『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第62話 「激突! 決戦は学園で」






「どうやら始まったみたい…」

美由希は何となくそれを感じ取りながら、ただ静かに視界に映る薔薇の館を見詰める。
今の所、自分の周辺には気配がない事を安堵しつつ、ただ静かに万が一に備える。
自分が動くような事態にならない事を願いながら。



「まったくきりがないと言うか…」

美沙斗はぼやきながら、今しも男を一人地面へと打ち倒し、視線を前方へと向ける。
そこにはまだ30人近い男たちがおり、美沙斗が只者ではないと察したのか、遠巻きに様子を眺めている。
そんな男たちの間を縫うように、一人の日本人の男が美沙斗の前に姿を見せ、静かに日本刀を構える。

「中々の使い手とお見受けしました。宜しければ、私がお相手させて頂きます」

「こっちに選択する余地なんかないよ。向かって来る者は誰であろうと、ただ打ち倒すだけさ」

美沙斗はそんな男の言葉にただ静かに返すと、じっと目の前の男を見詰める。
先程までの男たちとは違い、何かしらの武術を身に付けているのか、洗練された動きを見せる。
男は両手で刀を持ち、顔の横へと持ち上げると、美沙斗へと目掛けて走り出す。

「はああぁぁぁぁっ!」

裂帛の着合いと共に刀を振り下ろす。
かなりの速さで振り下ろされる刀を、美沙斗は軽く横へと躱す。
そこへ、再び着合いと共に刀が襲い来る。
それを後ろへと跳んでやり過ごす。

「…防御を考えない攻撃一辺倒の技か」

「私が振るう剣に受けはない。ただ、攻めあるのみ」

男は呟くと、美沙斗へと刀を振るう。
躱されても、何度も素早く刀を振るい、休む事無くただ攻め立てる男に対し、美沙斗はタイミングを計るように避け続ける。
何度振るっても当たらない事に男の顔に疲労が微かに出る。
男は一端、動きを止めると、美沙斗をじっと見詰める。

「何故、当たらない!」

怒りさえも篭もった男の視線を軽く受け流しながら、美沙斗は何も言わずにただ静かに佇む。
そんな美沙斗の態度に腹を立てたのか、男は尚も叫続ける。

「今まで、私はこれだけで何人とやってきたんだ。人一人斬れば一段というのなら、私は既に何段にもなっているはずなのに」

男の言葉に、美沙斗が始めて答える。

「君は何か勘違いしてないかい。私たちがしているのは、ただの殺し合いだ。
 そんな段位なんか関係ないし、ましてや今までになした偉業に意味はない。
 尤も、人を殺す事は偉業でも何でもないけどね」

美沙斗は自嘲気味に笑うと静かに小太刀を構える。

「…それはそうかもしれん。だが、今までの実戦経験が無くなった訳ではない。
 ならば、次こそはお前を斬ってみせよう。
 人を殺す事も出来ないようなお前に負けるわけにはいかんのだ」

男も刀を構えると、美沙斗へと走り寄り、刀を振るう。
美沙斗はそれを初めて小太刀で受けると、そのまま勢いを殺さずに向きだけを変えて受け流す。
男は完全に勘違いを、そして、肝心な事を忘れていた。
美沙斗がこれまで男たちを殺せなかったのではなく、殺さなかったという事を。
そして、この状況下で、殺さずに倒す事の方が、殺す事よりも難しいという事を。
美沙斗は力を受け流しながら、背中からもう一刀抜き放つと、男の脇腹へと柄を打ち付け、そのまま動きを止めずに
その一撃で僅かだが動きを止めた男の後ろへと回り込み、男の刀を受け止めた小太刀の柄を強く握り締める。

「悪いが、私は君以上なんだよ…。実戦の経験も、人を斬った事もね…」

美沙斗は忌々しげに、そして、悲しげに呟くと、男の首筋に強烈な一撃を落とす。
近づく地面を視界一杯に映しつつ、男は薄れ行く意識の中、美沙斗が小太刀の二刀流だと理解し、茫然と恐怖を込めた呟きを零す。

「ま、まさか、警防隊の死……」

しかし、男の意識はそこで途切れ、その言葉を最後まで口にする事はなかった。
美沙斗は倒れた男を一瞥すると、残る男たちに鋭い眼光を向ける。

「言っておくが、一人たりとも逃がす気はないよ。
 大人しく投降するというのなら、これ以上は危害を加えないけれど。
 さあ、どうする」

ニ刀を構えるでもなく、ただ力なく垂らした両手に握りながら尋ねる美沙斗に、しかし隙を見つける事が出来ず、男たちは後退る。
それでも逃げる事も、投降する素振りも見せずにいる男たちに、美沙斗は首を振る。

「あまり時間がないんでね。返事がないようなら、こっちで勝手に判断させてもらうよ」

言うが早いか美沙斗は男たちへと走り出す。
それを見た銃を持つ男たちが一斉に発砲するが、弾が当たる直前に美沙斗の姿が掻き消える。
次に美沙斗が姿を見せたのは、後ろの方に居た男たちの前だった。
驚きに目を見張る男の鳩尾に蹴りを放ち、前のめりになった所へ小太刀を振るい意識を刈り取る。
同時に、前方に居た男たち、今は美沙斗の後ろにいる男たちの数人が地面へと崩れ落ちる。
それだけではなく、銃を持った男たち数人の手には飛針が突き刺さり、数人の腕は細い糸によって絡め取られていた。
ようやく、美沙斗が正に目にも止まらぬ程の速さで移動しながら攻撃をした事に気付いた男たちは、慌てて美沙斗へと襲い掛かる。



足元に何人もの男たちを転がしながら弓華はそっと息を吐き出すと、今しもこちらを狙っていた男へとナイフを投げる。
ナイフが手の甲に刺さり、弓華へと向けていた銃口が逸れ、見当違いの方向へと発砲する男を無視し、
弓華は近くに居た男の喉を蹴りつけ、後ろから迫ってきた男の指を切り飛ばす。
悲鳴を上げる男のこめかみを振りぬくようにして蹴りつけて地面へと倒すと、そのまま足を降ろして踏み付ける。
すぐに次の獲物へと狙いを定めて走り出す。
そこへ、ナイフが飛来し、弓華はそれを短剣で弾くと、ナイフの飛んできた方へと視線を向ける。
同時に、今度は三本纏めて弓華を襲う。それをやはり短剣で弾き飛ばすと、弓華はその先へとナイフを投げる。
弓華の投げたナイフは、更に男の放ったナイフによって途中で弾かれる。
男の手が動き、更にナイフを投げてくるのと同時に、弓華は男へと向かって走り出す。
ただし、真っ直ぐには向かわず、周りに居る男たちを盾にしながら。
正確に弓華へとナイフを投擲してくるが、それでも何本かは仲間の男へと刺さる。
しかし、男はそんな事にも構わず、場所を移動しながら弓華へとナイフを投げ続ける。
弓華は周りに居る男たちを盾にしつつ、同時に攻撃を加えながら男へと徐々に近づく。
当然、他の者たちも大人しく二人のやり取りを見ている訳ではなく、弓華へと攻撃を仕掛けるが、その悉くは躱されるか、弾かれる。
弓華は男の一人を気絶させると、ナイフを投げてくる男の方へと投げ飛ばす。
同時に男へと走り寄り、距離を詰める。
弓華はナイフを投げつつ、男の逃げ道を塞ぐ。
男は後ろへと飛び退きながら、投げられた男が地面に落ち、弓華の前の障害物が消えると、すぐにナイフを投げる。
それを読んでいた弓華は、事も無くそれらを躱すと、ナイフを他の者たちへと投げて牽制し、男との距離を詰める。
近づかれた男は投げる為に手にしたナイフを握り締め、弓華へと斬り掛かる。
それをあっさりと弾き飛ばすと、そのまま男の脇腹へと短剣を突き刺す。
くぐもった声を上げて倒れる男を殴り倒して意識を飛ばすと、すぐさまその場を跳び退く。
そこへ数人の男が撃った銃弾が地面や倒れている男たちに穴を穿つ。
それに微かに眉を顰めつつも、弓華は別の男たちへと向かうのだった。



静かに対峙していた二人の剣士は、同時に地を蹴り、相手へと駆け出す。
片方は長い刀を後ろへと垂らすようにしながら、片方は一本の小太刀を携えて。
それなりにあったはずの距離をあっという間に走り寄った二人は、お互いの獲物をぶつけ合う。
甲高く響く金属音が連続して鳴り響く。
お互いに数合打ち合い、僅かな距離を開けるために跳び退くタイミングも全く同時。

「前よりもいい動きをするじゃないか。たった数日しか経っていないというのに、本当に大したものだ」

「…そいつはどうも」

リノアの言葉に短く返すと、恭也は小太刀を鞘へと納め、すぐさま前へと踏み出す。
同時に、抜刀。

──御神流 虎切

高速で抜き放たれた小太刀を、リノアは長刀で受け止めると、そのまま恭也へと斬り掛かる。
それをもう一刀を抜き放って受け止めると、ニ刀で連続してから斬り掛かる。

──御神流 虎乱

恭也の放った連撃を、リノアは簡単に受け止める。
リノアは動作も少なく前蹴りを放ち、それを恭也が避けた所へ、長刀を上から振り下ろす。
それを身を引いて躱すと、恭也はすぐにリノアの懐へと向かい、小太刀をニ刀重ねるようにして放つ。
それを鞘で受け止めたリノアだったが、思った以上に重たい衝撃が鞘から腕へと伝わってきて、僅かに顔を顰める。
雷徹により動きを止めたリノアの肘を極め、リノアの肘に小太刀の刃を挟み込ませると、そのまま投げる。
同時に、小太刀を引き斬ろうとするが、その意図を察したリノアはすぐさま肘と刃の間に長刀の鞘を割り込ませ、
そのまま身体を前へと投げ出す。その勢いを殺さずに地面を転がり、恭也との距離を開けると立ち上がる。

「…本当に恐ろしいわね。あのまま投げられたら、肘から先が切り落とされる所だったわ」

「恐ろしいのは、お互い様だ」

恭也の言葉に、リノアは微かに笑みを浮かべる。
それに応えるように、恭也の顔には僅かな笑みが浮んでいた。
命のやり取りをしているという自覚も、リノアが祥子たちを襲うとしているという事も分かっているが、
それでも、リノアから悪意が感じられず、寧ろお互いの腕を競っているような感じを受け、恭也も思わず笑みを零してしまたのだった。
それは、お互いが剣士で、本気で剣をぶつけ合っているからこそ伝わるのか、リノアも同じように感じていると恭也は理解していた。
しかし、それとこれとは別の話で、恭也は顔を引き締めると、リノアへと向かう。
同じように、リノアもまた浮んだ笑みを消し去ると、長刀を握る手に力を込める。
仕掛けたのはリノアが先で、リノアは長刀を低空で円を描くように、左から右へと振るう。
足元目掛けて放たれた斬撃を、恭也は跳んで躱す。
リノアの長刀はそのまま円を描くように一周して、着地した恭也の首へとまた迫る。
それをしゃがんでやり過ごしつつ、恭也はリノアとの距離を詰めると、左右の小太刀で連撃を繰り出す。
花菱と呼ばれる連撃を、リノアは引き戻した長刀で捌きながら、徐々に後ろへと下がる。
リノアは後ろへと下がりながら、じっと恭也の攻撃に目を凝らし、連撃と連撃の間に生じた微かな隙に左手を長刀から放し、
鞘を掴むと襲い来る攻撃を今度は鞘で受け止める。
鞘で数撃受け止めつつ、自由になった長刀を恭也へと振るう。
それを連撃を止めて避ける恭也に、今度はリノアの長刀と鞘による攻撃が始まる。
数歩後ろへと下がるものの、そこで足を止めると、恭也もまた左右の小太刀を振るう。
素早く振るわれる両者の攻防は、どちらも引く事無く暫らく続く。
一体どのぐらい打ち合っていたのか、始めはその場で打ち合っていた二人は、いつしか学園の裏を所狭しと駆け回っていた。
二人共微かに呼吸を乱しつつも、その動きは鈍るどころが、鋭さを増していく。
お互いに致命傷こそないものの、小さな切り傷がその腕、足、身体へと幾つか出来ていた。
既に何十合にも及ぶ小太刀と長刀の激突を再び繰り返し、両者はそこで動きを止める。
力比べをするように鍔競り合いをするかと思われたのも束の間、すぐさま同時に後ろへと跳躍し、お互いに距離を開ける。
呼吸を整えるように大きく息を吐き出しながら、恭也はニ刀を鞘へと納め、リノアもまた剣を鞘へと収める。
恭也は両腕を垂らし、いつでも抜ける状態であくまでも自然体に構え、リノアは少し腰を落として前傾姿勢になると、
その手を鞘と柄にそれぞれ掛ける。
違う構えを見せながら、共に抜刀による攻撃準備へと入る。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、先程まで辺り一体から所狭しと吹き荒れていた闘気と呼ぶような重い空気も消え、
静寂だけが辺りを包み込むように降りる。
その静寂を破るように、恭也が静かな声でリノアへと問い掛ける。

「そう言えば、お前の流派を聞いていなかったな」

恭也の問い掛けに、リノアはただ自嘲めいた笑みを浮かべる。

「そんなものはとうの昔に捨てたさ。確かに、私が振るう技はその流派のものだが、それは既に無きもの。
 それを名乗る気はない。我流って事にしておいてくれ」

「そうか」

恭也は納得したように一つ頷くと、静かに腕を動かす。
それを見遣りつつ、リノアもまた力を込める。
お互いに語ることは既になく、ただ次の一撃に備える。
じっと対峙する二人の間に風が吹き抜け、木の葉が宙に舞う。
それさえも視界に入っていないのか、お互いの姿のみを瞳に映し、両者は動きを見せない。
やがて、静かに宙に舞っていた木の葉が地面へと落ち、瞬間、恭也が走り出す。
リノアへと駆け出し、その手を腰の小太刀へと伸ばし、抜刀。
恭也が得意とする奥義の一つ、薙旋。
それに対し、リノアは静かに恭也を見つめたまま、己の間合いに恭也が踏み込むのを待ち、高速で長刀を鞘から抜き放つ。
リノアの長刀と恭也の小太刀がぶつかり合う。
抜刀され、斜め下から斜め上へと斬り上げられる長刀を、恭也は一撃目で防ぐと、そのまま二撃目をリノアへと向かわせず、
リノアよりもやや横へと振るう。
と、そこには先程防いだリノアの長刀が円を描くように背後から戻って来ており、横凪ぎに襲い来ていた。
それを二撃目で防いだ恭也は、三撃目を次に変化してくるリノアの攻撃へと合わせる。
横へと降りかられた刃は、そのままリノアごと回転する。
ただし、リノアの身体は長刀よりも、腕よりも早く回転し終え、恭也とすぐさま向かい合う。
その後を追うように、腕が付いてくるが、それが途中で上へと向かい、長刀もその後を追うように軌道を変える。
恭也の三撃目は、その上から斜め下へと振り下ろされる斬撃へと当たる。
これを下から力一杯弾くと、僅かに態勢の崩れたリノアへと踏み込み、最後の一撃をその胴へと目掛けて放つ。
リノアは上からの斬撃を弾かれて態勢を崩されると、すぐさま片手を鞘へと持っていき、
しゃがみ込みながら鞘で恭也の四撃目を鞘で弾こうとする。
鞘で弾かれ、軌道を変えた刃だったが、それでもしっかりとした態勢ではなかった為か、完全には弾けきれず、
自分の首目掛けて向かって来る斬撃を、不安定な姿勢からも何とか横へと飛び退きやり過ごす。
しかし、完全には躱しきれず、左頬に薄っすらと血の筋が出来る。
それを気にするでもなく、軽く手で擦り取ると、リノアは立ち上がる。
薙旋を躱された恭也もリノアと距離を開けるように前へと前進してから後ろ、リノアへと振り返る。

「…一度見ただけの技をもう防ぐか」

「出来るかどうかは五分五分だったがな。
 あの技は、抜刀から最後の攻撃まで一切止まらずに動き続ける、三方向へと変化する斬撃。
 なら、前回のように四撃全てをぶつけずに、一撃一撃防いでいけば、最後の一撃で決めれると思ったんだが…」

「当然、そういった場合の防御方法もあるさ」

「みたいだな。どうやら、鞘も武器の一つとして見なければいけないらしいな。
 今までの戦いから、もっと早くに気付くべきだった」

言いつつ、恭也は小太刀を構え、リノアも長刀を構える。
頬から流れる血が唇付近まで流れてきたのを舐め取ると、今度はリノアから攻める。
疾く地を這うように下から上へと振るわれるリノアの長刀を受け止め、恭也は小太刀を下へと振り下ろす。
それを鞘で受け止めたリノアは、長刀で恭也の喉元を突く。
それを八景で弾くが、すぐに長刀を引き戻し、再び突きを繰り出してくる。
突きによる連続攻撃を、恭也は八景で弾き、身を捻って躱していく。
何度目かの突きを躱した恭也は、そのまま前へと進み懐へと潜り込むと八景を振るう。
それを鞘で受け止めるリノアに、恭也は攻撃の手を休める事無く、何度も斬り掛かる。
それをリノアは長刀で弾き、躱し、時に反撃に出る。
こうして、両者は再び激しい攻防を繰り返す。



「ふぅ、やっと終わったか」

美沙斗は疲れたように呟くと、地面に横たわる男たちを一瞥し、周りにももう誰も居ない事を確認し終えると、小太刀を鞘へと納める。
と、頭上から激しい音が鳴り響き、風が吹き抜けていく。
何かが上空を通ったのか、美沙斗に影が差す。
美沙斗は手を眼前に掲げながら、上空を見上げて言葉を飲む。

「……ヘリだと」

美沙斗が洩らした通り、学園内の上空にヘリが三台旋回しながらゆっくりと降りて行く。
それを見た美沙斗は、急ぎこの場を後にする。



「……まさか、上空からとは。しかも、こんな場所で。
 人目を憚らない作戦ですね」

弓華もヘリを目に止めつつ、向かって来る男を打ち倒す。
すぐに駆け出したいが、まだ目の前には五人ほどの男が残っており、弓華の行く手を遮るように立ち塞がる。

「これでは、さっきまでと立場が逆転ね」

呟きつつも男の一人に向かって走り出すと、奥の二人へとナイフを投げる。
すぐに男たちを倒し、少しでも早くあの場所へと行くために、弓華は動き出す。



互いに攻守を入れ替えつつ切り結ぶ二人。
このままでは膠着状態になると考えた恭也は、一度大きく斬りつけると、すぐさま後方へと飛び退き、更に後ろへと跳ぶと、
この戦いが始まって以来の最長の距離を取る。
ニ刀のうち一刀を納めると、恭也は一刀を後ろへと引き絞るようにして突きの構えを取る。
それを見たリノアも静かに長刀を刃先を下に向けて構える。
恭也が力を溜め、一気に解き放とうと動き出そうとした瞬間、まるでそれを邪魔するようにプロペラの音が辺りに響く。
恭也はリノアに注意しつつ、その音の元を辿って視線を動かし、思わず驚愕する。

「ヘリ……。しまった!」

恭也が思わず上げた声に、リノアは薄っすらと笑みを見せる。

「どうやら、上手くいったみたいだな」

「まさか、上空から。しかも、目撃者が出る事も構わないなんて…」

「ふっふっふ。悪いが、裏をかかせてもらった。流石に、人目さえも気にしないような行動に出るとは考えてなかっただろう」

茫然と呟く恭也に、リノアは続ける。

「そもそも、この計画が洩れていた事さえも、計画の一端らしいからね。
 そして、私の役目は、お前を引き付けておくこと。つまり、時間稼ぎって訳だ」

「くっ」

恭也はリノアを睨みつけるが、今はそれ所ではないと判断し、すぐさま踵を返そうとする。
しかし、そう簡単に行かせるほどリノアは甘くなく、恭也へと一気に駆け寄ると、長刀を振るう。
それを躱しながら、何とか祥子たちの元へと行こうとする恭也に、リノアは少しだけ悲しげな目を向ける。

「本当はこんな事をせず、お前とはちゃんと戦いたかったんだがな」

「勝手な事を」

「そうだな。確かに勝手な事だ。だが、ここから先へと行かせる訳にはいかない」

自らの前に立ち塞がるリノアを睨みつけながらも、向こうの心配をしながら戦えるような相手ではないと分かっている恭也は、
不安を胸の奥に押さえ込み、美由希を信じて目の前の相手に集中すると、静かに構える。
そうやって向かい合う二人は、まるでこの戦闘の最初の時を見ているようでありながらも、その立ち位置は正反対。
そして、何よりも、その始まりの時とは違い、今は五月蝿いほどの雑音が耳を打つ。
そんな中、恭也は射抜の構えを取ると、リノアへと打ち放つ。



じっとその場で立っていた美由希は、さっきまでの静寂の中に微かな音が雑じるのを聞き逃さずに拾う。
何処か遠くから響いてくる音に、警戒しつつも近づいて来る気配はなく、美由希は音の発信源を探す。
まだ遠くから響いてくるだけで、微かにしか聞こえてこなかったが、それを捉えてそちらへと視線を向ける。
遥か彼方の空にこちらへと向かって来る三つの影。
じっと目を凝らして見ていた美由希は、やがてその正体を悟る。

「もしかして、ヘリ!? まさか、あれも敵なの…」

驚きからか茫然と呟く美由希の前で、徐々にその姿を明確に現してくる。

「そんな…。事前に生徒たちの殆どを帰しているとはいえ、まだ残っている生徒も居るというのに。
 ここまで大胆に行動するなんて」

美由希は一瞬、祥子たちを違う場所へと移そうと考えるが、他に安全な場所も浮ばず、何よりも、
その場合、祥子たちとは別の生徒の身に危険が迫る事を思い出してその場に留まる。
それに、今から移動した所で、こちらを見つけているであろう。

「どうしよう。流石にヘリなんか落とせないし…」

呟く美由希の頭上へとやって来たヘリは、その機首を美由希へと向ける。
そして、その下側に突いていた機関銃が火を吹くように弾を吐き出す。
咄嗟に美由希は地面を転がって躱す。

「ちょっと、それは洒落になってないよ」

流石に背中に冷たいものを感じながらも、それでも全ての銃弾を躱す美由希。
それを見て痺れを切らしたのか、もう一機が回り込んで挟み撃ちにするように移動すると、こちらも機関銃を撃ってくる。
それを走りながら躱し、美由希は木々の生い茂る中へと飛び込む。
流石に木が邪魔して上空からは撃ってこれないらしく、一端、銃撃は止む。
どうやら、三機のうち一機は機関銃が付いていないのか、弾がないのかは分からないが撃ってくる気はないようだった。
どうしようか考えながら、木の陰から少しだけ顔を出して薔薇の館へと視線を向けると、
その撃ってこないヘリが薔薇の館の上空でホバリングしていた。
慌てて飛び出そうとした美由希の目の前に、一機のヘリが現われて機関銃を放つ。
それを慌てて避ける美由希。
ヘリから放たれた銃弾により、木々が抉れ、枝は千切れ飛ぶ。
そんな中、美由希は全ての銃弾を躱すと、すぐさま身を翻してヘリへと向かう。
どうやら、弾切れになったらしく、上空へと逃げようとするヘリを無視して、薔薇の館の上空にいる一機へと駆け出す。
しかし、美由希が繁みから出ると、そこには数人の男が行く手を阻むように立ち塞がっていた。
ふと上空を見れば、先程上空へと逃げたヘリからもロープらしきものが地面へと伸び、それを伝って男たちが地上へと降りて来る。
舌打ちしたいのを堪えると、美由希は時間も惜しいとばかりに男立ち目掛けて走り出す。
正確には、男たちの後ろ、薔薇の館へと。
そんな美由希に笑みさえ貼り付けて男たちは一斉に懐へと手を入れ、銃を取り出して狙いを定める。
それを視界に入れつつも、美由希は走る速度を緩めずに身を低くすると、手を首の後ろと腰の後ろへとそれぞれに伸ばす。
銃を見ても顔色一つ変えないで向かって来る美由希に対し、男たちは引き金を引く。
美由希は同時に大きく前へと跳ぶように地を蹴ると、同時に手を横へと広げる。
広げられた手には、鈍く光る二振りの鋼。
美由希は男の一人の懐へと潜り込むと、体を起こしながらその男の胸を打つ。
アバラ骨の折れる音がする中、美由希は攻撃の手を止める事無く、茫然としている男の一人へと飛針を飛ばし、
今しがたアバラを折った男の腕を蹴り上げて銃を遠くへと蹴り飛ばす。
同時に、ゴキリという鈍い音がして、男の手首から上がおかしな方に曲がる。
しかし、男がその事に悲鳴を上げるよりも早く、その男のこめかみに鋭い一撃が入り、男は意識を失う。
それを見届ける事無く、美由希は今度は飛針を受けて銃を取り落とした男へと向かう。
銃を拾っている暇はないとみた男は、握り拳を作り、美由希の顔へと拳を突き出す。
その腕を取り、美由希は男の肘を極めてそこに小太刀の柄を挟み込むと、捻りを加えて投げる。
肘が砕ける嫌な音をさせつつ、男は受身も取れずに地面へと叩きつけられ、そのまま意識を失う。
関節破壊技、萌木割りと言われる技で、恭也がリノアへと放った技に酷似したものである。
ただし、こちらは刃ではない為、切り落とす技ではないが。
と、男たちに背を向けた形となった美由希に、一斉に銃弾が襲い掛かる。
それを横に跳んで躱すと、美由希は残る二人の男へと向かう。
銃を向けてくる男の腕の下を掻い潜るように懐へと飛び込んだ美由希は、顎を柄で叩き上げ、肩の付け根へと刃を突き立てる。
痛みに銃を取り落とした男を投げ飛ばすと、倒れた所に蹴りを放ち意識を奪う。
残った一人の男は、銃が無駄だと悟り、接近戦を挑む。
大振りのナイフを手に美由希へと襲い掛かるが、美由希はそれを小太刀であっさりと弾き飛ばすと、
無防備となった男のボディーに蹴りを入れ、脚を突き刺した状態のまま身体を反転させると、男を地面に叩き付ける。
猿落とし(ましらおとし)と呼ばれるカウンター技によって気絶した男に目もくれず、美由希は走り出そうとするが、
そこには二機目のヘリから降りてきた男が五人、またしても行く手を阻むように立つ。
忌々しげに男たちを見遣ると、立ち止まるだけ時間の無駄だとばかりにすぐに走り出す。



射抜を放つ恭也に、リノアはその長刀を鋭く振るう。
間合いではリノアの方が長く、恭也はそれを躱すしか出来ずに躱すが、射抜を中断せず、そのままリノアの横から襲い掛かる。
ただ、途中で横へと動いたためにその威力はかなり削がれており、リノアに簡単に受け止められる。
しかし、恭也の射抜が、そこから斬撃へと派生する。
恭也は受け止めらた八景をリノアの長刀を滑るようにして動かし、そこから斬撃へと派生させる。
同時に、鞘に納められていた八景の柄に手を掛けると、それを抜き放つ。
リノアの長刀を鞘に見立てた、射抜から薙旋への派生。
元々、刺突系がそれ程得意ではない恭也が考えた連携。
ただし、その分、美由希や美沙斗の刺突に比べれば、初速、速度、威力などが劣る。
だが、派生してからの速さ、鋭さでは恭也の方が勝る。
恭也から放たれる四連撃に、薙旋という技を知っていたリノアでさえも、咄嗟に防ぐ事が出来ず、
それでも、三撃目まではどうにか防ぎ、四撃目が腕を掠める。
恭也の薙旋を何とか躱したリノアは、恭也との距離を開けるべく後ろへと跳ぶ。
その後を追うように前へと踏み出した恭也だったが、遠くから聞こえてきた思い銃撃音に思わず足を止める。
普通の銃よりもずっと重く連続した音に、恭也は聞き覚えがあった。
まさかとは思いつつも、知らずその口をついて言葉が出る。

「まさか、軍用ヘリの…」

半信半疑の恭也に納得させるかのように、再びヘリから放たれた銃弾の音が、微かとはいえ恭也の所にまで届いていた。
また、恭也のその言葉を肯定するように沈黙するリノアに、恭也は苦々しく顔を歪める。

「街中、いや、学園内で何てものを」

流石に焦りを覚えた恭也だったが、懸命にそれを押し留めると、八景を強く握り締めるのだった。





つづく




<あとがき>

ピンチを凌いだかに見えたが!
美姫 「やっぱり、まだまだピンチ!」
しかも、今回は厄介なモノまで出てきたぞ〜。
美姫 「ここはやっぱり、こう、スパーンと斬って、ふっ、またつまらない物を斬ってしまった、とか言って欲しいわね」
いや、無理だろう、流石にそれは。
美姫 「何よ、やってみないと分からないでしょう」
いや、分かるだろう、普通。
美姫 「そんな事ないわよ。意外と、あのプロペラの付け根部分て弱そうじゃない?」
いや、ないない!
美姫 「ちぇっ。って、それよりも、祥子たちは無事なの!?」
それは次回まで待て!
美姫 「えーい、浩のくせに命令口調なんて生意気よ!」
ぐげっ! しょ、しょんにゃぁ〜〜。
美姫 「それじゃあ、また次回までごきげんよう」
ゲシゲシ。ぐえぇっ、がぇぇ、や、やめて……。





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