『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第71話 「刃、その向かう先」






激しい攻防を繰り返す恭也と海透。
ここに来て、更に速さと鋭さを増した恭也の斬撃が、海透の読みを上回り始める。
徐々にだが、恭也の攻撃が海透を捉え始め、海透の腕や身体にも細かな傷が幾つか出来始めたのである。
それでも、恭也の方が浅いながらも多くの傷を負っているが。
海透の刃と恭也の刃がぶつかり、互いに身を引く。
恭也の左肩が僅かに動き、海透は横凪の斬撃に備えて刀を立てるようにして構える。
予想したよりも僅かに早く迫った斬撃を防ぎ、
次いで来る右の袈裟をもう一刀で防ぐと、恭也の体目掛けて蹴りを放つ。





  ◇ ◇ ◇





「んんっ……」

短く呻き声を上げると、美由希はゆっくりと瞼を開ける。
最初に見えたのは母である美沙斗の顔だった。
美沙斗を下から見上げる形で美由希は、自分の頭が柔らかなものの上に乗っていると理解する。
暫くぼけーっと眺めていた美由希は、ようやく美沙斗に膝枕をされていると悟り、慌てて起き上がろうとするが、
腹部に激しい痛みを覚えて動きを止める。
そんな美由希に気付いた美沙斗は、そっと頭を撫でながらそのままで居るように言う。

「でも、重たいんじゃ…」

「そんな事はないよ。親子なんだから、変な遠慮はしないで」

「うん」

美沙斗の言葉に甘えて美由希はそのまま身を横たえる。
そんな美由希の傍に悠花にリノア、祥子が集まる。
若干、照れくささを感じつつも美由希は悠花へと微笑む。
それを受けて悠花はぎこちないながらも笑みを見せる。

「ありがとうございます、美由希さん」

「いえ、私は…」

「いや、私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

悠花とリノアから礼を言われて照れる美由希だったが、すぐに別の事を思い出す。

「私、どれぐらい寝てたの? 恭ちゃんは!?」

「そんなに長い時間じゃないよ。恭也の方は、恐らくまだ交戦中だよ」

「そう。…悠花さん、恭ちゃんが戦っている相手って…」

「間違いなく、私の兄だと思います」

「海透は強いよ。六神翔最強は伊達じゃない」

リノアの言葉から悠花よりも強い事が分かったのか、祥子は少しだけ不安そうな顔を見せる。
美由希も多少の不安を抱きつつも、それでも大丈夫と言い聞かせる。

「その海透という子も天羽双剣流の使い手なんだよね。
 それも、宗司の実子」

「ええ。兄は歴代の天羽の中でも最強だと義父が言ってました」

「特にあいつの持つ瞬眼が曲者だな」

「瞬眼?」

リノアの言葉に美沙斗がすぐさま問い掛けるように視線を飛ばす。
リノアは一つ頷くと、瞬眼についての説明を始める。

「長い天羽の歴史の中でも使い手は数人と言われる奥義さ」
 視覚能力の上昇。それによって、海透の奴は相手の攻撃を先読みする事が可能となるんだ。
 其の為の六神翔って訳さ」

「つまり、その子以外の者たちは恭也の動きをその子に監察させる為の駒だったって事だね」

美沙斗の言葉にリノアは特に憤慨もなく頷く。
頷いた上で、リノアは続ける。

「つまり、宗司の狙いは最初から恭也だったって事さ。
 その為に邃を作り上げたとも言えるな」

「たった一人の為に組織そのものを使う、か」

「つまり、恭也の動きは殆ど海透に通じないって事だ。
 流石に分が悪いと言わざるを得ないね」

その目が今から恭也の元へと行くかと尋ねているのに気付き、美由希は気付かれないように悠花へと視線を向ける。
美由希や美沙斗が行くとなると悠花も付いて来る可能性もあり、流石にそれは少し酷なような気がしたのだ。
美由希の考えが分かったのかリノアも悠花へと視線を向け、どう言い含めてこの場に残すか考える。
そんな二人に美沙斗が微かに笑みを見せる。

「確かに不利かもしれないけれど、それだけの事だよ。
 今までの恭也の動きを監察し、僅かな動きや癖から次の行動を予測するという瞬眼。
 確かに脅威だけれど、言うならばそれだけの事。
 恭也がすぐにやられるとは思わないし、それだったら尚の事だね」

美沙斗の言いたい事が分からずに問い掛けるように全員が美沙斗を見る中、美沙斗はゆっくりと語り出す。

「美由希は鍛錬でしか恭也とやった事がないから分からないかもしれないけれど、
 恭也の剣士として優れている所の中でも、私が特に凄いと感じる事なんだけれどね」

「速さは私の方が上だから、力?」

美由希の問いかけに美沙斗は首を横へと振る。
そこへ悠花が言葉を発する。

「技のキレですか」

「危険を察知する勘か?」

「違うよ。確かにそれらも確かに優れているけれどね。
 そのどれとも違う。それはね、戦いの中で成長する速度だよ」

「成長?」

思わず聞き返した美由希へと頷き返しながら、美沙斗は言葉を選ぶようにして話す。

「経験を積めば成長するのは当然としても、恭也は戦闘の最中に成長していくんだよ。
 私が知る中で、他の誰よりも早くね。
 実際に長時間に渡って戦ってみれば分かるさ。リノアだって恭也と二度戦ったのなら、分かるだろう」

「確かに最初にやり合った時と比べれば、僅かな間にかなり…」

リノアの言葉に美沙斗は笑みを見せると続ける。

「私との戦いでもそうだったからね。
 神速で私の射抜を躱せないと分かったら、そこから更に神速を重ねてみたり…。
 最後には、奥義之極にまで辿り着くぐらいだしね。
 つまり、その瞬眼ってやつが今までの恭也のデータを元に分析する以上、
 戦いながら成長し続ける恭也には、すぐに通用しなくなるって事さ」

美由希や祥子は美沙斗の言葉に納得するように頷くものの、
海透の実力を知る悠花やリノアはまだ不安そうな顔のままだった。

「勿論、瞬眼だけじゃないだろうから、簡単にはいかないだろうけれどね。
 どっちらにせよ、今の私たちはただ待つだけさ。
 何だかんだと言っても、私もリノアたちもかなり疲れているだろう。
 今、恭也の元へと行っても、足手まといにしかならないんだから」

美沙斗の言葉は正しく、それ故に悠花もリノアも頷くことしか出来ない。
二人はそっと恭也の無事を祈る。
いつの間にか、恭也の存在が大きくなっている事に気付く間もなく。
そんな二人をやや複雑そうに眺めながら、美由希は二人を安心させるように口を開く。

「大丈夫だよ。恭ちゃんには裂神があるし」

安心されるために口にした美由希の言葉に、悠花は美由希へと顔を向ける。





  ◇ ◇ ◇





海透が放った蹴りを躱した所へ刀を振り下ろそうとして、その動きが止まる。
今までの恭也の動きから躱す先を読んだ海透だったが、恭也は蹴りを躱さずに腕で受け止める。
僅かに態勢の崩れた海透へと、恭也の小太刀が振るわれる。
若干動揺するものの、すぐに冷静に戻ると刀でそれを弾く。
逆側から迫る小太刀も同様に弾こうとするが、それを掻い潜るように伸びてくる。

「っ!」

咄嗟に後ろへと跳ぶ海透目掛け飛針が飛び、その後を追って恭也自身が跳ぶ。
飛針を弾き、もう一刀で恭也を迎え撃つ海透へと恭也の小太刀が迫る。
ぶつかり合う刃の隙間から、恭也のもう一刀が突き出され、海透は浅く胸を斬られる。
ここに来て増してきた速さや鋭さだけでなく、今までにない動きを見せ始める恭也に海透は戸惑いを感じる。
それを感じ取った恭也は、一気に攻勢に出る。
すぐさま反撃に移る海透だったが、徐々に傷を増やしていく。
恭也も反撃を受けて傷を作るが、それでも怯まずに刃を振るう。
お互いに傷を増やし、徐々に呼吸を乱しながら引く事を知らないかのように刃を振るう。
と、不意に海透の膝が大きく曲がるのを見て恭也は後ろへと軽く跳ぶ。
同時に大きく後ろへと跳んだ海透を視界に収めつつ、恭也はニ刀を握り締めて構える。

「…裂神とかいう技か」

その動きから繰り出されるであろう技を察知し、海透は静かに待ち構える。





  ◇ ◇ ◇





「裂神と言うのは、ここに来た時に恭也さんが出したアレですか」

悠花は微かに痛む体に僅かに顔を顰めながらも、目だけはしっかりと美由希へと向けて尋ねる。
地面に横たわる美由希に代わり、美沙斗が頷いて肯定を示す。

「確かに、アレは凄い技だったね」

以前、その身をもって味わったリノアはしみじみと呟き、それを聞いた美由希も同意するように口を開く。

「多分、閃が自由に出せないのなら、恭ちゃんが今出せる中で一番の技じゃないかな。
 御神不破流正統奥義、裂神は…」

「確かに、美由希さんの仰る通り、あれは物凄い技でした。
 十連撃ではなく、十の斬撃の同時一点集中攻撃。
 全ての打撃がコンマ1秒以内に、一点に集中される上に、最後の斬撃が刺突という事もあり、
 間合いも相当広くなりますし。
 でも、兄さんはあの技を破る方法を考え付いています。
 あの技では、兄さんは倒せません」

悠花の言葉に、美由希は不安そうに美沙斗へと視線を向ける。

「そうだね。裂神には欠点があるからね」

美沙斗は美由希ではなく、悠花へと答えると、それに悠花が頷く。

「それって……?」

よく分かっていない美由希の呟きに答えるような形で、悠花が口を開く。

「欠点と言うほどの欠点ではないんですよ。ただ、兄さんが相手では、それが欠点となるんです。
 さっき言った瞬眼が兄さんにはあるから。
 何故なら、裂神が……」





  ◇ ◇ ◇





恭也が繰り出そうとする裂神を、海透は笑みさえ浮かべて待ち構える。
まるで、それを出したら最後だと言わんばかりに。
しかし、恭也はそれに気付きつつも、途中で止めるわけにはいかず、そのまま裂神を放つ。
十の斬撃が一点に収束し、海透へと向う。







「裂神の攻撃が一点集中する事、だろう」

悠花の言葉の続きを美沙斗が口にする。
それに悠花が頷き、自分の考えを口にする。

「確かに、あの裂神の速度はとても速く、一箇所にしか攻撃が来ないと分かっていても、
 何処に来るのか分からない以上、躱せるものではありません。
 ただ、先程も言ったように兄には瞬眼があるので…」

「収束地点を見る事が出来るという事か」

「はい。収束するために一点へと集うその瞬間、そこへと異物が入れば裂神は威力を半減…、
 いいえ、既に裂神ではなくなります」

悠花の言葉に美由希は美沙斗を見上げるが、美沙斗もそれを否定しない。
それどころか、その顔は裂神が海透相手には通じないと考えているような感じだった。
美由希は信じられないといった顔で美沙斗をじっと見詰める。







恭也が放った裂神を、海透は刀を十字に交差させて収束される寸前で受け止める。
それでも、勢いは完全に殺しきれずに少し後ろへと後退るが、それでも受け止める事に成功する。
互いの獲物を間に挟み、恭也と海透は暫しの時、睨み合う。
しかし、海透はすぐに行動を起こす。
受け止めていた二刀のうち、後ろ側にあった右手の刀で恭也へと斬り掛かる。
海透のニ刀で均衡を保っていた状態が崩れ、恭也の体が少しだけ前へつんのめるのを見越した上での攻撃は、
恭也の胴を薙ぐ。
それを持ち前の反応速度で何とか躱すが、完全には躱しきれずに、腹の部分から少しだけ血が滲み出す。
お互いに距離を挟み、息も荒く睨み合う。
お互いの奥義を防ぎあった今、次の一手を決めかねるかのように。
同時に、お互いの残る体力などを考えると、次の一手が最後となるだろう事を、お互いに理解して。
数時間にも等しい時間が流れたような錯覚に囚われるが、実際には一分程睨み合いながら、呼吸を整え終えると、
海透はゆっくりとニ刀を構える。

──天羽双剣流、奥義 籠中囲

海透はあくまでも、この奥義で勝負を決める事にしたようだった。
実際、恭也がこの技を正面から破ったのは一度だけ。
同じ方法は絶対に通じないという自信が海透にはあった。
それに対し、恭也は裂神を繰り出すかと思われたが、違う構えを見せる。







不安そうに見詰めてくる美由希に小さく微笑みを向けると、美沙斗はゆっくりと口を開く。

「確かに裂神は通じないかもしれないね。そう、裂神は」

意味ありげな美沙斗の言葉に、悠花やリノアが美沙斗の言葉の続きを待つ。
別段焦らす事もなく、美沙斗は言葉を続ける。

「力と技。そして何よりも速さ。これらが全て噛み合って、初めて御神の正統奥義鳴神は完成される」

「…母さん?」

が、美沙斗の続けた言葉は先程までの内容とは異なり、
ましてやその内容は恭也が取得していない鳴神に関するものだった。
その事に美由希は戸惑った声を出すが、それに構わずに美沙斗は話し続ける。

「この鳴神にも幾つかの欠点があってね」

「はい、それは分かりました。それは時間差のない連撃による反発力そのものを斬り裂くという特徴…。
 つまり、最後の一撃となる連撃を封じれば、その技は完成しません」

実際にそうして鳴神を打ち破った悠花の言葉に少し悔しそうにしながらも美由希は頷く。
二人の様子から大体の所を察した美沙斗はそれに正解と言って苦笑する。

「もう一つあって、この技は抜刀術の為に生じる、刃が鞘から抜かれるまでの僅かな時間と、
 間合いも弱点となるんだ」

奥義の弱点を簡単に話す美沙斗に美由希は思わず大声を上げそうになるが、傷に響いたのか言葉には出来なかった。
そんな美由希を落ち着かせるように軽く頭に手を置く。

「別にこの程度は問題ないんだよ、美由希。
 後は如何にこの弱点をなくしていくかなんだから。
 恭也の抜刀の速度を見れば分かるだろう」

納得して頷く美由希を眺めながら、美沙斗は優しく美由希へと聞かせるために続ける。

「だけど、抜刀である以上は限界がある。なら、その欠点を如何に補うのか。
 抜刀によって僅かなタイムラグが生じ、間合いに問題が出るのならば、抜刀しなければ良い。
 それでいて、抜刀よりも早く、間合いの広い攻撃を。
 閃とは、鳴神の欠点を補い、尚且つ、その上を行く技。
 鳴神よりも早く、広く、強い斬撃。
 技としては全くの別物だけれど、閃を習得する過程での技でもあるんだよ、鳴神は。
 故に、鳴神を伝えられることのない直系以外の者は、中々閃の領域に達する事ができないんだよ」

「でも、恭ちゃんは閃を」

「そうだね、恭也は確かに閃を撃ったんだったね。今までに二回。
 別に閃を撃つ絶対条件に鳴神がある訳じゃないから。今までにだってそういう者たちも居たんだから。
 それよりも、私が言いたいのは別の事さ。
 正統奥義という過程を辿る事によって奥義之極へと到達するとした場合、
 御神流正統奥義『鳴神』は御神流奥義之極『閃』になるとしたのなら、
 御神不破流正統奥義『裂神』はどうなると思う?」

「まさか、御神不破流にもあるの、奥義之極が」

「あるよ。ただし、過程が少し違うんだ。不破は御神を守る分家。
 故にその奥義之極は閃を過程とするんだ。
 恭也は裂神を自在に撃てて、過去に閃を撃っている。
 そして、恭也は兄さんの残したノートから不破の全てを知った…。
 なら、裂神が通じないとなった時、どうするだろうね」

美沙斗の言葉を美由希は静かに聞きながら、恭也なら恐らく取るであろうと思われる行動に思いついていた。
恐らく美沙斗も同じなのだろう。
だから、美由希はゆっくりと尋ねる。

「恭ちゃんは、それを撃ったことはあるの?」

「…ない。香港で裂神を見せられた後、恭也が続けて放とうとしたけれど、上手くはいかなかったよ。
 でも、その片鱗は見えていると言ってたから、そう遠くないうちにものに出来ると私は思っていたよ。
 あれから恭也だってかなり鍛錬を積んだはずさ。それに、今の恭也なら…。
 今の恭也には、私だって勝てないからね。何かを守るという一つの信念の下に刀を振るう恭也には。
 だから、今度もきっと…」

美沙斗の言葉に、美由希は静かにだけれども不安な陰を吹っ切った顔でただ深く頷く。
そんな親子をじっと見詰めながら、悠花は誰に聞かせるでもなく、
自分が教わり、振るってきた剣の意味との違いをかみ締めるように、自分へと聞かせるように小さく呟く。

「ただ刀を振るうのではなく、振るったその先に何を守り、何かを生み出す。
 斬り裂く刃で作り出す想いのカタチ。それが、恭也さんや美由希さんたちが振るう御神の剣…」







本来、恭也の使う御神流に決まった構えなどは存在していない。
それは、いかなる手段で攻撃されてもすぐに反撃に移れるために。
そして、どのような攻撃でも瞬時に仕掛けられるように。
だが、今、恭也はゆっくりと構える。
ただ両手に小太刀を握り、力なく伸ばしたその状態が構えと言えるのかどうかは別として。
単に精神を集中させる為だけとは言え、次に技を放つ前での状態だから、恭也自身はこれを構えと考えていた。
それにより、恭也のその姿を構えとして感じ取った海透は、見たことのない恭也の構えに多少戸惑う。
しかし、すぐに自身の放つ技へと集中する。
二人が同時に動き出す。
恐らく最後になるであろう交叉へと向けて。





つづく




<あとがき>

いよいよ恭也と海透との戦いも終盤へ。
美姫 「果たして、最後に立っているのは…」
一体、どうなるのか!?
美姫 「それは次回でぇぇっ!」
という訳で、続き、続きを書かなければ〜。
美姫 「ほら、さっさときりきり書きなさい!」
それでは、また次回で〜。
美姫 「次回までごきげんよう」







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