『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第59話 「ミッション、その後」






新聞部の追跡事件の翌日、朝の登校途中に祥子は令へと話し掛ける。

「昨日は相談するのを忘れていたけれど、新聞の件、どうしようかしら?」

「んー、流石にあえはちょっとやり過ぎよね。
 でも、新聞部自体の活動を停止させるのもちょっと可哀想だし…」

「甘い、甘いのよ、令ちゃんは。敵は徹底的に叩きのめさないと」

「敵って、由乃」

過激な事を言う由乃に、令は冷や汗を掻きながらも何とか落ち着かせようとするが、由乃は益々ヒートアップし、
今にも握り締めた拳を空に掲げそうな勢いで言う。

「敵って言い方が悪いとしても、こっそりと人の後を付けたりしたのは事実よ!」

いつもと言えばいつものと言える二人のやり取りを眺めつつ、祐巳が祥子へとおずおずと進言する。

「お姉さま、あまり酷い事は…」

「分かっているわ。でも、しっかりと釘を刺すべきところは刺しておかないとね」

祐巳の言葉に頷きつつ微笑を浮かべながら言う祥子に、祐巳は微かに引き攣った笑みを見せる。
そんな祐巳の頭に手を置きながら、恭也が二人の会話に口を挟む。

「祐巳さんもそんなに心配しなくて大丈夫ですよ。
 ただ祥子は、新聞の方たちが俺たちの近くに居る事によって、
 事件に巻き込まれないように、少し強く注意しておこうとしているだけですから」


恭也の説明を受け、祐巳は納得がいったように頷きつつ、改めて自分の姉を尊敬し、熱い眼差しで見詰める。
その眼差しに照れ隠しからか祥子は僅かに顔を背けつつ、やや早口で捲くし立てる。

「ま、まあ、確かにそれもあるけれど、これを機に新聞部を少しは大人しくさせようというのが目的よ」

「まあ、そういう事にしておこう」

「しておこうじゃなくて、本当にそうなのよ」

「ああ、分かった、分かった。
 確かに、あの笑みは何かを企んでいるような怪しげな笑みだったからな」

「…悪かったわね。どうせ、私の微笑みは怪しいですよ」

「確かにな。俺たちが劇に参加させられると言われた時も、同じような笑みで。
 今、思い出しても背筋が…」

「失礼ね。そこまで酷くはなかったはずよ」

恭也の言葉に拗ねた振りをしてみせる祥子を、祐巳は可愛いと感じてじっと見詰める。
そんな祐巳の視線にも気付いていないのか、祥子は怒ってますと言わんばかりに顔を横へと向けて歩く。
恭也は苦笑しつつ、そんな祥子の頭に数度軽くポンポンと手を置くと、機嫌を取るように口を開く。

「悪かったって。冗談だから、そんなに剥れるな」

「別に剥れてなんかいません」

「はいはい、分かった、分かった。それよりも…」

恭也は祥子の言葉を軽く受け流すと、すぐさま話題を変える。
祥子も本気で拗ねていた訳ではないので、すぐにいつもの調子に戻って会話をする。
そんな二人を後ろから眺めながら、可南子は隣を歩く美由希へと話し掛ける。

「美由希さま、恭也さんはよくああして頭に触れてきますけれど、ひょっとしなくても、意識してませんよね」

「うん、まあね。妹のなのはの頭をよく撫でたり触ったりしてるから、無意識でそうなっちゃったんだと思うけれど…」

二人は顔を見合わせると、揃って溜息を吐き出し、同じような仕草をして見せる相手に思わず噴き出す。
そんな二人を見て、祥子たちは首を傾げつつも、微笑まく見ていた。





  ◇ ◇ ◇





昼休み、昼食を終えた面々がそれぞれに会話している。
美由希は志摩子や祥子と本の事で会話をしており、祐巳は由乃や可南子、令と何処そこの店が美味しいとう話題で盛り上がり、
恭也もまた乃梨子と盆栽の事で会話が弾んでいた。
それなりに賑やかな薔薇の館へ、来訪者を告げるように階段がギシギシと微かな音を立てる。
会話を中断し、暫らく待つと扉がノックされる。
祥子が入室を促がすと、失礼しますという言葉と共に、三奈子と真美が姿を見せる。
珍しくしおらしい三奈子の様子に目を見張りつつ、とりあえず席に着くように促がす。
それに応じ、三奈子と真美は椅子へと座ると、まず三奈子がゆっくりと口を開く。

「昨日はすいませんでした」

そう言うと、二人は同時に頭を下げる。
ゆっくりと顔を上げた二人へと、祥子が声を掛ける。

「昨日の件でしたら、放課後とお伝えしたと思うのですが」

「はい、確かにそう聞きました。
 ですが、放課後まで待てなかったんです」

充分に反省しているらしい二人の姿を見ながらも、祥子はどうしてあそこに居たのかを問い質す。
一瞬だけ返答に詰まるものの、三奈子は覚悟を決めたのか、話し出す。

「実は、恭也さんと山百合会の人たちが揃ってあの辺で目撃されていたので、何をなさっていたのかと…」

「それで、待ち伏せしていたと」

「本当にごめんなさい。ですが、これは私の独断なんです。
 ですから、新聞部は直接は関係ないんです。それに、真美も私が無理矢理…」

「お姉さま、新聞部の方はそうだとしても、私は自分の意志で付いて行ったんですから」

「良いから、貴女は少し黙ってなさい」

「いいえ、黙りません」

「あのね…」

今にも喧嘩を始めそうな二人を、祥子が咳払いをして止めると、三奈子を真っ直ぐに見詰める。
その視線を受け、僅かにたじろぎつつも、三奈子も真っ直ぐに見詰め返す。
三秒にも満たない沈黙だったが、三奈子にはその何十倍にも感じられ、まるで息が詰まりそうになる。
それでも、祥子の視線から目を逸らす事なく見詰める三奈子へ、ゆっくりと祥子が口を開く。

「それじゃあ、貴女方の処分を今ここで通達します」

一端言葉を区切った祥子は、令へと目を向ける。
それで祥子の言いたい事を察したのか、令は小さく頷いて見せる。

「新聞部には特に何も言わないわ。ただし、今回の件はこれでお終いにする事。
 それと、巻き込まれた真美さんは、幾ら巻き込まれたとはいえ、はっきりと断わらなかったのだから、
 罰として二週間ばかり、学外での取材は禁止ね。
 そして、三奈子さんには、二週間、学内、学外問わず取材の禁止。
 ただし、編集作業とかまでの禁止はしません」

祥子の言葉に、二人は驚いた顔で祥子を見る。
実質、学外での取材などよっぽどの事がない限り行わない上に、三奈子は既に引退したも当然で、
取材の殆どは一年と二年が行っているのである。
当然、その事は祥子も知っているはずにも関わらず、そう処断したのだ。
三奈子は思わず緩みそうになった涙腺に力を入れて、祥子へと頭を下げる。
真美も姉に倣って同じように頭を下げると二人して礼を言う。
そんな二人に祥子は苦笑しつつ、

「罰則を与えられて感謝するなんて、少し変わっているわね」

少し照れながら髪を掻き上げる祥子を、恭也たちは微笑を浮かべて眺める。
その視線にむず痒いものを感じつつ、祥子は気付かない振りをするのだった。





  ◇ ◇ ◇





深夜、廃墟と化した元は病院なのだろうか大きな建物で大勢の人間があちこちを行き来していた。
それらを眺める美沙斗の元へ、弓華が近づく。

「美沙斗」

「ああ、そっちはどうだった?」

「制圧は完了です。でも、本拠のことまでは分かりませんでした」

「そうか。一体、後幾つアジトがあると言うんだ。
 例の計画の実行日も迫っているというのに…」

「美沙斗……。気持ちは分かりますが、焦りは禁物ですよ」

「ああ、分かっている、すまない」

「いえ」

美沙斗の言葉に、弓華は小さく首を振って笑みを見せると、励ますように声を掛ける。

「大丈夫ですよ。こうやって、一つ一つアジトを潰して行けば、例の計画に関わる人数を減らすことが出来るんですから。
 本当は、全員を捕まえれれば良いんですけれど、一網打尽にされないように、幾つものアジトに分かれているんでは…」

「ああ。本当に狡賢い奴だ。おまけに、分かっているだけでもまだこんなに…」

美沙斗は手にした用紙に目を落としつつ、僅かに力を込める。
その力に紙が微かな音を立てて歪むが、何とか自制心を効かせ、それ以上くしゃくしゃにならないように力を抜く。

「かなり前から準備していたみたいだね」

「そうですね。いきなり来日して、これだけの数のアジトを用意できるはずありませんから。
 とりあえず、今私たちに出来る事は、分かったアジトを順次壊していくだけですよ」

「ああ、そうだね」

弓華の言葉に頷くと、美沙斗は顔を上げて空を仰ぎ見る。
弓華も同じように空を仰ぎ見ると、二人は無言でただ空に浮ぶ欠けた月を眺めていた。





つづく




<あとがき>

いよいよ近づくXデー。
美姫 「影で頑張る美沙斗と弓華」
その日までにどれぐらい敵の勢力を削ぐ事が出来るか!?
美姫 「それでは次回までごきげんよう」
ではでは。





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