『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第53話 「とりあえずの決着」






「つまり、邃の頭領である天羽宗司は、父さんを恨んでいるという事ですか」

恭也の確認を込めた問い掛けに、美沙斗は頷く。

「兄さんだけでなく、御神そのものをね。それだけでなく、自分を追い出した天羽にさえも、その恨みは向けられた。
 丁度、御神がテロに遭って滅ぶ数年前に、天羽は全滅したんだ。
 表向きは山火事という事になってはいるが…」

「その天羽宗司という奴の仕業だと」

「少なくとも、私や兄さんに母さんはそう思っていたよ。
 尤も、天羽宗司が生存しているのを知っているのは、私と母さんに兄さんだけだったけれどね。
 私も含めて、生存を知っているその三人が、揃って天羽宗司の仕業だと思ったんだ。
 天羽自身は剣を取れなくても、その息子という可能性もあるからね」

「息子ですか」

「ああ。確か、弓華の報告書に名前があったと思うんだが、天羽宗司の名に気を取られていて、ちゃんと見てなかったよ」

美沙斗は苦笑を浮かべつつ、そう告げる。
そんな美沙斗に、恭也は首を軽く振ると、

「いえ。敵の目的や主犯格の人間が分かっただけでも充分ですよ」

「敵の目的は、恭ちゃんって事だよね」

美由希の言葉に、美沙斗が頷く。

「ああ、そうなるね。私も詳しくは知らないんだけれど、後から兄さんに聞いた話では、相当、兄さんの事を恨んでいたからね」

「全く、父さんは人の恨みを買うのだけは上手いからな。
 その尻拭いはいつも俺か…」

冗談っぽく言う恭也に、美沙斗と美由希も微かながら笑みを見せる。
それから、表情を引き締めると、美沙斗は恭也へと言う。

「冗談は兎も角、兄さんが居ない今、天羽の一番の目的はその息子である恭也だろうね。
 そして、その次に、御神の生き残りである美由希と私だろう。
 ひょっとしたら、美由希がその男から聞いたという政府転覆というのも考えているかもしれないけどね」

「つまり、俺たちを殺した後は、約束を守るつもりだという事ですか」

「ああ。約束を守るためか、自分のためかは分からないけれどね」

「どちらにしろ、まだ完全に祥子たちが狙われなくなったとは言えないという事ですね」

恭也の確認するような言葉に、美沙斗はしっかりと頷いて答える。
それを眺めつつも、恭也は複雑な顔になる。
それも仕方がないだろうが。
何せ、祥子たちの狙われる理由が、自分たちと関わったからという事なのだから。
勿論、美沙斗が言うように、自分たちを倒した後は、架雅人の言った計画を実行にするのかもしれないが。
それでも、自分たちと関わらなければ、今回の事件は起きなかったのかもしれないのだ。
そんな恭也の心中を察したのか、美由希がそっと恭也の手を取る。
しかし、その美由希の顔も、恭也と同じような感じだったが。
恭也は美由希に取られた手を更に上から握り返し、そっと美由希へと微笑み返す。

「大丈夫だ。別に、出会わなければ良かったとは思ってないさ。
 どちらにせよ、祥子たちは遅かれ早かれ、狙われたのかもしれないんだしな。
 だったら、俺たちが守れば良い。だから、お前もそんな顔をするな」

「…うん」

恭也の言葉に美由希は静かに頷くと、強く手に力を篭める。
そんな二人を静かに見詰めていた美沙斗は、区切りが付いた所で口を挟む。

「それじゃあ、恭也と美由希は今まで通りに小笠原さんたちの護衛を。
 私は色々と調べてみるよ」

「お願いします」

恭也の言葉に美沙斗は頷くと、倒れている架雅人へと視線を移す。

「で、いつまで寝た振りをしているつもりだい」

美沙斗の問い掛けに、気を失っていたはずの架雅人が顔を上げる。

「大体の話は聞いていただろう。それでも、まだ天羽宗司につくのかい」

美沙斗の言葉に、架雅人はただ無言で返す。
そんな架雅人と暫らく無言で睨めっこをした後、美沙斗は軽く肩を竦める。

「まあ、どちらでも良いけどね。ただ、私たちは貴方を逃がすつもりはないからね。
 それと、私の話は嘘ではなく、真実だから。信じる信じないは勝手だけれどね」

「私は……、私は…。貴女の語った話を本当だとも嘘だとも判断するものがない。
 私にあるのは、ただあの日、宗司さんが語った新しい世界についてだけだ。
 あの時のあの人の言葉には、嘘はなかった」

「そうか。なら、それを信じれば良い。
 ただ、これだけは言っておくよ。天羽宗司という男は、何よりも人を殺すことが、争いが好きな男だ。
 人を斬る感触に血の匂い、断末魔、苦しみの声。そういったものを好む男らしい。
 私も兄さんから聞いただけだから、実際に会った訳じゃない。
 でも、あの兄さんがあそこまで断言して、嫌悪を顕わにしたのを見たのは、正直、アレが初めてだった。
 だから、もう一度よく考えてみるんだな」

投げ掛けられる美沙斗の言葉にも、架雅人はただ無言のまま。
そんな架雅人へと、返答などは期待していなかったのか、美沙斗は続きの言葉を投げる。

「ただ、貴方に語った言葉が真実で、新しい世界を作るつもりなのだとしても、天羽宗司が作る世界は、
 争いのない世界なんかじゃなく、寧ろその逆だと私は思うけどね」

何かを考え込むように目を閉じる架雅人へと、美沙斗は構わずに続ける。

「奪われたからといって、何の力も持たない弱い者から奪うのが、新しい貴方のやり方なのか?
 ましてや、それによって、今まで君が受けたような痛みを他者に与えると。
 本当に、それさえも覚悟の上でやり遂げようとしているのか?
 単に考えないようにしているだけじゃないのか?
 その先にあると信じている世界だけを見て、今の現状を直視していないだけじゃないのか?
 私なんかが偉そうな事を言えた義理ではないが、もしもそうならば、そこには信念なんてものはないよ。
 単にそれを免罪符にして、八つ当たりをしているだけだ」

美沙斗の言葉に、架雅人は言葉もなく、ただ肩を振るわせる。
そんな架雅人を見詰めながら、美沙斗ははっきりと言う。

「それこそ、貴方をそんな目にあわせたという連中と変わらない」

その言葉に、架雅人は一際大きく身体を震わせると、ゆっくりと顔を上げ、微かながらに笑みを浮かべる。

「成る程、さすが親子だな。娘の方にも同じ事を言われた」

「そうか。なら、私は娘の意思に反した事をせずに済んでいるという事だろうね。
 私も誤った道を歩んでいた所を、恭也と娘の言葉によって戻された口だからね。
 だから、一つだけ忠告しておくよ。
 貴方が今までにやってきた事は、貴方が残してきた子たちに胸を張って言える事かい。
 その子たちは、死んでしまった子も、今も何処かで生きている子も、貴方のやった事を喜んでくれると思うか?
 時間はたっぷりあるんだ。その事を考えてみると良い」

美沙斗の言葉に、架雅人は再び顔を伏せると、嗚咽を洩らし始める。
そんな架雅人を三人はただ黙って見詰めていた。





  ◇ ◇ ◇





「架雅人もやられおったか…。やはり一筋縄ではいかんようだな。
 まあ、その方が倒し甲斐もあるというものよ。
 士郎よ、あの世で自分の息子が倒れるのを指を咥えて見てるがいい。
 わしよりも先に死んだお前自身の無力さを嘆きながらな。
 わしの手で殺せなんだ事は非常に残念だったが、こうして今生きているのはわしじゃ。
 じゃから言っただろうに。殺るか殺られるかじゃとな」

薄暗い部屋の中で宗司はそう一人ごちる。
その言葉に答える者が一人、部屋の隅に居た。

「父さん、不破士郎の息子、不破恭也は、必ず俺が倒して見せるよ。
 父さんと俺自身の為に…」

「ああ、期待しているぞ、海透。
 じゃが、その前に最高の舞台を整えねばな。そう、最高のな…。くっくっく」

宗司は一人、含みのある笑いを上げるのだった。





  ◇ ◇ ◇





南川へと架雅人を渡した恭也と美由希は、祥子たちのまつ教会へと戻る。
美沙斗はリスティへの連絡と、何か話があるという事で、南川と一緒に先に戻った。
二人は先程、美沙斗から聞いた話を思い出しつつ、ただ静かに歩く。
やがて、その沈黙に耐えれなくなったのか、美由希が口を開く。

「ねえ、恭ちゃん。士郎父さんがやった事って間違いだったのかな」

「さあな、それは人によってそれぞれ違う事を言うんじゃないのか」

「じゃあ、恭ちゃんはどう思う」

「俺か。俺は…、間違っていないと思う。いや、思いたいな。
 俺も多分、同じ事をするだろうと思うしな」

「うん、恭ちゃんなら、そう言うと思ったよ」

「そうか。……で、お前はどう思うんだ」

「私? 私は…、私も間違っていないと思うよ。私だって、同じようにすると思うし。
 例え、それが奇麗事だと言われても、ぎりぎりの限界までは、その奇麗事を貫き通したい」

「ああ、それで良いんじゃないのか。あんまり難しく考えるな。
 知恵熱を出しても知らんぞ」

「む〜、何よそれ」

恭也の言葉に、美由希は剥れて見せる。
そんな美由希の頭に手を置き、乱暴に撫でながら、恭也は言う。

「お前の頭は、難しく考えるようには出来ていないって事だ。
 普段から、あまり考えないのに、急に考えようとするから、そんなに難しい顔になるんだ。
 分かったら、いつものように何も考えずにヘラヘラしてろ」

「酷いよ。私、そんなにヘラヘラしてないもん。
 恭ちゃんみたいに無愛想でもないし。
 それに、普段から頭を使わないって言うのなら、恭ちゃんだって…」

「ふむ。どうした? どうして急に黙るんだ」

「え、えっと、頭に置いた手が、いつの間にか私の頭を掴むようにしているのは何故かな〜、って思ったり…」

「お前が言った通り、ただお前の頭を掴んでいるだけだぞ」

「えっと、その手が徐々に閉まっているような気がするのは、気のせい?」

「何を馬鹿な事を」

「だ、だよね〜。あ、あはははは」

「閉めてるんだから、気のせいのはずないだろう」

「う、うわぁぁ、な、何をするのよ」

美由希は慌てて恭也の手を打ち払うと、そこから逃げ出す。
そんな美由希を見ながら、恭也が呆れたように肩を竦める。

「何って、学習能力のないお前の身体に、直接分からせてやろうという兄の心ではないか」

「いらないよ、そんなの。それに、それって体罰だよ。体罰は良くないんだよ」

「これは体罰ではないぞ。言わば、愛の鞭だな、うん」

「愛? そこには、愛があるの恭ちゃん」

「……そこはかとなく無きにも等しいが、そこはあるという事にしといてくれると、大変ありがたかったりもする」

「って、無いの!?」

「さて、さっさと戻ろう。祥子たちも待っているだろうしな」

「って、あっさり流さないで答えてよ」

さっさと歩き出す恭也の後を追いながら、美由希はその背中に向かって聞こえないように呟く。

「…ありがとうね、恭ちゃん」

面と向かって言うと、きっと何のことだと言って誤魔化すであろう恭也へと、美由希は小さくだが礼を述べるのだった。



教会へと戻った恭也たちを見て、祥子たちはほっと胸を撫で下ろす。
同じように、歌いつづけていたフィアッセたちも、恭也と美由希の二人が戻ってきた事により、胸を撫で下ろしつつ、
フィナーレへと向けて締め括るように歌う。
曲を全て歌い終えたフィアッセたち三人は、観客となっていた人たちに一度大きく礼をすると、ゆっくりと顔を上げる。
誰からともなく始まった拍手が収まるのを待ち、フィアッセが口を開く。

「皆さん、長い間お付き合い頂き、誠にありがとうございました。
 先程まで皆さんを襲っていた脅威は消え去りました。
 それでは、この辺でお終いとさせて頂きます」

そう言ってもう一度頭を下げる三人へと、惜しみない拍手が再び沸き起こる。
それらを受けながら、フィアッセたちは奥にある部屋へと神父に案内されて入って行く。
徐々に人が教会から出て行く中、恭也たちもまたその部屋へと通される。

「恭也、美由希〜。無事で良かった〜。何処も怪我はしてない」

部屋へと入った二人は、フィアッセにいきなり抱き付かれる。

「うん、私たちは大丈夫だよ」

「ああ。だから、早く離してくれ」

全くの無傷ではなかったが、大きな怪我が見当たらないのを確認すると、フィアッセは二人を解放する。
事情を知らず、ただ目の前のやり取りを驚いた顔で見ていた聖歌隊たちへとゆうひが声を掛ける。

「さて、それじゃあ、うちらも帰るとしますか」

そのゆうひの言葉に聖歌隊たちが動き出す。
そこへ神父が声を掛ける。

「本日は本当にありがとうございました。
 そして、本当に申し訳御座いませんでした。
 こんな事になるんて…」

「そんな、気にしないでください」

本当の事情を言う訳にもいかず、フィアッセたちはひたすら恐縮して頭を下げる神父の顔を何とか上げさせる。
こうして、ようやく帰路へと着いたのだった。
フィアッセたちと別れた恭也たちは、小笠原邸への道を歩きながら、恭也の話に耳を傾けていた。
今回の一連の事件の黒幕の事や、その目的に付いて。
勿論、詳しく全てを話した訳ではなく、ただ黒幕が分かったという事と、その黒幕の狙いが自分たちだという事だけを。
全てを聞き終えた祥子たちへと、恭也と美由希は謝る。

「本当に申し訳ない。俺たちと知り合った所為で、こんな事に巻き込んでしまって」

しかし、それに対して返ってきた答えは、何処か怒ったようなものだった。

「恭也さん、流石の私も怒りますよ」

結構、怒っているぞと言いかけ、恭也は慌てて口を噤む。
そんな恭也に気付かず、祥子は続ける。

「確かに、今回の件は恭也さんたちと知り合った所為で起こったのかもしれません。
 けれど、私たちは恭也さんと知り合えて良かったと思ってます。だから、そんな事は言わないでください。
 それに、恭也さんたちだけが目的ではない可能性もあるんでしょう。
 だったら、狙われていたかもしれない訳で、そう考えると。やっぱり、私たちは恭也さんと知り合いで良かったですよ。
 こうして、護衛をしてもらえるのですから」

祥子の言葉に全員が頷く中、恭也と美由希は少しだけ嬉しそうな顔を見せると、

「いや、別に祥子たちと知り合って後悔している訳じゃないんだ。
 ただ、そういった理由で狙われた事を謝ろうと思っただけでな。
 その、俺たちも祥子たちと出会えて良かったと思っているし、その事は後悔してないから」

その恭也の言葉に、今度は祥子たちが嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。
また少し、お互いの絆が強まったような思いを全員が抱きながら。





つづく




<あとがき>

さて、次回は再び学園編に戻る予定なんだが……。
美姫 「えっ、そうなの」
いや、あくまでも予定だから。
ひょっとしたら、いきなり敵が攻めて来る事も。
美姫 「それはないわね」
……いや、確かにないけどね。
どっちにしろ、終盤に入った訳だからな。
美姫 「そうよね。それじゃあ、次回もしっかり気張りなさいよ」
おう! 頑張る〜。
美姫 「それじゃあ、次回までごきげんよう」





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