『Moon Heart』








  1/formerly





(ここは………、どこだ)

ふと気がつけば暗闇の中で恭也は立ち尽くしていた。
いや、この表現は少し可笑しいかもしれない。
恭也が今いる場所は暗闇は暗闇でも上下左右の感覚さえないからだ。
だから恭也は自分が今、立っているのか浮いているのかさえ分からない。
それでも慌てずに落ち着いているのは常に冷静に物事を見るように士郎に鍛えられたからだろう。
そんな事をぼんやりと考えていると、恭也の視界の先に光が見えてくる。
その光は徐々に広がっていき、恭也の所まで来る。
もしかしたら、恭也の方から近づいているのかもしれないが。
近づいてくるに従い輝きを増す光に手を翳し目を閉じる。
やがて光が収まった頃、ゆっくりと目を開ける。

「なっ」

恭也は目の前の光景に知らず声を洩らす。
それはどこか見覚えのある夕暮れの風景で、それを上空から見下ろしていた。
そして、恭也の見下ろす先には幼い頃の自分の姿があった。
恭也は周りを軽く見渡し、大体の見当をつけた。

(そうか、ここは俺が入院していた病院の裏庭だな)

改めて幼い自分の姿を見ると、その手には松葉杖が握られていた。
幼い恭也はそこにある一本の大きな木の根元に座り込み、その木に体を凭れ掛る。
そして、そのままボーと空を見上げる。

(ふむ……、これはあの時の出来事か。あの人と出逢った時の………)

恭也は少し嬉しそうに笑うと、眼前の光景に目を移す。
その顔にはどこかその人物に対する憧憬の念が窺えた。

(だとしたら、多分もうすぐ……)

「君!そんな所にいたら危ないわよ。踏まれたくなかったら、ちょっとどきなさい」

幼い恭也の頭上からそんな声が聞こえてくる。
その声の主を探し、視線を巡らせその姿をすぐさま見つける。

「おばさんは誰?」

幼い恭也がそう言った瞬間におばさんと呼ばれた女性は木から飛び降りる。
そう、幼い恭也の居る所を目掛けて。
咄嗟に幼い恭也はその場から転がるように跳び退くが、右膝の怪我の所為で立ち上がる事が出来ず、その場に尻餅をつく。
そんな幼い恭也に女性はヅカヅカと近づくと、その襟首を掴み持ち上げる。

「誰がおばさんだって?お・ね・え・さ・ん、でしょ」

顔には笑顔を浮かべ、だが目だけは真剣に幼い恭也を見据える。
どの気迫に幼い恭也はただ黙って頷く。

「分かればいいのよ」

「で、お姉さんは誰?」

「ん?私?私はただの通りすがりよ」

「通りすがりって……。さっき木の上から降りて来ませんでしたか?」

「ったく、男のくせに細かい事をぐちぐち言うんじゃないの」

「細かい事ですか?」

「それが細かいって言ってるのよ。いい、女にはいろいろと秘密があるのよ。いい男ならその秘密を聞くもんじゃないわ」

「俺は別にいい男ではな………いひゃいでふ」

「いいから黙れ。分かった?」

幼い恭也の頬を抓りながら言う女性の言葉に幼い恭也は頷く。
それを見た女性は頬から手を離す。
その一部始終を上から見ていた恭也は複雑そうな顔をして胸中で呟く。

(そう言えば、こんな人だったな………。何年も経っていた所為で、記憶が曖昧になり俺の中で美化されすぎていたようだな)

そんな恭也の思いとは別に眼下でのやり取りは続いていく。

「で、少年は何をしていた?」

「別に………。何かしたくても何もできませんから」

その恭也の言葉に女性は恭也の右膝を見る。

「ふむ。成る程ね。しかし、完全ではないが治るみたいだな」

「………ええ。でも、剣を振る事はできないかも」

「そうか。で、少年、お前はどうしたいんだ?」

「???」

「あー、つまりだ。そのまま剣を握る事を諦めるのかって事だ」

「それは………」

「できないかもって事は、逆を言えばできるるかもしれないって事だろ。
 医者がどうとかでなく、お前自身の気持ちはどうなんだ」

「お、俺は……剣を………剣を握りたい。そして強くなりたい」

恭也は女性の目を真っ直ぐに見つめ、そう言う。
しばらく無言で時が流れる。
やがて、女性は軽く息を吐くと、その顔に少しだけ笑みを浮かべる。

「そうか……。その意志があれば大丈夫だ。
 いいか、諦めない限り可能性は絶対になくならない。限りなく零に近くてもな。
 だが、諦めたらその時点で終わりだ。あらゆる可能性がそこで潰えてしまう。
 だから、絶対に諦めるな。いいな」

恭也はただ黙って頷く。
それを嬉しそうに見ながら、女性は再び口を開く。

「そう、それでいい。お前はいい心力を持っている。まだまだ強くなるだろう。
 でも、君は強さに対する拘りともいう物が大きい割に、自身の生に関しては執着心が少なすぎるわ。
 いい、自分を大事にできない奴が他人を守れるとは思わないことよ。
 まずはどんな状況になっても生き残る事を考えなさい。いいわね」

恭也はいまいち良く分からないという顔をしながらも頷く。

「それでいいわ。と、遅くなったけど君の名前は?」

「恭也。不破恭也です」

「そう、いい名前ね」

「お姉さんの名前は?」

「私の名前?そうね、もう随分前に捨てたからね。自分でも思い出せないわ。
 他人は私をこう呼ぶけどね。そう、”七つの夜を渡り歩く者(セブンズナイトウォーカー)”とね」

「セブンナイトウォーカー?」

「そう。七つの夜、または闇……すなわち七つの大罪…って、こんな事を話しても分からないか。
 そうね、………ナイト。私の事はナイトでいいわ」

「ナイトさん?」

「そうよ」

恭也が続けて口を開けようとした時、遠くから自分を探す父の声が聞こえる。

「あなたを探しているみたいね。早く返事してあげなさい」

「ナイトさんはどうするんですか?」

「言ったでしょ。私はただの通りすがりだって。じゃあね」

恭也に背を向け、軽く片手を上げるとそのまま歩き出す。
その背に向って恭也は声を上げる。

「明日も会えませんか」

その言葉にナイトと名乗った女性は一瞬だけ驚いたような表情をするが、すぐにその表情は消える。

「なんで?」

「……分かりません。ただ、会って話がしたいと思ったんです」

しばらく考えた後、ナイトは口を開く。

「………まあ、口説き文句としてはいまいちだけど、いいわ。
 ただし、私の事を誰にも話さないこと。これが条件よ。どう、守れる?」

この問いかけに嬉しそうに恭也は答える。

「はい、分かりました!」

その答えを聞くとナイトは少しだけ微笑み、その場を去って行く。
その後ろ姿が見えなくなった頃、恭也を見つけた士郎が駆け寄ってくる。
恭也は約束通り、ナイトのことは誰にも言わずただの散歩と言った。
その翌日から恭也は毎日のようにナイトに会って、色んな事を話した。
もっとも、ナイトから色んな事を教わっていたと言った方が正しいかもしれないが。
そして、恭也の右膝も大分よくなり、退院の日が近づいたある日。

「恭也、私はそろそろこの地を去るわ」

「えっ。何処かに行くんですか」

「ええ、これでも色々と忙しいのよ。だから、こうして会うのも明日で最後ね」

「そんな……」

「そんな顔しない。別に死に別れるわけじゃないんだから。
 長い人生、この先、いずれどこかで会えるわよ。もちろん、」

「諦めなければ、ですよね」

「……ふふ、そうよ。だから、そんな顔をしない。いいわね」

「はい、分かりました」

「じゃあ、また明日ね。そうそう、餞別って訳でもないけど、明日は恭也にいい物をあげるわ」

「いい物……ですか?」

「そうよ。だから、楽しみにしてなさい」

「はい」

そう言うとナイトはその場を去って行く。
恭也は少しだけその場に留まるとやがて病室へと戻って行った。
そして、翌日。

「さて、恭也には色んな事を教えてきたけどこれで最後ね」

最後をいう言葉に反応する恭也。

「恭也……」

「大丈夫ですよ」

そう言って少し微笑む。
その顔をじっと見つめ、本当に大丈夫と判断したのかナイトは柔らかく微笑む。

「じゃあ、約束したいい物をあげますか」

そう言うと持っていた鞄の中から、布に包まれた棒状の物を取り出し恭也に向って放り投げる。
それを何とか受け止めると恭也は訊ねる。

「開けてもいいんですか?」

「ああ、開けてみな」

ナイトの言葉に恭也は慎重に布に包まれた物を取り出す。
やがて布から出てきたのは二本の小太刀だった。

「これは……?」

「見ての通り小太刀よ。もっともただの小太刀じゃないけどね。
 特殊な製法で打たれた小太刀に更にこの私、セブンズナイトウォーカーが直々に手を加えた一品よ」

「これを俺に?」

「そうよ。私は剣は全く駄目だからね。持っていても邪魔になるだけだし。
 その点、恭也なら上手く使いこなせるでしょ」

「良いんですか?結構、業物ですよ、これ」

「良いのよ。道具は使ってこそだもの。それに業物は当然よ。これと同じ物なんて絶対に手に入らないわ」

「だったら……」

「私からの贈り物はいらない?」

「………ありがたく頂きます」

「そう、それで良いのよ」

「無……?」

恭也は小太刀に彫られた文字を読む。

「ああ、それがその小太刀の銘よ。銘が無いんじゃなく、無という銘なの。なかなか面白いでしょ」

「無……ですか」

「そうよ。大事にしてね」

「勿論です」

そう言う恭也を優しげに見つめた後、

「さてと……じゃあ、もう行くわ」

「……そうですか」

「そうそう、最後に一つだけ忠告と言うか……。そうね、最後の教えみたいな物だけど。
 前にも言ったけど、恭也は強くなろうと頑張っているわね。
 でもね、何の目的も持たない強さというのは危険よ。
 それは時に自らをも傷つけることになるから。強さを求めるなと言ってるんじゃないの。
 強さを求めるのはいいわ。けど、明確な意思を持ちなさい。絶対に力に溺れては駄目よ。
 まあ、恭也なら大丈夫でしょうけどね。
 私が君に送る最後の授業だとでも思って、頭の片隅にでも覚えていてね」

恭也はその言葉に力強く頷く。

「うん、それいいわ。じゃあ、私もそろそろ本当に行くわ」

「はい、色々とありがとうございましたナイトさん」

「………恭也には特別に教えてあげるわ。繚香(りょうか)、私の名前は繚香よ。
 本当に困った事が起きて、どうしようもなくなったら私を呼びなさい。
 そしたら、一度、たった一度だけ助けてあげるわ。私に出来る範囲でだけどね。
 nightがたった一度だけ君の為にknightになってあげるわ」

「分かりました。じゃあ、お気をつけて繚香さん」

「ええ。じゃあ、またね」

「はい」

そう言って、二人はいつもの様に分かれる。
また会えると信じて。







「はぁー、もう朝か」

恭也は自分の部屋で目を覚ます。
今日は朝の鍛練を休みにしているが、習慣でいつもの時間に目が覚めてしまったようだ。
恭也は夢で見た過去の出来事を思い出し、懐かしさを覚える。
と、同時に後悔の念も浮かんでくる。
恭也は昨日の出来事を思い出しながら、胸中で呟く。

(繚香さん………すいません。俺は……俺は………力に溺れてしまったのかも…………)

そんな恭也の鬱念とした感情とは別に今日もとても晴れやかな天気だった。





<to be continued.>




<あとがき>

Moon Heart第1話ですね。
美姫 「今回は恭也の幼少時代ね」
そうです。物語はまだまだこれから。
美姫 「これってまだ、とらハ以外のキャラがはっきりと出ていないわね」
うん、そうだな。よし、はっきりと出てくるまで何のクロスかは秘密にしておくか。
美姫 「いや、だからバレバレだって」
よし、じゃあ続きを書くぞ〜。
美姫 「おーい、人の話を聞こうよ。はぁー、あの馬鹿著者。まあ、いいわ。
    では、皆さん、また次回で」







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