『Moon Heart』








  22/秋葉と四季





月村家での夕食後、恭也たちは談笑しながらゆっくりと過ごす。
恭也は時刻を見て、そろそろ帰ろうと立ち上がろうとして、ふと動きを止める。

「どうしたの、恭也」

そんな恭也を不審に思ったのか、忍が声を掛けるが、それを目だけで押し止め、恭也は意識を外へと向ける。
秋葉も何かに気付いたのか、屋敷の外へと視線を向ける。
それを見て、琥珀が小さく秋葉の名前を呼び、それに応えるように秋葉は小さく頷く。
それとほぼ時を同じくして、庭から大きな物音が響く。
恭也と忍、そしてノエルには馴染みのある音に、秋葉たちは驚いたような顔になる。

「あ〜、誰かが侵入したみたいね。迎撃システムが働いたわ」

「今のが迎撃システムの音なんですか?」

翡翠が素朴な疑問を忍へと投げ掛ける。

「あははは。大丈夫よ、実弾じゃないから。それに、勝手に侵入する方が悪いんだし」

全く悪びれもせず、堂々という忍に正論だが恭也は顔を顰める。

「その割には、よく誤作動を起こすよな。何度、俺が攻撃されたか」

「あ、あははは。まあ、半分以上はわざとだし」

「わざとだったのか…」

疲れたような、諦めたような顔を見せる恭也に、忍はこれまた笑みを浮かべて誤魔化す。
そんな忍を見て、琥珀は楽しそうに笑う。

「私、忍さんとは仲良くなれそうですよ。色んな意味で」

「私もそれは感じるわ」

琥珀の言葉に忍も答え、二人して握手を交わす。
そんな二人を呆れ混じりで、秋葉たちは見詰める。
そして、恭也と秋葉は表情を真剣なものに切り替える。

「だが、今回の侵入者には全く効いてないみたいだな」

「ええ。もしくは、全て避けたかでしょうね」

「ええー、恭也以外に、そんな化け物みたいなことを出来る人がいるの!」

忍のあまりといえば、あまりな言い方に何か言おうとするが、口を閉ざし、違う事を口にする。

「秋葉、まさかとは思うが…」

「……ええ、間違いありませんね。
 どうやってこの場所を嗅ぎつけたのかは分かりませんが、
 向こうからわざわざやって来てくれたんですから、丁重にお相手をしてさしあげないといけませんね」

秋葉は笑みを浮かべると、忍へと向き直る。

「忍、少し騒がしくなりますから、ここにいてくださいね」

「え、分かったわ。こっちは大丈夫よ。ノエルがいるしね」

忍の言葉に、ノエルは頷く。
それを見て、恭也は秋葉へと話し掛ける。

「それじゃあ、行くか」

「ええ。琥珀」

「はい」

「琥珀さんも行くのか」

「ええ。琥珀は私が全力を出すためには必要なんです」

驚く恭也に、秋葉は答え、琥珀は笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ、恭也さん。本気を出された秋葉様に敵うモノはそうそういませんから」

「……分かりました」

結局、恭也が折れる形で落ち着き、三人は庭へと出る。
その背に、忍が声を掛ける。

「三人とも気をつけてよ」

それに無言で頷いて答え、三人は庭へと続く扉を閉める。
扉の閉まる音を背後に聞きながら、三人は屋敷の奥、入り口とは反対側から気配を感じ、そろってそちらへと向う。
その道すがら、秋葉が恭也へと話し掛ける。

「恭也さん、四季は普通の人とは違います。
 危ないと思ったら、すぐに逃げてくださいね」

「ああ、分かっている」

「……本当に逃げてくださいよ」

「大丈夫だ。俺も少し人とは違うから」

そこまで話した所で、前方に立ち尽くす影が目に止まる。
恭也と秋葉揃って身構え、琥珀は秋葉の二歩ほど後ろへと無言で下がる。
影は秋葉を目に留め、その顔に笑みを浮かべる。

「秋葉、会いたかったよ」

「それは奇遇ですね。私も会いたかったですよ。
 尤も、その理由はアナタとはかなり違うとは思いますけど」

秋葉の言葉に、影は驚きに満ちた表情をした後、苦痛にも似た表情を浮かべる。

「何故、何故そんな事を言うんだい……。
 昔は、あんなに可愛かったじゃないか」

「そんな昔の事なんて、もう忘れましたわ」

「……秋葉、一体どうしたっていうんだ。何故、そんな事を言うんだ……。
 ……………そうか。ソイツが、ソイツが悪いんだな。ソイツさえいなければ、秋葉はまた俺の元に……」

影は血走った目で恭也を捉えると、右腕を振り上げる。

「止めなさい、四季!恭也さんに手を出す事は許しません」

四季と呼ばれた影を恭也の間に体を滑り込ませると、秋葉は声高らかに告げる。
それを聞き、四季は頭を抱えて左右に激しく揺さぶる。

「な、何故だ!何故、そんな奴を庇うんだ、秋葉!
 お前はソイツに騙されているだ。そこをどけ、秋葉!」

狂ったように叫ぶ四季に、秋葉はあくまでも冷静に答える。

「私は騙されてなんかいません。私は私の意志で、ここにこうして立っているんです。
 もう話し合いはお終いです」

言うなり秋葉の黒髪が、真紅へと変わる。
と同時に、恭也の眼には、秋葉の髪が四季へと襲い掛かるように見えた。
それは四季にも見えたのか、四季はそれから身を躱す。

「秋葉!何故だ!」

叫ぶ四季に答えず、秋葉は四季へと視線を向ける。
その視線に操られるように、再び髪が四季へと向う。

「くっ!」

四季は小さく呻き声を発すると、その場から大きく跳び退く。
そして、忌々しそうに恭也と琥珀を睨み付ける。

「ソイツらを殺して、正気に戻してやるからな」

四季はそう言うと、秋葉を迂回するように周り込み、恭也へと目掛けて走り出す。
しかし、四季のその動きよりも、秋葉の動きの方が速く、四季の左足に髪が絡みつく。
四季は苦痛に顔を歪めつつ、己の左手首を右手で切り裂くと、左手を恭也目掛けて振り下ろす。
四季の左手首から飛び散った血液は、鋭い刃となって恭也へと向う。
それを見て、秋葉は咄嗟に恭也へを向うソレに髪を伸ばす。
その隙に四季は秋葉の攻撃から身を除け、秋葉の降り返った方向とは反対側へと回り込み、秋葉の死角へと移る。
秋葉の攻撃で全てを防げず、数本の刃が恭也へと迫る。
ソレを恭也は小太刀で弾く。
秋葉が安堵の息を洩らすよりも早く、琥珀が声を上げる。

「秋葉様、左です!」

琥珀の声に答えるよりも先に、体が反応し、その場を跳び退く。
秋葉の左側の死角から、秋葉に接近していた四季は、秋葉がその場から飛び退いたにも関わらず、その口元に笑みを貼り付ける。
四季は秋葉を追わず、そのまま琥珀へと走り寄る。
四季の狙いは最初から琥珀であった。
その事に気付いた恭也が琥珀に駆け寄るが、神速を使っても間に合う距離ではなかった。
秋葉は舌打ちしつつ、琥珀と四季の間に入ろうと体を動かす。
同時に四季へと、逃げ道がない程、上下左右あらゆる方向から髪を伸ばす。
四季は自分に迫ってくるソレを躱しもせず、ただ琥珀目掛けて血を凝固させた礫をぶつける。
秋葉はそれらを四季へと向っていた髪で全て打ち落として行く。
琥珀まで後少しという距離で、秋葉はソレに気付いた。
血の色をした紅い礫ばかりに眼を向けていたため、ソレに気付くのが遅れた。
黒く光さえも吸収するような黒い色をしたナイフ。
それが礫に紛れ、琥珀へと飛んでいく。
秋葉は咄嗟に琥珀の前へと体を投げ出していた。
そのナイフは、あたかもそこが居場所だと言わんばかりに、秋葉の胸へと吸い込まれていく。
そのあまりにも自然な動きに、全員が、秋葉さえもが一瞬動きを止める。
ゆっくりと秋葉の体が後ろへと倒れ、ドサリと乾いた音を立てる。
その音に琥珀は我に返ると、すぐさましゃがみ込む。

「あ、秋葉様!しっかりしてください」

普段ののほほんとした様子からは想像も出来ないほど慌てふためく琥珀を見て、秋葉は思わずその口に笑みを浮かべる。

「琥珀、……珍しいわね。貴女がそんなに慌てるなんて……」

秋葉が弱々しい声を出す。
そんな秋葉の腕を取り、琥珀は目の端に涙を溜めつつ、首を振る。

「秋葉様、喋らないで…。す、すぐに手当てしますから!」

「ええ、お願い」

秋葉はそう言うと、静かに目を閉じる。

「あ、秋葉様!目を開けてください!秋葉様ー!」

泣き叫ぶ琥珀の声が、静寂の中辺りに響く。
それを目にし、四季は身体を振るわせる。

「ち、違う………。お、俺じゃない!俺がやったんじゃない!
 俺は、あの女を!な、なのに、秋葉が……。あ、ありえない。
 秋葉がお前を庇うなんて。きっと、貴様らが秋葉に何かしたに……」

「五月蝿い、少し黙れ」

喚き散らす四季の言葉を、恭也が遮る。
その静かな、だが聞くものを底冷えさせるような声を聞き、四季は恭也へと視線を向ける。
恭也を見た瞬間、身の内から湧き上がる恐怖に四季は震える。
そんな四季に向け、恭也は短く言葉を投げる。

「貴様だけは、絶対に許さない」

四季は恭也に背を向けると、木々が多い茂る庭へと駆け出す。
駆け出しながら、恭也に怯えた自分に怒りを感じる。

(俺はあんな奴らとは違うんだ!何故、あの程度の奴を恐れなければならないんだ!
 そうだ、奴が秋葉に何かしたから、秋葉が…。
 秋葉の敵だ。アイツは俺の手で殺す!)

木々が作り出す闇にその身を潜ませ、四季は恭也へと向かって声をあげる。

「ははは。許さないだと。それはこっちの台詞だ!
 貴様だけは俺がこの手で八つ裂きにしてくれる!
 さっさと、こっちに来い!」

四季の声に応え、恭也はゆっくりとそちらへと歩き出す。
腰から小太刀を一刀抜き放ち、右手に握り締める。
強く握られた右手は怒りのためか、微かに震え、きつく噛み締められた口元からは血が一筋流れる。
それを拭う事もせず、恭也はただ前方の林だけを見詰め、ゆっくりとだが確実にその距離を縮めて行く。
月が雲に覆われ、一層濃くなった闇の中、恭也はただ前に進み続けるのだった。





<to be continued.>




<あとがき>

遂に四季の登場!
美姫 「おおー!」
第1ラウンドは、秋葉対四季でした。
美姫 「第2ラウンドは恭也対四季ね」
そうです。次回もまたバトル……。
難しいね〜。
美姫 「もっと精進しなさいよ」
が、頑張ります……。
美姫 「では、また次回で♪」
ではでは〜。








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