『Moon Heart』
2/Under Moon
朝、いつもの様に支度を整え、今日は遅くなることを伝えておく。
それから皆が出かけたのを確認すると恭也も家を出る。
学校へと向っているが、目的地は昨日の惨劇が起こったマンションである。
学校へと向う道を途中で曲がりマンションへと向う。
そして、再び曲がり角を曲がった所で恭也は驚愕の表情で声を洩らす。
「なっ!」
恭也の前方から昨日の女性が歩いて来ていた。
(まさか、そっくりな別人か?)
あまりにもありえない出来事を目の前にして恭也の思考も少しちぐはぐする。
すると、向こうでも恭也に気付いたらしくニッコリと笑いながら手を振ってくる。
それにつられて恭也も軽く頭を下げ挨拶をする。
(って、何をやっているだ俺は!そもそも、昨日の人なはずないだろうが)
頭では否定するが、本能的な部分で目の前の女性が同一人物だと認めている事を認識する。
そんな恭也の葛藤を余所に女性は恭也の目の前に立つとにこやかに話し始める。
「会いたかったわ。昨日、バラバラにされる前にその服を見ていたからね。
これから、その服を来た人がたくさん通る所までいって待っていようかと思ったんだけど、その必要はなくなったわ」
「昨日!じゃあ、やっぱりあなたは昨日の」
「そうよ。まあ、今までは上手くいってたんでしょうけど、今回は残念ながら失敗みたいね。
ターゲットに私を選んだのが失敗よ。さて、昨日の借りを返してもらいたいんだけど、いいかな?」
(くっ!)
その女性が何かをする前に身体が勝手に動き後ろへと跳び、距離を取る。
その動きを見ても女性は笑みを浮かべたまま話し掛ける。
「流石ね。なかなかいい動きをするわ。でも、大人しくしている方があなたのためよ」
(確かに抵抗しない方が早く楽になれるのかもしれないが。そもそも昨日、バラバラにしたはずなのにな……。
まあ、そういった意味ではあの人には俺に復讐する権利があるんだが、俺はこんな所で死ぬ訳にはいかないんだ)
殺したと思っていた女性が生きていた事によって、恭也から少しだけ罪悪感が減り、代わりに生への執着心が湧いてくる。
(くっ!よく分からないが、勝てる気がしないな。ここは………)
恭也は背を向けると走り出す。
女性は一瞬、呆気に取られたように逃げる恭也の背を見るがすぐに後を追う。
「まさか、いきなり逃げるなんて思わなかったわ。でも、結構楽しめそうね」
本当に楽しそうに笑うとその女性は恭也の後を追い始める。
茫然としている間に稼いだ距離がどんどんと縮まっていく。
恭也は背後から迫ってくる気配を感じ、少しだけ後ろを振り向く。
そこには、恭也の後ろを付かず離れずぴったりと付いて来る女性の姿があった。
それを見た途端、恭也は走る速度を上げる。
が、幾ら速度を上げてもその女性との距離は縮まらない。
(完全に遊ばれているな……)
今までの逃走劇から恭也はその女性が自分よりも早く走れることを見抜き舌打ちする。
(こうなったら)
恭也は懐から鋼糸をそっと取り出すと、ビルとビルの間にある狭い通路へと入ると、開いていた裏口からビルの中へと入る。
それを女性も追っていく。
それを振り返らず気配で察した恭也は、そのまま階段を駆け上がり屋上へと飛び出す。
そして屋上の鉄柵に鋼糸を結ぶとそのまま屋上から飛び降りる。
鋼糸を使い壁を蹴りながら下へと降りていく。
「これならどうだ」
下に無事着地した恭也は上を見上げ、追ってきていないことを確認するとほっと胸を撫で下ろし、すぐさまその場を去ろうとする。
そんな恭也の視界に白い物体が浮かぶ。
まさかと思い上を見上げた恭也は思わず口をあけたまま驚きの表情を浮かべる。
女性は屋上の縁に立ち、下に恭也がいるのを確認すると笑いながらそっと地面を蹴る。
その動作があまりにも自然で恭也も思わず逃げるのを忘れてしまう。
女性は何事も無く地面に降り立つと、目の前にいる恭也へと言葉を投げる。
「鬼ごっこはもう終わり?」
「くっ!」
その言葉に弾かれた様に再び走り出す。
そんな追いかけっこを数時間以上繰り返しているうちに、すっかり日も沈み空には星が瞬き始める。
「はぁー、はぁーはぁー。ここは………何処だ?やけに見慣れた場所のような」
恭也は周りを見渡して、ここが海鳴臨海公園だと気付く。
そんな恭也の頭上から声が響く。
「流石にもう終わりみたいね。しかし、よくこれだけ動けるわね。私の知識だと人間はもっと弱いと思ってたけど」
そう言うと女性は恭也の頭上にあった木から音も立てずに飛び降りる。
「はぁー、はぁー、はー」
恭也も呼吸を整えると得体の知れない女性に対し身構える。
(っく、俺と同じ様に動いていて息を乱してすらいないのか)
平静を装いながらも、じんわりと浮いてくる汗を片手で拭う。
「さて、これでゆっくりと話せるわね」
「話………?」
「そうよ。人が話をしようとしてるのに逃げるんだから。昨日とは別人かと思ったわよ。
そうそう、昨日と言えば、あれは油断したわ。まさかただの人が私を殺せるなんてね。ああ、別に気にしなくても良いわよ。
バラバラにされるなんて始めての経験で結構、面白かったしね。
再生するのに時間がかかったけど、その間も楽しかったわ。
そう、あなたの事が頭から離れないのよ。あの時の踏み込みの速さといい、その後の斬撃といい。
本当に舞っているようで今、思い返してもとても綺麗だったわ。
だからかしら?あなたににとても会いたいって思ったわ。会って私が味わった苦しみを味あわせたいってね。
そう考えると再生する時間さえもとても楽しくて、待ち遠しかったわ。
これが執着心ってやつなのかしら?」
楽しそうに語り出す女性に恭也は声を絞り出し尋ねる。
「お前は一体何者だ」
「それを言うならあなたの方こそ何者よ。いいえ、そもそもあなたは人なの?
あの動きはとても人の物とは思えなかったわ」
「あ、あれはうちに伝わる流派の奥義の一つだ」
「ふーん、人間の使う技なのに結構凄いわね。まあ、人間相手だったらだけど」
「そう言えば、さっきも似たような事を言っていたな。と、いう事はお前は人間じゃないのか?」
言ってから恭也は馬鹿なことを聞いたと思う。
普通の人間がバラバラにされた翌日に元に戻っているはずがない。
「ひょっとして、夜の一族なのか?」
「夜の一族……?ああ、違うわ。彼らといえど、あそこまでバラバラにされたらお終いよ」
「じゃあ、あなたは」
「うーん、そうね、貴方にはこれから協力してもらう事になるだろうから教えてあげるか。
と、その前に私の名前はアルクェイド、アルクェイド・ブリュンスタッドよ。アンタじゃないわ」
「そうか。俺は恭也、高町恭也だ。ブリュンスタッドさん」
「アルクでいいわよ、恭也」
「しかし、初対面の女性を名前で呼び捨てというのは?」
「何言ってるのよ。初対面でいきなりバラバラにしたくせに」
「うっ!」
それを言われると恭也に返す言葉は無く、素直に従う。
「分かった、アルク」
「それでいいわ。さて、何から話したらいいかしら。まず、私は真祖と呼ばれる存在なの」
「真祖?」
「そう。まあ、この辺の詳しい話はまた今度ね。私は恭也に頼み事があったんだから」
「頼みごと?」
「そうよ。
本当なら、あなたも私と同じ様にバラバラにしようと思ったんだけど追いかけっこをしてる間にそんな気はなくなったしね。
それに、今の私は力が落ちているから元に戻るまで貴方のような力を持った人がいた方が便利だし」
「一体、何の話をしているんだ?第一、俺はまだ手伝うなんていってないだろ」
「そうね。でも、本来なら誰の手助けもいらなかったのよ。
なのに誰かさんがバラバラにしてくれたお陰で復元するのに力の大半を使ってしまったのよ。
当然、本来なら問題ないことに支障がでてるのよね」
「………分かった。で、俺は何を手伝えばいいんだ。言っておくが犯罪はごめんだからな」
「人をバラバラにするのは犯罪じゃないの?」
「………俺が悪かった。だから、その事は言わないでくれ」
「どうしよーかな。って、あんまり苛めるのも可哀相だし、まあいいわ。
で、あなたに頼みたい事っていうのは、私の護衛よ」
「護衛?俺より強い奴を護衛する必要があるとは思えないんだが」
「言ったでしょ、今の私は殆ど力がないって。今、襲われたらちょっと危ないのよ」
このアルクェイドにここまでいわせる人物を考え、恭也は背筋に冷たい物を感じる。
「だったら、大人しく家にいたらどうだ」
「それは出来ないわ。ここ最近、吸血鬼の仕業って言われてる事件を知ってる?」
「ああ」
「その犯人を止めないといけないのよ」
「なっ!犯人を知っているのか」
「ええ、まあそこら辺も纏めて明日にでも詳しく話そうかな。とりあえず、今ここであなたの返事を聞きたいのよ。
私を手伝うか手伝わないかをね。尤も、手伝わないなんて言ったら………」
恭也はアルクェイドの言葉を途中で遮ってすぐさま即答する。
「勿論、手伝うさ。それで吸血鬼事件が早く片付くんならな」
「そう。じゃあ、早速明日から行動開始ね」
「分かった」
「あ、後、聞きたいんだけどさ。どうして私をバラバラに出来たの?
ちょっとやそっとでは出来ないはずなんだけど」
「多分、この小太刀のお陰じゃないか」
そう言うと恭也は小太刀を見せる。
「ふーん、その小太刀のおかげね。でも、それだけで私があそこまでバラバラにされるとは思えないんだけど………。
んっ?恭也、ちょっと右膝見せて」
「別に構わないが、どうしてだ」
恭也の返事を半分も聞かないうちにアルクェイドは恭也の右膝の前に手を翳し、目を閉じる。
「やっぱり。恭也の右膝に変な呪を感じるわ」
「どういう事だ?確かに俺の右膝は壊れてはいるが」
「ううん、そうじゃないわ。だって、思い出してみて。最初に私をばらした時の事を。
あの時のあなたの動きは右膝が壊れていた者の動きではないわ」
「だから、あれは俺のやっている流派の………」
(いや、待てよ。確かにおかしい。あの後、右膝が全然痛まなかったし、普段よりも長く楽に神速の領域で動けた)
「どうやら、何か思い当たるようね」
「ああ」
恭也は思いついたままをアルクェイドに伝える。
「やっぱりね。さっきも言ったけど、あなたの右膝には呪がかけられているわ。
普段はその能力を全力で出せないようにするためかしらね。
そして、なんらかの条件下でその呪が解けた時、貴方の身体能力は飛躍的に跳ね上がるみたいね。
丁度、私をやった時みたいに。まあ、その能力でどこまで強くなるのかは分からないけど私の手伝いをする分には充分よ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今更手伝わないなんて言わないが、その能力を戦力に入れるのはやめてくれ」
「何でよ!」
「それは、その能力を自分の意志で出したりできる訳じゃないんだ。そんな不確かな物に頼るのは拙いって」
「……それもそうよね。全く、恭也ってば大胆なのか慎重なのかよく分からないわね」
「どういう意味だ?」
「べっつに〜。まあ、とにかくそういう訳だから明日からよろしくね」
「ああ、分かった」
「じゃあ、今日はもう遅いし帰りましょうか」
そう言うとアルクェイドは公園を出て行く。
恭也はその後を歩きアルクェイドの後ろ姿を見ながら、ふととある言葉が思いつく。
もっとも、我ながら柄にも無い事をと思ったのか、そっと胸中に思うだけだったが。
(月夜に舞い降りた純白の天使か…………)
<to be continued.>
<あとがき>
やっと、何のクロスか言えるな〜。
美姫 「とらハと月姫よね」
そうだぞー。
美姫 「もっとも、皆気付いてたみたいだし。メールでも正解者以外いなかったしね」
さて、次回はっと
美姫 「誤魔化すな!」
ゴンッ!
……………………。
美姫 「じゃあ、またね♪」