『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第57話 「恭也と対決?」






恭也と可南子のやり取りがあった次の日の昼休み。
例の如く薔薇の館で昼食を取った後、令が思いついたように言う。

「そうそう、皆、今日の放課後はケーキがあるからね」

「そっか。令ちゃんの所、今日は調理実習だったっけ」

「ええ。3、4時間目とね。しかも、何でも好きなものを作っても良いって事だったからね」

「何のケーキを作ったの、令ちゃん」

「ふふふ。それは放課後までのお楽しみよ」

「えー。今、教えてくれても良いじゃない」

「だーめ」

「令ちゃんの意地悪〜」

そんな黄薔薇姉妹のやり取りを、祐巳は少し羨ましそうに見ていた。

(良いな〜、私もお姉さまの手作りのものが食べたいな)

そんな祐巳の顔を、祥子がただじっと眺めている事に祐巳は気付かなかった。





  ◇ ◇ ◇





「それでは、今日は事前に連絡していたように、好きなものを作って頂いて構いませんから。
 分からない事があれば、言って下さいね。それでは、取り掛かってください」

午後一番の授業、恭也たちのクラスは家庭科室に居た。
今日の5、6時間目と三年松組は調理実習であった。
教師の言葉に、早速材料を取り出して作業を始める者、数人とグループになって作り始める者と、それぞれに動き始める。
そんな中、祥子は材料を取り出して並べ終えると、まずバターをボールへと入れてホイップしていく。
祥子の近くに居た恭也は、自身も作業を始めながら声を掛ける。

「祥子は何を作るんだ?」

恭也は薄力粉などの粉類を振るい終えると、次にチョコレートを取り出し、それを細かく刻みながら尋ねる。

「私はあまり難しいのは出来ないから、クッキーでも焼こうかと思って」

「祐巳さんに?」

「ええ、そうよ。前にカップケーキを作ってくれたのよ。だからね。
 喜んでくれると良いけど」

「祐巳さんなら、祥子が作ったものなら、何でも喜んでくれるさ」

「そうだと嬉しいんだけどね。あ、恭也さんの分も作るから、食べてね」

「ああ、ありがたく頂こう。あ、祥子。もし、材料が余るようなら、少しもらっても良いか?」

「ええ、構わないわよ」

「助かる」

話している間も二人の手は休む事なく動き、祥子はひたすら手を動かしてホイップ作業を続け、
恭也は刻んだチョコを湯煎にかけながら溶かしていく。
溶かし終えると、硬くならないように湯煎で温めながら脇へと置くと、祥子の動きを見ながら感心したような声を上げる。

「なかなか器用だな」

その言葉に笑みを返しつつ、ボールへと片手で卵を割る恭也を見て、祥子はただ苦笑を浮かべる。

「恭也さん程ではないですけれどね」

「そうか?」

首を傾げつつ恭也は、割った卵とは別に卵黄だけが入ったボールを取り出すと、
卵黄をほぐして、そこに砂糖を加えて混ぜ始める。
それを眺めながら、まだ半分ぐらい残っている卵黄に目を向ける。

「そっちは使わないんですか? それに、そっちの卵は?」

「ああ、どっちも後で使うから」

「へえ」

恭也の言葉にそう返すと、祥子も自分の作業へと没頭していく。
言葉も少なく自分たちの作業へと集中していく恭也と祥子。
やがて、授業が終る頃、恭也は無事に出来上がったものを紙の箱へと仕舞う。
既に出来上がっていた祥子は、他の生徒たちと話をしていたり、
他の生徒たちが祥子へと作った物を食べてもらおうと持って来たのを、一、二口ほど食べたりしていた。
一通り終えた祥子は、恭也の作業が終わったのを見ると、寄って来て、クッキーを差し出す。

「本当はラッピングすれば良かったんですけど、どうせここで食べると思って」

「ああ、このままで良いよ」

恭也はそう言うと、祥子のクッキーを食べる。

「甘いのが苦手という事でしたので、甘さを押さえたんですけど。
 ……どうですか?」

「ああ、美味いよ。これは、お返し」

そう言って恭也は皿に乗ったクッキーを祥子へと差し出す。
それを摘んで食べると、祥子は笑みを見せる。

「美味しいですね」

「そうか。それは良かった」

祥子の言葉に、恭也はほっと胸を撫で下ろすのだった。
その一連のやり取りを見ていた者たちが、作った物を手に、一斉に恭也の周りを囲んだのは言うまでもないだろう。





  ◇ ◇ ◇





放課後、恭也と祥子は最初に薔薇の館へと辿り着いたらしく、他の者の姿はなかった。

「それじゃあ、お茶でも用意して待ってましょうか」

「ああ、そうだな。あ、ちょっと席を外すが大丈夫か」

「ええ、良いわよ」

祥子に断りを入れると、恭也は薔薇の館の外へと出る。
薔薇の館の前で暫らく待っていると、こちらへと目当ての人物が歩いてくる。
どうやら一人らしく、丁度良いと思い、声を掛ける。

「可南子さん」

「あ、恭也さん、どうかしたんですか、こんな所で」

「ええ、少し可南子さんを待ってました」

「私を?」

「ええ。これは昨日のお礼です」

そう言ってラッピングした包みを渡す。

「あ、ありがとうございます。あの、これは?」

「クッキーですよ。さっきの授業が調理実習だったので、作ったんですよ」

「…ありがとうございます」

「いえ。それじゃあ、行きましょうか」

「はい」

恭也と可南子が薔薇の館へと入り、それから暫らくして祐巳がやって来る。
祐巳が入って来るのを見ると、祥子は祐巳が鞄を置くのを待って声を掛ける。

「祐巳」

「はい、何でしょうかお姉さま」

「…これをあなたに上げるわ」

そう言ってラッピングした包みを祐巳へと差し出す。
最初、きょとんと見ていた祐巳だったが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべると、両手で大事そうに受け取る。

「今日、私たちも調理実習だったのよ。それで、クッキーを作ってみたの」

「あ、ありがとうございます。後でゆっくりと頂きます」

そう言うと、祐巳は本当に大事そうに鞄へと仕舞い込む。
そんな祐巳を、祥子は優しく見ていた。
それから暫らくすると、次々と全員が現われ、最後に令がやって来て全員が揃う。

「早く、令ちゃん」

「分かってるって」

急かす由乃を宥めつつ、令はケーキをテーブルへと持ってくる。

「チーズケーキ?」

出てきたケーキを見て由乃がそう言うが、それに首を振る令。
答えは、令ではなく恭也から出てきた。

「スフレチーズケーキですね」

「ええ、正解ですよ、恭也さん」

「何よ〜! チーズケーキじゃない」

「まあ、それも間違いではないけど…」

拗ねたように言う由乃に、令は苦笑して返す。
全員分に切り分ける令を見ながら、恭也も箱を取り出す。

「実は、俺もさっきの授業で作ったんだが。
 良かったら、これも食べてくれ」

そう言って恭也が取り出したケーキを見て、由乃がビシッと指を指す。

「チョコレートケーキね」

「ガトーショコラですね」

今度は令がそう言い、恭也が頷く。

「ええ。…えっと、チョコレートケーキでも間違いではないですから」

由乃の方を見て、恭也はそうフォローを入れる。
それに対し、由乃は分かってるじゃないと笑うと、二つのケーキを見比べて、

「それじゃあ、どっちの方が美味しいか勝負よ!」

「別にそんな事しないで、普通に食べれば…」

「良いじゃない。それよりも、早く頂戴よ」

由乃の言葉に溜息を吐き出しつつ、令は取り皿へと取り分けていく。
そんな様子を眺めながら、祐巳は純粋にケーキが二つ食べれる事に頬を緩ませる。

「美味しい〜♪」

言葉だけでなく顔や体全体で幸せといった感情を顕わにする祐巳に、作った本人である恭也と令も笑みを零す。
ここに居る面々は令の腕は知っているので、そんなに驚く事はなかったが、恭也が作ったケーキを口に入れると、
一斉に驚いた顔になる。

「美味しい…」

祥子が洩らした呟きに、全員が頷き同じ事を口にする。

「恭也さん、お菓子も作れたんですね」

令が感心したように言う言葉に、恭也は微かな苦笑を浮かべつつ答える。

「作れるというか、母に色々と教えられたというか…」

「なるほど、桃子さん直伝か。それにしても、本当に美味しいわ」

「良かったら、今度、レシピとか教えて下さい」

「ええ、別に構いませんよ」

由乃が唸りながら呟き、恭也と令はそんな話をしている。
そんな中、ただ一人、恭也の腕を知っている美由希は他の者たちのように驚いてはおらず、少し難しげな顔をしていた。
そんな美由希に気付き、志摩子が少し心配そうに尋ねる。

「美由希さん、何処か調子でも悪いの?」

「ううん、そんな事ないよ」

「そう? だったら、良いのだけれど…。
 じゃあ、どうしてそんなに難しい顔をしてるの?」

「いや、確かに恭ちゃんのケーキは美味しいんだけど、ちょっと不思議に思って」

美由希の言葉に、全員が何か可笑しな所でもあるのかともう一口口にする。
それを苦笑いしながら、美由希は話し始める。

「別に、ケーキに可笑しな所があるとかじゃなくてですね…。
 洋菓子屋にして喫茶店店長の息子で、その上、本人もこれ程の腕を持っているのに、
 どうして甘いものが苦手なんだろうな、って思っただけで」

美由希の言葉に、全員が納得したような顔になり、自然と視線が恭也へと向かう。
全員の視線を受けて少し居心地が悪そうにしつつ、

「何故と言われても、甘いものは昔から苦手だったからな。
 というか、お前はその辺の事を知っているだろうが」

「いや、知っているんだけどね。だからこそ、余計に不思議なんだよね。
 普通、甘いものが苦手なら、こういうのは作らないと思うんだけど…」

「仕方ないだろう。忙しい時に手伝えるようにと、かーさんに教えられたんだから。
 誰かさんの料理の腕が、もう少しましだったら、その誰かさんが教えてもらってたかもしれないんだがな」

「う、うぅぅぅ。言うんじゃなかった…。
 でもでも、この間のはちゃんと出来てたでしょう」

「一回ぐらで喜ぶな」

「ぐっ。こ、これから頑張るもん」

いつの間にかいつもの二人のやり取りになっている恭也と美由希を眺めながら、祥子たちはケーキを食べる。

「どっちも美味しいかったです」

「ええ、本当に美味しかったです」

食べ終えた祐巳が、満面の笑みを浮かべつつそう言うと、可南子も同じように微笑みながら言う。
二人の言葉を受けて、恭也と令の二人は短く礼を返す。

「もう、どっちの方が美味しいか聞きたいのに!」

「いや、由乃、別に勝負じゃないんだから」

令が諌めるように言った言葉も聞こえていないのか、由乃はじっと美由希を見詰める。
由乃の視線を受け、美由希は引き攣った笑みを見せつつ、真剣に考える。

「うーん、私は小さい頃からかーさんのをずっと食べてるからな〜。
 やっぱり、それにかなり近い味だし、恭ちゃんが作ったのも偶に食べてきたから、やっぱり、私の舌には一番合うかな。
 どっちも本当に美味しいけれど、どちらかを選ぶとなったら、これはもう、完全にその人の好みの問題だよ。
 という事で、私は恭ちゃんの作った方が好きかな」

美由希の言葉に由乃は満足そうに頷き、それにほっと胸を撫で下ろす美由希。

「私も美由希さんと同じような理由で、令ちゃんの方が好きかな」

次いで由乃が言った言葉に、令は物凄く嬉しそうな顔を見せる。
そんな令を横目で見ながら、由乃は祥子と乃梨子へと視線を向ける。
別にその視線を受けたからという訳ではないが、祥子が先に口を開く。

「そうね。私は単純にケーキはチョコケーキよりもチーズケーキの方が好みだから、今回は令の方かしら」

「私は恭也さんの方ですね」

乃梨子の言葉で同点となり、残る一人の答えによって勝者が決まる事となる。
自ずと、最後の一人へと視線が向かう中、その最後の人物、志摩子はいつものように穏やかな笑みを浮かべていた。
そんな志摩子へと、由乃が詰め寄るように尋ねる。

「志摩子さんは、どっちが美味しかった?!」

「そうね……。どっちも美味しかったわよ」

この言葉に、由乃は一斉に力が抜けたかのようにテーブルへと突っ伏す。

「だぁぁぁ〜」

「まあまあ、由乃。別にどっちだって良いじゃない。
 どっちも美味しかったんならさ」

「そうだけど〜。それじゃあ、面白くないじゃない」

「そこで面白さを求められても…」

由乃の言葉に苦笑する令だったが、由乃自身も別にどうでも良いと思っているのか、
それとも、志摩子のあまりにも無邪気な笑みに毒気を抜かれたのか、それ以上は何も言ってこなかった。
そこへ、祥子が恭也へと話し掛ける。

「そう言えば、恭也さんは他にも何か作ってませんでしたか?」

この言葉に、可南子は一瞬だけびくりと体を震わせるが、続く恭也の言葉にほっと胸を撫で下ろす。

「ああ、シュークリームをちょっと作ってみたんだ」

「シュークリームって、翠屋の!?」

口元を緩めつつ、祐巳がその味を思い出すかのように言うのを、恭也は頷いて答える。

「ええ。これも母から仕込まれましたから」

「はぁー、器用なんですね」

「そうですか?」

感心したように言う乃梨子に、恭也は不思議そうに首を傾げるだけだった。

「じゃあ、それは夕食後にでも頂くとしましょうか」

「ええ、そのつもりで作りましたから」

祥子の言葉に恭也がそう返すと、祐巳が残念そうな顔をになる。
そんな祐巳に、恭也は苦笑しつつ、鞄からチョコを取り出す。

「そんなに残念そうな顔をしないでください。別にシュークリームは逃げたりはしませんから。
 それまで、これで良かったらどうぞ。余ったチョコですが」

「あ、ありがとうございます」

恭也の言葉に、恥ずかしさから少しだけ顔を赤くしながらも、しっかりとチョコレートを受け取る祐巳だった。

「じゃあ、後で恭ちゃんの腕がどれぐらいかーさんに近づいたか見てあげるね」

「何を偉そうに言っている。その前に、お前が俺に近づけ。いや、せめてなのはぐらいになれ」

「う、うぅぅ。どうせ、家で料理が出来ないのは私だけですよ。
 …………で、でも、クッキーは出来るようになったもん!」

「なのはは、既に簡単なケーキなら作れるぞ。
 後、晶やレンに習って、簡単なおかずもな」

「う、うぅぅぅ。私だって、ゆで卵ぐらいなら……」

「それは出来てなかっただろうが」

「そうでした…。う、うぅぅ。あ、そうだ!」

「因みに、生卵をご飯に掛けただけのを料理と言うなよ。
 しかも、醤油すら落とさなかったアレを」

「う、うぅぅぅ。それは、好みで各自でかけるようにしたんだよ」

「……そうか。偉い、偉い」

「恭ちゃん、かなり投げやりだね」

「…気のせいだろう」

「う、うぅぅ。いいもん。今度はちゃんと晶とレンに教わるもん」

新たな決意を胸に秘める美由希を眺めながら、恭也は変なアレンジをしない事を切に願っていた。
何故なら、恐らく、いや、ほぼ間違いなく、自分が味見をさせられるであろうと確信に近いものを感じていたから。
そんな二人のやり取りを、祥子たちは何とも言えずただ黙って見ていた。



因みに、夕食後のシュークリームも大変好評だった。
そして、可南子は部屋に戻ってから、柔らかな笑みを浮かべて机の上に置かれた包みをそっと広げるのだった。





つづく




<あとがき>

今回は恭也が作ったというパターン。
美姫 「とりあえず、まだ日常なのね」
おう。しかし、その裏では……。
美姫 「この仮初の日常はいつまで続くのか」
それでは、また次回で。
美姫 「ごきげんよう」





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