『Moon Heart』








  3/intermission





恭也がアルクェイドと対峙した日の翌日、恭也は久しぶりに穏やかに目覚める事が出来た。

「うーん、久しぶりに夢も見なかったな。さて……」

軽く伸びをして布団から出ると朝の鍛練の準備を整え、いつもの鍛練を始める。
一通り鍛練を終えた帰り道での事。
美由希が恭也へと質問を投げる。

「ねえ、恭ちゃん。何か良いことでもあったの?」

「どうしてだ?」

「うーん……何て言うのかな……。昨日よりも表情が明るいから……かな?」

確信を持てずに何となく感じた事を口にする。

「何だそれは。だが、まあ気が楽になったのは確かかもな」

「???どういう事?」

「まあ、大した事じゃないから気にするな」

「う、うん」

どこか釈然としないものを感じながらも、これ以上追求するだけ無駄と悟り口を閉ざす。
そのまま二人は家へと戻り、朝食を取ると学校へと向った。

で、学校の昼休み──。
恭也は眠りの世界から現世へと戻ってくると軽く身体を解し眠気を飛ばす。
その横にはいつの間に来たのか赤星が立っており、苦笑いを浮かべている。

「全く、一体に何をしに学校に来ているのか分からない奴だな」

「そうか?学校へは勉強するために来るものだろ」

「お前からそんな言葉を聞くとはな。今日は傘を持って来ていないんだが…」

そう言って、窓から空を見る真似をする。

「まあ、お前の言いたいことは分かった。で、どうしたんだ?」

「ああ、飯の時間だからな。どうする?」

「そうだな、今日は食堂でいいか」

「じゃあ、早く行かないと席がなくなるな」

「ああ。……っと、その前に。忍、おい忍」

恭也は立ち上がる前にまだ寝ている忍に声をかける。
恭也の声に忍はゆっくりと目を覚ます。

「うーん……おはよう、恭也」

「ああ、昼飯の時間だ」

「うん、分かった」

まだ寝惚け眼の忍を伴って恭也たちは食堂へと向う。
その途中、廊下で一人の女子生徒と出会う。

「あら、高町くんたちじゃないですか」

「あ、シエルさん」

赤星が声をかけてきた女子生徒──シエルに返答する。

「皆さんお揃いで食堂ですか」

「ええ。シエルさんも一緒に行きますか?」

忍がそう訊ね、それにシエルは笑顔で頷く。

「ええ、ご迷惑じゃなかったらお願いします」

「迷惑なんて、そんな事ないですよ。なあ、高町」

「………」

「おーい、恭也。どうしたの?」

「ああ、別に何でもない。じゃあ、行くか」

恭也の言葉に四人は食堂へと向う。
その途中、恭也はシエルに話し掛ける。

「すいません、俺はシエルさんの事をシエルさんと呼んでいましたか?」

「はい?どういう事ですか?現に今、そう呼んでるじゃありませんか。おかしな人ですね」

そう言いながら笑うシエルを見ながら、恭也は不思議に感じている事を何とか伝えようとする。

「いえ、そんなに親しくない女性を名前で呼ぶというのが、ちょっと………。
 でも、シエルさん以外に何て呼んでいたのかが分からないんで。良ければ苗字を教えていただけませんか?」

そう言われた瞬間、シエルの顔が微妙に変化する。
それに気付いた恭也は、

「すいません。何か失礼な事を言いましたか?」

「いいえ、そんな事ありませんよ。それよりも高町くんは私の事を名前で呼ぶのは嫌ですか?」

「い、いえ、別に嫌とかそういう事ではなくてですね……」

「だったら、シエルでいいじゃないですか。ねえ」

「は、はぁ。分かりました」

強く押される形で、何とか承諾した恭也の横で、シエルから聞こえないぐらいに小さな呟きが漏れる。

「おかしいですね。上手く術が効いていなかったんでしょうか?」

「ん?何か言いましたか?」

「いいえ、何も言ってませんよ。それよりも早く行きましょう」

その後、四人は無事に開いている席を見つけ、昼食をとることが出来た。
それからシエルと別れ、教室に戻った三人は午後の授業も無事終え、帰宅時間を迎える。

「さて、俺はこれから部活だが恭也たちはどうするんだ?」

「勿論、帰る」

「だろうな」

「私も今日は来客の予定があるから真っ直ぐに帰るわよ」

「そうか、じゃあ俺は部活に行くから。じゃあな」

「ああ、またな」

「バイバイ」

「じゃあ、帰るか。って、忍は帰らないのか?」

「うん。ノエルが来るまでもう少しかかるからね。それまではここにいるよ」

「そうか。じゃあな」

「うん、バイバイ」

手を振る忍に軽く手を上げ教室から出て行く。

(一度、翠屋によって手伝いが必要か覗いてみるか)

そんな事を考えながら下駄箱の所まで来る。
そこで、数人の男子生徒がひそひそと何やら話しているのが耳に入ってくる。

「おい、聞いたか。何でも校門の前で物凄い美人がいるって」

「本当か!」

「ああ、まだいるみたいだから行ってみようぜ」

「そこにいるって事はうちの生徒を待っているって事か?」

「いいなー。俺もあんな美人のお姉さんに待ってて欲しいよ」

そんな話を聞くとはなしに聞きながら校門へと向う。
しばらく歩き、校門の所を見ると、ある一ヶ所を中心としてちょっとした人だかりが出来ていた。
それに大して感心を示さず恭也は通り過ぎようとする。
が、その人だかりの中心から声をかけられる。

「あっ、恭也〜」

その聞き覚えのある声に頭を抱えながら後ろを振り返る。
そこにいたのは、満面の笑顔を浮かべたアルクェイドだった。

「アルク、どうしたんだ。こんな所で」

「恭也を待ってたんだよ」

その言葉に周りにいた男性から殺気混じりの視線が恭也に集中する。
理由が分からないながらも、この場にいるのはまずいと判断しアルクェイドに話しかける。

「……色々と言いたい事はあるんだが、とりあえずここから離れよう」

そう言うと恭也はアルクの手を引いて歩き出す。
その途端、殺気が更に増すが恭也は気にも止めずそのままアルクェイドを引っ張っていく。
学校からかなり離れた所まで来た所で恭也は速度を落とす。

「で、何であんな所で俺を待っていたんだ」

「うん?だって、今日の待ち合わせする場所と時間を決めてなかったでしょ。
 だから、それを教えようと思って」

「……そういえば、そうだったな。で、それだけの為に来たのか?」

「そうだよ。あそこなら絶対に会えると思ったからね」

「それはそうなんだが……。はぁー、もう済んだ事だし良いか」

そこまで言って、恭也は自分がまだアルクェイドの手を握ったままだった事に気付き、慌てて離す。

「す、すまない」

「???ああ。別に気にしなくても良いのに。恭也の手、暖かくて気持ち良かったよ」

そう笑顔で言われ、恭也は自分の顔が赤くなるのが分かる。
それを誤魔化すかのように口を開ける。

「で、今日のいつ、どこに行けば良いんだ」

「うーん、そうね。場所はこの間の公園のあの場所、で時間は……。
 今日は色々と説明しないといけないだろうから、午後9時でどう?」

「分かった。9時に公園のあの場所だな」

「うんうん」

アルクェイドは嬉しそうに頷く。
それを不思議に感じ、恭也はアルクェイドに訊ねる。

「やけに嬉しそうだな」

「うん、そりゃあね。へへへ〜、恭也と約束か〜。約束するのなんて初めてだから、ちょっと楽しみ♪」

「変わった奴だな」

「そうかしら?そんな事はないと思うけど」

「まあ、いいさ。で、アルクはこの後どうするんだ?」

「私?そうね、ちょっとお腹も空いたし、約束の時間まで適当に過ごしているわ」

「そうか。じゃあ、俺はこれで」

「あ、その前にちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「翠屋って喫茶店知ってる?」

「……知っているが、それがどうかしたのか?」

「うん。本屋で読んだ雑誌でこの近所にある美味しい店に載ってたから、行ってみようかなーって思って。
 まあ、普段ならこんな事、考えもしないんだけどね」

「知っていると言えば知っているが……。いや、よく知ってはいるんだが」

「じゃあ、教えて」

目を輝かせながら聞いてくるアルクェイドに恭也は溜め息を吐きながら答える。

「丁度、俺もそこに行くつもりだったからな。一緒に行くか」

「そうなんだ。じゃあ、行こう」

翠屋に向う途中で恭也は自分がそこの息子である事を教える。
その上で釘を刺しておく事も忘れない。

「いいか、この間の事や今から俺たちがやろうとしている事は秘密だからな」

「この間の事って?………ああ!恭也が私を……モガモガ」

「だから、そんな大声で言うな」

アルクェイドの口を塞ぎ、恭也はそう言う。
その言葉にアルクェイドが頷いたのを確認すると手を放す。

「はぁー。兎に角、秘密にしててくれよ」

「分かったわよ。私と恭也だけの秘密ね」

「ああ、そうだ」

恭也が頷くと何が嬉しいのかアルクェイドはにこにこと笑いながら歩く。
そんな事をしているうちに翠屋に到着し、店の中へと入る。

「いらっしゃいませー。って、恭也さんですか」

バイトの子に軽く挨拶をしてから店をざっと見渡す。

(そんなに混んでないみたいだし、手伝いはいらないか)

そう判断し、家に帰ろうとする。

「じゃあな、アルク」

「ちょっと待ってよ。恭也も一緒に何か食べようよ」

「いや、俺は……」

断わろうとする恭也の腕を引き、アルクェイドは奥の開いている席へと向う。
恭也も諦めたのか大人しく従う。
それを見ていたバイトの女の子が涙をこっそりと流す。

(ああー、恭也さんにあんな女性がいたなんて………)

それに気付かずに恭也は注文を取りに来た他の子に注文をする。
注文を取りに来た女の子は一度驚いたような顔で恭也とアルクェイドを交互に見るが、
何事もなかったかのように注文の確認をすると奥へとオーダーを通す。
その際、元気のないその子に桃子が気付き、訳を尋ねる。それに素直に、恭也が女性を連れて来ている事を伝える。
それを聞いた桃子の目は輝き、口元には笑みが浮かぶ。

「松っちゃん、そのオーダー分は私が持っていくから」

「はいはい。分かってます」

それを後ろで見ていた松尾は、桃子がそう言い出すであろうことを予測しており、そのまま了承の返事を返す。

(ごめんね、恭也くん。私には止められないわ)

内心で恭也に詫びつつも、その口元には笑みが浮かんでいた。
一方、奥でそんなやり取りがあったとは露とも知らず、恭也は周りから視線が集中する事に耐えていた。
本人はアルクェイドが目立っていると思っているが、実際の所、半分以上は恭也目当てで来ていた客達の視線だったりする。
やがて、注文した商品を持ち、笑顔の桃子が現われる。
それを見た恭也は顔には出さず、心の中で盛大な溜め息を吐く。

「注文された商品は以上でよろしかったでしょうか」

「ああ」

「そうですか」

「……何故、横に座る」

「気にしない、気にしない」

「…………………」

「な、なによ。別に良いじゃない。紹介ぐらいしてくれたって」

「はぁー。こちらはアルクェイド・ブリュンスタッド。で、アルク、これがうちの母親だ」

「これって何よ、これって。と、アルクェイドさん、私は桃子って言うの、よろしくね」

「あ、はい」

「で、恭也とはどういった知り合いなのかな?」

「な、何を聞いているんだ」

「だって、学校の友達じゃないみたいだし、気になるじゃない」

「えーと、恭也と私の関係は、………そう、初めて会った時に滅茶苦茶にされたの。聞いてよ、酷いのよ恭也ったら。
 あんなに乱暴にするなんて。私、あんなにされたの初めてだわ。
 もう済んだ事だけど、せめてもう少し優しくして欲しかったわ。全然、加減してくれないんだもん」

「なっ!な、何を言ってるんだアルク」

慌ててアルクェイドの頭を押さえ、耳元で話す。
アルクェイドも小声で恭也に答える。

「え?だって、恭也があの事は秘密にしろって言うから、私の思った事を言っただけだよ」

「そうじゃなくてだな」

二人でこそこそと話す恭也の肩を桃子は掴み、席に座らす。

「きょ、恭也……。あの奥手のあんたが、もうそこまで………」

その桃子の台詞に恭也はある事に気付き、慌てて弁解する。

「……ち、違う!何か激しく勘違いしているようだが、それは誤解だ」

「なに!まさか、遊びだったとか言うじゃないでしょうね。
 私はそんなふうに育てた覚えはないわよ。ちゃんと責任とりなさい」

「ああ、大丈夫よ桃子。恭也にはちゃんと責任とってもらうから。恭也も了承したしね」

「そうなの?」

「ええ」

「そう、だったらいいわ。それだったらそうと早く言ってくれれば良かったのに♪」

アルクェイドの言葉に桃子は笑みを浮かべる。

「いや、だから……」

「ああー、何ていい日なのかしら。そうだ、アルクェイドさん、後でもう一品ケーキ持ってきますね」

「えっ!良いの」

「ええ、サービスですよ♪じゃあ、かーさん仕事に戻るわ」

桃子は鼻歌を歌いながら厨房へと戻っていく。
それを呆然と見送りながら、恭也は本日何度目かになる溜め息を吐いた。

「どうするんだ。きっと勘違いしてるぞ」

「勘違いって?」

「………いや、分からないんだったら良いんだ」

「ねえ、恭也。これ美味しいね。こんなに美味しい物食べたの初めてよ♪」

「そうか。それは良かったな」

「うん♪」

嬉しそうにケーキを食べるアルクェイドを見ながら、恭也は昨日とまるで違うその様子にそっと笑みを零す。





<to be continued.>




<あとがき>

ついにシエル先輩も登場したね。
美姫 「もっとも、ここでは先輩じゃないけどね」
まあ、どっちも三年だからな。
美姫 「後、何人ぐらい出てくるのかしら?」
一応、出てくる人物はもう決まっている。出てこないキャラもな。
美姫 「出番のないのは誰なの?」
今の所は秘密という事で。
美姫 「また秘密なのっ!」
ははははは。
美姫 「最近、優しくし過ぎてたみたいね」
な、何を言ってるんだい?そんな事はないだろ。
美姫 「ううん。そんな事あるよ。だって、遊び人さんは優しいって言ってくれたもん」
ち、違うぞ!それは少しばかり意味が違うぞ!
遊び人さんは、シオンさんやゆうひさんに比べると攻撃が少ないと言っただけで。
大体、単純な攻撃力ならお前の方があるじゃないか。お前、離空紅流の中でも歴代の使い手だろうが。
美姫 「問答無用!離空紅流、鳳焔舞(ほうえんぶ)」
うぎゃみゃぁぁあぁーーーーーーーーーーーーーーー!…………………
美姫 「さーてと、浩が不慮の事故で灰になっちゃったし、今回はこの辺でさようなら」







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