『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』
第69話 「相打つ二つの流派」
幾度となく繰り返し交わる刃と刃。
互いに互角の斬り合いという訳ではなく、
恭也の繰り出す攻撃を悉く防ぐ海透という構図で繰り返し闇の中、刃が飛び交う。
そんな中、恭也は海透が決定打となるような攻撃を仕掛けてこない事に警戒を強める。
(瞬眼でこちらの攻撃を防げるのは分かった。
だが、それだけでは決着はいつまで経っても着かない。
こちらの体力が切れまで待つつもりだとしても、他にも何か手を持っているはず)
それをいつ仕掛けてくるのか、それに注意を払いながら恭也は一刀を突き出し、もう一刀を横へと凪ぐ。
今までのようにそれを受け止めた海透は、そこから攻撃に移らず、僅かに後ろへと下がり軽く腰を落す。
上半身を僅かに右へと捻ると、右手を肩の位置まで上げ、左手は腰の位置へと置く。
そこから一気に踏み込むと、両の刀を上と下から繰り出す。
何でもないような斬撃だったが、恭也はそれを受け止めずに後ろへと跳ぶ。
いや、跳ぼうとして踏み止まり、後ろへと倒れ込むように地面へと転がる。
その判断は正しく、倒れ込んだ恭也の腕に掠るように刃が通過する。
そのまま転がって距離を取った恭也は、自分の服の端々が斬れているのを見る。
そこへ海透が迫り、またしても両の刀を振るう。
同時に恭也は神速へと入るが、海透の刃は速度を変える事なく迫る。
いや、確かに遅くはなっているのだが、あまりの速さで振るわれているために、神速であっても追い切れない。
「くっ」
小さく息を吐きつつ、恭也は何故、後ろ側から斬撃が来たのか、海透の太刀筋を見極めようと集中する。
神速状態における本来の神速の長所、早く動けるという事だけでなく、知覚能力の上昇の中、
恭也は海透の太刀筋を見て驚愕の表情を見せる。
二刀による斬撃が恭也を囲むように縦と横の円を描いていた。
左腕と右足に掠らせつつ、恭也はその円から外へと抜け出る。
同時に神速から抜け出た恭也に、海透が静かに立ち尽くす。
「…また避けたか。逃げるのは上手いみたいだな」
「何だ、今の斬撃は…」
「ほう、今のが見えたのか。
これは天羽双剣流の失われし奥義、籠中囲(こちゅうかこい)といって、見ての通りの技だ。
ただの斬撃ではなく、目に見えぬ程の速さで振るわれる連続した斬撃。
時間差なく振るわれる斬撃はまるで相手を籠の中へと囲むように円を描く」
「あれが、連続した斬撃…」
海透の言葉を事実とするなら、恐らく事実だろうが、それは神速の上を行く速度という事になる。
それを実感する恭也に、海透は淡々と自身の技を誇ることもなく告げる。
「今のはまだ小手調べで本気ではない。
本来、この技は縦と横、そして斜めの計4つの円を描く」
そう言って海透は再び籠中囲の構えを取ると、静かに恭也を見詰める。
「次は本当の籠中囲を見せてやろう。今度は逃げ場所はないと思え」
言うと同時に踏み込む海透に対し、恭也は神速へと飛び込むのだった。
互いに神速の状態で距離を詰め、そこから抜け出しながら刃を振るう。
一見、互角に見える戦いだったが、美由希が悠花の攻撃を紙一重で何とか躱すのに対し、
悠花は美由希の攻撃を軽く躱している節さえ見受けられる。
現に、美由希の身体には大小無数の斬り傷が出来ているのに対し、悠花の方は小さな傷が幾つかといった感じだった。
「はっ、はぁぁぁっ」
美由希が振るう左右の小太刀を躱し、出来た隙へと悠花は刃を走らせる。
身を翻すも胸部を軽く切り裂かれる。
しかも、そこへと悠花のもう一刀が突きとして迫る。
身を屈めるも今度は左肩を掠らせる。
振り下ろされる刀を転がって避けると、すぐさま立ち上がり、飛針を投げる。
それを悠花が躱す間に美由希は小太刀を鞘へと納め、自ら開けた距離を詰めるように走り寄る。
飛針での牽制から態勢を整え直した悠花は、美由希を迎え撃つべくその場に踏み止まる。
美由希が自身の間合いへと入った瞬間に刀を振るうと、美由希は神速の領域へと移る。
悠花も僅かに遅れて神速の領域を入る。
先に入った美由希は鞘に収めたニ刀を抜刀して悠花へと叩きつける。
その斬撃を悠花は左の一刀で受け止めつつ、攻撃に用いた右の一刀を引き戻す。
その間に抜き放たれた美由希の斬撃が連続して襲う。
――御神流奥義之六 薙旋
それも、美由希が放ったのは恭也が得意とする神速からのコンビネーションだった。
三撃目までは防いだ悠花だったが、四撃目は防ぎきれずに二の腕に喰らってしまう。
幸い浅い傷だったので、戦闘には支障はないが。
そんな事には構わず、悠花は神速を抜け出た美由希へと刀を振るう。
薙旋を放った後、美由希は前へと踏み出し、すぐさま転進する。
その眼前を悠花の刃が通り過ぎていく中、美由希は射抜・近を放つ。
近距離から放たれた射抜を防いだ悠花に、もう一刀の射抜が迫る。
それを予想していた悠花はあっさりとそれも受け止めると、すぐさま反撃へと移る。
いや、移ろうとして腕の動きを止められる。
よく見れば、両腕に鋼糸が纏わり着き、その両端は美由希の握る左右の小太刀の柄へと伸びていた。
「思ったよりも上手くいったみたい」
美由希は小さくそう漏らしつつ、一瞬だが動きを止めた悠花の腹へと膝を突き入れる。
気付いた時には重たい衝撃をお腹に受け、悠花は思わず前のめりになる。
そこへ美由希の第二撃が襲うが、それを強引に腕を動かして肘で受け止めると、
そのまま腕に傷を付けつつ鋼糸を断ち切って後ろへと跳ぶ。
「っっつぅ…」
予想外に思い一撃に僅かに顔を顰める悠花へと美由希は鋼糸を飛ばすが、悠花はそれを刀を振るって断ち切る。
それを想定して投げた美由希は、同時に鞘へと収めた小太刀を手に悠花へと向かって地を蹴る。
それを静かに見据え、悠花は左の刀を逆手に持ち替えて待つ。
神速の領域でも速度を変えずに円を描くように振るわれる海透の斬撃は、
縦に横に、そして両斜めから恭也を囲むように繰り出される。
逃げ場がない中、恭也は神速の中で重く感じる身体を動かし、抜き身の小太刀を居合い抜きするように腰に構える。
居合い抜きと違うのは、右の小太刀の刃に左の小太刀の柄頭が置かれている事ぐらいだろうか。
四つの円が恭也へと襲い掛かる中、恭也は右の小太刀を素早く横へと薙ぎ払う。
神速の状態で振るわれた小太刀の勢いを利用し、左手に握られていた小太刀が打ち出される。
四つの円の細い隙間を縫うように放たれた小太刀は海透へと飛び、四つの円は恭也に迫る。
神速が解けた瞬間にすぐさま神速へと再び入ると、そこから更に神速を重ねる。
それでも大して遅くならない海透の斬撃だったが、僅かな隙間へと身を飛び込ませる。
「「っっ!」」
音と認識できないほどに小さな息を飲むような音が、恭也と海透から同時に漏れる。
恭也のは斬撃の隙間へと身を躍らせたが、それを追うように斬撃が迫ってきた事によるもので、
海透のそれは、突如として飛来してきた小太刀によるものだった。
半瞬にも満たない思考とも呼べないほどの短い処理を持って、海透は向かってきた小太刀を弾く。
それによって恭也を囲んでいた円が崩壊し、恭也は外へと出る事に成功する。
しかし、頬や腕、足にと僅かながら薄っすらと血の筋が出来ていた。
あと少しでも小太刀が届くのが遅かったらと思うと、恭也は思わず背筋に寒いものを感じる。
一方の海透は忌々しそうに恭也を睨み付ける。
「…初めて見る技」
「御神不破流にある射刀術。
放った後は己の獲物を無くしてしまうため、最後の切り札とも言える技なんだがな」
言いながら恭也は、海透と小太刀両方に向けて鋼糸を放つ。
自身へと向かう鋼糸を断ち切る間に、恭也は小太刀を回収すると、海透へと肉薄する。
さっきの籠中囲は何とか防げたが、瞬眼を持つ海透に同じ手が通じるとは思えない恭也は、
技を出させる時間を与えないように、海透へと攻撃を繰り出す。
それらの攻撃を躱し、弾きしながら海透は恭也の考えを理解したのか、
奥義を放つ素振りをフェイントとして混ぜつつ、時折反撃をする。
両者の戦いは未だに決着を見せぬまま、またしても打ち合いへと変わっていった。
美由希が鳴神を放つために一撃目を抜刀する。
それを半歩下がり躱し、続く左の小太刀で打ち付けられて飛んでくる鞘を首のみを捻って躱す。
そこへ弧を描いて刃が戻ってくる。
それを悠花は下からの斬撃で迎え撃つ。
刃同士がぶつかる瞬間、美由希のもう一刀が後を追うように迫るよりも早く、
悠花の逆手に握られた刀の柄頭が悠花の刀の峰へと打ちつけられる。
その勢いに押されるように美由希の右の小太刀は僅かだが上へと押し退けられ、
遅れてやってきた左の小太刀にぶつかる。
瞬きもする暇もない程の早さで繰り出された二人の攻防だったが、悠花は美由希の鳴神を防いでみせる。
その事実を美由希が認識するよりも早く、逆手に握り込んだ刀を美由希の横をすり抜けざまに横へと振るう。
「がっ!」
身体に走った激痛に息を止め、美由希は地面へと膝を付く。
身体から急激に力が抜けていくのを感じながら、美由希は地面へと倒れ込む。
じんわりと美由希の胴辺りの服が赤黒く染まっていき、地面に小さな染みを作る。
それを何の感情も篭らない目で見下ろすと、悠花の手がゆっくりと持ち上げられ、美由希の元へと歩んで行く。
その手に握られた刃が、夜空に浮かぶ欠けた月を映し込む。
月だけでなく、そこにはただ広がる闇夜も一緒に映し出されており、
欠けた月はどこか寂しげで、まるで持ち主の心を表すかのようでもあった。
それを消し去るかのように雲が月を覆い隠し、漆黒へと染まる刃を手に悠花は美由希の傍へと辿り着くと、
ゆっくりと手に力を込めるのだった。
つづく
<あとがき>
時間は少し遡り…。
美姫 「ようは、前回の引き時点での結果はまだなのね」
そうなるな。という訳で、前回の結果は恐らく次回で。
美姫 「本当に?」
あ、あはははは〜、どうだろうね〜。
美姫 「ふ〜〜ん」
お、おいおい。その物騒なものは何かな?
美姫 「何だと思う?」
ぐ、紅蓮と蒼焔かな?
美姫 「正解〜♪」
そ、それでどうするつもりかな?
美姫 「何をすると思う?」
や、やっぱり、お約束な所で、俺を…。
美姫 「それも正解〜♪ パーフェクト賞として、いつもの2倍増しよ♪」
そ、そんな賞品はいらんわ!
美姫 「もう遅いわよ! 離空紅流、煉獄焔舞!」
みぎょ、みょぎょ、にょぎょ、ぎゃっ、がぁっっ、ぐげっっ。
美姫 「まだまだ〜♪ 離空紅流、天獄鳴哭斬!」
…………も、もう、だめ……。
美姫 「と・ど・め♪ 離空紅流、斬魔閃竜檄!!」
ぐにょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
美姫 「紅の雫と消え去るが良いわ」
…………
美姫 「ふぅ〜。それじゃあ、また次回までごきげんよう」