『Moon Heart』








  0/prologue





極希に見る夢の出来事。
その夢の中での俺はまだ幼く、そして地面に倒れている。
いつもこの場面から始まるため、その直前に何があったのかはよく分からない。
ただ、倒れ伏せている俺の体の下からは血が溢れ出している事から、何らかの事故にあったんだろう。
そう、これは俺の右膝が壊れた時の夢・・・・・・。
本来なら避けられるはずの車を避ける事が出来ずに、俺はそのまま・・・・・・。
あの時の事故も気付いたのは病院のベッドでだった。
おそらく、だからこそ、この倒れる前の場面ではなくここから夢は始まるのだろう。
不思議な物で何回かこの夢を見た後、俺は夢で幼い頃の俺になっているのではなく、幼い俺自身を客観的に見ていることに気付いた。
まあ、だからといってどうなる物でもない。
何度か試しに違う行動を取ろうとした事もあったが全ては無駄な努力だった。
何と言うか、目の前の出来事はただ、同じ事を繰り返すテレビを見ているようなものだな。
この後はすでに決まっていて、幼い俺はそのまま意識を失う。
そして、場面が変わり病室のベッドの上で目を覚ます。
その後、幼い美由希を連れた父さんが病室に入って来るところで夢は終わりを告げ、俺は夢から現実へと帰っていく。



  ◆◇ ◆◇ ◆◇



「はぁー、またあの夢か」

先程まで眠っていた恭也は突然目を開けるとそう呟く。
そして、ゆっくりと上半身を起こし時計を見る。
いつもよりもほんの少しだけ早い時間だと分かると恭也はそのまま起きだし、朝の鍛練の用意を始める。
やがて美由希も起きだし二人は朝の鍛練へと出かける。
その途中、走りながら美由希が声をかけてくる。

「ねえ、恭ちゃん。また、例の事件が起こったんだって」

「例の事件?」

「そう、あれだよ。あの、……通り魔殺人事件」

美由希は少し言いにくそうに言いよどむ。

「ああ、その事件か。確かこれまでの犠牲者全員、首筋に二つの傷跡があって体中の血液が抜き取られているんだったな

「うん……、だから吸血鬼の仕業って噂されてるみたいだよ」

「吸血鬼……ね。ところで、これで何件目だ」

「確か、6件目だったと思うよ。ただ、それ以外にも惨殺事件もあるみたいだし」

「ああ、物騒な世の中になったもんだ。当分、夜中の鍛練はやめておいた方がいいな」

「そうだよね。噂の殺人鬼に会いたくないし」

「それもあるが、その前に俺たちが不審者として連行されかねんからな」

恭也は軽く自分の装備を指差してみせる。
その意味するところに気付き、美由希も軽く笑う。
そんな事件が横行している現在、深夜に恭也たちが歩いていれば事情を聞かれるだろうし、
その時に恭也たちの装備が目に付けば、その結果がどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

「とりあえず、なのはたちには早く家に帰るように言っておかないとな。
 後、遅くなってからの外出も出来る限り控えさせないと」

「恭ちゃんの心配が増えた訳だ」

訳知り顔で頷く美由希に拳骨を一発お見舞いして恭也は走る速度を上げる。

「恭ちゃん、痛いよ〜。もう、少しは私の心配もしてくれてもいいと思うけど」

「一応、心配はしているぞ。お前もあまり遅くならないようにな」

「う、うん」

「いらん事に首を突っ込んだあげく、噂の殺人者と出会うんじゃないかとか。
 肝心な所でドジな事をして、自分で自分の首を絞めることをしなかとかな」

「………恭ちゃん、本当に心配してる?」

「当然だろうが。可愛い弟子で妹の心配をしない訳がないだろ」

恭也は何故か目を逸らしながらそう言う。

「本当にそう思ってる?」

「………ああ。それよりもほら、さっさと行くぞ」

「ちょ、ちょっと今の間はなによ」

さらに速度を上げる恭也の後を追いながら美由希は叫ぶ。
が、恭也は立ち止まる事なくそのまま走っていった。



  ◆◇ ◆◇ ◆◇



時は進み放課後。
恭也は一人家へと向って歩いて行く。
ふと一人の女性の姿が目の端をかすめる。
その途端、恭也は激しい動悸に襲われ、その女性の姿を無意識に求め視線を動かす。

(な、何だ…あ、頭が痛いっ!)

片手で頭を押さえながら、視線の先に先程の女性を認めその後をついて行く。

(オレハナニヲシテイルンダ?)

そう思いながらも身体は思うように動かず、自分の身体でありながら違う人の身体のような感じを受ける。
丁度、朝方見た夢の中のような感じである。
そして、絶えず恭也の頭の中で一つの単語が繰り返し繰り返し囁かれる。

───コロセ!目の前の女を殺せ!

─────コロセ!目の前の女をコロセ!

───────コロセ!メノマエノオンナヲ

─────────コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!

───────────コロセ!メノマエノオンナヲ………………………………………コロス!

恭也は気配を消すと足音を立てずにその女性の後を付けていく。
やがて女性はマンションの中へと入っていく。恭也もその後を当然のように追っていく。
女性がエレベータに乗り込み扉が完全に閉まってから恭也はエレベータの階数表示を見上げ、女性の降りた階数を確認する。
1…2…3…。エレベータの表示が三階で止まったのを確認すると恭也はもう一つあるエレベータに乗り込み三階へと向う。
三階に着いたことを知らせる音と共に扉がゆっくりと開いていく。
それをもどかしそうに見ながら恭也はすぐさまエレベータを降り、女性の姿を探す。

(………いた!)

丁度少し行った所にある扉を開け、中へと入っていく所を見つけると恭也は楽しそうな笑みを顔に張り付かせゆっくりと歩いて行く。
その両手にはいつの間に手にしたのか一振りの小太刀が握られていた。
恭也はあの女性が入っていった扉の前に立つとインターホンを鳴らした。
しばらくして、中から女性の声が聞こえる。

「はーい、誰?」

恭也は無言でドアノブに手をかけ、中の気配が近づいてくるのを待った。
返事がないのを不審に思ったのか、気配が近づいてくる。
恭也は女性が扉の近くに来たのを感じるといきなり扉を開け中へと踏み込む。
突然の闖入者に驚愕している女性に向って恭也は神速の領域で躊躇いもなく小太刀を振るう。
おそらく女性は自分の身に何が起こったのかも分からないまま、恭也の手によってバラバラにされる。
それを悠然と見下ろしながら恭也はゆっくりと小太刀を鞘に納める。
小太刀が鞘に納まる時に立てた音で我に返ったかのように恭也は先程とはうって変わって目の前の惨劇を唖然と見やる。

「な、…………こ、これは俺がしたのか」

その声に答える者は誰もいなかったが、目の前の光景がそれを肯定している。
大量の血で真っ赤に染まる廊下と鼻をつくその血の匂いがこれが夢ではなく現実であると恭也に知らせていた。

「……………………」

恭也はどこか茫然とした表情のままマンションの外へと出て行く。
何も考えが浮かばず、ただあのマンションから少しでも離れようとするかの如く足のみを動かす。
その動きはどこか機械じみており、普段の彼を知る者が見たら不思議に思うだろう。
が、当の本人はそんなことを気遣う余裕もなく、ただ同じ事を自問自答する。

(どうしてしまったんだ俺は………。なぜ、あんな事を…………。
 これでは今、街を騒がしている殺人鬼と何ら変わらないじゃないか。俺は………俺の振るう剣は……………)

恭也の脳裏に今は亡き父の言葉が甦る。

「恭也、御神の剣は何かを守る時に一番、その力を発揮するんだ。それをよく覚えておけ」

(ごめん、父さん。俺の、俺の剣は、何の関係もない人を殺してしまった。
 これでは守るために振るう御神の剣を美由希に教えるなんてできないな………)

ふと気付くと恭也は海鳴臨海公園まで来ていた。
そこで改めて状況を冷静に考える。

(ふぅー、警察に行くべきだな。
 あの時の状況を正直に話しても信じてもらえるかは分からないが、人を殺したのは事実だしな)

あの時、自分が自分でないような状況に陥った事を考えてみるが、言い訳にもならないと思い直す。

(とりあえず、今日はもう遅い。かーさんたちに心配をかけるわけにもいかないから今日は帰ろう。
 そして明日、警察へ行こう)

恭也はそう考えを纏めると家へと向って歩き出す。
その歩みは先程よりは少しましになっていたが、胸中の思いまでは変わることはない。
そんな恭也を夜空に浮かぶ月が照らしていた。



──運命の輪はゆっくりと、だが確実に周り始めていた。





<to be continued.>




<あとがき>

と、いう訳で『Moon Heart』のプロローグです。
美姫 「って、これって本編を書かないつもりだったんじゃ」
そのつもりだったんだけどね。ほら、結構リクエストがあったから本編やっちゃいました。
美姫 「あんた、大丈夫なの?」
大丈夫だよ。一人でトイレにも行けるし。
美姫 「いや、そんな冗談はいらないから」
まあ、ちょっと苦しいかも。しかし、ちゃんとやっていくぞ。
美姫 「まあ、しんどいのは浩だから良いんだけどね」
しかし、予告編で何のクロスか分かった人が多かったな。
美姫 「っていうか、全員正解してたような………」
いや、ひょっとしたらまだ分からない可能性もあるから、次回までは何のクロスかは秘密にしておこう。
美姫 「多分、無駄だと思うけど」
まあ、いいじゃないか。じゃあ、また次回。
美姫 「じゃあね♪」




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