『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』
第51話 「御神と天羽」
裏世界に身を置く者にとっては、あまりにも有名な話。
いつの頃からか囁かれ、そして、それが決して間違いではないと、出会いし者誰もが思う事。
ただし、敵対して生き残れた者がいればの話。
人の持てる力を限界まで、いや、限界以上に引き出して、両の手に握りし刃を振るう一族の話。
その技は必殺。見れば必ず殺される。故に、必殺。それ以上でも、それ以下でもない。
それ故に、知る者もおらず、伝わる事さえもない。
それなのに、何故か裏の世界の人々の間では有名な話。
御神の剣士と天羽の剣士。この二つに関わる事は、身の破滅を意味すると。
近代では兎も角、昔ではまず生き残る者さえいなかったとさえ伝えられる話。
多少の脚色はあるだろうが、それでも、かなり真実には近い話。
故に、囁かれる事となる一つの言葉、不文律
曰く、御神と天羽とは敵対するな。
神の名と天の名を冠せられし剣士には。
「何て言っても、実際は戦国時代の話だろうに。
近代に入ってからは、敵対するものを必ず殺してた訳じゃないってのに。
まあ、そんな事は連中には関係ないんだろうがな…。実際、結構、最近までは暗殺も請け負ってた訳だしな」
そうぼやきつつも、それでも戦前までの話なんだけどなと胸中のみで呟きながら、男は物陰に潜めた身体を窮屈そうに動かす。
そっと顔を出して前方の様子を窺おうとした瞬間、男の出した顔の近くの壁が抉れ、元は壁だったコンクリート塊や砂塵が舞う。
すぐさま顔を引き戻しつつ、その一瞬で相手の位置を大体把握し終える。
男への攻撃が止んだのを感じつつ、男──不破士郎は、そっと息を吸い込むと、物陰から一気に踊り出る。
今まで物陰に隠れていた士郎の登場に、男たちは多少驚きながらも、銃口を向けて一斉に引き金を引く。
ノズルフラッシュが暗闇の中、無数煌き、男たちの姿をぼんやりと映し出す。
大よそ、室内で使うのに相応しいとは言えないような銃身の長いマシンガンが浮き上がる。
男たちは、士郎を近づけさせまいと、内装が滅茶苦茶になるのも構わずにただ銃を撃ちまくる。
壁に穴が穿たれ、窓が割れ、殺風景な廊下に飾られていた花瓶が割れて、中の水を高そうな絨毯が引かれた床へとぶちまける。
それでも、男たちは発砲を止めない。
そんな銃弾の雨が乱れ飛ぶ中を、士郎は身を低くして走り抜けて行く。
その顔に、不遜な笑みさえ浮かべて。
戦後になると、御神は暗殺から手を引き、専ら護衛を中心とした仕事を多く手掛ける事になる。
これは、裏に住む御神よりも更に裏に位置し、常に宗家を守り、暗殺を手掛けてきた不破も同様だった。
これに対し、天羽も似たような状況へと移ろうが、こちらはそういった仕事から完全に手を引いた訳ではなかった。
最凶の御神に、最狂の天羽。
鬼神の剣たる御神に、修羅の剣たる天羽。
似て異なる二つの剣士。
異にして似かよりし剣士。
士郎は全ての男たちを打ち倒す。
その間、数分。
それだけの時間で、このフロアにいた男たちは全員が床へと倒れていた。
そんな男たちを見下ろし、士郎は手近にいて、最も軽傷の男へと顔を近づける。
それだけの事なのに、その男は傍から見ても異常なほど怯えていた。
士郎は男の顔を上げさせると、天気の話をするかのように口を開く。
「で、あんたらのボスは何処だ? 言っておくが、嘘や誤魔化しはなしだ。
後、下手に強情を張らないで、素直に吐いた方があんたのためだからな。
何も取って喰おうって訳じゃないんだ。
ただ、今後、うちの依頼人におかしな連中を送ってくるのを止めてもらおうと、お願いしに来ただけなんだからな」
士郎の言葉に何を感じ取ったのか、男はその居場所をあっさりと口にする。
それに満足そうに頷くと、士郎はもう倒れている男たちには目もくれず、ただその聞き出した場所へと歩き出していた。
◇ ◇ ◇
「ただいま〜、っと」
士郎は靴を脱ぎながら、そう声を掛ける。
それに応じるように、玄関へと妹の美沙斗が出てくる。
「お帰りなさい、兄さん。仕事の方は無事に済みましたか」
まだ中学に上がる前という年齢にも関わらず、落ち着いた雰囲気に、家事でもしている途中だったのか、
エプロンで両手を拭きながら現われた美沙斗の仕草や言葉に、士郎は苦笑を浮かべつつ頷く。
「ああ、何とか終ったよ。で、かーさんは?」
「かーさんなら、今、宗家の方へ行ってるよ。かーさんに何か用事でも?」
「そうか。いや、別に大した事じゃない。
ただ、ちょっと土産を頼まれていたからな。
まあ、良いか。居ないなら、仕方がない。先に食べるか」
「そんな事したら、かーさんが拗ねるよ」
「居ない方が悪いと言いたいが、流石に拗ねられると鬱陶しくて敵わんからな。
仕方がない、戻ってくるまで待つか」
口ではそう言いつつも、初めからそうするつもりだった事を知っている美沙斗は、
何も言わずにただ笑みを浮かべて、その土産を士郎から受け取る。
十近く年の離れている妹のそんな姿を見遣りつつ、士郎は自室へととりあえずは戻る。
そんな士郎の背中へと、美沙斗が声を掛ける。
「兄さん、すぐにお風呂沸かすから、ちょっと待っててね。
部屋に入って、すぐに寝ないでよ」
「はいはい、分かりました」
母親である美影に代わり、何かと世話を焼いてくる妹に軽く手を振って答えつつ、士郎は軽く肩を竦めて見せるのだった。
その日の夕食後、士郎は美影に呼ばれて美影の部屋へとやって来た。
「で、話ってのは?」
「そんなに急くもんじゃないよ。全く、この子は誰に似たのかしら」
「へいへい」
士郎は適当に返事を返すと、テーブルに用意された湯呑みを取って一口啜る。
その対面では、美影が士郎が買ってきた土産を一口、口へと放り込んでいる所だった。
「うん、やっぱり、ここのは美味しいわね。ありがとうね、士郎」
「別に…。それよりも、改まって話というからには、何かあるんだろう」
士郎の問い掛けに、美影は直接は答えず、あまり関係があるのかないのか分からないような事を逆に尋ねてくる。
「所で士郎。貴方は、天羽双剣流という流派があるのは知っていますか」
「ああ、知っている。というより、教えられたからな。
天羽の剣士は人に在らず、修羅なり。って奴だろう」
「ええ、そうです。そして、未だ現在に残る殺人術を伝える流派です。
まあ、その点で言えば、私たち御神も人の事は言えませんからね」
美影の言葉に、士郎はただ無言のまま肯定する。
そんな士郎を前に、一口だけお茶を飲むと、美影は再び口を開ける。
「今でも暗殺の仕事を極一部の者たちが請け負っている所でもあります。
これに付いても、私たちもとやかく言えるような立場ではないんですけどね」
「ああ。今でこそ、護衛の仕事をやっているけれど、昔は暗殺もやっていたからな」
少し苦いものを噛み潰したように告げる美影に、士郎ははっきりと頷いてみせる。
その上で、天羽がどうかしたのか尋ねる。
「今日、御神へとその天羽から依頼が来ました」
「はぁ?」
美影の短い説明に、士郎は思わず素っ頓狂な声を出す。
「一体、どういった内容の依頼だ?
そもそも、似たような事をやっている天羽から依頼というのは…」
急かすように尋ねてくる士郎を落ち着かせると、美影は話し始める。
「今日、私が宗家へと行っていたのも、この件なのよ。
天羽本家の次期当主、天羽宗司とその子供の抹殺依頼よ」
「なっ!? ちょっと待て! 穏やかな話じゃないな。
しかも、抹殺だと? うちは、暗殺の仕事は止めたはずだが」
「ええ、その通りよ。向こうもそれを承知の上で、依頼してきたのよ」
「どういう事だ。もっと詳しい話を聞かせてくれ」
士郎の要求に、美影は頷くと、今日、宗家で聞いた話を士郎へと伝える。
「天羽双剣流の次期当主である天羽宗司は、実力は恐らく今の天羽の中では随一でしょうね。
年から考えても本来なら、そろそろ当主を交代していても可笑しくはないのよ。
でも、先代の当主はその座を譲ろうとしないの。何故だと思う?
それどころか、このままなら、宗司の弟にその座を譲るとさえ言っているのよ」
「その弟の腕は、その宗司という男以上なのか」
「いいえ。言ったでしょう。天羽宗司の腕は、随一だって」
「だったら、何故?」
士郎の問い掛けに、美影はすぐさま答える。
「彼の性格に大いに問題あるからよ」
「性格?」
「ええ、そうよ。私も本人を知らないから詳しくは知らないし、聞いた話になるけれど…」
そう前置きをすると、美影は続ける。
「彼は小さい頃からその才能を発揮し出したらしいのよ。だから、当然の事ながら、仕事を与えられるのも早かった。
そのうち、他の者では出来ないような仕事が、彼に回って行くようになったわ。
勿論、暗殺という仕事もね。それを中学生に入ったぐらいからずっとしてきたらしいわ」
「で? まさか、それでとち狂ったとか?」
「そうね。狂ったといえば、狂ったのね。そのうち、彼は人を殺す事を楽しみ始めたのよ。
それも、すぐに殺すのではなく、散々に痛みつけて恐怖を植え付けてから殺すという残酷な性格に」
「……つまり、その性格故に、今の当主は次期当主にするかどうか悩んでいるって訳か」
「ええ、そうよ」
「勝手な話だな。自分らで仕事をさせておいて、それで狂ったら、今度は邪魔者扱いか」
「そうね。でも、現当主だって、そこまで割り切っていた訳じゃないわよ。
実際、剣を握らなければ、その宗司と言う人は、極普通らしいからね。
ただ、その剣を振るう理由が、人を殺めるためであり、自分が楽しむためというだけでね。
だから、始めはそれとなく注意をしていたのよ」
「注意したぐらいで、そう簡単に性格が直る訳ないだろう」
「ええ、そうね。それでも、そうするしかなかったんでしょうね。
所が、ある任務を数人で行なった時の事らしいわ。
その任務の生き残りが、その宗司という人だけだったの」
そこで美影は言葉を区切り、士郎を見遣る。
だが、士郎は特に何を思うでもなく、黙って続きを促がす。
それを見て、美影は再び話し始める。
「普通なら、それでお終いとなるはずの話だったのだけれど、宗司以外にも生き残りがいたの。
ただし、殆ど虫の息といった感じで、長くない事は誰の目にも明らかだったけれど。
そして、その男の口から、信じられないような言葉が出たのよ。
宗司以外に全滅したと思われた天羽の剣士だったけれど、実際には、それをやったのは宗司本人だって。
つまり、彼は遂に仲間であるはずの者たちにまで、その手に掛けてしまったの。
流石に、これは当主も黙っている訳にはいかなくなったって訳よ」
「それで、亡き者にってか?」
「いいえ。この時点でも、まだ注意するだけだったのよ。
だけど、仲間をその手に掛けた時に、強い者を地に叩き伏せるという事にも別の楽しみを覚え出した宗司の行動は、
日増しに過激になっていって、訓練と称して、同じ剣を学ぶ者を叩きのめしていたの。
幸い、死者は出なかったらしいけれど、二度と剣を握れなくなった者や、あまりにも嬲られ過ぎて精神が崩壊した者など、
それこそ、甚大な被害があったらしいわ。
そして、遂にはさっき言ったように、当主の座を弟に譲ると当主が言い出したのよ」
「で? 肝心のその宗司って奴は、当主の座に執着してたのか?
もし、そんなものに執着していなかったら、そんな事を言っても意味がないだろう」
「貴方の言う通りよ、士郎。宗司にとって、当主の座なんて、どうでも良かったのよ。
彼はただ、その剣を振るいたいだけだった。
しかも、それを口実にして、彼は自分の父親である当主と、自分の弟を斬ったわ。
そして、そのまま息子を連れて逃走」
「…………」
何とも言えない表情をしたまま士郎はゆっくりと、その口を開く。
「で、息子を連れて逃走は分かったが、女房の方はどうしたんだ?
置いて来たのか? それとも、その女房が依頼主か?」
「どちらも違うわ。彼の奥さんは、息子を生んですぐに亡くなったそうよ。
そもそも、籍すらも入れていないらしいわ。
言いたくはないけれど、宗司という男は最低な奴でね、ある屋敷に仕事で忍び込んで、そこにいたお嬢さんを攫って来たのよ。
で、後は言わなくても分かるでしょう」
「ったく、胸くそ悪い話だな。しかし、その事に誰も気付かなかったのか?」
「ええ。どうやら、宗司しか知らない地下室があったみたいでね、そこに隠されていたの。
見つけた時には、散々、痛めつけられた後で、肌のあちこちに刀傷や殴打の後や、その他にも色んな後が見受けられたらしいわ。
殆ど精神が崩壊する寸前だったと聞いたから」
美影は吐き捨てるように言い切った後、更に忌々しそうに続ける。
「しかも、子供を身篭っていると分かって、当主は慌ててこの事を隠蔽したのよ。
本当に、何を考えてるのかしらね、この当主も」
「まあ、今はその話は置いておいて、つまり、当主と次期当主も殺され、誰もそいつを止める事の出来る奴がいないって訳か」
「そういう事よ。それで、うちに頼んできたのよ」
「で、どんな結論を出したんだ?」
「暗殺の仕事は引き受けないわ。かといって、見逃すのは危なすぎるもの。
つまり、不特定多数の誰かを守るためという大義名分を掲げたって訳」
「早い話、引き受けたんだろう。だったら、初めからそう言えばいいものを」
「世の中には、直球だけじゃ駄目な時もあるのよ」
「へいへい。で、誰がその宗司をやるんだ。
性格は兎も角、腕はかなりのもんなんだろう」
「ええ。候補は二人。一人は、静馬さん」
「おいおい。御神の次期当主自らが出るってのかよ」
「もしくは……」
そこで言葉を区切ると、美影はただ黙って士郎を見る。
その視線の意味する所を受け、士郎は不敵な笑みを見せる。
「まあ、静馬の名が出てくる以上、もう一人は言わずとも俺だろうがな」
「何を生意気な事を言ってるのよ」
そう言いつつも、美影は少し翳りのある顔を見せる。
そんな美影の心情を悟ってか、士郎は殊更明るい声を出す。
「だったら、俺が引き受けよう。
と、言うか、この件、静馬の耳には入ってないだろう。
恐らく、あのじじぃ共の出した結論としては、俺にやらせろ、だろう」
「ええ、そうよ」
今更隠すつもりもないのか、美影はあっさりと頷く。
「御神が暗殺の仕事を止めて、まだそんなに長い時間が流れた訳じゃないわ。
それでも御神というだけで恐れられ、恨みを買う。
当然、次の当主である静馬さんにそんな事はさせられない。
暗殺は、あくまでも不破の領分というのが、あの人たちの意見よ」
「確かに、静馬は優しすぎるからな。それに、まだ若いしな。
こんな事、せずに済むのなら、それに越した事はない」
「だからといって、貴方にならさせても良いという考えが腹立つのよ!
あの耄碌じじいたちが!」
「おいおい。聞かれたら、流石にまずいだろう」
「構うもんですか。第一、こんな所にまで盗み聞きなんて来やしないわよ」
本気で腹を立てる美影を落ち着かせると、士郎は静かに口を開く。
「表向きは暗殺の仕事じゃないんだ。そんなに腹を立てるな。
誰かを守るために、何かを斬らなければいけないなんて状況は、初めてじゃない。
こればっかりは、どうしようもない事だからな。
ただし、やり方は俺のやり方でさせてもらうぞ」
「ええ、当然よ。それに関しては、既に了承を取ってあるわ」
「流石、年の功」
「何を言ってるの。そこは、流石かーさん、でしょうが」
「へいへい。……と、それと一つ確認しておく。
暗殺として、引き受けた仕事じゃなく、あくまでも不特定誰かの護衛として受けた仕事なんだな」
「ええ、そうよ。だって、御神はもう暗殺の仕事を引き受けないと言っているんだもの。
そんな仕事自体、存在するはずないでしょう。貴方がこれからやる仕事は、あくまでも護衛よ」
二人して、言外に含みのある会話を交わしながら、笑みを浮かべる。
「そうか、そうか。ふっふっふ」
「ええ、そうよ。ちゃんと、言質も取ってるもの。ウフフフフ」
その姿は、二人が間違いなく親子であると思わせるのには充分過ぎるほどに似通ったものだった。
つづく
<あとがき>
さて、語られていく御神と天羽の関係。
美姫 「そして、宗司の過去」
果たして、一体、何があったのか。
美姫 「次回の内容は…」
この二人に予告をしてもらおう。
恭也と美由希、後を宜しく〜。
「恭ちゃん、次回は士郎父さんが活躍するんだって」
「父さんが剣を振るうのを見るのは久し振りだからな。楽しみだな」
「うん。一体、どんな剣を振るうんだろう」
「若い頃の父さんか…」
「ちょっと想像付かないかな」
「まあ、想像し難いかもな。でも、俺たちが剣を取る理由は、父さんから教えられた事だから…」
「うん。その想いは一緒だよね」
「ああ」
「それじゃあ、次回、第52話 士郎父さんが頑張る!」
「嘘を吐くな、嘘を」
「う、うぅぅ、ごめんなさい。それじゃあ、改めて…」
マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜 第52話「士郎と宗司」
「次回もサービス、サービス」
「って、何を作ってるんだ」
「えっ? だから、サービスを…」
「止めておけ」
「ああー、何で、どうして!?」
と言う感じで。
美姫 「いや、どんな感じか分からないわよ、それじゃあ」
確かに、タイトルしか言ってないしな…。
美姫 「ほら、馬鹿やってないで、さっさと続き、続き」
へいへい〜。
美姫 「それじゃあ、次回までごきげんよう」
ではでは。