『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第47話 「架雅人」






教会を囲む木々の中を、恭也と美由希は駆けて行く。
暫らく進むと、前方に複数の人影を見つける。
向こうもこちらに気付いたのか、手にしていたサイレンサー付きの銃を二人へと向けると、警告もなしに撃ってくる。
二人は左右にそれぞれ跳び、木の陰に隠れる。
近くに着弾し、乾いた音と木の皮が弾け飛ぶ。
恭也と美由希は顔を見合わせ、恭也が手と視線で何かを伝える。
美由希がそれに頷き返すのを見ると、恭也は木の陰から飛び出して男目掛けて走る。
男たちが恭也へと照準を合わせようとした時、美由希も同じように飛び出し、男の手へと飛針を投げる。
恭也は地を蹴り、近くの幹を蹴り、更に上へと跳躍する。
飛針を手に受けた者が銃を落とす中、美由希も男たちへと向かう。
恭也と美由希、二つの標的に、まだ銃を持っていた男たちが照準を合わせるよりも早く、二人から更に飛針が投げられる。
男の一人の近くへと着地した恭也は、そのまま小太刀を振るい、男たちを伸していく。
恭也が着地した地点とは逆方向へと駆け寄った美由希は、そちらにいた男たちを倒していた。
この周辺の男たちを倒した二人は、次の気配のする場所目指して、林の中を疾走する。
そうして、次々と男たちを倒していき、周囲に人の気配がなくなると、二人は足を止める。

「これで、全員倒したのかな」

「……いや、あと二人ばかり残っているな」

「…本当だね」

二人は顔を見合わせると、新たに感じた気配へと駆け出す。
さほど離れていなかったため、すぐにその場へと辿り着いた二人を待っていたのは、
背中に長い刀を背負ったロングヘアーの女性と、黒い服装の神父だった。
しかも、その神父の方の顔に、二人は見覚えがあった。

「神父さん?」

美由希の呟きに、恭也も目の前の人物がリリアンの聖堂にいた神父だと思い出す。

「どうしてここに、…というのは無意味な質問ですね」

恭也の言葉に、神父は笑みを浮かべたまま頷く。

「ええ、そうですね。恐らく、貴方たちの考えている通りだと思いますよ」

「つまり、用事と言うのはコレだったという事ですか!?」

美由希が少し激しい語調で非難の声を上げるが、それを涼やかな笑顔のまま受け止めると、静かに語り掛ける。

「そうです。これが、私の本日の予定ですよ。高町恭也くんに、高町美由希さん。
 いえ、不破恭也くんに、御神美由希さんと言った方が良いですかね?」

その言葉に、恭也と美由希は無言で身構えつつも、少し驚いた顔を見せる。
それを見て、神父は説明するように、いや、実際に説明をする。

「そんなに驚くほどのことでもありませんよ。確かに、上手く隠したのでしょうね、貴方のお父さんは。
 しかし、その気になれば、調べれるものですよ。尤も、私の力ではなく、邃の持つ力ですけれどね」

「貴様らの目的は何なんだ? 祥子たちを攫ってどうする」

「我々の目的ですか? それを聞いて、どうなさるつもりですか?
 でも、まあ、どうしてもと仰るのなら、お話して差し上げましょう。
 迷える子羊を救うのも、我々神父には大事なことですからね」

「聖職者を気取るつもりか?」

「気取るも何も、私は神父ですから。そうですね、一つ昔話でもして差し上げましょう。
 なに、お時間は取らせませんよ。まあ、そんなに面白い話でもありませんけれど」

神父はそう言うと、両手を少しだけ広げ、恭也と美由希を見つめながら続ける。

「昔、昔、といっても、そんなに昔の事ではないお話です。
 ある所に、それは信心深い神父が居ました……」

淡々と語っていく神父の話に、恭也たちは油断なく構えたまま、静かに耳を傾ける。

「彼は、身寄りのない子供たちを引き取り、教会でそういった子供たちと日々を過ごしていました。
 決して、裕福な暮らしではなかったですけれど、子供たちも、その神父も日々を楽しく過ごしていました。
 しかし、ただ楽しいだけの日々ではありませんでした。
 日々、何とか食べるのに精一杯で、子供たちに満足な玩具や勉強道具を与えてやる事も出来なければ、
 病気になったとしても、医者に診せる事もままならない有様だったんですよ。
 それでも、神父と子供たちは力を合わせて、日々を懸命に生きていたんです。
 所が、そんなある日の事です。恐らく、その神父にとっても、運命の分岐点とも言うべき日……」





  ◇ ◇ ◇





「お願いです。この子を診てあげてください」

雨降る中、神父はそう言って医師へとしがみ付く。
しかし、医師はそれを汚いものでも見るかのように見下し、足蹴りにして付き放した。
それでも神父は諦めずに声を上げる。

「お願いします。医者は患者を救うものではないんですか。お願いします」

神父の必死の呼びかけにも、医師はさも詰まらなさそうに言葉を吐く。

「確かに患者を救うものだ。だが、どこに患者がいるんだ」

医師は真面目な顔をして、そんな事を平然と言い放つ。
その言葉に愕然とする神父に、医師は続ける。

「良いか、この世の中、金がなければどうしようもないんだ。
 君にその子の治療にかかる莫大な金が払えるかね? 貧乏教会の神父さんに。
 幾ら人権と言った所で、結局のところ、平等なんて言葉はあってないようなもんなんだよ。
 分かったら、さっさと帰ってくれないか。こっちも良い迷惑なんだよ。
 君らみたいな格好をした人に、この辺をうろつかれるとね」

医師が手を上げて合図をすると、その後ろから警備員と思われる男が二人現れ、神父を蹴り飛ばす。
雨でぬかるんだ地面に叩きつけられながらも、神父は必死に腕の中の子供を抱いて守る。
その背中を侮蔑するように眺めつつ、男たちは建物の中へと入って行く。
神父はよろよろと身体を起こしつつ、その背中になおも話しかける。

「お願いします! この子を……。どうか、この子をお救い下さい!」

しかし、非情にも神父の見ている中、男たちは一度も振り返ることなく、その扉は閉ざされた。
降りしきる雨が神父の体温を奪う中、神父はその腕に抱いた子供を力強く抱きしめる。
ただ、己の無力を悔やむように。
神父の腕の中で、小さな命は小さくなっていき、やがて消える。
神父は声を上げることなく、ただただ、流し続ける。
涙なのか雨なのか分からない液体がとどめなく頬を伝う中、神父は嗚咽まじりに天を仰ぎ見る。

「主よ、これが人のする事なのですか。本当に、この子は死ななければならなかったんでしょうか?
 分からない。私には、もう何も分かりません」

今までにも、何度も同じ目に合っている神父は、ここに来てその信仰さえも揺らぎつつあった。
そんな神父の背後からそっと近づき、傘を差し出す一人の男がいた。

「そういった子たちを救う方法がある。
 わしと一緒に来るならな」

「ほ、本当ですか? 本当に、こういった子たちが救えるのですか!?」

力なく顔を上げた神父は、ゆっくりと男の言葉を何度も頭の中で反芻させる。
やがて、その意味に気付くと、力を無くしていた瞳が徐々に強い輝きを取り戻し、男の足にしがみ付くようにして見上げる。
足を掴まれた男は、服が汚れるのも構わず、しゃがみ込むと、神父が抱いている子供の髪をその手で撫で上げる。
それから、その目を神父へと移すと、思いのほか強い力を秘めた眼差しで神父を見詰める。

「ただし、その道は果てしなく険しいぞ。
 それに、お主は間違いなく、お主の信仰しておる神に背く事になる。
 それこそ、地獄なんぞ生温いぐらいの業を背負うやもしれぬ。
 それでも、わしと共に来るか?」

「わ、私は……」

「お主に、修羅となる覚悟があるか?
 そういった子供たちを救うために、修羅となる覚悟がな」

「……本当に、本当に、こういった子たちを救えるのですか」

「ああ、約束しよう。さあ、どうする。後は、お主の覚悟次第じゃ」

そう言うと、男は立ち上がり、神父へと手を差し伸べる。
神父は、その手を眺めつつ、少しだけ躊躇した後、しっかりと、その手を掴む。

「こういった子たちを救うために、私は喜んで修羅となりましょう」

「よく決断した。なら、付いてくるが良い。主の名は?」

「名は、たった今、捨てました。今までの信仰と共に」

「そうか。なら、六義の一、雅を架する人、政治の興廃、古き世界と新しき世界を架する人で、架雅人というのはどうじゃ」

「架雅人?」

「そうじゃ、お主の新しい名じゃ」

「……分かりました。たった今から、私は架雅人です」

「よし。それと、お主が面倒を見ておった子供たちは、わしの方で、しかるべき施設にでも移そう。
 だから、お主は何の心配もせんでもいい」

「ありがとうございます」

「なに、礼には及ばん。では、いくぞ」

そう言って、片足を引き摺りながら歩き始めた男の後ろを、子供を抱いたまま架雅人は付いて行く。
二人の姿は、勢いを増した雨の中、静かに何処へともなく消えていった。





  ◇ ◇ ◇





「こうして、信仰を捨て去った一人の神父が生まれたという訳ですよ」

全てを語りおえた神父、架雅人は小さな笑みを一つ浮かべると、昔を懐かしむように目を閉じる。

「あの時、あの方に拾われたからこそ、今の私がある訳です。
 そして、我々の最終的な目的…、我々が目指すもの…、それは政府の転覆。
 日本だけでなく、世界中の政府を相手にしてですが。
 全ては、貧富の差のない世界を作るためですよ。
 そのための第一歩として、日本の一部を我々の支配下に置き、独立を宣言します。
 それが私の目的です。そのために、あの方に協力をしているんです
 そして、まず最初に、政界へと太いパイプを持つ人たちの協力を仰ごうという事です」

「それで、祥子か」

「ええ、そうです。まずは手始めに、小笠原グループ会長のお力をお借りしようと思いましてね。
 その次は、まだ決めていませんが、幾つかの候補は既に上がっていますから、
 ここでそんなに時間を掛けられないのですよ」

「……祥子が狙いなら、何故、他の者たちも一緒に狙う」

「もし、小笠原のご令嬢だけが攫われたらどうしますか?
 しかも、その後、相次いで、政界へと繋がりを持つ所のご令嬢やご子息ばかりが立て続けに攫われたりしたら…。
 当然、次の狙いが悟られ、誘拐が困難となるでしょう。
 つまり、カモフラージュですよ。集団誘拐によって、我々の本当の目的が誰なのかを悟られないためのね」

「警察だって、そこまで馬鹿ではないぞ。こんな事が続けば、そのうち、気付くに決まっている」

「ええ、そうでしょうね。ですが、立て続けに集団誘拐が起これば、捜査の方も混乱するでしょう。
 もし、誰かが気付くかもしれませんが、それまでに事を終らせれば良いだけですよ。
 尤も、その最初の所で躓くとは思いませんでしたけれどね。
 ですが、かえって良かったかもしれませんね。途中で、貴方たちみたいなのに邪魔をされて時間を取られるよりはね。
 さて、少し長話が過ぎましたね」

そう言うと、架雅人は口を閉ざし、目を開ける。
それに対し、美由希が架雅人を睨みつける。

「そんな事の為に、関係のない祥子さんたちを狙うんですか!?」

「全ては、神の御心のままに…、ですよ」

「神だと? 信仰を捨てた神父が、どの口で神の名を出す」

志摩子との出来事を聞いていた恭也は、はき捨てるようにそう口に出す。
それに対し、神父はただ変わらぬ笑みを湛えたまま語る。

「捨てたのではありませんよ。ただ、気付いたのです。
 ただ黙っていても、神は救いの手を差し伸べてはくれやしないと。
 つまり、新しい信仰を得たという事です。まあ、そう言った意味でなら、今までの信仰は捨てましたけれどね」

「その為に、今まで何人の人を殺してきた」

「人…? 違いますね。彼らは皆、人の皮を被った獣ですよ。
 本来ならば、殺す価値さえ無い。しかし、誰かが鉄槌をくださなければなりません。そう、神に代わって」

「違う! 人が人を殺すなんて間違っています」

「ほう、可笑しな事を仰りますね。では、問いましょう。
 あなた方が手にしているソレはなんですか? まさか、玩具とでも仰りますか」

「そ、それは……」

「落ち着け、美由希」

「では、あなたに問いましょう。あなた方が手にしているソレは何ですか。
 そして、今まであなたがしてきた事と、私がしてきた事。何が、どう違うのでしょうか」

「さあな。結局の所、俺もお前もしている事は変わらんだろうな。
 どんな大義名分を掲げた所で、人殺しは人殺しだ。
 それでも、俺は俺の守りたい者を守る。ただ、それだけだ」

「なるほど。あなたを相手に、この問答は意味がないようですね。
 しっかりとした信念の元、あなたはソレを手にしている。
 そして、さほど遠くない先に、そちらのお嬢さんも、それを貫く強さを持つでしょうね」

「何だ? 予言か」

「いえ、ただの直感ですよ。いえ、確信と言い換えても構いませんが。
 どちらにしろ、お互いに語る言葉は尽くしました」

「だろうな。お前にどんな理由があり、また、どういった考えがあるのかは分かったが、
 俺の周りの者にその手を伸ばすというのなら…」

「…ただ斬るだけです」

「ほう。先程とはまるで違いますね。この短い間に、そこまで決意を固めるとは」

「正直、殺すための決意というのは、まだ分かりませんけれど。
 それでも、恭ちゃんと約束したから。私がこの刀を手にしたのは、守るためだから。
 だから、悩むのも、後悔するのも、全部、後にします。今はただ、自分の力全てを使って、守り抜く…。
 ただ、それだけ!」

「良いでしょう。では、始めましょうか。リノアさんも宜しいですか?」

架雅人の言葉を合図にして、それまで黙って木に凭れ掛り、腕を組んで目を閉じて静かにしていた女──リノアがその身を起こす。
リノアは左腰より伸びている柄に左手を掛けると、少し持ち上げる。
その動きにつられ、右肩よりも上へと伸びていた剣先が、ゆっくりと倒れていく。
ある程度、横へと倒したところで、その動きを止めて、右手で一気に抜き放つ。
その長い刀を目の当たりにして、美由希は思わず喉を鳴らす。
鞘から左手を離し、右手だけでの長刀を携えた女は、鋭い眼差しを二人に飛ばすと、静かに口を開く。

「私の相手は、どちらだ」

それに応えるように、恭也が一歩前に出る。

「俺がしよう。美由希、お前は」

「うん、分かった」

美由希が頷くのを見るや否や、恭也はリノアへと駆け出す。
牽制に放った飛針は、全てリノアの一振りによって払い落とされる。

(あれだけ長い刀を、あそこまで自在に操るか。ならば…)

恭也はそのままリノアへとは近づかず、多少の距離を開けつつ、林の中へと移動する。
それを追うように、リノアも林へと踏み入る。
二人が去った方を眺めながら、架雅人は感心したように呟く。

「成る程、林などの障害物がある場所ではリノアさんのような長物は扱い難いですからね。
 でも、相手が悪かったですね。彼女の戦闘力は、あの程度では衰えませんよ」

改めて美由希へと体を向けると、架雅人は静かに、始めましょうか、と口にする。
美由希はそれを最後まで聞く事無く、架雅人へと向かうのだった。





つづく




<あとがき>

さて、六神翔も出てきた所で、いよいよ本格的にぶつかり合うことに。
美姫 「敵の目的も語られ、いよいよ物語は中盤から終盤へ」
一応、この辺りは中盤かな?
美姫 「果たして、恭也と美由希はどうなるのか?」
次回もお楽しみに〜。
美姫 「うーん、たまには、次回予告風にやってみない?」
また、唐突だな。
美姫 「良いから、良いから」



由乃「私たち陽気な三薔薇娘〜♪」
祐巳「誰が呼んだか知らないが〜♪」
志摩子「二年生三人揃ったら〜♪」
三人「紅黄白薔薇とは愉快だな〜♪」
祐巳「って、私と由乃さんはまだ、蕾なんだけれど…」
由乃「駄目よ、祐巳さん、細かい事を気にしたら」
祐巳「こ、細かいかな?」
志摩子「ふふふ。でも、楽しいわね」
由乃「ほら、志摩子さんも気にしてないんだから」
祐巳「う、うん」
志摩子「それよりも、祐巳さん、由乃さん」
由乃「どうかしたの、志摩子さん」
祐巳「なになに?」
志摩子「次回予告しなくても良いのかしら?」
由乃「あっ! そうだった。もう、祐巳さんがくだらない事を言うから」
祐巳「え〜、私のせいなの?」
志摩子「ほら、そんな事を言っている間に…」
祐巳・由乃「あー! 時間が、もうない!」
志摩子「あらあら」



……どうだ、次回予告風。
美姫 「って、全然、予告できてないし。しかも、本編が珍しくシリアスなのに…」
あ、あははは〜。
美姫 「やり直しよ、やり直し!」



遂に敵の目的が明らかとなった今…。

「私の信念と貴方の信念。どちらがより強いのか、試してみましょう」

激突する神父と剣士。

「この程度の事で、私を止められるとでも?」

己が技を出し合う二人の剣士。

「だからって、奪うんですか! 今まで奪われたからって、何の関係もない人たちから奪うって!」

少女の叫びが木霊する。

「くっ! 何て奴だ」

思わぬ苦戦を強いられる事となる青年。

四者四様の思いが駆け巡る。
次回、マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜 第48話
暫しお待ちを!

「俺たちは、負ける訳にはいかない…」




って、こんなんでどう?
美姫 「まあ、許してあげましょう」
さて、それじゃあ、本当に今回はこの辺で。
美姫 「また次回でね♪ ごきげんよう」
ではでは。





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