『Moon Heart』








  10/邂逅





恭也とアルクの泊まっているホテルへとコートを着た一人の男が入って行く。
その男はロビーに足を踏み入れると、チェックインをするでもなく、ただコートの前を軽く開け、そっと呟く。

「さあ、食事の時間だ」

その呟きに応えるように男のコートの中いるであろう何かが蠢く。
それを感じながら、男の唇が微かな笑みの形に変わった。



  ◆◇ ◆◇ ◆◇



今まで眠っていたアルクェイドは突然身体を起こすと視線を扉の方へと向け、耳を澄ませる。
その動きに恭也も目を覚まし、アルクェイドへと目を向ける。

「どうしたんだ、アルク」

「しっ。……………やばいわね。もう、ここを嗅ぎつけたみたいだわ」

「嗅ぎつけた……。ネロか!」

「ええ。今は食事中みたいだから、今のうちに逃げるわよ」

「食事中?」

「ほら、ぼやぼやしないの」

アルクェイドの言葉に恭也は思考を中断させ、アルクェイドの後に続いて部屋を出る。
恭也は通路へと出ると電気が全て消えており、さらに下が騒々しい事に気付く。

「一体、何が起こっているんだ?」

「恭也、こっちよ」

アルクェイドは恭也の言葉を全く聞いておらず、少し行った所にある階段の傍で恭也を呼ぶ。
恭也もとりあえずはアルクェイドに従い、階段の傍まで行く。

「ここから逃げるわよ」

「ああ」

恭也が階段を一歩踏み出した所で、下から唸り声と共にニ匹の犬が姿を見せる。
そして、その口には人の腕を思しきものを咥えていた。
それを見た恭也は階下で何が起こっているのか理解する。

「おい、アルク。食事ってまさか」

「そのまさか……よ。それよりも、食事に夢中になっている間に逃げるわよ。
 どうやら、ここにはこいつらだけみたいだから、大したことはないわ」

「なっ!まさか、下にいる人たちを見捨てるつもりなのか」

「………恭也、勘違いしないでよね。私の本来の目的はネロとやり合うことじゃないの。
 ましてや、人間を助けるためでもないわ。そして、目的を果たすためには、今ここでネロなんかに構ってられないの。
 分かったら行くわよ」

アルクは冷たく言い放つと階段を降りて行く。
恭也はその背を茫然と見詰める。

「恭也、あなたには私に従うという選択以外はないのよ」

「くっ」

恭也は拳を強く握り締め、唇を噛み締める。
そんな恭也を見ながら、アルクェイドは付け加えるように言う。

「あいつの狙いは私よ。私がここから離れれば、あいつも私を追ってここを離れるわ」

そう言うとまた一歩階段を降りる。
その様子は、目の前にいる犬がまるで目に入っていないかのように自然なものであった。
恭也は一度強く目を閉じる。再び目を開いた時には、その目に何か決意したかのような力強さが篭っていた。

「分かった。だったら、少しでも早くここを離れよう」

恭也は少し早足で数段先にいたアルクェイドに追いつくと、その横に並ぶ。
そして、二人は無言のまま階段を降りて行く。
そんな二人に犬は威嚇の唸り声を上げるが、二人は気にも止めず歩みを進める。
やがて、後数段で踊り場という所で、二匹の犬はそれぞれに飛び掛る。
それをアルクェイドは右手で一薙ぎして壁に叩きつけ、恭也は小太刀を抜き一刀のもとに斬り捨てる。
動かなくなったその犬に目もくれず、二人は階段を降りて行く。
その途中で、血の匂いを感じ恭也は顔を顰める。

(生存者はいるのか)

恭也はふと浮かんだ不吉な考えを頭を振って追い払うと、ただ黙々とアルクェイドに付いて行く。
何階か降りた所で、前方の踊り場に立つ人影を見つける。
恭也は生存者かと思い近寄ろうとするが、それはアルクェイドの腕によって遮られる。
恭也が何か言うよりも早く、アルクェイドはその人影に向って話し掛けた。

「随分と早かったわねネロ・カオス」

アルクェイドのその声に応えるようにその人影は数歩前へと進み出て、微かに射す光の元へとその姿を現す。
そうしてやっと、恭也にもその人影の全身が見えた。
その人影はコートを着た長身の男だった。
その男、ネロはその顔に笑みを張り付かせ、ゆっくりと口を開き出す。

「始めまして、と言うべきかな?真祖の姫君」

「そうね。でも、挨拶はいらないわ。だって……すぐにさようなら、だからね」

「ほう」

ネロは肩眉だけを上げ、興味深そうな感嘆を漏らす。

「何故かは知らないが、かなり消耗しているように見えるがね。
 そんな状態で、私に勝てると?」

「あら、誰も勝つなんて言ってないわよ。さようなら、とは言ったけどね」

アルクェイドは言い終わるかどうかの所で、足元に落ちていたコンクリートの欠片をネロに向って蹴り飛ばす。
それを片手で払いのけたネロが顔を上げると、そこにはアルクェイドの姿はなかった。

「ふむ……、逃げたか。まさか、逃げるとは思わなかったから、油断したな。
 だが、それは裏を返せば私と闘うだけの力も残っていないという事だな」

ネロは一人呟きながら階段を上って行く。
ネロはフロアに出ると、左右を見渡し右の通路の奥でアルクェイドの姿を見つける。

「さて、次はどうするかね」

ネロはゆっくりとアルクェイドたちの方へと向って歩みを進める。
後、十数メートルと近づいた時、フロアに乾いた音が響く。
その数秒後、アルクェイドたちの後ろの壁が左右にゆっくりと開き、そこから明かりが漏れ出てくる。
アルクェイドたちはその中に迷いなく入り込む。
それに気付いたネロは残りの距離を駆け出すが、後数歩という所でそのエレベーターの扉が閉まる。

「ふむ、逃がしたか。まあ、良い。今夜はここまでにしておこう。もうじき夜も明ける」

ネロは一人呟くと、エレベーターに背を向け、元来た通路を歩いていった。
一方、エレベーターで難を逃れた恭也たちは……。

「ふぅー、何とか逃げれたわね」

「まだ安心するのは早いんじゃないのか?」

「いいえ、もうじき夜が明けるわ。だから、あいつもこれ以上は追ってこないわ」

「そうか……。で、とりあえずどうするんだ」

「そうね。仕方がないから、私の部屋に行きましょう」

「ああ、分かった」

そこまで言って恭也は腹を押さえているアルクェイドに気付く。

「どこか怪我でもしたのか?」

「いいえ、さっきちょっと動いたから、塞がりかけていた傷がまた開いただけよ。問題ないわ」

「アルクのマンションに行く前に、また包帯とかを買わないといけないな」

「別に良いわよ」

「そう言う訳にもいかないだろう」

恭也はアルクに肩を貸しながら、早足でホテルから出て行く。

「とりあえず、寝てれば治るから」

「そうか。じゃあ、後で俺が買いに行くから、寝てろ」

「……分かった」

少し強めの恭也の言葉にアルクェイドは素直に頷く。
それから数分後、突然大きな爆発音が響き渡る。
驚き、後ろを振り返った恭也の目に大きな建物から火が出ている光景が写る。
その方向とその建物の形そのものに見覚えのあった恭也は愕然とそれを見詰める。

「ま、まさか……」

「多分、あのホテルね。きっとネロがやったんだわ」

「…………くっ」

恭也は怒りを何とか堪えようと努力する。

「恭也が気にしても仕方がないわ。どうせ、既にあそこにいた者で無事なのは私と恭也だけだったし」

「なっ」

アルクェイドの台詞に恭也は言葉を無くす。

「とりあえず、私たちにはまだする事があるのよ。ネロをどうこうするのはその後よ」

「…………分かっている」

恭也は炎上するホテルから背を向けると、アルクェイドに肩を貸しながらその場を離れて行った。





<to be continued.>




<あとがき>

やっとネロの登場だね。
美姫 「じゃあ、次はネロとの対決ね」
それはまだ、何とも言えませんな。
美姫 「何でよ!そんな訳ないでしょうが」
はっはっは。
美姫 「笑うな!」
まあまあ、そんなに怒らないで。
美姫 「あ、何だ次回の話、もう書いてるじゃない。どれどれ」
がぁぁぁー!そ、それは見ちゃなんねぇ。
美姫 「あっ、もうケチケチしなくても良いじゃない」
駄目、ダメ、だめ。だめの三段変形。
美姫 「意味が分からないわよ」
とにかく、また次回!
美姫 「あ、もう〜〜」







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