『Moon Heart』
8/日常V
恭也は絡まれている女性に近づいて行き、そこで初めてその女性の格好に気が付く。
それを見た恭也の脳裏に一人の知人の姿が浮かぶ。
(ひょっとして俺が知らないだけで、結構いるものなのか?しかし、あの格好で外を出歩いているのは初めてみたな……)
恭也はそんな事を考えながら、メイド服に身を包んだ女性へと近づいて行く。
そして、その女性の正面にいる男の肩に触れる。
男は振り返り、恭也を見ると下から睨みつけるように見上げてくる。
「あー、何だお前は。何か用でもあるのかよ。今、忙しいんだ。用がなければ、とっとと失せろ!」
がなり立てる男の言葉に煩そうに少しだけ顔を顰めながら、恭也は男に告げる。
「その女性は俺の連れだ」
恭也の言葉に女性は驚きと怯えの混じった表情を浮かべるが、
一瞬だった事とあまり表情に変化が見られなかった為、恭也以外は気づく事がなかった。
それに気付いた恭也は、その表情の変化の意味も理解する。
その女性にとって見れば、新たに現われた恭也を警戒するのも当然の事であろう。
恭也はその事に気付き、その女性に対し精一杯の笑顔を作ってみせ、安心させようとする。
それを見た女性はほんの少しだけ頬を染めると軽く俯いてしまう。
(悪い人じゃないみたい……)
恭也とその女性がそんな事をしているとは気付かずに男達は恭也を取り囲むように移動する。
「吐くならもっとましな嘘にしとけよ」
そう言いながら恭也に殴りかかる。
恭也は顔目掛けて飛んでくる拳を軽く首を傾け避けると、男の足を蹴り払い転ばす。
これに気色ばった男達は一斉に恭也に襲い掛かる。
これらを恭也は躱しながら一人一人に一撃を加えていく。
気が付くと立っているのは恭也と一人の男になっていた。
男は恭也から後退ると、突然背を向け走り出す。
逃げたのなら追う必要はないと判断するが、その向う先には先程の女性がいた。
男はその女性の腕を掴むと無理矢理引き寄せ、恭也との間に立たせる。
「くそっ、舐めやがって!大人しくしてろよ、さもないと……」
その男は女性を人質にするが、頭に血が上って咄嗟に行動したまでは良かったが、
その後の事は考えていなかったのか、そこで動きが止まる。
逃げるなら、こんな事をせずに逃げていれば恭也も追わなかっただろう。
逆に恭也を攻撃するにも、恭也に近づくつもりは毛頭ないらしく、一定の距離を保ったままいる。
恭也は呆れたように溜め息を一つ吐くと、腕を掴まれ怯えている女性に向って話し掛ける。
「すぐに終わらせますから」
言われて女性は静かに頷く。それを確認すると恭也はコインを取り出すと目の前に掲げる。
男はそれを警戒しながらも、その女性の手を離す事をしない。
恭也はそのコインを指で頭上へと弾く。
それを警戒して男は目で追う。
その隙に恭也は男との距離を詰めると、女性を掴んでいる方の手首を捻る。
「いってぇー」
男の手から解放された女性はその場に蹲る。
恭也は背中でその女性を庇いつつ、男を睨みつける。
今度こそ男は背を向けて逃げ出す。
男が視界から消えるのを見届けてから恭也は振り返る。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい、ありがとうございました」
地面にへたり込んでいる女性に恭也は手を差し伸べる。
女性は一瞬躊躇ったが、おずおずと手を刺し出し、素直にその手を掴む。
恭也はその手を握るとゆっくりと立ち上がらせる。
女性が再び礼を言おうと口を開きかけた所で、後ろから大きな声が聞こえてくる。
「あ〜!──ちゃんを虐めてる!」
その声の主は割烹着を着込み、買い物袋を両手に抱えながら、走り寄って来る。
そして、恭也とその女性の間に身体を入れ、庇うように恭也を睨みつける。
(よく似た二人だな。双子か?)
そんな事を考えている間にも、後から来た女性は恭也に向って捲くし立てる。
「一体、何を考えているんですか。あ、まさか、私も一緒に攫うつもりですか。そ、そうはいきませんよ。
翡翠ちゃん、あなただけでも逃げなさい」
恭也が誤解を解こうと口を開けるよりも早く、恭也が助けた女性──翡翠が口を開ける。
「待って、姉さん。誤解です」
「へっ?誤解?」
翡翠は間の抜けた声を漏らす姉にゆっくりと頷いてみせる。
「こちらの方は声をかけられて困っていた私を助けてくれた方です」
「そ、そうだったんですか。それはどうも失礼しました」
「私からも謝罪します」
姉の方は恭也を見ると深々と頭を下げ非礼を詫びてくる。
それに習うように翡翠も頭を下げる。
「いえ、別に気にしてませんから。そんなに謝らなくても……」
メイド服と割烹着というだけでも充分目立つのに、そんな女性たちが恭也に向って頭を下げている光景というのは非常に人目を引く。
恭也は早くこの場を離れたい一身で早口で捲くし立てる。
「そ、それに俺みたいな奴が妹さんの近くにいたら、誰でも警戒しますから。ですから、もう顔を上げてください」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「いえ」
頭を上げた二人にほっと胸を撫で下ろし、安堵のためか笑みを漏らす。
二人はその笑みに見惚れる。
「どうかしましたか?」
「い、いえ〜何でもありません」
姉の言葉に無言で頷く翡翠。
恭也は訝しげに思いながらも、それ以上聞くのも失礼かと思い納得する。
「あ、申し遅れました。私は翡翠ちゃんの双子の姉で琥珀と言います」
「あ、自分は高町恭也と言います。えーと……」
「あははは。琥珀で良いですよ」
「あ、はい。じゃあ、琥珀さん」
「んー、別に呼び捨てでも良いんですけどね。まあ、いいです」
「姉さん、そろそろ時間が」
琥珀の袖を遠慮がちに引っ張り翡翠はそう告げる。
「あら、もうそんな時間ですか。じゃあ、戻りましょうか翡翠ちゃん」
「はい。では、高町様これで失礼します。今日は本当にありがとうございました」
「いえ。えーと……」
「翡翠です」
「翡翠さんも気をつけて。後、俺の事も恭也で良いですよ。後、様付けはやめて下さい」
「でも……」
「俺も名前で呼んでますし」
「…………分かりました。では、恭也さんこれで」
「はい。琥珀さんもお気をつけて」
「はい、ありがとうございます。また、会えると良いですね」
「そうですね」
「では」
「さようならです」
二人と別れ、その場から立ち去る恭也の背後から二人の会話が聞こえてくる。
「姉さん、ちょっと買いすぎなんじゃ……」
「あははは。そんな事ないですよ」
「でも、かなり重そうですが。一つ持ちます」
「大丈夫よ、これぐらい」
「三つも持って何が大丈夫なんですか。良いですから、一つ貸してください」
「あ、駄目。それは一番重いやつだから………って、あー。翡翠ちゃん、大丈夫」
「ええ、大丈夫です」
恭也が後ろを振り返ると、翡翠は買い物袋を両手持ちながら、ふらふらと歩いていた。
「やっぱり良いよ〜」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫に見えないから言ってるんだけど。せめて、こっちのと交換しない?」
「でも、それだと姉さんが重いものばかり持つことになります」
「でもでも」
恭也は溜め息を吐くと、その姉妹の元へと行き二人の手から買い物袋を全て取る。
「どこまで行くんですか」
しばらく、恭也をぼーっと見ていた二人はその言葉で我に返り、慌てたように言う。
「そ、そんな事までしていただく訳には」
「そ、そうですよ。これぐらい大丈夫ですから」
「いえ、特に予定もないですし、構いませんよ。で、どこまで行けば」
二人に渡そうとせず、先に歩いていこうとする恭也に琥珀の方が先に折れる形となる。
「では、駅までお願いできますか?そこに迎えの車が来ますので」
「分かりました」
「ちょっ、姉さん」
そんな琥珀に翡翠は抗議の声を上げるが、恭也がそれを止める。
「本当に気にしないで下さい」
「………すいません」
こうして三人は駅前まで歩いて行く。
「迎えの車はどれですか」
「ん〜と……。まだみたいですね。でも、ここまでで大丈夫ですから」
「そうですか?」
「ええ。ここまで来れば後は車に運ぶだけですから。ね、翡翠ちゃん」
「はい、姉さんの言う通りです。恭也さん、何度もありがとうございます」
「別に大した事はしてませんから」
「いえ、大変助かりました」
「そうですよ。本当にありがとうございました」
「どういたしまして。では、これで失礼します」
表情の変化に乏しい翡翠と満面の笑みを浮かべる琥珀。
対照的な二人に別れを告げて恭也は駅を後にした。
<to be continued.>
<あとがき>
今回は翡翠・琥珀編です。
美姫 「これで全ヒロインが出揃ったわね」
うむ。そして、次回からは事件の核心へと……
美姫 「遂に向うのね」
向えたらいいな〜。
美姫 「何故、希望なのよ」
いや、何となくかな?
美姫 「剣で斬られるのと、刺されるのと、どっちが良い?」
どっちも遠慮します。
美姫 「じゃあ、剣で殴られるのと突かれるのだったら?」
対して変わってない!
美姫 「じゃあ、全部まとめてね♪」
誰も言ってないし……。
美姫 「いっくっよ〜」
って、聞いてもいないのかよ!
美姫 「突発ひらめき奥義!剣で殴って斬って突っついて、最後に刺す!」
そ、そのま…………がぁっげふっぎゃふっぐふっ!
美姫 「そして、浩の姿を見た者は誰もいなくなった……」
へ、変なナレーション入れるな……。
美姫 「しぶといわね。えい♪」
がぁっ
美姫 「ふうー、これで良し♪じゃあ、また次回ね♪」