『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第49話 「苦戦」






一気に距離を詰められながらも、恭也は左の小太刀をリノアを牽制するように突き出す。
それを軽く身を横に動かして躱しながらも、リノアは全く動きを止めず、そのまま長刀を横薙ぎに振るう。
それを右の小太刀で受け止めると、左の小太刀で突きを出す。
またしても、それを軽く躱すと、リノアは僅かに後退しながら、長刀を頭上へと掲げ持ち、一気に振り下ろす。
それを横へと躱しつつ、恭也は距離を詰めようと前へと出る。
と、下へと振り下ろされた長刀が、恭也へと向かい、逆袈裟に斬りあがって来る。
それを大きく跳び退くことでやり過ごすと、同時に飛針を投げつける。
飛来する飛針を、たったの一振りで全て叩き落したリノアに、恭也はまたしても接近を試みる。
横に振るわれる長刀を屈んで躱し、返す刀で斜め上から振り下ろされてくるのを横へと跳び退り、
そこへ、突きが来るのを、小太刀で弾く。
お互いに息も吐かせないほどの攻防を繰り広げつつ、恭也は内心で舌を巻いていた。

(あの大きな刀を、まるで手足のように操っている上に、やけに戦い慣れている)

非常に厄介な相手だという認識を新たにしつつ、恭也はリノアの周りを動き続ける。
時に飛針を投げ付け、その隙に接近を試みたりもするが、そのこと如くをリノアは阻む。
いつしか、リノアを中心として、恭也が孤を描くような動きになっていた。
徐々にその輪を縮めつつ、リノアの間合いより少し大きめの距離を保ちながら、恭也はじっとリノアの動きを追う。
暫らくして、恭也はリノアの間合いの内へと踏み込む。
それに反応するかのとうに、恭也へと長刀が向かう。
それを後ろへと跳び、紙一重の差で躱すと、着地と同時に神速を発動して、再び、リノアの間合いの中へと踏み込む。
モノクロの世界の中、リノアの長刀が引き戻されるのよりも、ほんの僅か速く、恭也はリノアの間合いの内、
自身の間合いへと踏み入ると、左右の小太刀を振るう。
神速がとけ、世界が色を戻す中、恭也の放った斬撃は、しかし、リノアによって防がれていた。
リノアは、鞘を体の前へと差し出し、恭也の斬撃を防いだのだった。
驚く恭也へと、そんな隙も与えないとばかりに、引き戻された長刀が襲い掛かる。
それを寸前の所で躱すと、再び、間合いの外へと身を置く。
そこで、初めてリノアから驚いたような声が零れる。

「驚いたな。私の目で追えない動きを見せるとは…」

「それも、防がれては意味がないがな」

「まあ、見えていた訳ではないさ。ただ、殺気を感じたから、そこへと鞘を差し出しただけだ」

「…それでも大したもんだ」

「それは、お前もな」

敵対し、命のやり取りをしているというのに、何処か通じ合ったような感じの二人は、その顔に微笑さえ浮かべる。





  ◇ ◇ ◇





自分から接近した架雅人は、左右の独鈷杵を振るう。
それを小太刀で上へと軽く弾くと、がら空きになった胴へと小太刀を薙ぐ。
しかし、その一撃は鎖分銅の鎖によって受け止められる。
架雅人は美由希の小太刀を受け止めた鎖分銅の先を、美由希へと向かって蹴りつける。
迫り来るそれを、身を捻って躱した美由希へと、今度は架雅人の拳が迫る。
いや、拳ではなく、針に似た何かが。
それは、両先端の尖った細い棒状のものの真中に輪が付いており、架雅人はそこに指を通して、先端を美由希へと向けていた。
峨嵋刺(がびし)と呼ばれるその武器を振るってくる架雅人に対し、美由希へ架雅人の腹に蹴りを入れ、
その反動を利用して、地面を転がる。
初めから、逃げる事を前提に放った蹴りでは、牽制にはなったが、大したダメージは与える事もできず、
美由希が立ち上がる頃には、架雅人は何事もなかったかのように、再び、美由希へと接近してくる。
向かって来る架雅人を見据え、身構える美由希の前で、架雅人は大きく飛び上がると、蹴りを放ってくる。
あまりにも無防備なその行動に、美由希は一瞬だけ躊躇をみせるが、すぐさま頭上の架雅人目掛けて小太刀を振るう。
と、そのズボンの裾から、小さな矢が飛び出てくる。
慌ててそれを避けると、架雅人の着地地点を狙って小太刀を振る。
それを独鈷杵で受け止めると、美由希と打ち合う。
その合間に、羅漢銭や袖箭、手裏剣といった投擲を合間、合間に投げてくる。
美由希は、それらを飛針や小太刀で打ち落としたり、弾いたり、時には躱しつつ、架雅人へと斬り掛かる。
今のところ、お互いに致命的なダメージを与える事はできていない中、二人は位置を入れ替わり立ち代りしながら、切り結んで行く。
何度目の切り結びになるだろうか、美由希の小太刀を架雅人の独鈷杵がぶつかり、甲高い音を響かせる。
と、架雅人が今までとは違う動きを見せ、大きく後ろへと跳び退る。
その後を追おうと美由希が踏み出そうとした所へ、お馴染みとなった暗器の数々が飛び掛る。
それらを、弾き躱ししながら、架雅人へと近づこうとする美由希に対し、
架雅人は暗器を投げつけつつ、徐々にその距離を開けて行く。
ある程度の距離が開いた所で立ち止まると、架雅人は両手を大きく広げ、一気に振り下ろすと、すぐさま振り上げる。
そして、また振り下ろし、振り上げる。それを何度も繰り返す。
勿論、ただそんな事をしている訳ではなく、架雅人が腕を振るたびに、袖から指先から、あらゆる暗器が飛び出してくる。
今までとは比べ物にならない数の暗器の飛来に、美由希は必死で応戦するが、
流石に全てを躱すことは出来ず、細かい傷が付いていく。
それでも、致命的な一撃だけは何とか避けている。

「ほう」

そんな美由希を眺め、小さく感嘆の言葉を洩らすと、これ以上はやっても無駄だと悟ったのか、その腕をピタリと止める。
そして、右手を後ろへと回すと、何処に隠していたのか、小振りの剣を取り出す。
そんな架雅人を見て、美由希は暗器が尽きたのか、残り少なくなってきたのだと判断すると、一気に詰め寄る。
美由希の小太刀を、剣で受け止めながら、架雅人は時折、暗器を飛ばす。
どうやら、暗器が尽きた訳ではないようだったが、その暗器を投げてくるのが、
今までよりも少ない事に、残る暗器の数が少ない事を示していた。
体術においては美由希の方が勝っているらしく、徐々に美由希に押される。
美由希の右からの横薙ぎを受け止めた架雅人に対し、すかさず左の小太刀を逆方向から横へと振るう。
完全にこの攻撃に対応できなかった架雅人の胴へと向かい、美由希の小太刀が迫り、そのまま胴へと吸い込まれて行く。
架雅人の胴を斬り付けた美由希だったが、その感触に眉を顰める。
胴で止まった小太刀に見入る美由希へと、架雅人の剣が襲い掛かり、美由希は慌てて後退する。
架雅人と距離を開けつつ、美由希は左手が捉えた妙な感触を思い出しつつ、架雅人へと視線を向ける。
その視線を受け、架雅人は軽く笑みを見せると、上着の端を右手で掴み、剥ぎ取るようにして脱ぐ。
架雅人が脱いだ上着を軽く振り回すと、大きな一枚の布へとその姿を変える。

「大凱戦布といって、特殊な繊維を織り込んで編んだものです。
 使い方次第では、銃弾を弾き、刃のように鋭い切れ味を出します」

説明しながら、架雅人は美由希へと迫る。
左手に握った剣を突き出し、それを躱した美由希へと、大凱戦布が襲い掛かる。
それを小太刀で受け止めると、甲高い音が響き、架雅人の言葉が嘘ではない事を示す。
しかし、すぐさまただの布のように垂れ下がり、美由希の視界を覆い隠そうとしてくる。
それを小太刀で払い除けた所で、剣が再び襲い掛かってくる。
それを逆の小太刀で打ち払った美由希の元へと、大凱戦布が螺旋を描いて先端を尖らせ、突きのように繰り出される。

「ちっ!」

舌打ち一つ残し、横へと跳び退る美由希へと、螺旋が解けた大凱戦布が横殴りに後を追ってくる。
左から迫ってくるそれを、しゃがんで躱すと、そのまま大凱戦布が上から落ちてくる。
小太刀をニ刀合わせるようにして、その大凱戦布へと叩き付けると、柔らかい布のようになり、
美由希の小太刀を包み込むようにゆっくりと広がり、小太刀を奪い取るように纏わり付いてくる。
急いで小太刀を引き戻し、美由希は架雅人と距離を取る。
やり難そうな美由希を見ながら、架雅人は剣を放り捨てると、大凱戦布の両端を両手で持ち、美由希へと迫る。
様々な形状へと形を変えながら、突きや薙ぎ払いを繰り出してくる大凱戦布を躱し弾き、時には反撃をするが、
それらは全て大凱戦布の前に弾かれる。
攻防一体とした大凱戦布の前に、美由希は徐々に追い詰められて行く。
何度目かの攻防の後、美由希が繰り出した右の突きを、大凱戦布を棒のように伸ばして、後ろへと流した架雅人は、
そのまま浮いた美由希の上体へ、大凱戦布の先端を尖らせて突きを打つ。
踏み出した足に力を込め、すぐさま後ろへと下がった美由希だったが、大凱戦布は更にそこから伸びて、美由希へと迫る。
左の小太刀で何とかソレを打ち払うが、下へと打ち払われた瞬間、螺旋状の形から、通常の布のように広がり、
美由希の左腕をそのまま打ち付ける。
思った以上に重たい衝撃に、一瞬だけ動きの止まった美由希の腹に、
大凱戦布を目隠しにして近づいていた架雅人の膝がまともに入り、美由希はそのまま後ろへと吹き飛ばされる。
地面へと倒れた美由希へと、架雅人は更に大凱戦布による追い討ち、いや、止めを刺そうとする。

「これで、お終いですよ」

架雅人の腕の動きで螺旋状へと変化した大凱戦布は、回転しなががら美由希へと向かっていく。





  ◇ ◇ ◇





リノアと向かい合ったまま、恭也は少し厄介そうにリノアの背中に刺した鞘を見る。

(厄介だな。あの特別製の鞘も武器のうちか。
 懐へと入っても、あの鞘による防御が待っているとなると…)

恭也はゆっくりとリノアの左側へと動く。
それに合わせ、リノアはその場を動かず、ただ体だけを恭也の正面へと向けるように左へと動かす。
そんなリノアの動きをじっと見詰めたまま、恭也は歩みを止めると、すっと小さく息を吸い込み、
吐き出すと同時に右腕を大きく振るう。
右手から放たれた三本の飛針を、リノアはやはり長刀で薙ぎ払う。
が、ここからがさっきまでとは異なっていた。
いつの間にか、リノアを囲むように細い糸──鋼糸が空中へと現われて、一気にその輪を縮める。
同時に、リノアの四方の地面から、飛針が弾かれた様にリノアへと向かう。
長刀を引き寄せ、左耳の横で構えると、身体を回転させつつ、長刀を振るう。
リノアが一周する頃には、全ての飛針と鋼糸が切断されていた。
しかし、恭也は焦る事無く、リノアが回転し終えるよりも幾分速く、鋼糸が切断された瞬間に、左手を動かす。
すると、切断されたはずの鋼糸が一本だけ、手品のように繋がり、リノアの体を縛るように迫る。
鋼糸がリノアの体に絡みつくよりも少しだけ速く、リノアの長刀が動き、それを切断する。

「成る程。最初に私の周りを動きながら、罠を張っていたか。しかも、予め破らせるためだけの罠まで」

「…あのタイミングで、あれを防ぐか」

お互いに感心したような言葉を零しつつも、お互いに隙を窺うように相手を見詰める。
静寂が辺りを支配し始めた頃、先に動いたのはリノアだった。
リノアは、恭也へと真っ直ぐに向かってくると、長刀を頭上から一気に振り下ろす。
それを横へと躱した所へ、横薙ぎに迫ってくる長刀に対し、恭也はリノアとすれ違うように前へと出る。
同時に、リノアの脇腹へと小太刀を突き立てるように小太刀を突き出すが、それは鞘によって弾かれる。
お互いにすれ違うなり、相手を見もせず、背中越しに感じる気配を頼りに、体を回転させつつ己の武器を振るう。
お互いの武器同士がぶつかり合い、金属音を上げる中、二人はまったく同時に後ろへと跳び退ると、
これまた同時に地を蹴って、前へと出る。
同じように繰り出す斬撃をぶつけ合い、そのまま乱撃に移る。
恭也のニ刀を、長刀と鞘で弾き、反撃する。
リノアの長刀を小太刀で受け、時には流して反撃に転じる。
己の武器だけでなく、蹴りも交えながら繰り返される乱撃は、徐々にその速度を上げていく。
恭也が細かいフェイントを交えて相手を惑わそうとすれば、リノアはそれを読んで先回りをする。
リノアが一刀の元に防御ごと叩き斬ろうとすれば、恭也はその力を上手く受け流して躱す。
激しい攻防を繰り返す二人を中心として、まるで風が吹き荒れているようにすら見える。
そんな中、徐々に恭也の手数が減ってくる。
その動きも、段々と速度を落としていく。

「どうした! もう疲れたか」

動きの鈍くなってきた恭也へと、リノアは挑発するように声を掛ける。
それに対し、恭也は短く呻き声を出すと、体に鞭を打つように力を込めて、速度を上げるが、
それでも少し上がった程度で、しかも、すぐさま元の速さに戻る。
悔しげに口元を歪めつつも、目だけは未だに力を失わず、リノアへと向けられる。
そんな恭也を、リノアは何処か微笑ましそうに見遣るが。すぐさま表情を引き締めると、長刀を振り下ろす。
それを後ろへと跳び退りながら躱すが、完全には躱しきれず、その切先が微かに胸元に触れ、
服を切り裂き、肌に薄っすらと血が滲み出る。

「っっ!」

お互いに一旦、距離を開けて動きを止めるが、リノアはすぐさま恭也へと迫る。
恭也に休ませる時間を与えないように、縦横無尽に長刀を振るう。
細かい傷を幾つか付けられつつ、それでも何とか交わしつづけていた恭也だったが、何度目かの斬撃で、
上から振り下ろされた一撃を受け止めた恭也は、完全に受け止めきれずに左肩に自身の小太刀が喰い込む。
リノアは、そのまま小太刀ごと恭也の左肩を斬るかのように、力を込める。
何とかそこで堪えている恭也だったが、僅かに膝が崩れる。
と、リノアは斬撃を放つのを止め、恭也へと蹴りを打つ。
左の小太刀に掛かっていた力が急に引いたことと、その蹴りによって若干、前のめりになる。
その恭也の頭上目掛け、リノアの長刀が唸りを上げる。
それを、足に力を込め、後ろへと飛び退いて何とか躱すと、恭也はリノアへと向かう。
向かって来る恭也を見据えながら、リノアは恭也に合わせるように、やや遅い斬撃を放ち、
それに恭也が反応して小太刀を合わせようとした瞬間、手首を返して恭也の首元へと長刀を翻す。
予想していなかったリノアの長刀の動きに、かなりの速さで喉元へと向かって繰り出された突きに、
恭也は思わず動きを止めてしまう。
そんな事でリノアが動きを止める事はなく、リノアは最後になるであろう一撃を渾身の力で持って突き出した。





  ◇ ◇ ◇





フィアッセたちが奏でるメロディーを聞きながら、祥子たちは手を合わせ、ただ一心に恭也たちの無事を願う。
そんな祥子たちの様子を歌いながら眺めていたフィアッセは、そっとその顔に微笑を見せると、少しだけ天井を見上げる。
ここには居ない幼馴染たちへと届けとばかりに、声を張り上げながら。

(恭也、美由希、ちゃんと戻ってこないと、お仕置きだからね)

そんなフィアッセの考えに気付いたのか、ゆうひとアイリーンは何となく顔を見合わせる。
美麗な旋律が響く教会にて、乙女たちによる真摯な祈りは、ただただ静かに続いていた。





つづく




<あとがき>

苦戦、苦戦、苦戦。
美姫 「って、何か短いような気も…」
いや、一旦、ここで区切ろうかなーと。
美姫 「じゃあ、続きはすぐに書きあがるとか?」
……あ、あははは。
美姫 「こ、この馬鹿が!」
ぐあっ、ぐはぁ、がっ!
く、苦戦、苦戦……。
美姫 「馬鹿、馬鹿、馬鹿〜!」
く、苦戦……どころか、一方的……。
美姫 「さっさと書けー!」
は、はいぃぃぃぃ〜。
美姫 「……それじゃあ、また次回でね♪」
…………。





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