『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第38話 「朝薔薇は萎れ」






朝早くの薔薇の館。
リリアンを代表する乙女たちが集うこの場所は、今、その名に似つかわしくない重苦しい空気が漂っていた。
その雰囲気を嫌うかのように、美由希がわざとらしく明るい声を上げる。

「それじゃあ、打ち上げを始めましょう。
 こういった事って初めてだから、何かワクワクしますね。あ、あはははは」

無理して笑ってみるが、誰も何の反応を見せず、ただ座って顔を俯かせたまま、顔をあげる事すらしない。
美由希がはっきりと困ったといった顔で恭也を見る。
その視線を受け、恭也は小さく嘆息しながら、言葉を考えつつ口にする。

「…不安なのは分かるが、とりあえず、俺たちは俺たちが出来ることをする。
 必ず、守ってみせるから」

「私たちが不安なのは、確かに自分たちが襲われているという事もあるけれど、それだけじゃないのよ。
 皆、恭也さんと美由希さんの事が心配だから…」

祥子の言葉を切っ掛けに、他の者たちもそれに頷く。

「恭也さん、私たちは、私たちを守るためとは言え、あの人たちと闘おうとする恭也さんたちの身を案じているんです。
 あんなに簡単に人の命を奪う人たちを相手にしようとする…」

朝の出来事を思い出し、微かに身を震わせながらもそう言う令に、恭也は優しい声で返す。

「皆さんのお気持ちは大変嬉しいですが、それが俺たちの仕事ですから」

「でも、仕事だからって、そんな危険な事…」

「由乃さん、危険は最初から承知ですよ。
 私たちがやっている事は、そういう事だから」

前回の時と違い、人が実際に目の前で殺される所を見て、今更ながらに事の重大さを認識する。
目を閉じていたため、その場面を目にした者はいなかったが、それも大した慰めにもならない。
今更ながらに狙われているという事を実感しつつも、そんな者たちを相手にしようとする二人を心配する祥子たち。
そんな気持ちを嬉しく感じつつも、だからといって何もしないのであれば、自分たちがここに来た意味がない。
美由希は祥子たちを安心させるように笑みを浮かべて見せながら、

「それにね、例え仕事じゃなかったとしても、私達の知り合いに手を出そうとするのなら、それを阻止しようとするよ。
 前の事件の時に、蓉子さんが、ううん、あの時あの場にいた皆が祥子さんを守ろうとしたようにね。
 そして、私たちは日々鍛練しているのは、そういった時に力を発揮出来るようにだから。
 私たちのことを心配してくれるのは、本当に嬉しいけれど、ああいった人たちから、祥子さんたちを守る為の力だから」

「美由希の言う通りだ。俺たちの力もあいつ等の力も、人を傷つけて殺めるという点では同じモノなんだ」

違うと言いそうになる祥子たちを制し、恭也は続ける。

「ただ、その目的が違うだけ。だけど、これは大きな違いだと俺たちは思ってる。
 あいつ等は、強い奴と戦うためであったり、純粋に何かを壊すためだったりだが、俺たちの力は、大切なものを守るために」

「だから、今ここで何もしないと、私たちの刀を持つ意味がなくなってしまうんですよ」

二人の言葉に、祥子たちは何も言えずにいる。
やがて、ゆっくりとだが、祥子が最初に口を開く。

「分かったわ。そもそも、護衛を頼んだのは私達だものね。
 それに、恭也さんたちに守ってもらわないと、私達だけでは、あの人たちには敵わないものね」

「でも、私たちに出来る事があれば、遠慮せずに言ってください。
 少しでも力になりたいですから」

志摩子の言葉に恭也は少し考え込むと、

「だったら、特に何もないですね。
 皆さんが普段通りにしてくれる事が、一番です。
 その普通こそを、俺たちは守りたいんです。それが一番、俺たちの力になるから」

「あんな事があった後では、多少辛いかもしれませんけど。でも、私も恭ちゃんと同じ意見です。
 私たちの力は何かを守る時にこそ、一番力を出せるから」

「まあ、そういう事だ」

そう言って少しはにかむように笑う恭也を、美由希が横から肘で突っつく。

「恭ちゃんも恥ずかしいんだったら、言わなければ良いのにね」

「お前は少し五月蝿い。お前の場合は、もう少し緊張感を持て」

「あっ! い、痛い、痛い! ご、ごめんなさい、許して。
 って、恭ちゃんももう少し緊張感を……」

「ほう、そんな偉そうな事を言うのは、この口か」

美由希の頭を拳骨で挟んでいた恭也は、片方は拳骨のまま美由希の頭上へと移動させてグリグリと回しながら、
残る手で美由希の頬を抓るようにして引っ張る。

「いひゃい、いひゃい。ふぉ、ふぉんとうに痛いってば!
 ご、ごめんなさい、私が悪かったです。な、生意気な事を言い過ぎました。
 きょ、恭ちゃんは、いつもどおりちゃんと緊張感を持ってました」

少し緩んだ手にほっとしつつ、美由希は涙で滲んだ目で恭也を見て、離してくれるように懇願する。

「恭ちゃんは、何が起こっても、普段と全く変わらず、鈍感で無表情です。
 私も見習うから。だから、この手を離してくださいぃぃぃぃぃ、痛い! 痛いよ。
 な、何で、どうして。さ、さっきよりもい、いひゃい、いひゃい!
 ふょ、ふょうちゃん、く、くひが、ふぇ、ふぇんなほうきょうに……。
 って、痛い! 痛い! 本当に痛いってば! く、首ぃぃ! そ、それ以上は周らないよ!
 あ、や、止め! ご、ごめんってば。って、何で怒ってるの!
 というか、怒っている時ぐらい、もう少し表情を変化させてよ。
 分かり辛…って、や、やめ、本当にまずいよ、それ。あ、ありえないから。それ以上は、絶対に人としてありえないって!」

途中から両手で美由希の首と頭を掴み、首を締めながら美由希の頭をぐるりと回していく恭也。
美由希は目の端に涙を見せつつ、必死になって恭也が回そうとする方向とは逆に首の力を込める。
同時に、空いている手で、首に回された手を振りほどこうとしつつ、もう片方の手は降参と言うように、恭也の腕を何度も軽く叩く。

「お前はどうして、そう一言多いんだろうな。
 一体、何度注意されたら、治るんだ?」

「う、うぅぅ、そ、そんな事を言われても…。
 私って正直者だから…」

「ほう、つまり、お前は普段からそういう事を思っているというわけだ」

「ぐぅぅ! きょ、恭ちゃん、今度は首が絞まってきてるんだけど……。
 あ、はっ、ほ、本当にこのままだと、私危ないよ。ねえ、い、良いの。
 きょ、恭ちゃんは可愛い妹を、その手に掛けるの。って、本当に息苦しいって」

「安心しろ。俺の妹はなのはだけだ」

「そ、そんな! こ、ここに、もう一人いるでしょう! そう、今、まさに生死の狭間に立たされている可哀相な妹が!」

「見えんな」

「う、うぅぅ〜。まさか、兄によって儚い一生を終えるなんて……」

「安らかに眠れ。まあ、たまに、本当に暇な時、他にする事もなかったら、どうしようもなく嫌だが、手を合わせてやるぞ」

「鬼ー! 悪魔! 人でなし! 鈍感! 無愛想! 若年寄り!」

「……今、本当に殺意が湧いたが」

首に掛かる力が少し増したのを感じ、美由希は慌てて喋る。

「じょ、冗談だよ! だ、だから、そ、そろそろ解放してください。お願いします。
 もう、変な事は言いませんから」

そんな二人のやり取りに、祥子たちがおかしそうに笑い出す。
今まで我慢していたのか、一旦、堰を切った笑い声は、中々止める事が出来ず、目に涙さえ見せるものまでいた。
そんな祥子たちを見た後、恭也と美由希は顔を見合わせて微かに、本当に微かに気付かれないように笑みを交わす。
恭也は仕方がないといった感じで美由希を解放する。
解放された美由希は、軽く首を回しつつ、頬や頭を擦る。

「うぅぅー、それにしても、少しぐらいは手加減してよ」

「自業自得だ、馬鹿者」

「うぅぅ、恭ちゃんにだけは馬鹿と言われたくないよ」

「ほう。どういう意味だ」

「あ、あははははー。じょ、冗談だよ、冗談。だから、その手を降ろして」

恭也から少し距離を椅子ごと動いて取りつつ、美由希は愛想笑いを見せる。
それに対し、恭也はこれみよがしに盛大に溜め息を吐き出すと、

「学習能力はお前よりもマシだがな」

「あうぅぅぅ。い、良いもん、次からは聞こえないように呟くから」

「余計な事を言わないという選択肢はないんだな」

呆れたように呟く恭也に、美由希は何も言い返さずに、軽く舌を出す。
まだ笑い声が響く部屋の中、恭也は軽く肩を竦めるのだった。
やがて、一頻り笑い終えた祥子たちの顔は、先程よりもかなりましになっていた。

「それじゃあ、打ち上げは時間がもうないから、残念だけれど放課後にしましょう」

祥子のその言葉に反論もなく、改めて放課後という事になる。
もうすぐで予鈴という時間のため、祥子たちは揃って立ち上がる。
薔薇の館を出て行くその前に、祥子は全員を一度見渡すと、最後に恭也と美由希を見る。

「改めて、私たちを守ってください」

「勿論」

「任せてください」

「ありがとう」

そう言って微笑む祥子に、

「礼なら、全てが終ってからで良い。
 とりあえず、今はあの二人の対処からだ。美由希、油断はするなよ」

恭也の言葉に、美由希はしっかりと頷きを返す。
そんな二人を改めて見ながら、祥子は今度は令たちに向かって言葉を掛ける。

「私たちも出来る限り、普通にしていましょう。
 それが、恭也さんたちのために出来る、一番の事だと言うのだから」

この言葉に、全員が揃って頷くのだった。
そして、この日の夕方、小笠原邸へと戻った恭也の元に、二つの知らせが届く。
一つは電話で、もう一つは手紙という形を持って。





つづく




<あとがき>

いよいよ、次回から本格的なバトル! ……の予定。
美姫 「はぁ〜。最早、突っ込む気も起きないわよ。予定なのよね、予定」
あ、あははは。
と、そろそろシリアスという前に、ちょっと息抜きという感じの今回。
でも、結構、大事だと思う…。
美姫 「自分たちの置かれた立場を改めて知り、不安を覚える祥子たち。って所ね」
そういう事だ。さて、いきなりだが、次回予告!

非日常を見せられてもなお、日常の中でいつも通りに振舞う者。
非日常の中にありながらも、日常を守るために力を振るう者。
そして、それらを壊さんとする者。
様々な者たちの想いが入り乱れる、まさにトライアングル。
果たして、恭也と美由希は無事に魔の手から祥子たちを守り通せるのか!
次回、第39話、「決戦の火蓋は星の下」乞うご期待!

美姫 「わぁー、タイトルまで決まってる!」
いや、まあ、仮という事で。
美姫 「やっぱり、浩らしいわ」
あははは〜、そんなに褒めるなよ。
美姫 「褒めてない!」
まあまあ。とりあえず、また次回で。
美姫 「ごきげよう」





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