『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第58話 「極秘ミッション始動」






「……う〜、ん〜」

恭也たちが薔薇の館でケーキ合戦を繰り広げるよりも少し前。
ここ部室棟のとある部室の一つから、低い唸り声が微かに聞こえてくる。
中から聞こえてきたその声に、今しもドアを開けようとノブに手を添えた態勢で真美はその動きを止める。
さてどうしたものか。
その態勢のまま、真美はこれからどうするか考える。
このまま知らん顔して踵を返すか、それとも意を決して中に入るか。
前者が一番正解のような気もするし、何よりも真美自身はそうしたいのだが、問題は中から聞こえてきた声に聞き覚えがある事と、
他の部員も後からやってくるという二点だった。
流石に部員たちを見捨てるわけにもいかず、真美はドアを開けると中へと入る。
案の定、部屋に入った真美の目に真っ先に飛び込んできたのは、ノートパソコンの前に陣取り、
先程外で聞いた唸り声を出す、自分の姉、三奈子の姿だった。
他の部員の姿が見えないことから察するに、三奈子は授業が終るやすぐさま部室に来たのだろう。
三奈子は真美が入ってきたことにも気づいていないのか、ノートパソコンの画面をじっと見詰めたまま、まだ唸り声を出していた。
そんな姉の様子に呆れつつ、真美は鞄を適当な椅子へと置くと、三奈子へと声を掛ける。

「お姉さま」

真美の呼びかけに、三奈子は予想以上に驚いたように身を震わせると顔を上げる。
自分に呼びかけたのが真美だと分かると、ほっと胸を撫で下ろしながら、軽く睨むように見てくる。

「もう、真美、驚かせないでくれる」

「はあ。でも、そう言われましても、私は普通に声を掛けただけですけど。
 それに、どちらかと言うと、驚かせていたのはお姉さまの方かと」

「私が? どうしてよ」

「まさか気づいてられなかったんですか? お姉さま、さっきから唸り声を上げていたじゃないですか。
 しかも、部屋の外まで聞こえてましたよ。もし、誰かが外を通っていたら、変な噂が立っているかもしれませんよ」

「嘘!?」

「…本当に気づいてなかったんですね」

真美はそうだろうとは思いつつも、実際に本人からそれを確認すると、知らず呆れたよな顔付きになる。
そんな真美に、三奈子は照れ隠しなのか、胸を張ると、

「そ、それよりも、何か用なの」

「いえ、別に。というよりも、これから部活動ですから、私が部室に来るのは当然かと。
 お姉さまに呼びかけたのは、先程申したとおり、変な唸り声を止めて頂くためです」

淡々と語る真美の言葉に、三奈子は少し押されつつ、口の中でもごもごと聞こえないように文句を呟く。
しかし、そこは長い付き合いの真美のこと、大よその所を察して反論の言葉を返す。

「どうせ、私は可愛くない妹ですから」

「えっ!? まさか、聞こえたの」

「いいえ、聞こえませんでしたよ。ですが、どうやら正解のようですね」

「くっ、私としたことが…」

「お気に病むことはありませんよ」

「あ、そう」

三奈子は諦めたように肩を竦めると、真美から視線をモニターへと移す。
真美は三奈子の後ろへと周り込むと、それを一緒に覗き込みながら、話し掛ける。

「それで、何を見て唸っていたんですか?」

「別に大した事じゃないわよ」

言いながらも三奈子はモニターをじっと見詰めると、その口を開く。

「ここ暫く、恭也さんたちの後を付けていたんだけれど、どうも祥子さんたち山百合会の人たちとばかり帰っているみたいなのよね」

「それはある意味仕方がないんじゃないですか? だって、実際問題、仲が良いですから」

「んー、それはそうなんだけれど、皆、一緒に帰っているのよね。
 それが少し気になるの」

「どうしてですか」

「そりゃあ、恭也さんがいる間は山百合会の方々も一緒に帰るようにしているとしても、別段気にするような事ではないわよ」

三奈子の言葉に、嘘ばっかりと突っ込む事も出来たが、それを言ってしまうと話が進まないと分かっているので、ただ黙って待つ。
そんな真美の考えなど知らず、三奈子はそのまま続ける。

「でもね、途中で分かれる事もしないのよ。流石に、それは変でしょう。
 例えば、この写真なんだけれど、黄薔薇さまたちのお家はこっちでしょう。
 なのに、ほら、まだ一緒に歩いているでしょう」

そう言うと三奈子はなにやら操作をして、一つの写真データを映し出す。
蔦子ほどの腕ではないが、遠目から撮られたその写真は、被写体は小さいが少なくとも誰が写っているのかは分かる。
その写真には、恭也と美由希、そして山百合会のメンバー全員が写っている。
更に言えば、可南子の姿も映っていた。
そんな写真を見て、真美は少し驚いたような顔をするが、すぐに呆れたような声を出す。

「お姉さま、流石にこれはストーカー行為では…」

「失礼ね。私は偶々、この辺りの風景を写真に収めていたのよ。
 そしてら、本当に偶々、恭也さんたちが写ってしまったのよ!
 決して、後を付けたわけでも、ましてやストーカー行為でもないわ」

力説する三奈子だったが、実はその通りで、この写真は別に三奈子が恭也たちの後を付けて撮ったものではなかった。
ただし、何度かの調査を繰り返した結果、ここを通っている事を分かった上で、先回りして待ち伏せしていたのだが。
兎も角、そこまではっきりと自信を持って断言する三奈子に、他の者なら納得するかもしれないだろうが、
やはりと言うか、何と言うか、真美には全く通用しなかった。
それどころか、真美は三奈子の行動に対し大体の見当さえも付けていた。

「で、先回りして撮ったこの写真がどうかしたんですか。
 確かに、黄薔薇ファミリーが揃ってこの後も一緒だったのはおかしいと言えばおかしいですけど、そんなに問題でも?」

「あら、学校帰りに制服のまま寄り道だなんて、それだけで大したことじゃない。
 しかも、それが山百合会の方ならなおの事」

「はいはい。本当は、そんな事は思ってもいない癖に」

そうぼやきつつも、真美も興味を抱いたのか、三奈子が期待しているであろう言葉を投げる。

「それで、お姉さまはどうなさるおつもりですか?」

「勿論、事の真相を明らかにするのよ。
 その後の事は、それ次第ね」

「ふむふむ。で、直接、尋ねに行くんですか?」

「それじゃあ駄目よ。誤魔化されたら、それまでよ。幾らこんな写真があった所で、幾らでも言い訳は出来るもの。
 それよりも、もっと言い訳できないような証拠、いいえ、現場に踏み込まないと…」

やはりそうきたか、と内心で納得しつつ、真美は万が一の為、自分は巻き込まれたと言えるように、
決して自分からはどう行動するのかは口にせず、三奈子へと質問をする。

「ですが、どうするんですか?」

「勿論、先回りするに決まっているでしょう。
 毎日、コツコツと繰り返してきた調査によって、ここまでは分かったのよ」

そう言って三奈子は地図を取り出すと広げ、とある地点に指を置く。

「ここまで先回りして、後を気づかれないように付けていくわよ。
 そして、今日こそは現場を押さえるわよ」

「…因みに、どのような現場ですか?」

「ふふん。恐らく、祥子さんたちは恭也さんのご自宅へと伺っていると私は睨んでいるわ。
 つまり…」

「つまり、恭也さんたちがこちらでお住みなっている所まで付いていくということですね」

「そういう事よ。生憎、恭也さんたちのお住まいに付いては、誰も知らないのよ。
 だから、そこまで先回りは出来ないの。でも、ここまでは確実に辿り着いたわ。後、もう少しだと私の勘が告げているのよ」

「はあ、そうですか」

単に恭也の住まいを知りたいのなら、そう言えば良いのにと思いながらも、真美はそれを口には出さずに置く。
学園祭も終わったこの時期、特に目ぼしいネタも無いため、姉に付き合い、あわよくばそれをネタに、と考えたためである。
勿論、それだけではなく、真美自身も知りたいと思っているためでもあったのだが。
兎も角、こうして新聞部二人による偵察が行われることとなったのである。



三奈子と真美は例の場所までやって来ると、物陰に身を隠す。

「ところでお姉さま。私たちはどのぐらい、ここでこうして待っていれば良いのでしょうか」

どのぐらいの時間が経っただろうか、不意に真美が三奈子へと尋ねる。
真美へと振り返りつつ、三奈子はさも当然のように告げる。

「勿論、恭也さんたちが来るまでに決まっているでしょう」

何を言っているのと口ではなく目で言ってくる三奈子に、真美はやっぱりと肩を落とす。
それでも僅かな希望に縋るように、三奈子へと更に問い掛ける。

「それは分かっているんです。それで、大体、どのぐらいの時間にここを通られるんですか。
 後、どれぐらいで」

「そんな事、知らないわよ。日によって下校する時間も変わるんだから…」

「やっぱり、そうですか。いえ、分かってはいましたよ。
 お姉さまのその計画性の無さは」

「失礼ね。ちゃんと計画ならしているじゃない。
 第一、正確な時間が初めから分かるなら、こうして張り込んでないでしょう」

真美はこれ見よがしに溜息を吐いて見せるが、三奈子には全く効果がなかった。
それどころか、そんな真美を見て何を勘違いしたのか、三奈子は鞄をごそごそとやり始めると、真美に何やら渡す。
それを受け取りつつ、真美は両手に握ったソレを眺めつつ尋ねてみる。

「お姉さま、これは?」

「見れば分かるでしょう」

「ええ。私の記憶違いでなければ、これはアンパンと牛乳ですね」

「ええ、正解よ」

「それで?」

「それでも何も、貴女お腹空いているんでしょう。
 だから、さっきから変な事ばっかり言うのよ。
 それでも食べてなさい」

「…………何故、アンパンと牛乳なんですか?
 そして、どうしてまた、こんなものを用意しているんですか」

「どうしてと言われても、昔から張り込みにはアンパンと牛乳って決まっているじゃない」

「いえ、別にもう何も言いませんけれど…」

何にせよ、確かに小腹は空いていたので、真美は黙ってアンパンの封を開けると、それに噛り付く。
それを見て、三奈子のお腹も刺激されたのか、三奈子は自分の分も鞄から取り出すと、同じように封を切って噛り付く。

「…お姉さま。大義名分である、制服での寄り道以前に、私たちが既に買い食いしているような気がするんですが…」

「うっ。き、気にしては駄目よ。それに、これはここに来る前から買っていたんだから…」

「それを買い食いというのでは?」

「ち、違うわよ。だって、これはお昼に購買で買ったんだから」

「つまり、昼食の残りという事ですか?」

「そ、そうよ。だから、決して買い食いではないのよ」

「まあ、別にどちらでも構いませんけれど…」

真美はそう呟くと、また一口アンパンを口に放り込むのだった。



それから更に待つ事少し。
ようやく、二人の目当ての団体が向こう側から歩いてくる。
二人は気付かれないように身を隠すと、その人物たちが曲がって行くのをじっと待つ。
全員の姿が曲がり角へと消えたのを確認しても、まだその場を動かず、それからちょっとだけ待って、
ようやく物陰から出てくると、急ぎ足で角まで向かう。
そこから顔だけを除かせ、こっそりと前方を見る。
その視線の先には、楽しげに会話をしながら歩く恭也たちの姿があった。
それを少し羨ましそうに眺めながらも、姉妹は揃って首を軽く振ると、お互いに目を合わせて頷き合う。
前方の恭也たちの顔も認識出来ないほどの距離を開けつつ、二人は恭也たちを見失わないように付いていく。

「お姉さま、ちょっと離れすぎでは。
 これだと、少しでも目を離すと、見失ってしまいますよ。
 今はたまたまそんなに人の出がないので大丈夫ですが…」

「それは分かっているわよ。でもね、下手に近づきすぎると、すぐに見つかってしまうでしょう。
 ただでさえ、恭也さんと美由希さんのお二人はとても勘が良いみたいだから。
 特に、ここ最近、益々その勘の良さに磨きがかかったように鋭いのよ」

そう言いながら、三奈子は慎重に物陰から物陰へと移動していく。
その姉の後ろを、真美も仕方が無く付いて行く。
時折、ファインダーを覗き込んでは、シャッターを切る。
と、不意に恭也が足を止めると、こちらへと振り返る。
それに慌てて二人は近く似合った看板の陰に隠れる。
早くなる鼓動を落ち着かせつつ、ゆっくりと二人は目から上だけをそこから出し、恭也たちの様子を伺う。
どうやら、気のせいと思ってくれたのか、恭也たちは再び歩き出していた。
それを見て、ほっと胸を撫で下ろしつつ、三奈子は真美へと少しだけ疲れたように言う。

「ね、鋭いでしょう」

「鋭いといいますか、今のは、偶々では。
 幾ら何でも、この距離ですよ」

「うーん、そうだったら良いんだけどね。
 とりあえず、追跡開始といきましょうか」

そう言うと、三奈子は看板の裏から姿を出し、再び追跡劇へと身を投じるのだった。



一方の恭也の方は、

「恭ちゃん、幾ら何でも神経質になりすぎじゃ…」

「油断するよりはよっぽど良いだろう。
 だが、俺だってそんなに神経を張り詰めているわけじゃない。
 ずっとそんな事をしていたら、いざという時に疲れて力が出せないなんて事にも成りかねんからな。
 だから、ある程度の範囲内で、殺気や常人以上の気を持っている者だけを捉えるようにしている。
 気配を消すような連中がいれば、神経質になっていてもそんなに意味はないからな。
 だから、近くの気配はお前に任せているんだ」

「分かっているよ。今のところ、何も感じられないから」

「そうか、なら良い。お前も大分、気配を読めるようになってきているしな。
 一応、信用はしているさ」

「一応は余計だよ。ちゃんと、この夏にたっぷりと鍛練したし、毎日欠かさずに鍛練してるんだから」

「そうだったな」

口では素っ気無く言いつつも、恭也が美由希の成長を喜んでいるをは祥子たちははっきりと確証していた。
そんな会話を聞きつつ、乃梨子がついといった感じで口に出す。

「何か、もう慣れてしまったと言えば、慣れてしまったけれど、話の内容は結構、人間離れしているような気がするんですが…」

「乃梨子ちゃん、本当に今更よ、それ」

「そうそう。そんな事、結構前から分かってたじゃない」

祥子に続き、令までがそんな事を言い出す。
その言葉に、由乃や祐巳までも頷いている。
それを目にしながら、助けを求めるように偶々近くに居た可南子へと視線を向けるが、
その視線を受けた可南子は少し困ったような笑みを見せると、小さく頭を下げる。

「ごめんなさい、恭也さん。私もその事に関してだけは、味方にはなれません。
 鉄砲を持った人に剣で勝つのをこの目で見てますから。いえ、見てはいませんでしたけれど、知ってますから」

「あれは、やりようによっては誰でも出来る事ですよ」

「恭也さん、流石に誰でもというのは…」

恭也の言葉に、とりあえずそこは突っ込んでおく乃梨子だった。
一方、そっちは乃梨子に任せた由乃は、にやりと表現するのがぴったりくる様な笑みを見せる。
その笑みを見た者が、思わず後退る中、由乃は可南子へとその笑みを貼り付けたまま話し掛ける。

「可南子ちゃ〜ん。その事に関してだけは、って事は、他のことなら全て、恭也さんの味方って事〜」

楽しげに聞いてくる由乃に、令が呆れたように額に手を当てるが、それにも気付かず、
由乃は顔を赤くする可南子を追い詰めるように近づく。
そんな由乃に対し、可南子は何とか踏み止まると、きっぱりと言い放つ。

「ええ、そうですね。少なくとも、祐巳さまや恭也さんの味方ではありますね」

「ほうほう」

「ふふふふ」

二人して意味ありげな笑みを見せつつ、何やら無言で牽制し始める。
これはこれで、二人のコミュニケーションなのだろうと、周りも口出さずに黙っている事にした。
言い方を変えれば、下手な口出しをして、自分へと飛び火するのを防ぐとも言う。
とりあえず、恭也は気を取り直すと美由希へと話し掛ける。

「美由希、俺はそんなに変か?」

「まあ、変と言えば変だけどね。でも、あれぐらいならそんなに難しい事でもないと思うけど…」

「だよな」

「うん」

「恭也さん、美由希さんの意見は却下ですので」

祥子の言葉に、いつの間にか無言の怪しい微笑み合戦をしていた由乃たちまでもが頷く。
恭也と美由希は顔を見合わせると、そろって志摩子へと視線を向ける。
その視線を受けつつ、志摩子は柔らかく微笑むと、

「それがお二人の個性ですから。人それぞれですよ」

「志摩子さん、それちょっと違う気がする」

「あら、そう?」

珍しく祐巳が突っ込むという事態にも関わらず、志摩子はただ首を可愛く傾げるだけだった。
それに対し、祥子たちは軽く肩を竦めただけで、それ以上は何も言わなかった。
それを見た祐巳と乃梨子、美由希の三人がたまたま目が合い、お互いに同じ事を考えていると分かると、苦笑を浮かべるのだった。

(((綺麗な人って、得だよね)))

「いや、それはこの場合、関係ないぞ」

三人の小さな呟きを耳にした恭也がそう突っ込むと、乃梨子がすかさず言い返す。

「志摩子さんが綺麗だって所は否定しないんだね」

「それは事実だしな。乃梨子もそう思っているんだろう」

「それはそうだよ」

尋ね返す恭也に、乃梨子もすぐさま言い返す。
そんな二人の言葉に、志摩子は顔を赤くして慌てた様子を見せる。
そんな珍しい、ただし、恭也が来てからはちょくちょく目にするその志摩子の様子に、乃梨子は微かな笑みを見せる。
美由希は恭也の横で、不思議そうな声を洩らす。

「それにしても、山百合会って、綺麗な人とか可愛い人しか入れないのかな」

「ふぇっ! そ、それじゃあ、私はどうなるんでしょうか?」

真っ先に不安そうな声を上げた祐巳の背後にいつの間にか可南子は回りこむと、そっとその頭を撫でる。

「祐巳さまだって、こんなにも可愛いじゃないですか。
 決して、引けを取ってませんわ」

「ああ、確かに祐巳さんは可愛いから、問題ないだろう」

「か、可南子ちゃんだけじゃなく、恭也さんまでからかわないでくださいよ」

顔を真っ赤にして反論する祐巳に、祥子が優しく微笑みながら、祐巳の髪をそっと掬うように持ち上げる。

「あら、そんな事ないわよ。二人の言うように、祐巳は可愛いわよ」

「さ、祥子さままで…」

祥子にまで言われ、祐巳は益々顔を赤くすると、まるでのぼせたようにフラフラと頭を左右に振る。
そこへ、志摩子や由乃、令までもが加わり、口々に同じような事を口にする。
結果、祐巳は益々顔を上気させるのだった。
そんな風に和やかにじゃれ合っている恭也たちの遥か後方では、三奈子がじっと前方を凝視していた。

「うー、何を話しているのか聞こえないわ」

「流石に、これだけ距離があれば聞こえませんって。
 それにしても、やっぱり仲が良いですね」

「…真美、黙って追跡するわよ」

「はぁー、はいはい」

三奈子の言葉に、真美は呆れたように返事を返しつつ、その後を付けるのだった。
もう少し行けば小笠原邸という所で、恭也が足を止める。
それに習い、祥子たちも足を止める。
勿論のこと、後を付けている三奈子たちも、足を止めると、手頃な物陰に隠れる。

「急にどうしたんでしょうかね」

「さあ。何かあったんじゃないかしら?」

「ですから、その何かを聞いているんですが」

三奈子の返答に、真美が呆れつつ返すが、それに対して三奈子がすぐさま返してくる。

「それが分かれば、苦労しないわよ」

「…ご尤もです」

そんな姉妹の会話など知る由も無く、祥子は立ち止まって歩き始めない恭也の様子に、僅かに不安になりつつも、
自分が不安そうになれば、祐巳も不安になるだろうと、気丈な態度を取ったまま尋ねる。

「恭也さん、どうかしましたか?」

「ああ。別段、危害を加えようとはしてないようだったので、単に同じ道なのかと思っていたんだが…」

「でも、それにしては、後を付けているみたいだったよね。
 今も、物陰に隠れているみたいだし」

意識を広げて恭也の捉えたであろう気配を察知しながら、美由希がそう言う。
美由希の鍛練の成果に嬉しくなる気持ちを引き締め、恭也は現状の事態に意識を集中させる。

「さて、どうする?」

恭也はまるで試すように、いや、実際に試しているのかもしれないが、美由希へとそう尋ねる。
それを察したのか、美由希はじっと考えると、慎重に意見を述べる。

「多分、武術に関して言えば、殆ど素人だと思う。
 もし、これが力を押さえている状態だとすれば、かなりの使い手だけどね。
 ただ、それだったら、こうも簡単には尻尾を掴ませないと思うから…」

そこで一端言葉を区切り、恭也の反応を伺う。
恭也は自分も同じ考えである事を示すように軽く頷くと、続きを促がす。
それを受け、美由希は自分が考えた事を口にする。

「囮という可能性もあるから、どちらかがここに残って、もう一人があそこに居る人物へと近づく。
 人が全く居ないのなら、飛針などを投げて牽制しても良いけど…」

そう言って美由希が周りを見渡すと、ちらほらとではあるが通行人の姿が見受けられた。
同じように周りを見渡しながら、恭也は小さく答える。

「だな。さて、それじゃあ、俺がここに残るから、お前が近づけ」

「うん」

「くれぐれも気を付けてな」

「分かってる」

すぐに役割を分担させると、美由希はその物陰へと向かって歩き始める。
目標を目で捉えつつ、意識は周囲を探るように這わしていく。
恭也もその場に留まりつつ、同じように意識の手を周囲へと伸ばす。
同時に懐へと手を入れ、飛針を数本いつでも取り出せるように準備する。
そして、空いている方の手で、祥子たちに壁際へと移動するように合図を送る。
祥子たちが移動したのを確認しながら、恭也も微かに移動する。
その間に、美由希は物陰へと大分近づいており、後少しをいった所で、一気に走り出して物陰の裏へと出る。
そして、そこに居る人物を目にして、その動きを止める。

「……え、えーっと」

「お、おほほほ。ご、ごきげんよう、美由希さん」

「ご、ごきげんよう、美由希さん」

「ご、ごきげんよう」

何とか挨拶を返す美由希の前に、物陰から二人の人物──三奈子と真美が姿を見せる。
その姿を見て、祥子たちは一気に脱力したように力を抜く。
恭也も、僅かに肩の力を抜きつつ、懐に入れた手を飛針から離すのだった。

「それで、お二人はこんな所で何をしているのかしら?」

「お、おほほほ、き、奇遇ですわね、紅薔薇さま。
 私たちは、偶々、ここを通りかかったんですのよ」

「そ、そうなんです、偶々…」

そう言う二人へと、祥子は少しだけきつい視線を送る。
その目は、明らかに二人の言葉を信じていなかった。
それを感じつつ、三奈子は必死で頭を働かせる。

「え、えっと、ですね。今度のリリアンかわら版に乗せる良い風景がないかな〜っと思いまして、こうしてカメラを手に…」

「いつから、そんなコーナーが出来たのかしら?」

「え、えっと、次の号からちょっとやってみようかな〜って。
 ね、ねえ、真美」

「え、ええっ! 駄目ですよ、そんなコーナーなんか」

「駄目って、何でよ!」

「よく考えてから発言してくださいよ、お姉さま」

「貴女ね。少しは姉の意見を」

「幾ら、お姉さまの意見でも、聞けるものと聞けないものがあります。
 第一、今の編集長は私ですよ」

「くっ、この…」

「そこまで仰るのなら、逆に聞きますけれど、今、お姉さまが口にしたコーナーを私がしようとしたら、どうしますか」

「そんなの、止めるに決まっているじゃない」

「……だったら、何でそんな事を言うんですか!」

いきなり始まった口論に、祥子は頭を押さえつつ、中断するように口を挟む。

「もう良いわ。とりあえず、どうして後をつけたのかに関しては、明日の放課後にでもきっちりと聞かせて頂きますからね。
 勿論、返答次第では、今後の活動を自粛していただく事もあるかもしれませんけれど」

「「……はい」」

祥子の言葉に、二人は頭を垂れて反省する。
今回ばかりは、自分たちに非がある事は自覚しているようだった。
祥子はそんな二人へと、容赦なく告げる。

「それでは、今日はこれまでにしておきますから、さっさとお帰りになってくださいね。
 では、ごきげんよう」

祥子の有無を言わせぬ迫力に、二人は力なく挨拶を返すと、そのまま踵を返すのだった。
そんな二人を呆れたように眺めた後、祥子たちも踵を返す。
こうして、新聞部二人によるミッションは終わりを告げたのだった。





つづく




<あとがき>

よし、今回はあとがきはなしで。
美姫 「今回は仕方がないわね」
おう、次回のネタが浮かんでいるうちに、纏めておかないと…。
美姫 「そんな訳で、今回はこの辺で」
ではでは。
美姫 「ごきげんよう」





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