『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第42話 「決闘、その後」






南川へと連絡を入れ、すぐに来るという南川たちを待つ間、二人は敷地の出入り口付近に腰を降ろす。
お互いに無言のまま、ただ時間が流れる中、やがて美由希がゆっくりと話し出す。

「恭ちゃん、私、まだよく分からないけれど、それでも、祥子さんたちを守りたい。
 だから、もし、また同じような事があったとしたら、今度は躊躇わないよ」

それぐらい考え、それぐらいの決心かは分からないが、そう言った美由希の瞳には、はっきりと強い光が見受けられた。
それを横目で確認しつつ、恭也はただ小さく呟く。
それに頷き返しながら、美由希は微かに声を震わせる。

「うん。多分、後悔とかはすると思う。他に方法はなかったのか、悩むと思う。
 その時は、恭ちゃんが背中を押してね。勿論、ずっととは言わない。
 いつかは、ちゃんと自分の足で再び歩き出せるようになるから。
 それまで、それまでで良いから」

美由希の言葉に恭也は長々と息を吐き出すと、

「全く、手の掛かる弟子だな」

「うん、そうだね」

「ああ。だが、それで良いんじゃないのか。
 悩んで、迷って、時には悲しんだとしても、そうして自分で決めた事なら、自分で責任を取るしかないからな。
 その上で、自分なりのやり方を探して行けばいい。
 立ち止まって、歩き出せなくなったのなら、その時は、少しぐらいは力を貸してやる。
 そっと、その背中を押すぐらいはな。だけど、最後には、自分の足で歩くしかないんだ」

「うん、分かっている。恭ちゃんや母さんと同じように、私も大事な者を守るために、剣を持ったんだから。
 守るための剣を。これだけは、絶対に譲れないし忘れないよ」

美由希の言葉に、恭也は今度は無言のままでいた。



やがて、南川たちが到着し、この場の後処理を引き受けてくれると、恭也たちは南川の車で小笠原邸へと戻って来る。
周囲には、それと分からないように、南川の仲間たちも控えており、拓海たちが約束を反古にした時に備えていた。

「まあ、約束は守られたみたいですから、意味はなかったですけどね」
 尤も、それは結果論ですから、万が一という事もあったわけですから、配置しないという訳にも行きませんでしたけれどね」

「ええ。本当に助かりました」

「いえいえ。リスティさんからも、宜しくと言われてましたし。
 それよりも、まだまだ油断は出来ないみたいですね」

「ええ。まだこれからです」

「頑張って下さい。それじゃあ、私はこの辺で」

「はい、ありがとうございます。それでは、お休みなさい」

「お休みなさい、南川さん」

「ええ、二人とも、お休みなさい」

恭也と南川は険しい顔を引っ込めると、お互いに挨拶を交わして別れる。
足音を消して玄関を潜った恭也たちだったが、リビングから光が洩れているのに気付き、そちらへと向かう。
そっと扉を開いて中を覗きこんでみると、そこには祥子たちがいた。

「まだ起きていたのか」

そう声を掛けつつ、恭也と美由希がリビングに入って来ると、祥子たちは肩の力を抜き、一斉に立ち上がって恭也たちを迎える。

「お帰りなさい、恭也さん、美由希さん」

「お二人とも、怪我とかはしてませんか、大丈夫ですか」

「あ、ああ、大丈夫だから、少し落ち着け志摩子」

「あ、ごめんなさい」

思った以上に恭也に密着していた志摩子は、少し頬を赤らめつつも距離を開けると、改めて二人に尋ねる。

「大した怪我はしてない」

「うん、私も大丈夫だけど」

「大したって事は、少しはしてるって事よね」

恭也の言葉を聞き、令がそう言うと、二人は、それはまあ、と小さく言う。
それを聞いた由乃は、祐巳に救急箱を取ってもらうと、恭也と美由希に向かって笑みを見せる。

「二人…、特に恭也さんは怪我を隠そうとするから、口で言われても信用できません。
 よって、実際に調べますから」

「いや、本当に少しだけだって」

「そ、そうですよ。それに、調べるって、由乃さんはお医者さんじゃないですし…」

たじろぎつつも告げる美由希の言葉に、由乃は不敵な笑みを浮かべる。

「ふっふっふ。確かに、全部が全部、そんなにはっきりとは分かる訳ではないけれど、切り傷とかなら見分けが付くし、
 骨とかに以上があれば、大体は分かるでしょう。触ったら、痛いでしょうから」

両掌を上へと向け、無意味にわきわきと握ったり開いたりを繰り返しつつ、美由希へと近づく。
そんな由乃を令が止めながら、しかし、顔は真剣そのもので言う。

「前に聞いた限りだと、恭也さんはあまり病院に行かないという事でしたし、本当に怪我がないか確かめさせてくださいね」

「いや、別に病院に行かないんではなくて…。
 それに、あれは膝の件であって…」

そんな恭也の言葉も問答無用とばかりに、令は恭也の身体に手を這わす。

「れ、令さん、くすぐったいです」

「あ、そうか、ごめんなさい。えっと、じゃあ、どうしようか」

令は困ったように祥子を見ると、祥子は少し躊躇いつつ、

「上着の方は脱いでもらうとか」

「いや、本当に嘘は吐いてないぞ。
 まあ、多少、打ち身というか、そういったものや、筋が微かに傷む程度だけだから」

「わ、私も恭ちゃんと同じですから」

じっと見つめてくる祥子たちに、恭也は嘘ではないともう一度言う。

「まあ、後は少し掌に傷が出来た程度から、こっちは自分で出来るから…」

恭也が最後まで言うよりも早く、志摩子が恭也の手を取り、そこを見る。
恭也の言葉通り、恭也の掌には細い傷が掌を横切るように付いていた。
志摩子は恭也が何か口にするよりも先に、救急箱から必要な物を取り出すと、恭也の手当てを素早く行う。
最後に包帯を巻くと、

「はい、これでお終いです」

志摩子の手際の良さに、思わず茫然としていた恭也は、その言葉に我に返ったように礼を言う。
それを見ていた祥子は、どうやら本当に大きな怪我はないみたいだと判断し、一度、皆を見渡した後、

「それじゃあ、今日はもう遅いですから、私たちも寝ましょうか」

この祥子の一言によって、それぞれに部屋へと引き上げるのだった。





  ◇ ◇ ◇





香港警防隊のとある部屋では、未だに明りが付いており、中に人がいる事を示していた。
その部屋の中、机の一つに座っていた弓華が口を開く。

「美沙斗、これが邃に関する事で、あれから新たに分かった事です」

「……なっ、これは」

美沙斗は弓華から受け取った資料に目を通していく内に、その顔に驚愕な表情を浮かべる。

「弓華、すまいないが、隊長から許可が降り次第、すぐに日本に向かう」

「ちょ、美沙斗」

慌てた様子で走り去る美沙斗の背中を見詰めつつ、弓華は溜め息を吐き出すと、その場に置かれたままの書類を手に取り、
美沙斗が見ていたであろう個所へと目を走らせる。
しかし、何が美沙斗をそんなに慌てさせたのか、弓華には分からなかった。
そこに書かれていた内容は、邃のボスの名前と六神翔のうち、半数の名前。
そして、日本へと渡ったと思われる組織の人員の数だった。

「確かに、それなりに大人数ですが、あの二人なら問題ないような人数ですし。
 だとすると、このボスか、六神翔が問題という事ですね。
 …天羽宗司に、天羽海透、天羽悠花、そして、架雅人。
 どれも聞いた事のない名前ですけど。美沙斗があそこまで驚くという事は、何かあるんでしょうね」

弓華と分かれた美沙斗は、急ぎ足で隊長がいるであろう部屋へと続く廊下を歩いて行く。
歩きながら、美沙斗は小さく何事かを呟くが、その声を聞く者は誰もいない。

「馬鹿な、……だと。偶然か。いや、しかし……」

美沙斗はまるで自分に言い聞かせるようにして、薄暗い廊下を歩いて行くのだった。





つづく




<あとがき>

とりあえず、今回はここまで〜。
美姫 「うわっ! 短いわよ!」
あははは。と、とりあえず、今回は拓海たちとの対決の後と言うか、完全に終わるまでという事で。
美姫 「つまり、次回を日常に戻すためね」
まあ、そうとも言うが…。
しかし、敵が動き出した以上、その日常は仮初でしかないのだよ。
ふふふ。
美姫 「くっ。自分だけ先の展開を知っているからといって、何か、その余裕がむかつくわ」
いや、俺が先の展開を知らないと、無茶苦茶変だろう、それ。
美姫 「そんな事、知らないわよ!」
んな、理不尽な!?
美姫 「うるさい、うるさい、うるさ〜い。ぶっ飛べ〜!」
のっぴょりょにょ〜〜〜〜!!
こ、今回は、本当に俺は何も悪くないですよね〜〜。
美姫 「……それじゃあ、また次回まで、ごきげんよう」





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