『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第46話 「始まりは教会で」






「合唱会?」

「うん、そう。明日の日曜日に、練習も兼ねて教会でね」

いつものように、放課後、聖堂へと顔を出した恭也たちの前で、聖歌隊たちへと言った言葉に、
最初に反応した恭也に対し、フィアッセは頷きながら肯定する。

「一体、何処の教会で」

「えーっとね…」

そう言ってフィアッセが上げたそこは、少し人里から離れた山奥にある教会だった。

「やっぱり、人前で歌うのと練習とでは違うからね」

「そうそう。せやから、明日は本番に近い状況で歌ってもらおうと思ってな。
 そんなに多くの人が来る訳ではないんやけれど、それでも、人前で歌うことは大事やからな」

「ゆうひの言う通り。学園長には、既に話しているし、その教会へも学園長からお願いして、了承をとっているからね」

アイリーンはウィンクしながら、聖歌隊たちへと向かってそう告げる。
誰からともなく不安な声が上がる中、フィアッセが全員に言い聞かせるように言う。

「ほら、そんなに慌てなくても大丈夫だって。ちゃんと、練習中だから、失敗するかもしれませんって伝えておいたから。
 それでも良いから、是非、お願いしますって、先方も言ってくれてるんだから」

「そうやで。これをチャンスやと思うて、思いっきり歌ったらええねん。
 それとも、止めとく?」

続くゆうひの言葉に、聖歌隊たちはそれぞれに顔を見合わせると、首を横に振ると、代表者らしき者が口を開く。

「いえ、やります」

その答えを満足そうに見遣りつつ、ゆうひがしみじみと呟く。

「そうそう。本番になって、緊張せえへんためには、何度もこういった経験をする事やからね」

「ほうほう。その割には、毎回、緊張しているのは誰かしら」

「しゃーないやん。うちは誰かさんと違って、繊細やから」

「誰かさんって、誰かしら? それに、誰が繊細ですって?
 本当は、緊張なんかしないくせに」

「それは誤解やで、アイリーン。うちは、毎回、毎回、緊張で楽屋で震えてるんやから。
 もう、いつ逃げ出そうかか、逃げようかって、そればっかりを考えて…」

「あー、はいはい」

ゆうひの言葉におざなりに答えるアイリーン。
そんな二人を、フィアッセが笑いながら止める。
そこへ、恭也が小さな声を掛ける。

「所で、フィアッセ」

「ん、なに?」

「フィアッセたちも行くんだな?」

「勿論だよ」

「じゃあ、護衛とかは…」

「一応、数人のSPたちが付いて来てくれるから」

「そうか」

その言葉を聞き、恭也はほっと胸を撫で下ろす。
そんな恭也に、フィアッセが下から覗き込むようにして訊ねる。

「恭也は来てくれないの?」

「今は、ちょっとな」

「…そうだよね。祥子たちが危ないもんね」

「ああ」

「そうだ。神父様もどうですか?」

フィアッセは話を変えるように、少し離れてこちらを見ていた神父へと声を掛ける。
それに笑顔で答えつつ、神父は残念そうに告げる。

「大変、残念なんですが、明日は少し予定が入ってまして…」

「そうですか。それでは、仕方がないですね」

「ええ。本当に残念です。また、次の機会にでも」

「そうですね。さーて、それじゃあ、そろそろ練習を再開しよっか」

フィアッセは聖歌隊たちにそう声を掛けると、歌の練習を再開する。
それを黙って眺めていた恭也の隣に、祥子がそっと立つと、

「恭也さん、私たちも明日、その教会に行ってみませんか」

「しかし…」

「駄目でしょうか。勿論、自分たちの立場は分かっていますけれど…」

祥子の言葉に少し考え込み、結局、恭也は頷く。
それを聞き、祥子は笑みを浮かべて礼を言うと、祐巳たちにもその旨を伝えるのだった。





  ◇ ◇ ◇





翌日、恭也たちはフィアッセたちや聖歌隊たちと一緒に、教会を訪れていた。

「初めまして。私はこの教会を任されている唐巣神父と言います。
 今日は、宜しくお願いしますね」

そう名乗った唐巣神父に案内され、恭也たちはまだ誰も来ていない中へと入る。
聖歌隊とフィアッセたちは、別の部屋へと行ったため、恭也たちは少し早いが、席へと着いて待つ事にする。
やがて、ぞろぞろと人が集まりだし、時間になる頃には、思った以上に人が訪れていた。
恐らく、リリアンから聖歌隊が来るというのを何処からか聞きつけた者たちも居るからだろう。
やがて、唐巣神父が出てきて、話を始める。
それを、最前列で祥子たちは大人しく聞いているが、恭也と美由希は何処か退屈そうな顔をしていた。
お互いに顔を見合わせると、何とも形容しがたい表情を浮かべ、ただ静かに時間が過ぎるのを待つ。
やがて、唐巣神父の話が終ると、唐巣神父の紹介で聖歌隊が紹介される。
指揮はフィアッセが務めるようで、聖歌隊の前に立つと、そっと静かに手を上げる。
やがて、歌声が静かに流れ出す。



フィアッセの手が止まり、聖歌隊の歌が終る。
同時に、拍手が何処からともなく起こり、聖歌隊たちはそれに一礼をする。
そこへ、唐巣神父がやって来て、改めて礼の言葉を述べると、聖歌隊たちは、少し照れた顔を見せる。
その時、大きな音が鳴り、教会の窓が震え、窓の外が赤く照らされる。
恭也と美由希は瞬時に行動を起こすと、祥子たちを背に周囲を窺う。
それから程なくして、数人の男たちが教会へと踏み入ってくる。
突然の事に、驚く暇もなく茫然としている者たちに目もくれず、突然の闖入者はその足を進める。
それを見て、唐巣神父が男たちに声を掛けた瞬間、男の手が懐へと伸びて、銃を取り出す。
そして、それを天井へと向かって発砲する。
こと、ここに至って、全ての者が甲高い悲鳴を上げだす。
それを、もう一度、発砲して黙らせると、男は口を開く。

「とりあえず、騒ぐな。そして、そこから一歩も動くなよ。
 もし、少しでも動いたら…。言わなくても、分かっているな。
 そのまま、そこに座っていろ」

男の言葉に、恭也たちもとりあえずは大人しく従い、先程まで座っていた場所へと腰を降ろす。
男は、一通り教会の中を見渡すと、

「我々は、今の政治に憂いを感じている者です。
 そこで、皆さんには今から、政府との交渉をよりスムーズにするための人質となって頂きます。
 そうですな……」

男はそこで考える素振りを見せながら、最前列の祥子たちを眺める。

「どうやら、リリアンの学生さんが居るようなので、君たち全員に協力をしてもらおうかな。
 君たちなら、大人しく言う事を聞いてくれそうだし」

そう言って、足を踏み出した瞬間、すぐ傍に居た一人の壮年の男が立ち上がり、その男へと組み付く。
それを見た仲間たちが懐へと手を滑らせるのと、また別の男たちが立ち上がるのが殆ど同時だった。
ただ、新たに立ち上がった男たちは、既に手に銃を持っており、後は引き金を引くだけだったが。
それに気付き、男の仲間たちは、懐へと手を入れたまま、動きを止める。
それを見渡しながら、最初に男へと飛び掛った壮年の男は、組み伏せた相手から銃を奪い取ると、
銃を持つ者たちに何やら指示を出し、自分は片言の日本語で周りに話し始める。

「安心、してクダサイ。私タチ、怪しくナイデスカラ。
 私タチ、彼女タチのSPデス」

そう言って、壮年の男はフィアッセたちへと視線を飛ばす。
それを受け、フィアッセは笑みを浮かべて、それに頷く。
その間に、他のSPたちは、男たちを全て床へと倒し、ボディチェックを行っていた。
武装を全て解除させると、後ろ手に拘束して、端へと集める。
しかし、男たちは一様ににやついた笑みをその顔に浮かべており、全く不安な様子を見せていなかった。
それを不審に思いつつも、SPたちは黙々と作業をこなして行く。
自害をされないように、口に詰め物を詰めていく中、最初に話していた男が口を開く。

「たいしたもんだな。だけど、これで全部だと思っているのか」

その男の言葉を肯定するかのように、再び、教会の外が赤く染まり、轟音が届く中、その衝撃で窓が震える。

「さて、どうするSPさんたち? 俺たちが、いつまで経っても連絡をいれないと、どうなるかな?」

SPは悔しげに唇を噛むと、フィアッセの元へと向かう。

「どうしますか」

「彼が言っている事は本当でしょうか?」

「恐らくは。現に、同じような衝撃が起こりましたから。
 ただ、さっきの出来事が、予め自動で起こるようにされていないとも言えませんし」

SPの言葉を聞きながら、フィアッセは恭也を見る。
恭也はフィアッセたちの輪に加わると、その口を開く。

「恐らく、仲間がいるのは本当のようだな。
 この建物の周りに、気配を感じる」

「だとして、あいつらを解放する訳にもいかないだろうし…」

恭也の言葉に、SPの一人がそう言ったのを聞き、また別の者が口を開く。

「まったく、どうして今日に限って、こんな事を…」

それを聞き、恭也は小さく首を振る。

「いえ、今日だったから良かったんですよ。もし、今日じゃない日だったら、被害者が出たかもしれませんよ」

「確かに、恭也くんの言う通りだ。だが、このままでは、同じかもしれんぞ」

SPのリーダーと思われる、壮年の男が恭也へと顔を向けながら言う。

「ええ、そうですね。それに、奴らの言っている事が本当なのかどうか…」

「それは…」

「ええ。たまたま今日だったんではなく、今日だから、という可能性もあるという事です。
 その目的が、フィアッセたちなのか、それとも…」

そこで言葉を切ると、恭也は横目で祥子たちを見る。
恭也はそう言いながらも、犯人たちの目的が祥子たちだろうと見当を付けていた。
第一に、祥子たちに協力を申し出た事。
第二に、祥子たちをリリアンの学生と断定した事。
祥子たちは、今日は私服で来ているのにも関わらずにだ。
恭也は無言で男の一人に近づくと、その傍にしゃがみ込む。

「どうした、兄ちゃん。俺の言葉を信じる気になったか?」

「そうだな。その前に、聞きたいことがある」

「何だ? 何が聞きたいんだ? おっと、プライベートな事は勘弁してくれよ」

「お前のくだらん戯言に付き合っている暇はないんだ」

そう言われ、男は少しだけ不愉快そうな顔を見せるが、すぐににやついた笑みを貼り付ける。
それに気付きつつ、恭也は無視して続ける。

「単刀直入に聞く。日本に入って来た邃の関係者は、全部で何人だ」

男は声こそ出さなかったものの、驚いた顔を見せる。
それだけで、恭也には充分だった。
恭也は静かに立ち上がると、男に背を向ける。
その背中に向けて、男が叫ぶ。

「お前、一体、何者だ」

咄嗟に出た男の母国語に対し、意外にも、恭也はその言葉で答えを返す。

「何も聞いてないのか? なるほど、お前たちは下っ端という事か」

その言葉に激昂する男を無視して、恭也はフィアッセたちの所へと戻る。

「どうやら、こちらの客だったみたいだな」

「そうか」

恭也の言葉に短く答えると、男は恭也が口を開くのを待つ。

「さっきの衝撃が何なのかは分からないですが、連中の目的は誘拐ですから。
 つまり…」

「…この建物ごと吹き飛ばすという事はないという訳か」

「はい。ならば、出入り口を完全に守る事が出来れば…」

「そうだな。では、我々がそれを引き受けよう」

「すいません。ご迷惑をお掛けします」

「何、これぐらいは構わんさ。君たちには、かなり世話になったことだしな」

そう言って笑みを零すと、男は部下たちに指示を出していく。
そして、この場にいる者たちへと、もう暫らくここで大人しくしているように言う。
その間に、男の言葉に従い、動き出す男の部下たちを眺めつつ、恭也は祥子たちの所へと戻る。
既に、何が起こっているのか把握しているであろう祥子たちに対し、恭也は短く告げる。

「敵が来た」

それに頷く祥子たちに、ここにいるように言い聞かせると、恭也は美由希を見遣る。
恭也の視線を受けて頷くと、美由希は立ち上がる。

「で、どうするの」

「さて、どうするか。とりあえず、ここはあの方たちが引き受けてくれるらしいから。
 問題は、これぐらいの大掛かりな事をしてきたという事は、恐らく、今回の襲撃にもあの六神翔と言われる者がいるだろうな」

「じゃあ、私たちは…」

「ああ。だが、下手にこちらから動くのもな。
 全部で何人いるのか。また、六神翔は何人が来ているのか。そして、何処にいるのか。
 その辺を吐いてもらわないとな」

そう言って恭也が見つめる先には、先程の男がいた。



恭也の丁寧な協力要請によって、男から情報を聞き出した恭也と美由希は頷き合う。
そこへ、窓ガラスを突き破り、何かが転がり込んでくる。
それは、床へと転がると、暫らくして白煙を噴き出す。
近くにいたSPの一人が、それを拾い、外へと放り投げる。
しかし、その衝撃で、それまで大人しくしていた者たちが、急に騒ぎ出す。
張りつめていたものが切れたのか、泣き出すもの、喚く者が出始める。
怯えてパニックに陥る者たちの中、たった一人だけが冷静に、そして静かに歩を進める。
向う先は、出入り口ではなく前方のステージ。
しかし、恐怖に陥った人々は、その姿に全く気付かない。
それどころか、恐怖が限界まで達したのか、苛立つものまで出始める。

「五月蝿い! 少しは静かにしろ」

一人がそう怒鳴り、近くにいた自分よりも弱いと思われる者を殴ろうとする。
それを見て、他の者が、その人物をストレスのはけ口とする切っ掛けを得たとばかりに、その人物を押さえ込み始める。
それを皮切りに、それまでただ叫びすすり泣くだけだったはずの行動が一転し、暴力を振る事で恐怖を紛らわせる行動へと走らせる。
あちらこちらで騒動が起こり始めるのを見て、

「恭ちゃん……」

「さっきの騒ぎで、張りつめていたものが一気に壊れたんだろうな」

「ど、どうしよう」

「とりあえず、手近な所から止めていくしかないだろう。
 そう間単に鎮められるとは思えないが、何もせずに見てる訳にもいかない」

「そ、そうだね」

恭也と美由希が動き出そうとした時、それは不意に鳴り響く。
静かで、しかし優しい音色が、聖堂の中、隅々まで響き渡る。
その音の先には、一人の女性が奏でるピアノが。
茫然とする人々の中、その女性はあたかもそれが当たり前だと言うように、ピアノの旋律に合わせて歌い始める。
澄んだ綺麗な歌声が響き始めると、今まで暴れていた者や、泣いていた者までが、何か憑物が落ちたような表情を浮かべ、
ただ、その歌声に聞き惚れる。
人々が落ち着いて行くのを目の当たりにしながら、美由希は何処か誇らしげに呟く。

「流石だね、フィアッセ」

「ああ。世紀の歌姫の魂をしっかりと受け継いだ光の歌姫だからな」

恭也も何処か誇らしげに、ステージで歌うフィアッセを見詰める。
二人が姉を誇らしげに見る中、その旋律にゆうひとアイリーンも加わる。
そして、一曲歌い終えたフィアッセは、静かに語り出す。

「皆さん、怖いのはよく分かります。私だって、同じように怖いですから。
 ですけど、ここで私たちが自棄を起こしては、それこそ相手の思う壺です。
 きっと助かりますから、それまでどうか希望を持って待ちましょう。
 その間、拙いですけれど、私は私が出来る事を精一杯させて頂くつもりです」

そう言い終えると、またピアノを弾き始める。
再び紡がれる歌を聴きながら、恭也と美由希はそっと出入り口へと向う。

「フィアッセたちは、自分が出来る事を、いや、フィアッセたちにしか出来ない事を精一杯やっている。
 だったら、俺たちも…」

「うん。私たちにしか出来ない事をやらないとね」

「そういう事だ」

恭也と美由希は祥子へと声を掛ける。

「そういう訳で、俺たちは行って来るから、少しの間、ここで待っていてくれ」

その言葉に、祥子は思わず引き止めようとするが、それを制するように恭也たちが先に呟く。

「これは俺たちの仕事だ」

「そして、今ここにいる人たちの中では、私たちにしか出来ない事なの」

祥子たちに言い聞かせるように、恭也と美由希は言葉を紡ぐ。

「フィアッセたちの歌は、闇を照らす光のように明るく温かい。
 優しさや楽しさを与え、再び歩く希望を抱かせる。まさに、今、目の当たりにしたように」

「それは、私たちの刀では、決して出来ない事」

「だが、俺たちには、俺たちにしか出来ない事があるんだ」

「それが、日の当たる道を歩く人の前に立ち塞がる壁を切り崩す事」

「そういう事だ。俺たちに出来るのは、ただそれだけ。
 そこから先は、フィアッセたちのような人たちの力で、再び前へと歩いて行く力を」

「そのためにも、私たちもやり遂げないといけないの。だから…」

二人の決意を前に、止めることは無理だと悟り、
また、その言葉が正しい事も理解しており、祥子たちはそれ以上は何も口にせず、ただ黙って頷く。
それを見届けると、恭也と美由希は、フィアッセ達の歌に聞き惚れる人たちの邪魔にならないように、そっと静かに移動すると、
音を立てずに扉を開き、入り口にいたSPの一人に頷いてみせると、その身を外へと滑り出すのだった。
恭也と美由希が外に出ると、その背後で静かに扉が閉まり、これまた静かに、鍵が掛かる音が耳を打つ。
それを確認すると、二人は顔を見合わせ、駆け出すのだった。





つづく




<あとがき>

平穏な日常は、突然に崩れ去る!
美姫 「遂に動き出した六神翔」
果たして、今回も守りきる事が出来るのか!?
美姫 「次回まで、ごきげんよう」
ではでは。





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