『Moon Heart』
12/追憶
恭也は何も見えない暗闇に自分がいることに気付く。
そこでは上も下も分からず、ただふわふわとした浮遊感だけを感じる事が出来た。
そう、まるで水の上に浮いているような感じだった。
だが、体には何も触れておらず、実際には空中に浮いているといった方が正しいような気がする。
恭也はそれを不思議に思いながらも、頭の片隅では自身の冷静な声が聞こえていた。
(──ああ、これは夢だな。)
恭也がそう認識をするや否や、それを肯定するかのように周りの風景が一変する。
目の前が突如光に包まれたのである。
(これはまた、いつものあの夢か)
恭也は冷静にそんな事を考えながら、次にこの光が収まった時には病院の裏庭が見えてくるのだろうと思っていた。
だが、そんな恭也の考えとは裏腹に今回見えてきたのはどこか分からない山奥の風景だった。
(ここは、………どこだ?)
恭也は辺りを一瞥し、自分の記憶の中に該当するものがない事を確認する。
(ここは知らない場所みたいだな。………なのに何故か胸が騒ぐ。何だというんだ一体)
恭也の体は無意識に何処かに向って歩き出す。
恭也はそれに逆らおうという考えさえ浮かばず、ただそのまま足を進める。
歩いている途中で、恭也は頭の片隅に何か引っ掛かるものを感じ、記憶を手繰る。
(俺は昔、これと同じ様な風景を見た気がする……。
…………くそっ、頭に靄がかかっているみたいで上手く思い出せない)
恭也は必死に思い出そうとするのだが、何故かその記憶は浮かんでは来ない。
(これだけ考えても何も思い出さないという事は、やっぱり勘違いか?
よく考えたら、こんなに木々の生い茂った場所なら、どこも似たようなものだしな)
恭也は苦笑し、これ以上考えるのをやめようとした。
だが、今まで木々に覆われていた場所から少し開けた所に出た瞬間、恭也はやはりここに見覚えがあると思い直す。
(やはり俺はここに見覚えがある……)
すると、恭也の目の前に一人の少年がいることに気がつく。
(あれは………俺!?)
恭也の目の前に立っていたのは、幼い頃の恭也だった。
(これはいつの頃だ?そうか、俺がまだ膝をやる前だな。
そうか。これは父さんと一緒に武者修行と称して全国を周っていた時だな。
だが、この時の記憶があまりないのは何故だ。……………そう言えば、この後だったか。俺が膝を壊したのは)
そんな事を考えているうちに、目の前の幼い恭也はその開けた場所の中央へと進み出ると、恭也の方を振り向き、
「いつまでそこにいるつもりですか?」
と言ってきた。
「な、俺が見えているのか!」
恭也は幼い恭也へとそう告げる。
が、その恭也の背後の木から一人の女性が現われる。
「よく気が付いたね」
「よく言いますよ。気付かれるように少しだけ殺気をだしたのはあなたでしょう」
「ははは、ばれたか。まさかこんな所でアンタに会うとは思ってもいなかったからね。
所で、士郎はどこにいるんだ?」
「父さんを知っているんですか?」
「ああ、知っているよ。恭也、アンタの事もね。それよりもこちらの質問にも答えて欲しいね」
「父さんなら、今食料になる物を探していると思いますよ」
「ひょっとして遭難してるのか?」
「まあ、そうともいいます」
「あいつらしいと言えば、あいつらしいな。どうせ、あいつの事だから、何も考えずにこの山に入ったんだろうけど」
「ええ、その通りです。修行に山ごもりはつきものだ、と言って。で、入ったは良いけど出れなくなってしまいました。
おまけに食料も尽きましたし」
「はははははは。士郎は全く変わってないな」
「笑い事じゃないですよ。所で、俺に何か用ですか?」
「ああ、大事な用だ。それも士郎がいない今しかないってくらいにな」
そう言い放った女からとてつもない殺気が溢れ出してくる。
それに当てられ、幼い恭也は二歩三歩と後退った。
「くっ!一体、何を」
「悪いがお前の能力を封じさせてもらう」
「能力?」
「ああ。まだ、お前は気付いていないし、自由に使えないみたいだが、その力はお前にとっていらないものだからな。
その力がある事で、厄介なものが集まってくる事も考えられる。
それに……、お前のその力は強すぎるんだ。許せとは言わない。恨んでくれても構わない」
そう言うと女は背中に隠し持っていた刀を抜き放ち、恭也へと斬りかかる。
その士郎すらも上回る女の踏み込みの速さに、恭也は驚きながらも後ろへと跳躍する。
しかし、女は更に一歩踏み出すだけでその距離すらも詰める。
そして、女が振るう刀が恭也に届く寸前、恭也は信じられない程の跳躍で距離を広げる。
「はぁー、はぁー。い、今のは?こ、これが父さんの言っていた神速?」
幼い恭也が漏らした呟きに女は警戒しながらも、その問いに答えてやる。
「違うな。神速はあくまでも知覚能力の向上だ。その副作用みたいなもので、人より少し早く動けるというだけのものだ。
当然、使用者の力などを高める訳ではない。だが、今、お前は助走もなしに5メートル以上、跳んだんだ。
分かるか、この意味が」
「……これがあなたの言う俺の能力ですか」
「違うな。確かに身体能力の向上というのも使いこなせれば強い能力だし、実際にその能力を持っていた者もいたけどね。
お前……、恭也の能力は正確には身体能力の向上なんてちっぽけなものじゃないんだよ」
「こ、これがちっぽけな能力……?」
「ああ。まあ、恭也の本来の能力に比べれば、の話だけどね」
そう言いながらも女は恭也の隙を探す。
恭也もそれに気付いているのか、隙を見せないように注意しながら話をする。
そんな恭也の様子を見ながら、女は内心で舌を打つ。
(ちっ。さっきの一撃で決めれなかったのは痛いね。能力の発現が不安定なのが、まだ救いだね)
「俺の能力というのは、何なんですか」
「教える訳ないだろうが。こっちが不利になる」
女の言葉に恭也は顔を顰める。
(能力が何なのか分かれば、ある程度使えるかもと思ったけど。そんなに甘くはないか)
無言で睨み合う二人を現在の恭也はただ、茫然と眺めていた。
(こんな事が本当にあったのか。それとも、やはりただの夢なのか?)
恭也は無意識に右膝を擦りながら、目の前の出来事をただ眺めていた。
やがて事態に変化が起こる。
今まで動かなかった女が恭也へと向かい走り出す。
「はぁぁぁぁぁ」
裂帛の気合と共に振り下ろされる女の刃を恭也は横に跳んで躱す。
また女との距離が5メートル程開く。
それを見た女はニヤリと表現するのが相応しいぐらい、ふてぶてしい笑みを浮かべて恭也を見る。
「やっぱりな。思った通りだ。恭也、お前細かい力の加減が出来ないな」
「……………」
「まあ、それも当たり前か。その能力の引き出し方すら分かっていないみたいだからな。
さて、お喋りはここまでだ。そろそろ終わりにさせてもらうよ」
そう言うと女は刀を両手で持ち、右半身を前に出す。
そのまま両手を左の腰よりやや下に刀の切先が後ろに向くように持ってくると、ゆっくりと腰を落とす。
「ふぅぅぅぅ」
息を吐き出すと共に身体に力を込めていく。
そして、女は恭也の方へと向って地を蹴って迫る。
女の踏み込みと共に、ドンという鈍い音が響き、同時にその場の地面が抉れる。
それを確認するのとほぼ同時に恭也は自分の身体に衝撃が走り、その身が空中高くに飛ばされたことを知る。
女は空中で身動きの出来ない恭也へ狙いを澄まし刀を突き刺す。
が、恭也は空中で不利な態勢にもかかわらず、その一撃を何とか弾く。
女は恭也のその動きに対して驚きもせず、恭也の落下地点を予測し次に備える。
恭也が空中で身を捻り、足から着地するとすでに目の前には女が迫ってきていた。
恭也は迎撃しようと小太刀を構えるが、その恭也目掛けて女は持っていた刀を投げる。
恭也はそれを小太刀で弾きながら、身体を横にして躱す。
その隙に女は恭也の目と鼻の先にまで接近し、恭也の右膝に鞘を叩きつける。
何かが砕けるような嫌な音がし、恭也は右膝を押さえその場に倒れる。
「ぐがぁぁあっ!」
「私の鞘は鉄製でね。悪いが右膝を砕かせてもらった。さあて、後は……」
女はそう言うと恭也の傍に屈み込むと、恭也の小太刀を遠くへと放り投げ、砕いた右膝に手を翳す。
「私はどうもこういった作業は苦手なんだけどね。まあ、仕方がないか。あんたの能力を封じさせてもらうよ」
そう言った女の手がほのかな光に包まれ、恭也の右膝へと伸びていく。
恭也は右膝の痛みが無くなった事に驚きの表情を浮かべるが、右足は思うように動かない。
「まあ、右膝は運が良ければ治るだろう。でも、この封印はちょっとやそっとじゃ解けないはずさ。
最も、あんたが本気で解こうとしたら、どうなるかは分からないけどね。
念の為、今日のこの出来事もあんたの記憶から消させてもらうよ」
「な、何でこんな事を……。それに、俺の能力とは………。それに、アナタは一体………」
「おいおい、質問ばかりだな。でも、そうさね。どうせ記憶を消すんだから、少しぐらいは良いか」
「まず、何でこんな事をするのかだが……。これはさっきも言ったよな。
あんたの能力は強すぎるんだよ。そのため、望む望まないに係わらず、変なもんを呼び込んじまう。
で、アンタの能力なんだが……。
その前に、お前、七夜ってのに聞き覚えはないか?」
女の問いに恭也は首を横に振る。
「そうか。じゃあ、そこから説明しないといけないか。面倒臭いな。
まあ、簡単に言やー、退魔の一族だな。ただ、ちょっと変わっていてな。まあ何らかの能力を持っているって所だな。
で、お前さんはその血を半分引いているって訳だ」
「半分……」
「そう言うこった。しかし、ある意味サラブレッドだな、お前。
対人戦闘術でその名を轟かす御神の血と退魔において特殊な能力を持つ七夜の血を引いてるんだからな」
「俺が何故、その七夜という血を引いていると?」
「まあ簡単に言やー、あんたの母親をよーく知っているからさ。
まあ、七夜は既に滅んじまったがな」
女はどこか自虐的に笑うと話を続ける。
「まあ、それは良いとして、話は以上だな」
「待って下さい。肝心な俺の能力については?」
「ちっ、覚えていたか。…………まあ、良いか。封印も施した事だしな。
アンタの能力はな、なんつーかなー……。説明しずらいんだがな。
まあ、簡単に言やー、形無き者や抽象的な事象みたいなもんを形付けるらしい」
「らしい?」
「ああ。私も詳しくは分からないからな。そういった事は妹の方が得意なんだよな。
で、これは妹から聞いた話なんだよ。
まあ、もっと簡単に言やー、アンタがその能力を使えば、どんなものでも形を持つって事だ。
で、形があれば斬れるよな。そして、刀が通じる相手なら、例えそれが何であろうが御神には負けはないと。
まあ、そういう事だ」
「でも、形を持せるだけで、そんなに危険視する程の能力なんですか?」
「ああー!だから簡単に言ったらって言っただろうが。私も良く分からないって言ったよな!
良いか、妹が言うには、お前のその能力はもし存在するとしたら、神すら殺すことを可能にするらしい。
最も、人間が神に敵う訳ないけどな」
「どうして形にするだけで、そこまで強力になるんですか」
「だ〜か〜ら〜、私に聞くな!
これも妹の言葉なんだが、お前の能力に名前を付けるとしたら、概念顕現能力もしくは、存在理論の転換能力らしい」
恭也は言葉の意味が分からずに首を傾げるばかりである。
「お前も分からないか。実は、私も妹にこう言われてもさっぱりだった。
つまり、え〜と、何だ、無限として形付けられたものを有限の枠に収める……だっけかな。
あ〜、うっとしい。何で私がこんなに頭を悩ませなきゃいけないんだ!妹に聞け!妹に!
面倒臭えー。良いか、手っ取り早く言うぞ。大体はこんな感じだと思っとけ。
退魔ってのは実体の持たない霊だけじゃないんだ。実体を持ち、人なんぞよりも遥かにすぐれた力を持つモノたちも含まれる。
で、実体のない奴には実体を与え、後者に対してはその存在率を歪める。
つまり、お前は何でもその刀で斬ることが出来るって事だ。形のないものでもな。
で、この能力を妹が危険視したのは、この能力を突き詰めりゃー、お前が斬ったものは全て消滅するからだ。
以上、これ以上の説明は私には無理!分かったか」
恭也は難しい顔のまま黙ってしまう。
「まあ、ガキにはちょっと難しすぎたみたいだな。まあ、どっちにしろこの事は忘れるんだから、そう難しく考えるな。
まあ、妹と違って、私はこういう術は苦手だからな。何かの拍子に思い出すかもしれんが。
能力の封印の方はそう簡単に解けないと思うし、まあ良いか」
そう言うと女は未だに考え込んでいる恭也の頭へ手の平を翳す。
先程と同じ様な光が出て、恭也の額へと伸びる。
と、同時に恭也は気を失い、そのまま倒れていった。
「次に目覚めるのは多分、病院のベッドの上だろうよ。そして、目覚めたら何もかも忘れているさ。じゃあな、恭也」
女は少しだけ寂しそうに笑うと、その場を立ち去って行った。
その後、すぐに士郎が駆けつけ、恭也は病院へと連れられて行った。
今までの様子を見ながら、現実の恭也は頭が混乱しそうになるのを必死で押さえる。
「今のはただの夢……という訳ではなさそうだな。微かにだが、覚えている。
いや、これは思い出したと言うべきなのか」
いつの間にか恭也の周りの風景が、始めの暗闇だけの世界へと変わっていた。
その事に気付かない程、恭也は考え事に集中していた。
「今の話はよく分からないが、右膝の封印だか何だかはこれで解けるはずだな。まずはそれからにするか……」
恭也の呟きは暗闇に吸い込まれ、どこにも届く事はなかった。
やがて、恭也はこの場での自分の存在感が薄れている事に気付き、
現実世界で目を覚まそうとしているんだなと頭の片隅で考えながら、闇に溶けていった。
<to be continued.>
<あとがき>
出来たー!
美姫 「結構、遅かったわね」
それは言わないで。
美姫 「今回、恭也の能力が明らかになったけど、あれってどういう事?」
本文で説明しているだろう。
美姫 「よく分からない」
やっぱりか。まあ、簡単に言えば、人外にも対応できるって事。
美姫 「簡単すぎよ」
え、えーと……。本編を読んでいけば、大体どんな能力かは分かるという事で許して。
美姫 「アンタ自身、上手く説明できないとか?」
……………………。
ち、違うぞ。こんな感じというのはあるんだぞ。文にしにくいだけで。
美姫 「やっぱりできないんじゃない」
ち、違うもん!
美姫 「はいはい。じゃあ、また次回でね♪」
う、うわ〜ん、本当に違うも〜〜〜ん!