『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第73話 「過去よりの因縁」






階段を上り、その先にある扉に手を掛けて押し開く。
同時に床を蹴り、その身を前方へと投げ出す。
そのすぐ後ろを刃が通り過ぎていく。
扉のすぐ脇で待ち構えていた宗司は、その一撃が恭也に当たらなかったことに忌々しそうに舌打ちを一つし、
恭也へと向かい合う。

「よく来たと言っておこうかの、士郎の倅。
 にしても、海透の奴め。全く役に立たん」

吐き捨てるようそう言う宗司に、恭也は静かに言葉を投げる。

「さっきまでは褒めていたというのに、負けたと分かった途端にそれか」

「当たり前じゃ。わしの為にならんのなら、それはただのモノじゃ。
 逆にわしの為になるのなら、例えそれがモノだとしても幾らでも褒めもするわい」

不自由な右足を引き摺りながら、壁から離れると左腕に握り締めた刀を恭也へと突き付ける。

「やはり、わし自身の手で決着をつけるしかないようじゃの」

「右手、右足が使えない状態でやるというのか?」

「隠しても無駄じゃ。今のお主は、大きな傷こそないものの、その実、内側はぼろぼろじゃろう」

宗司の言葉通り、ぼろぼろと言うよりも、手足が鉛のように重く、満足に動かせそうになかった。
時折、手足だけでなく体中に激痛が走り、体力的にもかなりきつい。
それでも、恭也は何も言わずただ小太刀を構えてみせる。
そんな恭也の虚勢を見破っているのか、宗司は薄ら笑いを貼り付けたまま恭也を見据える。

「役立たずじゃったが、少しは海透の奴も役に立ったようじゃの。
 お主をそこまでぼろぼろにしてくれたんじゃから。今のお主なら、わしでも…」

言って刀を振り下ろすが、恭也はそれを簡単に受け止めると、そのまま宗司の刀を手から弾き飛ばす。
驚く宗司に対し、恭也はそのまま斬りかかるが、それを宗司は後ろへと転びながら躱す。

「ば、馬鹿なっ! 何処にまだそれだけの力が!?」

「お前みたいな奴には永遠に分かりはしないさ。
 何かを守って闘うって事の意味は」

言って振り下ろされる小太刀を宗司は転がりながら避けると、扉の近くに立て掛けていた杖を手に取り、
そのまま転がって部屋を、階段を落ちて行く。
それを上から見下ろしながら、恭也は静かに一歩、一歩、下へと降りて行く。
恭也を憎々しげに睨みつつも宗司はよたよたと立ち上がると、背を向けて走り出す。
杖を着きながらの動きにしてはかなり早く、宗司は先程まで戦闘が行われていた部屋へと入る。
恭也が近づいてきているのを感じると、倒れている海透の傍に寄り、杖で海透の身体を叩く。

「さっさと目を覚ませ! この馬鹿者がっ!
 やはり、あんな女の血を引いた所為か、わしの息子じゃというのに、全く役に立たん奴め!
 ええい! さっさと目を覚ませ!」

痛みに呻き声を漏らすものの、中々目を覚まさない海透に見切りをつけて立ち去ろうとするが、
唯一の逃げ口である下へと続く階段の前に一つの影が聳え立つ。
影は宗司の行動を見ていたのか、呆れたような表情を浮かべ、声には侮蔑も明らかに語る。

「…宗司。とことん、腐った人ですね」

「くっ! 架雅人か!? 何故、ここに!?
 貴様はあの時の爆発で…」

「リスティさんのお陰ですよ。
 彼女が私を外まで飛ばしてくれたお陰で、私はこうして貴方の前に立っていられるんです。
 さて、あの子達にした仕打ち、忘れたとは言わせませんよ」

「何を今更…。それに、お主だってわしと同じような事をしてきたではないか!」

「…言われるまでもなく、気付いてますよ。だからこそ、これからそれを償うつもりです。
 ですが、その前に貴方だけは私の手で」

「この裏切り者が!」

「それを貴方が言いますか! 最初に裏切ったのは、いいえ、最初から裏切っていたのは貴方でしょうがっ!
 騙されたとはいえ、私がやって来たことは許されるものではありません。
 いずれ、神の裁きが降るでしょう。ですが、貴方だけは神の手ではなく…」

架雅人の言葉を打ち払うように、宗司は手にした杖を振るう。
それを広げた布、大凱戦布で受け止めると、そのままそれを横へと振るい、宗司を弾き飛ばす。
宗司は地面へと転がり、後ろに立つ気配に恐る恐る振り返る。
そこには右手に小太刀を握る恭也の姿があった。
上がりそうなる悲鳴を堪え、宗司はよろよろと座り込むと、

「た、助けてくれ、士郎の倅。あ、あ奴が全ての原因なんじゃ。
 わしは、わしはあ奴に言われた通りに事を運んだだけで…。
 お主も知っているだろう、あ奴がお前たちの前に敵として現れたのは。
 今、ここにこうしてあ奴がおることが、その証拠じゃ!」

架雅人を指差して哀れっぽく叫ぶ宗司を静かに見下ろし、宗司を助け起こすかのように傍にしゃがみ込む恭也。
宗司は伏せた顔に、恭也に見られないように笑みを浮かべると、
充分に近づいてきた所で腕に仕込んでいたナイフを突き出す。
しかし、それはあっさりと恭也に弾かれる。

「ぐっ!」

「で、お前の言い分は終わりか? どうせ、こんな事だろうと思っていたが…。
 ああ、一つ教えといてやる。あの人の状況はリスティさん経由で全て弓華さんから聞いている。
 弓華さんが収容された中に貴方の姿は見当たらないと言ってましたから、もしかしたらと思ってました」

「そうですか。その節はご迷惑を」

「もう済んだことです。それに、謝るのなら俺ではなく」

「…分かりました。それは全て片付いたときに」

話に一区切り着けると、二人は揃って宗司を見詰める。

「で、いつまでそうしているつもりだ?
 そんな芝居で油断すると思ったら、大間違いだぞ」

恭也の放った言葉を受け、宗司は動きを止めると表情の全く分からない、
まるで能面にでもなったかのような顔を上げる。

「ったく、とことん可愛げのないガキめが。
 やれやれ、本当にわし自らが相手をするしかないようじゃな」

宗司は落ち着いた口調でそう切り出すと、杖を手に立ち上がる。
左足のみでその身を支えると、軽く左手に握り締めた杖を振るう。
杖に仕込まれた刃がきらりと輝き、それを静かに片手で構える。

「天羽双剣流の真髄、その身で知るがよい」

言うが宗司は両足で恭也へと踏み込み、左手を下から上へと振るう。
それを小太刀で受け止めた所へ、右手が恭也の腹を殴りつける。
思わず動きを止めた恭也の首筋に宗司の刃が迫るが、それを後ろへと跳んで躱すと目の前に立つ宗司を見る。

「義手に義足か…」

「その通りじゃ。いつまでも動かない手足などいらん。
 今はこうしてある程度まで自由に動かすことの出来るもんがあるでな」

言って宗司は左手で右手首を押さえると、そのまま引き抜く。
右肘から先が外れ、そこには一振りの刃が姿を見せる。

「お主があのまま騙されておれば、当初の予定通りにお主の弟子を先に滅茶苦茶にしてやれたものを。
 残念じゃ、非常に残念じゃ。お主の苦悶の顔を見る事ができんのは。
 じゃから、少しはいい声で鳴いておくれ」

ふらつきつつも立つ恭也へと楽しそうに顔を歪めて語る宗司の横から一つの布が迫る。
それを躱し、宗司は恭也とその布の主、架雅人を視界へと収める位置に立つ。

「そう言えば、お主も居たな、すっかり失念しておったわい」

架雅人は宗司の言葉を聞き終えるよりも早く宗司へと向かう。
その手をポケットへと入れ、次に取り出した時にはその指先が素早く動く。
指先より弾かれた銅銭が三弾、宗司へと向かう。
宗司はそれを右手だけで全て防ぐと左手に握った刃を架雅人へと向ける。
宗司の刃と架雅人の戦布がぶつかり合う。
触れ合った瞬間、宗司は手首を素早く回し、刃を旋回させて戦布を刃で絡めるとそのまま力任せに引く。
それに引っ張られた架雅人へと、刃と化した右手が迫るが、それを架雅人は独鈷杵で防ぐ。
しかし、布に包まった刀をそのまま横へと倒すようにして、宗司はその柄を架雅人の右脇腹へと当てる。
体中に激痛が走り、小さく呻く架雅人へと右手の刃が迫る。
その右手、刃と化していない個所へと鋼糸が絡みいて動きを止める。
その隙に架雅人は脇を押さえながら宗司から離れる。

「二対一とは、卑怯じゃな」

「お前にだけは言われたくはない台詞だな。
 まあ良い。お前の相手は俺がしよう」

恭也の言葉に架雅人が何か言い掛けるが、それを恭也は制するように口を開く。

「何処か怪我でもしているんでしょう。どうも動きがぎこちないですよ」

恭也の言葉に架雅人は何も言う事が出来ず、ただ大人しく頷く。
ぼろぼろに見える恭也と何処にも怪我をしていない様に見える架雅人。
しかし、実際には爆発から逃れたとは言え、咄嗟にアポートされた架雅人は結構高い位置に出現しており、
その時地面へと落ちる際にあばらを数本折っていた。
それに対し、小さな傷こそ目立つものの恭也には大きな怪我は見られなかった。
ただし、体力的にはかなりきつい上に、手足だけでなく体中が重いのだが、
それをおくびにも出さずに恭也は架雅人を見る。
無言で視線のみが飛び交う中、先に架雅人が折れる形となる。
それにほくそ笑むと宗司はすぐさま恭也へと向かう。
その行動に架雅人が小さく声を上げるが、恭也は特に慌てる事もなくただ向かって来る宗司を見据える。
宗司の左右からの連撃を躱すと、今度は恭也が反撃に出る。
恭也の鋭い攻撃に防戦に追い込まれていく。
距離を開けるために大きく後ろへと宗司が跳んだのを見て、恭也はニ刀を鞘に収める。
それを見て宗司の顔付きが変わる。

「おのれ……。不破士郎め!」

宗司の目にはあの日の士郎の姿が鮮明に蘇り、目の前に立っているのが士郎に映る。
突然、激昂する宗司に眉を顰めつつ恭也は宗司へと走る。
恭也が放つ薙旋の一撃目を右腕で受け止め、続く二撃目を左の刀で止める。
三撃目へと移る隙に右手の刃を伸ばすが、それは三撃目、四撃目で弾かれる。
二人の交錯が終わり、互いにすれ違う。
宗司はその顔に笑みさえ浮かべて振り返る。

「ふ…っはははは! 破った。破ってやったぞ! あの日、貴様が繰り出した技を!」

実際には、恭也は神速を使っていなかったので全く同じではないのだが、宗司はそれさえ気付かずに高らかに笑う。
それこそ、何かに取り付かれたかのように。
そんな宗司を怪訝そうに眺めながら、恭也はゆっくりと尋ねる。

「自分の武器を壊されて、そんなに可笑しいのか?」

恭也の言葉に宗司の笑い声がぴたりと止み、ゆっくりとその顔を恭也へと移す。
それからその言葉の意味をゆっくりと考えるような素振りを見せると、ゆっくりとその視線を右腕へと向ける。
そこには恭也の言葉通り、肘部分から伸びていたはずの刃が折れた形で残っているのみだった。

「がぁぁぁぁっ! また、またしても、俺の右手をぉぉぉぉっ!
 親子揃って貴様らはっ!」

叫んだかと思うと、急に静かになった宗司を不審に思いながら見詰める恭也。
その前で、宗司は静かに左手に握った刃を自身の右肩に突き刺す。
これには流石に驚く恭也だったが、宗司はそんな事には構わず静かに刀を抜くと恭也へと顔を向ける。

「また怒りで我を忘れるところじゃった。さて、仕切りなおしと行こうか」

言うや否や宗司はまたしても恭也へと向かって走り出し、左手の一刀のみで連撃を繰り出す。
その攻撃は先程よりも速度があり、休まる事無く繰り出される。
同じ軌跡を描く事無く上下左右から自在に変化しながら迫る連撃は、確かにかつて天才と言われただけの事はあった。
しかし、それも長年のブランクに加え、片手に義足という事もあり、その全てを恭也は躱し、弾き、防ぐ。
遂にその隙を捉え、恭也が反撃の一撃を入れる。
それを何とか刀で防いだまでは良かったが、続く二撃目で刃が折れ、次いで刀を弾き飛ばされる。
素手で掴みかかってくる宗司の手を潜り、恭也は峰で宗司の胸を打つ。
骨の折れる手応えと共に小さく空気を吐き出すような声が聞こえて来る。
宗司はそのまま床へと倒れこむと、激しく咳き込みながら打たれた胸を押さえる。
そして、憎々しげに恭也を睨み付ける。

「何故、刃ではなく峰の方で!」

「これが俺のやり方だからだ」

「親子して甘い事をほざきよる!
 だが、それが必ずや命取りとなるぞ!
 わしが生きている限り、必ずや御神を滅ぼすために、その前に立ってやる。
 次は、海透よりも優秀な剣士を育ててな!」

「…父さん、それはどういう事」

呆然とした声が海透が発せられる。
運悪くたった今、目が覚めたらしく宗司の言葉を聞いたようだった。
その顔は何処か青ざめており、何かに縋るように宗司を見詰める。
そんな海透に一瞥くれると、

「どうもこうも言った通りの意味じゃ。
 全く、あれほど手塩に掛けて育ててやったというのに、この役立たずが!
 お前なぞもういらん! 何処へなりとうせろるがいい!」

「そんな…」

自分の息子さえも道具とし、役に立たなければ平然と捨てる宗司の態度に嫌悪も顕にしつつ、
恭也はとりあえずの決着は着いたとこの場を後にしようとする。
その時、異変が起きた。
最初は小さな声にもならない声が上がり、続いてそのたった今声が上がった口から血が溢れ出る。
その目は信じられないものを見るように、己の胸へ、次いでその背後の人物へと向けられる。

「…海透、お前、な、なにを……」

「これで、父さんは何処へも行けないね。
 俺を置いて、何処にも……」

震える声を出す宗司に、海透は何処までも落ち着いた声で返す。
宗司は自分の口から出てくる血に咽るように咳き込むと、
今一度、信じられないというように背中から胸へと突き出た刃を眺め、
その刀を突き刺した主、海透の顔を見る。

「……っの役立たずが。最後の最後に、とんでもない事を……」

「俺は役立たずなんかじゃないよね、父さん。
 あの娘とは違うって、よく言ってたよね」

言いながら海透は更に深く刀を突き進める。
致命傷となる一撃なのは誰の目にも明らかだった。
宗司は苦しげにヒューヒューと細く荒い息を繰り返しながら、震える手を懐へと伸ばし、
そこから一つのスイッチを取り出す。

「こ、これだけは使うまいと思っておったが……。
 こうなれば、死なばもろともじゃ……」

言って震える指先をスイッチへと伸ばす。
それを見ていた架雅人がすぐに何かを察し、恭也へと声を掛ける。

「急いで外に!」

架雅人の声を聞くと同時、恭也も大よその検討が付いていたのか、二人は階段を駆け下り、廊下を走る。
頭上ではスイッチが押され、大きな爆発音が響く。

「くっ!」

「このままでは、前の二の舞です!」

大きく揺れる足元に多少ふらつきながら、架雅人が塞がれた窓に取り付く。

「駄目です! 何か金属でかなり頑丈に塞がれています!」

既に前からも後ろからも床に亀裂が走り出し、恭也たちのいるこの場所も時間の問題だった。
いや、下手に走りでもしたら、その振動だけで崩れてもおかしくはなかった。

「少し離れてください」

恭也は架雅人にそう告げると、ニ刀を力なく降ろす。
ゆっくりと目を閉じ、何かを思い出すように精神を集中させる。
時間がない事は分かっていたが、架雅人はそれを邪魔せずに大人しく恭也の横に下がる。
建物全体が揺れ、軋む中、恭也の聴覚はそれらの音を全て外へと追いやる。
静寂の中、先程掴んだモノが偶然ではないと思い込ませるように、ソレを思い描き、ゆっくりと瞼を開ける。
全ての音、色が消え去った神速の中、高まる知覚能力の中、更に神経を研ぎ澄まし、神速の領域に色を付けていく。
色が付いた世界が白く染まっていく中、恭也は斬るべき対象へと伸びる線を見い出し、小太刀を走らせる。
間合いも距離も早ささえも越えた閃、それ以上の速さを持ち、使用者の意思によってそれぞれに自在な軌跡を描き、
同時に繰り出される十の斬撃。
それは誰の目にも捉えられる事無く、ただその結果のみを顕現させる。
即ち、目標物の破壊という形で。
こうして窓を塞いでいた金属は恭也の滅神によって破壊され、恭也と架雅人はそこから外へと飛び出す。
空中で架雅人は恭也を掴むと、大凱戦布を大きく広げる。
地面へと激突する瞬間に戦布を強く張る。
架雅人の意図を察した恭也は、二人して同時に戦布を蹴って前方へと跳ぶ。
勢いがついてそのまま地面を数メートルほど滑ってから止まった二人の目の前で、建物が壊れていく。
辺りに地響きを轟かせながら崩れていく建物を見遣りながら、恭也はようやく本当に一息吐くのだった。





つづく




<あとがき>

本当にこれで決着!
美姫 「うんうん。悪は滅びるのよ」
さて、いよいよ本当にラストへと向けて…。
美姫 「頑張ってね〜」
おうともさ!
美姫 「って、いつ頃完結するのやら…」
こらこら、人聞きの悪いことを。
美姫 「あははは。まあ、早く更新する事を祈ってるわ」
…だな。
美姫 「って、人事みたいに言ってるんじゃないわよ!」
わ、分かってるよ〜。とりあえず、また次回で〜。
美姫 「それまで、ごきげんよう」







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