『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第50話 「二つの信念 その行き着く先」






美由希へと向かった大凱戦布は、美由希ではなく、地面へと穴を開ける。
そこから少し離れた場所で、美由希は膝を着いた状態で、肩で激しく息をしていた。
架雅人は腕を一振りして大凱戦布を引き戻すと、再び美由希へと攻撃しようとする。
美由希はゆっくりと立ち上がると、大きく息を吸って吐き出すと、一刀を鞘へと納め、そっと右手を後ろへと引き伸ばす。
射抜の構えで架雅人を見る美由希に、架雅人は何かを感じたのか、大凱戦布を広げ、攻撃ではなく防御へと転じる。
美由希は一度目を閉じ、そっと呼吸を整えると、静かに目を開く。
同時に地を蹴り、架雅人目掛けて走る。

──御神流奥義之参、射抜

美由希の刺突が架雅人へと向かう。
架雅人は落ち着いて美由希の小太刀を大凱戦布で受け止めると、そのまま小太刀を包め取ろうと動く。
小太刀を大凱戦布に包まれた事により、派生を封じられるが、それは既に予測済みだったのか、美由希は全く慌てた様子もなかった。
それ所、いつの間にか左手には小太刀が握られており、大凱戦布の隙を付くような形で、刺突が出されていた。
最初の一撃目は囮で、本命はこちらの二撃目。

──射抜二連

これに対し、架雅人は美由希の小太刀を奪い取るのを止め、左の小太刀から繰り出された攻撃を大凱戦布で防ぐ。
大凱戦布によって、こちらも阻まれた美由希は、二撃目を出しながら、その膝を限界まで曲げて力を溜め込んでいた。
そして、それを一気に解き放つと、頭上へと飛び上がりながら、引き戻していた右の小太刀で突を繰り出す。

──射抜・翔

架雅人はすぐさま大凱戦布を翻し、美由希の攻撃を受け流す。
美由希はその力さえも利用して、大凱戦布に蹴りを放ち、更に高く飛び上がると、上空で体を捻り、
地上にいる架雅人目掛けて、空中で射抜の構えを取る。

──射抜・突

地上へと向かいながらの射抜に、架雅人は大凱戦布を下から上へと振るい、美由希を横側から叩きつけようとする。
美由希は、横から来た大凱戦布に小太刀を当て、滑るようにしながら地上へと降り立つ。
丁度、架雅人と大凱戦布の間に降り立つと、美由希は今までの力を一気に溜め込むように屈めた膝を伸ばし、
体の回転を利用して、右に握る小太刀を前へと突き出す。

──射抜・近

近距離からの射抜。それも、大凱戦布の内側に入られた状態の架雅人は、それを身を捻って躱すが、
美由希の小太刀は架雅人の脇腹へと突き刺さる。
それでも怯まず、架雅人は大凱戦布を引き戻しながら、美由希の腕を包み込むと、そのまま投げる。
投げ飛ばされつつも、空中で態勢を整えた美由希は、何とか足から着地する。
少し、大凱戦布に捕まった腕が痺れるものの、骨には異常がないようで、
美由希は射抜・翔を打つ際に鞘へと収めた小太刀を再び、その手に握ると、ニ刀を手に架雅人へと向かう。
向かって来る美由希に対し、架雅人は大凱戦布でその攻撃を捌くが、やはり、脇腹の傷が痛むのか、
その動きは先程と比べても、格段に劣っていた。
シャツが見る間に赤く染まる中、架雅人は尚もその体で大凱戦布を振るう。
螺旋の形を取り、美由希へと向かうそれを、美由希は十字に重ねたニ刀で弾き飛ばす。
雷徹と呼ばれる奥義の一つで弾かれた大凱戦布の下を身を屈めて走る。
しかし、架雅人もそう簡単に再び接近を許すような事はせず、弾かれたと見るや、大凱戦布の中央を掴み、
大きく広げて、美由希の視界を塞ぐ。
それだけでなく、大凱戦布の一部が突き出し、美由希へと迫る。
咄嗟に身を捻りつつ、美由希は架雅人から離れる。
怪我をしたとはいえ、大凱戦布そのものを何とか封じなければ、美由希は架雅人に近づくのが困難であると悟る。
射抜による蓮撃は、既に出したため、次も通用するとは考え難い。
美由希は架雅人へと目を向けながら、大凱戦布を打ち破る方法を考える。
やがて、一つ息を吐き出すと、小太刀をニ刀とも鞘へと戻す。
これには、架雅人も眉を顰め、怪訝な顔を見せるが、口を開く事もせず、ただ用心深く美由希を観察する。
それが、ただのはったりによる見せ掛けだけの行動なのか、何らかの行動へと移る前の準備なのかを見極めようと。
架雅人が用心深く見詰める中、美由希は一刀だけを鞘ごと右手で持つと、静かに頭上へと持ち上げる。
鞘に包まれた刃を真っ直ぐに上へと向け、鍔が目の前に来る位置で止めると、左手もそっと柄に添える。
静かにそっと息を吸い込むと、美由希は射抜くように鋭い眼差しを架雅人へと向け、一気に走り出す。
射抜をも上回る速度で架雅人へと迫った美由希は、そのまま体をやや前方へと倒し、
腕を上へと掲げると、そのまま一気に鞘から抜き放す。
鞘に一切、手を触れずに、上段からの抜刀。
これに対し、架雅人が取ったのは、当然ながら大凱戦布による防御だった。
大凱戦布が架雅人の首から下を守るように目の前に広げられる中、鞘から刃が抜き放たれた瞬間に、美由希は神速へと入る。
神速の中、美由希の刃が上から下へと振り下ろされるが、それは既に広がった大凱戦布に当たり、架雅人自身には当たらない。
しかし、それでも、美由希はそんな事を気にも掛けず、振り下ろした刃をそのまままだ下へと振り下ろし、
同時に、前へと踏み込んだ右膝を限界まで折り曲げ、左膝がギリギリ地に付くかどうかまで腰を落とす。
振り下ろされた刃は、その勢いのまま、切先をこれまた地面に付かないギリギリの範囲で前から後ろへと振り抜くと、
それに追随するように、足首から脹脛、太腿、腰、胸、腕と回転させる。
孤を描くように、刃が下からの上へと向かう中、抜刀と同時に、離れていた左手が、
いつの間にか腰に差していたもう一刀の小太刀を、これまた鞘ごと掴んでいた。
左手だけは、この回転から忘れられたかのように伸びきった状態で、頭上にあった。
ようやく、左手も思い出したかのように、上から下へと孤を描くように動こうとする中、鯉口に置いた左手にぐっと力が込められる。
そのまま、回転運動へと加わった左手の動きに合わせて、小太刀が動く中、小太刀の柄頭が、
空中にまだ置いていかれた、抜刀後の鞘を強く打つ。
鞘が架雅人へと向かって、その軌道を変える頃、美由希は神速の領域から抜け出る。
回転の力を加えつつ、折り畳まれた膝の力を一気に解放しながら、美由希は右手に握った小太刀を架雅人目掛けて、下から振るう。
一方の架雅人は、いきなり軌道を変えて向かって来る鞘を、大凱戦布を引き上げて弾くと、
大凱戦布が自らの視界を塞ぐ前に見た光景、背を向けている美由希に対し、大よその位置へと大凱戦布の下端を尖らせて打つ。
美由希の二度目の斬撃が大凱戦布へと向かう中、大凱戦布の端が美由希へと向かう。
美由希の足を掠り、大凱戦布が地面へと突き刺さる中、美由希の右の小太刀が大凱戦布に触れる直後、
前から後ろ、後ろから上へと向かう途中で、右の小太刀と同じように抜刀された左の小太刀が追いつき、
右の小太刀が大凱戦布へと当たった後、およそ人の認識できない程の差で、左の小太刀が右の小太刀へとぶつかり、
右の小太刀が再び大凱戦布へと当たる。
美由希はそのまま、一度目の軌道を辿るように、一気に右の小太刀を振り下ろす。
美由希も架雅人も、そのまま動きを止め、暫しその状態でそこに佇む。
長く感じられるような静寂の中、実際には一秒にも満たなかったが、小さな布が切り裂かれるような音が鳴る。
それを切っ掛けに、時間が動いたように、両者も動き出す。
美由希はすぐさま左の小太刀で架雅人へと横からの斬撃を見舞い、架雅人はそれを後ろへと跳び退りながら、
大凱戦布を広げ、美由希の小太刀を弾こうとする。
しかし、広げられた大凱戦布は、まるでその勢いに負けたかのように、中央から縦へと破れる。
これには、さしもの架雅人も驚愕の表情を浮かべ、小さく声を洩らす。
その隙に、美由希は右の小太刀を下から上へと振り上げるが、架雅人はすぐさま使い物にならなくなった大凱戦布に、
最後の仕事とばかりに、美由希へと投げつけると、その隙に更に後ろへと飛び退る。
更に数度、後退した架雅人は心底驚いたように美由希を見詰める。

「まさか、大凱戦布が破られるとは…」

「はぁー、はぁー。で、出来た…」

肩で大きく息を吐き出しながら、美由希は今しがた自分が繰り出した攻撃を他人事のように感じていた。
御神流正統奥義、鳴神。
物を斬る時に生じる反発力そのものさえも切り裂く、御神の奥義。
それを放った美由希は、乱れる呼吸もそのままに、この好機を付くべく、架雅人へと迫る。
自分へと向かって来る美由希を見て、架雅人も我に返ると、懐へと手を伸ばす。
その時に、脇腹が痛み、微かに顔を歪めるが、何とか意志の力でそれをねじ伏せると、懐から独鈷杵を取り出す。

(貴女の信念の強さ、とくと見せてもらいました。しかし、私も負ける訳にはいかないんですよ。
 そう、何があろうとも…)

瞳に更なる力を宿し、架雅人は向かって来る美由希を迎え撃つべく、独鈷杵を握っているのとは逆の手を、懐へと忍ばせるのだった。





  ◇ ◇ ◇





首元に迫るリノアの長刀の刃を、恭也は至って冷静にそれを見ていた。
リノアが恭也の喉を貫くと思ったその時、リノアの予想に反し、恭也が最初に刃を交えた頃と同じか、
それ以上の速さで動いて、その攻撃を躱す。
遅い動きに目が慣れていたリノアは、急に速く動いた恭也の動きに咄嗟に反応するも、対応が僅かに遅れる。
それでも、何とか恭也の攻撃を防ぎ、反撃をしようとしたところで、恭也の動きが再び視界から消える。
しかし、リノアは慌てず、気配を探り、殺気を感じ取ると、長刀を左斜め前方へと突き出す。
確信を持って突き出した長刀は、しかし、空を切る。
驚愕するリノアを余所に、恭也はリノアの右斜め後ろからリノアへと斬り掛かる。

「くっ! 今までの遅い動きは、このためか」

吐き出すように言いつつも、リノアは地を蹴って、前へと転がりながら恭也の斬撃をやり過ごすが、右頬と左肩に斬撃を喰らう。
右頬の方は、微かに切れた程度で、薄っすらと血が出ているだけなのに対し、
左肩は切れた肩口付近の服の布が真っ赤に染めあがるほど、血が滴り出ており、かなり深い傷のようだった。
右手で左肩を押さえながら、リノアは恭也の視線と真正面から向かい合う。
いつ飛び掛ってきても反撃できるように用心しつつ、リノアはその口を開く。

「どういう事だ。確かに、殺気は前方からだった。なのに、実際は正反対の位置にいるなんて…」

「御神不破流歩術、虚から、神速へと繋げて背後に周っただけだ」

恭也は少し息を乱しつつも、そう説明する。
それに対し、リノアはよくは分からないが、そういった技なのだろうと認識をすると、右手だけで長刀を構える。

「まだ、やるつもりなのか」

「当たり前だ。確かに、私は左肩を負傷している。しかし、気付かないとでも思ったのか?
 お前自身、かなり疲れているのは事実だろう。それに、今までのダメージが全くないと訳でもあるまい」

「……つくづくやり辛いな」

苦笑めいたものを浮かべる恭也に、リノアも同じような表情で返す。

「それは、こちらも同じ事だ。今まで闘ってきた者の中で、間違いなく、お前は一番だよ。
 私をここまで追い詰めるとはね」

「一応、感謝の言葉を言っておこう」

それだけを告げると、恭也は静にニ刀を構える。
対し、リノアも右手だけで長刀を掲げ持つ。
静かに向かい合ったまま時が流れる中、今度は先に動いたのは恭也だった。
恭也はリノアへ向かって走りつつ、飛針数本を飛ばす。
それを長刀の一振りで払い除けたリノアだったが、そのすぐ後ろに、まったく同じ軌道で飛針が飛んで来ているのに気付くと、
その身を捻って躱す。そこへ、恭也が鋼糸を飛ばしてくる。
リノアの腕を掴むように伸びてきた鋼糸を、リノアは長刀で切り裂くと、自らも前へと進み出る。
恭也とリノアがぶつかり、甲高い金属音を当たりに響かせる。
お互いに一歩も譲らず、その手にした得物を相手へと繰り出す。
何度目かの打ち合いの後、リノアが頭上から振り下ろした長刀を、恭也がニ刀で持って受け止めると、お互いに鍔競り合いへと移る。
力をその腕に込める中、先程、恭也に付けられた肩の傷口が痛むのか、リノアは微かに顔を痛みで歪める。
それでも、力を緩めず、恭也を押し潰さんとばかりに力を込めるリノアに対し、恭也も両腕に力を込め、押し返そうとする。
少しの間、近距離でお互いを睨み付けていた二人だったが、弾かれた様に同時に後ろへと跳び退くと、間髪入れずに距離を詰める。
またしても繰り返される斬撃の嵐に、いつしか、虫たちもこの周辺からは姿を消していた。
やがて、またしてもお互いに距離を開けた二人は、これまたお互いに息も荒く、相手を睨み付ける。
しかし、このまま戦いが長引けば、怪我をしたリノアが不利になるのは目に見えていた。
リノア自身もそれに気付いてはいたが、目の前の男とやり合う事に、一種の楽しさを覚えていた。
それは、恭也もまた同じようで、その顔にはリノアの顔に浮んだのと同じような笑みが、一瞬だけ浮ぶ。
それでも、自分たちの抱く信念の向かう先が歩み寄る事がないと知っている二人は、決してその攻撃の手を緩めない。
ただ、目の前の相手を倒すこと。ただ、それだけを考える。
リノアはそっと長刀を鞘へと納めると、抜刀の態勢を取る。
ただし、その体はかなり前へと倒されているが。
地面に対し、刀がほぼ垂直の角度になるぐらいまで前傾姿勢を取ると、左手を長刀を納める鞘へ、右手を長刀の柄へとそっと置く。
そのまま、体を後ろへと捻り、地面に対して垂直だった長刀が平行へと移動して行く中、
正面に立つ恭也に背を向けんばかりの所まで捻ると、そこで動きを止める。
右肩越しに恭也を見据えつつ、静かに息を吐き出す。
それに対し、恭也も自身の小太刀をニ刀とも鞘へと納めると、十字差しと呼ばれる、
腰の背中側で十字に交差するような形で小太刀を差している恭也は、その手を同じように柄へとそっと添える。
リノアの抜刀に対し、恭也も同じ抜刀の構えを取る。
何度目かの静寂が辺りを包み込む中、お互いの姿のみをその瞳に映し出しながらも、その身体のうちで静かに力を溜め込む。
蓄えられた力は、抜刀という一瞬の間に爆発する瞬間を、今か今かと待つ。
何か切っ掛けがあればすぐにでも爆発しそうな、そんな張りつめた空気が辺りを包む中、恭也はリノアの得物を改めて見る。
通常の刀よりも長い刀、長刀による抜刀。
普通に考えるのなら、恭也の抜刀の方が早いはず。
それでも、相手はあのリノアである。
決して長いとは言えないが、それでも、今までのやり取りから考えるに、何の勝機もなしに挑んでくるはずはない。
そうと分かるほどには、リノアとのやり取りは充分な時間だった。
また、リノアの構え自体も恭也は気になっていた。
通常の抜刀とは違う構え。もしかしたら、抜刀術ではないのかもしれないと。
どちらにしろ、リノアよりも先に、こちらの攻撃を当てる。
そう決意をすると、後はタイミングをじっと計る。
リノアの方も、肩越しに恭也を見遣りながら、抜刀の構えを見せる恭也を警戒していた。
この時点で仕掛けてくる以上、ただの抜刀ではないだろうと。
リノアもまた、あのやり取りの間に、恭也の事を観察し、ある程度、理解していた。
お互いに、ただ力を爆発させる瞬間をじっと待っていた。
やがて、その張りつめた空気が僅かに弛み、次の瞬間には一気に弾け飛ぶ。
恭也は一気にリノアへと走り寄ると、神速の領域へと入る。
そして、両手の小太刀を抜刀する。
神速から四連撃抜刀術、薙旋への連携。
これに対し、リノアは恭也の気配をしっかりと捉えており、先程とは違い、今度は本当に正面から来た事を感じ取ると、
左手で握った鞘を後ろへ、柄を握り込んだ右手を前へと動かし、あの長い刀を一気に抜き放つ。
斜め下から上へと跳ね上がるように動く。
それは、神速の中でも全く速度を落とす事無く恭也へと襲い掛かる。
それに驚きつつも、恭也は四つの斬撃全てを長刀へと当て、何とかリノアの抜刀を凌ぐ。
しかし、リノアの攻撃はまだ終っておらず、神速から抜け出た恭也へ、再びリノアの長刀が今度は横から襲い掛かる。
それをニ刀を重ねるようにして受け止めるが、完全に勢いを殺しきれず、態勢を崩した所へ、更に一撃が加わる。
抜刀からの三連撃。その三撃目を小太刀に受け、恭也はそのまま後ろへと吹き飛ばされる。
運悪く、吹き飛んだ先には大きな木があり、恭也はそのまま木の幹にぶつかり、そのまま崩れ落ちる。
そんな恭也へと、リノアはゆっくりと近づき、止めを刺そうと長刀を振り被る。





  ◇ ◇ ◇





迫り来る美由希に、またしても投擲武器で牽制をしてから、架雅人は美由希との距離を詰めて行く。
しかし、これを予想していた美由希は、軽々とこれらを躱すと、向かって来る架雅人へと鋭い一撃を放つ。
独鈷杵で美由希の小太刀を防ぐも、左右から休みなく繰り出される美由希の斬撃に、架雅人はただただ後退していく。
時折、反撃らしきものを見せる架雅人だったが、それは攻撃と呼べるほどのものではなく、簡単に美由希の小太刀の前にに弾かれる。
やがて、草木が一層生え茂った薄暗い場所へと戦いの場を移す。
障害物が多くなってきた事を幸いと、架雅人は木の裏などに隠れようとするが、
元来、美由希は恭也との鍛練は、こういった場所でも闘えるようにといったものだったため、
美由希の攻撃は怯むどころか、更にその速さを増していく。
遂には、その手にした独鈷杵を弾き飛ばされ、架雅人は無手となる。
それでも、何処に武器を隠しているか分からないため、美由希は用心しつつも、架雅人へと攻撃の手を休めずに攻め立てる。
そして、とうとう架雅人は一本の大木に背を付き、完全に追い詰められた形となる。
逃げ場所のない架雅人に向かって、美由希は静かに小太刀を構えつつ、声を掛ける。

「負けを認めて、大人しくしてもらえませんか」

「…確かに、私の負けですね。でも、大人しくするつもりはありませんよ」

架雅人の言葉に、美由希は少しだけ悲しそうな顔を見せるものの、すぐに表情を引き締めると、架雅人を見詰める。

「だったら、大人しくさせます!」

「出来ますか、それが貴女に。確かに、私の負けでしょう。
 ですが、私の夢が破れた訳ではありません。私の夢は、きっとあの人が叶えてくれるでしょう。
 その為にも、私は少しでも邪魔となる可能性のある貴女を始末します。
 この命と引き換えにしても!」

架雅人はそう叫ぶと、木の陰に隠していた手を素早く動かし、大きく広げてみせる。
その手には、何やらスイッチらしきものが握られており、その先から伸びたコードは、木の裏、
更にその後ろに多い茂った木々の向こう側へと消えて伸びている。
怪訝な顔を見せる美由希に、架雅人は最後の講習とばかりに、これの正体を説明する。

「簡単に言えば、爆弾ですよ。本来は、教会に仕掛けて、吹き飛ばす予定だったんですがね。
 そうすれば、死体もバラバラになって、誘拐の発覚が遅れるでしょう。
 それを、まさかこんな形で使う事になろうとは。
 ここからでは、貴女を道連れにするので精一杯でしょうが、仕方がありません」

言い終えるや否や、架雅人は爆弾の起爆スイッチに掛けた指に力を込める。
それよりも速く、架雅人が話している間にも、その距離を徐々に詰めていた美由希は、すぐさま神速を発動させる。
世界から色が抜け落ち、モノクロームになる中、美由希はもどかしいぐらいにゆっくりと、
纏わりついてくる空気を掻き分けるように架雅人へと向かう。
架雅人だけをその視界に入れ、美由希はただ少しでも前へ、少しでも早くと、神速の中を駆ける。
その甲斐あってか、架雅人の指がスイッチを押す瞬間、美由希の手が架雅人の手を掴み、スイッチを取り上げる。
暴れる架雅人の腕を捻り上げ、地へと押さえつけると、そのまま首筋に小太刀の峰を当てる。
それでも意識を失わず、強い目つきで睨みつけてくる架雅人に二撃目を加え、今度こそ昏倒させる。
ほっと息を吐き出すと、美由希は鋼糸を使って厳重に架雅人を括り付けていく。
念のため、簡単なボディチェックを行い、暗器の類を持っていない事を確認しておく事も忘れない。
一通りの作業を終えた美由希は、ゆっくりとその場に腰を降ろすと、今更のように震える膝に自分でも苦笑を零すのだった。





  ◇ ◇ ◇





今まさに恭也へと振り下ろされようとしていた長刀は、しかし、何故か急にその動きが止まる。
リノアの目は恭也を見ているようで見ておらず、まるで何かに気付いたいうように驚愕の表情で、その腕を止めていた。
そのリノアの視線の先には、先程の攻撃によってか、服の二の腕部分が破れ、そこから何か黒いものが覗いていた。
リノアは、ただ茫然と、恭也の腕に巻かれた黒いリボンを見ていた。







「リノアさん、リノアさん。私、またあの人に会っちゃいました」

「あの人? ……ああ、前に迷子になった時に、助けてくれたという」

「はい、そうです。これで三度目ですよ」

「また、迷子になって助けてもらったのかい?」

冗談混じりに尋ねた言葉に、しかし、悠花は少し恥ずかしそうに俯く。

「いや、まさか、本当にそうだとは…」

どこかバツが悪そうな顔をしているリノアに、しかし、悠花はすぐに笑みを見せる。

「でも、そのお陰で会えたんですし、まあ、良しとします!」

そんな悠花を苦笑しながら見詰めると、しみじみとリノアは語る。

「しかし、珍しいね。人見知りの激しい悠花が、初めての、それも男性なのに、普通に話せたなんて。
 しかも、お気に入りのリボンまであげるなんて」

「あ、あれは、他にお礼するものがなかったからで…。咄嗟の事だったから…」

「だからといって、男にリボンね。貰った方も困っただろうね。
 それに、幾らお礼とは言え、あのリボンをあげるとは……」

「あ、う、あう」

からかうようなリノアの言葉に、悠花は顔を真っ赤にさせる。
これ以上は可哀相だと思ったのか、リノアは話を変える。

「しかし、三度も出会うとはね」

「はい、凄い偶然ですよね」

「一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目は運命……。
 そして、四度目は必然。もし、次に会うような事があれば、それは出会うべくして出会ったという事だろうね」

「はぁー、格好いいですねー。運命ですか……」

何処か夢見るような悠花に、リノアは苦笑を見せる。

(それにしても、本当に人見知りする悠花が、ここまで喜ぶなんてね)

そんな思いが顔に出ていたのか、悠花は真剣な顔でリノアへと語る。

「ほら、私ってドジだし、のんびりというか、おっとりと言いますか、とろくさいと言いましょうか…。
 と、兎に角、そんな感じじゃないですか。それに、極度の人見知りですし。
 だから、いっつも話していても、最後まで聞いてもらえないんですよ。途中で、違う話に変わっていたり、
 相手の方がイライラした様子をされるんで、もう良いかなって思って、話を止めちゃったりして。
 お父様や兄さんでもそうなのに、他の方だったら尚更ですよ。
 でも、リノアさんや、町で会ったあの人は、こんな私の話を最後までちゃんと聞いてくれたんです。
 人を怒らせないように、出来るだけ人とは喋らないようにして生きてきた私が、ちゃんと最後まで言いたい事を言えたんです。
 それだけじゃなくて、話していると楽しくて。勿論、リノアさんと話すのも楽しいですよ」

普段、滅多に喋らないからこそ、リノアといった話し相手がいるのは、悠花にとってかなり嬉しい事なのだろう。
そんな悠花の様子を目を細めて眺めるリノアへ、悠花は続ける。

「だからかな。お気に入りのリボンをあげたのは。
 よく考えてみたら、リノアさんの仰る通り、男の人がリボンなんて貰ってもどうしようもないのにね。
 ひょっとしたら、もう捨てられているかもしれないし…」

「悠花が出会ったというソイツは、そんなに冷たい奴なのか」

「そ、そんな事ないですよ、だって、親切に道を教えてくれたんですよ」

「だったら、捨てたりはしないだろう。
 あのリボンを悠花が大事にしているという事は、きっと分かるだろうからな。
 悠花が咄嗟にあのリボンを上げるぐらいの人物だ。
 それらから考えてみても、例え、その男にとっては使い道がなくても、お礼として受け取ったんだ、ちゃんと持っているさ。
 きっとね」

寂しそうな顔を見せた悠花に、リノアは大した根拠もなく、そう強く言い切る。
それを受け、悠花は嬉しそうな笑みを見せると、リノアへと礼を言う。
真っ直ぐで、何の飾りもないけれど、悠花の心からの言葉に、リノアは照れたようにそっぽを向く。
それが可笑しかったのか、悠花はちゃんと分かっているといわんばかりの笑みを浮かべるのだった。







いきなり茫然となったリノアを怪訝そうに見遣りつつも、その隙に恭也はリノアから離れる。

「それは……。そうか、貴様が悠花の言っていた…」

恭也に聞こえないぐらいに小さく呟くリノアだったが、リノアが何に対して驚いているのか分からない恭也は、
微かに震える身体に鞭を打ち、ただ黙って小太刀を構える。
そんな恭也を一瞥すると、リノアは剣を降ろし、背を向ける。
突然の行動に驚く恭也へと、背中越しに振り返って声を投げる。

「今回は見逃してやる。だが、次はないと思え」

剣を納めようとしたリノアへと、何処からともなく何かが飛来する。
突如、飛来した何かを、リノアは一振りで打ち落とすと、そちらへと顔を向ける。
と、その茂みから一つの影が信じられないほどの速さでリノアへと迫る。
白刃を煌かせてリノアへと迫る影一つ。
その影を見ながら、恭也は我知らずにその名を口に出していた。

「美沙斗さん…」

そんな恭也の呟きを余所に、美沙斗は射抜をリノアへと放つ。
自分に迫り来る凶刃を前に、リノアは長刀で迎え撃つ。
美沙斗の刺突を払うと、そのまま美沙斗へとその長刀を薙ぎ振るう。
しかし、打ち払われた美沙斗の小太刀は、そのまま軌道を変え、リノアの長刀を弾く。
そこへ飛針を投げつけると同時に後ろへと跳躍し、鋼糸を首筋へと投げる。
飛針を躱し、長刀で鋼糸を斬り払ったリノアへと、着地と同時に距離を詰めた美沙斗の蹴りが襲う。
それを膝で受け止めるとリノアは、長刀を美沙斗へと振るう。
それを小太刀で受け流すと、空いている方の手でもう一刀を抜き放ち、斬り掛かる。
その斬撃を鞘で受け止めると、リノアは引き戻した長刀から突きを繰り出す。
神速へと入り、その刺突を掻い潜るようにしてリノアへと迫る美沙斗に対し、リノアは長刀を突きから下への斬撃に切り替える。
それを横へと躱すと、美沙斗は飛針を投げつつ、距離を開ける。
難なくその飛針を打ち落としたリノアは、ただ静かに美沙斗と対峙する。
じっと相手の挙動を用心するように視線を這わせていた両者のうち、美沙斗が口を開く。

「まさか、こんな所で血塗れの魔女に出会うとはね」

その言葉に、リノアは微かに眉を動かすが、表情を変えずに返す。

「こっちも、まさか警防隊の死神に会うとは思っていなかったよ」

無言で睨み合っていた二人だったが、やがてどちらともなく刀を納める。
リノアは傷付いた肩を押さえながら、恭也へと視線を向ける。

「この続きは次に取っておく。次は容赦しないからな」

それだけを言うと、リノアはそのまま林の奥へと消えていった。
その背中が見えなくなるまで見送った後、恭也は美沙斗へと顔を向ける。

「美沙斗さん、どうしてここに?」

「ああ、あれからちょっと色々と分かった事があってね。
 任務が終って、すぐに日本へ来たって訳さ。小笠原さんの屋敷へと伺ったら、こっちにいるって聞いたからね。
 それにしても、血塗れの魔女までがいるとはね。ここは引いてくれて助かったよ。
 正直、任務が終ってから、ろくに休息を取っていないから、疲れていたからね。
 あのままやっていたらと思うと…」

そんな美沙斗の言葉に、苦笑しながらも恭也は聞き逃せない事を聞いていた。

「さっきのリノアという女性が、あの血塗れの魔女…」

「ああ。本人も否定しなかったから、間違いないだろう。
 実際に会うのは初めてだけどね。噂では長刀を扱う女性と聞いていたから、半分は当てずっぽうだったんだが…。
 所で、美由希は」

とそこまで話したところで、近くの茂みから一つの影が姿を現す。
咄嗟に、恭也と美沙斗は身構えるが、そこから現われた人物を見て、二人共息をそっと吐き出して顔を見合わせる。
一方、現われた人影──美由希は、茂みから姿を見せると、恭也の無事を確認してほっとした顔を見せるが、
すぐにその横に居る人物を見て、驚いた顔になる。

「母さん!? どうして!?」

「ちょっとね。それよりも、変わった荷物だね」

美沙斗の視線の先には、鋼糸で手足を括られ、ここまで引き摺られて来た架雅人の姿があった。
お互いの状況を認識するために、情報を交換する。

「血塗れの魔女?」

「ああ。俺が戦っていたのは、そう呼ばれ恐れられている人物だったみたいだな」

「でも、母さんの話だと、その人は龍を殲滅していたんじゃ」

「ああ。だから、どうして邃にいるのか分からないと思っていたんだが、二人の話を聞く限り…」

「多分、新しい世界を作って、テロ組織を殲滅させるつもりでしょうね」

「だからと言って、祥子さんたちを攫われる訳にはいかないよ!」

「当たり前だ」

美由希の言葉に、恭也も強く頷く。
そして、今度は美沙斗へと視線を向ける。

「それで、新たに分かった情報というのは?」

「ああ。だが、二人の話を聞くと、違うような気もしてくるな。だが、あいつの事だから」

「美沙斗さん」

「ああ、すまない」

一人で納得する美沙斗を促がすと、美沙斗は少しだけ間を置いてから話し出す。

「邃の頭領の名前が分かった。天羽宗司という男だ。
 この男が頭領なら、狙いは政府の転覆なんかじゃないはずだ」

「どういう事?」

美沙斗の言葉に、美由希が不思議そうに尋ねる。
それはそうだろう。
今しがた、それを信念に持つ男と刃を交えたのだから。
架雅人が語った言葉が、嘘だとは到底、思えないのだ。
そんな美由希に、美沙斗は冷静に告げる。

「つまり、そう言って唆した可能性もあるという事だ。
 勿論、本当にそれも目的の一つとしてあるのかもしれないが…」

美沙斗の言葉に、美由希は少しだけ悲しそうな顔をして未だに気を失っている架雅人を見る。

「美由希、同情するなとは言わない。
 しかし、だからと言って、こいつらのやり方が正当化されるわけではないんだ。
 確かに、こいつの言う通りだとしてもな」

「うん、分かっているよ。でも、もし、その宗司って人が、嘘を吐いていたんなら、何か報われないね。
 この人は、それを信じて闘っていたのに」

そんな美由希の言葉に、恭也は何も言わず、ただその頭にそっと手を置く。
そのまま、美沙斗へと視線を向けると、続けてくださいと告げる。
それを受け、一つ頷くと、美沙斗はその口を開く。

「さっきも言ったように、本当に政府の転覆も計画しているのかもしれない。
 こういった場合、あらゆる可能性を考えないといけないからね。
 ただ、これだけは確実に言える事なんだけれど、天羽宗司の本当の目的は、政府の転覆ではない。
 彼の目的は、御神の殲滅だ!」

はっきりと断定した美沙斗の言葉の内容に、恭也と美由希はただ唖然として美沙斗を見詰め返すのだった。





つづく




<あとがき>

はぁ〜、とりあえず、教会周辺の戦闘はお終い。
美姫 「って、最後の美沙斗の言葉って何?」
何だろうね〜。
ふふふ。今回の事件は、いろいろと複雑なのだよ。
美姫 「一体、何が本当で、何が嘘なのか」
それも、話が進めば明らかになる!
美姫 「とりあえずは、次回ね」
おう。次回は美沙斗の口から語られる事になる天羽宗司に関するお話の予定。
美姫 「いや、予定じゃなくて、そうじゃないと、全く話が分からないんだけれど。
ふっふっふ。それでは、また次回で!
美姫 「次回までごきげんよう」





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