『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第48話 「激突する信念」






架雅人は大きく開いている袖口へと腕を入れると、そこから細長いモノを取り出し、美由希へと放つ。
美由希はそれを避けて躱すと、架雅人へと斬り掛かる。
美由希の斬撃を、架雅人は軽い身のこなしで後ろへと下がって躱すと、再び、美由希へと細長い針を投げる。
それを数本は飛針で打ち落とし、残りは鋼糸で絡め取るようにして地面へと落とす。
架雅人は後ろへと大きく跳躍しながら、両手を交差するように振る。
無数の針が美由希へと飛んで行く中、架雅人は美由希との距離を詰める。
架雅人は懐へと手を入れ、そこから杵形の把の両端に鈷が付いた武器を取り出し、美由希へと振るう。
飛来する針を弾き飛ばしながら、迫り来るその攻撃を小太刀で受け止めると、美由希は一旦、後ろへと跳躍して距離を開ける。

「何で、神父なのに独鈷杵(とっこしょ)なんですか。それは、密教じゃ…」

「何か、問題でも? 使えるものは使う。それで良いじゃないですか。
 それよりも、お喋りしている暇がありますか?」

言うなり、架雅人はまたしても針を投げつけてくる。
それを躱しながら、美由希は思考を切り替える。
架雅人の言う通り、どんな武器を使うかは本人次第。
自分はあの武器に対する手段を考えるまで。
素早く思考を切り替えると、美由希は改めて架雅人の持つ武器を見る。
大きさはざっと三十センチ程。
その真中を握り、その両端に付いている鈷での攻撃だから、実際の間合いは少し短くなる。
即ち、間合いは自分の方が大きいという事。
それらを考えつつ、美由希は架雅人へと小太刀を繰り出す。
左右から繰り出される美由希の斬撃を、架雅人はもう一つ取り出し、二つとなった独鈷杵で受け止めていく。
数回の斬撃の後、美由希は架雅人の足を狙って蹴りを放つが、それを架雅人は飛び上がって躱すと、腕をクロスさせ、
頭上へと振り上げると、そのまま、美由希の頭部を挟み込むように振り下ろす。
それを小太刀で受け止めると、空中で身動きが取れない架雅人へと、下から突き上げるように、直線に蹴り上げる。
孤を描かず、最短で架雅人へと伸ばされた蹴りは、しかし、美由希自身が後ろへと転がった事によって、不発に終わる。
美由希が後ろへと下がる原因となったものが地面に突き刺さっている。
蹴りを出した瞬間、架雅人が左手を広げて美由希の顔へと突き出してきたと思ったら、そこから何かが飛び出したのだ。
咄嗟に、後ろへと転がって避けたが、その判断は間違っていなかったようだと、
地面に突き刺さっている小さな矢を眺めながら、美由希は思う。
恐らく、袖の中に隠し、予備動作無しに撃てる武器、袖箭(シュウチェン) だろう。
そんな事を考えている美由希に向かって、架雅人が軽く手首を捻る動作を見せる。
そこから、二つの影が飛び出し、美由希はそれを小太刀で弾く。
地面へと落ちたのは、胴銭らしきものだが、その縁が鋭く研がれており、刃となっていた。

「今度は、羅漢銭(らかんせん) ですか。
 暗器ばっかり。…神父じゃなくて、まるで暗殺者と闘っているみたい」

小さく呟きながらも、美由希の目は注意深く架雅人の一挙一動を見る。
暗器を使うと分かった以上、その動作が微弱でも見逃すのは危険だと判断する。
そんな美由希の目の前で、架雅人は大きく手を持ち上げると、その手に菱形の物体を取り出す。
菱形の物体の一箇所には布が付けられており、それを後ろにして、美由希へと投げる。
一つを避け、一つを小太刀で弾くが、それに結ばれていた布が一瞬だが視界を塞ぐ。
その布を、もう一刀で切り裂いた時には、架雅人がこちらに向けて、また何やら投げつけていた。
十字の形をした金属は、回転しながら美由希へと迫る。
それを横へと飛び躱しながら、美由希は負わず愚痴めいた言葉を零す。

「手裏剣まで持ってるなんて、本当に神父なの…」

そんな美由希の呟きなどお構いなく、横へと跳び退った美由希へと架雅人が迫っていた。
その手に握った独鈷杵を美由希へと振るう。
それを何とか受け止めると、美由希は左右の小太刀を縦横無尽に振るい、架雅人から離れないように連撃を繰り出す。
他の武器を取り出させないように、攻撃の手を休めず、美由希は架雅人へと斬り掛かる。
それを何とか防ぎつつも、架雅人は徐々に押され始める。
架雅人は左手を美由希へと向ける。
袖箭が来ると分かり、同時に、美由希はその腕の向きから狙いを見取り、直線上から身を退ける。
その直後、左の袖口より射出されたソレは、誰もいない空間へと目掛けて飛んで行く。
しかし、すぐに軌道を変化させ、孤を描くように美由希へと迫る。
それに驚きを見せつつ、美由希はその場にしゃがみ込む。
その頭上を、唸り音を上げて金属の塊が通り過ぎる。
その塊には、鎖が付いており、架雅人の手の動きによって、しゃがみ込んだ美由希の頭上へと、再び襲い掛かる。

「くっ!」

美由希は短い言葉を洩らすと、すぐさまその場を飛び退き、鎖分胴による攻撃から身を躱す。
距離の開いた所へ、架雅人が針を投げる。
それを躱すと、そこへ今度は羅漢銭や手裏剣といった投擲武器が次々と美由希を襲う。
それを躱し、弾きながら、美由希は林の中へと入る。

(これだけ障害物があれば、飛び道具は意味をなさないはず)

そう考えた美由希の行動だったが、それが甘い考えだと分かるのに、そんなに時間は掛からなかった。
何故なら…。





  ◇ ◇ ◇





生い茂る木々を掻き分けながら走る恭也は、時折、背後を伺う。
ちゃんとリノアが付いてきている事を確認しつつ、ある程度の所まで進むと、一気に転進してリノアへと向かう。
向かい来る恭也を迎え撃つべく、リノアはその場に立ち止まる。
木々に挟まれたその狭い場所では、その長刀を自在に振るえないと考えた恭也は、上下からの斬撃、もしくは刺突が来ると読む。
それに対処すべく、最も適したと思える攻撃に移ろうとした時、先にリノアが動いた。

「この程度の事で、私を止められるとでも?」

小さく呟くと、リノアは恭也に向って行く事も、後ろへと下がる事もしなかった。
単に上へと跳躍しただけ。ただ、それだけ。
ただし、跳躍が頂点へと達する瞬間に、横にある木に足を置く。
いや、木を蹴り、更に上、いや、斜め上へと跳躍した。
そして、その先にある木を更に踏み台にして、また跳躍。
それを数度繰り返し、数メートルの高みまで登ると、恭也目掛けて落下し始める。
長刀を左腰へと寄せ、上空から左から右へと一閃。
落下速度に体重を加えられたその一撃は、かなりの重さを持って恭也を襲う。
両手で小太刀を握り締め、何とかその一撃を凌いだ恭也だったが、リノアはそのまま力比べする事無く、
受け止められると分かるや否や、すぐさま後ろへと跳び退く。
そして、またしても木々を蹴りつけて、上空へとその身を置く。
今度は、先程よりも高い位置から、再び落下。
受け止めるかどうか一瞬だけ悩んだ恭也だったが、すぐさまその場を跳び退く。
少し遅れて、そこへリノアの斬撃が落ちてくる。
その勢いと剣風に、積っていた枯葉が一斉に舞い散る中、リノアは着地の勢いをそのまま利用して、またも跳躍する。
恭也は受け止めず、またしても跳び退くことで躱すが、リノアは地に足を着けるのを忘れたかのように、すぐさま跳躍する。
何度かその攻撃を躱しつつ、恭也はタイミングを計っていた。
何度目かのリノアの攻撃を、最低限の動作で躱すと、リノアが飛び上がるために力を込める瞬間を狙い澄まして、攻撃に転じる。
恭也のその斬撃を、リノアは飛び上がりながら、下からの斬撃で弾くと、すぐさま上から恭也へと長刀を振り下ろす。
それを何とか恭也が受け止めた頃には、リノアはまたしても頭上、数メートルの高みにいた。
そして、また強襲してくる。

「くっ! 何て奴だ」

恭也は舌打ちを残し、再び、その攻撃を避ける。
時には受け止め、反撃を試みるが、リノアの動きは止まらない。
やがて、少し広まった空間へと出てくる。
そこで、ようやくリノアは動きを止めて、恭也と対峙する。
恭也は、自分がここまで追い込まれたことに気付き、改めて目の前の敵の強さを実感する。
それを知ってか、知らずか、リノアはただ静かにその長刀を改めて恭也へと突き付けるように構える。

「さて、これで思う存分にやりあえるな…」

そう言うと、恭也へと駆け出すのだった。





  ◇ ◇ ◇





林へと駆け込む美由希を眺めながら、架雅人はその後を追おうとはしなかった。
それどころか、美由希が掛けていった方向とは逆側へと歩き出す。
それに気付いた美由希が、訝しげに眺める中、その視線に気付いているのか、架雅人は淡々と語る。

「何か勘違いされているようですが、私の目的は、六輪の薔薇です。
 無理して、あなた方と戦う必要はないのですよ。
 つまり、貴方が私から離れるというのなら、私はただ、当初の目的を果たすだけです」

美由希は、自分の考えの甘さに思い至り、架雅人の前へと姿を見せる。
そんな美由希を一瞥すると、架雅人は不思議そうな顔をする。

「何故、そこまで他人の為に必死になれるんですか?
 所詮は、仕事以外の何物でもないでしょうに」

「別に、仕事だから必死になっているんじゃないです。
 祥子さんたちは、大事な友達だから。友達を守るのに、理由はいりません」

「変わった人ですね。貴方も、貴方のお兄さんも」

「あなただって、昔は困っている子供たちの為に、必死になってたんでしょう。
 だったら、分かるはずです。それに、本当に、そんな計画が上手くいくと思っているんですか。
 政府がそう簡単に、認めるわけないじゃないですか。
 下手をしたら、それこそ力のぶつかり合いになって、そういった子供たちを増やす事に…」

「新しい事を始めるのに、多少の犠牲は付きものですよ。
 今までに、私はたくさんのものを奪われました。
 それもこれも、権力を笠に着た者や、金にものを言わせるような奴らのせいでね。
 分かりますか? 医者が患者を選ぶんですよ?
 その土地のちょっとした名士が、その権力で持って、力無きものを痛めつけ、それを無かった事にするんですよ?
 あんな奴らに奪われるぐらいなら、新しい世界の為の犠牲になる方が、まだましだと思うでしょう」

「そんな勝手な…」

「分かってくれとは言いません。
 しかし、我々が目指すその先では、誰もが平等に、そして、争いのない世界が待っているんです。
 だから、ここは素直に引いてもらえませんかね?」

「それは出来ません。
 例え、大きな目的があったとして、それが他の人にとって、大変良い事だったとしても、
 その為に犠牲になる人がいるなんて、絶対に間違っています。
 特に、それが私の周りにいる人たちなら、尚更譲れません」

架雅人の話を聞くが、それでも自分も譲ることが出来ないと告げる美由希に対し、架雅人は軽く肩を竦める。

「貴方のその想いを貫き通せば、私が犠牲になるんですよ。
 今まで、色々なものを奪われてきた私から、貴方は更に夢まで奪うと言うのですか」

「だからって、奪うんですか。今まで奪われたからって、何の関係もない人たちから奪うって。
 そんなの間違ってます。私は馬鹿だから、難しいことは分からないけれど、でも、それは間違っています。
 だって、それだと、その人たちと同じじゃないですか!
 その日、あなたを追い返したあの人たちと!」

美由希の言葉に架雅人の顔に怒りが浮かび上がる。

「同じだと……。あの最低な人たちと同じだと言うんですか、あなたは!
 あなたに何が分かります! 私の腕の中で、冷たくなっていくあの子達の体温。
 まだ幼く、先もある命が消えていくのに、ただ見ているしか出来ないあの虚脱感が!
 それに対して、何もできない自分の不甲斐無さが!」

「分かるとは言えません。その苦しみは、あなただけのものだから。
 私がそう簡単に分かるなんて口に出来ないです。でも、だからって…。
 それに、さっきも言ったように、あなたの苦しみは分からないけれど、
 でも、自分の不甲斐無さということなら、私も嫌と言うほど分かりますよ。
 だから、やっぱり、あなたは間違っていると思います」

「自分が不甲斐ないと分かるからといって、それがどうしたんですか。
 そんなものは関係ありませんよ。兎に角、私はもう走り出したんです。
 後はもう、立ち止まらずに、ただゴールを目指すだけなんですよ」

「……そんな事はさせません。それが貴方の夢だと言うのだとしても、私は止めてみせます」

強い眼差しで見詰めてくる美由希に、架雅人は懐かしいものを見るような、温かい眼差しを一瞬だけ浮かべるが、
そっと目を閉じ、すぐさま開いた時には、既にそんなものは消え去り、ただただ、湖面のように静かな眼差しになっていた。

「成る程。ならば、私たちはここでぶつかり合うしか道はありませんね?
 しかし、今の貴方に私が止めれますか?
 先程、私の話を聞いて、少なからず動揺している貴方に。
 決意はしたのでしょうが、まだ若干の迷いを見せていた貴方に…」

架雅人の言葉に、美由希は僅かにたじろぐが、その瞳に篭もった力をそのままに、
真っ直ぐに架雅人と向かい合うと、ただ静かに言葉を紡ぐ。

「……できます。確かに、さっきまでは少しとは言え、迷いがあったけれど、今はもう大丈夫ですから。
 何としてもあなたを止めて、間違いを気付かせてみせます」

「本当に、迷いが無くなったのかどうかは分かりませんが、一つ聞いておきたいものですね」

架雅人はそう言うと、美由希をじっと見詰める。
無言でいるのを肯定と受け取り、言葉を繋げる。

「殺人剣を振るうことに、何ら疑問を抱かないのですか?
 まあ、昔から代々伝えられてきた事ですから、疑問を持つという事もないのかもしれませんが…」

尋ねておきながら、自分で納得したように答えを出して頷く架雅人の言葉を、美由希が遮るように話し出す。

「ここに来るまで、たくさん悩んだし、迷いましたよ。でも、それでも、私は、今、こうしてここに居る。
 色んな人たちに助けられて。恭ちゃんの背中を追いながらだけれど。
 だけど、自分の意志で、自らの信念で、今、私はここに居るんです」

その言葉から何を感じ取ったのか、架雅人は静かに臨戦状態へと移りながら静かに言葉を発する。

「…成る程。ならば、私の信念と貴方の信念……、どちらがより強いのか、試してみましょう」

そう告げると、架雅人は自分から美由希へと接近するのだった。





つづく




<あとがき>

苦戦している恭也と美由希。
美姫 「果たして、二人はどうなるのか!?」
といった所で、次回〜。
美姫 「って、引っ張るわね〜」
あははは。まあまあ。さて、次回も頑張るか。
美姫 「ほらほら、さっさと書きなさいよ!」
わ、分かってるってばよ〜。
美姫 「それじゃあ、また次回までごきげんよう」
ではでは。





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