『Moon Heart』
9/The dead
夜の10時より少し前。
人が全くいないと言ってもいいほど静まり返った公園で、アルクェイドは恭也が来るのを待つ。
やがて、前方から待ち人が来たのを見つけアルクェイドは手を振る。
「やっほー、恭也」
「悪い、待たせたみたいだな」
「ううん。約束の時間はまだよ」
「そうか。じゃあ、行くか」
「そうね。今日は駅の方から行きましょう」
「ああ」
アルクェイドと恭也は並んで駅へと歩いて行く。
「ところで、聞きたいんだけど」
「何だ?」
「恭也の力についてよ」
「力?」
「そう、その右膝にかけられている呪の事よ。本当に自分で解く事はできないの?」
「解くも何も、俺はつい最近アルクに聞くまで、呪の事すら知らなかったんだぞ」
「そういえばそうだったわね」
「何故、今更そんな事を聞くんだ?」
「前に恭也が言ったじゃない。その能力を自分の意志で出したりできる訳じゃない。
だから、そんな不確かな物に頼るのは拙いって。だから、恭也の意思でどうにか出来たら戦力として考えられるじゃない」
「それは無理だ。俺自身、どうやったら解けるのかさえ分かっていないんだからな」
「そうよね〜。はぁー、だったら恭也の戦力は人間として考えないといけないかー」
「悪いがそうしてくれ」
「はぁ〜」
「まあ、出来る限りの事はする。ちゃんと約束した通りにアルクを守れば良いんだろ」
「そうなんだけどね。大丈夫かな」
「これでも一応は鍛えているつもりなんだが……。まあ、人外の者とはやった事がないしな。何とも言えんな」
「恭也も災難よねー。殺したのが私じゃなかったらこんな事にはならなかったのにね。
まあ、今回は今までと違って運が悪かったと思って諦めてね」
「ああ。………って、ちょっと待て。今回とか、今までってのは何だ」
「え?だから、人を切り刻んだ事よ」
「俺は今まで一度も人を殺した事はないぞ」
「うそ!だって、それにしてはやけに慣れてたわよ」
「そ、それはうちの流派はもともとはそういう物だしな」
「冗談……って訳じゃないのよね」
「ああ。俺だってどうなっているのか分からないが、あの時は普通じゃなかったんだ」
「だとしたら、ちょっとまずいかも」
「何がだ」
「だって、私は恭也が殺人に慣れていると思って協力を頼んだのよ。
なのにアレが始めてだなんて。幾ら鍛練してるといっても、それじゃ戦力にならないわ」
「……別に実戦の経験がないわけじゃない。それに俺の振るう剣は殺人剣だ。
いざとなったら人を斬る覚悟は出来ている」
「本当に?」
「ああ。もっとも意味もなく振るったりはしないけどな。
でも、何かを守るためならば、それを振るう事に戸惑いはない」
「………」
「………」
しばらく無言で見詰め合うとアルクェイドは溜め息を吐く。
「良いわ。どっちにしろ力が戻っていない今は恭也に頼るしかない訳だし。改めてよろしくね」
「ああ」
それからは無言で歩き回っていく。と、突然アルクェイドが立ち止まる。
「どうしたんだ?」
「恭也、アレを見て」
「あれ?」
「あれよ、あれ。今、路地裏に入ろうとしている人」
「それがどうかしたのか?」
「何か感じない?」
「………」
アルクェイドに言われて注意深くその人物を見つめる。
やがて、その人物は路地裏へと入って行った。
「うーん。足取りが少しおかしい気はしたが、それが?」
「今のが死徒よ」
「なっ!」
「驚くのは後よ。追うわよ」
アルクェイドはそう言うと恭也の返事を待たずに駆け出す。
恭也もすぐさまその後を追っていく。
路地裏へと入り、しばらく進むと少し開けた場所へと出る。
恭也よりも先に行っていたアルクェイドの背中が見え、恭也は近づき声をかける。
「あのな。まだ力が戻っていないんだったら、俺を置いて行く………」
恭也の言葉は途中でアルクェイドの上げた手によって遮られる。
そして、恭也もアルクェイドの見ている先へと視線を向ける。
そこには、先程の死徒がいた。
「さて、とりあえずは一体ね」
「どうするんだ?」
「そうね。あの程度なら今の私でも何とかなるわ。恭也はここで待ってて」
そう言うとアルクェイドは普段と変わらぬ速度で無防備に死徒の方へと歩いて行く。
アルクェイドに気付いた死徒はアルクェイドの方へと襲い掛かる。
その攻撃を難なく避けると、アルクェイドは右手を一閃させる。
それで全てが終わった。
死徒の身体が真っ二つに分かれ地面へと落ちる。
そして、その身体が灰になっていく。
それを見ながら恭也は戦慄を感じる。
(あれだけの動きをしておきながら、完全に力が戻っていないのか)
と、背後に気配を感じ人が来たのかと思い振り返る。
その恭也の視界に信じられないような速度で襲い掛かってくる黒い影が見える。
恭也は咄嗟に身を屈め、飛び掛って来たそれを躱す。
が、完全に躱しきれず方に重い一撃を喰らい、地面へ倒れる。
その黒い影は恭也には見向きもせず、こちらに背中を向けているアルクェイドへと飛び掛る。
「アルク、避けろ!」
突然の恭也の大声に後ろを振り返るアルクェイド。
そこにはすぐ目の前に迫った大型犬の姿があった。
すぐさま後ろへと跳び退り、犬の牙が音を立てて何もない空を噛む。
が、アルクェイドの着地地点へと空から迫るモノがあった。
それに気付いたアルクェイドは空から自分目掛けて急降下してくる鴉を右手の一閃で滅ぼす。
と、同時に地を蹴りこちらに向っていた犬の攻撃を避ける。
すると、まるでそれを見越していたかのようにアルクェイドの背後から三度影が襲い掛かる。
「アルク、後ろだ!」
そう叫びながら恭也はアルクェイドの元へと走るが、その間に犬が立ちはだかる。
「邪魔をするな!」
恭也は腰から小太刀を抜くと犬へと斬りかかる。
一方、恭也の声に反応したアルクェイドは身を捩り、背後からの攻撃を躱そうとする。
しかし、完全に躱しきれずに腹部を少し食い千切られる。
腹部から血を流しながらもしっかりとソレを仕留める。
恭也はその腹部を食い千切ったものを見て驚きの表情を浮かべる。
「鮫だと」
ありえないモノを目にして、一瞬だが恭也の動きが止まる。
それを見逃さず犬が襲い掛かってくる。
「恭也!」
アルクェイドの声に我に返ると、恭也は地面を転がりその攻撃を躱す。
そして、数度転がり距離を取ってから立ち上がる。
アルクェイドの出血量が思ったよりも多い事に気付き、恭也はすぐさま行動に移る。
真っ直ぐにアルクェイドに向って行く恭也に犬が襲い掛かる。
恭也は小太刀を納刀すると、両手をそれぞれの小太刀に添えながら走る速度を上げる。
犬と自分の速度、距離を計算し抜刀する。
──小太刀二刀御神流奥義之六、薙旋
恭也の放った抜刀からの四連撃によって犬が倒れ伏す。
それに目もくれずアルクェイドの元に近寄った恭也は怪我の状態を確認しようとする。
が、それをアルクェイドが制する。
「何をする。はやく止血しないと」
「それは大丈夫よ。もう止まるから。それよりも早くこの場から離れないと」
「しかし……」
「駄目よ!早く!アイツが来る前にこの場を離れないと」
「あいつ?」
「説明は後。行くわよ」
「……分かった」
アルクェイドに肩を貸しながら恭也はこの場を後にする。
「で、どこに行くんだ」
「どこでも良いわ。とりあえずは……」
「じゃあ、どこか手当ての出来る場所の方が良いな」
「この近くだと……。そうだわ、確かホテルがあったわね。そこにしましょう」
「この近くのホテルと言うと……。あそこか。分かったって、金は」
「大丈夫よ。それよりも早くしないと」
「ああ」
恭也はアルクェイドを連れホテルへと向って行く。
その途中で恭也はアルクェイドに尋ねる。
「その前に薬局だな。いや、この時間だとコンビニか」
「?」
「とりあえず治療道具だ」
「大丈夫よ。こんなのテープでも貼ってくっ付けとけば、そのうち治るわ」
「そんな訳……」
否定しようとするがその言葉は途中で途切れる。
(コイツならありえるのか)
「とりあえず、ちゃんとした物があった方が良いからな」
「恭也が言うなら別に私は構わないけど……」
途中でコンビニに寄って、包帯などを購入しホテルへと着く。
そして、部屋まで行くと鍵を掛け、ベッドに腰掛けたアルクェイドの元へと行く。
「さて、治療をするか」
「そうね、お願いするわ」
そう言うとアルクェイドは上着を脱ぐ。
それに対し、恭也は顔を赤くすると後ろを向く。
「恭也、何後ろを向いてるのよ。それじゃ治療できないでしょ。するんなら早くしてよ」
「何故、脱ぐ必要がある」
「だって、この方が楽だし。それよりも早くしてよ」
「道具はそこの袋に入っているから自分でしてくれ」
「何言ってるのよ。私が分かる訳ないじゃない」
「………はあー。分かったよ」
恭也は出来るだけアルクェイドの怪我をしている部分以外を見ないようにして治療をしていく。
「んっ、あ、あははは。く、くすぐったいよ恭也」
「こ、こら。あんまり動くな。やり難いだろうが」
「だ、だって……。ん、ん。っく、だ、駄目、くすぐったい」
「ちょっとは我慢しろ」
「分かったわよ。………ん、っく、あん、んんん。はぁー、あっ、ん」
「………わざとやってないだろうな」
「な、何が」
「いや、何でもない」
恭也は沈黙に耐え切れずに何か話題を探す。
「そ、そう言えば、さっき行ってたあいつというのは?」
「ん、あ、それは混沌のことよ」
「混沌?」
聞き返しながら恭也は包帯を巻いていく。
大人しく恭也に治療をさせながらアルクェイドは頷く。
「そう、混沌のネロよ。前に話した二十七祖の一人よ」
「そいつがアルクェイドが探していた奴なのか?」
「ううん、違うわ。あいつは私を狩りに来ただけよ」
「狩る?」
「そうよ。あ、ありがとう」
「ああ」
包帯を巻き終えた恭也はアルクェイドに服を渡す。
それを受け取り、着ながら話を続ける。
「ええ。簡単に言えば、私が死徒を狩るのが気に入らない奴らがいるって事よ。
で、そいつらによって選ばれた刺客みたいなものね」
「強いのか?」
「ええ。力が完全なら、倒せなくても負けはしないわ。でも、今の状態だと。ましてや、さっき怪我したばかりだし」
「そうか。……ん?力が完全でも倒せないというのは?そのネロという奴はそんなに強いのか?」
「ううん、力は私の方が強いわよ。ただ、完全には殺しきれないだけで」
「どういう事だ?」
「あいつは体内に666の獣の因子をもっているのよ。さっき襲ってきた獣どももそのうちの一つって訳」
「だとすると、後あんなのを663匹って事か?」
「ううん、違うわ。さっき倒した奴らはまたネロの体内へと戻るのよ。つまり完全に殺せないって訳。
本当にやっかいな奴が来たわ」
「そんなのとどうやって闘うんだ」
「闘わなければ良いだけよ。どっちにしろ、私の力が戻らない事にはどうしようもないわ」
「そうか」
「とりあえず今日はここまでね」
「そうだな。じゃあ、ゆっくり休め」
「ええ」
「さてっと」
「恭也、何処に行くの?」
「今日はここまでなら、帰る」
「駄目よ。今出て行ったら、ネロに見つかるかもしれないわ」
「確かにな」
「このままここで休めば良いじゃない」
「いや、しかし」
「別に良いじゃない。二人部屋なんだし」
「……分かった」
恭也はもう一つのベッドに腰掛ける。
「そうだ。恭也、その小太刀っていうの見せて」
「ん?別に構わないが、どうするんだ」
「ちょっと見たいのよ」
「ほら。大事なものなんだから、丁寧に扱ってくれよ」
「分かってるわよ」
アルクェイドは恭也から小太刀を受け取るとじっと真剣にその刀身に見入る。
「…………えい!」
大人しく見ているかと思えば、突然小太刀の両端を両手で掴み、力を込める。
「ば、馬鹿!お前の力でそんな事したら折れるだろうが!」
恭也は慌てて小太刀をアルクェイドから取り返す。
「むー」
「ったく、何てことをするんだ」
恭也は小太刀を自分の所へと引き寄せ、アルクェイドから隠すように置く。
「その小太刀、ただの小太刀じゃないわね」
「よく分かったな」
「分かるわよ。かなり強力な力が込められているわ。そんな物、よく持ってたわね。
一体、何処で手に入れたのよ」
「これか。これは……俺の恩人から貰ったんだ」
そう言うと恭也はそっと微笑む。
「む〜、何か面白くないな」
「何がだ」
「だって、恭也その人の話をする時、すごく優しそうな顔になってるし」
「そうか?自分では分からんが」
「そうなの!何でか分からないけど、それが何か面白くない!」
「そう言うな。それにこれのおかげで助かったんだからな」
「それはそうなんだけど……。一体、誰よ。その小太刀を渡したのは」
「うーん、名前は言えないな」
「む〜〜〜〜」
「俺が彼女の名前を呼ぶのは助けを必要とする時だからな」
「ふにゃ?どういう事?」
恭也はその時の話を簡単に説明する。
それを聞いたアルクェイドの眉が僅かだか上がる。
「ナイト……って、まさか、あの”七つの夜を渡り歩く者(セブンズナイトウォーカー)”の事」
「知っているのか?」
「知っているも何も……。現存する真の意味での魔術師の一人よ」
「真の魔術師?」
「そ。魔術師というのは分かる?」
「言葉の通りだろ」
「まあね。で、真のっていうのは、簡単に言えば力のある魔術師と思って」
「簡単すぎる説明だな」
「じゃあ、詳しく説明する?」
「……遠慮しておく」
「でしょ。で、現存する真の魔術師は世界中を探しても数人しかいないのよ。
その中でも”七つの夜を渡り歩く者”はトップクラスの腕を持つのよ。
そもそも、この通り名は七つの大罪というのとも関係していてね………って、退屈そうね」
「……退屈なんじゃなく、何となく話しについていけそうにないと感じただけだ」
どこか憮然としながらそう答える。
「そうね。こんな話はどうでも良いか。
まあ、早い話がその”七つの夜を渡り歩く者”が力を込めたっていうだけでも、その武器はかなり強力だって事よ。
現にさっき私が力を込めても何ともなってないでしょ」
「確かにな」
「そういう事よ。ふぁぁあ〜〜」
そう言うとアルクェイドは大きな欠伸をする。
「眠たくなってきたから、もう寝るね」
「ああ、そうしろ。俺も寝る」
「うん……。じゃあ、お休み……」
「ああ、お休み」
お互いにベッドに入って横になる。
すぐにアルクェイドの眠るベッドから寝息が聞こえてくる。
(俺も疲れた……。もう寝るか)
恭也は疲れにそのまま身を委ね。眠りへとついた。
<to be continued.>
<あとがき>
うーん、本編の再開って感じだな〜。
美姫 「自分で言う?普通」
はははは。
美姫 「でも、まあ次はやっとあの人の登場ね」
応!
ではでは、続きを書きますか。
美姫 「今回は短いけど、ここでばいばーい♪」