『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第74話 「それぞれの再会」






恭也の無事を祈って待っていた美由希たちの耳に、辺りの空気を振るわせる程の地響きの音が聞こえてきた。
音の発生源を辿るまでもなく、自分たちの背後に立つ建物である事はすぐに分かる。
それで正解と言わんばかりに建物全体が震え、美由希たちの所までに振動が伝わる。
美由希たちが見詰める先でどんどん崩れていく建物に、中にまだ恭也がいると思っている美由希たちは慌てる。
美由希は痛む身体に鞭打ち立ち上がると、何も考えずに建物へと駆け出そうとする。
それを美沙斗が咄嗟に腕を掴んで引き止める。
よく見れば、悠花も同じように駆け出そうとした所をリノアによって引き止められていた。

「母さん、離して!」

「落ち着いて、美由希。今、行った所で無意味だよ。
 逆に、今行ったら危ない」

「でも、恭ちゃんが!」

「リノアさん、離してください。
 今ならまだ何とかなるかもしれないんです!」

美由希の言葉に被さるように、後ろからも行こうとする悠花と止めるリノアの声が届く。
美沙斗は祥子へと視線を向け、下手な動きを見せたら止めれるようにしつつ、掴んだ手に力を込める。

「美由希! ここであなたが行っても、それこそ脱出しようとしている恭也の邪魔にしかならないんだよ。
 もどかしいかもしれないけれど、私たちにはここで待つという事しか出来ないんだから」

美沙斗のきつい口調に美由希は項垂れつつ、それ以上は進もうとはしない。
それでも、美沙斗は美由希の腕を離さずに握り締める。
大丈夫と言わんばかりに先程よりも優しくそっと。
美沙斗の言葉は悠花にも聞こえていたのか、そちらも大人しくなっている。
五人が祈るように見詰める先では、建物が粉塵を撒き散らしながら完全に崩れ去っていく。
しかし、五人が期待する人影が入り口から出て来る事はなかった。

「そんな…」

呆然と呟くと足から力が抜けたように地面へと座り込む美由希に悠花、祥子。
そんな三人に掛ける言葉もなく、美沙斗とリノアも完全に崩れて瓦礫と化した元建物を何とも言えない表情で眺める。
そんな時、今にも泣き出しそうな雰囲気を漂わせる三人の元へと待ち望んだ声が届く。

「どうやら、そっちも片付いたみたいだな」

その声に五人は揃ってそちらへと振り向く。
そこには、幾つかの小さな傷を負い、全身埃や血で汚れているものの、
見た目には大きな怪我もない恭也が立っていた。
恭也の姿を見て駆け寄る三人だったが、怪我をしておらず、
また恭也に一番近い場所にいた祥子が真っ先に恭也へと抱き付く。

「恭也さん! 良かった、無事だったんですね」

「ああ。何とか、全てが崩れる前に出る事が出来たから。
 それより、祥子の方こそ無事で良かった。本当にすまなかった。
 あの時…」

なおも何か言おうとする恭也の唇を人差し指を当てて言葉を止めると、祥子は小さく首を横へと振る。

「いいえ、恭也さんはこうしてちゃんと助けに来てくれました。
 それで充分です。本当に…」

言ってまた涙が出てきそうになり、祥子はそのまま恭也の胸にしがみ付くように顔を埋める。
僅かに震える祥子の肩にそっと手を置きながら、恭也はもう一方の手で優しく背中を撫で、
祥子が落ち着くのを待つ。
恭也に撫でられる感触に身を委ねつつ、ここに来て一気に不安襲われたのか、きつく恭也の服を掴む。
今まで気丈に振舞ってきた糸が切れた祥子に、
美由希と悠花は仕方がないといった感じで喜びの再会を大人しく待つ事にする。
ようやく祥子が落ち着きを取り戻し、恥ずかしそうに顔を赤らめながら恭也から離れると、
恭也の後ろから一人の男が姿を見せる。
その人物に気付き、再会を喜ぼうとしていた二人の動きが思わず止まる。

「架雅人さんがどうしてここに?」

美由希がそう尋ねると、架雅人は苦笑を漏らす。

「あの爆発でしたが、リスティさんのお陰で何とか一命は取り留めましてね。
 宗司に借りを返そうと思って来たんですよ。
 ここの場所に関しては、あなたたちが乗ってきた車のお陰で分かりましたし」

美沙斗たちの乗ってきた車にはその所在地が分かるように発信機が付けられており、
それを頼りに架雅人はやって来たと言う。
但し、今ここに居るのは自分だけだとも付け加えて。

「恐らく、他の方たちももう少しで来られると思いますよ。
 さて、そちらのお嬢さんには謝らないといけませんね。
 勿論、謝って済むとは思っていませんけれど」

そう言って頭を下げる架雅人に、祥子は優しく笑みを見せる。

「貴方の事情は恭也さんたちから聞きました。
 だからと言って、私だけでなく祐巳たちにまで怖い思いをさせた事は、少し許せないけれど。
 でも、こうして恭也さんたちのお陰で何事もなかったんですから、特に何も言うつもりはないです。
 ただ、もうこんな事はしないでくださいね。でないと、貴方を慕っていたその子たちが可哀想です」

祥子の言葉に架雅人は更に頭を深く下げると、約束する事を誓う。
二人のやり取りをじっと見ていた恭也だったが、どうにか終わったらしいと分かると、疲れたように腰を降ろす。
そんな恭也へと悠花が近づいて声を掛ける。

「恭也さん、ありがとうございます」

「俺は別に何もしていないぞ。礼なら、美由希に言ってやってくれ」

「美由希さんには、もうたくさんお礼を言いました。
 だから、今度は恭也さんに言いたかったんです」

「そうか。大体の事情なんかは宗司から聞いたよ」

恭也の言葉に僅かに肩が震えるが、悠花は顔を背けることも、この場を去ることもせずに真っ直ぐに恭也を見詰める。

「そうですか。じゃあ、今まで私がしてきた事も知っているんですね」

「ええ。気にするなとは言えませし、そう簡単には吹っ切れないとは思いますけれど。
 でも、これからは自分で考えていけますから。これからの事は、ゆっくりと自分で考えていけば良いんですよ。
 少なくとも、俺は悠花さんの味方ですから」

「本当ですか?」

「ええ、勿論ですよ」

「…ありがとうございます」

悠花はそんな恭也へとゆっくりと頭を下げる。
その様子を見ていたリノアが悠花の後ろから感謝の意を込めて軽く頭を下げるのに、恭也は軽く手を上げて応える。
そこへ、美沙斗が近づいて声を掛ける。

「そっちも終わったようだね」

「ええ。海透も宗司もあの中ですよ」

そう言って恭也は崩れた建物へと視線を投げる。
同じように瓦礫と化した現状を一瞥すると、美沙斗は恭也へと視線を戻す。

「あれじゃあ、助からないだろうね。
 でも、念のためにあそこを掘り返す必要はあるだろうけれど」

「多分、大丈夫ですよ。海透の方は兎も角、宗司の方は…」

そう言うと恭也は宗司の最後を伝える。
それぞれの反応を見せる中、恭也は顔を俯かせる悠花を心配そうに見詰める。
それに気付いたのか、悠花は顔を上げると弱々しくも笑みを浮かべる。

「全く平気とは言いませんけれど、大丈夫です」

「そうですか。なら、良いんですけれど」

そう告げる悠花を見て、恭也はそれ以上は何も言わずに口を閉ざす。
そこへ話を切り出すタイミングを計っていたのか、美由希が待ちきれない様子で話し掛けてくる。

「恭ちゃん、不破の奥義之極使えたの?」

何かを期待するような目で見てくる美由希に恭也は苦笑を一つ漏らしつつも頷く。

「それってどんなの?」

驚く美沙斗を尻目に、美由希は剣士としての興味から尋ねるが、恭也は軽く肩を竦める。

「そう簡単に教える訳がないだろうが。
 そもそも、これは不破の技でお前には必要ないんだから。
 どうしても知りたければ、鍛錬の中で俺が出さざるを得ない状況にしてみるんだな」

そう言って珍しく笑う恭也に思わず動きを止める美由希だったが、すぐにこちらも笑みを見せる。

「ふふん、すぐに見る事になると思うよ。
 何せ、こっちは閃があるんだから」

「そうか、遂に閃を」

美由希の言葉に万感の思いを込めて呟く恭也に、美由希は力強く頷いて見せる。
しかし、すぐに不安そうな顔になると、

「と言っても、まだよく分かってないんだけれどね。
 あの時は無我夢中だったと言うか…」

「まあ、最初はそんなもんだろう。だが、一度でも出せたんだ。
 その内、自由に使えるようになるさ」

そう言って恭也はよく出来た弟子を褒めるように、その頭をそっと撫でる。
美由希はそれを嬉しそうに受け入れる。
だが、すぐに意地悪そうな声を出す。

「だが、閃が使えるようになったからと言って、俺が不破の奥義之極である滅神を使うかどうかは分からんがな。
 俺も閃が使えるって事を忘れてないか? 閃には閃で対抗すれば良い事だしな」

「そんな事言って、恭ちゃん、閃を自由に出せるの?」

騙されませんと言うように疑わしそうに見やる美由希に、恭也は小さく笑みを見せる。

「滅神は閃さえも過程にする奥義だ。今なら、恐らく自在に出せるはずだ。
 まあ、試してはいないが、多分間違いないと思うぞ」

「そ、そんなのずるいよ! 卑怯だよ、インチキだよ」

「何を訳の分からん事を言っている、この馬鹿弟子が」

そう言って美由希の額にお約束のデコピンを一発喰らわすと、恭也は立ち上がって美由希を見下ろす。

「そんな事を言うようでは、まだまだ修行が必要だな。
 それに、俺に勝つにはまだ十年は早い」

「って、前より長くなってるし!?
 やっぱり、いじめっ子だよ、恭ちゃんは……」

額を押さえながら言う美由希の言葉に、祥子は思わず笑い声を上げる。
それを切っ掛けに、美沙斗たちも笑い出し、美由希は一人だけ憮然とした様子でその様子を眺めるのだった。





つづく




<あとがき>

さて、次回は日常へと戻っていくはず。
美姫 「はずって何よ、はずって」
まあまあ。と時間もないし、今回はこの辺で。
美姫 「それでは、また次回までごきげんよう」







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