『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第72話 「御神不破流奥義之極」






低い姿勢で走り出す一つの影。
相対する影は動き出そうとした身体を制し、その場に留まって迫り来る影を迎え撃つ事にする。
走る影――恭也は海透まで後数歩という所で神速の領域へと入り込む。
傍目には加速された恭也の姿が掻き消えたように見えるであろう状況でも、
瞬眼を持つ海透にはその動きがはっきりと見えている。
咄嗟に動きそうになる腕を抑え込み、海透はもっと恭也が近づき、逃げることができない距離まで引き寄せる。

(後、五歩……、四歩……)

恭也との距離を観測しながら、その時に向けて構える。
残り三歩。
そこで海透は僅かに身体を前へと出す。
対する恭也も海透の考えを見抜き、それでも止まらずに進む。
恐らく海透が狙っている間合いを読みつつ、残り二歩目を踏み出した瞬間、更に神速を重ねる。
目前での更なる加速。
しかし、海透はこれを読んでおり、特に慌てる事無く待ち構える。
寧ろ、長時間使えないこの技をここで使った事により、
こちらの攻撃を神速二段掛けで回避することが無理だと考えて、思わず叫ぶ。

「これが最後の一撃だ! これを以って、天羽の復讐は完成される!」

叫びつつ繰り出された海透の斬撃が、四つの円を描いて恭也を取り囲む。
回避が不能と思わせるほどに狭く囲まれた斬撃が輪を縮める中、恭也はやけに冷静にソレを見ていた。
色の抜け落ちた世界で、重く感じる身体を動かす。
自身の心臓から繰り出される鼓動が激しく動き、忙しなく血液を身体の隅々まで運んでいく。
その音が直接鼓膜を震わせ、ドクドクドクと早まるリズムを伝える。
体の芯が熱く感じるのに、手足は冷たく、徐々に感覚が曖昧になる。
それに反するように、神経が鋭敏になっていく。
ふとこの状況下だというのにも関わらず、恭也は疑問を感じる。
何故、自分の鼓動を煩い位に感じるのか、と。
神速の領域に入れば、通常の時間の流れとは違う中を動くことになる。
しかし、別にそこで普段通りに体が動くわけではないのだ。
身体は重く、もどかしい位にゆっくりと動く。
つまり、それは心臓も同じ。
なのに、今耳に、身体に伝わる鼓動は通常の状態よりも早く脈打っている。
戦闘をしているのだから、早くなるのは分かるが、神速の領域でこの速さは異常とも言える。
そのまま思考の海へと埋没しそうになるが、それを振り払い、恭也は今、自分がすべき事へと意識を戻す。
今はただ、両手の刃を海透へと届かせること。ただ、それのみ。
自分へと迫る刃さえも視界から消し去り、恭也はただ海透と自身の距離のみを見る。

(後、一歩!)

恭也自身の間合いへと、力を振り絞り地を蹴る。
更に前へと出る身体に合わせ、恭也は小太刀を振るべく腕へと力を込める。
瞬間、恭也の視界が色を取り戻す。
けれども、まだ神速の領域に自身の身体がある事を、本能なのか勘なのかで理解する。
急に色を取り戻した世界は、しかし、すぐに明度を上げていく。
全ての世界が白く染まっていく中、恭也と海透の姿のみがそこにはっきりと認識される。
そして、恭也と海透を繋ぐように白く染まる世界の中、より輝く光のような線が数本延びている。
それが何かを考えるよりも先に、恭也の身体はそれを知っているかのように動く。

「今、この瞬間に全てを…」

持てる力を集約し、線に沿うように刃を走らせる。
金属同士がぶつかる強い音に続き、手に確かな感触が伝わる。
どうなったのか理解するよりも早く、恭也の視界が再び元に戻り、神速の領域から抜け出る。
屈み込む形となっていた恭也は、ゆっくりとその身を起こして、顔だけを背後へと向ける。
そこには、今の恭也と同じく、両手を力なく下ろした状態で海透が立っていた。
お互いに無言のまま、背中合わせで顔だけは相手に向けている。
無言のまま数秒が過ぎ、やがて沈黙が支配する空間に何かが倒れる音が響く。



籠中囲が完全に恭也を捉えたと思った瞬間、恭也の姿が掻き消える。
海透は自身の瞬眼で捉えきれない事に驚きつつも、自分へと向かって来るだろうことは分かりきっていたので、
そのまま籠中囲の輪を縮める。
そうすれば自然と自分と恭也との間にある空間に刃が走る。
恭也の小太刀が届く前に、自分の刀が恭也を斬る事を全く疑わず、海透は勝利を確信する。
しかし、すぐにその顔が驚愕へと変わる。
自分の籠中囲で囲んだ四つの斬撃が、何か金属的なものによって全て弾かれた。
何かではなく、この状況では恭也以外あり得ず、それは即ち、籠中囲が破られた事を意味する。
しかし、恭也が放ったであろう斬撃を、瞬眼を持ってしても見ることは出来なかった。
その事に更なる衝撃を覚えるよりも先に、身体に無数の痛みが走る。



恭也によって振るわれた刃に対し、迎え撃つ刃が円を描く。
しかし、その軌跡を読んでいたかのように、恭也が放った斬撃が迫る四つの斬撃を弾き飛ばす。
恭也を囲む刃がなくなり、海透までの距離に障害物が何も無くなる。
恭也は動きを止める事無く、海透の斬撃を弾いたのすら、この行動の一連の動きの一つとして、
流れるように海透へと迫り、残る線全てに小太刀を走らせる。
二人の交叉は殆ど一瞬の出来事で、薄暗い部屋に無数の白銀が踊り舞う。
すれ違うように背中合わせで立つ二人は、お互いに無言。
やがて、ゆっくりと海透の身体が倒れる。
その後を追うように恭也も倒れそうになるが、膝を着くだけで倒れることは堪える。
痛いほどに激しく脈打つ心臓を胸の上から押さえるようにして、恭也は荒く呼吸を繰り返す。
最後の攻撃でかなり疲労困憊になっているのは明らかで、恭也は眩暈さえ覚えて軽く頭を振る。
朦朧としかける意識を繋ぎとめながら、恭也は先程の感触を確かめるようにじっと手を見詰める。

「あれが、御神不破流奥義之極、滅神…」

何となく自分がどう動いたのかは思い出せるのだが、いまいち実感が湧かない中、
恭也は気を取り直すように立ち上がる。
ふらつく身体を何とか動かし、恭也はこの部屋にあるただ一つの扉を見据える。
静かにそちらへと歩き出しながら、恭也は別の場所でここを見ていたであろう宗司へと語り掛ける。
相手が聞いているのかどうかは分からないが。

「今からそっちへ行ってやる。そこで待ってろ」

別の出入り口から逃げているかもしれなかったが、それならそれで追いかけるまでと心に決め、
恭也は扉に手を掛け、静かに開く。
その先には長い廊下があり、電灯も点いておらず暗闇に覆われていた。
廊下へと足を踏み出して左右を見渡した恭也は、その先に上へと通じる階段を見つける。
他には下に下りれそうな階段も、扉さえも見当たらない。
恭也は階段の方へとゆっくりと闇の中、危なげなく進んで行く。
恐らく、その先で待っているであろう宗司の元へと。





つづく




<あとがき>

遂に決着!
美姫 「そして、いよいよ本当に終盤へと向けて物語りは動くのね」
おうさ!
さて、次回予告!
美姫 「へっ!?」

海透を倒した恭也はその足で宗司の元へと向かう。
そこで待っているものとは!?
果たして、宗司は大人しく捕まるのか。
遂に戦いの幕が降ろされる!
次回、マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜 第73話をお楽しみに!

ってな感じで。
美姫 「あ〜! そういう事をするんだったら、始めに言っときなさいよね!
    乗り損ねたじゃない!」
う、うぅぅ、すまん。
美姫 「まったく!」
と、とりあえず、また次回で〜。
美姫 「次回まで、ごきげんよう」







ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ