『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第55話 「視線」






朝、背の高い門を潜り、いつものように歩いている時の事だった。
美由希がキョロキョロと辺りを見渡す。
その動作に合わせ、周りの生徒から感嘆のような吐息や、微かな声が上がる。
それを不思議そうに見渡しながら、改めて美由希は祥子たち山百合会のメンバーは凄いなー、と考える。
ここ最近、正確には学園祭の後ぐらいから、美由希は時折、このような視線を感じていた。

(やっぱり、私みたいな一般の生徒が祥子さんたちと仲良くしているから、嫉妬や羨望の視線が来るんだ…。
 あ、恭ちゃん絡みかもしれないか)

幾つかの熱い視線が自分へと注がれる事に、美由希はそういう風に結論を出したが、その結論に気付く前は、
敵かと思わず身構えた事もあった。
そんな事を思い出しつつ苦笑する美由希に気付いた恭也が、声を掛ける。

「どうかしたのか、美由希」

「え、ううん、何でもないよ。ただ、祥子さんたちって、生徒たちからの人気がやっぱり凄いなって思って」

そんな美由希に、恭也は珍しくはっきりと分かるぐらいに呆れた顔をすると、大げさすぎるぐらいに溜息を吐く。

「はぁー。美由希、本当にお前は鈍いな」

「に、鈍いって、恭ちゃんには言われたくないわよ」

少し拗ねたように言う美由希の額を軽く小突きつつ、恭也は続ける。

「確かに、祥子たちへの視線もあるが、幾つかはお前自身を見ているんだぞ」

「へっ!? な、何で? どこか可笑しな所でもあるの?
 スカートのファスナーは…、うん、ちゃんと閉まってるし。
 タイも綺麗とまではいかなくても、そんなに歪んでないでしょう。
 あ、リボン? でも、リボンもおかしくないよ」

恭也の言葉に、美由希は自分の体をあちこち見渡し、おかしな所がないか確認する。
しかし、これといっておかしな所も見つからず、美由希は本気で首を傾げる。
そんな美由希へと、恭也が告げる。

「俺も詳しくは分からんが、どうやら、お前自身が人気あるらしい」

「えっ!? う、嘘!?」

驚いて固まる美由希に、恭也は一つ頷くと、

「俺も聞いた話だが、どうやら、学園祭の劇でお前を見た生徒たちの中で、お前のファンになった人たちがいるらしい」

「えっ、えっ…」

「三奈子さんの話によると、下級生からの人気が高いらしい」

「嘘……」

茫然と呟く美由希に、祥子たちは今まで気付いていなかったのかと苦笑を浮かべる。
そして恭也は、普段、鈍いと言われている事の仕返しのように、ここぞとばかりに反撃する。

「全く、普段、人の事をとやかく言うくせに、お前の方が鈍いんじゃないのか。
 まあ、お前の人気の所為でか、こっちにも飛び火が来ているというのが現状だな。
 何せ、学園祭以降、俺に対する視線まで増えたみたいだしな」

「いえ、それは美由希さまに関係なく、恭也さん自身に対するものだと…」

可南子の呟きは、周りで聞いていた祥子たちも同意する所だったが、
当の本人には聞こえておらず、また、気付いていないようだった。
恭也は純粋に、美由希の兄という事で見られていると思っているらしく、
美由希も今の今まで、祥子たちと仲が良い、もしくは恭也の妹という事で見られていると思っていた。
そんな二人を眺めながら、祥子が結論付けるように言う。

「つまり、あの二人はどっちもどっちという事なのよね」

これに対し、他のメンバーは異論もなく、ただ頷いて同意するのだった。





  ◇ ◇ ◇





二時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響き、休み時間へと入ると、途端に賑やかになる教室。
そんな様子を眺めながら、お嬢様の通う学校といっても、こういう所はそんなに変わらないな、
と今更ながらに考えていた美由希の元へ、クラスメイトの一人が近づいて来て声を掛ける。

「美由希さん、お客様がお見えになってますわよ」

「あ、うん、ありがとう」

美由希はそう返事を返すと、教室の後ろのドアへと向かう。
最初、恭也が来たのかと思っていた美由希だったが、扉を開けるとそこに居たのは、三人の生徒だった。

「えっと、私に用があるというのは…」

必死で記憶を辿り、目の前の三人を思い出そうとしながら、表面上は笑みを浮かべて何とか時間を稼ぐ。
そんな美由希へと、三人のうち一人が口を開く。

「じ、実は、私たち、さっきの授業でこれを作ったんです」

そう言って三人は綺麗にラッピングされた包みを取り出す。
微かに香る匂いから、美由希は中身の見当を付ける。

「えっと、クッキーと、こっちは…」

「あ、カップケーキです」

「そう。上手に出来たみたいね」

美由希の言葉に、三人は嬉しそうに頷く。
それを見ながら、それがどうしたんだろうと思っている美由希へと、また少女たちが口を開く。

「そ、それで、もし、良かったら、これを美由希さまに貰って欲しくて…」

「えっ!? わ、私に? 山百合会の誰かに渡してって事じゃなくて?」

驚きつつ言う美由希の言葉に、少女たちは首を横に振ると、真剣な顔で告げる。

「違います! 私たちは美由希さまに貰って欲しくて……」

「やっぱり、駄目ですか?」

強く反論するも、すぐに不安そうな顔で見上げてくる少女たちに、美由希は断わる事も出来ず、ただ頷く。
それを見た少女たちは、途端に満面の笑みを浮かべると、未だに戸惑っている美由希へとラッピングされた包みを差し出す。
それを半ば無意識で受け取った美由希へと、三人は揃って頭を下げる。

「ありがとうございます」

「それでは、私たちはこれで失礼しますんで」

最後にごきげんようと口々に言って早足でこの場を去りながら、
美由希に受け取ってもらえた事や話が出来た事にはしゃぐ少女たちの姿を、美由希は茫然と見送る。
そこへ、志摩子が微かに苦笑を浮かべながら近づき、未だに茫然としている美由希へと声を掛ける。

「モテモテね、美由希さん」

同じクラスという事もあり、かなり仲良くなった事もあり、美由希は志摩子がからかっていると思ったのか、
我に返った美由希は、少し慌てたように手を振る。

「そ、そんなんじゃないよ。多分、何か勘違いしてるんじゃないかな、あの子たち」

「さあ、それはどうかしら。恭也さんも朝、言ってたじゃない。下級生からの人気があるって」

「またまた。あれは、どうせ恭ちゃんの冗談だよ」

「そんな事ないわよ。美由希さんは綺麗ですもの」

「綺麗? ……私が!?」

「そんなに驚かなくても」

「いや、でも、そんな事、言われたの初めてだし」

「そうなの? そっちの方が驚きだわ」

美由希の言葉に少し驚いたような顔を見せる志摩子を見返し、美由希は綺麗というのは、志摩子さんみたいな人の事を言うんだよ、
とか思っていたが、そんな事に微塵も気付かず、志摩子は続ける。

「それに、学園祭での劇での凛々しい姿を見てるから、憧れる下級生が増えたのよ」

「そうなの? でも、あれぐらいで…」

尚も否定しようとする美由希に、志摩子は柔らかな笑みを浮かべつつ、どこか楽しそうに告げる。

「きっと、これから大変になるわね」

「え、どうして?」

「だって、あの子たちのを受け取ったって話は、多分、すぐに広まるわよ。
 そうなったら、他の子たちも自分もってきっと来るもの」

「まさか。そんな事あるはずないですよ」

「本当にそうだと良いけれど。受け取ってもらえたという事で、次はもっと多くの人が来るかもしれないし。
 断わるのなら、祥子さまみたいにきっぱりと断わらないと次から次へと来るかも」

「ないないって、そんな事。志摩子さんも考え過ぎだって」

「そうかしら?」

「そうそう。それよりも、早く教室に戻ろう」

まだ何か言いたそうな志摩子の背中を押して、美由希は教室へと入る。
しかし、この志摩子の言葉が間違いではなかったと思い知らされる事になるのに、そんなに時間は掛からなかった。





  ◇ ◇ ◇





昼休み、薔薇の館に現われた美由希は両手に一杯の荷物を持っていた。
それを見た恭也が、どうしたのかと尋ねると、苦笑いを浮かべながら、美由希は答える。

「実は、ここに来るまでに渡されて…」

美由希はそれらをテーブルへと置きながら答える。
綺麗にラッピングされた色とりどりの包みを前に、美由希はふぅと息を吐き出し、
志摩子の言葉が現実になった事に少し驚いていた。
同時に、恭也も何処か疲れたような顔でいる事に気付き、美由希も恭也へとどうしたのか尋ねる。
これに対し、恭也は何でもないと答えるが、恭也の横で祥子が苦笑いを浮かべていた。
気になった美由希は、席へと着きながら祥子へと尋ねる。
全員が揃った所で、昼食にしようと箸に手を伸ばして祥子は、手を止めると話し始める。
恭也は止めようとするが、別に大した事じゃないと判断し、箸を取り出すと、弁当を食べ始める。
乃梨子が差し出したお茶を礼を言って受け取ると、恭也は一口飲んでから、弁当へと箸を伸ばす。
そんな恭也の横で、祥子はさっきの時間に起こった事を話し始める。



四時間目が体育だった恭也たちのクラスは、体育館でのバスケだった。
恭也はいつものように見学していたのだが、クラスの誰かがたまには恭也もやらないかと言い出したのがそもそもの始まりだった。
これに対し、担当の教師も反対しなかったため、急遽、恭也の参加が決まる。
最初、制服しかないといって断わった恭也だったが、結局は制服のままで参加する事となった。
恭也はパスばかりで、自分からは攻めないようにしていたのだが、そこを付かれる形となる。
何回目にパスを受け取った恭也の前に、一人の生徒が立ちはだかり、恭也のパスコースを塞ぐように両手を広げて腰を落とす。
その生徒と恭也を挟み込むような形で、もう一人の生徒も立ちはだかる。
二人に挟まれる形となった恭也は、フリーになっている味方を見つけるものの、パスを出せずにいた。
仕方なく、恭也はボールをドリブルすると、体を左へと動かし、左側にいる生徒の横を抜けるように動く。
それをさせまいと二人が動いたと同時に、恭也はそのまましたままバックし、体を反転させると、
右側をガードしていた女性の横を抜こうと動く。
それに反応してまたその道を塞ごうと動いた瞬間、またしても左へと体を動かし、それに反応した二人を眺めながら、
二人の間に出来た隙間へと体をすべり込ませるようにして二人を抜くと、すぐにフリーの味方へとパスを出す。
パスを受け取った生徒はフリーだった事もあり、そのままシュートの態勢へと入る。
一方、間を抜かれた生徒たちは同時に恭也の動きを止めようと動いたため、ぶつかり合って、もつれ合うように倒れそうになる。
そこを恭也が何とか支える。
二人は恭也の胸に倒れ込み、頭上から心配する声に、頬を染める。


「大丈夫か?」

「あ、はい」

「だ、大丈夫です」

そのやり取りを見ていた他の者たち数名から、鋭い視線が向かう中、恭也たちは再びプレーへと戻る。
それ以降、恭也へとボールが渡ると、何故か必要以上に体を密着させてプッシュしてきたり、
そのまま恭也を押し倒したりするといったプレーが増え、その度に試合が中断する。
今も、恭也を押し倒す形で生徒の一人がその上に乗り掛かったまま、微かに赤くなった顔で恭也へと心配そうに声を掛ける。

「だ、大丈夫ですか? ごめんなさい、ついボールを奪うのに夢中になってしまって」

「いえ、自分は全然平気ですから。それよりも、美香さんの方こそ大丈夫ですか?」

「はい、私も平気です」

そう言って立ち上がると、恭也へと手を差し伸べる。
その手を取り、恭也が立ち上がると美香はすぐにプレーへと戻る。
逆に、恭也がディフェンスをしていると、恭也へと背中を向けつつ、そのまま攻め上がる。
背中で押される形になり、恭也は軽く押し返すように前へと出ながら、体に触れないようにボールへと手を伸ばす。
しかし、その瞬間に生徒が倒れ、前屈みになっていた恭也も引っ張られるように倒れる。
傍から見ると、恭也が押し倒した風に見えなくもない態勢で、倒れた生徒は黄色い声を上げる。

「恭也さんったら、大胆〜」

からかうように言われた言葉に、恭也は顔を真っ赤にしてその場から立ち退く。
他にも、恭也がディフェンスをしていると、ボールを持った生徒は恭也を押すように攻めてくる。
同時に、

「いや〜ん、恭也さん。そんな所、触るなんて。皆が見ているのに、意外と大胆ね♪」

とか、

「きゃぁっ。そこは…」

とか言って、その度に恭也は顔を赤くして謝りつつ、体を引く。
その隙に当然のように攻め上がる生徒たち。
そんな感じで、良い感じでハンデ(?)らしきものが付いていた。
そして、恭也は何故かずっと試合に出さされており、試合が終った後は体力的には余裕でも、精神的にかなり疲れていたのである。



その話を聞き終わり、美由希は複雑そうな顔を向け、とりあえず労っておく。

「えっと、ご苦労様です」

「……ああ。しかし、それにしても、かなりの量だな。どうするんだ、こんなに」

美由希へと頷き返しつつ、恭也は美由希が貰ったプレゼントの山を眺める。
それに対し、美由希は微かに苦笑しつつ、

「皆で食べれば、何とかなるよ。
 ちゃんと、皆で分けても良いか聞いて、了承は取ってあるから」

「それにしても、美由希さん、凄い人気だね」

祐巳は改めて美由希が持って来たクッキーなどを眺めて、感心したように何度も頷く。

「そんな事ないですよ。どうせ、皆、珍しがっているだけですって」

「恭也さんと同じような返答ね」

「え、それって?」

祥子の言葉に美由希が尋ね返すと、祥子は笑みを浮かべて話す。

「最初に恭也さんがこの学校に来た時、下駄箱にたくさんの手紙が入っていたのよ」

「ああ、そういえば、そんな事もあったわね」

祥子の言葉に令も頷き、恭也も思い出したのか頷く。

「その時、恭也さんがからかっているのか、面白がっているだけだって…」

「ああ、そういえば言ってたわね」

「…そんな事、言ったか?」

「言ったわよ。令も言ったっていってるじゃない」

「ええ。ちゃんと聞いてたわよ」

「いや、あまり覚えてないな」

本当に覚えていないのか、恭也はそんな事を言う。
そんな恭也の反応に、祥子と令は肩を竦める。
そこへ、話を変えるように乃梨子が美由希へと話し掛ける。

「それはそうと、祐巳さまの仰るう通り、美由希さん、かなり人気ありますよ。
 ねえ、可南子さん」

「ええ、そうですね。よく美由希さまの事をお話しているのを見ますね」

「え、そ、そうなの」

一年生二人の言葉に、美由希は照れたような顔になる。
そこへ、恭也がからかうように言う。

「どうせ、何処そこで転んだとか、校舎内で迷っていたとかじゃないのか」

「あ、あのね、恭ちゃん。ちゃんとこの学園の見取り図は覚えてるよ。
 だから、一度も迷ってないって」

「冗談だ」

そう言った恭也の顔をじっと見詰めると、美由希は何かに気付いたのか、

「…むむ。……恭ちゃん、言った時は本当にそうなっていると思っていたでしょう」

美由希の言葉に、恭也は微妙に視線を逸らしつつ、口を開く。

「……それは誤解だ」

「だったら、何で目を逸らしてるの?」

「気のせいだろう」

「どこがよ!」

「……だったら言うが、迷っている事は否定したが、転んだ事は否定しなかったな」

「う、うぅぅ。そ、それは……。
 ほ、ほら、あれよ、あれ」

「どれだ」

「だ、だから、そ、そう、別に際立てて否定するような事じゃないじゃない。
 えっと、迷っている事を否定する方が、優勢順位が上だったというか…」

「つまり、転んでないんだな」

「……う、うぅぅ。志摩子さん、うちの兄が虐めるんです〜」

「くすくす。相変わらず、お二人は仲がよろしいですね」

「「どこが?」」

「ほら、そんなにも」

「「これは偶然だ(ですよ)」」

「二回も続けて偶然なんですか?」

「「偶々…」」

「ほら、やっぱり」

「「気のせい」」

笑いながら言った志摩子の言葉に二人は何度も声を揃えると、最後にはお互いの顔を見て肩を竦める。
そんな二人の様子に、祥子たちも志摩子につられるように笑みを浮かべるのだった。





つづく




<あとがき>

もう少し日常は続く……。
美姫 「いつ、この日常が終るのか…」
それは、まだ秘密♪
しかし、そんなに長くはないだろう……。
美姫 「さて、それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。





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