席を立つ者も何人かいた。
「次は貴女たちの番よね」
「ええ」
「楽しみにしてるわよ、祥子」
「はい。楽しんでいってください、お姉さま」
姉妹での会話に遠慮して少し離れていた恭也の元に、桃子たちがいつの間にかやって来ていた。
「恭也〜、楽しみにしてるわよ」
「しなくて良い」
「何よ、その言い方は」
「見るのなら、後ろの方で見てくれ」
「あ、それは無理よ、恭也」
恭也の言葉に、忍があっけらかんと告げる。
「だって、もう最前列の席、取ってるもん」
忍の言葉を示すように、最前列と二列目の、それも中央に忍たちの荷物が置かれていた。
頭を抱える恭也に対し、那美が期待に満ちた目で尋ねる。
「演目はナイツ・オブ・ナイトだそうですけど、恭也さんと美由希さんは何の役をするんですか」
「それは…」
「それは秘密ですよ、那美さん」
そう答えたのは、蓉子との話を終えていた祥子だった。
「どうせ、すぐに分かるんですから、もう少しだけ待ってて下さい。
その方が、楽しみも増えるでしょう」
「それもそうですね」
祥子の言葉に納得する那美の後ろから、美由希が緊張気味に現われる。
「恭ちゃん、あの席、とても舞台がよく見えるんだけど」
さっきまで、演劇部の劇をあそこで見ていた美由希がそう言うのに対し、恭也は分かっていると言いたげに手を上下させる。
「はぁー、よりによって、何であそこなんだ」
「それはそうよ。だって、恭也が劇に出るんだもの。
例え、主役じゃないとしても、一番良い所で見たいじゃない」
桃子の言葉に、恭也と美由希はただ苦笑しながらお互いを見る。
そんな二人に、祥子が声を掛ける。
「それよりも、早く準備に入りましょう」
祥子の言葉に、二人は慌てたように動き出す。
そんな三人の姿を見送りつつ、桃子たちは自分たちの席へと戻るのだった。
つづく
<あとがき>
学園祭午前の部〜。
他にも色々と書きたかったが…。
美姫 「まあ、その辺は時間があれば、番外という形でね」
だな。まあ、このままなしの可能性もでかい訳だが。
美姫 「とりあえず、次回はやっと劇ね」
だな。長かった。
美姫 「それじゃあ、さっさと仕上げましょうね」
おーい、いきなりか?
美姫 「当たり前じゃない。ほら、さっさとやる」
へいへい。
美姫 「それじゃあ、また次回でね」