『Moon Heart』
13/概念顕現能力
恭也は何ゆっくりと目を覚ます。
寝ている間に、少し堅くなった体を解しながら、夢の出来事を思い出す。
「確か、概念顕現能力と言ってたよな……」
恭也は夢で言われた事を一つ一つ慎重に考えていくが、やがて顔を顰め、
「ふむ。さっぱり分からん。まあ、こういった人外の事は、アルクに聞けば何か分かるかもな」
恭也はまだ眠っているアルクェイドを見て、そう呟く。
そして、時間を確認すると、時計は夕方の4時過ぎを指していた。
その時になって、恭也は自分が家族達に何の連絡も入れていないことに気付く。
(しまったな、連絡ぐらいは入れておくんだった。
最も、昨日のあの状態ではそう簡単に連絡は出来なかっただろうが)
恭也は携帯を取り出すと、この時間、桃子がいるであろう翠屋へと電話を掛ける。
数回のコール音の後、電話から女性の声が聞こえてくる。
「はい、喫茶翠屋です」
(この声は確か、バイトの……)
「ああ、高町恭也だが、すまないが店長を呼んでくれないか」
「あ、恭也さんですか。ちょっと待って下さいね」
その女の子が奥に向って桃子を呼ぶ声が、微かに恭也の耳にも届く。
「店長〜、恭也さんからお電話です」
電話の向こう側から、ドタバタという音が聞こえてくる。
それを聞きながら、恭也は溜め息一つ吐く。
しばらくして、受話器から桃子の声が聞こえてくる。
「恭也!恭也なの?」
「ああ、そうだ。それよりも、あまりバタバタしない方が良いのでは」
「何、言ってるのよ!アンタ、夜に出て行ったと思ったら、今まで連絡一つしないで。
皆、どれぐらい心配したと思ってるのよ。なのはなんか、すっごく元気なかったんだからね」
「そ、それはすまない。ちょっと色々と事情があってな」
「まあ、こうして連絡を寄越したって事は無事なんだろうけど。帰って来ないなら来ないで、そう言っといてよ」
「ああ、すまない」
桃子の後ろから、複数の声が聞こえてくる。
「かーさん、恭ちゃんからなんでしょ。私にも代わって!」
「おかーさん、なのはも!」
他にも晶やレン、忍、那美の声も聞こえ、恭也は自分が周りにかなり迷惑を掛けた事を実感する。
「はいはい。ちょっと待ってね。今、私が話をしてるから」
恭也は何となく電話の向こう側の状況が想像でき、少しだけ笑みを浮かべる。
「で、今日は帰って来れるの?それに事情って何?」
「ああ、詳しくは言えないが、当分戻れそうもない」
「そう」
恭也の物言いに何かを感じたのか、桃子はそれ以上何も言わず、ただ静かに告げる。
「何をしてるのかは知らないし、聞かないけど、怪我だけはしないでよ」
「ああ、分かっている」
「そう。じゃあ、かーさんからはそれだけだから。皆と代わるね」
その後、恭也はなのはたちと代わる代わる電話で簡単な話をする。
そして、最後に再び桃子と代わる。
「じゃあ、そういう事だから」
「ええ、良くは分からないけど、恭也も頑張ってね」
「ああ。じゃあな」
電話を切ろうとした所で、今までの話し声によるのかどうかは分からないが、アルクェイドがベッドから起き出す。
そして、半分寝惚けたまま、恭也の背中に張り付くと、
「恭也〜、お腹空いた〜。また、何か作って〜」
「ばっ、こら、アルク離れろ」
その声が電話の向こうにも聞こえたらしく、桃子が大声を上げる。
「恭也!事情って、女の子なの!」
その桃子の声に美由希たちが反応するし、口々に何かを言っているのが、恭也の耳にも微かに聞こえてくる。
「ちょ、恭ちゃん、どういうこ……」
「恭也さん、不潔で……」
「恭也、忍ちゃんというものがありながら……」
「師匠が、そんな事をするなん……」
「お師匠、信じて……」
「ち、違う!誤解するな」
恭也は電話に向ってそう言うが、美由希たちには聞こえていない様子である。
「はいはい、皆、落ち着いて。恭也、とりあえず戻ってからが大変だけど、頑張りなさいよ」
「あ、ああ。覚悟しておこう。とりあえず、そういう事だから……」
「分かったわ。じゃあ、ね」
「ああ」
恭也は冷や汗を垂らしながら電話を切ると、未だに背中に張り付いているアルクェイドに文句を言おうと口を開きかける。
が、その口から言葉は出てこなかった。
振り返って見たアルクェイドは、また寝ていた。
「く〜す〜」
それを見ながら、恭也は溜め息を吐くと、この状況をどうしようか考える。
普通なら、アルクェイドを抱き上げ、もう一度ベッドに戻すのだが、今のアルクェイドの格好を見て、躊躇う。
いつの間に着替えたのか、アルクェイドは長袖のシャツ一枚で眠っていた。
しかも、ボタンが胸元まで開いており、恭也としては目のやり場にも困る。
「アルク、起きろ。起きろって」
恭也は背中を揺らし、アルクェイドを起こそうとするが、その度に背中に当たる感触に顔を赤くさせる。
「アルク!」
顔だけを捻り、アルクェイドの耳元で大声を出す。
これには、アルクェイドも驚いたのか、飛び起きる。
「な、ななな」
一瞬、何が起こったのか目を白黒させていたが、状況を理解し、途端に不機嫌な顔になる。
「何するのよ」
「それはこっちの台詞だ。とりあえず、起きたのなら着替えてくれ」
恭也はアルクェイドに背を向け、そう言う。
そんな恭也に文句を言おうとするが、何かに気付いたのか、その顔に笑みを浮かべると恭也に近づいて行く。
「恭也〜、話をする時は人の目をみないといけないんだよ?」
「そ、そうだな」
「だから、こっち向かないと〜」
「いや、話はもう済んだから」
「何言ってるのよ〜」
アルクェイドはからかうように恭也の背中にのしかかる。
「恭也〜」
そして、恭也の顔を覗き込むように見る。
「良いから、早く服を着ろ」
「なんで〜?」
「何でじゃない」
「ぶーぶー。何よそれ、訳分かんないわよ」
「何で、お前が怒るんだよ」
「ほら、話をしてるんだから、こっちを見なさいよ」
「……分かっててやってるだろ」
「何のこと〜?」
(こ、こいつはっ)
「素直に言う事を聞かないと、飯を作らないからな」
「そんなの横暴よ!」
「何を言ってる。俺は服を着ろという当たり前の事しか言ってないだろうが」
「ぶ〜、分かったわよ」
そう言って離れたアルクェイドが着替えている間に、恭也はご飯を作っていく。
そして、着替え終えたアルクェイドと二人で食事をし、出かける前の時間に恭也は夢での話をアルクェイドに言って聞かせる。
「概念顕現能力!!本当にそれが恭也の能力なの」
「ああ、夢……というか、思い出した事の中で、確かにそう言われた。アルクェイドは知っているのか?
それも、そんなに驚くなんて」
「知ってるも何も……。何から説明したら良いのやら。
私たちの中でも伝説というか、御伽噺みたいな話として語られるものがあるんだけど、その中に出てくる能力なのよね。
まあ、直死の魔眼とは違って、実在しないとは思ってなかったけど……。
まさか人間の中であの能力を使う者がいるなんて……」
「で、この能力があれば、ネロを倒せるのか?
俺の前に現われたあの女性の言葉が本当なら、倒せるのかもしれないと思ったんだが…」
「結論から言うと、倒せるわよ。それも一時的に退けるとかじゃなく、本当の意味で消滅させられるわ」
そう答えて、アルクェイドは何か考え始める。
「そうか……それで、私をバラバラにできたのね。ううん、バラバラにしたのはこの力じゃないはず。
あの時には、力は封印されていたはずだもの。でも、無意識に働いたとしたら……。
そうか、どうりでいつも以上に復活に力が必要だと思ったら……。そういう事だったのね」
「おい、アルク。一人で納得してないで、説明してくれ」
「あ、ごめんね。う〜んと、恭也が私をバラバラにした時に、多分無意識にだけどその力が発動してたのよ。
だから、私が元に戻るのにいつも以上に力を消費したって訳。でも、それだとバラバラにされたのが納得いかないなー」
「それは、この小太刀のお陰だろう」
「確かに強力な力があるものね、その小太刀。それを貰った時に、何か言われなかった」
「ああ、そう言えば。この小太刀の名は無と言ってな、銘がないのではなく、『無』という名なんだ。
その後、あの人はこう言ったな。『ありとあらゆる全てのものを無に還す刀さ』って」
「うわ〜、何て嫌な奴。これって、下手したら教会の概念武装より、たちが悪いわよ。
あっちはまだ、転生の否定だけだもん。これってば、存在そのものの否定じゃない。
やっぱり、”七つの夜を渡り歩く者(セブンズナイトウォーカー)”は気に食わないわ」
「アルク、よく分からん言葉が多すぎるんだが」
「うん?ああ、気にしなくても良いわよ。で、話を戻すけど……って、どこまで話したっけ?」
「ネロを倒せるって所だ」
「そうそう。ネロを倒す事もできるのよ。ネロは前にも言ったけど、混沌とも呼ばれてるわ。
混沌とはつまり、カタチのないもので、何にでもなるもの。
また、方向性のないもので、方向性なくしてカタチにならないもの。意味のないもの。意味があってはならないもの。
って事なの。分かる?」
アルクェイドは人差し指を立て、恭也に講義してみせるが、それを聞かされた恭也の返答はたった一言だった。
ただ、首を傾げ、
「分からん」
アルクェイドは肩透かしを喰らったかのように、肩をずっこけさせると、呆れた顔をする。
「あ、あのね〜。真面目に聞く気ある?」
「ああ、勿論あるぞ」
「疑わしいんだけど」
「失礼な。聞く気はあるが、頭がついてこないだけだ」
恭也は言ってから、自分で情けなくなる。
(何の自慢にもならんな)
「はぁ〜、じゃ、簡単な説明だけするわよ。要は、さっき言った混沌の性質みたいなものは分かった?」
「あ、ああ、多分。カタチがないとか言うやつだろ」
「ええ。そして、恭也の持つ概念顕現能力があれば、混沌の概念を固定できるの。
つまり、その時点で、意味のあるもの。カタチのあるもの。方向性の固定。といった感じになるの。
で、概念が固定されてしまったら、それは混沌ではなくなる、って訳」
「ふむ、それで」
「………本当に分かってる」
「だから、分かってはないと言ってるだろうが。
でも、あれだろ、簡単に言えば、俺のその概念顕現能力があれば、ネロに俺の攻撃が通じるって事だろ」
「う〜ん、まあ、表面だけを見ればそうなんだけど……」
「だったら、それで問題ないだろ」
「でも、もう少しこの能力を詳しく知らないと、封印も解けないわよ」
「そうなのか?」
「ええ。どんな呪が掛けられているのかは知らないけど、概念顕現能力でその呪を無効にしないと」
「そんな事が出来るのか?」
「だから、それをさっきから説明しようとしてるんじゃない」
アルクェイドは拗ねたようにそう言う。
「すまない。でも、できれば、もっと簡単な説明を」
「うぅー。恭也に合わせた説明って……」
「仕方がないだろう。そんな常識外の話ばかりされても」
「そうかな?でも、それを言ったら、恭也の言ってた神速だっけ?あれも人間の考えからすれば、常識外なんじゃ」
「……そうなのか?いや、まあ、あれは小さい頃からやって来た剣術の技の一つだし」
「あ〜。折角、ネロを倒すチャンスなのに、肝心の恭也がこれじゃ……」
「わ、悪かったな」
どこか憮然と答える恭也に、アルクェイドは良い事を思いついたとばかりに手を叩く。
「そうだ。今から、みっちりと教えるわ」
「お、おいおい。夜の巡回はどうするんだ」
「そんなの後よ。恭也がある程度理解して、能力を使えるようになったら、ネロを気にせずに済むんだし。
こっちの方がきっと効率も良いわ。と、言う訳で早速、説明するわよ。
ちゃんと理解できれば、今日中にもネロを倒せるんだからね」
アルクェイドの言葉に恭也は頷く。
「分かった。あいつを倒すためだ。と、その前に話が長くなりそうだから、お茶を淹れて来る」
恭也はそう言うと立ち上がり、キッチンへと向う。
その恭也の背中にアルクェイドが声を投げる。
「難しい話をするからって、逃げないでよ」
「……お前、俺を何だと思ってるんだ」
こうして、アルクェイドによる恭也の能力の説明が始まった。
<to be continued.>
<あとがき>
で、次回は恭也の能力の説明です。多分……。
美姫 「多分って……」
いや、ちょっと合間に暗躍している謎の同級生の話とか、違う目的で海鳴に来ているお嬢様の話とかが入るかも。
美姫 「早い話が、未定なんでしょ」
そうとも言う。
美姫 「それ以外の言い方があるのなら、言ってみなさい」
まだ決めていない……とか。
美姫 「殆ど同じ意味よ!」
がっ!
美姫 「ったく、馬鹿ばっかり言って。では、皆さん、またね♪」
うぅぅぅぅぅ………。