『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第37話 「回り始める運命の歯車」






「弓華、ちょっと良いかい」

「あ、ちょっと待って下さい」

後ろから呼びかけられた弓華は、そう一声断わってから、手元の資料の残りをざっと見渡すと、そのファイルを閉じて振り返る。
そこに立つ人物を認め、少し驚きながらも笑みを浮かべる。

「おかえりなさい、美沙斗。随分と早かったですね。
 もう少し、ゆっくりしてくるかと思ってましたけど」

「私も、最初はそのつもりだったんだけどね。ちょっと、取り急ぎ調べたい事が出来てね。
 それで、海鳴に寄らずに、そのまま帰ってきたって訳さ」

「何かあったんですか」

「まあ、あった事はあったんだが、私にではなく、恭也と美由希にね」

「確か、二人は今、東京で護衛の仕事をしているんですよね」

「ああ。それで、弓華。その後、邃について何か分かったかい」

「まだ、何にも分かってませんよ。でも、急にどうしたんですか。
 まさか、邃と恭也たちに何か関係が?」

「ああ、実は…」

美沙斗は弓華に、恭也から聞いた話を伝える。
聞いて行くうちに険しくなった表情を更に引き締め、弓華は鋭い眼差しで告げる。

「もし、邃が日本にいるとしたら、それは一大事ですね。
 しかも、その話が本当なら、活動しなかった組織が遂に動いた事になります」

「ああ。何せ、相手の規模すら分かってないんだからね。
 もし、大掛かりな組織で、その全勢力が今回の一件で動いているとしたら……」

「幾ら恭也と美由希の二人だとしても…」

「…悪いんだけど、弓華」

「みなまで言わなくても分かってますよ。邃の動向を詳しく調べてみます」

「すまない。私は私で調べてみるから。本当に助かるよ」

「礼は別に良いですよ。テロ組織を潰すのが私たちの仕事です。
 それに、あの二人の事、私も好きですから」

そう言って微笑む弓華に、美沙斗も微笑して返すのだった。





  ◇ ◇ ◇





振り替え休日で休みだった昨日も特に何事もなく、恭也たちはいつもの時間よりも早くに学校へと向っていた。

「打ち上げ?」

「そうよ。と言っても、別に大した事をする訳ではないんだけれどね」

「単に、皆で集まって、学園祭お疲れさま〜、って乾杯するのよ」

いつもよりも早く出る理由を聞き返され、祥子と令が説明する。

「後は、ちょっとした会議のようなものかしらね」

昨日、聞かされた言葉を思い返しつつ、恭也は生徒会とは意外にも仕事があるんだなと考えていた。
朝早いためか、恭也たちが今、歩いている道には、他の生徒どころか、人影すら見えない。
いつもはもう少し騒がしい道が静かな事に、不思議な気持ちを抱きつつ、足を進めて行く。
知らず、全員の口数も減ってくるが、息苦しい沈黙ではなく、何となく落ち着く沈黙となっている。
どれぐらい歩いただろうか、前方の数人の集団がこちらへと歩いてくる。
人数は五人で、そのうちの四人はピシッとしたスーツを着ており、これから会社へと向かうのだろう。
朝早くからご苦労様といった感じでその四人を眺める。
一人は、二メートルを超える程の大男で、動きやすさを重視したと見られる服装をしている。
よく知る管理人よりも大きな人物に、美由希は少し驚いたようだったが、相手が日本人じゃないと分かると、納得する。
それでも、かなり大きい事にかわりはないのだが。
何より、美由希の知る大きな男性は、身体は大きいがその雰囲気や物腰からあまり威圧感というものを感じず、
どちらかと言うと、包容力を感じるのに対し、今目の前を歩いている大男は、どこか野性味を感じさせた。
じっと見るのも失礼かと思い、視線を戻して歩いて行く。
と、その大男とすれ違った瞬間、美由希は嫌な予感を感じ、咄嗟に振り返る。
その予感は的中しており、すれ違ったと思っていた大男の足が美由希の眼前へと迫っていた。
しかし、美由希はそれを避けようともせず、ただじっと見詰めている。
と、大男の足はそれ以上は進まず、途中でその動きを止める。
片足を上げた状態だというのに、平然と立つ大男と美由希の間に恭也が立ち、両腕をクロスする形で大男の蹴りを受け止めていた。
大男はそれを見て、楽しそうに歪めた唇から、「ほう」と感嘆の息を漏らす。

「どっちもいい反応だな」

大男が足を降ろし、恭也たちと距離を開けた瞬間、サラリーマン風の男四人が一斉に動き出す。
恭也たちを囲むように移動しつつ、懐へと手を滑り込ませる。
そして、懐から一斉に手を引き出し、銃口を恭也たちに向けようとした所で、二人ばかりが意識を刈り取られて倒れる。
倒れた二人は、恐らく何が起こったのか分からないまま倒されただろう。
いつの間にか二人の背後へと回っていた美由希の手には、鈍く光る得物が握られていた。

「おお、速い、速い。俺が距離を取るのと同時に地を蹴り、そいつらの背後へと周ったか。
 成る程な。確かに手応えがありそうな奴らだ」

手下と思しき者が二人倒されたというのに、尚も楽しそうな口調の男に注意しつつ、恭也と美由希は残る二人を見る。
ざっと見たところ、大した事はなさそうだが、下手に銃でも撃たれると背後にいる祥子たちが危ないと判断し、
恭也は美由希に先に二人を倒すように合図を送る。
その間、恭也は大男と正面きって向かい合う。
すると、そんな恭也たちの考えを読んだのか、大男はにやりと形容できるような笑みを見せると、手下と思しき者たちへと声を掛ける。

「おい、おまえ達下がってろ。余計な手出しはするな。
 かえって邪魔だ」

きっぱりとそういった大男の言葉に従い、手下たちは銃を下に降ろす。
それらを眺めつつ、恭也は大男へと向かって口を開く。

「お前たちの目的は何だ」

「さあな。俺に聞かれても困るな。
 俺はただ、強い奴と戦えると言われただけだからな。
 実際、お前ら二人に会えた訳だしな。とりあえず、挨拶代わりだ!」

言うや否や、大男は恭也へと向かって走り出す。
その巨体からは似合わないほどの速さで恭也との距離を詰めると、その顔目掛けて拳を振るう。
恭也も大人しくそれを受けるつもりなどなく、手を首の後ろへと回すと、背中から小太刀を抜き放ち、大男の拳へと斬り付ける。
瞬間、甲高い金属音と、何かがこすれるような音が響く。

「なるほど。それが、お前の得物か」

大男の拳を見て、恭也がそう口にする。
それを耳にし、大男は楽しそうな笑みを更に深める。

「そうだ。特殊合金に金剛石を加えて造りあげた、銃弾さえも弾く特殊手甲。
 これが、俺の得物だ」

答え終ると同時、大男のもう片方の手が恭也へと向かう。
しかし、それを予想していたのか、恭也はそれを身を捻って躱すと、男の懐へと蹴りを放つ。
それを後ろへと下がり、やり過ごした男は、その顔を更に愉悦に歪める。

「合格だ。お前は俺と戦う資格がある」

「資格だと?」

「そうだ。もし、その資格がなければ、この場ですぐに殺すつもりだったがな」

「何を勝手なことを」

「そう怒るな」

あくまで本気でそんな事を言う大男を睨みつけつつ、恭也は冷静に状況を判断する。
そんな恭也を見て、大男は「お前、最高だよ」と声を上げて笑い出す。
と、ふいに笑みを止め、次に美由希へと目を向ける。

「さて、男の方は分かった。次は、女の番だ」

大男の言葉に美由希は身構え、恭也はその隙を付こうと窺う。
それを感じたのか、大男は顎をしゃくり、手下に合図を送る。
と、手下の二人が同時に銃を恭也へと向かって撃つ。
それを弾いている間に、大男は美由希へと駆け出していた。
低い姿勢から上へと捻り出すように繰り出される拳を見て、美由希は受け止めるのを止め、バックステップで躱すと、
小太刀を握りなおし、大男とすれ違うように斬り付ける。
それを地を蹴り、その巨体を上空へと舞わせて躱すと、上空で態勢を整えて足から着地しに行く。
着地地点を狙おうとする美由希へ、唸りを上げる程の蹴りを放って牽制する。
その間に、恭也は残る二人を倒し、大男との距離をゆっくりと測るように移動する。
二対一の状況になったというのに、大男は変わらず笑みを浮かべたまま言葉を口にする。

「女、お前も合格だ。一瞬の判断力、踏み込みの速さ。俺の相手をするのに申し分ない」

そんな大男の言葉に耳を貸さず、恭也と美由希は大男へと飛び掛るタイミングを計る。
それを制するように、大男は掌を開いて右手を上げる。

「おっと、これ以上は流石にお互い、拙いだろう。
 そろそろ、一般人が通ってもおかしくあるまい。
 それに、まさかとは思うが、そっちの女共を庇いながら、俺の相手が出来るとは思っていないよな」

男の言葉を認めつつ、それでも二人は大男へと身構えたまま、無言。
一人が大男の相手をし、残る一人が祥子たちの傍で護衛をするという事を一瞬のうちに確認し合う。
しかし、それを見越していたのか、大男は二人の出鼻を挫くように言葉を投げる。

「安心しろ。俺の条件を飲むのなら、そっちの女共には手は出さない」

その言葉に、恭也は訝しげに眉を顰めて答える。

「どういう事だ。お前らの狙いは祥子たちだろうが」

「さあな。それは、他の連中の話だろう。いや、正確に言うならば、ボスの、か。
 さっきも言ったと思うが、俺の目的はあくまでも強い奴とやり合う事だからな。
 そして、そっちの女共を攫うなり、傷付けるなりの方法は、好きにして良いと言われてるんでな。
 俺は、俺なりの方法を取らせてもらうという訳だ」

「つまり、あくまでも俺たちとの個人的な闘いを望むという事か」

「そういう事だ。話が早くて助かるぜ。護衛のおまえ達二人を倒せば、後は楽に女共に近づけるからな。
 ボスの目的からも離れる事はない」

大男の言葉に、恭也はなるほどと呟くと、少し離れた物陰へと視線を向ける。

「その要求を飲んだ後、それはあくまでもこっちの大男が出した条件であって、
 自分は違うとか言って、祥子たちへと襲い掛かるなんて事はないのか」

恭也の向けた視線の先、そこから一つの影が出てくる。

「流石は双翼といった所か。よく俺の存在に気付いたな」

その男の言葉に、恭也は微かに顔を顰めるだけで何も言わない。
一方の男は、そんな恭也の反応などどうでも良いのか、そのまま言葉を続ける。

「しかし、まさか双翼がまだこんなに若いとはな。
 その存在が囁かれるのみで、全く情報がないというのも困ったものだ」

「……もしかして、三ヶ月ほど前に俺について調べようとしていたのはお前か」

男は何も答えず、ただ笑みを浮かべるのみ。
しかし、それが恭也の問い掛けを肯定していた。

「そんな事はこの際、どうでも良い事だろう。
 それよりも、さっきの君の問い掛けの答えようか。
 そっちの大男、アンゼルムが言った事だが、俺も彼の意見と同じだよ」

「同じ…。つまり、俺たちが勝負を受けた場合、祥子たちには襲い掛からないという事か」

「そういう事だ。ただし、君たちが負けた場合は、その限りじゃないけどね。
 勝負を受ければ、その時点で決着が着くまでは、そちらの女性たちには手を出さないというだけさ」

「で、どちらが勝つにしろ、決着が着き次第、他の別働隊が祥子たちを襲うのか。
 そうなった場合、俺たちが勝っても、それは約束を反古にしたのと変わらないと思うが」

「想像以上に、双翼は慎重だな。まあ、だからこそ、今まで命があったとも言えるのかもしれないが。
 だったら、こうしよう。勝負を受けた場合、君たちがそちらの女性たちと再び合流するまでは手を出さない。
 これなら、良いだろう」

「その約束を守るという保証がどこにある」

「今までの俺たちの行動から、それが分かってもらえると思うけど。
 現に、学園祭の間は、一切、手を出していないだろう」

「それが、これのためのデモンストレーションではないと言い切れないからな」

「本当に慎重だな、双翼」

肩を竦めて呆れたように言う男に反応を示さず、恭也はただ大男、アンゼルムと新たに現われた男へと用心深く視線を向ける。
そんな恭也を眺めつつ、男とアンゼルムは顔を見合わせる。

「グダグダ言ってないで、要求を飲めば良いんだよ。
 どっちにしろ、お前らには選択権なんかないんだからな」

「アンゼルムの言う通り。もし、要求を飲まなかったとしても、俺たちが襲撃すれば、それを迎え撃たなければならないだろう。
 つまり、要求を飲んだ方が、まだマシという事だ。そして、その条件を信じるか信じないかは自由だ。
 ただし、飲まない場合は、こちらも手下を多数連れて行くけど」

「殆ど脅しだな。っと、既に脅迫状を送って来ているんだったな。
 そんな連中に、道理を正した所で意味がないか」

「その通りだよ。ただ、言わせてもらうなら、双翼、君もこちらの人間だ」

「そんな事は、今更言われなくても分かっている。仕方がないな。
 その要求を飲もう。しかし、勝っても負けてもメリットがないな」

そう呟く恭也に、美由希は何か言いかけるが、結局、それを飲み込み、ただ目の前のやり取りをじっと見詰める。
一方、アンゼルムは満足げに頷くと、

「ははは。そうこなくてはな。何、少しくらいはメリットがあるぞ。
 少なくとも、おまえたちが勝てれば、俺とこいつの二人はリタイヤとなるんだからな」

「それでは、詳しい事は追って連絡しよう」

そう言って立ち去ろうとする二人に対し、恭也が声を掛ける。

「悪いが、そっちの伸びている連中は置いていってもらうぞ」

「そういう訳にもいくまい。こんな奴らでも、一応は手下だからな」

「そういう事だ。それに、こいつらから色々と洩れると困るんでね。
 何よりも、それによって、君たちとの決闘が中止になると困る」

それが狙いだった恭也は、しかし、表情を変える事無く、二人の動きをじっと見詰める。
手近に居た二人を抱え上げるアンゼルムの横に男が立ち、恭也たちを警戒する。
しかし、恭也がのした二人は、恭也の方が近い場所におり、少しでもそちらへと近づけば、駆け出せるように構える。

「ふむ。どうしても、手下の回収をさせてくれないらしい。
 ならば、仕方がないか。回収を諦めよう」

その言葉に油断する事無く、恭也はただ男たちの動きを注意深く探る。
同じように、美由希もまた男たちと恭也の動きを視界にいれつつ、いつでも動けるように身構える。
と、男の手が動き、いつの間にか抜いた銃を手下へと向かって発砲する。
驚く恭也たちを眺め、

「回収が無理なら、廃棄するまで」

平然と言い捨てると、男は去って行こうとする。
その足を途中で止め、顔だけを恭也へと向けると、

「そうそう、名乗るのを忘れていた。俺は、六神翔が一人、拓海・ヴェルナンデス。
 次に会う時まで、忘れないでくれよ」

「俺は、六神翔のアンゼルム・ユーディットだ」

男たちはそう名乗ると、今度こそ、その場から立ち去る。
恭也と美由希は後を追う事をせず、ただ苦々しい顔でお互いに顔を見合わせ、美由希は祥子たちを落ち着かせるように声を掛け、
撃たれた二人を視界から隠すように先導し、恭也は携帯電話を取り出すと、南川へと連絡をするのだった。





  ◇ ◇ ◇





「美沙斗、今の所、邃について分かった事はこれだけです」

「ああ、ありがとう」

美沙斗は礼を言って、弓華から資料を受け取ると、ざっと目を通す。

「六神翔、か」

「はい。ボスの下に、そう呼ばれる六人がいるという事らしいです。
 しかも、それぞれに相当な手練れらしいです」

「なるほどね。他には何か分からなかったのかい。
 敵の本拠地や、ボスの名前。もしくは、この六神翔について」

「すいません、美沙斗。まだ、そこまでは分かってないんです。
 今、全力で調査中ですので、もう少し待って下さい」

「ああ、こちらこそすまない。ちょっと焦りすぎたようだ。
 何しろ、相手はあの邃だからね。そう簡単に分かるはずがないと、分かっていたのに」

「それは、仕方がないですよ。恭也たちが係わっているかもしれないんですから」

「そうだね。恭也たちの敵が、邃じゃない事を祈るってるよ」

「とりあえず、この事を恭也たちには?」

「一応、耳に入れておくよ」

「そうですか」

美沙斗の祈りも虚しく、この数時間後に連絡を入れた美沙斗自身により、今回の相手が邃だとはっきりと分かる事になるのだった。





つづく




<あとがき>

遂に動き始める敵……。
美姫 「ようやく事件が動き出すのね」
果たして、恭也と美由希の運命や如何に……。
美姫 「次回、助っ人は超絶美少女! を乞うご期待!」
……もっともらしい嘘を吐くな!
因みに、この超絶美少女っていうのは…。
美姫 「勿論、私」
あ、やっぱり。
美姫 「そんな訳で、次回は本編でお会いしましょう」
勝手に決めるな!
とりあえずは、また次回で〜。





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