『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第40話 「とっておきの手」






またしても頭上から雨のように降り注いできた刃物の群れを躱し、恭也はすぐさまその場を跳び退く。
そこへ、数瞬遅れて横側から数本の針のようなものが突き刺さる。
逃げた先では、前方と左側から同時に矢が雨のように降り注ぎ、それを小太刀で弾き、時は躱す中、銃弾が放たれる。
それを地面に転がりながら躱し、すぐさま立ち上がると、前方へと再び転がる。
どこへ行こうと、その先でトラップ、もしくは拓海の銃弾が待ち構える中、恭也は決して止まる事無く動き続ける。
流石の恭也にも、疲労が見え始めるが、しかし、トラップはそんな事に関係なく、降り注ぐ。
今度は、前方三方向から矢が飛んで来る。同時に、左右からも矢が複数。
恭也は後ろへと飛び退きつ、両横から来る矢を躱すと、両腕を振って鋼糸を振るう。
前方から迫る矢を鋼糸で絡み取る。
矢が地面に乾いた音を立てて落ちる中、恭也は更にその場を跳び退く。
今しがた恭也の居た場所を銃弾が駆け抜けていく。
恭也は銃弾の来た方へと向かい、また走り出す。



美由希の斬撃を右の手甲で受け止めたアンゼルムは、またしてもその身からは想像もできないような身軽さで、
バク転を繰り返して美由希との距離を開ける。
左半身を前に出し、右半身を後ろへ。
左手を軽く顔の前へと上げると、右手は腰の付近へと構える。

「くっくっく、本当に楽しいぜ。お礼という訳ではないが、俺のとっておきを見せてやろう」

アンゼルムの言葉に、美由希は静かに右の小太刀を上げ、左の小太刀を下に下げて、右足を一歩前へと出して構える。
二人の間を、ただ静かに風が吹き抜けていく。
互いの目に映っているのは、ただ目の前にいる敵。
静か過ぎて耳に痛いほどの空間において、目に見えぬ闘気だけが二人を包み込むように渦巻き、
まるでそれにあてられたように、空気が震えたような気がした。
不意に、アンゼルムの腰が少し沈み、両足に力を込めて地を蹴る。
一直線に進んでくるそれは、先程との違いはない。
ただ敢えて言うとすれば、先程よりも早いという事だろうか。
アンゼルムの動きを目で追いつつ、美由希は握った小太刀に力を込める。
美由希のすぐ前まで迫ったアンゼルムは、刹那、その場に止まると、
右腕を大きく後ろへと振りかぶり、一気に美由希目掛けて打ち出す。
体重を充分に乗せた一撃が美由希へと向かい、美由希は小太刀を交差させてそれを受け止める。
甲高い音が響く中、アンゼルムは自身の必殺の一撃を受け止められたというのに、笑みを見せる。
それを美由希が怪訝に思った瞬間、一際大きな音が響く。
その際、信じられないような衝撃を受け、美由希はその場から数メートルも吹っ飛ばされていた。
気が付いた時、美由希の視界にはアンゼルムの姿ではなく、夜空が映り、背中には硬い地面の感触があった。
耳の奥でキーンと鳴る中、美由希は自分が吹っ飛ばされて地面へと倒されたと理解すると、
ふらつく頭を軽く振りつつ、上半身を起こす。
この隙にアンゼルムが攻めて来る事も考慮しつつ、素早く立ち上がる美由希だったが、
アンゼルムはどういう訳か、美由希とぶつかった場所に立ち、美由希をただ見ていた。
美由希が立ち上がったのを見て、嬉しそうな笑みはそのままに、子供が玩具を自慢するかのように話し掛けてくる。

「どうだ。これが俺のとっておきだ。次は、お前の身体に決めてやるぜ」

アンゼルムはそう言うと、再び美由希へと向かって走り出す。
それを眺めつつ、美由希はさっきの技をもう一度、頭の中で反芻する。

(一体、どうして私は吹っ飛ばされたの。あの一撃はしっかりと受け止めたはずなのに)

美由希は向かって来るアンゼルムを見詰め、もう一度小太刀を構える。
今度は、その動きを少しも見逃さないようにしながら。



何度目になるのか、銃弾の来た方向へと走り、拓海が居たであろう場所へと辿り着くものの、肝心の拓海の姿はなかった。
思わず舌打ちをする恭也に向かって、またしてもトラップが襲い掛かる。
それを小太刀で弾くと、恭也は辺りを見渡す。
目は前方や周囲を注意しつつ、意識だけを他へと伸ばして行く。

──御神流、感

自分自身を見下ろすようにして、ゆっくりと、水面に波紋が広がるかのように、
感覚が広がっていく感じの中、一箇所に違和感を見つける。

(見つけた)

恭也は拓海の居場所を捉えるなり、そこを目指して走り出す。
それを確認した拓海は、下手な小細工や牽制などといった事は一切せず、すぐさま背を向ける。
敵ながら、その判断力の速さに、恭也は内心で舌を巻きつつ後を追う。
拓海は一度も振り返る事無く、階段を駆け上る。
その後を恭也も続く。
幸いな事に、一度もトラップが発動しなかった事もあり、次の階へと出た時には、拓海との距離が縮まっていた。
拓海はそれでも足を休めずに走り続けていたが、やがて、その歩調がゆっくりなものへと変わると、
立ち止まり、今まで向けていた背をくるりと回して恭也と向かい合う。

「流石は双翼と言った所ですね。数あるトラップを悉く潜り抜け、こうして俺をここまで追い詰めるとは」

拓海の言葉に返事をする事もなく、恭也は慎重に歩を進める。
ある程度の距離を詰めると、恭也は足を止める。

「お前の目的は俺という事か」

「んー、半分正解で、半分はずれだな。50点…いや、65点って所だな。
 確かに、俺の目的は双翼、お前だ。お前に関する情報の提供が、協力する時の条件だ。
 しかし、俺の目的はお前に会う事じゃない。お前を倒し、俺の名を裏の世界へと広める事、それだけだ。
 別にお前でなくても良いんだよ。例えば、そう、樺一号などでもな。
 まあ、本気で樺一号なんかとはやりあうつもりはないがな。
 つまり、そこそこ名前の通った奴の中で、最も最近現われたお前に目を付けただけの話だ」

「はた迷惑な話だな」

「まあ、有名税とでも思って、諦める事だな」

「別に、裏の世界で有名になるつもりは無いんだがな。
 ただ、ここでお前に負ける訳にはいかないんでな」

恭也はそう話を締め括ると、小太刀をそっと構える。
それを見て、拓海はバッと後ろへと跳び退くと、両手を天に翳す。
いや、拓海の両手には細い糸が何本も握られており、一斉にそれを引く。
すると、フロアのあちらこちらから矢やナイフといった凶器が恭也へと降り注ぐ。

「既に、お前は罠の中にいたんだよ。残念だが、これで終わりだ」

拓海の言葉を耳に聞きながら、恭也はニ刀の小太刀を縦横無尽に振るい、迫る凶刃を叩き落し、時には躱す。
しかし、凶刃は途切れる事無く降り注ぐ。
その間に、拓海は建設途中の為に窓硝子の付いていない窓枠へと足を掛けると、
体を半分、外へと出し、右手を恭也へと突きつけるように持ち上げる。

「本命にして、最後のトラップはこれだ。冥土の土産に持って行くが良い、双翼!」

言うなり、拓海はその右手に握っていた何かのスイッチを押す。
そして、自分は窓枠を蹴り、外へと飛び降りる。
しかし、その体にはロープが付けられており、ほんの数秒で地上へと降り立つ。
それを追おうにも、さっきのスイッチによる罠が発動したのか、更に増えて迫り来る凶刃に恭也はその場から動けない。

「くそっ。一体、どれぐらいの数あるんだ」

しかし、異変はそれだけではなかった。
恭也の立っている地面が細かく震え始める。
いや、地面だけではなく、壁や天井に至るまでが細かく震える。
ようやく止まった凶刃のトラップの中心地に立ちながら、恭也はこの揺れが地震によるものではないと気付く。

「まさか、これが奴の言っていた最後のトラップか」

恭也がそれに気付き、その場を後にしようと走り出した瞬間、更に大きな揺れがビルを襲う。
思わず足を取られかけ、踏鞴を踏む恭也の頭上から、ミシリという嫌な音が聞こえてくる。
反射的に頭上を仰ぎ見た恭也の目に、細かい無数の罅割れが飛び込んでくる。
次いで、更に大きな揺れと共に、壁や床にも皹が走り、大きなブロックの塊が頭上より降り注いでくる。
跳び退く足場も既に崩れかけており、安定していない。
恭也が先程まで居た場所を中心に、ビル全体が沈んで行く。
いや、崩れて行く。
不安定な足場を蹴り付けるように跳びながら、恭也は何とか逃げようと走り出す。
懸命に逃げ出そうとする恭也の頭上へと、一際大きな塊が落下し、
轟音を立て、辺りに瓦礫や埃を舞わす中、ビルがゆっくりと崩壊して行く。
既に、恭也の姿は無数の瓦礫に阻まれ、確認する事ができなかった。



向かって来たアンゼルムの右腕を、先程と同じように小太刀を交差させて受け止める。
と、同時に先程と同じように轟音が響く。
重たい衝撃が体を走り、またしても吹き飛ばされる美由希。
しかし、先程とは違い、美由希の目はしっかりとソレを捉えていた。
アンゼルムの右手から微かに昇った黒煙を。
今度はある程度、身構えていたため、すぐさま起き上がる。
傷む体を隠しながら、美由希はゆっくりと起き上がる。

「ほう。これを二度も喰らって立ち上がるか。
 そうこないとな」

「まさか、火薬が仕込んであるなんて…」

「ほう、気付いたか。その通り。この特殊手甲、穿爆甲(せんばくこう)には、特別な火薬が仕込んである。
 威力は、お前自身が今、喰らった通りだ。まあ、俺自身にも多少の反動は来るんだが、それは大したもんじゃねーしな」

言うや否や、アンゼルムは三度、美由希へと向かう。
アンゼルムが振りかぶった右腕を躱し、懐へと潜り込むと、美由希は下から上へと薙ぐ。
それを右手で逸らすと、アンゼルムは左手で美由希の腹目掛けて殴りに掛かる。
それを小太刀で受け止めると、もう一方の小太刀をアンゼルムへと振るう。
瞬間、美由希は考えるよりも先にその場を跳び退く。
そのすぐ後、あの轟音が響き、美由希は軽く吹き飛ばされる。
しかし、今度は事前に自ら跳んでいたため、倒れる事無く、何とか両足で着地する。
そんな美由希の反応を眺めつつ、

「甘いな。火薬が仕込んであるのは右だけとは言ってねえぜ。
 だが、あそこで跳び退くとは中々鋭いな。くっくっく。本当に楽しませてくれる」

美由希が乱れた呼吸を整え、静かにアンゼルムを見詰める中、またしてもアンゼルムが先に動く。
アンゼルムの左右から繰り出される拳を、小太刀で逸らし、身を躱して行く。
まともに受け止めた瞬間、あの爆発が来る事を考え、まともに小太刀を合わせる事を避ける。

「ちっ。ちょろちょろしやがって!」

アンゼルムは蹴りも用いて、美由希を追い詰めて行く。
どれぐらいアンゼルムの攻撃を躱しただろうか、不意に背後にあったビルから大きな音が響いたかと思うと、崩壊していく。

(えっ! あそこには恭ちゃんが)

思わず美由希は後ろを振り返ってしまい、慌てて前を向くが既に遅かった。
アンゼルムの蹴りが鳩尾へと決まり、美由希は動きを止める。
そこへ、アンゼルムの左手が迫る。
苦悶の表情を浮かべつつ、小太刀をニ刀重ねてそれを受け止める。
次いで来る衝撃に備える美由希に対し、アンゼルムは自身の左手の甲を撃つように右腕を打ち出す。
短い間隔で爆音が連続で響く中、美由希は衝撃を殺そうと地を蹴るが、今まで以上の衝撃が全身を襲い、そのまま吹き飛ばされる。
朦朧とする意識の中、美由希の目に、崩壊して行くビルが映る。
そして、そのビルから歩いてくる一つの影も。
それが恭也ではなく、拓海だと分かった時には、美由希の背中に大きな衝撃が加わり、地面へと落ちた事を理解する。
肺の中にあった空気を全て吐き出すと、美由希は静かに目を閉じた。



「どうやら、そっちも片が着いたようだな」

「ああ、まあな」

「不満そうだな、アンゼルム」

「当たり前だ。貴様のトラップの所為で、こいつの注意が一瞬とは言え、逸れやがった」

「その隙を付いたんだ。文句を言われる筋合いはないが」

「別に、付こうと思って付いた訳じゃね。たまたま、蹴りを出した時にそうなりやがったんだ。
 あそこまで勢いの付いたものを、止められるはずないだろう」

「なら、諦める事だな。注意を逸らした、その娘が悪い。
 それらの事も全部含めて、その娘の実力だ」

「ちっ。言われなくても分かってるよ。しかしな、折角、楽しんでいたというのに。
 まあ、仕方がない。とりあえず、このまま、あの嬢ちゃんたちを攫いに行くか」

「せめて、迎えに行くと言えないのか」

「言い方を変えた所で、一緒だろうが」

「まあな」

二人は倒れている美由希に背を向けると、足を踏み出すのだった。





つづく




<あとがき>

倒れる恭也と美由希。
美姫 「かつてないピンチ!? ここは一つ、私の…」
果たして、祥子たちはどうなってしまうのか!?
美姫 「私の……」
因みに、助っ人は出ません!
美姫 「シクシク」
次回も見てね〜。
美姫 「シクシク。……って、何でいつもと立場が逆なのよ!」
うわっ、そんな事を俺に言われても。
美姫 「浩のくせに!」
お、俺が悪いのか!?
美姫 「当たり前よ! という訳で、吹っ飛びなさい!」
のぉぐりょぉぴょみょ〜〜〜〜〜!!
美姫 「ふ〜。これで、いつも通りね。それでは、また次回までごきげんよう」










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