『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第64話 「動き出す真なる計画」






「何で、どうして!? お姉さまを守ってくれるって言ったのに!」

薔薇の館から出てきた祐巳は、恭也の姿を認めると、倒れている男たちは視界に入っていないのか、
真っ直ぐに恭也の元へとやって来て、珍しく大声を上げ、攻めるようにその胸を何度も叩く。
それに対し、恭也は何も言わずにただ祐巳の好きにさせる。
誰もがそれを止めることが出来ずに、ただ見ているだけの中、
目から涙を零しながら何度も恭也の胸を叩く祐巳の手を、誰かが後ろからそっと包み込む手があった。

「祐巳さま、落ち着いてください」

「…可南子ちゃん」

「あれは、誰にもどうしようもなかったんです」

言い聞かせるように言葉にする可南子の顔も、悲しみに彩られている。
そんな可南子の顔を見て、祐巳は少し落ち着いたのか手から力が抜ける。
それを感じた可南子がそっと祐巳の手を離すと、祐巳はさっきまで叩いていた恭也の顔を見上げる。
恭也は悔しそうに唇を噛み締めながらも、祐巳を優しく見詰めていた。

「あっ……。ご、ごめんなさい、恭也さん」

「いや、悪いのは俺だから」

「そ、そんな…」

そんな事はないと否定しようとした祐巳の言葉を遮るように、その場に新たな人物が現われる。

「美沙斗!」

「あ、ああ、弓華か。そっちは?」

「こっちは全て片付けたね。それよりも、こっち……」

問い掛けた弓華だったが、この場の雰囲気などから大よその事を察し、言葉を紡ぐ。

「弓華さん、あのヘリの追跡は?」

そこへ恭也がそう切り出す。

「隊員に手分けして車で追いかけさせているけれど、地上と空だから…」

「難しいですね」

「ごめんなさい、恭也。空からの襲撃があるなんて、思いもしなかったから。
 あの計画書にも載ってなかったし…」

「どうやら、その計画書は初めから洩らすつもりだったみたいです」

恭也は悔しそうにリノアから聞いた話をする。
それを聞き、してやられたと顔を歪める美沙斗たちだったが、すぐに思考を切り替える。

「とりあえず、小笠原さんを助けるにしても、居場所の特定が先だね。
 ヘリの追撃は弓華の部下に任せて、私たちは一旦、戻った方がいい」

美沙斗は視線を恭也の後ろに居る令たちに向ける。
全員が何処か疲れたような顔で居るため、少しでも早く休ませた方が良いだろう。
その意見には恭也も賛成で、力ない祐巳たちを促がす。

「ここの後始末は、私たちがやっておきます。
 皆さん、疲れているようですから、車で送らせますね。
 念の為、送らせた者たちは、そのまま護衛として、そっちに置いておきます」

「お願いします、弓華さん」

弓華の言葉に礼を述べると、恭也は祐巳たちを何とか促がし、車の所へと連れて行くのだった。





  ◇ ◇ ◇





少し時を遡り、恭也が走り去った後の学園の裏では、倒れているリノアの背後に一つの気配が生まれる。
その気配に全く動じる事もなく、リノアは淡々と背後へと声を掛ける。

「何の用だ?」

「随分な言い草ですね。貴方を回収に来たと言うのに」

「そうか。なら、連れて行ってくれ。私は少し眠る」

リノアはそう呟くと、目を閉じる。
そんなリノアに構わず、背後の繁みから姿を見せた海透はリノアを荷物のように肩へと担ぎ上げると、その場を後にした。
弓華たちが駆けつけた頃には、リノアの姿は何処にも見当たらず、弓華は悔しそうに親指の爪を噛み締めるのだった。





  ◇ ◇ ◇





リリアン女学園襲撃の日の昼過ぎ。
とある場所の地下。

「…で、どうだい、決心は着いた?」

「…ここに書かれている事は本当なんですか」

「ああ、残念だけれど、全部本当だよ。嘘は何一つない。
 まあ、信じる信じないはアンタ次第だけどね」

「……」

女性の言葉に、男性は深く考え込む。
それをじっと黙って見詰めながら、銀髪の女性、リスティはポケットを探り、煙草を取り出すと、口へと咥える。
次いで、ライターを取り出そうとした所で、壁に貼られた禁煙の文字が目に入り、残念そうにポケットから手を出す。
ただし、咥えた煙草はそのままに、口で弄ぶように上下に振る。
檻の向こうへと閉じ込められている男、架雅人へと銀髪を掻きながらもただ静かに視線を落とす。
やがて、架雅人はゆっくりとその口を開いていく。

「とある親娘に言われました。新しい世界を創る為とはいえ、同じような苦しみをまた生み出すのかと。
 奪われたからといって、何の力も持たない弱い者から奪うのか。
 それでは、私も私たちをあんな目にあわせた連中と同じだ、とね。
 私は間違っていたんでしょうか……」

「さあね。アンタは、ここで僕に間違っていると言って欲しいのかい?」

リスティの言葉に、架雅人は小さく笑みを零す。

「……分かっていたんですよ。頭の片隅では、私はもあの連中と同じような事をしているって。
 ですが、止まる訳には行かなかった。その先に、きっと信じるものがあると言い聞かせて…。
 でも、こんな事をして手に入れたものを、あの子たちが喜んでくれるでしょうかね。
 それに、もし、宗司さんの言葉が嘘なら、私が今までしてきた事は、一体、何だったんでしょうか…。
 ただ、無意味に人を手にかけただけ…。
 ここに来てから、ずっとそんな事ばかり考えてました」

「で、結論は出たのかい?」

架雅人は小さく首を横へと振る。

「いえ、本当は出ていると思います。あの子たちは、とても優しい子たちですから。
 でも、認めることはできないんです。認めてしまえば…」

「なら、そのまま知らん振りを決め込むかい、一生?
 間違いに気付いても、それに気付かない振りをして、そのままずっと。
 まあ、それも一つの選択だけどね。だけど、それこそ、本当にその子たちに顔向けできなくなるんじゃないのかい?」

少しずるいとは思いつつ、リスティはそう言葉を投げる。
案の定、架雅人は一度怯えるように肩を震わせると、ゆっくりと顔を上げる。

「私は、どう償えば良いんでしょうか」

「さあね。それこそ、自分で答えを探さなければ、意味の無い事だよ。
 これから先、一生掛かったとしてもね」

無言で再び俯いた架雅人に、少しの間を置いてからリスティは声を掛ける。

「で、とりあえずは僕に協力して欲しいんだけれど、返事を聞かせてもらえるかい?
 流石に、これ以上の返事の先延ばしは無理なんでね」

そう言って、牢へと何枚かの綴りになった紙束を放り込む。
それを何と無しに拾い上げ、その表紙に目を走らせて言葉を無くす。

「そんな…。これでは、関係の無い者まで巻き込む可能性が…」

茫然と呟きながら捲っていく架雅人へと、リスティが駄目押しするように喋る。

「最後の所を見れば分かるが、目撃者は有無を言わさず口を封じる事まで命令されている。
 で、改めて聞くけれど、アンタが信じていたものってのは、ここまでの犠牲を覚悟してたのかい?
 その宗司って奴の事に関して言えば、僕は直接は知らないけれど、はっきり言って、
 周りがどうなっても良いって感じの人物という印象を受けるんだけどね」

「……宗司さん」

架雅人は信じられないようなものを見るように、手元のリリアン襲撃計画表を見詰めると、ゆっくりとリスティへと視線を移す。

「どうやら、返事が聞けそうだね。で、どんな返答を聞かせてくれるのかな?」

「まだ、宗司さんの事を信じようという気持ちは残っています。いや、信じたいといった所ですね。
 ですが、最早、信じられないというのも確かです……」

そう言って架雅人は、計画書よりも前に読んでいた書類へと目を落とす。
そこには、臓器の売買のリストや、幼い子供たちを無理矢理、売春させた記録などが記されており、
その金の流れが全て、邃の架空会社へと流れていた。
そして、その臓器の持ち主や子供たちというのが、架雅人が面倒を見ていた子供たちだった。
架雅人はそれまで堪えていた感情が爆発したように叫ぶ。

「私にはもう、宗司さんの手伝いは出来ない。
 いや、それどころか、これが本当なら、私の命と引き換えにしてでも!」

「…そうか。本当は、そんなものは見せたくなかったんだけれど、事実を受け入れてもらう為には、仕方がなかったんだ。
 僕も君に恨まれても仕方ないかもね。でも、形振り構っていられるような状況でもないんでね」

リスティの自虐めいた言葉を否定するように小さく首を振ると、架雅人はその瞳に強い輝きを取り戻す。

「正直、これが事実だとすれば、それを教えた貴女を憎いと思ってしまうかもしれません。
 ですが、貴女はただ事実を述べただけ。本当に許せないのは、実行した者と、それを命じた宗司さんです。
 貴女には寧ろ、感謝します。私に間違いを気付かせてくれたんですから。
 ただ、その代償は大きいですが。何故、私ではなく、あの子たちが! あの子たちが何をしたって言うんですか!
 悪い事をしたのは、この手を血で染めたのは私なのに! なのに!
 それとも、これが私に対する罰だと言うのですか!」

架雅人は声を押し殺し床に強く頭を叩き付けると、そのまま涙を流す。
握り締めた拳を地面へと叩きつけ、声にならない声で慟哭する。
それをやりきれない表情で見詰めていたリスティだったが、視線を逸らすと少しの間だけその場を立ち去り、架雅人一人にしてやる。
やがて、静かになった頃、リスティは再び架雅人の前へと姿を見せる。
架雅人は疲れたように憔悴した顔を上げ、その瞳にリスティの姿を映す。

「私は、これからあの子たちの為にも、そして、今まで私が手に掛けてしまった人たちの為にも、贖罪をしなければなりません。
 その最初の手伝いをさせてください。それと、この書類の真偽を確かめたい」

「どうやって確かめるんだい? まさか、本人に聞くのかい?」

「ええ、そうです」

「で、奴がそれを嘘だろ言ってきたら、どうする」

「分かりません、本当に嘘だったら、とりあえずはあの子たちに会いたいです。
 ただ、もう宗司さんと同じ道を行く事はないです」

架雅人をじっと見詰めた後、リスティは指で弄んでいた煙草をポケットへと仕舞い込むと牢の鍵を取り出す。

「OK。それじゃあ、とりあえずは協力してもらうよ。
 まあ、大丈夫だと思うけれど、途中で逃げようなんて考えないようにね」

「分かっています」

架雅人を見て、大丈夫だと判断したリスティだったが、上との約束の為、その腕に手錠を掛ける。

「さて、それじゃあ、邃の日本に来てから拠点としていた場所まで案内してもらおうか」

こうして、リスティは邃の拠点となっている場所へと車を走らせる。

「南川、もっとスピードは出せないのかい?」

「無茶言わないで下さいよ、リスティさん。土曜の昼過ぎ、これで精一杯ですよ。
 もっとも、緊急車両として走っても良いのでしたら、もっと出せますけれど」

「それは駄目だ。出来る限り、ギリギリまでこっちの接近は気付かせたくない」

後部座席に座るリスティと架雅人にバックミラー越しに視線を投げてから、南川は溜息を一つ吐くと、少しだけアクセルを踏み込む。

「もう少しだけ飛ばします。後ろの車両にも遅れないように言って下さい」

「流石、南川。話が分かる奴だ」

リスティは後ろに続く車両へと速度を上げる事を伝えると、シートに身を沈める。
無言のままただ流れる景色をぼんやりと眺める。
徐々に流れる景色から家やビルなどの建物が減って行き、やがて一つの大きな屋敷の前で止まる。
リスティは隣りに座る架雅人へと目を向ける。

「ここかい?」

「ええ、そうです。ここが、私たちが拠点としている所です」

架雅人の言葉を聞き、リスティは架雅人の手錠を外す。
それに少し驚いたような顔を見せる架雅人に、

「逃げるつもりはないみたいだからね。それに、ここが拠点なら、自分の身は自分で守ってもらわないとね。
 こっちも、自分の事だけで精一杯だからね」

そう言って車を降りたリスティの後に続き、架雅人も車を降りつつ、手首を無意識に擦る。
車を降りたリスティの元に、後ろから続いてきていた車からも人が降りてきて集まる。
総勢、二十人程になったメンバーを見渡しつつ、リスティは指示を出していく。
弓華から借りた警防隊隊員と、リスティと同じく警察関係の、特にこういった事に慣れた者たちで構成されたメンバーは、
その指示に従い各自動き出す。
慎重に庭を駆け抜け、屋敷の中へと入り込む一同。

「……やけにすんなりと中へと通してくれたね」

「リスティさん、ひょっとして罠では」

リスティの洩らした言葉は、全員が思っていた事で、それを聞いた隊員の一人がそう進言する。

「確かに、その可能性もあるけれど、それにしてはやけに静か過ぎないかい?
 ……架雅人、その宗司って奴がよく居る部屋は?」

「三階の一番奥の部屋ですね」

「……よし、三つに別れよう。一つはこのままこの階を。
 もう一つは僕と一緒に三階を。後の者は二階だ。
 ただし、何かあったらすぐに連絡する事。絶対に無理はするなよ」

リスティの言葉に頷くと、素早く三つの班へと分かれ、それぞれに動き始める。
リスティは慎重に三階へと辿り着くと、架雅人が指し示した先にある扉の前に立つ。

「……扉を開けた瞬間に、ドカンって事はないよな」

リスティの前に立ち、トラップの有無を調べていた男は、リスティの言葉に大丈夫ですと返す。
それを受けて、そっと扉を開けて中へと踏み込むが、そこは綺麗に誰もおらず、無人となっていた。

「……美沙斗や弓華があちこちにあるアジトを潰して、その度に結構な数の人間を捕らえていたからな。
 架雅人の話からも、ここには元々、そんなに人は居ないとは思っていたが…。
 どうして、宗司が居ない。いや、それだけじゃない、何故、幹部の一人も居ないんだ?
 少なくとも、一人ぐらいは残っていても良いはずなのに」

リスティは首を傾げつつも、他の班から入って来る誰も居ないという報告に眉を顰める。
と、そこへマナーモードにしていた携帯電話が震えて着信を知らせる。
携帯電話を取り出し、ディスプレイから着信者を見て、リスティは通話を押す。

「どうしたんだい、恭也?」

時間的に見て、襲撃が行われる時間の後に掛かって来た電話に、リスティは少し明るい口調で出るが、
徐々にその顔付きが引き締まり、声のトーンが固くなっていく。

「…そうか、分かった。
 こっちは今、邃の拠点、それも日本での活動本部と言ってもいい場所に来ているんだけれど、全く人影もないんだ。
 既にここは捨てたのかもしれない。せめて、他の場所への手掛かりが無いか探してみるよ」

恭也との電話を終えたリスティは、何処か重苦しい雰囲気を背負っていた。
そこへ、架雅人が声を掛ける。

「何かあったのですか」

「……ああ。祥子が攫われたらしい」

リスティの言葉に、架雅人も言葉を無くし、顔を歪ませて俯く。
もし、自分が美由希に敗れていなかったら、自分が攫ったかもしれないのだ。
自己嫌悪になりそうになるが、そこでふと気付く。

「ですが、この計画の全容は分かっていたんですよね。
 警防隊の死神、そして、あの双翼の剣士にその弟子。更には、警防隊までが繰り出していたのに、ですか?」

「ああ。どうやら、こっちが掴んだ計画は一部だけらしい。それも、わざと掴まされたようだ。
 連中は、あの計画表通りに攻めてきて、その場に居る全員を足止めしている内に、軍用ヘリで掻っ攫って行ったらしい」

「軍用ヘリ……」

「ああ。くそっ! まんまとやられた! おまけに、僕らは蛻の殻となったこの郊外の屋敷までのこのことやって来ている。
 つまり、ヘリを追う人員が居ないんだよ!」

忌々しげに吐き捨てた後、リスティは落ち着くように数度、ゆっくりと息を吐き出す。

「はぁ〜。今、ここで慌てても仕方が無い。僕たちは出来る事をやらないとね。
 恭也もまだ、諦めていないしね」

電話の向こうの恭也の声を思い出し、リスティはまだ逆転のチャンスはあると何度も言い聞かせながら、
手掛かりになるものを探し始める。
それを見ていた者たちも、机の引き出しや箪笥の中を開けて同じように手掛かりを探す。
しかし、それらしきものは見つからず、ただ時間だけが過ぎて行く。

「架雅人、アンタ、何か心当たりはないか?」

「すいません。お役に立てませんね。
 ここ以外のアジトがあるなんて、知りません」

「ちっ! やはり、宗司って奴は誰も信じてないのかもな」

「そうかもしれません…」

リスティの言葉に、架雅人は益々宗司へと不審を抱き、逆にリスティが持って来た資料の信憑性が出てくる事に、目を伏せる。
出来れば、あの資料は嘘であって欲しいと願いながらも、心の何処かで認めつつある事に苦悶の表情を浮かべる。
と、突然、机の上に置かれたままになっていた古い型の電話が鳴り響く。
リスティはそれを慎重に調べた後、ゆっくりと受話器を取り、スピーカーにして全員に聞こえるようにしてから電話に出る。
無言のままのリスティに対し、それに頓着せずに向こう側では話し始める。

「初めましてで良いのかな? 名も分からぬ者よ」

「天羽宗司か」

「その通りじゃ」

「今、何処に居る!」

「そんな事を、いちいち教えるとでも思うておるのか?
 もし、そうなら、何とめでたい奴じゃ」

「くっ!」

リスティは何とか怒鳴りそうになるのを堪えつつ、電話相手、天羽宗司へと話し掛ける。

「だったら、一体、何の用で電話した?
 今更、拠点の心配かい? 残念だけれど、ここはもう押さえさせてもらったよ。
 そうそう、他のアジトも数日前から潰していって、今頃、全て潰れているだろうね」

話している内に幾分か冷静になったのか、リスティは落ち着いた口調で告げる。
それに対し、宗司はあくまでも楽しそうな声で答える。

「そうか、潰れたか。
 じゃとしたら、残った者はわし以外では六神翔の三人、そして、お嬢ちゃんを攫って帰ってくる八人だけか。
 随分と、寂しくなったもんじゃ」

「本当に残念だったね」

「くっくっく。別に、残念なんかではないがな。
 あちこちにアジトを用意し、それぞれにそれなりの数の人員を置いておいたから、そう簡単には全て潰せんかったじゃろう。
 その所為で、今、自由に動かせる人員は何人じゃ? 誰もおらぬじゃろう?
 それでは、普通なら目立つはずのヘリの追跡もままならぬじゃろう。全て、わしの計画通りじゃ」

「計画書を持ち出させた事だけじゃなく、全てのアジトの位置や人員までが洩れていたのは、その為か」

「その通りじゃ」

「まさか、お嬢さん一人攫うのに、邃そのものを滅ぼすなんてね。
 それで、どうやってその続きの計画を実行するんだい?
 何でも、政府転覆を企んでいるんだろう?」

「くっくっく。確かに、そんな計画もあったの。
 じゃが、そんなものはそう急がずとも良い。元より、邃は御神を、不破士郎を滅ぼす為に作り上げた組織じゃ。
 それが第一じゃ。政府転覆など、その後で構わん」

「御神を滅ぼす為に作り上げた組織? その組織は何処にあるんだい?
 既に、瓦解しているんじゃないのか?」

「くっくっく。それこそ、どうでも良い。御神を滅ぼせるのならば、組織の一つや二つなど安いものだ。
 組織など、また作れば良いだけの事だからな。くっくっく」

「……なら、今回の一連の騒動は、恭也…、御神を滅ぼす為だけって事か!
 祥子を攫ったのは、恭也たちを誘き寄せるためか!」

思わず声を荒げるリスティへと、宗司は変わらずに答える。

「そうじゃ。その為の計画じゃ。他の者たちは知らぬがな。
 全ては、わしと海透のみが知ること。まあ、御神を滅ぼした後、政府を転覆させるのも一興だからな。
 攫ったお嬢ちゃんは有効に使わせてもらうよ。くっくっく。
 新しい世界を楽しみにしているが良い。力ある者のみが、上へと登っていける新たな世界をな。
 そこでは、弱者はただ地面へと這いつくばるのみじゃ。新しい世界で会える事を祈っているよ」

「宗司さん! 新しい世界とは、貧富の差のない平和な世界ではなかったんですか!」

宗司の言葉に耐え切れなくなった架雅人がそう叫ぶ。
架雅人の声を聞いた宗司は、特に慌てるでもなく返答する。

「架雅人か。まさか、そこに居るとは思わんかった。
 まあ、ここの居場所は言うとは思ったがな。まさか、お主まで一緒に来るとはな」

「そんな事はどうでも良いんです! 私の質問に答えて下さい!
 貴方が私に語った、あの理想は嘘だったんですか!」

「ああ、嘘じゃ。平和? 何を言っておる。
 争いのない世界の何が楽しいんじゃ? 人とは競い合ってこそのもの。
 ただの本能しか持たぬ動物たちには味わえぬ、人を傷つけ殺す快感……。
 新たな世界では、力ある者はこの快感を存分に味わう事ができるんじゃぞ。楽しいとは思わんか」

「……宗司! 貴方は、貴方という人は!
 それじゃあ、あの資料は本当だったんですね! 貴方はあの子たちを!」

「あの子たち? おお、おお。あやつらか。
 中々、いい資金になったわい。今頃は、何処かの金持ちの家の子供の一部として生きているんではないか?
 まあ、中には魚の餌やブタの餌になった者も居たかもしれんが。
 あのまま、何の価値もなくの垂れ死ぬ所を、立派な役目を与えてやったんじゃ。
 あやつらも、あの世で喜んでいるじゃろうよ。くっくっく、なぁに、礼には及ばんよ」

「き、貴様!」

怒りに任せて電話機を殴りつけようとした架雅人を、数人が押さえ込む。

「落ち着け! 今、ここに宗司は居ないんだぞ!」

「ぐぅぅぅぅ、がぁあぁああぁあ!」

架雅人は押さえつけられながら力なく膝を着くと、ただ声を張り上げる。
意味のある言葉ではなく、ただ叫ばなければ心が、頭が壊れてしまいそうで、ただただ声の限り叫び続ける。
喉から血が吹き出て、掠れた声しか出なくなっても、架雅人はまだ叫び続ける。
それを痛ましげに見遣りつつも、リスティは宗司との話を再開する。
一体、何の為に電話をしてきたのかを確認するために。

「で、まさか計画の全てを暴露したくて電話したのかい?」

皮肉げにそう言いつつも、受話器を握る手にはかなりの力が込められており、受話器が震える。
かなりの怒りを押し殺しつつ、手掛かりを掴む為に耳を澄ませて背後の音を拾おうと電話の向こうへと集中する。
そんなリスティを宗司は一笑する。

「わしが電話をした理由はな、ちゃんとその拠点を見つける事が出来たかどうか確かめる為じゃ。
 ちゃんと見つけているのなら、それで良い。後は……」

そう言った宗司の言葉に続くように、電子音にも似た音が幾つかの音階に変化しながら電話から流れる。
と、それが納まった途端、部屋の四隅、天井と壁の間あたりに隠れるようにあったランプが赤く点滅する。

「まさか!」

「くっくっく。新しい世界で会おうと言ったが、お主とはもう会う事はないじゃろうな。
 特殊な周波数で起動する爆弾じゃ。拓海特製故、その威力は折り紙付きじゃ。
 それじゃあ、の」

言って電話が切られるが、リスティは既に受話器を放り出しており、無線を繋げて叫ぶ。

「総員、退避! すぐに建物から出て離れるんだ!」

それを聞き、全員が近くの窓から一斉に飛び出そうと動き出す。
点滅がすぐさま短くなっていき、ピーという甲高い音を最後に、屋敷全体が火を吹き上げるように吹き飛ぶ。
高く火柱を上げ、黒煙を空へと昇らせていく。
辺りには動く者は見当たらず、ただ赤く炎だけが踊り続け、あたりを赤く染め上げる。



「くっくっく。これで、あそこに居った者は全滅じゃな。
 本拠地じゃから、戦力のある奴が集中していたじゃろう。
 これで、御神に味方する者はかなり減ったじゃろう。…誰にも邪魔はさせんよ。
 御神と天羽、この対決だけは誰にもな…。くっくっくっくっく」

受話器を置いた宗司は、暗い笑みに肩を震わせながら、いつまでも愉悦に満ちた笑みを刻んでいた。





  ◇ ◇ ◇





小笠原邸へと戻ってきた恭也たちは、会話もなくただリビングで祥子の身を案じていた。
そこへ、恭也から電話をもらった蓉子たちがやって来る。
それだけの事なのに、令や祐巳、志摩子たちは少し肩の力が抜けたようにほっとした感じになる。
それらにつられるように、乃梨子や可南子も少しとはいえ入れすぎだった力が抜ける。

「大体の話は聞いたわ。あの子の事だから、きっと大丈夫よ」

「そうそう。今頃は、我が侭言って、逆に困らせてるって」

蓉子に続いて聖までがそう笑い飛ばす。
ただし、その目だけは流石に心配している事を隠せてはいなかったが。
しかし、それに気付く者は恭也や美沙斗、美由希以外には居なかった。
三人はただ黙って、蓉子たちが祐巳たちを落ち着かせるように話しているのを黙って見ている。
ヘリは既に見失ったという報告を受けており、捕まえた者たちも何処へと連れて行くのかは聞かされていなかったようである。
後は、リスティたちが何か手掛かりを見つけてくれる事をただ祈るようにして待っているというのが、現状である。

「ほら、恭也たちもそんな所で立っていないで、こっちに来て座りなさい。
 さっき、紅茶を頼んだから、そろそろ来るはずよ」

その蓉子の言葉に応えるかのように、扉がノックされてお茶が運ばれてくる。
全員の分が行き渡ると、蓉子が優しく微笑みながら言う。

「祥子が心配なのは分かるけれど、ここで私たちまで塞ぎ込んだところで、どうしようもないでしょう。
 紅茶に含まれる成分には、心が落ち着く成分が入っているから」

そう言って勧める蓉子に逆らえず、全員が紅茶を口にする。

蓉子の言う通り、幾分か落ち着いたような気になり、祐巳は自分でも単純だなとは思いつつ、もう一口飲む。
と、恭也の携帯電話が鳴り、恭也が電話へと出る。
いきなり恭也の口から飛び出した広東語に驚きつつも、横目で恭也を見る。

「! ……そうですか、分かりました。ええ、お願いします」

恭也が電話を終えたのを見て、美沙斗が話し掛ける。

「弓華からだね」

「ええ。ちょっと良いですか」

恭也は美沙斗と美由希に視線を合わせ、席を立つとリビングを出て行く。
全員が気にはなったが、聞かれたくない事だろうと察し、その場に留まる。
廊下へと出た恭也は、小声で二人に話し出す。

「弓華さんからですが、今、病院だそうです」

「病院!? 何処か怪我でもしたの?」

驚く美由希に首を振りつつ、恭也は続ける。

「どうやら、リスティさんたちが向った敵の拠点が爆発炎上したらしい。
 かなり大きな爆発だったみたいで…」

「ま、まさか、リスティさんたち…」

「ああ、意識不明だそうだ。多分、咄嗟にテレポートしたみたいなんだが…」

「他の者たちは?」

「咄嗟に外へと飛び出した人や、リスティさんのアポートで飛ばされた人もいたそうですが、やはり逃げ切れなかった人たちも…」

「そうか…」

恭也は重い溜息を吐き出すと、

「この事は蓉子たちには…」

「そうだね、伝える必要はないと思うよ」

美沙斗の言葉に、美由希も頷く。
恭也も同じ考えだった為、それに頷いた所で、中から電話が鳴る。
リビングへと戻って来た三人へと、志摩子たちの視線が集中する中、恭也が受話器を上げる。

「もしもし、小笠原ですが」

「御神の剣士か? 違うのなら、すぐに変われ」

「いや、合っている。お前は誰だ?」

「わざわざ聞く必要はあるまい。予想はしているだろう。
 なら、手短く用件のみ伝える。
 まず、我々はお嬢さんに危害を加えるつもりはない。
 彼女はお前たちをおびき寄せる為の大事な人質であると同時に、もう一つ重大な役割もあるんだからな。
 お前たちが来るまでは、指一本触れないさ。だが、早く来ないと、俺は兎も角、他の者がどうするかまでは、分からないがな」

「…で、何時、何処に行けば良いんだ?」

「今日の深夜、荒品港にある工場跡地に。御神の剣士、三人だけで来る事。
 もし、守られなければ、言わなくても分かるな」

「ああ、分かった」

恭也がそう答えると、電話は切れる。
恭也は受話器を置くと、全員へと告げる。

「祥子の居場所が分かった」

この声に全員が顔を上げて恭也を見詰める。

「今から、俺たちはそこに行って来る」

恭也はそう言うと、すぐに装備を整える。
既に用意していた為、すぐにその準備が済む。
美沙斗は外で車を用意しており、弓華の部下たちにここを守るように指示を出す。
そこへ、恭也たちもやって来る。
美沙斗が運転席に乗り、美由希が後部座席へと先に乗り込もうとして動きを止める。
祐巳たちがまるでそれが当然と言わんばかりに、付いて来ようとしているのが見えたからである。
一緒に行こうとする祐巳たちを止めようと、

「祐巳さんたちは、ここで待っていてください」

「でも! お願いです。外には出ませんから!」

祐巳の言葉に賛同するように、令たちも恭也を見る。
恭也はそれは出来ないと口にし、蓉子たちへと視線を投げると、蓉子たちは頷き、祐巳たちの肩に手を置く。

「心配する気持ちは分かるわ。私だって、心配だもの。
 でもね、だからと言って、私たちが一緒に行っても恭也たちの足手まといにしかならないの。
 例え、外に出ないで待っていたとしても、相手が見逃してくれるとは限らないのよ」

まるで自分に言い聞かせるように言う蓉子の言葉に、祐巳は顔を見上げて蓉子を見上げる。
その顔は、不安だけでなく何も出来ない悔しさも感じさせるものだった。
肩は震え、祐巳の肩に置いた手からもその震えが伝わってくる。
祐巳はそんな蓉子の気持ちを察し、同時にこんな場合でも務めて冷静に振舞おうとする蓉子の強さに改めて敬意を覚える。
それとは逆に、喚くだけの自分に恥ずかしさを感じて俯くと、その視線に祐巳に置いた方とは逆の手が映る。
その手は、きつく握られており、こちらもまた震えている。
祐巳は特に考えた訳でもなく、自然とその手に自分の手を重ねる。
一瞬だけ驚いたように祐巳を見る蓉子だったが、自分へと笑いかけてくる祐巳を見て、自然と力が抜け、その顔に笑みを見せる。
それを見て車へと乗ろうとしていた恭也だったが、祐巳へと身体を向けて頭を下げる。

「絶対に守ると言ったのに、本当にすまない。
 謝って許してもらえるとは思わないが、なんとしても祥子は助け出すから。
 今度こそ、絶対に」

そう言って顔を上げた恭也に、祐巳は首を小さく振る。

「恭也さんが一生懸命にやった事は分かってますから、謝らないで下さい。
 あの時は、私の方こそごめんなさい。お姉さまが攫われて、何も考えられなくって。
 …あれは、どうしようもなかったって分かっていたのに。
 だから、あまり自分を責めないで下さい。それよりも、お姉さまを絶対に助けてください、お願いします」

「ああ、必ず」

そう言って恭也が車へと乗り込むと、美沙斗が車を出す。
徐々に遠ざかっていく恭也と美由希の後ろ姿を見送り、祐巳は務めて明るく隣りに立つ蓉子へと顔を向ける。

「お姉さまはきっと大丈夫ですよね。だって、恭也さんがきっと助けてくれるって約束してくれましたから」

「ええ、そうよ。だから、私たちは大人しくただ待っていましょう」

「はい」

そう言って蓉子は、返事を返す祐巳の背中を優しく押しながら、家へと向かわせる。
その背中を眺めつつ、蓉子は門を潜る前に一度だけ立ち止まると、恭也たちの去った方へと視線を飛ばし、そっと目を閉じる。

(祥子の事、お願いするわよ恭也…)

すぐに目を開けると、玄関でこちらを見ている者たちに軽く手を振って、中へと入って行くのだった。





つづく




<あとがき>

いよいよ最終戦へと向けて…。
美姫 「いよいよ終盤も終盤ね」
おう! ラストバトル!
美姫 「戦闘シーンの苦手な浩が何処まで頑張れるか!?」
…お、おう。頑張るぞ!
美姫 「って、得意なシーンなんてなかったわね」
グサッ! ぐ、ぐぅぅ、い、言ってはならん事を……。
美姫 「はいはい。良いから、さっさと続きを書きなさい」
ぐぬぅ、死して屍、尚も書かせるべし、かよ……。
美姫 「それだけ余裕があれば、大丈夫よ! それでは、また次回までごきげんよう」





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