『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第63話 「襲撃、迎撃、そして…」






「邪魔!」

美由希は新たに現われた男たちを睨むように見ながら忌々しげに舌打ちする。
新たに現われた男たちは美由希に適わないと悟ったらしく、すぐには攻撃を仕掛けてはこない。
だが、時間稼ぎをするつもりはあるらしく、美由希と薔薇の館を結ぶ直線上に立ちはだかる。
懸命に焦りを押さえ込みつつ、男たちと睨み合うつもりのない美由希は、男たちの行動など気にも止めずに足を進める。
銃を向けているのに怯む事なく向かって来る美由希に、牽制は無理だと判断し、男たちは美由希へと攻撃を始める。
少しでも、時間を稼ぐために。
しかし、そんな男たちの心意気とは裏腹に、攻撃を転じる前に一人倒される。
美由希は前のめりに倒れてくる男を支え、盾にするように残る男たちの前へと翳す。
男たちが発砲するのを躊躇った瞬間に、その男を向かい合う男三人の中間へと蹴り飛ばしてその陰から出ると、残る一人へと駆け寄る。
慌てて発砲してきた男の手の動き、銃口の位置を見遣り、それを頭の中ですぐさまトレースし、迫り来る弾を小太刀で弾く。
二発、三発と撃ってくるのを全て小太刀で防ぐと、残りの三人が横から発砲してくると同時に、地を強く蹴り、前へと跳ぶ。
同時に、その勢いのままに男の懐、膝元へと飛び込むと、身体を起こしながら小太刀を突き出す。
肩の付け根に一撃を加え、もう一刀で横に凪ぐと同時に肩に突き刺した小太刀を抜く。
くぐもった声を上げる男へ、美由希は左右の小太刀で滅多打ちにする。
勿論、男の正面に自分の身体を常に置き、他の三人と自分の直線状に男を置くようにしながら。
男は朦朧となる意識のまま、地面へと倒れる事も許されず、ただ美由希の斬撃を受け続ける。
痺れを切らした三人の男は、一人はそのままの位置に、残る二人が美由希を挟み込むように二手に分かれるが、
美由希はそれを待っており、二手に別れたのを見ると、斬撃を止め、男の腹へと掌を当てて軸足を踏み込ませる。
鈍い音を発しながら、男が二手に別れたうちの一人へと吹き飛ぶのを見ながら、美由希は身を翻して吹き飛ばした男とは逆へと走る。
自分たちの失敗に気付きつつもすぐさま銃口を美由希へと向ける男二人に、美由希が飛針を投げる。
銃を取り落とした正面の男へと迫りつつ、すれ違いざまに虎切を放ち、男が倒れるのも目に止めず、美由希はそのまま駆け抜けていく。
その後方で残る二人の男が舌打ちするのが微かに聞こえたような気がするが、美由希は速度を更に上げる。
元々、美由希は男たち全てを倒すつもりはなく、少しでも早く薔薇の館へと行くのが目的だったのだ。
それ故、薔薇の館を背にした男をすれ違いざまに倒した後は、目の前に見えた薔薇の館へと通じる道をただ走る事に専念する。
美由希の本当の狙いを察した二人の男は苦し紛れに発砲するが、美由希に掠る事もしなかった。



「さて、どうする御神の剣士。そんなに焦った状態で、私とやり合うか?」

何とか焦りを抑えている恭也へと、リノアはそう声を掛ける。
ただし、その言葉とは裏腹に、その顔には少しの残念さが窺えたが。

「……あっちは美由希が何とかする。なら、俺はここでお前を倒す」

「……ほう」

恭也が何とか出した言葉に微かに反応を見せると、リノアは静かに長刀を握り直す。
恭也も静かに小太刀をニ刀握り締めると、両腕を地面と水平に左手は横に、右手はリノアへと向けて掲げる。

「双翼の剣士、か」

恭也を見据えたまま、リノアはポツリとそう零すと身体を微かに捻り、刃を天に、切先を恭也へと向け、静かに肩口まで持ち上げる。
左手でしっかりと柄を握り締め、右手は柄頭へと添えるように置く。
初めて見るリノアの構えに恭也は僅かに反応を示すが、ただ静かにリノアを見遣る。
同じく、リノアも静かに恭也へと視線を向ける。
二人の意識は完全に相手のみを捉え、極限まで集中力が高まる。
恭也の膝がほんの少しだけ沈み、刹那、恭也が走り出す。
恭也が繰り出す斬撃を捉え、それを打ち払うように長刀を振るおうとしたリノアの目が驚きに見開かれる。
一刀で四方向からの攻撃、ニ刀で上下左右斜めと八方向からの斬撃がコンマ一秒の差もなくリノアへと弧を描きながら迫る。
リノアは攻撃からすぐさま防御へと切り替えると、鞘を右手に取り、長刀と合わせて斬撃を防ごうとする。
恭也の放った斬撃は、弧を描きつつリノアの長刀や鞘をすり抜けるように一点へと集まる。
その一点を先読み、いや、殆ど勘のみでリノアは、長刀と鞘を引き戻して十字に構えて防ごうとする。
八つの斬撃が全て一点へと集つまっていく中、そこに更なる一撃が後から加わってくる。
八つの斬撃が同時に決まると同時、更なるニ刀に寄る攻撃が加わる。
十の斬撃による一点集中攻撃。
物凄い速さで繰り出されたそれを何とかリノアは受け止めるが、その威力を受け止めることが出来ず、そのまま吹き飛ばされる。
背中から背後の木にぶつかり、地面へと倒れたリノアは、苦しげながらも顔を上げる。

「……今の攻撃、何で私の刀に当てた?」

リノアには、自分があの攻撃を受け止めたのではなく、恭也がわざとそこへと攻撃を当てたと見抜いていた。
それ故、情けを掛けられたとでも思ったのか、そう尋ねる。

「たまたまだ。……それでは納得しないって顔だな。
 お前には、前に一度見逃してもらったからな。その借りを返しただけだ」

「…ふっ、成る程な。つまり、もし次に会ったとしたら、今度こそはお互いに本気という事か」

「ああ」

リノアは力の入らない身体で起き上がるのを諦めたのか、その場に完全に座り込む。
それを確認すると、恭也はこの場から急ぎ立ち去ろる。
その背中を見送ったリノアは、静かに目を閉じるのだった。





  ◇ ◇ ◇





少し時間を遡り、ここ薔薇の館では、祥子たちが言葉も少なく席に着いていた。
一様に何処か緊張した面持ちなのは仕方のない事かもしれない。
そんな雰囲気を変えようとしたのか、祐巳はお茶を淹れようと立ち上がる。

「皆さん、紅茶で良いですか」

そんな祐巳の言葉に、全員が頷く中、可南子と乃梨子が立ち上がる。

「「祐巳さま、私が…」」

同時にそう言った二人に苦笑しつつ、祐巳は二人に手伝ってもらう事にする。
三人だと少し狭いが、何とかお茶を淹れていると、不意に乃梨子が首を傾げる。

「どうかした、乃梨子ちゃん。あ、私、何か間違った事でもした?」

「あ、いえ、そうではないんです。ただ、何かが聞こえたような気がして」

「何かって?」

「何処かで聞いた事のあるような音なんですけど」

「んー、私は何も聞こえないけど。可南子ちゃんは、どう」

「私も聞こえませ…。いえ、ちょっと待って下さい」

祐巳の言葉に同意しようとした可南子だったが、途中でそう言うと、少し耳を澄ませる。

「確かに、何か聞こえますね」

そんな祐巳たちの会話が聞こえていたのか、祥子たちも耳を澄まし、その音とやらを捉えようとする。
徐々に大きくなってくる音は、すぐに全員が聞こえるようになり、それにつれ、その音の正体も分かり始める。

「ヘリコプターですね」

乃梨子の言葉に全員が頷き、祐巳はああ、と納得の声を上げる。
たまに街中で飛んでいるのを見掛ける事もあり、そんなに珍しいものでもないかとすぐにこの話題は終わったのだが、
それから少しも経たないうちに、その音がかなり近くで聞こえるようになり、祥子は顔を顰める。
祥子のそんな様子を見ていた祐巳が苦笑しながら紅茶を一口口へと含み、何気なく窓へと視線を向けた瞬間、
祐巳は思わず紅茶を噴き出しそうになり、慌てて口を押さえつつ、飲み込む。
その所為で、咽てしまいゴホゴホとする祐巳の背中を、呆れながらも祥子が優しく擦る。

「馬鹿ね。そんなに慌てて飲まなくても良いでしょう」

祥子の言葉に、祐巳は必死で首を横に振ると、咳き込みながらも窓の方を指差す。
と、そこにはこちらへと近づいて来る三機のヘリの姿があった。
それを見て、令が顔色も悪く、祥子へと尋ねる。

「もしかして、あれって」

「そうなんじゃないかしら。どう考えても、あんな高度で飛ぶような事は普通しないでしょう」

気丈に振る舞いつつも、微かに震える声で答える祥子に、さしものメンバーも言葉を失う。

「幾ら何でも、あれでは恭也さんたちでも…」

顔を青くさせて呟いた可南子の言葉を聞き、祥子は全員を見渡す。

「万が一の時は、あなた達は大人しくしてなさい。恭也さんの話では、相手の本当の目的は私だけのようだから」

それに対して何か言いかける祐巳たちを制すると、祥子は静かに席に座る。
微かに震える身体を無理矢理押さえつけつつ、何でもないように振舞う祥子に、令は肩を竦めると、同じように席に着く。

「祥子は言い出したら聞かないからね」

「流石によく分かっているじゃない」

「まあね」

それっきり黙り込む二人に倣うように、他の面々も席には着くが、徐々に近づいて来る音に何とも言えない表情になる。
ただ、アレが違う事だけを祈るように待つ。
しかし、その祈りも虚しく、ヘリの一機は薔薇の館の上でホバリングしているらしく、その影が窓から見える。
と、不意に遠くから重たい音が響く。
それが何であるのか大体の見当が付き、またその相手をしているであろう二人の人物の安否を気にしながら、
それでも祥子は気丈にも普段通りに振舞う。

「そろそろお客様がお見えになるみたいだから、令たちは外に…」

しかし、その祥子の言葉に誰一人として席に立つ者はおらず、祥子は思わず声を荒げそうになる。
それを制するように、祐巳が先に口を開く。

「せめて、ここに居るぐらいは」

「駄目よ。もし、そうなった場合、あなた達まで無事だとは分からないのよ。
 ここは私一人で大丈夫だから。きっと恭也さんたちが助けてくれると信じてるもの」

そう言って微笑む祥子に、祐巳は首を振って無言のまま抗議する。

「祐巳、お願いだから聞き分けて」

「嫌です! こればっかりは聞けません。ちゃんと大人しくしてますから、せめてこの場にいるぐらいは」

「祐巳!」

お互いを心配して喧嘩手前までなる二人に、志摩子がやんわりと仲裁するように割って入る。

「祥子さま、祐巳さんは祥子さまが心配なんですよ」

「そんな事は分かってるわよ」

「だから、せめてこの場に居るぐらいは許してあげてください」

「でも、もし、あの人たちの狙いが私だけじゃなかったら」

「もし、そうなら、ここに居なくても一緒ですよ。
 きっと、学園内を探すでしょうから」

「でも、その場合は恭也さんたちがきっと来てくれるはずよ」

「確かに、それはそうかもしれませんけど。でも、私たちはここから立ち去るつもりはありませんよ。
 だったら、祐巳さんだけ除け者にするのは、少し可哀想では」

じっと志摩子を見詰める祥子の視線を、志摩子は逸らす事無く受け止める。
やがて、先に根を上げたのは祥子だった。

「分かったわ、好きにしなさい。ただし、本当に危ないと思ったら、すぐに逃げるのよ」

「……は、はい」

祥子に許可を貰い、祐巳は嬉しそうに笑う。
そんな祐巳を見て、祥子の顔にも自然と笑みが浮ぶ。

「馬鹿ね、今から攫われるかもしれないっていうのに、そんなに嬉しそうな顔をして」

「あ、ご、ごめんなさい」

すぐにしゅんとなった祐巳に苦笑を洩らしつつ、祥子は祐巳のタイを直すと、手を取って立ち上がらせる。
そこへ、黒い影が窓へと近づき、窓を割って中へと入って来る。
誰が上げたのか分からないが短い悲鳴が上がり、床へと転がっていた影が立ち上がる。
手に銃身の長い銃を持った男は、銃を祥子たちに突きつける。

「よし、大人しくしてろよ。そうすれば、危害は加えないからな」

その男の後に続くように、後二人の男が同じような銃を持って先程破った窓から侵入する。
三人の男は部屋の中にいる祥子たちを見渡し、祥子の所で視線を止める。
それを正面から受け止め、祥子は男たちよりも先に言葉を発する。

「あなた方が用があるのは、私一人なのでしょう。
 なら、他の者に手出しはしないでください。
 その条件を飲まれるのなら、私は大人しくあなた方に付いて行きます」

祥子の言葉に男たちは顔を見合わせると、一人がそれに答える。

「残念だが、そういう訳にはいかん。目撃者を大人しく解放するほど、俺たちも馬鹿じゃないんでな」

「目撃者と仰られるなら、そんな派手な登場では、さぞかし大勢の人が目撃者になっているのでは?」

「違いない。だが、俺たち個人を見られたのは、ここに居る者たちだけだからな。
 そういう訳だから、ここに居る全員に来てもらう」

男が放った言葉に、しかし祥子は頷かない。

「なら、私も大人しくするつもりはありません。
 取引に私の身柄が必要な以上、無傷で捕らえないといけないはずですよね」

祥子の言葉に男たちは顔を歪めるが、一人が銃口を近くに居た由乃へと向ける。

「確かに、あんたには傷一つ付けてはいけないと言われたが、他の者に関しては何も言われてないな」

それを見て、祥子は唇を噛み締める。
そんな祥子に、令たちももう良いと首を振る。
悔しげに顔を顰めながらも、最後の抵抗とばかりに男たちを睨み付ける。
しかし、男たちはそんな視線を受けても、逆に優越感でも覚えたのか、その顔に楽しげな笑みを見せる。

「さて、納得した所で、さっさと乗ってもらおうか」

銃で男の一人が指差す先では、ヘリから下ろされたロープのようなものに体を括り付けて待っている者が居た。
それを見た祥子は、一人一人それで引き上げて行くつもりなのを理解し、殊更ゆっくりと歩き出す。
それに多少苛着きながらも、男たちはただじっと待つ。
祥子の身が後少しで窓枠へと辿り着こうとした所で、窓の外にいた者が声を上げる。

「ちょっと、急ぎなさい! 外の連中がやられて、勇ましいお嬢さんが一人、こっちに向かってるわよ!」

メットを被り、ゴーグルのような物を着けていた為に分からなかったが、その声は間違いなく女のものであり、
祥子はその事に驚き、思わず足を止める。
そんな祥子の背中を、女の報告を聞き、焦った男の一人が強く押す。
いきなり背中を強く押されて前につんのめる祥子を女は受け止めると、

「ちょっと、乱暴しないでよ! 傷でも付いたらどうするのよ!」

「わ、わりぃ。つい」

「…ったく、これだから男は」

ブツブツと文句を言いつつ、女は祥子をしっかりと抱くと、頭上へと合図を送る。
それを受け、女の身体に括り付けられていたロープが上へと移動し始める。
それを見て思わず駆け出そうとした祐巳たちを男たちが銃で制する。

「そんなに慌てなくても、すぐにヘリの中で会わせてやるから待ってな」

そう言って壁際に祐巳たちを留めた男たちに向かって、部屋の外から声が聞こてくる。

「待ってる暇はないんです」

その言葉が終わるか否か、部屋の扉が吹き飛び、男の一人へと向かう。
突然の事態に男はそれを避けることも出来ず、そのまま扉に頭を打ち付け、地面へと倒れる。
その上に扉が落ちて男を下敷きにする。
他の二人が慌てて入り口へと銃を向けた時には、そこには人影もなかった。
扉を吹き飛ばすと同時に部屋へと入り込んだ美由希は、ざっと部屋を見てすぐに事態を把握する。
奥歯をぎりりと噛み締めつつ、部屋に居る男二人を真っ先に無力化すると、窓枠へと駆け寄る。
しかし、少し遅く、美由希が辿り着いた頃には、既に手の届かない所に祥子は居た。

「残念だけれど、他のお嬢さんたちは連れて行けないわね。
 まあ、本来の目的は達せられたんだから、良いかしら」

美由希を見下ろしながら呟いた女の言葉に、祥子は無言ながらも胸中で一人ごちる。

(目的が達せられてのは、私も同じ事よ。
 祐巳たちまで攫われなくて良かった)

祥子はただ静かに眼下の景色を見下ろしつつ、その事に安堵するものの、今度はその高さに眩暈を感じて、
こんな状況だというのに、意外と冷静にものが見れている事に知らず笑みを零す。

一方、後一歩の所で目の前で祥子を攫われた美由希は、

「くっ」

唇を噛み千切らんばかりに強く噛み締め、口元から一筋血を流しつつ、悔しそうに窓枠に手を叩き付ける。
だが、そんなのは後だとすぐに身を翻し、外へと向かう。
そこへ先程、倒さなかった男たちが現われる。
美由希はただ無言で刃を振るい、あっと言う間に男たちを床に這いつくばらせると、外へと出る。
逃げて行くヘリの方角を見て、そちらへと駆け出そうとする美由希の元へ、美沙斗がやって来る。

「美由希! 小笠原さんたちは?」

「母さん、ごめん。祐巳さんたちは無事だけれど、祥子さんは目の前で攫われて…」

「そうか」

悔しそうに呟く美由希にそれ以上は何も言わず、美沙斗もまた去って行くヘリを睨むように見詰める。
と、その頭上に影が落ち、残っていたヘリから三つの影が降り立つ。
その三つの影を降ろすと、そのヘリも天高く飛び上がり、そのまま去って行く。
三つの影は、胴体部分を鎧に纏い、その顔には生気は感じられず、瞳は光を宿しておらず、理性を感じさせない。
虚ろな瞳に加え、口から長い舌を出し、口の端から涎を流れ出るに任せていた。

「…足止めという訳か」

美沙斗がそう呟くと、美由希はその言葉に微かに眉を動かす。

「ヘリで逃げたら、追うのは大変だが、目撃者は大勢出るだろうからね。
 恐らく、ヘリは何処かで乗り捨てるんだろう。その間の時間稼ぎって訳だよ」

ここは任せて、そう小さく呟き駆け出した美沙斗に頷くと、美由希もその後を追うように走り出す。
美沙斗は真ん中の男へと飛針を投げると、向かって左の男へと斬り掛かる。
男はその手に大きなハンマーのような物を持ち、力任せにそれを振るう。
それを躱して男の腕へと斬り掛かるが、男は全く気にも止めずにハンマーを持ち上げる。
不審に思いつつも、美沙斗は更に攻撃を加え、その横を美由希が駆け抜けていく。
そんな美由希へと、真ん中に居た男が回り込んで正面に立つと、ハンマーを振り下ろす。
力一杯振り下ろされるソレを受け止めるのは無理と判断した美由希は、急制動を掛け、後ろへと跳躍して躱す。
美由希の眼前を通過したハンマーは地面に鈍い音と共に振り落とされ、ちょっとした穴を開ける。
鎧に覆われているため、刃が弾かれるだろうと判断した美由希は、ダメージを内部へと与えようと考える。
男がハンマーをもう一度振り被った瞬間に、すれ違いざまにその胴体部分を打つ。
徹を決めて離れた美由希へと、男はダメージを受けなかったのか、ハンマーを横殴りに振るう。
それをしゃがんで躱し、距離を開ける。
そこへ美沙斗も同じように対峙していた鎧から距離を開けてやって来る。

「どういう理屈か分からないけれど、何か痛みを感じてないみたいなんだけれど」

「……恐らく、何らかの薬を投薬されているんだろうね?
 目の前の相手を倒す事しか考えられないんじゃないか。もしくは、機械のように命じられた事以外が出来ないか。
 それに、それだけじゃないね。痛覚がない上に、力やスピードも無理矢理引き上げられている感じがする」

美沙斗の言葉に、美由希も同じようなもの感じていたので頷く。

「うん。その上、あの鎧。刃を弾くし」

どうしたもんかと考える二人に、男たちはそんな時間も与えないとばかりに襲い掛かる。
一人は様子見でも決め込むのか、参戦せずに離れた所でこちらを見ている。
どうやら、闇雲に向かって来るだけではないようだ。
三人目の男の動きに注意しつつ、美由希と美沙斗は目の前の男と斬り結ぶ。
男たちは防御など全く考えずに攻め立てる。
それらを全て躱し、その隙に男へと斬りつけるのだが、その刃は男の鎧に弾かれる。
何度目かの男の攻撃を後方へと躱した美由希は、同じように躱した美沙斗の背中にぶつかる。
丁度、美由希と美沙斗が背中合わせで立ち、それを挟み込んで男が対峙する形となる。

「…さて。痛覚がないから徹で内部にダメージを幾ら与えても駄目。
 その上、急所は鎧で覆われて刃が弾かれる」

「ねえ、母さん。鳴神なら、ひょっとして」

「奇遇だね。私も同じ事を考えていたよ」

二人の親娘は期せずして、背中合わせのまま同じ構えを取る。
目の前の男へと集中し、同時に地を蹴る。
あっと言う間に男へと迫った美由希と美沙斗は、同時に抜刀し、それぞれの小太刀が円を描く。
鳴神が決まった瞬間、男の鎧に斜めの筋が出来上がり、数センチの幅で男の鎧が斬り裂かれる。
その裂け目へと、二人は更に続けて攻撃をする。
二人はこれまた同時に雷徹を放つ。
裂け目から皹が走る。
二人は攻撃の手を緩めず、そこから花菱を放つ。
徐々に大きくなっていく皹に比例するように、くぐもった声が漏れ出す。
力を込めた一撃に、とうとう鎧の前面が砕け散り、二人はそこへと蹴りを放ち相手を吹き飛ばす。
正反対の方向を向きながら、その動きはまるで鏡に映したように同じような動きをする二人に、
恭也が居れば苦笑を洩らしたかもしれない。
吹き飛んだ相手に向かい、二人は小太刀を片手で握ると、後ろへと引き絞る。
二人が最も得意とする奥義、射抜の構えを。
射抜が決まり、完全に倒れた男たちを見下ろしつつ、美由希と美沙斗はもう一人居た事を思い出す。
完全に忘れていた訳ではないが、やはり注意が逸れていたのは確かで、残る一人は二人が戦っている間に薔薇の館へと向っていた。
初めからそういう命令を受けていたのか、その足取りはただ真っ直ぐに薔薇の館へと向って動く。
攫うつもりなのかどうかは分からないが、どちらにせよ、祐巳たちの身が危険な事に変わりはなかった。
慌てて走り出した二人の前方、丁度、男が向う先から、恭也が走って来ているのが見えた。
恭也も男の存在に気付き、倒れている男を見て、目の前の存在を敵として認識する。

「恭ちゃん、その人、鎧で斬撃を弾く上に、徹まで効かないの!
 痛覚がないみたい」

美由希は恭也に足止めしてもらい、そこを鳴神でと考えたが、恭也はそれを聞くと、走りながらニ刀を掲げる。
何をするつもりなのかは分からないが、恭也の持つ技の中であの鎧が破れるものを思いつかない美由希は兎も角、恭也の元へと走る。
一方の美沙斗は恭也の考えを読み、その足をゆっくりとしたものへと変える。
恭也の速度が急に速くなり、あっという間に男へと距離を詰めると、そこから八方向の斬撃が振るわれる。
初めて見る技に、美由希も思わず足を止めるが、すぐに走り出す。
それでも、その目は恭也の放つ技を見逃さないようにと、恭也のみを捉える。
八つの斬撃が一点へと集中し、鎧へと当たる瞬間、更に二撃が加わる。
しかし、美由希の目でさえも、その動きを完全に捉える事は出来なかった。
恭也の攻撃に、男は地面を擦りながら吹き飛ばされる。
突然、自分の方へと向って滑ってきた男を横へと躱した美由希は、動きを止めた男の鎧を見て驚く。
恭也の攻撃が当たったと思われる個所が大きく壊れており、また鎧を纏っていた人物の意識も無くなっていた。
肌が浅黒く変色している事から、恐らく内臓部分へと大きなダメージがある事は分かった。
下手をすれば、内臓破裂。
美由希は自分の考えに驚きつつ、恭也へと視線を移す。

「恭ちゃん、今のは……?」

「御神不破流正統奥義、裂神」

「裂神……。って、御神不破流正統奥義!?」

驚きに目を見開く美由希に一つ頷くと、

「ああ。それよりも、どうなった」

現状を尋ねてきた恭也に、美由希は悔しそうに顔を伏せる。
それを見て、大体の状況を察した恭也は、そんな美由希の肩に手を置く。

「まだだ。まだ終わっていない。
 すぐに祥子の居場所を見つけ出して、助け出すんだ」

「…うん」

二人の会話を聞きながら、美沙斗が申し訳なさそうに言う。

「すまない、恭也。あまり力になれなかった」

「そんな事はないですよ。もし、美沙斗さんたちがいなければ、もっと最悪な事態になってたかもしれません」

恭也はそう言いながら、一様に暗い表情で、肩を落としながら薔薇の館から出てくる祐巳たちを見ていた。





つづく




<あとがき>

遂に敵の手に落ちてしまった祥子!?
美姫 「ああ〜、一体、どうなってしまうの?」
いよいよ、終盤も終盤。
一体、どうなるのかは次回!
美姫 「それでは、皆さま、次回までごきげんよう」
ではでは〜。





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