『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』
第60話 「Xデー迫る」
それは、架雅人たちの教会襲撃事件よりもう少しで一週間が経つといった金曜日の夜中に突然、掛かってきた。
美沙斗から掛かって来た電話を取った恭也は、お互いに軽く挨拶を交わす。
それが済むと、幾分声のトーンを落とし、美沙斗が語り始める。
「恭也、実は私はあれからこっちに来ていた弓華の部隊と一緒に、邃のアジトを幾つか潰したんだが、
その時、とんでもないものを見つけてしまったんだよ」
「とんでもないもの、ですか」
「ああ。……今、周りは大丈夫かい?」
美沙斗の言葉に、恭也は周りを伺い、祥子たちがこちらに集中しているのを見ると、美沙斗へと少し待ってもらうように告げ、
「すまないが、ちょっと。…美由希」
恭也は祥子たちにそう告げると、美由希を呼んでリビングを出る。
充分にリビングから離れ、周りに他に誰も居ない事を確認すると、恭也は電話を自分と美由希の間へと持ち、二人して耳を付ける。
至近距離にある恭也の顔に動機を早目ながらも、美由希は恭也がわざわざ祥子たちから離れてまで話をしようとした事、
自分もここへと呼んだ事から、大体の意味を察して、すぐに顔を引き締めて電話の向こうへと意識を集中させる。
やがて、電話の向こうからゆっくりと美沙斗が話し始める。
「明日、邃が動き出す」
美沙斗の言葉に、恭也と美由希は顔を見合わせて短く息を飲み込むと、黙って続きを待つ。
二人が落ち着いて聞いている事を確信した美沙斗は、ゆっくりと自分が見つけたリリアン女学園襲撃計画に付いて話す。
「……もし、その襲撃時間に祥子たちがリリアンに居ない場合はどうなると思いますか」
「正直、それは分からないね。この計画を立てるにあたって、充分に調べたんだと思うよ。
何せ、リリアンの見取り図まで詳しくあるぐらいだからね。
その調査の上で、この時間帯は薔薇の館と呼ばれる建物に小笠原さんたちが居ると判断したんじゃないのかい」
「しかし、あの時と今では状況が変わっているというのは、向こうも知っているはずですよね。
だとすれば、特に残ってする仕事がなければ、早く下校すると考えないんでしょうか」
「……多分、それでも構わないと思っているのかもね。
邃、いや、天羽宗司の目的は御神だが、他の者はどうか分からない。
つまり、天羽宗司が言ったという新しい世界というやつ、あれを信じている者が架雅人以外にも居るかもしれないし、
更に言えば、前にも言ったが、天羽宗司もそれを考えている可能性もあるからね。
天羽自身がソレをするつもりは無くても、それを信じている者たちが居て、そういった者たちを組織から離反させないため、
政府転覆計画を進めているように見せる必要があるのかもしれない」
美沙斗の言葉に違和感を感じた恭也は少し考え、一つの結論を出す。
「……さっき美沙斗さんは、祥子たちがその時間に居なければ、向こうがどう出るか分からないと言いましたが、
本当はその場合に関しても、何か分かっているんですね」
「どうして、そう思うんだい?」
「祥子たちがその時間に居なくても構わないと言った後に、天羽宗司という男の考えに対しての予測を言ってましたよね。
予測を立てるという事は、何かしらの根拠となるものが必要ですから」
「……少し喋りすぎたという事か。ふぅ、仕方が無いか。
本当は、恭也たちには小笠原さんたちの事だけに集中して欲しかったから、弓華と相談して黙っている事にしたんだけどね…」
そう前置きすると、美沙斗は恭也へと話し始める。
「手に入れた計画書には、襲撃の時間帯に小笠原さんたちが居ない場合に関しても記されていたんだよ。
部活動をしている子が数人と、委員会の活動をしている子が数人。
どの子も小笠原さん程ではないが、かなりの資産家の娘さんで、政界へのパイプも一応持っている。
つまり、小笠原さんたちが居なかった場合の代わりって事だね」
「その人たちの顔とクラスは分かりますか?」
「勿論だよ。こと細かいデータが揃ってあるからね。
だけど、恭也には教えられない。いいかい、恭也」
美沙斗の言葉に口を開こうとした恭也だったが、何かを言い聞かせるように口調を変えて話し始めた美沙斗の言葉に、
口を閉ざして大人しく聞く。
「全部を自分だけでやろうとは思っては駄目だよ。
今回は、私や弓華たちも居るんだから。
それに、恭也の仕事は小笠原さんたちの護衛であって、リリアンの生徒全員ではないだろう。
恭也の気持ちも分かし、少し残酷な言い方かもしれないけれど、他に注意を取られていたら、大事なものは守れないよ」
「分かってます…」
「そうか、なら良い。
それに、さっきも言ったけれど、今回は私たちが居るんだから、こっちは私たちに任せて、
也たちは小笠原さんたちの事をしっかりとね」
「分かりました。それじゃあ、そっちはお願いします」
「ああ。それじゃあ、これで」
「はい」
「美由希も頑張ってね」
「うん」
最後に二人へと声を掛けると、美沙斗は電話を切る。
電話を終えた恭也と美由希は、暫らくそのまま立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと廊下を戻り始める。
数歩先を歩く恭也の背中へと美由希が声を掛ける。
「恭ちゃん、祥子さんたちにはこの事を伝えるの?」
「…伝えておいた方が良いかもな。突然、襲撃なんて事になるよりも、多少はましかもしれん。
だが、不安にもさせるしな。……明日の朝に話す事にするか」
「…うん」
恭也の言葉に美由希は短く答えると、恭也の隣りに並んで歩き出す。
すぐにリビングの前へと戻ってきた二人は、何事もなかったかのように中へと入るが、そこでは祥子たちが待ち構えており、
思わず二人は足を止める。
そんな二人へと、祥子はゆっくりと優雅な仕草で空いているソファーへと促がす。
「お二人とも、そんな所で立ってらっしゃらないで、そうぞお座りください」
全員が周りを囲むように座っているその中心に、不自然なほどに空いている席へと座らされた二人へと祥子が話し掛ける。
「で、先程のお電話は?」
「人のプライベートを詮索するのは、あまり良くないような気がするんだが」
「プライベートの電話に美由希さんも同行を?
恭也さん、私は正直に教えて欲しいだけなんです。
さっきの電話が私たちに関係のない事なら、このまま黙っていても構いません。
けれど、そうではないのなら、私たちにだって聞く権利はあるんじゃないんですか?
本当に話せないような事なら、それは仕方ないですけれど…」
じっと真っ直ぐに見詰めてくる複数の視線に、恭也と美由希は揃って降参するしかなかった。
恭也は仕方がないといった感じで、ゆっくりと話し始める。
「まず、美沙斗さんは知っているよな」
「ええ。学園祭の時にお見えになってらした、美由希さんのお母さまですね」
祥子の言葉に頷いた恭也は、その美沙斗が邃のアジトを幾つか潰した事を話す。
「その時に、とある計画書を見つけたらしい」
「計画書、ですか?」
「ああ。その計画の内容は、俺たちも詳しくは聞いていないが、リリアン女学園を襲撃するというものだ」
恭也の言葉に、祥子たちは言葉をなくしてただ茫然となる。
祥子たち以外にも誘拐候補が居る事は伏せた方が良いと判断した恭也は、その事はおくびにも出さず、ただ安心させるように続ける。
「祥子たちは今まで通り、俺と美由希で護衛をする。
それと、明日は俺たち以外にも、美沙斗さんと、その同僚で弓華さんという人がいるんだが、
その人の部隊が学園の周りで隠れて護衛をしてくれる事になっているから、大丈夫だ」
安心させようと微笑む恭也に応えるように、祥子たちも幾分かは落ち着きを取り戻すが、
それでもやはり不安そうな顔を拭い去る事は出来ない。
そんな中、恭也の言葉に引っ掛かった志摩子が恭也へと問い掛ける。
「あの、部隊というのは?」
「…ああ。美沙斗さんはとある組織に居て、そこの部隊長なんだ。
詳しい事はこの際良いとして、テロ組織なんかを潰したりする組織で、今、こっちにその部隊が来ているんだ。
皆、かなり腕の立つ人たちばかりだから、安心していい」
先程よりも幾分ましになった一同を見ながら、やはり明日に話すべきだったかと少し後悔する恭也だったが、
そんな恭也に気付いたのか、可南子が声を出す。
「私たちが知りたいと言ったんですから、恭也さんが気に病む必要はないですよ」
「しかし…」
可南子の言葉に、それでも何か言いかける恭也を、全員が揃って首を振って可南子の言う通りと訴える。
それを見て、恭也は分かったと返すと、ゆっくりと背凭れへと体を預ける。
「とりあえず、完全に安心はできないかもしれないが、そんなに不安にならずに、いつも通りに過ごして」
恭也の言葉に全員が頷くが、その中でも特に祐巳はまだかなり不安そうで、隣りに座る祥子がそっと手を握る。
暫らくそうしていると、やがて落ちついたのか、多少ぎこちないながらも笑みを見せる祐巳に、祥子も笑みを返しつつ、
「そうだわ。祐巳、今日は一緒に寝ましょう」
「はい!」
祥子の言葉に、眠れるかどうか不安だった祐巳は一も二もなく頷く。
勿論、理由はそれだけではなく、祥子と一緒という事もあるが。
二人の姉妹のやり取りを見ていた由乃が令へ、志摩子が乃梨子へと同じような提案を持ちかけていた。
そんな中、姉も妹も居ない可南子はただ一人、静かに座っていたかと思われたが、そんな可南子の手を祐巳が取る。
「じゃあ、可南子ちゃんは私たちと一緒に」
「でも、お邪魔では」
「そんな事ないよ。ねえ、お姉さま」
祐巳の言葉に祥子も頷くと、可南子へと声を掛ける。
「私も一緒だけれど、それで嫌じゃなければ、いらっしゃい」
「…それじゃあ、お願いします」
祥子の言葉に、可南子は小さく頭を下げ、そんな可南子を祥子と祐巳は優しく見詰めていた。
その三人を見て、由乃が小さく聞こえないように令の耳元で囁く。
「何か、もう孫が出来たみたいな雰囲気ね」
「本当ね。でも、実際にはどうなるのかはまだ分からないけれどね」
そう言って笑い合う黄薔薇姉妹を怪訝そうに見る紅薔薇姉妹プラス1だったが、
白薔薇姉妹も黄薔薇ファミリーと同じ考えだったのか、紅薔薇ファミリーに気付かれないようにそっと微笑んでいた。
先程よりもかなり不安のなくなった感じのする祥子たちを眺めながら、美由希はほっと胸を撫で下ろしていた。
そんな美由希へと、恭也がからかうように口を開く。
「何だ、お前も不安なのか?」
「そりゃあ、ね」
「そうか、なら、今日は俺と一緒に寝るか」
『え、ええっ!』
言われた美由希だけでなく、祥子たちまで揃って大声を上げる中、恭也は一人平然とした表情で座っていた。
その手に湯呑みでも持っていれば、そのままずずっとお茶を啜っているぐらいに落ち着いて。
「きょ、兄妹とは言っても、実際は従姉妹の関係なんですから、流石にそれは…」
祥子が言った言葉に頷く可南子たちを眺めながら、恭也は軽く返す。
「でも、小さい頃はよく、俺の布団に潜り込んで来てたからな、こいつは。
特に、怖いテレビを見た後や、雷なんかの日には」
そう言って美由希の頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でると、美由希はそれを振り払いつつ、唇を尖らせる。
「それは小さい頃の話だもん。で、でも、今日は……」
少し顔を赤くしつつそう呟いた美由希の言葉を遮るように、恭也がこれまた平然と言う。
「まあ、流石にそれは冗談だが」
「そ、そうですよね。冗談ですよね。ふふふ」
「う、うぅぅ。分かっていたけれど……。
恭ちゃんの人でなし。鬼、悪魔、鈍感、朴念仁、若年寄り、脳内老人……って、嘘です、ごめんなさい」
笑って誤魔化す祥子たちと、肩をがっくりと落とした後、散々文句を言う美由希だったが、頭に置かれた恭也の手が、
まるで頭を握り潰そうとせんばかりに力が込められて行くのを感じ、急いで謝る。
「そうか、嘘か」
「うん、嘘、嘘も嘘だよ」
恭也の問い掛けに、頭を押さえられながらも頷く美由希へと、恭也は更に指へと力を込めて頭を握り締める。
「い、痛いよ、恭ちゃん。嘘だって言ったのに、何をするのよ」
「嘘吐きには罰を与えんとな」
「そ、そんなぁ〜。って、それを言ったら、恭ちゃんだって、よく嘘を吐くじゃない。
それも真顔で」
「あれは嘘ではなく、冗談と言うんだ」
「それこそ嘘だよーー!」
美由希が叫び声を上げる中、そんないつもの二人の様子を眺めて笑みを浮かべていた祥子たちは、
さっきよりも、かなり不安が減っている事には気付いていなかった。
こうして、幾分か和らいだ雰囲気の中、夜は静かに過ぎて行く。
だが、同時にそれは、明日の襲撃が近づいているという事でもあった。
それでも、今のこの一時だけは、それを忘れて過ごすのだった。
つづく
<あとがき>
いよいよ明日に迫る事態。
美姫 「遂に始める邃の総攻撃」
果たして、恭也は、美由希は!?
美姫 「そして、警防隊は!?」
次回、『リリアン女学園襲撃!』でお会いしましょう。
美姫 「それでは、ごきげんよう」