『Moon Heart』
15/対決
二人は海鳴公園へと向いながら話をする。
「いい、ネロとの勝負は恭也に任せるからね」
「ああ。分かった」
「で、どうするの?」
「どうするとは?」
「正面きって闘うつもり?幾ら対抗手段が出来たからと言って、ネロの能力そのものは人間よりも遥かに上よ」
「……かと言って、不意打ちが通じるような相手か?」
「確かにそれも難しいかもね。でも、私が注意を引いておけば…」
「それはやめたほうが良いな。あいつの狙いはアルクなんだろ。
だったら、正面からアルクが出れば、確かに注意はアルクに向くだろうが、危険すぎる」
「じゃあ、どうするのよ」
「………なるようにしかならないだろう。
それに、あいつは俺がお前に協力しているのを知っているんだから、俺の姿が見えなければ警戒するだろうし」
「それもそうよね。仕方がないわね、このまま行きましょうか」
「ああ」
二人は人のいない公園内へと辿り着くと、街頭の下でネロが来るのを待つ。
「ネロは間違いなく来るのか?」
「ええ。きっと来るわ。すぐに私の事をみつけだすでしょうから」
恭也が何か言いかけた時、辺りの空気が微かに変わった感じを受ける。
恭也とアルクェイドは揃って、同じ方向へと身構える。
と、暗闇からゆっくりと街頭の光の元へと一人の男が姿を現せた。
「もうかくれんぼはお終いかな?真祖の姫君」
「ええ、そうよ。いい加減、飽きたしね。だから、今からは鬼退治よ」
「ふむ……。そっちの人間は?」
「アンタの相手よ」
アルクェイドのどこか挑発するような物言いに、ネロは方眉だけを動かし恭也を上から下までじっくりと見る。
「見た所、ただの人間のようだが?」
「ええ、ただの人間だもの。でも、油断しない方が良いわよ」
「面白い。少しばかり余興に付き合おうではないか」
ネロはそう言うとコートを開く。
そこから数匹の犬が現われる。
「我が名はネロ。混沌のネロ。混沌とはすなわち、カタチなきものにして、方向性のないもの。
よって、我が体内より生まれる六百六十六の獣の因子も生まれ出でるまで、そのカタチは分からぬ」
恭也は迫り来る犬をまとめて斬り捨てる。
「無駄だ、人間よ。我が因子より解き放たれし獣は、消滅し、カタチを失えば再び我が体内の混沌へと還るのみ」
ネロの体内から、更に何匹もの獣たちが出てくる。
「更にこんな事も出来る」
そう言うと、ネロは自身の体を半分に斬り裂く。
その半分がカタチを持たぬ闇となりアルクェイドに襲い掛かった。
「なっ!」
完全に油断していた二人はその攻撃を避ける事が出来なかった。
その闇に囚われたアルクェイドは、顔を残した状態で闇に纏わりつかれ、地面へと倒れる。
「ふむ。どうやらまだ力は戻っていないみたいだな。
本来なら、この程度で真祖の姫君の動きを封じるなんて出来ないはずだからな。
という事は、本当にこの人間に私の相手をさせる気だったという事か」
「ネロ、あまり恭也を舐めない方が良いわよ」
「ふむ。ならば……」
ネロはそう言うと、更に獣の数を増やす。
完全に周りを取り囲まれながらも恭也は小太刀を構える。
一斉に襲い来る獣を小太刀で薙ぎ払うが、すぐにネロの体内へと戻り、再びカタチを持って現われる。
そんな事を数回繰り返すうちに、アルクェイドが声を上げる。
「恭也!遊んでないでさっさと倒して私を助けなさいよ!」
「勝手な事を言うな。こっちだって別に遊んでいる訳じゃないんだ」
恭也がほんの一瞬アルクェイドに気を取られた隙に、数匹の獣が恭也に襲い掛かる。
「しまっ……」
一匹は斬り捨てたが、残りの獣によって地面へと倒される。
その倒れた恭也目掛け、獣たちは一斉に襲い掛かると恭也の身体に噛り付く。
「ぐぁっ。ぐ……こ、このぉ」
恭也は自分の身体に噛み付く獣を小太刀で斬りつけ消滅させるが、それよりも多くの獣がまた恭也に噛み付く。
やがて獣の群れの中に恭也の姿が消え、アルクェイドからは見えなくなる。
「恭也!」
アルクェイドの叫びにも恭也の声は返ってこない。
そのアルクェイドを残った片目で見下ろしながら、ネロはゆっくりとアルクェイドに向って歩み寄る。
「さて、真祖の姫君。貴女の頼みの綱である騎士さまはあの様だが、どうするかね?
もっとも、その状態では動く事すら侭ならないだろうがね」
「くっ」
悔しそうに顔を歪めながら、睨みつけてくるアルクェイドに対し、ネロはあくまで平然とした態度で近づいて行く。
「あまりゆっくりもしていられないんでね。これで終わりにさせてもらおう」
◆◇ ◆◇ ◆◇
(くっ!)
恭也は漏れそうになる悲鳴を堪えると、身体を丸め少しでも被害を少なくしようとする。
目や喉を腕で庇いながら、反撃する隙を窺う恭也の耳に、微かにアルクェイドとネロの会話が聞こえてくる。
(まずい、このままだとアルクが……)
「がぁっ」
左腕に今までにない痛みを感じそちらを窺うと、狼の姿をした獣が左腕に噛み付いていた。
さらに、その狼は恭也の肉を喰らおうと突き立てた牙を抉りこむようにしながら、顎に力を加えていく。
「ぐぅぅぅ……」
恭也は苦痛に耐えながら、何とか獣の群れの隙間からアルクェイドの様子を伺う。
アルクェイドはネロの一部に身体を囚われた状態のまま抜け出そうともがいていた。
そんなアルクェイドの元へとネロがゆっくりとだが、確実に近づいて行く。
「くそっ!さっさと発動しろ!何で能力がでないんだ……。くっ!」
獣たちは恭也の体の空いている所を見つけては噛み付いてくる。
それを煩わしく感じ、同時に苛立ちを覚える。
「うっっっとおしい!邪魔だ、貴様ら!」
恭也が小太刀を一閃させ、纏わりついていた獣たちを払いのけ立ち上がる。
「はー、はー」
「ほう」
そんな恭也を見て、ネロは足を止めると感嘆の声を漏らす。
「勝負はここからだ、ネロ」
「面白い。たかが人間の分際でどこまで出来るかな」
そう言うと、ネロはまた体内から獣を出す。
「同じ事ばかり…」
恭也は吐き捨てるように言うと、小太刀を二刀とも構える。
(よく見るんだ。そして、混沌という概念を捉える……)
恭也に向って一匹の大型犬が飛び掛っていく。
恭也はそれを一瞥する。
(美由希の踏み込みよりも遅い)
飛び掛ってくる犬の下を潜り抜けるようにしゃがみながら、小太刀で犬の首を掻き切る。
「無駄だ。何度倒した所で……む?」
ネロは自分の体内に戻ってきた感触が無いことに気付き、不審な声を上げる。
「一体……」
不審がるネロを余所に、恭也は次々と獣たちを斬り捨てていく。
その度に、本来なら体内に戻るはずのものが、戻ってこない事に苛立ちを覚える。
「人間……貴様、一体何を!」
「何、ごちゃごちゃと話しているんだ。そんな暇があるなら、さっさと掛かって来い」
普段の恭也からは、ありえないほどの冷え切った声に純然たる殺意を乗せ、ネロへとぶつける。
その行動にネロはいらつきを隠そうともせず、大声を上げる。
「ほざいたな、人間が!よかろう、貴様に真の恐怖を味あわさせてやる!
出でよ、我が獣の因子よ」
ネロの声に反応するかのように、次から次へと様々な獣が現われ出てくる。
次々と襲い掛かってくる獣たちを恭也は小太刀で切り裂いていく。
だが、その数の多さに、恭也の方も少なからず傷が出来ていく。
「ば、馬鹿な……」
次々と倒されていく獣を見ながら、ネロは声にならない声を上げる。
「な、何故、奴は混沌であるアレらを消し去る事が出来るのだ……」
そんなネロにアルクェイドが勝ち誇ったような声を掛ける。
「だから言ったでしょ。舐めない方が良いって。
さっさと私を捕らえているこの一部分も回収しないと、大変な目に会うわよ」
「くっ」
ネロの半分だけ残った顔に焦りの色が浮かぶ。
それを楽しそうに見ながら、アルクェイドは続けて言う。
「アンタを消滅させられる上に、恭也は普通の人間よりも身体能力が上だからね。
下手をすれば、あの夜の一族すら凌駕してみせるわよ」
ネロの顔にはっきりと驚愕の表情が浮かぶ。
「馬鹿な。たかが人間が…」
「たかがって、そのたかが人間に今、貴方はどんな目にあってるのかしらね?」
二人が話し合う前で、恭也が背後から鰐のようなモノの攻撃を受けて膝を着く。
「ふ、ふふふふ。どうやら、ここまでのようだな」
「さあ。それはどうかしらね」
二人が見詰める中、恭也は立ち上がると振り向き様に鰐を両断する。
「………」
「さあ、どうするネロ?このまま、私を捕らえておく?それとも、コレを回収する?」
問うアルクェイドに一瞥をくれると、ネロはアルクェイドを捉えている一部分を回収する。
そして、恭也に向き合うと、
「人間よ、これからが本番だ」
再び獣を出していく。
それを冷ややかに見ながら、
「やる事は変わらないんだな」
そう呟くと、目の前に迫ってきた鮫の口をしたモノに小太刀を突き立てる。
「いつまで減らず口を聞けるか、楽しみだな」
不敵に笑うネロに構わず、恭也は次々と獣たちを完全な消滅へと追いやっていく。
それからどれぐらいの時が流れただろうか、ネロの前に立ちはだかる獣の数は後、5匹となっていた。
「あ、ありえん。混沌たる私が滅び去るなど、ありえない。何故だ、何を……。
貴様!一体、何をした!」
叫ぶネロに構う事無く、恭也はネロを目指して駆け出す。
恭也の方も流石に無傷ではなく、あちこちから血が流れ、決して小さくは無い傷も幾つか見受けられた。
「はぁー、はぁーはぁー、はぁー」
最後の獣を斬るとともに、肺が空気を求め、それに応えるかのように大きく呼吸を繰り返す。
「後は………、お前だけだ」
恭也は小太刀をネロに突きつけながら、未だ力の衰えぬ鋭い眼差しで睨みつける。
「人間が!調子に乗るな!」
激昂したネロが恭也へと迫る。
それを冷静に受け止めながら、恭也は残る力で小太刀を鞘に納めると、一度大きく息を吸う。
後少しで、恭也の間合いにネロが入るという所で、不意に声が届く。
「そうそう。私の力が弱まっていたのは、そこにいる恭也に一度殺されたからなのよ」
「なに!?」
何気なく言ったアルクェイドの台詞に、微か、ほんの微かだがネロの注意がアルクェイドへと向う。
その隙を恭也が見逃すはずも無く、ネロが気づいた時にはすぐ目の前には月の光を受け、鈍い輝きを放つ鋼があった。
そして、それがネロが最後に見た光景となる。
「はあー」
大きく息を吐き出す恭也に声が掛けられる。
「お疲れ様」
その声に、ゆっくりとアルクェイドの方を見る。
「終ったのか?」
「ええ、これで奴は完全に滅んだわ」
「そうか……」
「でも、最後の攻撃は凄かったわね。ただの四連撃とは違うわね」
「あれは、…御神流奥義、薙旋という………」
そこまで言うと、恭也は地面へと倒れ込んだ。
薄れ行く意識の中、恭也は妙に焦ったアルクェイドの声を聞いたような気がした。
<to be continued.>
<あとがき>
ネロ編、終わりです。
美姫 「長い道のりだったわ」
そうか?
美姫 「あ、アンタは〜」
ま、待て冗談だ。
美姫 「問答無用!奥義、時空断裂!!どっかへいっちゃえ〜」
のぉぉぉぉぉぉ!!!!
異空間だけは、いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!
美姫 「ふぅ〜。じゃあ、またね」