『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第65話 「悲しみの再会」






「……うっ、ううん」

短く呻き声をあげ、何処か居心地の悪い体勢を無意識のうちにモゾモゾと動いて何とかしようとする。
そこで、自分が酷く自由が利かない状態である事を感じ、目を開ける。

「お、やっと目を覚ましたみたいだな」

頭の奥が痺れたような感じでぼうっとした状態で目も虚ろにただ目の前を見る祥子の耳に、そんな男の声が聞こえてくる。
徐々に頭が覚醒し始め、ようやくその声が目の前の男から発せられたと理解する。
同時に、思った以上に近い位置にある男の顔に驚き、慌てて下がろうとするが、腰をがっしりと掴まれて下がることが出来ない。
祥子はその事に気付くと、眦も鋭く男の頬を打たんと手を振り上げようとして、自身の腕が頭上で縄によって括られている事を知る。
慌てつつも、冷静に状況を確認する。
どうやら、ベッドのようなものに寝かされており、その状態で腕は頭の上へと引っ張られ、
ベッドの上端に括られた縄で固定されているらしい。
次いで、部屋の様子を見渡せば、声を発した男以外に二人の男がおり、やらしい笑みを貼り付け、自分を見下ろしている。
窓はなく、扉が一つあるだけの部屋で、明りも天井に吊るされた裸電球ひとつと全体的に薄暗い。
祥子はそこまで確かめると、再び目の前の男を見遣る。
どうやら、位置から見てもこの男もベッドに乗っているらしく、その手はまだ祥子の腰に添えたままだった。
その事に嫌悪感を抱きつつも、祥子は上げそうになる悲鳴を押し留め、恐怖から来る震えさえも意思の元に隠す。
零れそうになる涙を堪え、口元をぎゅっと引き締めると、目で相手を睨みつける。
そんな祥子の視線を心地気に受け止めると、男はにやけた笑みを更に深めながら、おちょくるような口調で話し出す。

「おお、怖い、怖い。そんなに睨まないでくれよ。俺たちは気が小さいんだから。
 そんなに睨まれると、怖さのあまり、手が震えちゃうよ〜。
 …こんな風に、な!」

言って男は、祥子の上着をその膨よか胸の下まで捲り上げる。
平均的な女性の描くラインよりも美しく括れたウェストに、小さな臍が顕わになり、祥子は顔を赤く染めながらも、
気丈にも男を睨みつけるが、その目の端には微か雫が僅かな光りを反射していた。
男はそれに気付かない振りをして、肩を竦めて見せる。

「ほら、そんなに睨んでいたら、また手が震えてしまうぞ〜」

言いながら、祥子のスカートの裾を殊更ゆっくりと上へと上げていく。
徐々に深い色と白色の比率が変わっていき、膝が顕わになる。
それでも男の手は止まる事無く動き、太腿まで顕わになる。
しなやかな足が薄暗い部屋の中で浮かび上がり、横で見ていた男たちが思わず息を飲み、口笛を吹いて囃し立てる。

「うぅ」

悔しさと恥ずかしさから顔を更に赤くして、祥子は目を閉じて顔を横へと向ける。
それでも、はだけた太腿や腰が外気を感じ、自分の状態を確認させられる。
そんな祥子の様子に満足したのか、男は一旦、スカートから手を離す。

「本当は寝ているうちに裸にするつもりだったんだが、起きたんなら都合が良い。
 やっぱり反応がある方が楽しいからな」

男の言葉の意味が分からない程、祥子も世間知らずという訳ではなく、その意味を察し、抑えていた恐怖が胸の内に湧き上がる。
閉じていた目を開き、男から遠ざかるように足を動かすが、すぐにベッドの端へと行き着き、それ以上の逃げ場を失う。
それでも、最後の抵抗とばかりに言葉を洩らすまいと口を引き締め、零れ落ちそうになる涙を堪えて男を睨み付ける。

「くっくっく。何だ、お前もその気だったのか?
 そんなにもサービスしてくれて。それは悪い事をしたな。それじゃあ、期待通りにたっぷりと可愛がってやるぜ」

男は祥子が逃げる際に、更にまくれあがったスカートから覗く足を嬲るように眺め、その奥で視線を止めると、
唇を舌で一つ舐め、そっと手を伸ばす。
横に居た男たちも、祥子を挟み込むような位置へと移動しており、その手を祥子へと伸ばす。
一人は祥子の胸元へ、もう一人は祥子の髪へと手を伸ばし、ベッドに乗る男は、そのまま手を祥子の太腿へと伸ばす。
祥子は近づく三人の手に目をきつく閉じる事しか出来なかった。

(いや、いやいやいやいやいやいやいやいやぁぁぁ! 触らないで!
 恭也さん、助けて! 恭也さん、恭也さん、恭也さん、恭也さん、恭也さん!)

目を閉じてただ一人の名前を叫ぶ。
男たちはそれを怖がっていると取ったのか、幾分気を良くし、目の前の極上の獲物へと手を伸ばす。
後少しでその宝石に届くと思われた手が、突然開けられた扉の大きな音に止まる。
三人が一斉に扉の方へと振り返るのと、一つの影が部屋に飛び込んで来るのは同時だった。
飛び込んだ影は、祥子の両側に居た男たちを何の躊躇もなく斬り捨てると、そのまま刃先を残る一人の喉元へと突き付ける。

「こ、これは、何の真似ですかね、リノアさん?」

長刀の切先を突き付けられた男は、震える声で尋ねる。
それに対し、リノアは祥子へと優しく目を閉じているように言い、それに頷いたのを見ると、再び男へと視線を戻す。
ただし、その視線は祥子へと向けたものとは違い、とても冷酷なもので。

「それはこっちの台詞だと思うんだが? 貴様らこそ、ここで何をしていた」

「何って、見たまんまじゃないですか」

「よくも、そういけしゃあしゃあとそんな事が言えるな」

「それよりも、良いんですかい、リノアさん。
 確かに、俺たちは六神翔ではなく、ただの構成員だ。
 だが、宗司さん直属なんですよ。例え貴女とは言え、命令を聞く必要はないんです。
 分かったら、そこをどいてもらえますか。くっくっく、いや、それよりも、あの二人の謝罪代わりに、一緒に…」

そう言って伸ばしてきた男の右腕を、リノアは何の躊躇いもなく斬り飛ばす。
声にならない悲鳴を上げ、ベッドから転がり落ちると、男はリノアを睨み付ける。

「こ、こんな事をしてただで済むと思って、ひぃっ!」

男はリノアへと叫ぶが、すぐにリノアの視線に射竦められ、掠れた悲鳴を洩らす。
そんな男を見下ろし、

「本当に馬鹿な奴だ。直属? それがどうした。単に、お前らが操り易かっただけだろう。
 そんな事にも気付かないとはな。お前らは、別にその腕を見込まれた訳でも何でもない。
 直属とは名ばかりなんだよ。
 例え、ここで私がお前らをどうこうした所で、私には何のお咎めもないだろうな。
 何なら、試してやろう。尤も、その結果は知りようがないだろうがな」

リノアはそう言うと、静かに長刀を頭上へと掲げる。
それを見て、男は床に尻を着いたまま後退る。

「や、やめっ! ゆ、許してくれ! 魔、魔が差しただけなんだ」

「駄目だな。第一、人質には触れるなと言われていたはずだ。
 なのに、お前たちはそれを破った。つまり、罰せられても仕方がないんだよ」

「や、やっ!」

リノアは言い放つと、その長刀を男に頭上へと振り下ろし、ただの肉塊へと変えると、すぐに踵を返して祥子へと声を掛ける。

「もう大丈夫だ。馬鹿共は始末したから。
 ただ、現状はお嬢さんが見るにはあまり良いもんじゃないんでね、ちょっと場所を移すよ」

祥子は目を閉じていても、漂ってくる鼻につく匂いに口元を抑えつつ、ただ頷く。

「少し抱きかかえるけれど、我慢してくれ」

相手が声から女性と分かっているからなのか、祥子は大人しくしている。
そんな祥子を抱きかかえると、リノアは部屋を移す。

「もう目を開けても大丈夫だよ」

リノアは祥子の両手首を縛っていた縄を解きながら告げる。
祥子は恐る恐る目を開け、そこに立つリノアの美しさに言葉を飲む。

「本当にすまなかったね。指一本触れないように言っておいたのに、あの馬鹿共が。
 でも、もう安心して良い。これから君の世話をするのは、同じ女性だし、あいつら以外にここに居る者たちは、
 誰も貴女に危害は加えないから、全てが終わるまで大人しくしていてくれ。
 全てが無事に済めば、必ず帰す事も約束する。それじゃあ、私はこれで失礼するよ。
 何かあれば、後でここに来る女に遠慮なく言えば良い。まあ、すぐにここから一時的にとは言え出る事になるとは思うけどね」

そう言って出て行くリノアの背中に、祥子は何故か声を掛ける。

「何処に行かれるんですか?」

自分でも何故話し掛けたのかは分からないが、何となく、目の前の人物が悪い人に見えなかったからかもしれない。
祥子の問い掛けに、リノアは振り返らずに、ただ短く答える。

「これから、歓迎しないといけないお客さんがいるんでね」

その言葉と共に、目の前の扉が閉じられる。
それを暫らく眺めていたが、祥子はゆっくりとベッドの上で膝を抱えて座り込むと、そこへ顔を埋める。
と、細かく肩が震え、押し殺した声が狭い部屋へと響く。
さっきまでの恐怖が今頃になって蘇り、祥子はただ一人薄暗い部屋の中で背を丸める。
それでも、そっきのリノアの言葉から、恭也たちが来るのだと察した祥子は、もう一度何とか心を奮い立たせようと、
恭也の姿を脳裏に浮かべ、何度もその名を小さく、まるで何かの呪文のように呟く。
やがて、落ち着いて来たのか、祥子は伏せていた顔を上げ、億劫そうに膝に顎を乗せたまま、ただ静かに時が来るのを待つ。
恭也が助け出してくれることを一切疑わず、ただその時の為に少しでも体力を温存しようと、やがて横になるのだった。





  ◇ ◇ ◇





三日月が薄っすらと辺りを照らす中、指定された場所へとやって来た恭也たちは、
人が出入りしなくなってかなり経つと思われる建物を、敷地を囲むフェンスの外から見上げながら、
静かにフェンスを押し開けて、中へと足を踏み入れる。
割れたままになっているガラス窓の一つに明りが灯っている他は、他に明りのない建物。
なのに、その建物の前、それなりの大きさの更地は、明るくはないが、
何かを視認するのにはそれほど苦労しない程度の明りで照らされている。
静寂が辺りを包み込む中、恭也たち三人が更地の中ほどへと進むと、一際きつい明りが灯り、三人の姿を暗闇の中から浮き出させる。
あまりの眩しさに手を翳しながら前方を見ると、所々に錆が見られる鉄製の扉が音を立てながら開いていく。
そこから三人のスーツを来た男が現われる。
と、唯一光りの灯っていた窓から、しわがれた声が降りてくる。

「待っておったぞ、御神の剣士! そして、不破士郎の息子よ!」

恭也たちはそちらを見上げ、宗司の姿を見つける。

「お前が今回の首謀者、天羽宗司か」

「くっくっく、いかにも、その通りだ。不破士郎の倅よ。
 さて、これで役者、舞台共に揃った。今宵、天羽と御神の決着が着く。
 どちらが最強か、のな!」

「そんなくだらない事のために…」

「くだらないだと! 何をぬかすかと思えば。くっくっく。
 くだらなくなどはないさ。競争本能は、生きるもの全てが持つ本能の一つよ。
 その本能を、人間は快楽として感じる事ができ、また、その為の技を編み出す事もできる。
 その技の一つである、御神流と天羽双剣流。
 今は廃れし、鋼の刃による殺人術を今も尚受け継ぎ、且つ、最強の名を手にした二つの流派。
 だが、最強の称号は二つはいらん。一つで充分じゃ。それだけでも、闘う理由となろう。
 それに加え、わしには不破士郎への復讐もある事だしの」

愉快そうに笑う宗司を一瞥すると、美沙斗が宗司へと話し掛ける。

「それで、こうして約束通りに来たんだから、小笠原の娘さんは返してもらえるのかい?」

「わしらを倒したら、と言いたい所じゃが、それでは気になって力も出せんじゃろう。
 そこに居る三人を倒せたら、とりあえずは返してやろう。
 ただし、ここからは出さぬよ。お主らがここから出る時は、わしらを倒した時だけじゃ」

宗司はそう言ってまた一つ笑うと、手を振り下ろして三人の男たちへと合図を送る。
見た所、薔薇の館の前でやりあったような連中のように鎧こそは纏っていなかったが、その目は何処か虚ろで、何も映していない。
宗司の合図を受けて、三人の男たちは駆け出す。
その開ききり、閉じられない口から涎を撒き散らし、鋭く尖った犬歯を覗かせて獣のような叫び声を上げて。
その姿を見据えつつ、美沙斗が恭也と美由希へと告げる。

「完全に理性が飛んでいるよ、アレは。
 多分、もう元には戻せないだろうね。止める手は一つだけしか、もうない」

「…ですね」

美沙斗の言葉に静かに同意する恭也の横で、美由希はその顔に翳りを見せる。

「美由希、出来ないのなら、俺が…」

「ううん、やるよ。ここで躊躇っていたら、祥子さんを助け出せないもんね。
 それに、そうしてあげる事が、あの人たちを唯一自由にしてあげる方法だと思う」

美由希の言葉に恭也は一つ頷くと、何も言わずに自分の相手のみを見詰める。
最初に対峙した距離の半分まで男たちが近づいた頃、恭也たちもまた走り出す。
交差する三つの影。それぞれに様子見も、牽制も何もなく、ただ初手に最高の技を繰り出す。
崩れ落ちるのは、理性を奪い去られた者。
恭也たちは、それぞれに繰り出した奥義の結果を見下ろし、静かに小太刀を収める。
そんな三人の頭上から、これまた楽しげな声が届く。

「お見事! やはり、この程度では倒せぬか。尤も、そうでなくてはな。
 良いぞ、良いぞ。そっちの娘も殺す事に躊躇を見せぬまでに成長したか。
 それを確認できただけでも、その人形共は役にたったわい」

「っっ! 貴方は人の命を!」

何か言おうとする美由希を恭也が静かに制する。

「美由希、言うだけ無駄だ。止めておけ。あいつは、心底どうしようもない奴だ。
 あの父さんが、心底嫌悪を表したという話だしな」

美由希を何とか落ち着かせると、恭也は宗司へと声を掛ける。

「で、こっちはその三人を倒した訳だが、そっちは約束を守ってくれるのか?」

「勿論じゃ。リノア!」

宗司が入り口へと声を掛けると、そこからリノアが姿を見せる。
その後ろには、祥子の姿が。
特に目立った外傷もなく、自由を封じられてもいないようなので、ほっと胸を撫で下ろす。
リノアの後ろで、祥子は恭也の姿を見て駆け出しそうになるが、それを何とか堪えてリノアへと視線を向ける。
下手に動かない方が良いと判断した祥子に、リノアは内心で賞賛の声を上げる。
こんな状況で捕らわれ、自分を助けに来た者がすぐそこに居るというのに、自制心を働かせて感情的に動くのを押し留める。
ここで下手に動いて、恭也たちが不利になるのを防ぐ為だろうが、そう簡単にできる事ではないだろう、と。
リノアは自分がそんな事を考えているなどとは顔に出さず、ただ一歩後ろにいる祥子へと短く告げる。

「何もしないから、行け」

その言葉を聞いても、祥子は動こうとはしない。
そんな祥子へと恭也が一つ頷き、大丈夫だと伝えると、祥子は真っ直ぐに恭也へと向かい、その胸に飛び付く。

「うっ、うぅぅ…。きっと来てくれると思ってました」

「少し遅くなってしまったが、許してくれ。
 もう大丈夫だから」

遂に堪えきれずに涙を流す祥子の背中と髪をそっと撫でながら、恭也はそれだけを言うと、祥子が落ち着くまでずっとそうしていた。
やがて、落ち着いた祥子が離れた頃、宗司がまたしても声を掛ける。

「さて、無事にここを出たければ、わしの所まで来るんじゃな。
 わしはここで待っておるからな。まあ、来れたらの話だがな」

呟き中へと姿を消す宗司に代わるように、リノアは静かに長刀を抜き放つ。

「祥子は離れた所に」

恭也の言葉に頷くと、祥子は四人から離れた場所まで下がり、その場で恭也たちの無事を祈るように手を合わせて、
これから繰り広げられるであろう光景を静かに見守る。
祥子の視線の先では、美沙斗が小太刀を抜き放ち、

「ここは私が…」

「ふっ、幾ら警防隊の死神とは言え、一人では無理じゃないのか?」

「ほう」

リノアの言葉に、美沙斗は微かに眉を顰めるが、それを意に介せず続ける。

「何せ、こっちもう一人居るんだからね」

そのリノアの言葉を受け、奥から一人の女性が姿を見せる。
女性は顔を伏せながら現われるとリノアの横へと並び、ゆっくりと顔を上げる。
そこで、恭也の顔を見て驚愕する。

「え、な、何で……」

「悠花さん……?」

恭也もまた、その女性の登場に驚きを隠せずにいた。
悠花は恭也の顔をじっと見詰めた後、その視線に耐えれなくなったのか、すぐに下を向く。
そんな悠花の様子を痛ましそうに見遣りながらも、リノアは何も言わずにただ立つ。

「恭也、知り合いなのか」

「え、ええ。でも、まさか…」

未だに信じられないという顔を見せる恭也。
よく見れば、美由希もまた同じような顔をしているが、こちらは恭也よりは幾分、マシに見える。
そんな二人の様子を見遣りつつ、美沙斗は二人に注意するように告げる。

「恭也たちがどんなあの子を知っているのかは知らないけれど、決して油断できる相手じゃないよ、彼女は。
 この場面で出てくる以上、彼女は六神翔の一人とみて間違いないはずだからね。
 そして、残る六神翔は、血塗れの魔女を除けば、天羽宗司の子供しか居ない。
 彼女は、宗司の娘、天羽の剣士だよ」

美沙斗の言葉に、美由希は小太刀を抜き放つと静かに構える。
同じように、恭也も小太刀こそは抜かないものの、ゆっくりと構える。
それでも、その顔はまだ信じられないと語っているが。
そんな恭也の視線の先で、悠花はただただ地面の一点を注視し、零れそうになる何かを必死に堪えていた。
それは涙なのかもしれないし、叫びだったのかもしれない。
目から、喉から、胸の内から溢れて来そうになる全てのものを懸命に押し込めつつ、ただただ顔を伏せる。
その為、その顔を見る事は出来ないが、リノアにははっきりと感じる事ができた。
きっと、瞳を悲しみに染めているだろうと。
それでも、リノアはただ黙って長刀を構え、静かに待つ。
悠花が闘いを放棄するというのなら、それはそれで構わないと考える一方で、それはないだろうと思いつつ。
そんなリノアの思いを肯定するように、悠花はゆっくりと顔を上げると、本当に寂しげな笑みを浮かべる。

「そっか。お父様が言っていた御神の剣士って、恭也さんの事だったんですね」

「……悠花さんが天羽の剣士というのは」

「…はい、本当です。ごめんなさい。私は、お父様がどんな事をしているのか、正確には知らない、ううん、知らされていません。
 でも、きっと良い事ではないと分かっていました。
 それでも、私は止めることも逆らう事も出来ないんです。
 だって、まだ小さかった私を拾って育ててくれたんだもの。その恩を少しでも返さないと…。
 だから、だから……。ごめんなさい。もっと早くに名前を聞いてれば、こんな思いしなくても良かったかもしれないのに…」

悠花は悲しげにそう告げると、横に立つリノアへと無理して笑みを見せる。

「えへへ、やっぱり、私なんかがこんな気持ちを持ってはいけないって事ですよね」

「…悠花」

何の言葉も思いつかず、リノアはただ名を呼び黙り込む。
悠花は無理して浮かべた笑顔のまま、リノアを見上げて言葉を紡ぐ。

「一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目は運命、四度目は必然。
 次に会うような事があったら、それは出会うべくして出会ったという事、でしたよね。
 ほ、本当に、その通りですね。わ、私たちは、敵として出会うべくして出会ったんですね」

そう呟いた悠花の左目から、すっと一筋の雫が零れ落ちるが、右側を恭也たちに見せて横を向いているため、
恭也たちは気付かず、リノアだけがそれを目撃する。
それでも、何となく悲しげなものを悠花の姿から感じ取ったのか、美沙斗と美由希はただ黙って目の前のやり取りを待つ。
リノアはリノアで、掛ける言葉が思いつかないまま、ただ長刀を握る手に力を込める。
やがて、悠花は静かに恭也たちへと向かい合う。

「許してくださいとは言えません。だから、どっちが勝ってもこれで終わりにします。
 恭也さん、こんな形ですけれど、あなたの名前を知ることが出来て、その名前を呼ぶことが出来て、それだけで私は幸せです。
 でも、天羽の剣士として、負ける訳にはいかないんです」

悠花は本当に苦しげに、悲しげにそう語ると、静かに腰に吊るしたニ刀のうち一刀を抜き放つ。
それを受けながら、恭也も少し悲しげな色を瞳に宿し、それでも強い声で答える。

「負ける訳にはいかないのは、俺たちも同じだ。
 ここからは、敵同士だな」

「はい」

最後に視線を一瞬だけ合わせると、恭也もまた小太刀を抜き放つ。

「恭也、お前は先に行け。後一人、残っているんだ。
 恐らく、その一人こそが、天羽宗司が自身の全てを教えた男のはず」

「ここは、私と母さんに任せて」

「…分かった。美由希、美沙斗さん、ここは任せます。
 それと……。いや、何でもありません」

恭也は何かを言いかけるが、口を閉ざす。
何となく察した二人だったが、特に何も言わずにただ悠花とリノアへと視線を転じる。
と、三人が見遣る中、悠花は目を閉じ静かに唇を動かす。

「天を舞うは羽の如く 振るうは双つの剣
 自在にニ刀を振るわば、それ即ち、天羽双剣流の剣士
 天羽の剣士、人に在らず 修羅なり
 天にて神を斬り 黄泉にて魔を斬り 地においては人を斬る
 我 人に在らず 修羅なり」

悠花が剣士へと姿を変えるための儀式。
それを終え、静かに目を開けた悠花を見た瞬間、恭也たちは目を疑う。
肌で感じるその気配さえも、さっきまでの悠花とは別人と告げてくる。

「なるほど、こっちが剣士としてのあの子か。
 恭也、さっきも言った通り、ここは私たちが。恭也は、そのまま中へ向うんだよ」

美沙斗の言葉に、美由希も恭也もすぐさま剣士の顔付きに代わり、頷く。

「行くよ!」

美沙斗の言葉を合図に、戦場と化した地で五人が一斉に動き始める。





つづく




<あとがき>

とうとう悠花と再会。
美姫 「それがもたらしたモノは、決して良い事ではなかった」
お互いに守るものと奪うものに別れての再会だからな。
美姫 「果たして、この勝負の行く末は…」
いよいよ闘いが始まる!
美姫 「それでは、また次回までごきげんよう」
ではでは。





ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ