『Moon Heart』








  23/恭也と四季





木々に囲まれ、夜なお暗い中を恭也は前方だけを見据えて、ゆっくりと歩を進めて行く。
暫らく進むと、少し開けた見通しの良い場所へと辿り着く。
恭也はそこに足を踏みいれるかいないかといった所で、その歩みを止め、目の前を見詰める。
恭也の見詰めるその先に、背を向けた四季はただ茫然と立ち尽くしていた。
恭也が来た事を知ると、ゆっくりと振り返る。

「やっと来たか」

四季は感情の篭らない声で淡々と告げると、そっと右腕を上げる。
その腕からは、いつの間に傷付けたのか血が流れていた。
そして、その腕を恭也へと振り下ろす。
四季の腕から放たれた血液が、恭也へと向かいながら凝固し、鋭い刃となって襲う。
恭也はそれを小太刀で払いのけると、すぐさま四季へと駆け寄る。
迫り来る恭也を見て、四季は攻撃をする所か、楽しげに口を笑みの形に変える。
それは極僅かな変化だったが、恭也はその変化を見逃さなかった。
同時に、考えるよりも先にその場から跳び退く。
そのすぐ後、あのまま恭也が進んでいれば到達したであろう地面から、鋭い刃が生えていた。

「ほう、よく躱したな。だが、どこまで持つかな」

四季の言葉に答えるように、次々と地面から刃が生える。
いや、地面だけではなかった。
下と四季ばかりに注意を向けていた恭也は、頭上から出てきた刃に反応が遅れる。
咄嗟に地面へと身を投げ出し、直撃は免れるものの、左肩を掠る。
鋭い痛みに顔を顰めるが、その眼前に刃が現われ、恭也は両手で地面を打ち、体を起こすと、そのまま後方へと跳ぶ。

「はぁー、はぁー。予め、この辺り一体に自らの血を撒いたのか。
 しかし、意のままに操れるとしても、撒かれた血はあいつから離れている上に、時間も経っているはずなのに。
 そんな事も可能なのか」

「くっくっく。どうだ、俺自身の血を使って作った固有結界、血界は」

「固有結界?」

「そうだ。まあ、正確には固有結界もどきかな。
 数多の事象が発生する確率そのものに干渉することによって、
 本来、ありえざる事象を強引に発生させるという固有結界の真似事だな。
 だが、真似事だからこそ、固有結界とは違い、世界からの修正が殆どない。
 中々便利だろう。まあ、ちょっと血を使いすぎるのが欠点だが。
 この血界内において、俺の血は全て俺の思うがままだ。例え、体から離れていようが、どれぐらいの時間が経過しようがな。
 ……さて、話はここまでだ」

四季はそう言うと、恭也へと腕を振り下ろす。
四季の腕から放たれた数本の刃が、恭也目掛けて向う。
それを小太刀で弾き、弾けきれない分は躱そうとする。
が、それを邪魔するように、地面から刃が飛び出し、恭也の足を貫く。

「ぐぁっ!」

短い悲鳴を上げ、逃げれなくなった恭也に迫ってきていた刃が容赦なく突き刺さっていく。

「ぐぅぅ」

動く上半身と腕を使い、迫り来る刃を弾き、躱すものの、全てを躱しきれなかった。
それでも、何とか急所だけは庇う。
同時に、恭也はあの状況の中、四季の眉間へと向って小刀を投げる。
しかし、これは四季の手によって受け止められていた。
四季は楽しそうに、その手の中の小刀を弄びながら話し掛ける。

「あの状況でこんな物を投げつけてくるとは、どうしてなかなか。しかし、無駄だ。
 この程度、受け止めることなど動作もない。
 尤も、あのまま当たったとしても無駄だがな。俺の能力はもう一つあってな。それは不死だ。
 例え肉体のどこかが破損したとしても、その状態で生きていけるように体の構造が作りかえられるからな。
 例え首だけになっても死なないさ。まあ、再生はしないから、本当に不死と言えるかどうかは分からんがな。
 だから、傷付かないにこした事はない。と、おしゃべりが過ぎたかな」

四季は楽しそうに言った後、浮んでいた笑みを消す。
一方の恭也は、それを意識の片隅で聞きつつ、別の事を考えていた。

(とりあえず、動きを止めるのはまずい)

恭也が足を貫く刃を抜こうと、注意をその刃に向けた時、新たに四季が刃を放つ。
新たに数本の刃を体から生やしつつも、恭也は足を解放する事に成功する。
しかし、傷付き過ぎた所為か、恭也は呼吸も荒く、その場に膝を着く。

「はぁー、はぁー」

そんな恭也を見て、四季は楽しげに笑みを形作ると声を投げる。

「くっくっく。血を流し過ぎたか?だが、安心しろ。そろそろ楽にしてやる」

四季は何度目かになる血の刃を恭也へと放つ。
恭也はそれを何とか躱すが、その先の地面から刃が現われる。
それを転がって躱し、その場をさらに離れる。
常に動き続ける恭也を嘲笑うかのように、刃が恭也の行く先、行く先で現われる。
やがて、恭也の足がある所で止まる。
恭也は自分の足元を見、次いで頭上を見る。

「気付いたようだな。お前は攻撃を避けていたんじゃなく、俺によってこの場所まで誘き出されていたんだよ。
 この血界の中心である、この場所にな」

四季は、左腕に全く力が入らないのか、ずっと力なく垂れ下げ、肩で荒く呼吸を繰り返す恭也を嘲笑う。
そして、ゆっくりとその手を上げる。

「これでお終いだ。あらゆる方向から、硬質化された血の刃がお前を襲う。
 言いたい事があれば、早めに言い残しておけ。逃げ場は……ない!」

四季の両腕が下ろされると同時、その腕から十を超える刃、地面、頭上からも同じく無数の刃が恭也へと向う。
迫り来る刃に、恭也は気でも狂ったのか口元を釣り上げ笑う。
そして、四季を見ると、その口を開く。

「何処かに誘っていたのは知っていたさ。ただ、俺もある場所を目指していたんでな。
 まさか、その場所とお前が誘い出そうとした場所が同じとは思わなかったが」

呟きつつ、恭也は右手に握った刃を逆手に持つ。

「無駄だ!これだけの数の刃を、そんな刀一本で防げるものか!」

恭也の努力を嘲笑う四季に、恭也はそれでも喋り続けながら、右腕をゆっくりと頭上へと上げる。

「まあ、お前の話を聞いて、納得もしたがな。
 ここが、血界の中心だったんならな!」

叫びつつ恭也は小太刀を地面へと突き刺す。
途端、恭也へと向っていた刃が一部──正確に言えば、四季が放ったもの以外──を残し、
ただの血液へと変化し、勢いをなくして地面へと落ちる。

「なっ!一体、何を……」

四季が最後まで言い終わるよりも早く、恭也は四季の傍へと現われる。

「……遺言は、聞かない」

恭也は呟くと同時に、四季の胸を右手の小太刀で軽く付く。

「がぁっ!」

四季は信じられないものを見るように恭也を、次いで自らの胸に突き刺さった小太刀を見る。

「血界の中心、つまりこの血界の力が全て終結している個所、それを顕現させて壊した。
 それによって、血界の力によって形作られていた刃も消滅したんだ。
 そして、お前の胸に刺さっている小太刀。これは、あらゆるものを無へと還す力があるらしい。
 更に、お前の不死能力を顕現し、同時に殺した。つまり、お前は不死ではなくなったんだ。
 ……お前の、負けだ」

恭也の言葉を聞きつつ、四季の意識は暗闇へと落ちていく。
小太刀の突き刺さった個所から、ゆっくりと、だが確実に四季の体が灰へと変わっていく。。
やがて、四季だったものは跡形も残らずに消え去った。
後に残ったのは、血を流し過ぎたせいで、顔を蒼白くした恭也だけだった。
恭也は四季が消滅した事を確認すると、ゆっくりとその場に倒れ伏した。
遠くから、自分を呼ぶような声を聞いたような気がしながら。





<to be continued.>




<あとがき>

さて、遠野家編の黒幕は倒れたな。
美姫 「じゃあ、次はまたアルクェイドが出てくるの?」
いや、まだもう少し遠野家編だって。
第一、恭也が倒れたまんまだし。
美姫 「それもそうよね〜」
とりあえず、四季は今回で退場となっちゃったな。
美姫 「案外、早かったわね」
うむ。出来れば、もっともっと引っ張りたかった……。
美姫 「まあ、浩の力不足ということね」
それを言われると痛い、痛い。
しかし、そう言っている間に、次を書かねば!
美姫 「おお、珍しくやる気?」
何故、疑問形かな〜。
美姫 「まあまあ。とりあえず、次回の展開を考えなさい」
分かってるよ。と、まあ、とりあえず、今回はこの辺で!」
美姫 「じゃあね〜」








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